入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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盧溝橋事件41 秦徳純来ず電話で

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/08/09 18:30 投稿番号: [531 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
166〜168p


《 私の旧知で外交委員の喩煕傑も、さきほど別れたばかりの林耕宇も、皆ここにいた。

「今から秦市長との交渉がまとまったら、その解決案をもたらして、
もう一遍盧溝橋に飛んで行くんだ。もちろん君も行くだろうな」

「そうですね。秦市長に聞いてみないとわかりませんが、
たいてい行く事になるでしょう」

秦市長の到着を待つ間、私は戦況の概要とこちらの希望する要件とを、魏宗翰に説明した。
魏宗翰と喩煕傑とは、息を凝らして熱心にその説明に聞き入った。

「それでこの事を秦市長に連絡をとりたいと思って、
さっきから追っかけ回しているんですが……」

「そうですか。そりゃあお急ぎのわけですね。至急、市長のところへ電話で連絡を
とりましょう」魏宗翰は席をたって出て行ってしまった。



私はソファーに寄りかかって、軽く眼を閉じている間に、
いつの間にか睡魔の虜になってしまっていた。

ものの十五分も経っただろうか。ふと眠がさめたが、秦徳純はまだ来ていない。
のみならず魏宗翰までがあれからスッカリどこかに姿をかくしてしまっている。

私はイライラして、これ以上一刻もジッとしている事が出来なくなった。
「林さん!   主席はいったいどこに雲がくれしちゃったんだ!   捜してきてくれ!」

林耕宇は亜州日報という新聞社の社長も兼務していたので、この時、
宛平城内軍使折衝の原稿を、一生懸命書いているらしかったが、パタリと筆を置いて

「そうですね。捜してきましょう」と部屋の外に出て行った。
それとほとんど入れ違いに、魏宗翰が別の入口から帰って来た。



「どうもエライお待たせ致しました。どうやら秦市長の行動予定がまた変ったようで……」
「また変った?   来ないんですかここには!西田さん!   市長の家に行こう!

その前に電話だ電話だ。魏さん、電話はどこにあります?」
私は主席公室に入って行った。そして卓上の電話で秦市長を呼び出してどなった。

「私はさっきからあなたの後を、どれだけ追っかけ回したかわかりませんよ。

それで今、外交委員会に来ているんですが、
あなたはいったいこちらに来られるんですか来られないんですか?」

すると聞きなれた秦徳純の声が受話器に響いた。

「いまから西苑の三十七師司令部に出かけるところです。会議が始まりますから……」
「ここであなたを取り逃したら、いつまたどこで話が出来るやらわからないから、
取りあえず電話で要件をお話します。よく聞いて下さい。重大問題ですぞ、これは!」



そこで事件調停のための第一案と第二案とを、早口の中国語で五分間ばかり説明した。
そして最後に「この問題は電話なんかじゃ不徹底です。

どうしてもあなたに直接会って話さなきゃならぬ。
ぐずぐずしていたら住民二千の死活にかかわる重大問題なのだから、

西苑行きなんか止めてしまいなさい。いますぐ私がそちらに行くから!」
といった。


すると秦徳純、こちらの要求を極めて簡単にあしらって

「あなたのお話のこの問題ですがねえ。これについてはタッタいま、
天津の橋本参謀長からも電話があったところです。あなたのお話と全然同じなんです。

局部的解決、という事については、いま、全力を挙げて我々も奔走していますから、
やがて円満に妥結が出来ると思います。私はその事についても相談するため、

これから至急、西苑に行かなければなりません。夕方には帰って来ますから、
いずれのちほどまたゆっくり、あなたのご意見も伺いましょう。ではこれで失礼!」

ガチャリ!   電話は切られてしまった。》


つづく

盧溝橋事件40 補佐官 秦徳純を捜して

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/08/07 16:21 投稿番号: [530 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
165〜166p


《 機関長は暫く考え込んでいたが 「これはどうしても君のいう、第一案で押して行く
より他、仕方あるまいな。不拡大という事を前提とする以上!   今井君、君はどう思う?」

「私もやッぱり、いま寺平君のいった第一案の方に賛成です。
もちろんこういった問題は、机の上だけの判断では、なかなか決定し難いものですが、

しかし一番正確に情況を把握している現地案でもあるししますから、
今のところ、これ以上の名案は他になかろうと思います」

私と共に秦徳純のところへ交渉に行くことになった、西田顧問は急に
連絡やら準備やらに忙殺され始めた。

機関長は直ちに天津軍司令部に電話をかけた。
そして盧溝橋方面の戦況と対策とを、軍参謀長橋本群少将に報告した。



食事をとっていると、そこへ西田顧問が入って来た。
「補佐官!   いま、秦徳純の所へ連絡をとってみました。そしたらですねえ。

秦徳純は二時間ばかり前、馮治安の所へ行ったというんです。
それで今度は馮治安の所へ電話をかけました。

ところが馮治安の自宅は今日は余ッ程電話が輻輳していると見えて、
何遍かけてもいつもお話中なんです。今度は……」

西田顧問の話はいつでもこんな風に長いのが特徴である。

「かれこれ十五分くらいもかかりましたかね。やっと電話が通じたんです。
それからすぐ秦徳純が来ているかどうか訊ねてみました。

そしたら、ちょっと見てくるからといって、また大分待たされましたね。
なんでもいま会議中だとかいって、それで随分手間取ってしまったんです。

結局いま、外交委員会主席の魏宗翰も来ているからすぐ来ていただきたい、
といってきました。きょうくらいてこずった電話もありません」



それから五分ばかりの後、私と西田顧問とは長安街の大通りを西へと走っていた。
事件が始まって以来、すでに半日が経過している。

しかし西城方面は極めて平穏で、路傍では虫屋が、鈴虫を入れた小籠を沢山かついで
売り歩いており、子供達はそのまわりに集まって可憐な叫びをあげていた。

西城大院胡同 (ターユアンホートン) の馮治安の邸宅は、さすがに物々しい警戒振りで、
門前には土嚢が堅固に築き上げられ、軽機関銃が二挺も据えつけられてあった。

名刺を通じて門の中に入って行く。庭には水成岩の大きな石山があって、
その後の方に馮治安の住む堂々たる卵色の洋館がそびえていた。

しかし、秦徳純は外交委員会に出席するため、
馮治安はいずれかへ出かけてしまったあとだった。

私と西田顧問とはすぐ秦徳純の後を追って外交委員会に車をとばせた。



西城府右街 (フーユーチェ) の最南端、魏然 (ぎぜん) とそびゆる美しいビルディング、
これが冀察政権の外交委員会である。

魏宗翰主席の根拠であり西田顧問が弁舌を振う舞台だったのだ。様子を知っている
顧問に導かれてエレベーターで二階に上り、主席専用の応接間に入って行った。

やがて魏宗翰が顔を出す。五十年配、愛嫡のある好々爺で実ににくめない男である。
こちらはこのいそがしいおり、四角張った挨拶もしておれないので単刀直入に、

「ときに秦市長はいま、こちらに見えていませんか?」
「イイエ、まだ見えていませんよ。どうしてですか?」

「これはおかしい。いま、馮師長の公館に行ったところ、タッタいま会議が終り、
秦市長は魏主席と一緒に、こちらに回ったという話だったんですが……」

「アアそうでしたか。秦市長とは私、宣武門大街で別れました。
しかしまだいろいろ打ち合せもありますから、

もうしばらくするとまたこちらに参りますよ。どうぞ一服しながらお待ち下さい」》


つづく

盧溝橋事件39 補佐官特務機関で報告

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/08/06 18:32 投稿番号: [529 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
163〜165p


《 私はここで、赤藤意兵分隊長にも会い、北京へ交渉に行くため憲兵隊の車と
サイドカーを借りることになった。

「ではただいまから出発致します。北京では最善をつくして中国側を説得し、
善い結果をもたらすよう努力しますから、こちらの方もどうぞそれまで頑張って下さい」

私は森田中佐と赤藤少佐に挨拶した。そして提供されたサイドカーに乗って、
一軒家めがけて走り出した。林耕宇は私の背後につかまって乗っていた。

王啓元は連絡の要旨を城内の金振中や吉星文に伝えるため、
ここから歩いて宛平城内に戻って行った。

私と林耕宇とは、そこで憲兵隊の自動車に乗り移った。
炎熱焼けつくような真夏の真昼、北憲第一号車は坦 (たん) 坦たる街道上を、

北京へ!   北京へ!   弾丸のように疾駆して行く。



盧溝橋駅西方の砂利取り場を長靴で歩き回って、少しばかり足を捻挫した私は、
北京特務機関で自動車から下りると、ビッコひきひきその玄関を上って行った。

そして軍刀や眼鏡や図嚢など装具もそのまま、直ちに機関長、今井武官がいる
食堂に入って行った。ちょうど食事なかばだったが機関員一同は、

一斉にビッグリしたような顔をして、私の方に会釈した。
機関長は 「ヤアご苦労ご苦労!   さきほどの電話は非常によくわかった。

随分大変だったろうな。さあ装具でも解いて、食事しながらゆっくり話を聞こうか?」

「ハ、しかし、いま、盧溝橋方面の情況は非常に切迫しておりますから、
取りあえずご報告だけ先に申し上げたいと思います」

「そうか、じゃあ食事なんかどうでもいい。すぐ大応接室で話を聞こう。
今井君!   それから西田さん!   あなたも一緒に聞いて下さい」



私は図嚢の中からしわクチャになった盧溝橋付近十万分の地図を出し、
それをテーブルの上に広げ、色鉛筆で彼我態勢の概要をその図の上に書き込んだ。

汗がポタポタと地図の上に落ちる。
私は行動経過、戦闘概況、ならびに現地案成立の経緯を二、三十分にわたって説明した。

「いま申し上げましたようなわけで、桜井顧問はまだ宛平城内に人質となって
残っております。永定河を境として日華両軍を東西に引き離してしまう案、

これは宛平城内で私が思いついた極めて大ざっぱな案なんですが、現地の複雑した
情勢から判断しますと、少なくともこのくらいハッキリした線を引いておかないと、

両軍のいがみ合いを食い止める事は非常にむつかしいと思います。
そしてこれは桜井顧問や森田中佐はもちろん、中国側の金振中営長まで、

現地における一番の理想案として、完全に意見の一致を見たところなんですが、
機関長殿のご見解はいかがでございましょうか?



でこれがどうしてもいけないという事になれば、今度は結局、
二千の住民を宛平城外に撤退させ、日本軍は改めて城内攻撃を断行するという、

第二案に落ちて行く訳なんです。それで今からでもすぐ、
冀察側とこの交渉を開始したいと思いますが……」

機関長は暫く考え込んでいたが

「これはどうしても君のいう、第一案で押して行くより他、仕方あるまいな。
不拡大という事を前提とする以上!   今井君、君はどう思う?」


つづく

盧溝橋事件38 赤藤少佐の資料収集

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/08/05 18:31 投稿番号: [528 / 2250]
  竜王廟近くの戦闘中、赤藤少佐は、情報収集していた。


寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊   137〜138p


《 憲兵分際長赤藤少佐は、北京より一緒に来た鈴木軍曹や加藤上等兵とともに、
竜王廟一帯の敵陣地の状態を視察するとともに、昨夜来の事件の本質、

その他一般の情報資料を探索していた。
塹壕の中には、まだ生々しい中国兵の死体が幾つもころがっている。

下士官らしいのが一人、頸動脈を射ち貫かれたらしく、首が半分ちぎれかかり、
上半身真っ赤に染まって斃 (たお) れていた。

まだ完全には死に切れないとみえて、時々、ピクリピクリと動いていた。

「おい、こいつのポケットを調べてみい。
下士官のようだから、なにか書類ぐらい持ってるかもわからないぞ」


上等兵はポケットや内隠しの中を探り始めた。
傷口にたかっていた蝿がワーッと一斉に舞い上って来る。

「手帳が出て来ました。なにか書いてあるようです。とても巧い字で書いてあります」

少佐は引ったくるようにしてそれを手にとると、一ページずつめくって行った。
冒頭には直系上官官氏名として


  第二十九軍    軍長   陸軍上将   宋   哲   元

  第三十七師    師長   陸軍中将   馮   治   安

  第百十旅     旅長   陸軍少将   何   基   レイ   (サンズイ + 豊)

  第二百十九団   団長   歩兵上校   吉   星   文

  第三営      営長   歩兵少校   金   振   中

  第十一連     連長   歩兵上尉   耿   錫   訓


と書いてある。これで事件の責任関係が一目瞭然だ。
少佐はひとりうなずくと、パラパラッとページを繰った。

そして一番最後のところに六月二十一日付の訓示を見出した。

それは団長吉星文から与えられたもので、内容は、
軍人精神発揚に関する注意事項が羅列されている。

とくに重要な部分には、文字の横に赤い圏点さえつけられていたが、
とりわけ赤藤少佐が目を光らせたのは、次の一項である。


「諸情報を綜合するに、日本軍は最近の機会において、演習の名目のもとに
宛平城を奪取する企図を抱いているようである。

この情勢はここ数日来、とくに緊迫したものが感ぜられる。
該地の警備に任ずる部隊は、昼夜間断なく至厳なる警戒を続行し、

防務の完璧に最善の努力を傾倒する事が肝要である」


こんな訓示が出たもんだから、にわかに堤防上の陣地を強化したり、夜間、
配備についたりしやがったんだな。

少佐は手帳を自分のポケットに突込んだ。》


つづく

盧溝橋事件36  森田中佐に案を説明

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/08/04 18:38 投稿番号: [527 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊

( 軍使一行はエドガースノーの車を借りて、日本軍森田中佐のいる所まで移動するが、
長くなるので、この部分は省略。車を降りて少し歩いた後から始める )


