紫陽花亭日乗

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提婆達多 21

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/16 20:47 投稿番号: [104 / 735]
提婆達多は人生のあらゆる幸福を約束される王族の生活を捨て、
行乞で露命をつなぐ比丘となった。

シッタルタの出家と、提婆達多の出家と、その動機のなんという違いだろうか。
ともあれ、提婆達多は仏弟子となった。
比丘となったものにすべての世楽は禁ぜられた。
権勢・富・女・遊楽・・・・・彼はなおそういった世楽を渇望した。

今この境涯において提婆達多が達成を期し得るところの唯一の野望は、
教団の最高の権威となって万人の渇仰の的となることであった。

提婆達多は送り狼のように仏陀のあとについて、この国よりかの国へ、
この町よりかの町へとめぐり歩いた。

提婆達多の似非抖●行(えせトソウギョウ)は豪末も彼に心の平安を
もたらさなかったけれども、しかも彼はそれによって幾年の後には
教団の内外に浅見なる賞賛を克ち得ることができた。
同時に彼独特の一種熱烈なる雄弁も次第に多くの賛嘆者、
帰依者を彼の周囲に集めた。
かようにして「尊者提婆達多」の名が高まるとともに
彼の驕慢は忽ちに増長した。

●   てへん   +   數(数)    ソウ    元気などを奮い起こす


提婆達多は、仏陀が彼を大弟子たちの下におき、
彼らもまた彼を高く評価しないのを安からぬことに思った。
そして終にいかにもして己れ覇者たらんとの願望を抱くようになった。

ともかくも提婆達多は帰仏後三十幾年をすごした。

あるときいたく彼のプライドが傷つけられることがあって、
多年鬱積した不満は一時に勃発した。
提婆達多はついに教団を脱し、仏陀のもとをはなれ
マガダ国はラジャクリハに入った。

提婆達多の堂々たる風采と、似非戒行と、熱烈にして彩華ある弁舌とは、
この思慮なお浅きマガダ国の王子アジャセの心を忽ち虜にした。

アジャセは提婆達多のために精舎を建て手厚く庇護した。
提婆達多は日ならずして五百の大衆を得、
その勢いは隆々としてラジャクリハを圧した。


しばらくして仏陀も多くの弟子をひきいてラジャクリハの竹林精舎に入った。
仏陀の庇護者は、マガダ国王ビンビサラ。
提婆達多の庇護者は、マガダ国王子阿闍多設咄路(あじゃーたしゃとる)
=アジャセ。
ここにおいてラジャグリハには二つの教団が対峙することとなった。


提婆達多はこの時まだ公然独立を宣言してはいなかったけれども、
すべてを仏陀の教団に模して隠然敵国の観があった。
ふたつの教団はその盛大なること、最も有力なる外護者をもてること・・・
など外観上いささかの優劣もないように見えた。


ただ提婆達多は仏陀ではなかった。


つづく

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