紫陽花亭日乗

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Re: 仏説観無量寿経  王舎城の悲劇

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/18 21:30 投稿番号: [121 / 735]
★現在起こっていることは因果応報によるものだから、
前世において自分の撒いた種は自分で刈りとらねばならない。
釈迦が現れたからすぐ解き放たれるというものではないのです。

★このあと、

時、韋提希、見佛世尊、自絶瓔珞、擧身投地、號泣向佛、白言、
世尊、我宿何罪、生此惡子。世尊復有何等因縁、與提婆達多、共爲眷屬。
唯願世尊、爲我廣説無憂惱處。我當往生。

というふうに続きます。

そのとき韋提希は、世尊のお姿をご覧になると、
身を飾っていた宝飾類をひきちぎり、その身を地面に投げ出し
号泣して世尊に向かって申し上げます。

「世尊よ、
わたくしに何の罪があって、このような悪い子が生まれたのでしょうか。
世尊もまたどのような因縁があって、提婆達多(ダイバダッタ)のような
ものとご親戚なのでしょうか。

今、わたくしが世尊にお願いすることはただひとつ、
わたくしのために佛国土(極楽・ユートピア)について説法をして
いただきたいということです。
わたくしは、そこに往生したいと思います。」


というように続きます。

そこで釈迦は、韋提希夫人とそこにいあわせたものたちのために
佛国土とはどのようなところか、詳しく説明されます。
また観相、観法について教授されます。


佛國土についての内容は、「佛説阿彌陀經」とも重なります。
いずれまた折りをみて、「佛説阿彌陀經」もUO したいと思っています。
まあ、たいして面白いものではありませんが。


★ここからあとは物語性がなく、ばちあたりなトピ主にとって
特に面白いとは思えないので、以後は割愛し、「仏説観無量寿経」は
ここまでといたします。


3179

           ――   了   ――

.

Re: 仏説観無量寿経  王舎城の悲劇

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/18 21:05 投稿番号: [120 / 735]
〔原文〕
時、韋提希、被幽閉已、愁憂憔悴、遥向耆闍崛山、爲佛作禮、而作是言、
如來世尊、在昔之時、恆遣阿難、來慰問我。我今愁憂。世尊威重、無由得見。
願遣目連尊者阿難、與我相見。作是語已、悲泣雨涙、遥向佛禮。
未擧頭頃、爾時、世尊、在耆闍崛山、知韋提希心之所念、
即勅大目<牛建>連及以阿難、從空而來。
佛、從耆闍崛山沒。於王宮出。時韋提希、禮已擧頭、見世尊釋迦牟尼佛。
身紫金色、坐百寶蓮華。目連侍左、阿難在右。
釋梵護世諸天、在虚空中、普雨天華、持用供養。


「訓読」
時に韋提希、幽閉され已(おわ)りて、愁憂し憔悴し、遙かに、
耆闍崛山に向かい、佛の爲に禮を作して、是の言を作す。

「如来世尊よ、在昔(ザイセキ)の時、恆に、阿難を遣わし、
來らしめてわれを慰問したまいき。
我、今、愁憂せり。世尊は威重にして、見ることを得るに由なし。
願わくは、目連尊者阿難を遣わし、我と相い見(まみ)えしめたまえ」

是の語を作し已(おわ)りて、悲泣すること雨のごとく涙し、
遙かに、佛に向いて禮す。

未だ頭(こうべ)を挙げざる頃(あいだ)に、その時、世尊、耆闍崛山に
在(い)まして、韋提希の心の所念を知り、即ち、大目<牛建>連及以(およ)び
阿難に勅し、空よりして來(きた)らしむ。

佛、耆闍崛山より没して、王宮に出でたもう。

時に韋提希は、禮し已(おわ)りて頭(こうべ)を挙ぐるに、
世尊釈迦牟尼佛を見たてまつる。
身は紫金色(シコンジキ)にして、百寶の蓮華に坐したまえり。
目連は左に侍し、阿難は右に在り。釈梵護世の諸天、虚空の中に在り。
普(あまね)く、天華を雨ふらし、持用(もち)いて供養せり。


「解釈」
ときに韋提希(イダイゲ)夫人は、幽閉されてしまうと、
「ああ、わたしも夫のように幽閉されたまま余生をおくるのであろうか」
と嘆き悲しみやつれ果てて、遙か彼方の、釈迦が説法をしておられる
耆闍崛山(=霊鷲山・リョウジュセン)に向かって、釈迦に礼拝をして、
このように言った。

「如来・世尊よ、その昔、いつもあなたのお弟子の阿難をわたしのところに
遣わし、良いお話をしてくださってわたしを慰めてくださいました。
わたしは今、悲しみに沈んでおります。
世尊は威厳のある重々しいお方です。
世尊にお会いしたく思いますがそのすべがありません。
願わくは、目連尊者と阿難さまを遣わし、わたしに会わせてください。」

そう言い終わると、韋提希夫人は雨の降るごとくはらはらと悲しみの涙を
流された。そして遙かに、釈迦に向かって深々とお辞儀をした。

すると、いまだお辞儀をした韋提希夫人の頭が挙がるか挙がらないかの
ときにもう、耆闍崛山に在(い)ました世尊は、韋提希夫人の心の所念を
ありありと知った。

すぐに、目連尊者と阿難に命令し、空中から彼女のところに二人を出現させた。

世尊ご自身の姿もまた、耆闍崛山から消え、次に韋提希夫人の監禁されて
いる王宮の中にお出になられた。

そのとき韋提希夫人は、拝礼しおわって頭を挙げると、
目の前に世尊=釈迦牟尼仏をご覧になられた。

その身は紫金色(シコンジキ)にして、百宝の蓮華にお坐りになっておられた。
目連は左に侍し、阿難は右に在って、帝釈天・梵天・護世の諸天は、空中に
とどまられて、あまねく、天華を雨ふらし、もって仏を供養しておられた。


つづく

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Re: 仏説観無量寿経  王舎城の悲劇

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/18 20:57 投稿番号: [119 / 735]
★及與
どちらか一字で用は足りるが、リズムを合わせるために全体で四字に
したい。そのために同じ意味の字をもうひとつ添えている。


★毘陀論經(ビダロンキョウ)
ベーダ。バラモン繁の経典すべてをベーダという。
インド最古の宗教文献。バラモン教の根本聖典。
当時の教養人の学問の基本テキスト。

釈迦の教えはバラモン教の一つの教えとして出てきた。
現在インドで仏教徒を自認している人は1% いない。

バラモン教は身分差別を認めている。
釈迦はカースト制度を認めていない。仏教には身分差別はない。

現在のインドの仏教徒は、身分差別を嫌って新たに仏教に戻ってきた人たち。
釈迦はバラモン教の中の一人の指導者という扱い。
だから釈迦に関係している遺跡は破壊されず守られている。


★カーストの大別

①バラモン・・・聖職者
②クシャトリア=刹利種(セツリシュ)・・・王侯貴族  
③バイシャ・・・一般庶民・商人  
④スードラ・・・奴隷  
⑤栴陀羅(センダラ)・・・奴隷以下の非人


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Re: 仏説観無量寿経  王舎城の悲劇

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/18 20:52 投稿番号: [118 / 735]
〔原文〕
時有一臣、名曰月光。聰明多智。及與耆婆、爲王作禮、白言、
大王、臣聞毘陀論經説、劫初已來。有諸惡王。
貪國位故、殺害其父、一万八千。
未曾聞有無道害母。王今爲此殺逆之事、汚刹利種。
臣不忍聞。是栴陀羅。不宜住此。
時、二大臣、説此語竟、以手按劔、郤行而退。
時、阿闍世、驚怖惶懼、告耆婆言、汝不爲我耶。
耆婆白言、大王、愼莫害母。
王聞此語、懺悔求救、即便捨劔、止不害母。
勅語内官、閉置深宮、不令復出。


〔訓読〕
時に、一臣有り、名づけて月光(ガッコウ)と曰う。
聡明多智なり。耆婆(ギバ)とともに、王の爲に禮を作して、
白(もう)して言う。

「大王よ、臣訊く。<毘陀論經(ビダロンキョウ)>に説くを。
『劫初(ゴウショ)より已來(このかた)、諸々の惡王あり。
國位を貪るが故に、その父を殺害(セツガイ)するもの一万八千。
未だ曾て、無道に母を害するもの有るを聞かず。
王、今、この殺逆の事を爲さば、刹利種(セツリシュ)を汚さん。
臣、聞くに忍びず』。
是れ栴陀羅(センダラ)なり。宜しく、ここに住むべからず。」

時に二大臣は、この語を説き竟(おわ)り、手を以って剣を按(アン)じて、
却行(キャクギョウ)して退く。

時に、阿闍世は驚怖(キョウフ)惶懼(コウク)し、耆婆(ギバ)に告げて言う。
「汝、我が爲にせざるや」と。

耆婆、白(もう)して言う。「大王よ、愼んで母を害すること莫かれ」

王、この語を聞きて、懺悔求救(グク)し、即便(すなわ)ち劔を捨て、
止(とどま)りて母を害せず。
内官に勅語し、深宮(ジング)に閉置して、復(ま)た出さしめざりき。


「解釈」
そのとき、王の側近に、月光(ガッコウ)という名の聡明・多智なる
家来がいた。
月光は耆婆(ギバ)という医者とともに、王に拝礼をして、
このように言った。

「大王よ、わたくしどもはこのように聞いております。
毘陀論經(ビダロンキョウ)(ベーダ)ではこのように説いております。

『この世の中が始まって以来、多くの悪王というものが出現しました。
国の王位をとりたいと思ったが故に、自分の父親を殺害した王が
一万八千人おります。
しかしながら今だ嘗て、無道にも母親を殺害したというものがあるのを
聞いたことはありません』
もし王が今、この母親殺しの事をなすならば、政治的な支配階級である
刹利種(セツリシュ)を汚すことになります(我々の名折れになります)。
わたしどもは、こんな話は聞くに忍びません。
これは最下層階級の栴陀羅(センダラ)の行いです。
とてもこんな所にはおられません」と。

ときに二人の重臣が、この話を説き終えて、
(もしも王が自分たちに斬りかかってくるならば刃向かうという意思表示に)
手で剣を押さえながら、あとずさりして王の前から退いた。

そのとき家臣に反抗された阿闍世は、驚き怖れて、
耆婆(ギバ)に告げて言った。

「おまえは、わたしのために働いてはくれぬのか
(わたしの味方になってはくれぬのか)」と。

すると耆婆は、このように申し上げた。

「大王よ、どうか、御母上君を殺すことだけはおやめください」と。

阿闍世王は、それを聞いて、「ああ、わたしが悪かった」と罪を悔い改め、
どうしたら救われようかと救いを求め、そこで剣を捨て、
母を殺害することは止めた。

だが宮中に勤めている役人たちに命令して、母を宮殿の奥深く幽閉し、
また再び外出できないようにしてしまった。


つづく

3176

Re: 仏説観無量寿経  王舎城の悲劇

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/18 20:44 投稿番号: [117 / 735]
〔原文〕
時、阿闍世、問守門者、父王今者、猶存在耶。
時、守門人白言、大王、國大夫人、身塗●蜜、瓔珞盛漿、持用上王。
沙門目連及富樓那、從空而來、爲王説法。不可禁制。
時、阿闍世、聞此語已、怒其母曰、我母是賊。與賊爲伴。沙門惡人。
幻惑呪術、令此惡王多日不死。即執利劔、欲害其母。