162〜163p
《 電柱の根元に腰を下し、地図を眺めていた森田中佐は、私の姿を見つけるなり、
ムックリ起ち上ってツカツカと歩み寄って来た。

そして満面に笑みをたたえ、「ヤア!   ご苦労でした、ご苦労でした」
私の手をとって二度も三度も打ち振るのだった。

「ヤァ!   中佐殿!   こちらこそ本当にご苦心なさったでしょう。ご苦労様でした。
私達、城外の様子がまったくわからないもんですから、処置なしという状態でした。

でも徹頭徹尾、不拡大一本槍で交渉を押し通し、
中国側との間に事件解決のための現地案を妥結しました」

「そうですか。それは本当によく来てくれました。一木大隊はいまズッと
永定河の西岸に進出しています。大隊本部は中洲にいます。

それで今後の対策については私もいま、いろいろ考えていたところなんですが、
まず君の方のご意見から伺う事に致しましょう」



「エエ、その前に中国側の代表二人を連れて来ましたからご紹介致しましょう」
私は赤土の窪地に待たせてあった二人に声をかけた。

中国服の二人は並んでそこの斜面を上って来た。
林耕宇が神妙な顔をして森田中佐と握手した。

王参謀は、日本陸軍士官学校畢業 (ひつぎょう) の肩書のついた、
細長い名刺を差し出して、丁寧に森田中佐に敬礼した。

「あなたが現地代表という資格でお出になったのですな」
森田中佐が念を押した。王啓元は小さな声で答えて頭を下げた。



「そこで今、お話のあった城内方面における現地案というのは、
いったいどういう内容なんですか?」 森田中佐は私の方を振り向いた。

「この案は、最初私と桜井顧問と二人で研究しまして、その実行を中国側に要求した
案なんですが、概略、第一案と第二案とに分れております。それは……」


私は第一案と第二案の内容説明、及び城内においては金営長が全面的に第一案に
賛同している事実、上官の命令がなければ絶対に撤退しないという彼の意気込み、

住民の撤退問題に関しては何ら断行の決意のない事など、事細やかに説明した。

そして最後に、「結局、いまのありさまではどうしても一遍北京まで行って、
秦徳純や馮治安に、命令を出させん事には、動きがとれないんです。

で、この根本問題が解決するまでは、中国側にも発砲させない代りに、
日本側も絶対発砲しないという事、

これをご承認いただき、また即時実行に移していただきたいと思うのです」



すると、足元の石ころを靴の爪先で踏みつけ、踏みつけ聞いていた森田中佐、
ようやく面をあげて、

「よくわかりました。さきほど私達が考えておった案というのは、
寺平君のご意見と完全に一致しています。

現地にいる我々としては実際のところ、
これ以外、採るべき手段はまったくありませんな。


ただ日本軍本来の精神としてはですなあ。いったん占領した西岸の土地は、
尺寸たりともこれを敵に譲る事は出来ないのです。

ことに今日は、日本側としてももう、相当の死傷者を出しているのですからなあ!
しかし大局的見地から、事件不拡大の方針を貫徹させるためと、

罪なき二千の住民を救うため、私としては涙をのんでこれを東岸に引き下げます。
射撃中止の件も命令致します」

そういってはるか永定河のかなた、一木大隊の方をうち眺めた。
これが廟行鎮の猛将だとは、思われない冷静さと慎重さ、

悠揚迫らぬ沈着振りが見うけられた。》


つづく

盧溝橋事件35 軍使宛平城を脱出2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/08/03 18:38 投稿番号: [526 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
158〜159p

《「あれは新聞記者らしいですね。多分、タネさがしにやって来たんでしょう」
と林耕宇がつぶやいた。

三十七師少校参謀王啓元というのが、我々を追いかけるようにして城壁の上に
あがって来た。「それじゃあ王県長は行かないんですか。結局!」

「いくら捜したって、いないんだから仕方がない」 金振中がしきりに説明している。
「じゃあ私が行きましょう。日本語も少しくらいわかりますから!」

金振中は私に王啓元を紹介した。

「私、日本の士官学校、二十六期の卒業です。一緒にお伴します。
どうぞよろしくお願いします」 彼はそういって私に握手を求めた。



いつの間にか金振中が部下に命じていたのだろう。 兵が麻縄を二、三本持って来て
「太さはこのくらいでよろしゅうございますか?」 と尋ねていた。

私は手ごろの場所を探して、その縄を城壁の下に垂らして見た。
大丈夫とどく。「ウン!   ここがいい。ここがいい」

「一本じゃもし切れた時、危ないですよ。二、三本になさい」
金振中は細かい点にまで気をつけてくれた。

林耕宇と王啓元とはそのとき代る代るそこから下をのぞいていた。



パンパーン!   パンパーン!   突然城門上の中国兵が射ち始めた。
「待てッ!   待てッ!   何を射つのか」 金振中がどなった。

「日本軍の便衣隊が、線路の手前を西の方に移動して行きますッ!」 と兵の報告。

私は双眼鏡でみると、草ッ原の中を中国の苦カが二人、
布団のようなものを引ッかついで、走って行く。

いくら何でも日本軍が、開戦早々あんな便衣を、この戦場の真ッ唯中に使いもすまい。
私は覚えずおかしさがこみあげて来て 「ありゃ明瞭に中国人の苦力だよ」

とつぶやくと、金振中も応えて苦笑した。



その時、兵二、三名が縄の端をシッカと握って 「準備が出来ました」 と報告した。
「じゃあ営長!   さよなら!」

「再見再見 (ツァイチェン)!   一路平安 (イールーピンアン)!」
私と金振中とは別れの握手、堅い堅い握手を交した

身軽く城壁上に跳び上った私は、縄の端末を掴むなり、スルスルッ!と
滑って城外へ降り始めた。灰色の粗雑な壁面にピッタリくっついているので、

真夏の太陽の照り返しが、ムッとして熱い、縄を握った手が痺 (しび) れるようだ。
私は地上一間ばかりのところから、一気に下の砂地に跳び降りた。

私に続いて林耕宇、さらに続いて王啓元参謀が滑り降りた。



さきほどの米人記者が、まだ城壁の下をうろついていた。
彼は愛嬌タップリの笑みをたたえて私の方に近づいて来た。

「私は、ロンドン・デイリー・ヘラルドの通信員です。
三人ご一緒に私のカメラに入って頂けませんか?」

私の英語は、中学時代に習ったっきりのものだが、今のひとことは、
どうやら聞き取る事が出来た。私達三人は城壁を背にして並んで立った。

中腰の姿勢で右から、左から、のぞいていた彼は、やがてシャッターを押した。
「サンクュー、ベリマッチ!」 私達の一人一人と握手を交した。



後年、私は 「アジアの戦争」 という本を読んで、その著者、エドガー・スノー氏こそ、
この時の、この通信員だった事を知り、大変懐かしい思いをした事がある。

彼は現代中国に関する世界的な権威研究家である。
だからあの時、なにも私が苦しんで下手な英語を使わなくたって、

中国語でしゃべりさえすれば、意志は十分通じたはずなのである。》


つづく

盧溝橋事件35 軍使宛平城を脱出1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/08/02 18:41 投稿番号: [525 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊

( 前の所では、王冷斉県長も一緒に出ることになっていたが、王冷斉県長は逃げて、
脱出に加わらなかった。戦争の流れを見る上で不要なので、その部分省略する。)


157〜158p
《 車はやがて東門の内側に横付けにされた。 なるほど城門は鉄扉の内側に
土嚢がギッシリ積み上げられ、城門を開けるためには総がかりでやっても、

三十分や四十分はかかるだろう。一行はドヤドヤと車から降りる。

「林さん!   取あえず城壁の上に上ってみようや。
場所によっては石崖伝いに下りられん事もないだろうから……」

「石崖を伝って外へ下りるのですか?」 林耕宇は少なからずそれを渋っている模様。
その時、城門守備兵が白い角封筒様のものを金振中のところへ持って来た。



「ただいま、盧溝橋駅の鉄路巡警が二人、白旗を掲げてやって参りました。
そしてこの封筒を営長に差上げてくれといっております」

封筒の表書は、宛平城駐屯二十九軍最高指揮官宛となっていて、
差出人は日本軍最高指揮官森田中佐である。

金振中がサッと封を切った。内容は全部中国文で書かれていたが、その意味は


「本日、日華両軍の間、不幸な事態の発生を見るに至った事は、
最も遺憾とするところである。当方としては、事件の不拡大を極力希望する

が故に、今後貴方の需 (もと) めに応じ、何時たりとも休戦に移行する用意あり。
ついては取りあえず、現在貴官のもとに在る、我が方の軍使寺平補佐官、

桜井軍事顧問、並びに貴国側代表林耕宇、王冷斉、及び周永業の諸氏を、
至急城外に派遣せられ、本官と連絡せしめられたし。余は盧溝橋駅付近に在り」



金振中は黙々としてこの書簡を私に示した。私もまた黙々としてそれを読み下した。

「ウン、我々の考えていた事と全然一致している。オイ運転手!
お前これを桜井顧問のところへ持って行け!」

そう命じて私は城門の南側から、城壁上に登り始めた。
城壁には三十名ばかりの中国兵が、点々銃眼によって外に対して銃を構えていた。

東門上に立って城外の景色を眺め渡すと、青々とした野原、森、その間に点在する農家、
午前半日を窮屈な缶詰状態で過した私は、これを見たとたん、

急に籠の鳥が自由の天地に放たれたような気分になって、身はいまなお戦場の
真ッ唯中に在るんだという感じを、スッカり忘れ去ってしまっていた。

今朝程、私が初めてこの城を眺めた一文字山、それがいま、長豊支線のかなたに
青くなだらかに横たわっている。

時々その稜線上を動く人影は、大方日本軍の監視兵か何かだろう。



その一文字山とこの東門とを一直線につなぐ街道、
それをいま、一台の自動車が砂塵を巻き立てて疾駆して来る。

車には明らかにアメリカの星条旗が翻っていた。金振中は

「さきほどから、英国や米国の国旗を掲げた自動車が、盛んにこの宛平城の周囲を
とばせております。恐らく観戦武官か何かでしょう。邪魔になって仕様がないです」

と説明した。
星条旗を掲げたオープンカーは、我々のいる東門のすぐ下にビタリと停まった。

カーキ色の上衣に半ズボンの外人は、この炎天下に帽子もかぶらず
車からとび下りて来た。肩からカメラをぶら下げている。》


つづく

盧溝橋事件34 兵の離間策を提案3

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/08/01 15:44 投稿番号: [524 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
154〜156p

《 ところがこの時、金振中は首をタテに振ろうとしなかった。
「私は、軍の営長の職にある者です。

自分の部下に対しては、指揮命令権を持っておりますが、一般民衆に対して
移動しろとかどうしろとか、そういう行政上の命令権は持っておりません。

立場を異にする民衆に対しては、一言半句、発言権がない訳です」

「営長が命令を下せないというんなら、王さんはどうか?
県長が行政上の命令を下すことに文句はあるまい」

すると王冷斉 「ハイ、順序と致しまして、
一応これから馮治安省長に了解を得ておきたいと思います……」



この急迫した事態に対し、なんという非常識極まる発言だろう。
彼等の真意はいったい那辺に存するのか。

察するところ、二千の住民をダシに使い、これさえ抱き込んでおけば、
日本軍は絶対この城を攻撃して来ない。

悪くいえば住民を援護物に使って自分達の保全策を講じようという、
卑劣極まる魂胆なのではなかろうか。

「こう頑迷じゃあせっかくの第二案も、オジャンですなあ!
とにかく馮治安を宛平城まで引ッ張り出してこん事にゃ、

二進 (にっち) も三進 (さっち) も動きがとれやしません」
「困ったもんだ。あいにくの時に電話は切られるし……」

「これが本当の没法子 (メーファーズ) というやつですねえ」
城外からは依然、銃声が断続して聞えて来る。午前十一時前後の状態である。



「城外の情況はいま、いったいどんなふうになっているんですかねえ。
銃声判断以外サッパリ様子がわからんが……。

もう一遍城外にとび出して、連絡をとってみたらどんなもんです?」
「どこと?」 「日本軍の第一線、つまり森田中佐とです。

そして出来得れば馮治安や秦徳純とも連絡して、
至急撤退命令を下すよう要求するんです」

「城外に出るといったって、もうこうなってしまったらそうオイソレ
とは出られやしないぜ君!」

「しかし、留るも死し、飛び出すも死す。
結局当って砕ける覚悟でとび出すより他ありません。

このままジーッとここに坐っていたって、情況が好転する事は絶対あり得ません。
要すれば中国側からもだれか一人連れて行くんですね。

今度はこっちの人質みたいにして!」
「それがよいかも知れんな。今度は君が行くか?」

「エエ、行きましょう」 「じゃあそうしてくれ給え。午前中君に人質になってもらったから、
午後は僕が人質になって残ろう。人質の交代だ。ワハハハ」



話がたちまちまとまった。「そこで中国側からだれを連れて行くかですな」
「やっぱり林君がいいな。それから王県長も一緒に行くがいい」

「林さん!   どうだい、私と一緒に城外にとび出さんか?」
「どういう方法でとび出すんですか?

