提婆達多 24
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/16 21:01 投稿番号: [107 / 735]
提婆達多はおりしもこれらの人々にむかって説法の最中である。
「・・・それゆえに私は一切を放棄した。
王子たる権威も、富貴も、望んで得られざることなきあらゆる快楽も・・・」
「私は釈迦族の一城の主となるべき身であった。
そしてかのシッタルタとは従兄弟にして無二の友であった」
提婆達多は仏陀を憎みつつもその血族関係を機会あるごとに吹聴した。
「私は狩猟や、遊戯や、宴楽に日もまた足らなかった。
のみならず私はあらゆる学芸に、武術に、抜群の誉をもっていた。
私はいかなる競技においても未だかつて後れをとったことはなかった」
「私はそれら一切のものを放棄して一介の比丘となった。
正覚を成ぜんがために、衆生の福田とならんがために。
しかして私は大覚を得た。私は仏陀となった。
私は汝らを憐んで微妙の法を説く。
しかるに汝ら愚痴の者よ、
汝らは耳聾して法鼓の声をきかず、目盲(めし)いて慧日の光を見ず、
罪業の淤泥にまみれ、淫楽の悪臭をはなちつつ
蛆のごとくに人界を匍匐(は)いまわる。
汝らは猿のごとくに交尾(つる)み、猿のごとくに生み、猿のごとくに群居する。
しかして色慾の肉繩につながれたる互を夫とよび、妻とよび、親とよび、
子とよぶ。
汝らは五欲の糧を得んがために媚び、諂い、匿し、偽り、誑し、謗り、
罵り、憎み、妬み、悲しみ、怒り、吝み、貪り、盗み、殺し・・・・・
ありとあらゆる罪悪を犯す。
汝らの愛欲に皺める顔はさらに狡智に歪む。
汝らはまことに猿よりも醜悪に、猿よりも奸悪である。
汝ら我唾を啗(くら)うにも足らざる奴輩よ、
汝らは生死に輪廻してやまぬであろう。
汝らはまさに畜生道に堕ちるであろう。
汝らは餓鬼道に堕ちるであろう。
汝らは大紅蓮の氷に凍え、大焦熱のほむらに焼かれ、
阿鼻の底に叫喚しつつその時はじめて私を思うであろう・・・・・」
提婆達多の説法を聞いた人々は黙々として帰路についた。
重い、悩ましい、病むがごとき気持ちが彼らの胸を圧した。
彼らは歓喜と力を得るかわりに手痛い笞(しもと)を感じた。
それは慈悲の意識ではなくして憎悪の咆哮であった。
彼らはこの新なる仏陀を畏敬したけれども愛慕することはできなかった。
提婆達多は人間を軽蔑し、厭悪した。
彼は自らあらゆる醜悪なる人間性の所有者、経験者であったがために、
すべての人間は彼の眼にさながら汚穢なる五臓六腑のままに見えた。
提婆達多はむしろ会座の衆に向かって自分を罵っているのであった。
そして彼の苦しい心がわずかにそこに慰藉を見出した。
つづく
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「・・・それゆえに私は一切を放棄した。
王子たる権威も、富貴も、望んで得られざることなきあらゆる快楽も・・・」
「私は釈迦族の一城の主となるべき身であった。
そしてかのシッタルタとは従兄弟にして無二の友であった」
提婆達多は仏陀を憎みつつもその血族関係を機会あるごとに吹聴した。
「私は狩猟や、遊戯や、宴楽に日もまた足らなかった。
のみならず私はあらゆる学芸に、武術に、抜群の誉をもっていた。
私はいかなる競技においても未だかつて後れをとったことはなかった」
「私はそれら一切のものを放棄して一介の比丘となった。
正覚を成ぜんがために、衆生の福田とならんがために。
しかして私は大覚を得た。私は仏陀となった。
私は汝らを憐んで微妙の法を説く。
しかるに汝ら愚痴の者よ、
汝らは耳聾して法鼓の声をきかず、目盲(めし)いて慧日の光を見ず、
罪業の淤泥にまみれ、淫楽の悪臭をはなちつつ
蛆のごとくに人界を匍匐(は)いまわる。
汝らは猿のごとくに交尾(つる)み、猿のごとくに生み、猿のごとくに群居する。
しかして色慾の肉繩につながれたる互を夫とよび、妻とよび、親とよび、
子とよぶ。
汝らは五欲の糧を得んがために媚び、諂い、匿し、偽り、誑し、謗り、
罵り、憎み、妬み、悲しみ、怒り、吝み、貪り、盗み、殺し・・・・・
ありとあらゆる罪悪を犯す。
汝らの愛欲に皺める顔はさらに狡智に歪む。
汝らはまことに猿よりも醜悪に、猿よりも奸悪である。
汝ら我唾を啗(くら)うにも足らざる奴輩よ、
汝らは生死に輪廻してやまぬであろう。
汝らはまさに畜生道に堕ちるであろう。
汝らは餓鬼道に堕ちるであろう。
汝らは大紅蓮の氷に凍え、大焦熱のほむらに焼かれ、
阿鼻の底に叫喚しつつその時はじめて私を思うであろう・・・・・」
提婆達多の説法を聞いた人々は黙々として帰路についた。
重い、悩ましい、病むがごとき気持ちが彼らの胸を圧した。
彼らは歓喜と力を得るかわりに手痛い笞(しもと)を感じた。
それは慈悲の意識ではなくして憎悪の咆哮であった。
彼らはこの新なる仏陀を畏敬したけれども愛慕することはできなかった。
提婆達多は人間を軽蔑し、厭悪した。
彼は自らあらゆる醜悪なる人間性の所有者、経験者であったがために、
すべての人間は彼の眼にさながら汚穢なる五臓六腑のままに見えた。
提婆達多はむしろ会座の衆に向かって自分を罵っているのであった。
そして彼の苦しい心がわずかにそこに慰藉を見出した。
つづく
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これは メッセージ 106 (ajisai110701 さん)への返信です.
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