〔訓読〕
時に、阿闍世、守門者に問う、
「父なる王は、今猶存在せるや。」

時に、守門人、白(もう)して言う、
「大王よ、国の大夫人は、身に●蜜(ショウミツ)を塗り、
瓔珞(ヨウラク)に漿を盛り、持用して王に上(たてまつ)る。
沙門の目連および富楼那は、空より來たり、王の爲に説法す。
禁制す可からず。」

時に、阿闍世は、この語を聞き已(おわ)り、その母を怒りて曰う。
「我が母は、是れ賊なり。賊と伴なれば、沙門は惡人なり。
幻惑の呪術をもって、この惡王をして多日死せざらしむ。」

即ち、利剣を執りて、その母を害せんと欲す。

〔解釈〕
そうしているうちに阿闍世は、牢獄の門番に尋ねた。
「父である王は、いまもまだ生きているのか。」

そのとき門番は自分の見たままを言った。
「大王さま、王さまの奥さまは、身体に●蜜(ショウミツ)を塗り、装飾品
の中に飲み物を盛りこんで、それらを王さまにさしあげておられます。
沙門(修行者)の目連および富楼那の二人は、空から降ってまいり、王さま
のために教えを説いておられます。わたしには止めようがありません」

すると阿闍世は、門番のこの話を聞きおわると、自分の母親を怒り、
こう言った。
「わが母は悪人である。
賊である母親と仲間になっている沙門は悪人である。
幻惑の呪術を用いて、この悪王を何日も何日も死なせないようにしている」

そこで阿闍世は、切れ味の鋭い剣を執って、
自分の母をひとおもいに殺そうとした。


つづく

3172

Re: 仏説観無量寿経  王舎城の悲劇

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/18 20:32 投稿番号: [116 / 735]
★阿闍世(アジャセ)・・・他のお経では「折指」。
指が折れているという意味らしい。

インドの思想は輪廻転生。
占い師が、あの仙人が死ぬとあなたの子どもとなって生まれ変わると、
頻婆娑羅(ビンバシャラ)王に予言した。
早く子どもが欲しい王は、その仙人を殺した。

果たして妃が懐妊し阿闍世(アジャセ)が産まれた。

するとまた予言する者があった。

殺された仙人が王子であるから、成長した暁には、父親である王を殺して、
仙人(=自分)の敵討ちをするだろう、という。

そこで王は、高い塔の上から王子を投げ落とした。
ところが不思議なことに王子は小指を一本骨折しただけで、命に別状はなかった。
そこで、「指が折れている」という意味の「阿闍世(アジャセ)」と名づけられた。

前世の因縁。過去の原因と現在の結果。因果が語られています。
これが今いわれているDNAにあたるのでしょう。DNAはまた神通力でもあります。
「因」(直接的原因)と「縁」(間接的原因・環境)の関係で結果が生じます。

因・・・仙人殺し。
縁・・・悪い友だち。


★調達(チョウダツ)・・・提婆達多。ダイバダッタ。釈迦のいとこ。
釈迦を殺して教団を乗っ取ろうとしました。


★酥蜜・・・「酥」は牛乳を煮詰めたもの。チーズ、ヨーグルトの類。
「酥蜜」は、それに蜂蜜を混ぜたもの。


★●(ショウ)・・・麦こがし。米・麦を煎りひいて粉にしたもの


つづく

3167

Re: 仏説観無量寿経  王舎城の悲劇

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/17 20:54 投稿番号: [115 / 735]
〔解釈〕
その時、マカダ国の都にある王舎大城に、一人の太子がいた。
阿闍世(アジャセ)という名である。

調達(チョウダツ)という名まえの悪友に唆され、父王の頻婆娑羅(ビンバシャラ)を
捕え、幽閉して人の立ち入ることのできない七重の牢獄の中に置いた。

諸々の家来たちに命令して、誰一人として王のところへ近寄ることができなかった。
(即ち王は餓死するよりほかない)。

そこで、名は韋提希(イダイケ)という国王の妃が、夫である頻婆娑羅
(ビンバシャラ)王を尊敬していたので、身を浄め、酥蜜を●(ショウ)に
まぜこねて、自分の全身に塗りつけ、いろいろな装飾品の中に、
蒲桃(ぶどう)果汁を仕込み、ひそかに王にさしあげた。

その時、大王は、●(ショウ)を食べ漿(ショウ)を飲み、飲み水を求めそれで口をすすいだ。
口を漱(すす)ぎおわると、合掌し恭しく、丁度そのころ仏陀が説法をしている
耆闍崛山(ギシャクツセン)に向かい、遙かに世尊に拝礼し、このように言った。

「お釈迦さまの十大弟子のひとりである大目<牛建>連(ダイモクケンレン)は、
わたしの親友である。願わくは慈悲の心でもって、わたしに八つの戒を授けたまえ」と。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
〔トピ主解説〕
たまたまその日は、妃が食物を持ちこんでくれた。
しかしこれからもそれができるとはかぎらない。
このときビンバシャラ王は、餓死を覚悟した。
そして立派な人間としてあの世に行くための守るべき八つの約束事を、
教えてもらおうと願った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そのとき、神通力第一の目<牛建>連は、ビンバシャラ王の言葉を聞きつけると、
鷹・隼(はやぶさ)が空を飛ぶがごとくに、瞬時に牢獄に居る王の所に立ち現れた。

それからというもの毎日毎日、目連尊者はこのようにして、
王のところにやって来て王に八戒を授けた。

その話を聞いた世尊(釈迦)もまた、釈迦十大弟子の一人であり、
最も説教の上手な尊者富楼那(フルナ)を遣わし、王のために説法をさせた。

このようにして目連と富楼那とで王に説法すること、三七、二十一日間が経過した。

王は●蜜(ショウミツ・麦こがしと蜂蜜)を食べ、お釈迦さまの教えを聞いた
おかげで、顔色はいつも穏やかでにこやかであった。


つづく

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Re: 仏説観無量寿経  王舎城の悲劇

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/17 20:52 投稿番号: [114 / 735]
〔原文〕
爾時、王舍大城、有一太子、名阿闍世。
隨順調達惡友之繁、收執父王頻婆娑羅、幽閉置於七重室内、制諸群臣、一不得往。
國大夫人、名韋提希。恭敬大王、澡浴清淨、以酥蜜和●、用塗其身、諸瓔珞中、
盛蒲桃漿、密以上王。
爾時、大王、食●飮漿、求水漱口。
漱口畢已、合掌恭敬、向耆闍崛山、遥禮世尊、而作是言、
大目<牛建>連、是吾親友。願興慈悲、授我八戒。
時、目<牛建>連、如鷹隼飛、疾至王所。
日日如是、授王八戒。
世尊亦遣尊者富樓那、爲王説法。如是時間、經三七日。
王食●蜜、得聞法故、顏色和悦。

●・・・「麺」の字の「面」のかわりに「少」。    ショウ

〔訓読〕
その時、王舎大城に、一太子有り、阿闍世(アジャセ)と名づく。
調達(チョウダツ)なる悪友の繁えに随順し、父なる王・頻婆娑羅(ビンバシャラ)を
収執し、幽閉して七重の室内に置き、諸々のの群臣を制して、一(イツ)も往くを得ず。

国大夫人(コクダイブニン)を、韋提希(イダイケ)と名づく。
大王を恭敬し、澡浴し清浄ならしめ、酥蜜をもって●(ショウ)に和し、
もってその身に塗り、諸々の瓔珞(ヨウラク)の中に、蒲桃(ぶどう)の漿(ショウ)を
盛りて、密かに、以って、王に上(たてまつ)る。

その時、大王は、●(ショウ)を食べ漿(ショウ)を飲み、水を求め口を漱(すす)ぐ。
口を漱(すす)ぎ畢(おわ)り已み、合掌し恭敬(クギョウ)して、
耆闍崛山(ギジャクツセン)に向かい、遙かに世尊を礼し、而してこの言を作す、

「大目<牛建>連(ダイモクケンレン)は、是れ吾が親友なり。
願わくは慈悲を興して、我に八戒を授けたまえ。」

時に、目<牛建>連は、鷹隼(ヨウシュン)の飛ぶが如く、疾(はや)くも王の所に至る。

日々、是(かく)の如くして、王に八戒を授く。

世尊も亦た、尊者富楼那(フルナ)を遣わし、王の爲に説法せしむ。

是(かく)の如き時の間、三七日を經たり。
王は●蜜(ショウミツ)を食べ、聞法を得たるが故に、顔色(ゲンジキ)和悦せり。


つづく

3165

仏説観無量寿経  王舎城の悲劇

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/17 20:51 投稿番号: [113 / 735]
〔原文〕
如是我聞。一時。佛。在王舍城耆闍崛山中、與大比丘衆千二百五十人倶。
菩薩三萬二千、文殊師利法王子而爲上首。

〔訓読〕
かくのごとくわれ聞けり。
一時、佛(ブツ)、王舎城・耆闍崛山(ギジャクツセン)の中に在り。
大比丘衆(ダイビクシュ)千二百五十人とともなりき。
菩薩三萬二千、文珠師利法王子を上首とせり。

〔解釈〕
このようにわたくしは承知しております。

あるとき、お釈迦さまがマガダ国の都、王舎城の郊外にある耆闍崛山
(ギジャクツセン)という山の中でお説教をされました。
そのとき人の上に立ち指導者となるような立派な修行者1,250人と一緒に集まり、
それから、菩薩と呼ばれる方32,000人もおられ、
その中で文殊菩薩が聞き手のかしらとなられました。

★耆闍崛山(ギジャクツセン)・・・別名「霊鷲山・リョウジュセン」

★菩薩・・・すでに仏となる資格ができているが、まだ世の中の衆生を救いたい
ということで菩薩になっていない人。


つづく

3161, 3164

「仏説観無量寿経」

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/17 20:43 投稿番号: [112 / 735]
★佛説觀無量壽經
仏の説きたまいし観無量寿経

宋元嘉中●良耶舍譯
宋の元嘉中、●良耶舍(キョウリョウヤシャ)訳す

●・・・「僵」の字のにんべんのない字。

★宋・・・六朝(南朝)時代の宋。揚子江の南にさかえました。
当時、北は異民族の支配下にありました。

宋の都は南京。

俗に南朝四百八十寺(ナンチョウシヒャクハッシンジ)といわれるほど、
仏教がさかんで寺が多かった。南京だけで500以上もあったそうです。

この「四百」は、「よんひゃく」と読みません。
映画「二十四の瞳」も「ニジュウシのひとみ」と読むのが正しい。

「十」を「シン」と読むのは平仄の関係で、
古来より別の平声の字「褜・シン」を借りてひきあてているためです。
「四百八十寺」すべての字が仄声●で読みにくいためです。


杜牧の非常に有名な詩(前ページを参照)ですが、
「くれなゐ」という言葉が出ています。
「くれなゐ」とは、「呉藍(くれのあい)」のことです。
つまり、中国の呉の国の藍色のこと。


★●良耶舍(キョウリョウヤシャ)は、漢人の名ではありません。
異民族だと思います。


★次回から本文に入ります。

.

江南春     杜牧

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/17 20:39 投稿番号: [111 / 735]
江南春             杜牧(晩唐・803〜852)


千里鶯啼緑映紅       千里   鶯啼いて   緑紅(くれなゐ)に映ず
水村山郭酒旗風       水村   山郭   酒旗の風
南朝四百八十寺       南朝   四百八十寺(しひゃくはっしんじ)
多少樓臺烟雨中       多少の樓臺   烟雨の中(うち)

春たけなわの江南、鶯は啼き、見渡すかぎりの木々の緑が花の紅に映えている
水辺の村、山すその里にも春風にはためく居酒屋の幟
南朝以来の四百八十もの寺々が
春雨の中にかすんでいる

.