今、城内と城外とは猛烈に射ち合っているんですよ。
もし日本軍から射たれたりしたら…」

「ナーニ大丈夫だ!   私が一緒について行く。
親船に乗ったつもりで安心して来るなさい。

それに王県長も一緒なんだぜ。私はかえって中国軍から狙撃されやせんかと思って、
その方がむしろ心配なくらいだ。ア   ハ   ハ   ハ!」
・・・


「しかし東門は土嚢を一杯積んで、全然開かなくなってるんです。
自動車なんか出られやしません」

「ナーニ、城門が開かなかったら城壁の上からとび降りたらいいじゃないか。
とび降りないまでも城壁を越える方法ならいくらだってあるよ。

第一この戦争の真っ最中、自動車で行こうなんて、そんなぜいたくな事、
考えとっちゃいかん。歩くんだ歩くんだ。早速出かけるとしよう」

私は桜井顧問に 「成否は天に委せます。今から出発します」 と挨拶した。》


つづく

盧溝橋事件34 兵の離間策を提案2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/31 15:50 投稿番号: [523 / 2250]
寺平忠輔著『日本の悲劇   盧溝橋事件』読売新聞社刊
151〜152p

《・・・・
あなたのお考えもよくわかりました。

要は馮師長が撤退を命令する。そうしたらすぐにでも河の西に引きさがって行く、
とこういうご意見なんですね」 「そうです」

「じゃあこうしよう。現地代表としての双方の意見は完全に一致した。
その事を電話で馮治安師長に連絡をとるんです。

そして改めて馮師長から電話なりなんなりで命令さえ出してもらったら、
万事は解決。これなら営長としても、全然異存はないでしょう」

「結構です。早速電話で意見具申いたしましょう」
金振中は起ち上った。そして伝令兵に 「オイ! 北京の馮師長公館に電話をつなげ!

もし公館の方に不在だったら、進徳社に連絡してみい!」
伝令兵はすぐ電話にかかったが、いくらベルを鳴らしても相手が出ない。



やがてガチャリと受話器を置いて 「営長!   駄目でありますッ!
この電話は断線しとりますッ!」 「断線か! こういう大切な時に   −   」

大きく嘆息した営長は 「お聞きの通りです。今断線しているそうです。
いかが致しましょうか?」 と私達の顔をのぞき込んだ。

「金営長が独断でやらん限り、結局この案は捨ててしまわんければなりませんなあ!」
私は桜井顧問に呼びかけた。「営長はとてもひとりじゃやり切らん!

もうこうなったら仕方がないから、武力をもって宛平城の中国軍を河の西に
追ッ払うんだね。それより他に方法はないさ!

しかしこの城内には随分沢山の住民がいるぜ。爺さん婆さん女子供、
これをどう処理するかだ」 「そうです。これが問題です。オイ!   王冷斉県長はどうした。

さっきから一向姿を見せんじゃないか!」
「アア、県長はさきほど、この筋向いの民家に入って休んでいました。

オイ!   伝令兵!   お前行って王県長をここに呼んで来い!」
少年兵の一人が横ッ飛びに表の方へと飛び出して行った。



やがてその兵に伴われてやって来た王冷斉県長、
もともと痩せ形の鴉片吸飲患者のような感じだが、

見ると特別その顔色が悪く、まるでライスカレーさながら、とでも言いたいくらいだ。

「これはあなたのお役目上の事なんだが、いま、この宛平県城内外には、
およそどのくらいの住民がいるんですか?」

すると王冷斉は、しばらく口ごもっていたが、ようやく思い切ったみたいに
「二……二千名です」 と答えた。

桜井顧問はすこぶる濃い、しかしあまり長くもない髭をひねりながら
「その二千人を二十九軍と一緒に、殺してしまうという事は人道上の重大問題だ。

日本軍としてはそれが出来ん!」 私達二人はシンミリ考え込んだ。

「住民だけ取りあえず、西岸の長辛店 (ちょうしんてん) へでも避難させますかな。
この城内を空ッポにさせるために……」 「それより他に策はないね」



悠然、ソファーにもたれて瞑想にふけっていた桜井顧問は、この時突然、
ムックリ起き上った。そして 「営長!   第二案だ!」 と次の要求をたたきつけた。

「貴官の部隊がどうしても撤退をがえんじないというのなら、この上、
議論を続けていても意味はない。日本軍は断乎この宛平城を攻撃する。

そして二十九軍といさぎよくここで勝敗を決するのだ。ただ、そうなった場合、
罪咎 (とが) もない二千の住民を、二十九軍諸共砲弾の犠牲に供する事は、

我々人道上の立場からこれをなすに忍びない。
いまからこれら住民を、至短時間内に西岸の部落、長辛店に避難させていただきたい。

もちろん我々は貴官一人を苦しい立場に追い込み、
自分だけ逃げたり隠れたりするようなそんな、卑怯な真似はしたくない。

最後まで貴官の営本部と行動を共にし、日本軍の砲撃下に貴官と生死を共にしよう。
我々はこれだけの肚 (はら) をもってかかっているのだ。

貴官も住民に対する手配を、手っ取り早くやって頂きたい」


つづく

盧溝橋事件34 兵の離間策を提案1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/30 18:33 投稿番号: [522 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
151〜152p

《 しばらくすると金振中が、二十名ばかりの兵をしたがえてドヤドヤ客庁に入って来た。
帽子をとるなり汗がバラバラと滴り落ちる。

彼は、懸命の奮闘をしていたらしく、
その面には緊張そのものといった気分が漲 (みなぎ)っていた。

「ヤア!   ご苦労さん!   ご苦労さん!」 桜井顧問が愛想よく椅子を勧めた。

金振中は部下の方を振り返って 「オイ!   お前達は外へ出ておれ!   俺がよぶまで
勝手に中へ入って来ちゃいかん!」 と兵を中庭の方に追い出してしまった。


私がおもむろに口を開いた。「今日の事件を何とかして早く解決させたいという念願から、
その最も効果的な方法を私達ここで考え出したんです。

それは日華両軍、これを永定河の東岸と西岸とにキッパリ切り離してしまう。
すると地形上双方共直接いがみ合いが出来なくなる。

この間を利用して解決交渉を促進させたら、事件を現地限りに局限する事が
出来ると思うんです。これに対して貴官のご意見はいかがです?」



金振中は薄汚いハンカチを取り出して汗をふきながら、地図をのぞき込む
ようにしてこの話を聞いていたが、私の言葉が終るや否や、即座に

「全然同感です。これがマア現在の実情に即する一番理想的な解決方法でしょうね」
極めて簡明直截 (ちょくせつ) な回答を発した。

彼の面には微かなほほえみさえも浮び出ている。

「それじゃあ次に、その実行という段取りに進むのですが、
貴官は今、宛平城一帯に在る貴官の隷下部隊、

これに一斉に永定河西岸に撤退するよう、命令していただきたい。
そしたら我々も、日本軍全部、河の東岸に撤退するよう指揮官に連絡をとりましょう」

すると桜井顧問、「ウン、これが一番手ッ取り速い解決方法だ。営長!いますぐ
命令を下しなさい。日本軍の方は僕が飛んで行って連絡をとってくるから!」



金振中が重々しく口を開いた。

この着想に対しましては、私、全然同感です。唯その実行手段に関しまして、
少しく私の立場を説明させて頂きます……」 我々二人は固唾をのんだ。

「私はお申し出の案を、すぐにでも実行に移したい気持で一杯なのです。
ただ、私は平時からこの宛平県城に駐屯していまして、馮治安師長から、

この地を警備せよ、という任務を受けております。
したがって上官からの命令とあらば、すぐにでも撤退行動に移りますが、

私の独断をもって河の西側に移るという事は、上司の命令に違反し、
私の職責を果さぬ結果となって、軍人の本分に悖 (もと) ることになります……」


「だが大局上から判断したら、事件の不拡大は、焦眉の急務です。その一番
大切な解決の鍵を、いま、あなたただ一人が握っているんじゃありませんか!

あなたとしてはここで一つ、是非、独断専行の精神を発揮して下さい。
そして日華両国の全面的幸福を招来するため、断乎この最善の策を実行に

移していただきたいのです」


「しかし……こればかりは独断というわけに参りません」
金振中には少からず遅疑逡巡の色がうかがわれた。》


つづく

盧溝橋事件33 両軍の引離し策を考える

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/29 18:24 投稿番号: [521 / 2250]
この前の段階省略   (日本軍は永定河の西岸にまで達し、金振中と桜井顧問は
撃ち方やめを言いに行ったが、桜井顧問は諦めて城内に戻って来た)


寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
150〜151p


《 私は、眺 (なが) めるともなしに盧溝橋一帯の地図をジーッと見つめていたが、
やがてふと、思いついたように語り出した。


「日本軍が河の西岸までとりついてしまったという事になると、これはどうやら、
相当拡大の可能性が強くなってきたようですね。

昼間は現状のままで相対峠している事も出来ますが、
夜に入ったら西岸は西岸でいがみ合いを始めるし、

東岸は東岸でこの宛平城を中心に、両軍いくさを始める事になる。
そうなったら本当に収拾つかんものになってしまいますよ」

「ウン、その可能性は確かにあるね」

「せめて日本軍は河の東岸、中国軍は河の西岸、というふうにでもハッキリ分ける事が
出来たら、不拡大交渉は比較的容易に進める事が出来ると思うんですけれど……。

私はここいらの地形はあまりよく知りませんが、
永定河の深さは、いったいどのくらいあるんです?」

「そうだねえ。胸たけくらいは十分あるね。いま、日本軍がザブザブ渡ってる
ところを見て来たんだが、あるいはもっと深いところがあるかも知れん」



「障害としての価値は十分ですな」
「そりや十分だ。それに河幅だって随分広いんだからね。

そこでいま、君のいった両軍を河の東西に分けるという案だね。こりや確かに名案だ。
どうせ細かい戦術判断なんか、睡眠不足のいまの俺達にゃ出来っこないが、

極めて大雑把な大局的判断といったら、まずこれが一番の早道だ。だがこれは、
実際問題として、両軍とも、なかなかオイソレとは引き下るまいぜ」

「問題はそこです。結局」
「だがどうせ僕達はもう、三途の川の川ッ縁まで来てしまってるんだ。

いまから最善と信ずる方法をふりかざして、
思いっ切り強く中国側にぶつかってみるんだね」



「やりましょう。当って砕けろだ」
「オイ林君!   ご苦労だが君、

ちょっと盧溝橋の橋のところまで行って金営長を呼んできてくれないか!
いま、日本側としての調停案がまとまったから、すぐここに来てくれといって!」

林耕宇は不承不承出かけて行った。》


つづく

盧溝橋事件32 日本と蒋介石に報告入る

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/28 18:36 投稿番号: [520 / 2250]
日本側への報告

戦史叢書 『支那事変   陸軍作戦1』 154〜155p


《 事件の報を聞いた外務省で、八日早朝、あわただしく登庁した首脳が協議し、
事件不拡大、局地解決の方針を定めた。   このとき軍の陰謀説が憶測された。

石射猪太郎外務省東亜局長は、午前中に、後宮淳陸軍省軍務局長、
豊田副武海軍省軍務局長と東亜局長室で会同し、事件不拡大を申し合わせた。

(中国問題について三局長が随時参集し相談するのが従来からの慣行であり、
「三省事務当局会議」 と称していた)

午後、閣議が開かれ、事件不拡大、局地解決の方針が決定され、
陸、海、外各出先機関に訓令が出された。


参謀本部第一部長石原莞爾少将は

「目下わが国は満州国建設の完成に専念し、対ソ軍備を完成し、これによって
国防は安固となるのである。支那に手を出して支離滅裂にしてはならない」

という考えであったから、事件発生とともに不拡大、
現地解決の方針で指導調整に当たった。

当時、参謀次長今井清中将 (15期) 病気のため、第一部長は閑院宮参謀総長に
直接この方針を説明し決裁を得て、参誌本部の意志確定に努めた。》



一方、中国も蒋介石のもとに報告が入った。

蒋介石秘録下   サンケイ新聞社刊   199〜200p

《 盧溝橋事件の発生・経過は、七月八日、廬山 (ろざん) で秦徳純らから報告を受けた。

『倭寇 (日本軍) は盧溝橋で挑発に出た。日本はわれわれの準備が未完成の時に乗じて、
われわれを屈服させようというのだろうか?

それとも宋哲元に難題をふっかけて、華北を独立させようというのだろうか?
日本が挑戦してきた以上、いまや応戦を決意すべき時であろう』(七月八日の日記)


日中間の外交交渉は中断したままであり、
しかも日本軍の挑発的な大演習が繰り返された末の交戦である。

これが全中国にたいする本格的な侵略の開始となる可能性は、きわめて高かった。
ただちに宋哲元に電報で指示した。

『宛平県城を固守せよ。退いてはならない。全員を動員して事態拡大に備えよ』
事変の拡大に備えて、準備を急がなくてはならなかった。》



*   この記述、サンケイ新聞社刊行といえども、少しおかしい。

「日本軍の挑発的な大演習が繰り返された」 が蒋介石の思い込みなら、仕方ないが、
この書き方ではサンケイ新聞社の歴史観に見えてくる。

  次に 「宋哲元に電報で指示」 というが、

宋哲元は日本と南京の板挟みが嫌になり、故郷山東省の田舎、楽陵に、
先祖の墓参りと称して、帰ったきり、北京に戻っていなかった。

最初は墓参だったが、次には 「墓の改修」 に切り替え、その次は 「病気療養」
という名目に改められ、さらに一ケ月という長期にわたる休暇申請が返電された。

・・・公然の仮病だった。(寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 31p)


だから、彼に電報しても間に合わない。
それに盧溝橋事件が起きても、彼はすぐには戻らなかった。

宋哲元は12日に楽陵を発ったが、天津に留まり、19日にやっと北京に向かった。
こういう状態では、宋哲元より、秦徳純に直接打電した方がずっと早い。


つづく

盧溝橋事件31桜井顧問射撃を制止する2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/27 18:21 投稿番号: [519 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
141〜142p


《 射撃抑制に狂奔している時、俄然!   城壁西北角で猛烈な戦闘が巻き起った。
中国兵は白旗の陰から、城外の日本軍に猛射を浴びせるし、

日本軍の歩兵砲弾はまた城壁上に、土煙りをあげて炸裂し始めた。
彼我の叫喚怒号が銃声砲声と相錯綜し、凄壮の極みである。

日本軍は長豊支線のガードを越え、城壁に向って殺到して来つつある。
先頭に長刀を閃 (ひら) めかしているのが鹿内小隊長だ。

桜井顧問のおもては怒りに満ちていた。彼は大声を張りあげて弾雨の中をどなり歩いた。
「射撃中止!射撃中止!   秦徳純副軍長の命令だ!」



中国軍の若い将校が、拳銃を右手に桜井顧問の前へにじり寄って来た。
そしてさも憎々しげに 「なに?   なにが副軍長の命令だ!

