提婆達多 ⑥
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/13 23:27 投稿番号: [84 / 735]
シュットーダナ王はもとより、愛する夫を失ったヤショダラの嘆きは
見るだにいたましかった。
ヤショダラ自身でさえ、自分はこんなにも夫を愛していたのかと
始めて気づかされたのだった。
望楼の最上階の窓から溢れる涙にくれて、夫シッタルタの辿ったであろう、
暮れなずむ路の行く末をいつまでもいつまでも目で追いつつ立ち尽くす
ヤショダラ。
シッタルタ出城の報を聞き、そんなヤショダラのもとにいちはやく
駆けつけたのは提婆達多であった。
「ヤショダラ、ゆるしてください、
わたしはあなたにあわせる顔もない・・・・・」
「私はシッタルタの出家を予知していた。
私たちはながらくそれについて語りった。
耕耘祭の日、彼はいよいよ近々にそれを決行するということを私に語った。
私は彼のためにその勇猛な決断を祝った。
とはいえ私の感情、王やあなたに対する同情は私の理性に反して理不尽に
彼を思いとまらせようとした。しかし彼は男らしくきっぱりと拒絶した。
私は自分の女々しさを恥じて口を閉じた。そして彼に秘密を守ることを誓った。
ヤショダラ、私は敢えていう。
私をあとにとどまらせたものは私の怯懦である。未練である。
私はそれについては今もシッタルタに対し、あなたに対し、
また凡ての人に対して慙愧に堪えない。
と同時にシッタルタの出家については
あなたのまえに恐ろしい心の呵責を感ずる。
これは卑怯か、愚痴か、なにか知らない。
わたしはただあなたのまえに凡ての事実を打明けて
あなたの思いのままになろうために来たのである」
提婆達多は、ヤショダラの前に、重罪を負うた罪人のようにうなだれた。
そして心のなかで雄叫びをあげた。
「降伏せよ、私は復讐のためにシッタルタの手から卿(おんみ)を奪おうと
するのである。逃げられると思うなら逃げてみよ」
「ヤショダラ、シッタルタはあなたをもラーフラをも心から愛していた」
「私はシッタルタに対する義務として、またあなたに対する罪の贖い
(つぐない)のために、わたしはこの後あなたの友となるであろう。
杖とも柱ともなるであろう。
そうしたならば私もせめてすこしはこの心の呵責からのがれることが
できるかもしれない」
そういいながら提婆達多は吐き出してしまいたいような忌まわしさを感じた。
「これが己(おれ)の口からいえることか」
だが、美しい魚は餌につきかかっている。
辛抱して巧く鉤(はり)を呑ませなければならぬ。
ヤショダラの口もとにかすかな微笑が浮かび、
ヤショダラは嬉しく承引するようにうなずいた。
「しめた ! 魚はとうとうかかった」
つづく
2357
見るだにいたましかった。
ヤショダラ自身でさえ、自分はこんなにも夫を愛していたのかと
始めて気づかされたのだった。
望楼の最上階の窓から溢れる涙にくれて、夫シッタルタの辿ったであろう、
暮れなずむ路の行く末をいつまでもいつまでも目で追いつつ立ち尽くす
ヤショダラ。
シッタルタ出城の報を聞き、そんなヤショダラのもとにいちはやく
駆けつけたのは提婆達多であった。
「ヤショダラ、ゆるしてください、
わたしはあなたにあわせる顔もない・・・・・」
「私はシッタルタの出家を予知していた。
私たちはながらくそれについて語りった。
耕耘祭の日、彼はいよいよ近々にそれを決行するということを私に語った。
私は彼のためにその勇猛な決断を祝った。
とはいえ私の感情、王やあなたに対する同情は私の理性に反して理不尽に
彼を思いとまらせようとした。しかし彼は男らしくきっぱりと拒絶した。
私は自分の女々しさを恥じて口を閉じた。そして彼に秘密を守ることを誓った。
ヤショダラ、私は敢えていう。
私をあとにとどまらせたものは私の怯懦である。未練である。
私はそれについては今もシッタルタに対し、あなたに対し、
また凡ての人に対して慙愧に堪えない。
と同時にシッタルタの出家については
あなたのまえに恐ろしい心の呵責を感ずる。
これは卑怯か、愚痴か、なにか知らない。
わたしはただあなたのまえに凡ての事実を打明けて
あなたの思いのままになろうために来たのである」
提婆達多は、ヤショダラの前に、重罪を負うた罪人のようにうなだれた。
そして心のなかで雄叫びをあげた。
「降伏せよ、私は復讐のためにシッタルタの手から卿(おんみ)を奪おうと
するのである。逃げられると思うなら逃げてみよ」
「ヤショダラ、シッタルタはあなたをもラーフラをも心から愛していた」
「私はシッタルタに対する義務として、またあなたに対する罪の贖い
(つぐない)のために、わたしはこの後あなたの友となるであろう。
杖とも柱ともなるであろう。
そうしたならば私もせめてすこしはこの心の呵責からのがれることが
できるかもしれない」
そういいながら提婆達多は吐き出してしまいたいような忌まわしさを感じた。
「これが己(おれ)の口からいえることか」
だが、美しい魚は餌につきかかっている。
辛抱して巧く鉤(はり)を呑ませなければならぬ。
ヤショダラの口もとにかすかな微笑が浮かび、
ヤショダラは嬉しく承引するようにうなずいた。
「しめた ! 魚はとうとうかかった」
つづく
2357
これは メッセージ 83 (ajisai110701 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835412/bbgmdb2vdbffcbeh_1/84.html