提婆達多 27   (最終回)

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/16 21:45 投稿番号: [110 / 735]
その走馬灯の中心の燈火というべきは、仏陀に対する復讐の念であった。
己があらゆるものを犠牲にして執拗にたくらんだ復讐をなしとげること
なく、みすみす敵をして仏陀の名声と利養を楽ましめつつ無念に死んでゆく
自分をよそめにみながら、シッタルタは己を棄て去りたるアジャセの
新なる帰依をうけ得々として勝ちほこっている。


提婆達多は恐しい知死期の嫉妬を燃やした。
彼は己の嫉妬が不条理だと知れば知るほどシッタルタが憎かった。


今や命までが彼を見棄てんとしているこの絶体絶命の時にたって、
提婆達多が恋うてやまぬものはヤショダラであった。

「ヤショダラよ、ヤショダラよ」


あれから三十年。幻に浮かぶはまだ花羞しい彼女の姿であった。


「ヤショダラよ、卿(おんみ)は私をおいて何処へ行った」


彼は彼女が何処へ行ったかを知らない。
はた己が何処へ行くかをも知らない。


翌朝、提婆達多は仏陀に告別に行くため轎(かご)に乗った。
人目をぬすんで手ばやく剃刀を法衣のしたにかくした。


「提婆達多」

そのとき忘れもせぬヤショダラの声を聞いた。

提婆達多は仏陀の精舎のそばにある池のほとりに立ったピッパラ樹の陰に
輿をおろさせた。
そして仏陀に、彼が最後の告別をなさんがためにきたことを伝える
使いをやった。

その使いがまだ戻らぬうちに、
提婆達多はなんともいえぬ胸苦しさを覚えた。
彼は水を呼ぼうとしたがすでに遅かった。
彼はひとつふたつ魚のように喘いだ。

そして苦しい長い一生をおえた。


もしそこに我々に救いがあるならば、
提婆達多こそまことに救われるであろう。
提婆達多が救われずば、我々の誰が救われるであろうか。


                      了

2428

提婆達多 26

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/16 21:38 投稿番号: [109 / 735]
父王の死により、アジャセの心は悔恨の情に懊悩した。
そのありさまを見かねた従者ジーバカが仏陀訪問を勧めた。
アジャセは仏陀を訪い、仏足を頂礼し仏陀にむかって問うた。

「世尊よ、願くば私の悔過をお受けください。
私は五欲に迷って父を殺しました。
世尊、憐みを垂れて私の悔過をおうけください」

「お前は愚にして父を殺した。
しかしながら今お前は自ら非を悔いている。
私はお前を憐むがゆえにお前の悔過を受ける」


仏陀の教をききおわりアジャセは仏陀を拝してこう言った。

「世尊よ、我今仏陀に帰依したてまつる。
法に帰依したてまつる。僧に帰依したてまつる。
願くは今よりのち終生優婆塞(うばそく)とならんことを」


アジャセも提婆達多のもとをはなれた。
それを機にさらに多くの弟子、俗信徒も離反した。
提婆達多はそのことをまったく知らなかったが、
一日まちに行乞に出てさんざんに辱められすべてを悟った。


その日彼は食事をとらなかった。
そして夕刻から高熱を発した。
提婆達多はひとり草庵の中でくりかえしくりかえし
今朝のまちでのできごとを思った。
それは脳髄に烙鉄(やきがね)をあてるようであった。
彼は呪いかつ呪った。沮喪(そそう)した。茫然自失した。

翌日から提婆達多の容態は一層悪くなった。
彼はいよいよ己に死期のせまったことを感じた。



一城の王子たりし幼時、華やかなりし青春の時、
酒、女、賭博、遊戯、狩猟・・・・・
過去の記憶が走馬灯のようにめまぐるしく廻っては消えてゆく。



つづく

2425

提婆達多 25

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/16 21:10 投稿番号: [108 / 735]
提婆達多はときおり自分を訪う紅顔の太子アジャセに往時の自身を見た。
すでに齢七十をこえた提婆達多はこの王子に恋をした。
提婆達多の恋は絶望的であり、彼はそれをおくびにも出すことはできなかった。
彼は最後まで「聖僧」を装わねばならなかった。

提婆達多はアジャセの心の深奥に潜んでいる父王ビンビサラへの大いなる不満を看破した。
提婆達多は慎重に婉曲に、アジャセを指嗾(しそう)した。
長いあいだの焦慮と躊躇ののち、アジャセは終に父王ビンビサラを幽閉し
自らマガダ国の王座についた。

アジャセは父王ビンビサラを幽閉し餓死させた。
それによって仏陀の教団は一朝にしてビンビサラの大きな支援を失ってしまい、
これまで仏陀に属していた人々は僧俗の別なく日に日に提婆達多のほうへと遷ってきた。

しかしながらこの提婆達多の優勢はあまり永くは続かなかった。
提婆達多は仏陀の慈悲にかうるに人間に対する烈しい憎悪をもっていた。
彼は不断の叱責者、呪詛者であった。

人々の心は悩んだ。

人々の心はようやく彼をはなれた。
人々がアジャセに対して窃(ひそか)に抱いていた不快も間接に彼に禍した。
多くのものは提婆達多をすてて仏陀に復帰した。
一個異才ある人間より仏陀のほうへ。

人々のかような仕打はますます提婆達多をして人間を呪わしめた。
彼はもはや衆生の済度のために現れた仏陀にあらずして、
そを滅ぼさんがために来れる鬼神のごとくにみえた。
そしてそれがいよいよ提婆達多を孤独にした。
今や提婆達多のもとに残っていたのは、四人の高弟と、
その他少数の弟子および俗信徒と、アジャセとその追従者ばかりであった。


「私は結局敗北者であったか」
「私は敗北者として死なねばならないのか」

実際彼の健康は近ごろ急に衰えた。
さしもに強壮であった彼の肉体を不断の煩悩が焼きつくしてしまった。
彼は自分の死期の遠くないのを予期した。
この時アジャセの訪問のみが提婆達多にとって唯一の慰藉であった。
提婆達多のアジャセへの恋はいやました。


つづく

2421



◆このアジャセの物語は前世よりの因縁や予言もからんだ
「王舎城の悲劇」として有名な逸話です。
この物語は浄土三部経のひとつ
「観無量寿経」の冒頭の部分において語られています。
『提婆達多』ではかなり詳細な記述がありますが、ここでは割愛
いたしますが、これが終りましたら次にUPしようと思っています。

提婆達多 24

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/16 21:01 投稿番号: [107 / 735]
提婆達多はおりしもこれらの人々にむかって説法の最中である。

「・・・それゆえに私は一切を放棄した。
王子たる権威も、富貴も、望んで得られざることなきあらゆる快楽も・・・」
「私は釈迦族の一城の主となるべき身であった。
そしてかのシッタルタとは従兄弟にして無二の友であった」

提婆達多は仏陀を憎みつつもその血族関係を機会あるごとに吹聴した。

「私は狩猟や、遊戯や、宴楽に日もまた足らなかった。
のみならず私はあらゆる学芸に、武術に、抜群の誉をもっていた。
私はいかなる競技においても未だかつて後れをとったことはなかった」
「私はそれら一切のものを放棄して一介の比丘となった。
正覚を成ぜんがために、衆生の福田とならんがために。
しかして私は大覚を得た。私は仏陀となった。
私は汝らを憐んで微妙の法を説く。
しかるに汝ら愚痴の者よ、
汝らは耳聾して法鼓の声をきかず、目盲(めし)いて慧日の光を見ず、
罪業の淤泥にまみれ、淫楽の悪臭をはなちつつ
蛆のごとくに人界を匍匐(は)いまわる。
汝らは猿のごとくに交尾(つる)み、猿のごとくに生み、猿のごとくに群居する。
しかして色慾の肉繩につながれたる互を夫とよび、妻とよび、親とよび、
子とよぶ。
汝らは五欲の糧を得んがために媚び、諂い、匿し、偽り、誑し、謗り、
罵り、憎み、妬み、悲しみ、怒り、吝み、貪り、盗み、殺し・・・・・
ありとあらゆる罪悪を犯す。
汝らの愛欲に皺める顔はさらに狡智に歪む。
汝らはまことに猿よりも醜悪に、猿よりも奸悪である。
汝ら我唾を啗(くら)うにも足らざる奴輩よ、
汝らは生死に輪廻してやまぬであろう。
汝らはまさに畜生道に堕ちるであろう。
汝らは餓鬼道に堕ちるであろう。
汝らは大紅蓮の氷に凍え、大焦熱のほむらに焼かれ、
阿鼻の底に叫喚しつつその時はじめて私を思うであろう・・・・・」


提婆達多の説法を聞いた人々は黙々として帰路についた。
重い、悩ましい、病むがごとき気持ちが彼らの胸を圧した。
彼らは歓喜と力を得るかわりに手痛い笞(しもと)を感じた。
それは慈悲の意識ではなくして憎悪の咆哮であった。
彼らはこの新なる仏陀を畏敬したけれども愛慕することはできなかった。


提婆達多は人間を軽蔑し、厭悪した。
彼は自らあらゆる醜悪なる人間性の所有者、経験者であったがために、
すべての人間は彼の眼にさながら汚穢なる五臓六腑のままに見えた。
提婆達多はむしろ会座の衆に向かって自分を罵っているのであった。
そして彼の苦しい心がわずかにそこに慰藉を見出した。


つづく

2418

提婆達多 23

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/16 20:55 投稿番号: [106 / 735]
提婆達多はいよいよ公然独立の決心を固めた。
しかしながら彼の老年と順境とは彼の気分をかわらせた。
――彼はこの時已に七十歳をこえていた――

提婆達多はこの最後の戦をはじめるまえに、
出来ることならひとたび仏陀と和解を試みたいと思った。
それは実に彼が数十年来の復讐計画を全く放棄して、
美しい関係を、浄き生活をはじめたいという衷心よりの願であった。

と同時にまたもはやいくばくもない余命を己れ勝利者たり――
むしろ彼のほうに有利らしく見えた実際の形勢が彼にそういう自信を与えた。
しかも敵に対してかかる寛容を示し得た心の満足を感じつつ、
平和に得意に送りたいという利己的な望もあった。

そこで彼は最後の降服状を渡すべく衣服をととのえ今一度仏陀のもとを訪ねた。
この際においても降服する者は仏陀であらねばならなかった。


「世尊よ、あなたはもうよほど弱られたように見える。
弟子たちのために説法なさるのも御苦労のことと思う。
今後は私がかわって教団を指導しましょう。
あなたはただ禅定を修してひとり静に法を楽しまれるがよろしい」

仏陀は言下に拒絶した。

「私は舎利沸(シャリプトラー)や目<牛建>羅夜那(マーウドガルヤーヤナ)
(目連尊者のこと)にさえ任さずにいる。
いわんやお前のようなものに任すことができると思うか」


これは提婆達多がかつて受けたと称する屈辱に十倍するものであった。
提婆達多の面目は大衆の前でめちゃめちゃに踏みつけられた。
彼は憤怒に蒼ざめた。仏陀にとびかかるかと見えた。

