紫陽花亭日乗

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提婆達多 ⑳

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/15 20:59 投稿番号: [103 / 735]
提婆達多が恋人の血にまみれつつ、漸く涙を拭って起ちあがったとき
彼の目は、そこに一語をも発せず、一滴の涙をも落さず、
冷ややかにこの光景を眺めて佇む仏陀をとらえた。

「この男がヤショダラを殺したのだ」
「ヤショダラはこの男のために自分を棄てたのだ」
「この襤褸をさげた男が仏陀といい恋の勝利者という名をほこっているのだ」
「己(おれ)はこやつの足に踏みつけられたのだ」
「復讐 ! 」

彼の心が叫んだ。
咄嗟に提婆達多は顔色をかえて憐(あわれみ)を乞うように
仏陀の足もとにひれふした。

「世尊よ、シッタルタよ、懐かしき名を呼ぶことを許したまえ。
卿(おんみ)と親しかりし日、私は卿の信頼を裏ぎってヤショダラと密通した。
私たちの関係は昨夜までもつづいた。
ヤショダラは罪を悔いて死んだ。
私は懺悔する。
ラーフラは私の子である」


提婆達多はシッタルタが仏陀であることを知らなかった。
あらゆる苦悩の征服者、超越者であることを。


仏陀はあたかもそこにひとひらの沙羅の葉も落ちざりしかのごとく
静にラーフラを従えて城をあとにした。

提婆達多は己が投じた毒鎗の見事にはずれ、
かえって敵の名の日に日に高まるのを見て無念のはがみをした。
彼は相手を噛もうとして自ら傷ついた強狗のようにいよいよ凶暴になった。


仏陀がカピラバストゥーに滞在した三ヶ月のあいだに
多くの人々が仏弟子となった。
仏陀がラジャクリハに向けて出立した後を追って、
提婆達多もまた仏弟子となるべく仏陀の後を追うていった。
更なる復讐を企つべく煮えくりかえる無念をおさえて、大胆に、厚顔に。


つづく


◆提婆達多の怨念はヤショダラをも汚してしまいました。
結局のところ、提婆達多が愛していたのは自分だけ。
自分のために必要だからヤショダラを自分のものにしていただけ。
それをヤショダラへの愛だと錯覚していただけではないですか。


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