俺の部隊はこの通り日本軍から射たれているんだぞ!
それを副軍長の命令だなどといつわって、一方的に射たさんという法がどこにある!」

彼は左の拳でボンと自分の胸をたたくと、更に昂然たる態度でまくし立てた。
「俺達の胸には、誓死救国の真ッ赤な血が流れているんだ。

ここは顧問なんかの出る幕じゃない。貴様らが副軍長の命令だとかなんとか、
勝手な嘘をホザくもんだから、こんな戦争が起ってしまったんじゃないか!」

早口にそれだけいってのけると、桜井顧問の前にペッと唾をはいた。



金振中がきっとこの将校を睨みすえた。そして憤怒の形相も物凄く、大喝一声
「黙れッ!   貴様は俺の命令に服従せんかッ!   射つなといったら射っちゃいかんッ!

言い訳なんか聴きたくないッ」 金振中の熱誠ほとばしる努力が功を奏し、
城壁上一帯からする射撃は、次第に鎮静していった。

桜井顧問は金振中営長の、毅然たる態度につくづく感心させられたようだった。
戦闘はどうやら一時小康を得ているらしい。

一行はふたたび県政府の客庁に戻って来た。金振中は部下に囲まれ、
客庁の真ん中に立ったまま、引っ切りなしにテキパキ命令を下していた。


「チェコワンリェ!   チェコワンリェ!」(ご免下さい!) 運転手が大声でそう叫びながら、
大きなお膳を両手で抱え、警戒兵達を押分け、その命令下達の真ん中に割り込んで来た。

お膳には湯気の立った茶碗が幾つものっていた。
「サア来ました、来ました。大変お待たせ致しました」 と

林耕宇が卓上の地図や白旗などを片付け始めた。おなかをすかせた一同のため、
中国側が用意した簡単な朝食だった。

桜井顧問も私も、林耕宇も王冷斉も、そして金振中や周永業も、一斉に箸をとった。
「呉越同舟、朝餉の膳とは愉快だな!   ねえ、そうだろう!   金営長!」

金振中もそれを聞いて朗らかに笑った。
フウフウ吹きながら中をかき回す。スープに浮いた卵の黄味が破れてパッと散った。

私は 「これがこの世の食い納めにならんとも限らんからなあ!」
という桜井顧問の言葉をしみじみと味わってみた。

警戒兵達は拳銃を握ったまま、まだ我々の一挙一動を見守っている。》


つづく

盧溝橋事件31 桜井顧問射撃を制止する

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/26 18:21 投稿番号: [518 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
140〜141p


《 日華両軍が交戦状態に入ると同時に、宛平城内では営長金振中のところへ、
各方面からの報告が次から次へと輻輳 (ふくそう) して来た。

ちょうど私が特務機関に電話連絡している間に、桜井顧問は
「いつまでもこんなところでぐずぐずしていたって射撃は止みやせん!

オイ、営長!   僕と一緒に城壁に上ろう!
そして白旗を振りながら両軍の射撃を止めさせるんだ!」

早くも部屋の片隅にあった寝台の敷布をはがしてしまった。敷布は長さ三メートル
ほどの竹ざおに結びつけられ、軍使を標榜する大きな白旗に早変りした。


金営長と桜井顧問、斉藤秘書等は県政府を出ると東門城壁上に登って行った。

東門の扉は完全に閉鎖され、土嚢が七分通りまで積み上げられていたが、
中国兵はなお、土嚢を運んだり、円匙 (えんぴ) で土をホジくったりしていた。

東門の上から一文字山の方を眺めると、台上にはまばらにしか日本兵の姿は認められ
ない。大きな部隊はもういないらしく、戦線は大分西の方に移動して行っている。


営長は東門守備の兵に、「射ってはいかんぞ!   今日のはみんな誤解からだ。
射ってはいかん、射ってはいかん!」 と注意を与えていた。

一行は城の東北角から更に転じて西の方へ進んで行った。
パーン!   突然、すぐ眼の前で小銃を発射した音が鼓膜をつんざいた。

「営長!   いま射ったのはそこにいるその兵だ!   止めさせろ止めさせろ!
この城内から日本軍に向って射撃したが最後、日本軍は怒って城内に向って

攻撃して来るぞ!   そしたら城内沢山の住民の命は、
いったいどうなってしまうんだ!」 桜井顧問がどなりつけた。


金振中はバタバタッと走った。そして今射撃したばかりの兵の肩を小突いて、
またもや、「射ってはいかん!射ってはいかん!」 を繰り返した。

兵は不満そうな顔付きをしながら、しぶしぶ銃をおろした。
「射撃を止めさせただけじゃいかん!   宛平城からは絶対射撃をしていないという

証拠を示すために、到るところ、こういう白旗を掲げさせるんだ。
営長!   すぐ命じて白旗をあげさせろ!」

兵は、金振中の命令によって、ポケットから汗でしわくちゃになったハンカチや
手拭を取り出した。それを有り合せの棒切れに縛りつけて城壁の上に押し立てた。

「俺が命令を下さぬ限り、お前達は絶対、射撃してはいかんぞッ!
いいか!   命令をきかんやつは厳重処分するッ!」

金振中はどなり続けた。

・・・

  −   桜井顧問は血眼になって、中国兵の一挙一動を監視した。
「ホラ!営長!   いま、あそこの重機関銃が装填したぞ!   あの弾を抜かせろッ!

県政府の空地にいるあの迫撃砲には、まだなにも射撃中止を命じてないじゃないか。
駄目だ。早く行って命令を伝えなくっちゃ!」》


つづく

盧溝橋事件30 人質状態の軍使一行

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/25 17:28 投稿番号: [517 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
123〜124p


《 私は覚えず時計を見た。とき、まさに昭和十二年七月八日、午前五時三十分であった。
私と桜井顧問はほとんど同時に、席をけって起ち上った。

「少佐殿、もうだめですッ、交渉は打ち切りに致しましょう」
「仕方がない。任務は放棄だ」

私はただちに金振中に対して申し渡した。
「営長、交渉は打ち切ろう、

すぐ、両軍の射ち合いをやめさせる事が先決問題だ。貴官は即刻、部下に対して
射撃中止を命令しなさい。我々は日本軍第一線に対して射撃中止を勧告する」


こういって話し合っている間にも、小銃弾が、ビューン!
異様な音を立てて城内、我々の頭上をとんでいった。

その一発が向い側の屋根に当り、パチッ!   と跳弾となって
我々のいる客庁にハネ返って来る。

中国兵がドヤドヤ部屋に駆け込んで来た。
そして金振中に対し、口口に日本軍の暴挙を報告している。

まさかと思っていた最悪の事態が、我々の限の前に現実となって現われたのだ。


銃声、砲声、ダダダダ……という機関銃の掃射、宛平城外一帯の広野は、
一瞬にして両軍しのぎを削る戦場と化してしまったのである。

ドカーン!   とすさまじい爆声が起る。
地響きと共に壁土がバラッバラッところがり落ちた。

日本軍の大隊砲弾が二、三軒隣の民家の屋根をブチ抜いたのだ。
土砂があられのように付辺一帯の屋根にとび散った。

城内外相呼応して、射つこと射つこと、なんというにぎやかな戦場風景だろう。



取りあえずこの情況を特務機関に報告しなければいかん。
私は窓際にあった卓上電話をとりあげた。

「二九八東局!   北京特務機関ですか、私は補佐官です。
機関長殿を大至急、お呼びして下さい!

機関長殿、私、補佐官です。ただいま桜井顧問と一緒に宛平城内、県政府に来ております。
中国軍代表と交渉中、タッタいま、城外で日華両軍衝突してしまいました。

いま猛烈に射ち合っています。銃声や砲声、電話を通してそちらにも聞えていますでしょう。
いまの大きな音はこの県政府内庭に据えられた、迫撃砲の発射音です。

中国側にはもう大分負傷者が出ているらしいです。
兵隊が盛んにそういって報告に来ています。


交渉は継続出来ません。もうだめです、第一の任務は放棄します。
取りあえず中国軍の営長に対していま、射撃中止を命令させました。

しかし彼等はまだ盛んに射っています。中国軍の兵力は一ケ大隊です。
だが城内には、一ケ中隊しかおりません。主力は永定河の中の島にいるようです。

城内には迫撃砲二門と、重機関銃をいくらか持っている事は確実です。
この事を牟田口連隊長の方にも至急連絡して下さい。

そして日本側もすぐ、射撃中止を命令するよう、そちらから手配をお願い致します」



一気呵成にここまでしゃべり続けて来た。機関長の声が返って来た。

「とうとうブツかってしまったか。もう仕方がない。
いまさら現地交渉といったところで始まりやしない。

いくさの方は一切森田中佐に委せて、君は桜井君とすぐこちらに帰って来給え。
機関は交渉や連絡やらで非常に忙しくなってくるから……」

・・・

「しかし私達、もうだめです。城外脱出なんて今の情況じゃ到底思いもよりません。
城門はすっかり土嚢でふさがれてしまいましたし、

部屋の入口は中国兵が一杯かためています。
また中国兵がドヤドヤ部屋の中にとび込んで来ました。

着剣で私達を包囲しています。帰還の時期はまったく予想がつけられません。
事によるとこれがお別れの言葉になるかもわかりませんが、しかし肚は立派にきめてます。

最後まで最善をつくしますからご安心下さい。
どうぞ機関員のみんなによろしく。

じゃあこれで電話を切ります。さようなら!   さようなら」》


つづく

盧溝橋事件29 交渉中に戦闘始まる

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/24 16:07 投稿番号: [516 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
121〜123


《 私は金振中の気分がいく分鎮まったのを見届けてから、おもむろに口を聞いた。

「昨夜来発生した事件を、私は日華親書という大きな立場から、非常に遺憾に思っています。
もちろん貴国側としても、全然同様の見解を持っておられる事と推察いたします。

そこで私は、日本軍を代表し、これから貴官と一緒に現地について、
この事件の実情を調査探究し、事態の円満解決策を打ち出したいと考えます。

ついては貴官は全責任をもって、これに応ずる資格を持っておられるかどうか。
その点についてお伺い致したい」


すると金振中は
「ご意見全然同感です。私は部下第三営を率いてこの宛平城に常駐し、

付近一帯の警備に任じている者です。
したがってこの地区において発生した問題は、こと軍事上に関する限り、

その責任は一切私にあります。私は、現地中国軍の代表者という立場において、
この際、貴国側の折衝要求に応ずる資格を持っております」 といった。

「では現地調査の具体的方法については、これから逐次ご相談申し上げますが、

それに先立って、事態をこれ以上悪化させない、つまり戦闘を惹起させないように
するため、貴官細心の配慮と措置をお願いいたします」

「わかっております。この点やかましく部下に言い聞かせます」


「次に、今、東門一帯の城壁上に、貴官隷下の兵が点々配置についておりますが、
あれを一時、西門付近まで撤退させていただきたい。

日本側の意向としては、日本軍の一部を宛平城の東門に位置せしめ、
貴国軍隊を西門に位置せしめ、我々代表はその中間たるこの県政府において、

爾後の交渉を継続するよう致したい。この件、併せてご了承お願い致します」


金振中はこの時パッとそこの土間につばをはいた。そしていった。
「両軍代表、一緒に現地調査を行なう事、これは私としてなんら異存ありません。

また東門守備兵の一部を減じて西門方面に移動させるという程度でしたら、
ただいまの貴官のご要求に応ずる事も致しましょう。

けれど、全然東門の警備をあけっ放してしまうという事、
ならびに貴国軍隊をその城門に位置させるという事、

これは本日の場合、私として絶対お受けする事が出来ません。


この点、貴国側におかれてはどうかもう一度、お考え直しいただきたいと思います」

「わかりました。では一つおたずねいたします。・・・
即ち条約を無視するという事になります。・・・」

「私はなにも条約を無視しようの、故意に日本軍の行動を妨害しようの、
そういったたくらみがあって申し上げたわけじゃ決してありません。

今日は、昨夜来の事態によって、城内、非常に緊張を呈しております。

もしいま、貴国の軍隊がこの城壁の一角に顔を出されたとしたら、
勢のおもむくところ、日華両軍の衝突は必然の結果と考えなければなりません。

これを未然に防止するため、私としては、どうしても貴国側ただいまの
ご要求を鵜のみにしてお引受けする事が出来ないのです」


彼の理論は整然としていた。
確かに人物のシッカリしている事をうなずかせるものがあった。

双方口角泡をとばし、この激論の真っ最中、突如、城外で
パーン、パンパンパン、ダーン!   とものすごい銃声砲声がまきおこった。》


注:条約とは義和団事件後の講和の北清事変議定書の事で
   話が長いため、字数の都合上、削った。

つづく

盧溝橋事件28 ついに戦闘始まる

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/23 18:40 投稿番号: [515 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
126〜127p