が、自ら威儀を損せざらんがためにじっと怒を抑えた。
そして黙然と仏陀を拝してしずかに右繞三匝(ウニョウサンソウ)して去った。


すべては終った。
提婆達多は断乎たる決心と自信とをもってシッタルタと戦おうとした。
布薩の日の夕べ、提婆達多は仏陀の教団に乗り込んだ。
この日、多くの人々が仏陀の説法を聴聞せんとて集まり
仏陀の姿があらわれるのを待っていた。
仏陀と高弟たちは不在であった。

提婆達多は仏陀のために設けられた高座の上にすっくと立った。
提婆達多の四人の弟子が左右に居並んだ。

提婆達多は音吐朗々と五事の厳則を宣言し、そしてこう言った。

「我らは今日唯今よりシッタルタの教団を脱する。
我に従わんとする者は来たれ」

五百の比丘が提婆達多に従った。残った者はわずかに六十。


つづく

2417

提婆達多 22

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/16 20:51 投稿番号: [105 / 735]
ある日仏陀がラジャクリハの巷に行乞した時に、
たまたま提婆達多も同じ巷に行乞した。
仏陀は遙に提婆達多の姿を見てそこを去ろうとした。
その時アーナンダが仏陀に問うていった。

「世尊よ、何故ここを去ろうとなさるのですか」

仏陀は答えた。

「提婆達多がいる故避けるのである」

「世尊よ、提婆達多を畏れられることはないではありませぬか」

「私は提婆達多を畏れはせぬ。ただこの悪人と逢うてはならぬからである」

「それならば提婆達多にここを去らせればよいではありませぬか」

「いや、それにはおよばぬ。思うようにさせておくがよい。
愚な者に逢うてはならぬ。愚な者と事を共にしてはならぬ。
また是非の議論を交えてはならぬ。
愚者は自ら非法を行い、正律に反き、日に日に邪見を募らす。
それゆえにアーナンダよ、悪知識とかかりおうてはならぬ。
愚人と事に従えば信もなく、戒もなく、聞もなく、智もない。
善知識と事に従えば諸(もろもろ)の功徳を増すことができる。
アーナンダよ、この事をよく心にとめておくがよい」


ある時、提婆達多は突然仏陀のもとを訪れて五事の厳則を立てんことを請うた。

一   比丘は終生塩を食すべからず
一   比丘は終生酥乳をのむべからず
一   比丘は終生魚肉を食すべからず
一   比丘は終生乞食(こつじき)すべし。招待供養を受くべからず。
一   比丘は春夏八ヶ月は露坐し、冬四ヶ月は草庵に住すべし。
   屋舎を受くべからず。

仏陀の回答である。

人が自らこの厳則を守ることは随意であるが、
すべての者に対して強制すべきではない。
年齢、体質にもよる。
その土地土地の習慣もある。
心の清浄を得るには樹下と屋内とを問わず、はた行乞と招待供養とを択ばない。
要は欲望に陥らぬことにある。
強いて一定の律法を用いればかえって得道の礙(さまたげ)となる。



つづく

2415

提婆達多 21

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/16 20:47 投稿番号: [104 / 735]
提婆達多は人生のあらゆる幸福を約束される王族の生活を捨て、
行乞で露命をつなぐ比丘となった。

シッタルタの出家と、提婆達多の出家と、その動機のなんという違いだろうか。
ともあれ、提婆達多は仏弟子となった。
比丘となったものにすべての世楽は禁ぜられた。
権勢・富・女・遊楽・・・・・彼はなおそういった世楽を渇望した。

今この境涯において提婆達多が達成を期し得るところの唯一の野望は、
教団の最高の権威となって万人の渇仰の的となることであった。

提婆達多は送り狼のように仏陀のあとについて、この国よりかの国へ、
この町よりかの町へとめぐり歩いた。

提婆達多の似非抖●行(えせトソウギョウ)は豪末も彼に心の平安を
もたらさなかったけれども、しかも彼はそれによって幾年の後には
教団の内外に浅見なる賞賛を克ち得ることができた。
同時に彼独特の一種熱烈なる雄弁も次第に多くの賛嘆者、
帰依者を彼の周囲に集めた。
かようにして「尊者提婆達多」の名が高まるとともに
彼の驕慢は忽ちに増長した。

●   てへん   +   數(数)    ソウ    元気などを奮い起こす


提婆達多は、仏陀が彼を大弟子たちの下におき、
彼らもまた彼を高く評価しないのを安からぬことに思った。
そして終にいかにもして己れ覇者たらんとの願望を抱くようになった。

ともかくも提婆達多は帰仏後三十幾年をすごした。

あるときいたく彼のプライドが傷つけられることがあって、
多年鬱積した不満は一時に勃発した。
提婆達多はついに教団を脱し、仏陀のもとをはなれ
マガダ国はラジャクリハに入った。

提婆達多の堂々たる風采と、似非戒行と、熱烈にして彩華ある弁舌とは、
この思慮なお浅きマガダ国の王子アジャセの心を忽ち虜にした。

アジャセは提婆達多のために精舎を建て手厚く庇護した。
提婆達多は日ならずして五百の大衆を得、
その勢いは隆々としてラジャクリハを圧した。


しばらくして仏陀も多くの弟子をひきいてラジャクリハの竹林精舎に入った。
仏陀の庇護者は、マガダ国王ビンビサラ。
提婆達多の庇護者は、マガダ国王子阿闍多設咄路(あじゃーたしゃとる)
=アジャセ。
ここにおいてラジャグリハには二つの教団が対峙することとなった。


提婆達多はこの時まだ公然独立を宣言してはいなかったけれども、
すべてを仏陀の教団に模して隠然敵国の観があった。
ふたつの教団はその盛大なること、最も有力なる外護者をもてること・・・
など外観上いささかの優劣もないように見えた。


ただ提婆達多は仏陀ではなかった。


つづく

2410

提婆達多 ⑳

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/15 20:59 投稿番号: [103 / 735]
提婆達多が恋人の血にまみれつつ、漸く涙を拭って起ちあがったとき
彼の目は、そこに一語をも発せず、一滴の涙をも落さず、
冷ややかにこの光景を眺めて佇む仏陀をとらえた。

「この男がヤショダラを殺したのだ」
「ヤショダラはこの男のために自分を棄てたのだ」
「この襤褸をさげた男が仏陀といい恋の勝利者という名をほこっているのだ」
「己(おれ)はこやつの足に踏みつけられたのだ」
「復讐 ! 」

彼の心が叫んだ。
咄嗟に提婆達多は顔色をかえて憐(あわれみ)を乞うように
仏陀の足もとにひれふした。

「世尊よ、シッタルタよ、懐かしき名を呼ぶことを許したまえ。
卿(おんみ)と親しかりし日、私は卿の信頼を裏ぎってヤショダラと密通した。
私たちの関係は昨夜までもつづいた。
ヤショダラは罪を悔いて死んだ。
私は懺悔する。
ラーフラは私の子である」


提婆達多はシッタルタが仏陀であることを知らなかった。
あらゆる苦悩の征服者、超越者であることを。


仏陀はあたかもそこにひとひらの沙羅の葉も落ちざりしかのごとく
静にラーフラを従えて城をあとにした。

提婆達多は己が投じた毒鎗の見事にはずれ、
かえって敵の名の日に日に高まるのを見て無念のはがみをした。
彼は相手を噛もうとして自ら傷ついた強狗のようにいよいよ凶暴になった。


仏陀がカピラバストゥーに滞在した三ヶ月のあいだに
多くの人々が仏弟子となった。
仏陀がラジャクリハに向けて出立した後を追って、
提婆達多もまた仏弟子となるべく仏陀の後を追うていった。
更なる復讐を企つべく煮えくりかえる無念をおさえて、大胆に、厚顔に。


つづく


◆提婆達多の怨念はヤショダラをも汚してしまいました。
結局のところ、提婆達多が愛していたのは自分だけ。
自分のために必要だからヤショダラを自分のものにしていただけ。
それをヤショダラへの愛だと錯覚していただけではないですか。


2405

提婆達多 ⑲

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/15 20:54 投稿番号: [102 / 735]
仏陀は若きシッタルタとして光明を求めて出でて走ったその路を、
その求めたる光明そのものとして帰ってきた。

しかしながら仏陀の姿は、凡俗の眼にとっては、精進・禁欲生活に]
痩せたる、その身に襤褸をぶらさげたみすぼらしき一個の乞食僧であった。

そしてすでに仏陀はシッタルタではなかった。
昔日のシッタルタにあらずして、苦多く涙多かりし幾年月ののちに、
かかる変わりはてたる境涯において、王をはじめ一族近親の人々その他
臣民を迎えていささかの喜びもなく、いささかの悲しみもなく、
これらの愚なる人々に対する慈悲愛憐のほか何ら感情の動揺なき
一個高潔なる仙士であった。


王をはじめ人々は不満であった。
がともあれ、翌日になってシュットーダナ王は、
仏陀と仏陀に従う多くの比丘衆を宮殿に招いた。
一族宮臣たちは悉く出て仏陀を出迎え、仏陀を拝した。

だが仏陀が食をおわっても、ひとりヤショダラのみが姿を見せなかった。
ただラーフラのみが出てきて、仏陀の法衣にすがって

「お弟子にしてくださいしてください」

とくりかえした。ラーフラはそれを母に教えられてきたのである。



王はヤショダラのおそいのを怪しみ侍女を迎えにやった。
侍女が顔色をかえて戻ってきてヤショダラの自刃を告げた。

ヤショダラは床のうえに血にまみれて倒れていた。

仏陀は二人の弟子とともに平然として屍骸のまえに立った。
人々は驚愕のあまり呆然として徒らに目をみはるのみであった。

ひとり提婆達多は狂気のごとくかけより、人目もはじず抱きつき、
血みどろの屍骸に顔を埋めて声をあげて泣いた。

人々もみな泣いた。聖衆(ショウジュ)のほかは皆。

そのとき、提婆達多よりも熱い涙を流すものはなかった。
まことにヤショダラは彼が真実の心を捧げ得たる最初のものであった。
そして最後のものとなるであろう。

彼は幾十年の美しき宿をさりつつある彼女の魂を堰きとめようとする
かのようにひしとその屍骸を抱いて涙のかぎり泣いた。

「ヤショダラ。卿(おんみ)はなぜ私をおいて死んだのか」


つづく

2403

提婆達多 ⑱

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/15 20:46 投稿番号: [101 / 735]
提婆達多は頚筋に冷たいものが落ちるのを覚えて顔をあげた。
ヤショダラの涙だった。彼女は息もつげぬほどに泣いた。

無言の幾分が過ぎ、提婆達多はおずおずと問うた。

「あなたは私を棄てるのですか」

ヤショダラは両手で顔をかくしたままかすかに頭をふった。
提婆達多は立ち上がり、彼女に寄り添って腰をおろし、
横抱きに彼女を抱きしめ、彼女の耳たぶに熱い唇をおしつけた。


廊下で彼を捜している人声が聞こえた。
提婆達多はたちあがり、二足三足戸口へと足を運んだ。

ヤショダラは驚かされた鳥のように立ち上がり、彼の名を呼んだ。

「提婆達多」

呼びかけながらあとを追って、ふりかえる彼の頚にしがみついた。

「もう一度して」

そして提婆達多の胸に顔をかくしてよよと泣いた。
彼は身をかがめつつ涙にぬれたヤショダラの頬に接吻をして
なだめるように背をさすりながら、

「またあいましょう」

とやさしく言葉をのこしてたち去った。


彼の良心の影は已にうすくなっていた。
そこには勝利の得意が頭を擡げかけていた。

否、彼の懺悔は血の出るほどの真実であった。
とはいえ、提婆達多は一方に、あの堪えがたい不安の状態から一刻もはやく
逃れんために己が結局の勝利に対する無意識的自信をもって彼女のまえに
懺悔したのではなかったろうか。

