紫陽花亭日乗

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提婆達多 ⑧

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/14 20:55 投稿番号: [86 / 735]
「私ははじめてあなたを見たときからあなたを思っていた。
競技の日私が思わぬ不覚をとったのもあなたゆえであった。
私はあなたのまえに気おくれがした。私の腕は鈍った。
私の心は相手の胸甲よりもあなたのほうへそれてしまった。
ヤショダラ、私はあの時からあなたを思っている。
私はかた時もあなたを忘れたことはない」


「あなたはシッタルタのものとなった。私は気も狂うばかりであった。
もしそれがシッタルタでなかったなら ! ・・・・・
友情は私の思慮を助けた。
私は一生この恋を自分ひとりの胸に秘めておこうと決心した。
ヤショダラ、その時の思を察してください。・・・・・」

「しかし恋が友情を滅ぼさなかったように友情も恋に勝つことができなかった。
思いなおしても思いなおしてもあなたはやっぱり恋人であった。
それをあなたたちはちっとも知らない。知ってくれない。
あなたはシッタルタの花嫁として私のまえにでる。
あなたは新婚の幸福に酔って夢みるような顔をしている。
私はつらかった。つらかった。
憎むとも蔑むともなさるがよい。私は正直に白状する。
私はシッタルタを妬んだ。あなたを恨んだ。
そのいわれのないことは知りながらどうしてもそうせずにはいられなかった。
それほど私は苦しかった」



光り輝くこの日の国に夜は慈悲深くくだった。ひとしお静かに甘やかに。


ヤショダラは提婆達多と肩をならべながら高い石階をのぼって
園池を見降す広い廊の一隅に座をしめた。

月は柔らかい光をなげて喬木の影と格子形の欄干の影とを廊に落している。

池の面に水鳥の羽音がさわさわときこえ、しずまった。
とりどりの花の薫(かおり)は吹くともなく流れてくる夜の気にはこばれて
酒の香のように人を酔わす。


「恋しい人」

提婆達多は滴るばかりほほえみながらヤショダラの耳に口をよせ声をひそめて呼びかけた。

おもむろに身をかがめてふっくらとしたヤショダラの手の甲に唇をつけた。



つづく

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