《 しかし、敵は明瞭に二十九軍ですなあ!
森田中佐殿はまだ、全然この情況はご存知ありません」

「そうだろう、それだもんだからいま、歩兵砲の射撃が食い止められてしまったんだ」
「大隊長殿、このまま演習のような格好で部隊を前進させたらいかがですか。

そしたら敵は、きっと射撃して来るに違いありません。
その時、断乎反撃を加えたらいいじゃありませんか」

「確かに一案だ。しかし森田中佐の肚がハッキリつかめん事にはなあ」
大隊長は眼を前方に転じた。第八中隊はすでに敵前二、三百メートルに近接している。

  −   いかん!   歩兵砲が協力せんうちから衝突してしまったら、
ひどい損害を受けなきゃならん。   −



「各中隊はその場に停止!   歩兵砲隊は射撃開始!」
大隊長は前線及び後方に対して、矢継ぎ早に命令を下した。

第一線各中隊はピタリ、その場に停止した。
けれども歩兵砲は、いつまでたっても射撃を開始しようとしなかった。

「荒田中尉、もう一度森田中佐殿のところへ行ってこの情況を報告して来てくれ、
そして攻撃決行の意見を具申するんだ。

連隊長からはもう、攻撃命令が下っているという事を、忘れないで付け加えるんだぞ」

−   森田中佐の了解を得るためには、まだ相当時間がかかるだろう。
それまで兵を遊ばせておくのは勿体ない。

そうだ。今の中に兵に腹ごしらえをさせておこう。   −
大隊長はそう考えると、各中隊に、急いで朝食を摂 (と) るよう命令した。



広い原ッパに散開していた各中隊は、直ちに適当な地形を選んで腰をおろした。
そして背負袋から乾麺包 (かんめんぽう) を出して、ポリポリ噛 (かじ) り始めた。

「全く戦争だか演習だかわかりやしない」

「敵を前にして突撃直前にパンを食うなんて、
こりゃあ実戦の方が平時の演習よりよっぽど緩みきっとるぞ」

「バカいえ、腹がへってはいくさが出来んわい」
兵はそんな冗談口をたたきながら、嬉々として朝食にとりかかった。



遠くこの有様を眺めた中国兵は、
日本軍の攻撃がにわかに頓挫したとでも思ったのだろう。

突如、パンパンパンパーン!   猛烈な急射撃を我が第一線めがけて浴せかけてきた。
大隊長の堪忍袋の緒は、とうとう断ち切れてしまった。

盧溝橋の原の真ッ唯中にスックと立ち上るなり、破れ鐘のような大声張り上げて

「攻   −   撃   −   前   −   進!」

大隊長自ら全大隊に向って呼びかけた。
たちまち起る全線一斉の我が銃砲声。

時まさに午前五時三十分、あたかも我々軍使一行が宛平城内で卓をたたき、
激論闘争の真ッ最中だったのである。》


注:   乾麺包とは乾パンの事


つづく

盧溝橋事件27 攻撃を停められた大隊

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/22 18:31 投稿番号: [514 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
125〜126p


《 この日朝五時過ぎ、一文字山から竜王廟方向に向って攻撃前進を起した
一木大隊は、朝露を踏んで一進一止の前進を続けた。

ああ本当にまずい事をしゃべったもんだ。桜井顧問、いまごろはもうあの事を
中国側に話しただろうなあ!   敵はもう堤防上にはいないかもわからない。

そうだったら、不法射撃の根拠は全然なくなってしまうし、差し当り抜いた刀のやり場に
困ってしまう   −   大隊長はさきほどから、ひとりその事ばかり焦 (あせ) っていた。



ところが第一線部隊が竜王廟の堤防前、四百メートルに達したころ、見ると前方堤防の
線には、点々灰色の敵兵が陣地から、頭を出したり引っ込めたりしているではないか。

これを見た大隊長は、しめたッ、いるいるッ、まだいるぞッ!
敵は明瞭に二十九軍の正規兵だッと躍 (おど) り上ってよろこんだ。

敵翼包囲の清水中隊も竜王廟の北方、境防の線に続々進出している最中である。
―   敵との距離もいよいよ近づいてきたぞ。

ここいらでボツボツ攻撃を開始してもよかろう   ―
一木大隊長は本部の書記をふり返った。



「歩兵砲隊射撃開始!」 砲隊連絡係の阿部升蔵曹長が、
それを後方に逓伝 (ていでん) させた。

「歩兵砲隊!   射撃開始!」 逓伝の声が草原の上を、吹から次へと伝わって行く。
だがしかし、歩兵砲は一向射撃を開始しようとしない。

大隊長の心は焦 (い) ら立って来た。とうとう怒気を発して

「歩兵砲はいったい、なにをぐずぐずしているんだッ!
射撃準備はもうとっくの昔、出来ていたはずじゃないか、連絡係も連絡係だ。

命令が徹底するまで、なぜ何度も何度も連絡せんのだッ!
オイ、曹長!   自分でとんで行って砲隊長に連絡して来いッ」



その時、歩兵砲隊の伝令が地隙を縫い、コマ鼠のように大隊長の方にとんで来た。

「大隊長殿、歩兵砲隊長報告、ただいま一文字山に、連隊長代理森田中佐殿が見えて
おります。射撃開始の件は森田中佐殿が、絶対いかんといって中止を命ぜられましたッ」

「そりやあいかん。森田中佐は情況の変化をご存知ないんだ。小岩井中尉、
とんで行って情況を報告して来い、そして直ちに射撃を開始させるんだ!」

小岩井中尉はまっしぐらに一文字山に向って駆け出して行った。
その直後、荒田中尉がひょっこり顔を出した。

「大隊長殿、荒田中尉、ただいま北京から戻って参りました。森田中佐殿と同行して
参りましたが、中佐殿はいまから不拡大交渉を開始するといっとられます。」


つづく

盧溝橋事件26 軍使会見室に入る

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/21 18:30 投稿番号: [513 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
119〜121p


《 車は県政府の正門前に横付けにされた。

桜井顧問や周永業、それに一足先に着いた林耕宇達は、
すでに県政府客庁に集って、中国軍の常長と話し合いを始めていた。

ここの中国軍の指揮官は金振中といって三十七八歳、色の浅黒い苦味走った、
精悍 (せいかん) な男だった。これが事件発端における、中国側当面の責任者だった。


桜井顧問は八仙卓をたたいて   「最初、日本軍に対して射撃をしかけたのは
お前の部隊に違いない」   と金振中に詰め寄っていた。

「イヤ、私の部下が城内から射撃したなんて、そんな事は絶対ありません」
営長はこれまたハッキリ、事態の釈明につとめていた。

「いや、射って来たのは城外からだ。
城外の堤防のところにお前の部下が確かにいたはずだ」

「イヤ、絶対におりません」

「兵隊のいないところからどうして弾がとんで来るかッ!
これ以上見えすいた弁解なんかもうやめてくれ」


顧問は怒り心頭に発し、半ば立ち上らんばかりにして相手を睨みつけ、
激しくテーブルを打ちたたいた。金営長も負けてはいない。

くちびるを震わせ、物凄い形相で桜井顧問を睨み返し、両名対坐、
侃々諤々 (かんかんがくがく) の論争がここに展開されていたのである。


そこにちょうど私が入って来たわけである。桜井顧問はいままで坐っていた
正面のソファーを私に譲ると、自分は私の左側のイスに席を移した。

顧問と並んで王冷斉県長が席を占める。
それと向い合って林耕宇と周永業とが腰を下した。

私は、この場の空気を一応緩和させる事が必要である、と感じた。
そこで落ち着いて、ゆっくり金営長に話しかけた。

「私は、本日、軍使として、現地交渉のためこちらに派遣されて来た、
北京特務機関の寺平大尉です」


すると金振中、傍の副官に命じて自分の名刺を持って来させ
「私はこの宛平県城に駐屯している、中国軍の営長金振中です。どうぞよろしく」

そういって細長い名刺を差し出した。
  その表書には


  陸軍第二十九軍   第三十七師   第一百一十旅

  歩兵第二百一十九団   第三営   少校営長

    陸軍歩兵少校       金   振   中


  そして横の方に小さく、靄如   河南固始と記されてあった。》


つづく

盧溝橋事件25 軍使宛平県城に入る

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/20 18:30 投稿番号: [512 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
118〜119p


《「サア林さん!   今から急いで城内に行こう。
両軍ブツかってしまったらもうおしまいだからね」

林耕宇の自動車につづいて私の北機第二号車は走り出した。

林耕宇の車は早くも城内に入ってしまって、私が城門に着いた時、
扉は半分ばかり閉りかかったところだった。

見上げると城壁上には、東面した重機関銃が銃口を我我の方に向けて睨 (にら) みを
利かしている。細開きの城門から、十数名の中国兵がバラバラッととび出して来た。

その一人が大手を広げて車の前に立ちはだかった。
他の兵がグルリと車の周囲をとりかこんだ。

大刀、拳銃、自動小銃を構え、目の玉を光らせて車の中をジロジロのぞき込んでいる。
私はすぐ車からとび下りた。



下士官らしいのがツカツカと私の前に立ちふさがって
「なんの用件でやって来たのかッ」   と威丈高ににじり寄った。

私は簡単に   「日本軍の軍使」   と答えた。
すると下士官は、「さきほど来た桜井顧問は軍使として認める。

しかしそれ以外の者は軍使としては認められない。ここからすぐ引返して行け」 と
えらい権幕である。林耕宇のやつ、実に不親切な男だ。

なんとか一言、言い残して行けば好いのにと思ったが、いまさらそんな事をいっても
仕方ない。私はポケットから自分の名刺をとり出しそれをその下士官に突き付けて



「おれは二十九軍司令部と協議の上、日本軍代表の資格をもってやって来た
北京特務機関の補佐官だ。戦争をやりに来たんじゃない。

和平解決のため、お前達の隊長と交渉するためにやって来たのだ。
俺が来る事は秦市長や馮師長のところからも、電話で連絡がとってあるはず、

この名刺をすぐ隊長のところへ取次いでくれい」
兵達はみんなでその名刺をのぞき込みながらガヤガヤいっていたが、その中から

「してみるとこの人が本当の軍使なんだ」「軍使だから軍服着て来るはずだ」
「営長は電話で聞いて知ってるんだろう」 という言葉が聞きとれた。

高飛車に利用した秦徳純、馮治安の名前が果然効き目があったらしい。
下士官は 「暫く待っていて下さい」 といって、城内に走り去った。



残された中国兵は依然私を取り巻いたまま、
めずらしそうに私の軍装をジロリジロリ眺めている。

私はこれら中国兵と、十分間ばかりも睨めっくらを続けた。

やがてさきほどの下士官がアタフタと帰って来て、急にていねいな態度で、
笑顔まで浮べ 「どうぞお入り下さい。自動車のままで結構です。

私が営長のところまでご案内致します」 そういって彼は早くも自動車の助手台に
乗り込んで来た。兵隊が二名、これも護衛するような格好で両側のステップにとび乗った。

城門の扉がギーッと押し開かれる。
自動車は残りの兵隊に砂ほこりをかけて、疾駆した。》


つづく

盧溝橋事件24 攻撃を中止させる森田中佐

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/19 15:49 投稿番号: [511 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
116〜117p


《 すると森田中佐も
「実は僕もいま、そう思って見てたところなんだ。

大隊長、実に妙な事をやり始めたわい!
だがいずれにしても不拡大が先決問題だ。

あんな事していたら、たといこれが演習であるにもせよ、
中国側に戦闘と誤解されてとんでもない事になってしまう。よさせよう」

実際のところ、我々一行はそのころまだ、第三回目の不法射撃があった事も
知らなければ、連隊長から攻撃命令が下された事も知っていなかった。

森田中佐は一文字山の中央台上に立ち上り、
ともなって来た一木大隊の副官荒田中尉を通じ、

連隊長命令として、前進行動の中止方を大隊長に命ずるとともに、
手近にいた歩兵砲隊長久保田大尉に対し、弾薬の装填を禁止した。



私はこの情勢を観望していたが

「森田中佐殿、軍命令としては歩兵一ケ中隊を追って宛平城の東の城門を押えさせろ。
その援護の下に現地交渉を開始せよとの事でした。

しかしいま、これだけバラ撒かれている部隊を集結し、
その中から一ケ中隊を引き抜くなんてのんきな事はやっておれません。

ぐずぐずすればするだけ、中国側は有利な抜け道を考え出すでしょうから、
このさい、一刻もすみやかに交渉を開始する事が必要です。

私は格別援護の兵なんかいりません。
いまからすぐ、宛平城内にとび込んで、中国側と不拡大交渉を開始いたします。

中佐殿はとりあえず部隊を掌握し、こういう戦闘行動みたいな事をすぐ
止めさせるよう、お願い致します。では私はここで失礼致します」



いままで私のかたわらで、ジーッと宛平城の敵情を監視していた
小岩井中尉は私の話を耳にはさんで

「なんですか、大尉殿、あなたはこれからあの宛平城に入って行かれるんですか!
宛平城ご覧になりましたか?   宛平城を!

城壁上には中国兵があの通りウヨウヨしていますよ。
その服装であれに近づこうものなら、すぐにバリンバリンと射たれちゃいますよ。

いま情勢は刻々悪化してますからね。それにさきほどのお話の東門占領だなんて、
一戦交えないであれを占領する事なんか、いまもう絶対不可能です」

彼はそういって、私が宛平城に行こうとするのを極力押し止めた。



−   なるほどそれが本当かも知れない。
いわれてみれば確かに、城壁上の銃口は皆こちらに向けられている。

しかし、私はやはり行かなければならぬ。
行くという事が私に与えられた任務なのだ。

バリバリやられるのがこわくて引き戻ったとあっては、
機関長に対してなんの顔向けが出来よう。−

私は中尉の言葉を黙殺するともなしに黙殺して、一軒家の方に下って行った。


つづく

盧溝橋事件23 軍使ら一文字山着

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/18 16:04 投稿番号: [510 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
115〜116p


《 軍使一行をのせた数台の自動車は、黎明の北京街道を疾駆していた。
視界は明るさを増してきて、自動車の通った後には砂塵が淡く低く巻き起っていた。

午前四時三十分、車は一文字山の南側、長豊支線と北京街道のクロス点付近で停まった。
「なるほどなあ、一木大隊は全部この辺に集結してるんだなあ」 まず森田中佐が嘆声をあげた。

見ると一文字山の稜線上には、兵隊の姿が影絵のようにうごめいている。
私達はここで車を下りた。中国側と交渉を始めるに先立って、

一応現地指揮官とも打合せをし、全般の情況を頭の中にたたみ込んでおく事が
必要だと思ったからである。

・・・
私は先頭に立って歩き続け、ようやく稜線上に達した。
・・・私はさらに左の方に眼を転じて見た。


前方一キロ、そこに横わっているのが宛平城の大城壁である。・・・その城壁上を、
点々蟻のように動いているのは、灰色の軍服をまとった二十九軍の正規兵であった。

肉眼でさえそれがハッキリ見わけられるのだ。いるいる。
彼等も朝早くから一生懸命働きおるわい!

