Re: 仏説観無量寿経 王舎城の悲劇
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/18 21:05 投稿番号: [120 / 735]
〔原文〕
時、韋提希、被幽閉已、愁憂憔悴、遥向耆闍崛山、爲佛作禮、而作是言、
如來世尊、在昔之時、恆遣阿難、來慰問我。我今愁憂。世尊威重、無由得見。
願遣目連尊者阿難、與我相見。作是語已、悲泣雨涙、遥向佛禮。
未擧頭頃、爾時、世尊、在耆闍崛山、知韋提希心之所念、
即勅大目<牛建>連及以阿難、從空而來。
佛、從耆闍崛山沒。於王宮出。時韋提希、禮已擧頭、見世尊釋迦牟尼佛。
身紫金色、坐百寶蓮華。目連侍左、阿難在右。
釋梵護世諸天、在虚空中、普雨天華、持用供養。
「訓読」
時に韋提希、幽閉され已(おわ)りて、愁憂し憔悴し、遙かに、
耆闍崛山に向かい、佛の爲に禮を作して、是の言を作す。
「如来世尊よ、在昔(ザイセキ)の時、恆に、阿難を遣わし、
來らしめてわれを慰問したまいき。
我、今、愁憂せり。世尊は威重にして、見ることを得るに由なし。
願わくは、目連尊者阿難を遣わし、我と相い見(まみ)えしめたまえ」
是の語を作し已(おわ)りて、悲泣すること雨のごとく涙し、
遙かに、佛に向いて禮す。
未だ頭(こうべ)を挙げざる頃(あいだ)に、その時、世尊、耆闍崛山に
在(い)まして、韋提希の心の所念を知り、即ち、大目<牛建>連及以(およ)び
阿難に勅し、空よりして來(きた)らしむ。
佛、耆闍崛山より没して、王宮に出でたもう。
時に韋提希は、禮し已(おわ)りて頭(こうべ)を挙ぐるに、
世尊釈迦牟尼佛を見たてまつる。
身は紫金色(シコンジキ)にして、百寶の蓮華に坐したまえり。
目連は左に侍し、阿難は右に在り。釈梵護世の諸天、虚空の中に在り。
普(あまね)く、天華を雨ふらし、持用(もち)いて供養せり。
「解釈」
ときに韋提希(イダイゲ)夫人は、幽閉されてしまうと、
「ああ、わたしも夫のように幽閉されたまま余生をおくるのであろうか」
と嘆き悲しみやつれ果てて、遙か彼方の、釈迦が説法をしておられる
耆闍崛山(=霊鷲山・リョウジュセン)に向かって、釈迦に礼拝をして、
このように言った。
「如来・世尊よ、その昔、いつもあなたのお弟子の阿難をわたしのところに
遣わし、良いお話をしてくださってわたしを慰めてくださいました。
わたしは今、悲しみに沈んでおります。
世尊は威厳のある重々しいお方です。
世尊にお会いしたく思いますがそのすべがありません。
願わくは、目連尊者と阿難さまを遣わし、わたしに会わせてください。」
そう言い終わると、韋提希夫人は雨の降るごとくはらはらと悲しみの涙を
流された。そして遙かに、釈迦に向かって深々とお辞儀をした。
すると、いまだお辞儀をした韋提希夫人の頭が挙がるか挙がらないかの
ときにもう、耆闍崛山に在(い)ました世尊は、韋提希夫人の心の所念を
ありありと知った。
すぐに、目連尊者と阿難に命令し、空中から彼女のところに二人を出現させた。
世尊ご自身の姿もまた、耆闍崛山から消え、次に韋提希夫人の監禁されて
いる王宮の中にお出になられた。
そのとき韋提希夫人は、拝礼しおわって頭を挙げると、
目の前に世尊=釈迦牟尼仏をご覧になられた。
その身は紫金色(シコンジキ)にして、百宝の蓮華にお坐りになっておられた。
目連は左に侍し、阿難は右に在って、帝釈天・梵天・護世の諸天は、空中に
とどまられて、あまねく、天華を雨ふらし、もって仏を供養しておられた。
つづく
3178
時、韋提希、被幽閉已、愁憂憔悴、遥向耆闍崛山、爲佛作禮、而作是言、