今や彼は陥穽にむかって歩みよる獅子を待つ猟師の心持をもって
シッタルタの帰城を待ち設けた。
彼は、己自ら仏陀たり得ざるのみならず、他人が仏陀であり、
仏陀であり得ることをさえ信じ得なかったのである。

つづく



◆提婆達多の懺悔は、
ひとえに己れ自身のためにだけに行われた愚かなエゴでした。
非常にあさはかな行為だったといえるでしょう。
この軽挙妄動がのちにとりかえしのつかない悲劇を招く
重大な要因となります。


2396

提婆達多 ⑰

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/15 20:39 投稿番号: [100 / 735]
提婆達多は忽然大悟した。

「ヤショダラは自分の恋の手品を勘づいたのではないか」

己の卑劣な奸悪な動機、その醜悪な獣的な恋。

かつてシッタルタの不意の出家のためにもののあやめも分からなくなって
おぞくも彼のさしだした毒酒に酔わされてしまった彼女が、
夫の帰来によって悪酔から呼びさまされて彼の恋の真相を看破したのだと思った。


「ヤショダラは己(おれ)を嫌った。卑しんだ。蔑んだ」

彼はたまらなくなった。絶望の声をもらした。
彼はヤショダラの美しさを、それにひきかえて自分の醜さを思った。
そしてその清浄な彼女を悪念と欲望の餌として骨までもしゃぶった己の罪を思った。
彼は愧じかつ愧じた。
彼は自分をたたきつけて踏んで踏んで踏みにじってやりたかった。


「ヤショダラのところへいって懺悔しよう。
そうだ。すっかりうちあけて懺悔してしまおう」



提婆達多はやにわに跪いてヤショダラの膝に泣き崩れた。
彼女は逃れようとして身もだえたけれど、彼をおしのけるにはあまりにも力弱かった。
提婆達多はうつ伏したまましどろもどろにいう。

「私はあなたを騙した。
私はちっともあなたを思っていなかった。
ただ意地と嫉妬と復讐のためにあなたをとろうとした。
私は仕合の日からシッタルタを憎んでいた。
そしてあなたをつけねらった。
シッタルタの出家をそそのかしたのは私だ。
私は卑怯者だ。
私はあなたが若いばかりにあなたを抱きたいと思った。
私はあらゆる若い女を抱いてみたかった。
あなたが人のものだからなおさら抱いてみたかった。
一度抱いてからはただ気ちがいじみた欲望からさんざんにあなたを弄んだ。
私はあなたがたわいなく騙されるのをみてあなたの馬鹿を笑った。
そしてあなたがよせてくださる情をさえうるさく思った。
私はどこまでもあなたをなぐさむつもりだった。
欲望のためには肉体を、復讐のためには貞操を。
そして思うさまなぐさんだあげくにはあなたをつきはなすつもりだった。
ところがいつか私はあなたのまごころに動かされてしまった。
私は恋を知った。
それと同時にあなたの美しさがはじめてわかった。
それにひきかえて自分の穢いことがしみじみとわかった。
私はあなたが恋しい。可愛い。有りがたい。
私は今が今やっと眼がさめた。私は懺悔しにきた。
私はこんな穢い者だ。悪人だ。畜生だ。
私は甘んじて受ける。どんな非難でも、軽蔑でも。
ただ・・・・・ただ・・・・・どうか私を棄てないで・・・・・
私はどうしてもあなたと別れるのはいやだ・・・・・」



つづく

2387

提婆達多 ⑯

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/15 20:36 投稿番号: [99 / 735]
七年の歳月が流れた。

それはシッタルタにとっては苦行の、求道の、
提婆達多とヤショダラにとっては初恋の溺愛の幾年であった。

そのふたりの夢も終にさめるときがきた。

強大なるマガダ国王の帰依をうけた仏陀の名声は
やがてカピラバストゥーへも響き渡った。
すでに老齢となったシュットーダナ王はわが子恋しさ見たさに矢も楯も
たまらず使いを仏陀のもとに遣わし帰城を請うた。
仏陀は父王の請を容れ、ラジャクリハよりカピラバストゥーへと
六十由旬の道を二ヶ月の予定をもって出発した。

一由旬は、7マイルあるいは9マイルとされている。およそ770km ほど。


いまや仏陀となったシッタルタ帰城の噂は
カピラバストゥー中に喧伝された。


提婆達多とヤショダラのあいだにおいて、
シッタルタの名はひさしく禁句であった。
そしてそれは今猶そうであったけれども、
それぞれの膝に一つ一つ積み重ねられる責石でもあった。

ヤショダラは深い物思いに沈み日々痩せ衰えていく。
ヤショダラの提婆達多への態度は日増しに冷淡なものとなる。
提婆達多は彼女の胸中を推量しかねたけれども、
その原因だけはよくわかっていた。
そして新たなる嫉妬と不安に苛(さいな)まれ、
ふたりのあいだには渡りにくい溝渠ができた。


シッタルタは時々刻々に近づいて来る。


提婆達多は混乱し、じりじりと焦り、いらだち、
七転八倒したがなすすべもない。
彼もまた日頃の煩悶と暴飲と不眠とでやせ衰えた。

ヤショダラが自分を棄て、またシッタルタにみかえるのではないかとおそれた。
彼は、最初の肉欲の伴侶に対する人間の愛着の
いかに根強いものであるかを考える。

彼は絶望した。息をするのさえ懶(ものう)かった。

提婆達多はこの苦痛をみずから求めて陥ったものとは思いもそめない。
シッタルタが与えるものと考える。
しかも相手は自分に指もさし得ずにひとりで七転八倒している彼を
よそ目に見ながら嘯(うそぶ)いているような気がする。
そう思えばシッタルタを喰いちぎってやりたいほどの憎悪を感じる。

「なんだこのざまは」

提婆達多はヤショダラを単に意地と復讐の餌としてねらったときの
気持ちをつとめて呼び起そうとした。
無駄であった。ヤショダラは已にながく彼の血となり肉となっていた。


つづく

2385

Re: 提婆達多 ⑮

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/15 20:19 投稿番号: [98 / 735]
ちょっと補足です。

http://www.chogakuji.or.jp/bunkazai/zigokue/zigokue.html

この極楽地獄図で、橋の絵が出ています。

これも三途のひとつです。

はじめは川に橋がかかっていたのですが、後に渡し舟になりました。

この絵は、どうやら極楽に渡る橋のようです。


はじめ書いたように、
たしか三途の川の絵の部分があったと記憶しています。

ご住職の説明で「懸衣翁・奪衣婆」の話があったことを覚えていますので。

ところで、真田幸村の旗は六文銭でしたが、
これは三途の川の渡し賃と何か関係があるのでしょうか。

例えば、死を覚悟していることの象徴とか。


「業識」というのは、生命科学でいう遺伝子・DNA にあたると思われます。

「業」は、どうしょうもなく積み重なってきたもの。カルマ(karman)。
「識」は、忘れられない記憶として書き込まれたもの。


「因縁」という言葉があります。

「因」は、本来的なもの。直接原因。
「縁」は、周囲や環境によるもの。間接原因。

因縁によって(結)果が生じますが、「因」だけでは「果」は決定されず、
「縁」によって、「果」はまた変化します。


釈迦の悟りの真髄は「諸行無常」であるといわれています。
「無常」とは、「無」であり「空」であると。

「すべてのものは変化していく」というのは非常に科学的です。


今このときを大切にしなければなりませんね。


2386

Re: 提婆達多 ⑮

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/15 00:33 投稿番号: [96 / 735]
>「世尊われ仏陀に帰依したてまつる。われ僧に帰依したてまつる。
世尊願わくば今より後終生優婆塞(うばそく)とならんことを」<


◆ここでちょっと「三帰礼文」を思い出しましたので UP しておきます。
お葬式や法事のとき、お馴染みの経文です。


「三帰礼文」(サンキライモン)

自帰依佛    當願衆生    體解大道    発無上心

自帰依法    當願衆生    深入経蔵    智慧如海

自帰依僧    當願衆生    統理大衆    一切無礙

みずから佛に帰依したてまつる
當に願わくは   衆生とともに   大道を体解(タイゲ)して   無上心を発(おこ)さん

みずから法に帰依したてまつる
當に願わくは   衆生とともに   深く経蔵に入りて   智慧海の如くならん

みずから僧に帰依したてまつる
當に願わくは   衆生とともに   大衆(ダイシュ)を統理して   一切無礙(ムゲ)ならん



仏陀はまたこのような偈(ゲ)(韻文)を説いた。
これを有名な七仏通戒の偈といい法句経(Dhammapada・ダンマパダ)にある。


もろもろのの悪はなすなかれ        諸悪莫作
もろもろのの善は奉行せよ         衆善奉行
みずからその意を浄くする          自淨其意
これ諸仏の教えなり              是諸仏教


口語訳は『提婆達多』より転載、
漢文の部分はあじさいが UP しました。

「諸悪莫作」は、仏教徒は普通「ショアクマクサ」と読んでいます。


つづく

2383

Re: 提婆達多 ⑮

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/15 00:28 投稿番号: [95 / 735]
三途の川」と言った場合は、また別の意味です。
ただしもともとは上記に挙げた三途であり、
三途の川はそこから派生した概念です。


以下は奈良の高野山真言宗長岳寺の地獄絵図です。
狩野山楽の筆によるものです。
実物を見たことがあります。毎年、秋11月に開帳をやっています。
刻々と絵が変化します。
ここには紹介されていませんが、三途の川の絵もあります。

三途の川とは、此岸と彼岸を隔てる川。
人は死んで七日目に川を渡って冥土へ行きますが、
その川を三途の川といいます。

なぜ三途の川というかというと、川に三つの瀬があるからです。
その瀬は、生前の業識によって渡る流れの速さが
三種類に分かれているから。
よい行いをした人は苦労せずにらくらくと渡れるのです。
渡し舟で渡るのですが、渡し賃は六文。
この六文がないと、川のほとりで見張っている懸衣翁・奪衣婆という
老夫婦に身ぐるみはぎとられてしまいます。

余談ですが、蓮舫さんって、もう少し年をとると奪衣婆のイメージ・・・。


http://www.chogakuji.or.jp/bunkazai/zigokue/zigokue.html

http://www.chogakuji.or.jp/bunkazai/kaisetu/kaisetu.html


「刀葉林」をご覧ください。
この男を誘惑する絶世の美女は女優の宮沢りえさんそっくりです。

刀で体をずたずたにされながらも必死で美女のいる樹上にたどりつくと、
いつのまにか美女は樹下におり、またしても
「汝はなぜここにきてわたしを抱かないのか」と誘惑します。
男はまた葉の刀でずたずたに切り裂かれながら樹下におりていきます。
その繰り返しです。



◆人間の、肉体・知識・技能・性質・業識(ゴッシキ)のなかで、
六道輪廻に受け継がれるものは業識のみだそうです。
つまり死後、自分が持って行けるものは業識のみということです。
これが人間のこの世での成績表で、
業識が良好ならば良い生まれかわりができるそうです。