そう思ったとたん、突然足元でガサガサッと音がした。叢 (くさむら) の陰に、
軽機関銃の一ケ分隊がピタリと伏せをして待機しでいるのだった。私は分隊長にたずねた。

「大隊本部はどの辺にあるのか」 すると分隊長は起き上って来て、北の方を指さしながら
「大隊本部はこの台をズッと向うに行った、一番北はずれの堆土 (たいど) 付近にあります。

タッタいまし方、大隊長殿は各中隊長を集めてなにやら命令を与えておられました」
と教えてくれた。

私はうしろをふり返って
「森田中佐殿!   大隊本部はこれからまだ、大分前の方に出ているようです」


私はまたその方に歩きはじめた。その時、はるか前方、稜線上から

「攻   −   撃   −   前   −   進!」

きれを裂くような号令がかすかに聞えて来た。
それに応じてあちらの窪地からも、こちらの叢からも

「第何分隊前へ!」

の号令が起って、疎開した分隊が鼠の這うような格好で前進を始めた。
まるで野営演習を眺めているみたいな格好である。

だがよく見ていると、大隊の攻撃正面がどうもおかしい。
部隊はことごとく竜王廟の方向に向って躍進を起しているではないか。

私は立ち停まり、森田中佐にいった。


「中佐殿、これはいったいどういう意味なんです?   攻撃するなら攻撃するで、
宛平城に向って前進しそうなものを。

ほら、あの城壁上にはあんなに沢山中国兵がいるんですよ。それを放っておいて、
いやそれに側面を曝露しながら、敵前で分列式をやってるみたいな格好で竜王廟を

攻撃するなんて。私にはどうもわけがわからんです」》


つづく

盧溝橋事件22 攻撃を決意する大隊長

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/17 15:56 投稿番号: [509 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
112〜114p

《 一木大隊長は桜井顧問と別れた後で気がついた。
  −   しまった、こりゃ余分な事をしゃべってしまったぞ!

俺はいま、顧問に宛平県城外の敵を撃つといってしまったが、
桜井君、きっとあの事を中国側に話すに違いない。

話したら最後、中国側はすぐ手を回して、城外にいる兵を皆城内に引込めてしまうだろう。
それじゃあせっかく攻撃して行っても藻抜けの殻でなんにもならぬ。

なんにもならぬどころじゃない。最初から配兵していなかっただの、
不法射撃をやった覚えはござらぬだのといわれたら、

結局事件の証拠がことごとく湮滅され、かえって日本側が悪者扱いされてしまう。
こりゃ一刻も速かに攻撃を開始せにゃいかん。   −



そこで大隊長はがむしゃらに馬をとばせて一文字山へ急いだ。
台の東斜面のところに歩兵砲隊長久保田尚平大尉がいた。

「久保田大尉、大隊はいよいよ攻撃開始だ!   歩兵砲の目標は竜王廟!
いいか。直ちにあれに向って射撃準備!」

大隊長は馬上から高らかにこう叫んだ。隊長の馬が盛んに狂奔する。
馬はやがて一気に中天の台上まで駆け上って行った。

そこでは機関銃中隊長の中島大尉と、第九中隊長の安達大尉とが、
眼鏡片手にしきりに前方の情況を展望していた。



大隊長はこの二人の頭の上から「オイ!   中隊長、大隊は直ちに攻撃を開始する。
目標は竜王廟から左、鉄道橋までの間だ。各中隊の態勢は現在の通り。

前進に当ってはグッと左前を張り出して右の方に向きを変えろ!
わかったな。わかったら直ちに現在の位置で攻撃準備!」

すると安達大尉が大隊長をふり仰いでいった。
「大隊長殿、あの宛平城の城壁にいるやつは攻撃しないのですか」

「うん、宛平城に対しては攻撃しない。
城外にいるやつだけを徹底的にたたきつけるんだ!

俺はとりあえず斜右、あの堆土 (たいど) の線まで進出する。
各中隊は攻撃準備完了次第、すぐ俺のところに報告して来い」

言い終るや否や、大隊長は馬に一鞭あててまっしぐらに一文字山の崖を敵側に
向って駆け降り、そして斜右、京漢鉄道の線路の方向に走って行くのだった。



桜井顧問から連絡に出された斉藤秘書は、この時ようやく息せき切って一文字山に
到着した。一木少佐に追いすがるようにして崖を下りながら

「大隊長殿、桜井顧問のところから連絡に参りました。
ただいま宛平城に参りまして、あちらにいる中国側に聞いてみましたところ、

竜王廟方面の城外には一兵も出しておらないそうです」
「なにッ、城外には一兵も出しておらん?

中国兵がおるかおらんか、そんな事は中国側に教えてもらわなくても、
このおれが百も承知だ。いまごろになってそんな嘘っぱちの弁解なんか聞きたくもない」

大喝一声、斉藤の報告を一蹴し去った大隊長は、また前方ヘ!
青草の原を馬を飛ばして走り去って行くのだった。》


つづく

盧溝橋事件21 桜井顧問による中国側の意見

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/16 18:28 投稿番号: [508 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊

111p
《 ところが先方の言葉として、馮治安の部下、つまり三十七師は宛平城内には
確かに駐屯しているが、城外には一兵だって配置しておらん、とこういうんです」

「そんな事は絶対ありません。現に昨晩なんか‥…・」

「ま、ま、ちょっと私の話を聞いて下さい。それでもし城外で銃声がしたというのなら、
それは二十九軍の兵じゃなくて匪賊かも知れん、便衣隊の仕業かも知れん。

あるいはまた、この付近には水瓜畑が沢山あるから、
その番人が日本軍の斥候を水瓜泥棒と間違えて、

それで威嚇の目的で射撃したのかもわからない、とこういっとるんです」



「そんな馬鹿げた事は絶対ありません。現に昨日の夕方、中国兵が竜王廟一帯の
堤防上に、陣地を占領していた事は、私がこの眼でハッキリ見たんですからね」

「まあ待って下さい。それからですなあ、まだこんな事もいっとるです。
もしかしたらあるいはそれが二十九軍の兵であったかも知れない。いいですか。

しかしそうだとしたら、それは上司の命令をきかないワカラズヤどもだから、
これを要するに城外にいるやつに対しては、

その二十九軍たるとなんたるとを問わず、日本軍が攻撃しようと討伐しようと、
一切日本側のご自由にお委せする、とこういうんです」

「へえ!」
「そこで私の意見を申し上げますとねえ。



いま、宛平城内には二十九軍以外に一般民衆も沢山住んでいる事ですから、
どうかこの城だけは絶対攻撃しないようにして下さい」

「承知しました。
じゃあ大隊は宛平城に対しては、絶対に銃先 (つつさき) を向けません。

その代り城外にいる、匪賊か便衣隊か水瓜泥棒か、わけのわからん二十九軍に
対しては、断然攻撃を開始しますからお含みおきを願います」

「そうして下さい。お頼みしときます。じゃあ私はいまから宛平城内に入って
中国軍の指揮官に会ってきます。

そして城内にいる中国兵は絶対戦闘に参加しないよう指導してきます」
顧問はそこで自動車に乗った。

一木大隊長も馬にまたがった。二人は西と北とに別れて行った。》
・・・


112 p
《 長豊支線のガード下を通り抜けた桜井顧問の車は、やがて宛平城の東側、
順治門に到着した。城門の外では宛平県保安大隊の孫天璞 (そんてんぼく)、

同じく県警察局の干振華 (かんしんか) 等が、部下を堵列 (とれつ) させて一行を
出迎えた。北京から軍使が行くという事をあらかじめ電話連絡で知らされていたからである。

「オイ!   城内の治安情況は今どんなふうか」 隊長はカチリ、かかとを引きつけて
「ハイ、極めて平静であります。平常となんら変った事はありません」

「城外の様子はどうだ〜   いま、二十九軍の兵は竜王廟の方に出ているのかいないのか」
「ハイ、城外には一兵も出ておりません」

顧問は秘書斉藤の方を振り返って 「オイ!   この事は一刻も早く一木大隊長に
通報しておかなきゃいかん!お前ちょっと連絡に行って来い。

そこの巡警から自転車を借りてすっ飛ばしたら一息だ。大急ぎで行って来てくれ」
そう言い残すと周永業と一緒に、サッサと城内に入って行ってしまった。》


つづく

盧溝橋事件20 桜井顧問 現場に現る

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/15 18:41 投稿番号: [507 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
109〜110p


《 大隊長が北京街道のところまでやって来た時である。 前の方に自動車が一台
停まっているのが目に入った。 大きな男が自動車の方からノッソリノッソリ歩いて来る。

大隊長は気にも止めず、なおも馬を走らせていると、突然その男が大声を出して
「オーイ!」 とどなった。この声でそれが軍事顧問桜井徳太郎少佐である事に気がついた。

瞬間   −   いよいよという間際に、これはまたすこぶる厄介な人間が
とび込んで来たものだなあ   −   と思わざるを得なかった。

そのわけは、去年の豊台車件の時、桜井少佐や中島中佐等、軍事顧問たちが、いちはやく
事件の渦中にとび込んで来て、とうとう事態を不拡大に揉(も)み消してしまった。


しかし作戦部隊の考える不拡大というのは、顧問のそれとは少々趣を異にしていた。
すなわち同じ天津軍である以上、隠忍自重、不拡大に徹底する

という、根本趣旨については何らの変りもなかったが、
部隊側としては

  −   対華政策は餅を搗 (つ) くようにやれ、つまりたたいたり丸めたりする事が大切である。
小さく楯突いて来たら小さくたたけ。それが本当の不拡大である。

これをそのまま放置したり、無理やり丸め込んだりすると、
中国側の侮日観念はますます増長し、瀰漫 (びまん) し、

ついには収拾がつかないほど、大きく楯突いてくるようになる。
だから小さくたたくという事は、決して不拡大の本旨には反しない。   −

こういう解釈を持っていた。


軍事顧問等の調停あっせんは、部隊側、とくに青年将校達にとっては、
実に煙たい存在でもあったわけである。

大隊長はとっさに考えた。この前の時はしゃにむに和解調停を押しつけられたが、
今日こそはこちらから高飛車に出て、顧問の先手を打ってやろう。

そこで馬上から

「ヤア、桜井さん、夜中にどうも遠い所を、まったくご苦労様です。
私はこんどというこんどは、もう断乎としてやっつけますよ。

あなたはご存知ないでしょうけれど、午前三時二十五分、
またまた三回目の不法射撃を受けたんです。

そこで連隊長殿に電話で報告したところ、タッタいま、
やってよろしいという、攻撃命令を受けたんです」


すると桜井顧問は 「イヤこんどは強いて留めやしません。
しかしこれについては若干、あなたにお話しておかなきゃならん事がある。

それでいま、あなたを探してやって来たところです。私はいま、ここへ来る直前、
秦徳純のところへ行って事件の善後措置について協議してきたんです。


つづく

盧溝橋事件19 反撃の許可でる

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/14 18:38 投稿番号: [506 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
107〜109p


《 一木大隊長のところに、通信班長小岩井中尉が馬をとばせて駆け上って来た。薄闇の中から
「大隊長殿!   小岩井中尉であります。

電話はただいま西五里店部落の南端まで延線して参りましたが、
そこでとうとう線が終ってしまいました。ここまで引っ張ってこられません。

いま、導通試験をやってみましたが、北京とは完全に連絡がとれます。
そしていま、連隊長殿がなにか大隊長殿と連絡したいから、

至急電話口まで出られるよう申しておられます」
「そうか。連隊本部と連絡が出来たか。じゃあ早速連隊長殿に情況を報告しよう」

大隊長は副官亀中尉をともなって、小岩井中尉に続いて一文字山の緩斜面を下りた。
西五里店部落はタッタ一つの燈火が何よりの目標だ。

三頭の馬は轡 (くつわ) を並べ、軽速歩で進んで行った。
くさむらの中から、チリンチリン、しきりに電話のベルが聞え始めて来た。



「北京、北京の連隊本部ですか。こちらは一文字山の第三大隊本部です。ただいま、
大隊長殿が電話の位置に来られました。その事を連隊長殿に申し上げて下さい」

戦場の一木大隊長と北京の牟田口連隊長とは、ここに、直接談話を交換する事となった。
「ヤア、一木君か、ご苦労ご苦労。事件の内容については、

早速、軍司令部に電話で報告しといたがねえ。軍は事件の調停問責のため、
直ちに現地に軍使を送れという意見なんだ。

そこで特務機関から寺平補佐官が行くので、連隊からは取りあえず僕の代理として、
森田中佐に兵一ヶ分隊をつけてそちらの方にやっておいた。

中国側からは宛平県長の王冷斉、外交委員会の林耕宇、この二人が宋哲元代理として、
今一緒に自動車で山かけたから、もうおっつけそちらに着くころだろう」



「かしこまりました。そこでこんどはこちらの情況について申し上げますが、
大隊は三時二十分、完全に一文字山の占領を終りました。

ただいま、和戦両様の態勢をとっていますが、
いましがた、またまた向うから三発射って参りました。

これから考えると、どうもこの際、宛平県城を攻撃しませんと、
爾後の交渉がうまく行かないんじゃないかと思われます。

私はもう、この事態では断然攻撃を開始してよいと思うんでありますが、
連隊長殿はお許しになりますか。いかがでしょう」

「また、射撃してきたのか」

  連隊長はそういったまま、ここでしばらく考え込んでいるらしかったが、
やがて決心したものとみえ

「よろしい。やり給え」 と敢然攻撃の決意を明らかにした。



ところが一木大隊長としては、いってはみたものの内心
  − 連隊長がこれに攻撃の断を下すなんて事は、まずまず考えられない事だ   −

くらいに思い込んでいた矢先、案に相違していま、快刀乱麻を断つ式の、
明快な命令が下されたものだから、かえっておどろいてしまった形である。

本当にやるという事になると、事はすこぶる重大である。
万一にもこれが自分の聞き違いだったりしたらそれこそ大変だと思って、

「本当にやってよろしいんでありますか?」 とさらにもう一度念を押して見た。
すると連隊長は自信に満ち満ちた声で

「やってよろしい。いま、午前四時二十分!   確実に僕は攻撃命令を下した。
間違いはない」   −   時刻まで明確に示されたのだ。もう大丈夫。

「ではやりますッ!」
大隊長はガチャリと電話を切った。


つづく

盧溝橋事件18 三度目の銃撃

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/13 18:30 投稿番号: [505 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
106〜107p