如來世尊、在昔之時、恆遣阿難、來慰問我。我今愁憂。世尊威重、無由得見。
願遣目連尊者阿難、與我相見。作是語已、悲泣雨涙、遥向佛禮。
未擧頭頃、爾時、世尊、在耆闍崛山、知韋提希心之所念、
即勅大目<牛建>連及以阿難、從空而來。
佛、從耆闍崛山沒。於王宮出。時韋提希、禮已擧頭、見世尊釋迦牟尼佛。
身紫金色、坐百寶蓮華。目連侍左、阿難在右。
釋梵護世諸天、在虚空中、普雨天華、持用供養。
「訓読」
時に韋提希、幽閉され已(おわ)りて、愁憂し憔悴し、遙かに、
耆闍崛山に向かい、佛の爲に禮を作して、是の言を作す。
「如来世尊よ、在昔(ザイセキ)の時、恆に、阿難を遣わし、
來らしめてわれを慰問したまいき。
我、今、愁憂せり。世尊は威重にして、見ることを得るに由なし。
願わくは、目連尊者阿難を遣わし、我と相い見(まみ)えしめたまえ」
是の語を作し已(おわ)りて、悲泣すること雨のごとく涙し、
遙かに、佛に向いて禮す。
未だ頭(こうべ)を挙げざる頃(あいだ)に、その時、世尊、耆闍崛山に
在(い)まして、韋提希の心の所念を知り、即ち、大目<牛建>連及以(およ)び
阿難に勅し、空よりして來(きた)らしむ。
佛、耆闍崛山より没して、王宮に出でたもう。
時に韋提希は、禮し已(おわ)りて頭(こうべ)を挙ぐるに、
世尊釈迦牟尼佛を見たてまつる。
身は紫金色(シコンジキ)にして、百寶の蓮華に坐したまえり。
目連は左に侍し、阿難は右に在り。釈梵護世の諸天、虚空の中に在り。
普(あまね)く、天華を雨ふらし、持用(もち)いて供養せり。
「解釈」
ときに韋提希(イダイゲ)夫人は、幽閉されてしまうと、
「ああ、わたしも夫のように幽閉されたまま余生をおくるのであろうか」
と嘆き悲しみやつれ果てて、遙か彼方の、釈迦が説法をしておられる
耆闍崛山(=霊鷲山・リョウジュセン)に向かって、釈迦に礼拝をして、
このように言った。
「如来・世尊よ、その昔、いつもあなたのお弟子の阿難をわたしのところに
遣わし、良いお話をしてくださってわたしを慰めてくださいました。
わたしは今、悲しみに沈んでおります。
世尊は威厳のある重々しいお方です。
世尊にお会いしたく思いますがそのすべがありません。
願わくは、目連尊者と阿難さまを遣わし、わたしに会わせてください。」
そう言い終わると、韋提希夫人は雨の降るごとくはらはらと悲しみの涙を
流された。そして遙かに、釈迦に向かって深々とお辞儀をした。
すると、いまだお辞儀をした韋提希夫人の頭が挙がるか挙がらないかの
ときにもう、耆闍崛山に在(い)ました世尊は、韋提希夫人の心の所念を
ありありと知った。
すぐに、目連尊者と阿難に命令し、空中から彼女のところに二人を出現させた。
世尊ご自身の姿もまた、耆闍崛山から消え、次に韋提希夫人の監禁されて
いる王宮の中にお出になられた。
そのとき韋提希夫人は、拝礼しおわって頭を挙げると、
目の前に世尊=釈迦牟尼仏をご覧になられた。
その身は紫金色(シコンジキ)にして、百宝の蓮華にお坐りになっておられた。
目連は左に侍し、阿難は右に在って、帝釈天・梵天・護世の諸天は、空中に
とどまられて、あまねく、天華を雨ふらし、もって仏を供養しておられた。
つづく
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これは メッセージ 119 (ajisai110701 さん)への返信です.
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