六道(リクツウ)という六つの超能力がありますが、そのうちの
「宿命通」を持っている人は、他人の業識がわかるそうです。

六通・・・①天眼通   ②天耳通   ③他心通   ④宿命通   ⑤漏尽通   ⑥神足通


つづく

2382

Re: 提婆達多 ⑮

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/15 00:11 投稿番号: [94 / 735]
>便ち解脱を得、解脱の智生じ、所作已に弁じ、
梵行已に立てば復(また)世間に転生することはないのである」<


◆ここに出ている「解脱」という言葉ですが・・・・・

「解脱」とは、六道輪廻から逃れて絶対自由の境地に入ることをいいます。
解脱成った人は死後極楽世界(六道輪廻のない仏の世界)にいきます。
そこは永遠の世界でもはや転生輪廻の苦しみはありません。

転生輪廻は当時のインドでは常識でした。
また生まれかわるときは当然、誰しもまた人間に生まれたいですよね。
たとえば借金をふみたおして死ぬと、今度生まれかわるときは
牛馬となって働いて借りを返済しなければならない、とか。
『日本霊異記』(にほんりょういき)など読まれても面白いと思います。



◆六道輪廻(リクドウリンネ)について・・・・・

①天上    ②人間    ③修羅    ④畜生    ⑤餓鬼    ⑥地獄

の六つが六道です。
すべて苦しみの世界ですが、「天上」と「人間」ならまあまあです。
わたしなら極楽にうまれかわるよりも、
苦楽のある人間世界が面白くていいですね。
それ以下は、絶対に行きたくない世界です。
しかし、この人間世界には六道すべてが揃っているようにも思われます。

「修羅」は、争い、闘争の世界です。
どこぞの大きな教団もこれをやっています。
だから本来の宗教らしくないわけです。


悪業を為したものが死後に赴く三つの道すじを「三途」といいます。

「火途」・・・地獄道・・・猛火に焼かれる
「血途・けちず」・・・畜生道・・・互いに相食む
「刀途」・・・餓鬼道・・・刀・剣・杖などで迫害される


つづく

2381

提婆達多 ⑮

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/15 00:07 投稿番号: [93 / 735]
仏陀はこたえた。

「お前たちは私にむかってそういう言葉を使ってはならぬ。
私は如来である。
私はお前たちに法を説いてきかそう。
私の教に従うならばお前たちはやがて必ず道果を証得するであろう」

鹿野苑での三月の間に、仏陀は五十六人――あるいは六十人の徒弟を得た。
一年がたち、仏陀の指示で弟子たちは世間の福田となり衆生を済度する
という目的をもって遊行へと散った。

仏陀自身は当時の大国マガダ国の首都ラジャクリハへと歩をすすめた。

途中、比丘衆一千人とともに伽耶尸利沙(ガヤーシルシャ)の山上にのぼり、
山頂の一大岩のうえに坐した。
折からむかいの丘の繁みに火がともされた。
仏陀が比丘たちに説教をする。

「比丘たちよ、一切のものは皆燃える。さらば一切のものが燃えるとはなにか。
比丘たちよ。眼は燃える。色は燃える。眼識は燃える。眼触は燃える。
眼触によって生ずるところの受もまた燃える。
苦も燃える。楽も燃える。非苦も非楽も燃える。
一切のものは皆悉く燃える。
それはなんの火によって燃えるか。貪、瞋、痴、三毒の火によって燃えるのである。
生、老、病、死、愁憂、苦悩の火によって燃えるのである。
眼、耳、鼻、舌、身、意、色、声、香、味、触、法は皆悉く燃える。
聖弟子如是の法を聞けばこれらのものを厭離して染著(センジャク)なく、
便ち解脱を得、解脱の智生じ、所作已に弁じ、梵行已に立てば復(また)
世間に転生することはないのである」


拝火教の教組カッサバも仏陀の門に入った。カッサバは言う。

「私は寂静を見ております。そこには生滅もなく、煩悩もなく、愛憎もありませぬ。
私はそれを知るがゆえに事火の祭祀を楽しまぬのであります」


今、週刊誌の広告などで阿含の火祭りの宣伝を見ることがある。
よくわからないのだけれど、そのルーツはゾロアスターだろうか。
それなれば、仏陀の教えに対しては外道ということになると思うが。


仏陀はそれから彼らとともにマガダ国の王、ビンビサラ王の都城に入った。
仏陀の説く教えを聞いたビンビサラ王は歓喜に堪えず仏陀を拝していった。

「世尊われ仏陀に帰依したてまつる。われ僧に帰依したてまつる。
世尊願わくば今より後終生優婆塞(うばそく)とならんことを」


「優婆塞」(upasaka)とは、在家の男子の仏教信者をいう。
女性の場合は「優婆夷・うばい」(upasika) である。


つづく

2380

提婆達多 ⑭

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/15 00:00 投稿番号: [92 / 735]
何があっても何が起こっても、シッタルタが動揺することはなかった。
シッタルタはついに悪魔との戦いに勝利した。

一夜豁然として大覚を得た。
仏陀の意識はみるみるうちにふくらみ、
その目はピッパラの樹の梢の上から下を見下ろした。
次にはインドを見おろし、ついには下界のすべてを見おろした。
意識は、過去・現在・未来を見通すことができた。


ある説によると、この時、天からブラフマン(梵天)が降(くだ)って来て、
彼を祝福・指導したともいう。

このとき樹陰を貸してシッタルタを守ったピッパラの木は、
今、菩提樹というやさしい名称で呼ばれている。


シッタルタは仏陀(buddha)となった。


仏陀は清き解脱を楽しみつつ幾日を過ごした。三昧よりいでた。


寂静にして知足なるは楽し
諸法を観察するは楽し
世間を悩まさず能く衆生を慈しむは楽し
一切の欲を離れ恩愛を棄つるは楽し
能く我慢を伏するは是れ最上の楽なり



仏陀は慈悲愛憐をもってのゆえに布教伝道の意を決した。

仏陀が鹿野苑に到着したとき、そこには嘗てシッタルタを見棄て去った
比丘たちがいた。
彼らは遠く仏陀の来るのを見て互いに誡めって言った。

「あそこへ喬答摩(ゴータマ)沙門がきた。
彼は苦行をすてて世楽をうけた。
我々は彼に敬意をはらうことをせぬであろう」

しかし仏陀が静かに近づいたとき、彼らは思わず立って恭しく彼を迎えた。
そして仏陀にむかって呼びかけた。

「喬答摩(ゴータマ)よ」    「友よ」



◆喬答摩(ゴータマ)・・・Gautama     成道前の釈尊の姓。

◆先回とこの回は、
小説『提婆達多』、『ブッダはなぜ、子を捨てたか』の他に、
嘗て読んだ高橋信次『人間釈迦』、手塚治虫の漫画『ブッダ』など
及び他の本の記憶をもとに記述したものです。


つづく

2376

提婆達多 ⑬

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/14 23:56 投稿番号: [91 / 735]
さて沙門の姿となったシッタルタは、苛酷な苦行を己に課しながら師を求め
修行の旅を続けた。
どこに行ってもシッタルタを満足させる師はいなかった。

ネランジャラ河畔の樹林に入り、煩悩消滅のため、
断食とおのが肉体を痛めつける苦行を続けた。
シッタルタはすでに骸骨かとみまごうほどにやせさらばえ、
立って歩くことさえままならぬ衰弱のきわみにあり、遂に地面に昏倒した。
それを見ていた仲間の修行者たちは、「彼はとうとう死んだ」と思った。

が間もなくシッタルタは息を吹きかえし、苦行の無益であることを悟る。
いたずらに身を苦しめれば心はいよいよ悩乱する。
苦楽はふたつながら涅槃の因ではない。
また、死んでしまってはなにもならないではないか。

シッタルタはネランジャラ河に入り沐浴をし、
木の枝にすがりかろうじて陸地にあがった。
そのとき一人の村娘がシッタルタにミルク粥を供養した。
シッタルタは、有り難くこの飲食(オンジキ)の楽をうけた。
これによりいささかの気力と体力を取り戻した。

この村娘の名を、チュダリヤ=チュダータ(スジャータ)という。
乳製品会社の「スジャータ」の名はここに由来する。

仲間の修行者たちはこの一部始終を見て、シッタルタは退転し苦行を捨てた
と思いこみ、シッタルタを見限って、遠く西の方へ去って行ってしまった。

たった一人とり残されたシッタルタは、一本のピッパラの大木を見つけ、
その下に結跏趺坐して長い長い瞑想に入った。


懐かしい故郷、
カピラバストゥーの人々が入れ替わりたちかわり眼前にあらわれた。

父が、生みの母の妹にしてシュットーダナ王の後妻となった継母が、
ラーフラがあらわれ、城にもどるようにと涙ながらに懇願した。

それらの人たちの姿が消えると、かわってヤショダラがあらわれ、
艶然と微笑み腰をくねらせ男を誘うしぐさをした。

暴風雨が起こり、天地晦冥にして冷風と疾雨が七日の間続き、
シッタルタを痛めつけた。
雷も鳴った。悪魔が姿をあらわしあたりを火の海にした。

父も継母もラーフラもヤショダラの出現も、すべてはシッタルタの大悟を
阻もうとする悪魔が見せた幻影であった。

悪魔は誘惑をした。
「ただちに修行をやめれば、ありとあらゆるこの世の栄耀栄華を
あたえるであろう」と。

一説に、そのとき竜王があらわれ大いなる蛇身をもって、
シッタルタの身を七重に巻き、七頭をもってシッタルタの頭上を蔽い
悪魔から守ったのだという。


つづく

2375

提婆達多 ⑫

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/14 21:22 投稿番号: [90 / 735]
シッタルタとヤショダラの間にできた男の子は、名をラーフラといった。

かねてより出城して世俗的生活からの脱出をし、修行をしたい
という希望を持っていた
シッタルタにとって、その男児は自分の望みを妨げる障碍物以外の
何者でもなかった。

ラーフラという言葉は、
インドの古代語であるサンスクリットのラーフ   Rahu   に由来する。
このラーフは、もともと日蝕・月蝕の「蝕」を意味する言葉であった。
太陽の輝きをさえぎるもの、月の光を覆うもの、ということである。
そこから「障碍・ショウゲ」とか「障り・さわり」などを指す
ラーフラ   Rahula   という語ができた。
そしてもう一つ重要な派生的意味として
「悪魔」としての意味にも使用されることとなった。
すなわち、輝きや光の障りとなるような存在=悪魔的存在、
という解釈である。


あるいは、ヒンドゥー教の神話に、以下のようなものがあるという。

神々とアスラ(阿修羅・アシュラ)、すなわち悪魔たちのあいだで、
不死のからだをもたらす甘露(アムリタ)をめぐって激しい争奪戦があった。
このとき神々の側に立って戦ったのが太陽神と月神であり、
それに対してアスラ側に回ったのがラーフという名の悪魔であった。
ラーフは、太陽と月とを腹中に呑みこんでしまう。
しかし最終的には神々が勝利し、悪魔たちは空や海に逃げ去った。
ラーフラの名は、この神話に登場する悪魔ラーフラに由来するのだという。

ラーフラは、父シッタルタによって
ラーフラと命名されたことにより棄てられ、出城によって棄てられた、
いわば二度にわたって棄てられたあわれな捨て子であった。


伝承によれば、仏陀が悟りを開いてふるさとのカピラバストゥーに
帰郷したとき、ラーフラは仏陀によって出家させられている。
このときラーフラは九歳であったという。


『維摩経』「弟子品」によれば、伝承の仏陀十大弟子の第九番目に
「学習第一」としてラーフラの名があがっている。


「怨みをいだいている人々のあいだにあって怨むこと無く、
われらは大いに楽しく生きよう。
怨みをもっている人々のあいだにあって怨むこと無く、
われらは暮らしていこう」