《 夜中の三時すぎ、西五里店の部落から粛々として行動を起した一木大隊は、
八日、午前三時二十分、完全に一文字山の台地を占領した。

昨夜来、ずっと演習場にいた清水中隊は、弾はまだ一発も使っていなかったが、
今後の情況に備えて更に弾薬を補充しておかなければならなかった。

一文字山東側窪地でその分配を始めたころ、またまた西方、盧溝橋と覚しい方向から、
パン!   パン!   パーン!   と三発の銃声が聞えて来た。



「またやりやがったなー、畜生ッ! やつらいったい何発射ったら気がすむというんだ、
こちらが黙っていりゃあいい気になって、性こりもなく二度も三度もブッ放しやがる」

兵の視線が一斉に西の方に注がれた。
−   銃声!   今のは確かにウチの中隊長殿が狙われたに違いない

そう判断した野地少尉は、無我夢中、一文字山の稜線上に駆け上り、
眼鏡片手にジーッと盧溝橋の方を凝視した。

しかし、夜のとばりはまだ四、五十メートル前方までしか
透視を許してくれなかった。一方、大隊本部では

「オイ、今の三発の銃声はありや何だ?」
「あれだな、中国軍の不法射撃というやつは」

「確かにそうだ、また始めやがった。竜王廟の方向、間違いなし」
大隊長はこの時、悠然と時計を眺めた。午前三時二十五分である。



一度ならず二度までもこうした不法の挑戦、射撃、
これを黙殺することはまさしく中国軍になめられた形になる。

なめられるだけならそれに甘んじもしようが、
すでにこうまでも対敵意識が露骨になってきた以上、

今後彼は、どのような積極行動に出てこないとも限らない。
応戦するしないは別問題だ。

とにかく部隊の態勢だけでも応戦準備を完了しておかないと、
不覚を招いてからではもう遅い。

大隊長の戦術判断は神速だった。ただちに竜王廟の包囲態勢を整えるべく、
第八中隊長代理野地少尉を呼びにやった。



「少尉殿、大隊長殿がお呼びであります」 本部に命令受領者として行っていた、
谷辺曹長自らの連絡である。

野地少尉は、一木大隊長の前に立った。大隊長は声はずませて
「オオ野地!   大隊は今から竜王廟正面の敵を攻撃する目的をもって展開する。

第八中隊は機関銃一小隊を併せ指揮し、直ちに現在地を出発、
大瓦ヨウ部落の西側を通り、夜の明け切らないうちに竜王廟北側堤防に進出し、

戦闘が惹起しない距離にあって攻撃を準備せよ。
決して頭を出しちゃいかんぞ。すぐ出発」

「かしこまりました。すぐ出発しますッ」 野地少尉の顔にはサッと希望の色が輝いた。
−   こりゃあ大いに働きがいがあるぞ。

中隊には側背脅威という独立した戦闘任務が与えられた訳だ。
− 彼は各小隊長に指示して直ちに転進準備にとりかかった。》


つづく

盧溝橋事件17 軍使一行の出発

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/12 18:38 投稿番号: [504 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
104〜105p


《 私は外へ出た。午前四時少し前である。二台のトラックには兵隊が
いっぱい乗っていた。森田中佐と赤藤少佐は私の車に一緒に乗り込んだ。

林耕宇と王冷斉とは外交委員会の車へ、また憲兵隊の車には
鈴木石太郎軍曹、加藤富士松上等兵憲兵等、四人が乗っていた。

本部前に立った牟田口連隊長は厳然として
「じゃああくまで慎重にやってくれ給え」 と見送った。森田中佐は

「十分ご意図に副うよう行動致します」 と答えた。
「出発!」

森田中佐が自動車から半身乗り出して号令する。


近藤保少尉の搭乗車が尖兵といった格好で、トップを切って走り始めた。
旅団の大塚賢三通訳生や、昨夕来、北京に来て泊っていた豊台の

副官荒田中尉あたりがこれに便乗していた。

次が私達の車、林耕宇の車、憲兵の車、
そして一番最後が護衛のためのトラックの順だった。

暁闇の東交民巷 (トンチャオミンシャン)、ヘッドライトの光芒 (こうぼう) が
煌々 (こうこう) として一隊の進路を照らしていた。


ソ連大使館の前を通り過ぎたころ、後の方から
「オーイ、僕達も一緒に連れて行って下さあい!」 と叫びながら、

超スピードで我々の車とスレスレにまで追いかけて来た自動車がある。
毎日支局の関公平氏はじめ新聞記者団の一行だ。

・・・・

「どうだい。豊台からの電話報告を聞いていると、いまにも戦争がオッ始まりそうなんだが、
このあたり一帯の景色は静かなものじゃないか。

ホラ、また駱駝の行列が通る。ああいうのがいわゆるキャラバンっていうんだろう。
あれは今朝方、ゆうゆう盧溝橋を渡って来たんだろうが、

我々は真夜中にたたき起され、気合を入れて現地に行って見ると、
とたんに情況終りというくらいが関の山じゃないのかな」

「大山鳴動、ねずみ一匹というところですかな」
「せめてねずみ一匹でも出て来てくれたらまだ面白いんだがね。

とかくこういう問題は、竜頭蛇尾という事に相場が決まっとるんだ。
拡大とか不拡大とか、そう神経をとがらせるほどの事もないよ」


森田中佐と赤藤少佐とは、車中しきりにこうした会話を交していた。
私は私で、この間ひとり、先方との交渉案をいろいろ頭の中で練ってみた。

みんなの眼は、それでも前方、盧溝橋の森のかなたに注がれて、
何とは知らず、次第に緊張した気分に引きずり込まれていくのだった。》


つづく

盧溝橋事件16 軍使一行 連隊本部にて3

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/11 14:15 投稿番号: [503 / 2250]
牟田口連隊長の寺平補佐官への頼み事

寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
103〜104p


《 五分 − 十分 − まだ二人は戻って来ない。まず私がイライラし始めて来た。
「エライ遅いですねえ。 何をぐずぐずしてるのかしら?」

「あの調子じゃまだまだ時間は手間取るだろうよ。
まったくあれが中国側代表なんだから心細いこと限りなしだね」

その時、森田中佐が準備万端整ったとみえて、ようやく応接室の方に姿を見せた。
それに続いて二人が戻って来た。

「どうも電話の具合が悪くて、一向連絡がとれないんです。
いまからもう一遍秦市長の家まで行って、

権限問題を確かめてきたいと思います。
三、四十分もあれば行って来られますから……」


我々はこれを聞いてあぜんとした。
いくら気が長いといったって、このさし迫まった情況に直面し、

そういつまでもぐずぐずしておられたんでは、
解決出来る事件も解決出来なくなってしまう。

権威ある代表者を出さないなら出さないで、
結局一切の責任は先方が負わなければならないだけだ。

皆はドヤドヤと応接室から営庭の方へ出かけ始めた。


「寺平君、ちょっと」 と牟田口連隊長が私を呼び止めた。

「これは君にお頼みして置くんですがねえ。 森田中佐に対しては、
私から事件の調停と問責の任務を与えてあるんです。

ところがご承知の通りあの人は、この前の上海事変の時、
爆弾三勇士で有名な、廟行鎮 (びょうこうちん) 突入部隊の指揮官なんです。

勇猛果敢という点では全国的に鳴らした人なんです。そこで今日もその調子で、
ジャンジャン攻撃命令でも下されようものなら、とんでもない結果になってしまう。

まあそんな事はないとは思うが、そういった場合には、
君がシッカリ手綱をひいてくれ給え」

「かしこまりました。その点十分含んでおきます」


つづく

盧溝橋事件16 軍使一行 連隊本部にて2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/10 15:38 投稿番号: [502 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊

101p
「ただいま、林耕宇と宛平県長の王冷斉を連れて参りました。
下の応接室に待たせてあります。森田中佐殿と一緒におともしようと思いまして」
・・・


102〜103p
《 続いて連隊長は、一応彼等の権限を確かめるべく、今度は王冷斉の方に向き直った。
「君が宛平県長の王君か」

王冷斉は保定の軍官学校を卒業し、上校団長までつとめた経歴の持ち主だったけれど、
一向軍人らしい溌剌 (はつらつ) さがない。また日本語はまったくわからぬときている。

連隊長は厳然たる態度で彼にたずねた。

「王君、君は宋哲元の代表として、あるいはまた馮治安の代表として、
現地に行ってこの問題を解決するだけの権限を委任されているのかどうか?」

すると通訳代りの林耕宇が横合いから
「ハア、その権限は持っております」

「君に聞いているんじゃない。王君にたずねているんだ。君はその事を王君に通訳し給え」
連隊長の眼が光った。縮み上った林耕宇は小さな声でその意味を王冷斉に伝えた。



王冷斉はそれに答えて
「ハ、全権は持っております」

「確実に持っているのか」
連隊長は折り返し念を押した。

「まあ持っていると思います」
「何、思います?   そんなアヤフヤな態度で現地交渉の衝に当られてたまるもんか。

いいかい。説明するとね、宋哲元は冀察政務委員会の委員長という資格と、
二十九軍軍長という資格と、二つの権限を持っているんだぜ。

そこでいま、文官たる君が行政上の資格を代行するのはまあよいとして、
さらに軍長代理として、いままさに戦争でも勃発しそうなこのせっぱつまった情況に

直面し、しかも不法を働いた二十九軍の部隊に対し、君が独自の判断で
適切な軍命令を下し得るかどうか。その辺のところはいったいどうなんだ!」



質問の矢はすこぶる厳しい。しかし条理はあくまでも整然としている。
彼はこれに対して一言半句、答え得なかった。

「君はそんなあいまいな資格で盧溝橋に出かけようというのか?
ノコノコ盧溝橋に行って、これからいったい何するつもりなんだ?」

追及の言葉はいよいよ峻烈 (しゅんれつ) になって来た。
王玲斉もこれをなるほどと悟ったらしく

「一応その辺のところ、もう一遍電話で秦市長と連絡をとって参ります」

「一応も二応もシッカリ連絡とり給え。これが決まらない事には君達現地に
行ったって、単なるロボットでなんの役にも立ちはしない」

二人はコソコソと電話室の方に行ってしまった。

「イヤアどうも中国側には、いつもああいったピントの外れたのが多くていかん!」
連隊長は吐き出すようにそういって、煙草を灰皿にねじ込んだ。》


つづく

盧溝橋事件16 軍使一行 連隊本部にて1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/09 18:24 投稿番号: [501 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
100〜101p


《 その時、桜井顧問が片脚を自動車に突込んだままいった。

「寺平君、君の方だけ連隊に寄って行ってくれ給え。僕は周永業と一緒に先行するよ。
途中城門を開かせたりするのに大分手間取るからね。開門交渉係りを引き受けるよ」

私と林耕宇とは北機第二号のナンバーのついたアメ色のナッシュ、
桜井顧問、周永業等は軍事顧問用の黒塗りドッジブラザー、

そして王冷斉はただ一人、冀察外交委員会の自動車に乗って、
三台一緒に特務機関を出発した。

・・・
林耕宇がだるそうな口調で話しかけて来た。


「この前の豊台車件の時に、私は今日と同じように当時の浜田補佐官と一緒に、
豊台まで行ったんです。今度と全く同じ性質の事件だったんですがねえ。

あの時は双方、とても緊張していましてね。
私なんかもう少しで殺されるところだったんですよ。

あれに比べたら今度の事件はてんで問題になりませんわ。
前のようなあんな際どいところまではとても行きませんよ」

私はだし抜けに
「林さん、豊台部隊が夜間演習をやるという通知は、
君の方に届いておったかねえ」 とたずねた。

「旅団から出された書類でしょう。あれは確実に受け取りました。
だからその事については、私の方は別に、何も問題にはしていませんよ」


ヘッドライトが街路樹の根元の白ペンキを、くっきり照らし出していた。
先行した桜井顧問の車は、東長安街の方に抜けて行ったらしくもう姿が見えない。

王冷斉の車と赤藤少佐の車が少し離れて私達の後から追いかけて来る。
私達は正金銀行の角を右に曲り、歩兵隊の表門にさしかかった。

今日はいつになく物々しい警戒振りで、歩哨の数も増加され、
いくつもの銃剣が闇の中でギラリギラリと光っていた。

私達は本部の前で車を捨てた。営庭には軍装物々しい兵隊がザワめいていて、
トラックがエンジンをガタガタいわせ、盧溝橋への出発を待ち構えている。


私はツカツカツカと本部の中へ入って行った。
この建物は大正十三年十一月二十九日、宣統帝が馮王祥に逐 (お)われ、

日本側に保護を求めて来た時、我が芳沢公使の手によって八十七日間の長きにわたり、
かくまわれた事のある極めて由緒の深い家屋である。

右側の大広間では、若い将校が五、六人、地図を拡げて研究に余念なかった。
皆が一斉に立って私の方に目礼した。

私はその方に会釈して、林耕宇と王冷斉とを左側の応接室に通すと階段を駆け上って
牟田口連隊長を捜し求めた。連隊長と私は、階段の躍り場でバッタリぶつかった。》


つづく

盧溝橋事件15 軍使派遣の決定2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/08 18:25 投稿番号: [500 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
99〜100p


