紫陽花亭日乗

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提婆達多 ⑯

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/15 20:36 投稿番号: [99 / 735]
七年の歳月が流れた。

それはシッタルタにとっては苦行の、求道の、
提婆達多とヤショダラにとっては初恋の溺愛の幾年であった。

そのふたりの夢も終にさめるときがきた。

強大なるマガダ国王の帰依をうけた仏陀の名声は
やがてカピラバストゥーへも響き渡った。
すでに老齢となったシュットーダナ王はわが子恋しさ見たさに矢も楯も
たまらず使いを仏陀のもとに遣わし帰城を請うた。
仏陀は父王の請を容れ、ラジャクリハよりカピラバストゥーへと
六十由旬の道を二ヶ月の予定をもって出発した。

一由旬は、7マイルあるいは9マイルとされている。およそ770km ほど。


いまや仏陀となったシッタルタ帰城の噂は
カピラバストゥー中に喧伝された。


提婆達多とヤショダラのあいだにおいて、
シッタルタの名はひさしく禁句であった。
そしてそれは今猶そうであったけれども、
それぞれの膝に一つ一つ積み重ねられる責石でもあった。

ヤショダラは深い物思いに沈み日々痩せ衰えていく。
ヤショダラの提婆達多への態度は日増しに冷淡なものとなる。
提婆達多は彼女の胸中を推量しかねたけれども、
その原因だけはよくわかっていた。
そして新たなる嫉妬と不安に苛(さいな)まれ、
ふたりのあいだには渡りにくい溝渠ができた。


シッタルタは時々刻々に近づいて来る。


提婆達多は混乱し、じりじりと焦り、いらだち、
七転八倒したがなすすべもない。
彼もまた日頃の煩悶と暴飲と不眠とでやせ衰えた。

ヤショダラが自分を棄て、またシッタルタにみかえるのではないかとおそれた。
彼は、最初の肉欲の伴侶に対する人間の愛着の
いかに根強いものであるかを考える。

彼は絶望した。息をするのさえ懶(ものう)かった。

提婆達多はこの苦痛をみずから求めて陥ったものとは思いもそめない。
シッタルタが与えるものと考える。
しかも相手は自分に指もさし得ずにひとりで七転八倒している彼を
よそ目に見ながら嘯(うそぶ)いているような気がする。
そう思えばシッタルタを喰いちぎってやりたいほどの憎悪を感じる。

「なんだこのざまは」

提婆達多はヤショダラを単に意地と復讐の餌としてねらったときの
気持ちをつとめて呼び起そうとした。
無駄であった。ヤショダラは已にながく彼の血となり肉となっていた。


つづく

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