◆ダンマバダ・15-197、中村元訳『ブッダの真理のことば   感興のことば』
より



◆この項は、山折哲雄『ブッダは、なぜ子を捨てたか』
を参照してのあじさいの記述です。



つづく

2372

提婆達多 ⑪

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/14 21:12 投稿番号: [89 / 735]
はじめ提婆達多は、ヤショダラのうぶな馬鹿正直・生真面目を嘲笑し、
容色の欠点のあらさがしをした。
が、さすがの提婆達多も、自分にこの身も心もささげた女を
可憐と思わずにはいられなくなった。

ヤショダラとの逢瀬を重ねるにつけ、提婆達多は、
不思議にも自分の心が次第に彼女にひかれてゆくのを感じた。

そしてそんな自分をいまいましく思い、堪え難い屈辱と不満を感じた。

「何事だ」
「己(おれ)はこんな女につかまってたまるものか。己はこの女を慰むのだ。
己はただ意地と復讐のためにこんな女にかかりあっているのだ」


ヤショダラは頬を染めながら、涙痕のあとも艶めかしい目で
提婆達多をみあげてささやく。

「あたくし、あなたに棄てられれば死んでしまいますわ」



「どうなりとも御勝手に。なんという厚かましい女だろう」

提婆達多は胸のうちでひとりごちた。



「今度はいつ来てくださいますの。あたくしいつでも、
お別れしたときからすぐもう待っておりますのよ」


ちょうどヤショダラが彼の肉にひきずられてゆくように、
提婆達多は次第にヤショダラの美しい心に捕えられてゆく。

彼は戦いかつ戦った。
とはいえ戦のはじまったときすでに敗れているのだということを
知らなかった。

ヤショダラの誠実によって、彼の心はわずかに目覚めた。

提婆達多はようやく、一つの接吻、ひと綴りの言葉に
誠をこめて彼女に報ゆるようになった。
このようにして終に二人は互いに解放されることのない
捕虜となってしまった。

それと同時に、提婆達多は自分のヤショダラに対する行動の
動機と態度と結果とについて、痛烈な悔恨に苦しんだ。

彼は、自分の恋が二重の意味において誠実であらねばならぬことを思った。
彼は己を蘇らしめたこの恋を、すべてをこえて高く評価した。
提婆達多は新たに獲得した肉を貪ると同時に、新たに経験した恋に狂った。
そして悔恨の苦悶に呻くとともに勝利の歓呼をあげた。



つづく

2370

提婆達多 ⑩

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/14 21:08 投稿番号: [88 / 735]
ヤショダラを手に入れた提婆達多は、その復讐計画の成功に対する満足よりは
むしろそのあまりにあっけなかったことに対する不満のほうをより多く感じた。

もともとヤショダラは、提婆達多にとって食指を動かすような女ではなかったのだ。
彼女が婿選びの賭物でなかったなら、あのときシッタルタにおくれを
とらなかったら、ヤショダラがシッタルタの妻でなかったなら・・・・・
どうして鴎なんぞに目をくれようか。

とはいえ今、女を手に入れてみれば、さすがに提婆達多とても
己の肉的所有物に対する動物一般の本能的な愛着を起さずにはいられなかった。

彼はこの新規の肉団に対しての好奇的愛玩心、新鮮熾烈な欲情を催した。
提婆達多はこの牝馬を使えるうちは出来るだけ使っておこうという
経済的な考えからしても、飽くまで彼女の身心を貪り弄んだ。


ヤショダラは提婆達多を恋した。
提婆達多の最も誠実な情人となった。

提婆達多の訪れを待つその日、ヤショダラは水浴をした。
髻(もとどり)を解かれた漆黒の長い髪はさらさらと流れ落ち
柔らかく波うちながら乳から腰のあたりまでをかくした。
侍女たちがひとつひとつ全身に飾られた宝飾品をはずし、
石床の上に広げられた絹布の上に置いていく。
最後に下半身に巻かれた純白の絹布がくるくるとほぐされたとき、
たぐいなき完全なる裸身があらわれた。
雲の帳を出でた満月のように美と矜(ほこり)をくまなくさらし、
見とれる侍女たちをあとにヤショダラはひとり石階を降り、
するりと水につかった。水がかすかに波紋を描いた。


「提婆達多」

思うだけでもう胸がときめいて我しらず微笑がこぼれる。

これはヤショダラにとって初恋であった。
それは、はじめて飲む強い酒のように彼女を酔わせた。
提婆達多の手練手管は、毒酒のように胸苦しく彼女を酔わせた。
夢にも現にも提婆達多を忘れたことはなかった。

今や提婆達多は彼女の頼みうる唯一のすべてのものであった。


「提婆達多」
「いつまでもみすてずに・・・私はもうなにもかもすててしまったのですもの・・・」

なにもかもすててはいなかった。
ラーフラがいた。王宮での生活もすてるわけにはいかなかった。
だがやはり彼女の恋は命がけであった。



つづく

2369

提婆達多 ⑨

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/14 21:01 投稿番号: [87 / 735]
提婆達多は、すでに心の動揺した女に対する肉体の接触が如何なる効果を
もたらすものであるかをよく知っていた。
それは癩病の最初の斑紋のようにやがては全身を腐爛させずにはおかない。
提婆達多はひと度男を知った女の脆さを知りすぎていた。

提婆達多は女があらましもう自分のものになりかけているのをみた。
そしてそれがおそろしく彼の欲望をそそった。
彼は涎をたらすほどの欲情をもってじっと女の体をみつめた。

提婆達多は、この格好のよい犠牲が彼の飽くことのない欲情の餌となる場合の
あらゆる姿態、あらゆる味をまざまざと想像した。


「ゆるしてください。・・・・・私はただあなたが恋しい。・・・・・
あなたが可愛い・・・・・」

提婆達多はヤショダラをしっかりと抱きしめた。
彼女の乳房は強く彼の胸におしつけられた。
彼の五体の毛孔は悉く口となって濃(こまやか)な女の肌を吸った。
蜘蛛が餌食を巻き締めてその喉を食い破るように、
ヤショダラの口におしつけた唇をいつまでもはなさなかった。


星が流れた。すべては終った。
その夜からヤショダラは身心ともに提婆達多のものとなった。


つづく

~~~~~~~~~~~~~~~


★提婆達多の告白は、そのすべてが偽りではありませんでした。
すべてが虚偽であると思われるそのうちに、また多くの真実をも含んでいました。


★提婆達多はシッタルタに勝利したのでしょうか。
そうではありません。
提婆達多はただ、シッタルタの棄てたものを拾ったにすぎないのです。

提婆達多自身、意識にはのぼせなくても根源的なところで
それがわかっているのではないでしょうか。
だからヤショダラを手にいれても、シッタルタに対する憎しみは
消滅しませんし、何の解決にもならないのです。


◆提婆達多はその一生を、シッタルタへの憎悪と復讐の念でおくります。
彼は彼らしく、王族として華やかで退廃的な生活をおくることが
彼の幸せであったでしょうに。


2365

提婆達多 ⑧

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/14 20:55 投稿番号: [86 / 735]
「私ははじめてあなたを見たときからあなたを思っていた。
競技の日私が思わぬ不覚をとったのもあなたゆえであった。
私はあなたのまえに気おくれがした。私の腕は鈍った。
私の心は相手の胸甲よりもあなたのほうへそれてしまった。
ヤショダラ、私はあの時からあなたを思っている。
私はかた時もあなたを忘れたことはない」


「あなたはシッタルタのものとなった。私は気も狂うばかりであった。
もしそれがシッタルタでなかったなら ! ・・・・・
友情は私の思慮を助けた。
私は一生この恋を自分ひとりの胸に秘めておこうと決心した。
ヤショダラ、その時の思を察してください。・・・・・」

「しかし恋が友情を滅ぼさなかったように友情も恋に勝つことができなかった。
思いなおしても思いなおしてもあなたはやっぱり恋人であった。
それをあなたたちはちっとも知らない。知ってくれない。
あなたはシッタルタの花嫁として私のまえにでる。
あなたは新婚の幸福に酔って夢みるような顔をしている。
私はつらかった。つらかった。
憎むとも蔑むともなさるがよい。私は正直に白状する。
私はシッタルタを妬んだ。あなたを恨んだ。
そのいわれのないことは知りながらどうしてもそうせずにはいられなかった。
それほど私は苦しかった」



光り輝くこの日の国に夜は慈悲深くくだった。ひとしお静かに甘やかに。


ヤショダラは提婆達多と肩をならべながら高い石階をのぼって
園池を見降す広い廊の一隅に座をしめた。

月は柔らかい光をなげて喬木の影と格子形の欄干の影とを廊に落している。

池の面に水鳥の羽音がさわさわときこえ、しずまった。
とりどりの花の薫(かおり)は吹くともなく流れてくる夜の気にはこばれて
酒の香のように人を酔わす。


「恋しい人」

提婆達多は滴るばかりほほえみながらヤショダラの耳に口をよせ声をひそめて呼びかけた。

おもむろに身をかがめてふっくらとしたヤショダラの手の甲に唇をつけた。



つづく

2363

提婆達多 ⑦

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/13 23:31 投稿番号: [85 / 735]
失意のヤショダラをささえたのは提婆達多であった。
ヤショダラは、提婆達多の力強く美しい手にすがった。

夫の帰城はとうに諦めてはいたが、ヤショダラの生きるよすがは、
ありし日のシッタルタとの相愛の日々を想いおこし、その委曲をこまごまと、
頻繁に訪ねてくる提婆達多に語って聞かせることだった。
提婆達多は煮えくりかえる胸の炎を鎮め、息の詰まるような嫉妬に苦しみ、
シッタルタへの憎悪をおしかくしながら、さりげない笑顔をつくり、
辛抱強く天真爛漫なヤショダラの相手をした。

ヤショダラは提婆達多にラーフラを抱くよう求め、
この子がシッタルタにどんなに似ているかということに同意を求めるのだった。
ラーフラは母そのままのコピーで、豪も父親には似たところがないにもかかわらず。
提婆達多は、ラーフラを抱愛しながら、熱鉄を呑まされる思いをじつとこらえて、
彼女の乳首から乳のたれるのを見た。

「彼奴はこの女に獅噛みついてこの肉塊をこしらえたのだ」


一年が過ぎた。

ヤショダラの提婆達多に対する感情は、埋もれたる種子の芽となり、苗となり、
立派な若木となるように、目には見えずに次第に成長しかつ形をかえた。
そのようなヤショダラの微妙な変化を、提婆達多は見逃さなかった。
困難ではあるが望のある許されぬ秘密の恋は
――これをしも恋というべくは――彼の心を有頂天にした。

いまやヤショダラにとって提婆達多はなくてはならぬものとなった。


おりしも提婆達多のカピラバストゥー訪問は徐々に足が遠のき、稀なものとなった。

ヤショダラのもとにあるときには、ぼんやりとひとつところを見つめ、
ことさらに大きな溜息をもらし、時にその大きな目には涙さえ浮かんでいた。


ひさかたぶりに提婆達多がやってきた。

「提婆達多、まああなたはどうなすったのですか。
私をお忘れになったのですか。随分お久しいではありませんか」

提婆達多の目には涙が浮かんでいる。

「私はどうすればよいのであろう」
「私は思いきっていってしまおう。オショダラ、ゆるしてください。
私は・・・・・私はあなたを恋している・・・・・」

ヤショダラはそこに石像のように居すくまり、
そして慄えながら唖のように提婆達多を見つめた。


つづく

2362

提婆達多 ⑥

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/13 23:27 投稿番号: [84 / 735]
シュットーダナ王はもとより、愛する夫を失ったヤショダラの嘆きは
見るだにいたましかった。
ヤショダラ自身でさえ、自分はこんなにも夫を愛していたのかと
始めて気づかされたのだった。

望楼の最上階の窓から溢れる涙にくれて、夫シッタルタの辿ったであろう、
暮れなずむ路の行く末をいつまでもいつまでも目で追いつつ立ち尽くす
ヤショダラ。

シッタルタ出城の報を聞き、そんなヤショダラのもとにいちはやく
駆けつけたのは提婆達多であった。


「ヤショダラ、ゆるしてください、
わたしはあなたにあわせる顔もない・・・・・」
「私はシッタルタの出家を予知していた。
私たちはながらくそれについて語りった。
耕耘祭の日、彼はいよいよ近々にそれを決行するということを私に語った。
私は彼のためにその勇猛な決断を祝った。
とはいえ私の感情、王やあなたに対する同情は私の理性に反して理不尽に
彼を思いとまらせようとした。しかし彼は男らしくきっぱりと拒絶した。
私は自分の女々しさを恥じて口を閉じた。そして彼に秘密を守ることを誓った。
ヤショダラ、私は敢えていう。
私をあとにとどまらせたものは私の怯懦である。未練である。
私はそれについては今もシッタルタに対し、あなたに対し、
また凡ての人に対して慙愧に堪えない。
と同時にシッタルタの出家については
あなたのまえに恐ろしい心の呵責を感ずる。
これは卑怯か、愚痴か、なにか知らない。
わたしはただあなたのまえに凡ての事実を打明けて
あなたの思いのままになろうために来たのである」

提婆達多は、ヤショダラの前に、重罪を負うた罪人のようにうなだれた。


そして心のなかで雄叫びをあげた。

「降伏せよ、私は復讐のためにシッタルタの手から卿(おんみ)を奪おうと
するのである。逃げられると思うなら逃げてみよ」


「ヤショダラ、シッタルタはあなたをもラーフラをも心から愛していた」
「私はシッタルタに対する義務として、またあなたに対する罪の贖い
(つぐない)のために、わたしはこの後あなたの友となるであろう。
杖とも柱ともなるであろう。
そうしたならば私もせめてすこしはこの心の呵責からのがれることが
できるかもしれない」


そういいながら提婆達多は吐き出してしまいたいような忌まわしさを感じた。

「これが己(おれ)の口からいえることか」


だが、美しい魚は餌につきかかっている。
辛抱して巧く鉤(はり)を呑ませなければならぬ。

ヤショダラの口もとにかすかな微笑が浮かび、
ヤショダラは嬉しく承引するようにうなずいた。


「しめた ! 魚はとうとうかかった」



つづく

2357

提婆達多 ⑤

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/13 22:36 投稿番号: [83 / 735]
では、ラーフラ誕生についてはどうか。


シッタルタ出城六年後のラーフラ誕生に対し、
不倫の疑惑をかけられたヤショダラの弁明。

「この子は、本当に、夫シッタールタ=シャカの子なのです。
シャカが家出した夜に息子ラーフラが私の胎に入ったからです。
そしてその後六年の彼の苦行時代がつづき、成道した夜になってから
ラーフラが生まれたのです」(『雑宝藏経』)


もしもラーフラが不倫の子であれば、ヤショダラの相手、
即ちラーフラの実の父親は提婆達多であるのか。

であれば、シッタルタにとってラーフラは、
まさに罪の子であり悪魔であるといえよう。


しかし、山折哲雄先生はこの解釈をとらない。
先に山折先生はシッタルタの出城を出家ではなく、
人生の第三ステージにおける家出であると解釈された。
家出であるから、その間シッタルタは度々ヤショダラと逢い、
関係を結んでいたと想定しておられる。

その場合も、修行の不徹底である。それでどうして成道がなるものか、との疑念が湧く。
そして、そうであれば、ラーフラがシッタルタの実子であったとしても、
罪の子にかわりはないではないか。求道者が男女の関係を結んでいたのだから。


もうひとつ、後世の人々が聖なるシャカと聖なる子を演出しようとして、
その話を作ったとも考えられる。

即ち、ラーフラの父は、家出前のシッタルタではなく、
成道した仏陀であるとの。
そしてそれは、イエス=キリストが、大工ヨゼフの子ではなく、
精霊の子であるとすることとみごとに重なる。

だが、ラーフラはイエスと違い、
シャカ教団の中では割合に軽く扱われていたようだ。
すると、ラーフラの父親が聖なる覚者である必要性はないように思われる。

まあ、どちらにしろ、いつラーフラが誕生したかはともかく、
シッタルタが修行を決意して城を出るその夜にヤショダラが身ごもった
というのは、なんともしまらない話ではないか。

さらにしまらないのは、山折先生の、家出後のシッタルタにしばしば
ヤショダラとの逢瀬があったとする、この考え方である。
シャバに愛着がある、そんなことで悟りは開けるのかという、
素朴な疑問を持たざるをえない。


シッタルタ自身も誕生七日めにして、産みの母マヤ夫人を失っている。
この点について、シッタルタは捨て子同然だと書いておられるが・・・
というよりも、自分の誕生によって母を死にいたらしめたという点では、
シッタルタもまた生まれながらにして罪の子ではないか、とわたしは思う。

だからこそ、シッタルタはラーフラを捨てることにあまり躊躇がなかった
といえよう。
父親である自分が不在であっても、日々の生活に不自由することは
ありえないのだし。


閑話休題。
ともあれ、物語を小説『提婆達多』にもどそう。


★参照・・・山折哲雄『ブッダはなぜ子を捨てたか』集英社新書


つづく

2353

Re: 提婆達多 ④

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/13 21:01 投稿番号: [82 / 735]
では、ラーフラ誕生についてはどうか。


シッタルタ出城六年後のラーフラ誕生に対し、
不倫の疑惑をかけられたヤショダラの弁明。

「この子は、本当に、夫シッタールタ=シャカの子なのです。
シャカが家出した夜に息子ラーフラが私の胎に入ったからです。
そしてその後六年の彼の苦行時代がつづき、成道した夜になってから
ラーフラが生まれたのです」(『雑宝藏経』)


もしもラーフラが不倫の子であれば、ヤショダラの相手、
即ちラーフラの実の父親は提婆達多であるのか。

であれば、シッタルタにとってラーフラは、
まさに罪の子であり悪魔であるといえよう。


しかし、山折哲雄先生はこの解釈をとらない。
先に山折先生はシッタルタの出城を出家ではなく、
人生の第三ステージにおける家出であると解釈された。
家出であるから、その間シッタルタは度々ヤショダラと逢い、
関係を結んでいたと想定しておられる。

その場合も、修行の不徹底である。それでどうして成道がなるものか、との疑念が湧く。
そして、そうであれば、ラーフラがシッタルタの実子であったとしても、
罪の子にかわりはないではないか。求道者が男女の関係を結んでいたのだから。


もうひとつ、後世の人々が聖なるシャカと聖なる子を演出しようとして、
その話を作ったとも考えられる。

即ち、ラーフラの父は、家出前のシッタルタではなく、
成道した仏陀であるとの。
そしてそれは、イエス=キリストが、大工ヨゼフの子ではなく、
精霊の子であるとすることとみごとに重なる。

だが、ラーフラはイエスと違い、
シャカ教団の中では割合に軽く扱われていたようだ。
すると、ラーフラの父親が聖なる覚者である必要性はないように思われる。

まあ、どちらにしろ、いつラーフラが誕生したかはともかく、
シッタルタが修行を決意して城を出るその夜にヤショダラが身ごもった
というのは、なんともしまらない話ではないか。

さらにしまらないのは、山折先生の、家出後のシッタルタにしばしば
ヤショダラとの逢瀬があったとする、この考え方である。
シャバに愛着がある、そんなことで悟りは開けるのかという、
素朴な疑問を持たざるをえない。


シッタルタ自身も誕生七日めにして、産みの母マヤ夫人を失っている。
この点について、シッタルタは捨て子同然だと書いておられるが・・・
というよりも、自分の誕生によって母を死にいたらしめたという点では、
シッタルタもまた生まれながらにして罪の子ではないか、とわたしは思う。

だからこそ、シッタルタはラーフラを捨てることにあまり躊躇がなかった
といえよう。
父親である自分が不在であっても、日々の生活に不自由することは
ありえないのだし。


閑話休題。
ともあれ、物語を小説『提婆達多』にもどそう。


★参照・・・山折哲雄『ブッダはなぜ子を捨てたか』集英社新書


つづく

2353

提婆達多 ④

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/13 20:57 投稿番号: [81 / 735]
さて、シッタルタはかねてより念願の出家をはたした。

だが山折哲雄先生は、それは「出家」ではなく「家出」であるといわれる。

当時、インドにおいて大きな力を持っていたのはヒンドゥー教であった。
その教えにより、階級の差に応じて生活規範や義務が定められていた。
その中の一つに、
人生を四つのステージに分ける「四住期」という考え方があった。

第一の住期・・・学生期(ガクショウキ)。
師について勉学に励み、禁欲の生活をおくる。
第二の住期・・・家住期(カジュウキ)。結婚し子どもをつくる。
神々を祀り家業に励む。
第三の住期・・・林住期(リンジュウキ)。
人生の安定期に一時的に家を出て、望む生活をする。
第四の住期・・・遊行期(ユギョウキ)或いは「遁世期」ともいう。
特別な一握りの人間のためのもの。
この第四ステージに入った者は、もはや家族のもとには戻らない。


山折哲雄先生は、シッタルタの出城を、第四ステージではなく
第三ステージであると考えておられる。
その理由は、次にあげるラーフラ誕生の伝承の秘密を、
そうすることによって解き明かしたいがためのようだ。


中勘助の小説『提婆達多』では、
シッタルタはラーフラ誕生の七日後に城を出ている。
これも一つの伝承に基づくものである。

他にもバリエーションがある。
ラーフラ誕生の夜、というもの。
これは誕生の夜であろうが、七日後であろうが、これ自体は息子の誕生後に
家を出た、ということの本質にかわりはない。
(南方系仏教伝承)


問題は、シッタルタ出城後、六年を経過してラーフラが誕生したという
伝承である。
六年。即ち、シッタルタが六年の苦行を経て悟りを開いたその夜に、
ラーフラが誕生したというのだ。

シッタルタの出城の夜、ラーフラはヤショダラの胎内に入り、六年の間
ヤショダラの胎内にいて、シッタルタの大悟を待って誕生したという
のである。(北方系仏教伝承)


ここにラーフラ出生の秘密とシッタルタの家出をめぐる謎がある。

かねてより出家をして修業の道に入ることを希望していたシッタルタに
とって、ラーフラは己が愛欲の結果できた罪の子である。
そこに自己嫌悪がある。


わたしたちは、ここであることを想起する。そう、マリアの処女懐胎である。
そんなことはあろうはずもないから、おそらくイエス=キリストは、
マリアの結婚前の不純異性交遊の果実であろう。


つづく

2352
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