《「そうです。その二人を遣るといっていました。

それから盧溝橋にいる中国軍は極力抑制して、城外に出さんようにするから、
日本軍も盧溝橋を包囲したり攻撃したりせんようにしてくれいといってました。

西苑や南苑の部隊は、決して出動させんという事も確約しました。
この事は斉藤にチャンと筆記させときましたから、将来決して二枚舌は使わせんつもりです。

なお現地の金振中とかいう営長からの報告によれば、盧溝橋付近は極めて平静で、
日本軍に対して発砲したような事実は絶対ないと頑張るんです。

こいつは北京で射った、射たんのといくら議論していたって始まらん事ですから、
現地に行った上で嘘か本当かを確かめる事にして、話を打ち切って帰って来ました。

以上がまあザッといま行って来た冀察 (きさつ) 側の模様です」


「ご苦労ご苦労、そこで一つ、君も盧溝橋まで行ってもらいたいんだがね。
もちろん僕の代りとして補佐官を遣るが、もともと二十九軍関係の事でもあるし……」

「もちろん私は行くつもりにしていました。早速出かけます」
「時に林耕宇や王冷斉はまだ来ないかな。

オーイ!   愛沢、林耕宇はまだ来ないのか? 電話でちょっと聞いてみてくれ」
「彼はタッタ今、来とったようですよ。秘密会議らしいから、しばらく待っているのです」

私は桜井顧問に、周永業が来ている事を告げた。
「周永業ならちょうど好都合だ。彼もいやおうなしに盧溝橋まで引っ張って行ってやろう」

桜井顧問は小応接室の方に下りて行った。


松井機関長は

「補佐官、あっちへ行ったらだなあ。中国側の現地責任者を呼び出して、
とにかく不法射撃の真相を糾明する事、これが先決問題だ。

次は決して事態を拡大させないように最善の努力を傾倒すること、
この二つを終始念頭においといてくれ。

その他は臨機応変、君の裁量一つに委せる。
くれぐれも気をつけて、無謀な事はしないようにな。いいか」


私と桜井顧問、斉藤秘書、周永業、それに林耕宇と王冷斉、
これから盧溝橋に出かけようという総勢六人はならんで特務機関の玄関に立った。

見上げると空には星がキラリキラリとまたたいている。
檜垣機関員がバタバタ走って追っかけて来た。


「ただいま連隊からお電話がございました。
連隊の方では森田中佐殿が盧溝橋に行くため、いま、準備中なんだそうですが、

補佐官殿が行かれるんだったら、途中、車の中でいろいろご相談したい事があるから、
是非連隊の方に寄って行ってほしいとの事です。いかが返事致しておきましょうか」

すると松井機関長
「ウン、それじゃあ補佐官!   ちょうど道順ではあるし、

立ち寄って、よく連絡をとった方がよかろう。林さんもそうし給え。
その方が双方緊密に行って、お互いに都合がいいぞ」》


つづく

盧溝橋事件15 軍使派遣の決定1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/07 18:29 投稿番号: [499 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊

97p
《 電話が終ると、機関長は私と一緒に応接室の方に歩きながら
「オイ補佐官、ご苦労じゃが君、盧溝橋まで行ってもらおうと思っとるんだがなあ」

・・・

「・・・歩兵隊からは森田中佐が一ヶ分隊の兵をつれて現地に行くそうだ。
機関からは君と桜井君。 それからさっき、魏宗翰や孫潤宇とも話し合いの結果、

中国側からは宛平県長の王冷斉 (おうれいせい)、
それから林耕宇が行く事になっているそうだ」

私は二階にある私室にとび込んだ。 最近しばらく軍服を身につけていないので、
トランクやたんすから軍刀、拳銃、図嚢 (ずのう)、長靴 (ちょうか) などを

取り出すのにいささか手間取った。十分ばかりで軍装を整え終ると、
久しぶりにピリッと緊張した軍人に還った。》


98〜99p
《 私は小応接室を出た。
部屋の外では憲兵分隊長赤藤 (しゃくどう) 庄次少佐が待っていた。

「君、盧溝橋に行かれるそうですね。僕も一緒に連れて行ってくれませんか。
兵も四、五名連れて来ているんですが」

「そうですか。じゃあご一緒致しましょう。こちらからは桜井顧問、
中国側からは林耕宇と、宛平県長の王冷斉が一緒に参ります」


その時、玄関の方から、ガヤガヤ騒ぎながら入って来たのは桜井顧問、
斉藤秘書の一行だ。大きな声で

「どうも中国側はナッチョラン! 事ごとに責任回避のような事ばかりぬかしやがって、
ちっともつかまえどころがない。まるで瓢箪鯰 (ひょうたんなまず) だ」

顧問は歩きながら、一人でしゃべっている。私は一緒に二階の応接室に入って行った。
そして機関長と共に桜井顧問の報告を聞いた。彼は顧問服の上衣を脱ぐと

「オイ高橋、コップに水一杯持って来てくれい」

そうどなってから次に

「じゃあ概要を申し上げます。私は最初、馮治安の家に行きました。
ところが馮治安は居らんというんです」

「本当に留守なんですか?」 と私が突っ込んだ。


「イヤどうだか。例の調子だからわかりやしない。
門番と押問答していても始まらんので、次に秦徳純のところへ行きました。

秦徳純は行くとすぐ会ってくれました。ちょうど斉燮元 (さいしょうげん) も
来ていたので、連絡には好都合でした。

そこで私の方から盧溝橋の問題を持ち出したところが、
秦徳純の方でも機関長からのお話通り、あくまで不拡大の方針で進みたい。

そのために、現地に代表を遣ろうという事になったんです」
すると松井機関長

「それはさっき君が出かけてから間もなく、魏宗翰と孫潤宇がやって来てね。
話を聞いたが、林耕宇と宛平県長の王冷斉が行く事になったそうだね」》


つづく

盧溝橋事件14 不明の兵戻るの報告入る

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/06 18:36 投稿番号: [498 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
93〜94p


《 その時午前二時をちょっと過ぎていた。顧問服の桜井少佐が、同じく軍事顧問部の
斉藤弼州秘書を連れて、アタフタと玄関の方に駆け出して行く。

「桜井顧問殿、どちらかお出かけですか?   行く先を明らかにして置いて下さい」
私は追いすがるようにして顧問にたずねた。

「僕ちょっと馮治安のところへ行って来ます。
馮治安に会って、彼を遣り込めようと思うんです」

桜井顧問の頑丈な身体が、自動車の中に吸い込まれて行った。

「補佐官殿!お電話です。旅団の小野口副官からかかっています」
私はふたたび引き返して電話にかかった。


「寺平君ですか!さっきのあれ、とうとう出て来たそうです。ホラ!   アノ、
例の行方不明の兵隊がですね!   したがってこちらには何ら損害はなかった事になります。

しかし演習中の日本軍に対して不法射撃をしかけてきたという事は、
これは重大な侮辱行為ですからあくまで糾弾しなければなりません。

そこでいま、連隊長とも相談したんですが、最小限度の解決条件として、
次の二項目を中国側に要求したいんです。

その一つは、中国軍の師長馮治安自らこちらに出て来て謝罪する事。
第二は盧溝橋に駐屯している二百十九団第三営の即時撤退。どうです。

このくらいの要求は決して無理じゃないでしょう。
これについて松井機関長のご意見をうかがってみて下さい」


その時、機関長は補佐官室のソファーにもたれて、しきりに盧溝橋の地図を
研究している最中だったが、私の報告を聞き終ると

「フーム、そいつはちょっと具合が悪いなあ、ヨシ、僕が直接電話で話そう」
そういって自ら電話に出た。

「やあ小野口君、今のお話、第一項の馮治安の謝罪というやつだなあ、
こりやまあ要求してもよかろうと思うんだ。

しかし第二項の中国軍の即時撤退、こいつは少々薬が利き過ぎやせんかな。
あまりこいつを強く押して出ると、先方の感情を刺激する結果、

いろんな反動が現われてきて、かえって日本側が自ら、
天に向って唾をはくような結果にならないとも限らんからなあ」


「機関長殿のご意見としては、第二項は撤回した方がいいと……」
「撤回せよと断定的にいうわけじゃない。

こういうデリケートな問題は極めて慎重を要するので、
一応、軍司令部とも打ち合せた上、軍の方針が決まってから、

改めて中国側に要求した方が妥当だと思うんだ」
「わかりました。じやあその事を連隊長殿に申し上げます」


つづく

盧溝橋事件13 対策の打ち合わせ

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/05 18:22 投稿番号: [497 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
91〜92p


《 機関長、桜井顧問、それに西田顧問と私、合計四人が二階の応接室で
緊急会議を開いた結果、当所の対策としては、

まず第一に中国側要人を十分説得して現地の実情を正しく認識させ、
我が方の不拡大方針に同調させる。

次には日華双方の責任ある代表者を現地に派遣して、
急速に事態の解決に当らせる。

この二つはこの際どうしても早く手を打たなければいかん、と意見が一致した。
これはまた、牟田口連隊長の考えとも、符節が合っていた。


林耕宇から、またもや電話がかかって来た。機関長自ら受話器をとると

「ただいま私、秦市長の宅に来ております。
外交委員会の魏主席も見えておりますが、魏主席の意見として、

事件の不拡大は、第一線部隊の軍事行動停止にまずその端を発しなければならない。
中国軍に一切の行動停止を命ずる事はもちろんやりますが、

日本軍もまた、そうした行動を中止するよう、
特務機関の方から取り計らって頂きたいとの希望なんですが……」


機関長は答えた。

「魏主席の意見には趣旨としてはもちろん賛成だ。
こちらとしてもすでにとるべき最善の策はドシドシとっている。

しかし現地の部隊は現地の実情に即応し、
どのように行動するかはわかったものじゃない。

それを委細かまわず、北京から電話一本で即時行動停止ったって、
少々無理というものだ。

そこでこの際、電話連絡みたいなまだるっこい方法よりも、君の方と僕の方と
双方から責任ある代表者を一刻も早く盧溝橋に送って、現地解決で片付けたらどうだい。

この意見を秦市長に君から話してみてくれ給え。そして早速代表者をきめて
僕の方に知らしてくれ給え。僕の方はいまもうその準備にとりかかっているんだから」


私はその時、別の電話にかかって旅団の小野口副官からの通報を聞いていた。

「……豊台の一木大隊は、盧溝橋の東約一キロ、一文字山付近に位置して、
極力前面の敵情を監視中なんです。

一方、通州に野営中の木原大隊は、直ちに自動車で呼び寄せるよう手配し、
取りあえず朝陽門外の射撃場に集結を命じました。

ついてはこの部隊を交民巷 (チャオミンシャン) に入れるために、夜中ですけれど
朝陽門の開門を特務機関から中国側に要求していただけませんか。

それから、日華双方から代表者を現地に派遣する場合、牟田口連隊長はいまちょっと
北京を動かれませんので、連隊長代理として森田徹中佐を遣る事に決まりました。

中国側から回答あり次第、私の方へ連絡をお願いします」》


つづく

盧溝橋事件12 慌ただしい特務機関

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/04 16:10 投稿番号: [496 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
90〜91p


《 中に入って行くと、各部屋部屋には電燈が煌々 (こうこう) と輝いて
その下をあちらに行ったりこちらに来たり、大勢の人の気配がする。

私はいささかけげんに感じた。給仕の杉沢満が玄関口にとび出して来た。
その後から吉富重雄属がとび出して来た。そしていった。

「補佐官殿、ご不在中に盧溝橋で事件が始まりました。
いま、取りあえず非常呼集をして、機関員を全部集めておりますが、

補佐官殿がおられないのでどうしてよいかわからず、
てんてこ舞いしておったところです

……機関長殿が補佐官室でお待ちになっておられますから、
至急あちらにいらっして下さい」

・・・
「補佐官帰って来たか。いま、盧溝橋で事件が起っているんでね。

機関は取りあえず非常召集をやったところだ。
これから忙がしくなるからしばらくここで采配を振るっていてくれ」


そこへ桜井軍事顧問がとび込んで来た。
「ヤア!   盧溝橋で中国兵がまた騒ぎ出しおったそうですなあ!

アッハハハ、指揮官がボヤボヤしてるもんだから、
中国兵達、ろくな事たあ仕出かしゃせん。

こっちには事件の詳報が入っているでしょう。
一つ聞かして下さい。アッハハハ」 とすこぶる朗らかだ。

続いて冀察外交顧問、西田耕一氏が駆けつけて来た。度の強い眼鏡越しに

「なにしろどうもエライ事になりましたなあ。
中国側とはもう連絡お取りになりましたか。

なんでしたら私、これから秦徳純のところや魏宗翰 (ぎそうかん) の
ところへ連絡に行って来てもよろしゅうございますが……」

そこで機関長は関係顧問達を集めて概略の情況を説明した。


「中国側の不信はあくまでもこれを糾弾する。
そして軍の威信は絶対傷つけるような事があってはならぬ。

この問題は現地限りに解決する事が肝要である。
徹頭徹尾、不拡大に終始する事が根本方針である」

と事件処理の大本を明らかにした。恐らくこれあたりが、
盧溝橋事件不拡大処理の第一声ではなかったかと思われる。


そこへ林耕宇から電話がかかって来た。「秦市長から現地部隊に、
電話で命令致しました。そして事件は絶対拡大しないように伝えてやりました」

すると桜井顧問は 「そりやいかんッ!   電話命令なんかしたっちゃ何にもなりゃせん。
人だ人だッ!   シッカリした人を現地にやらんけりや。

中国の軍隊がそんなまだるっこい命令で、いう事なんか聞くもんか」
とひとりで大声にしゃべっている。

特務機関は真夜中なのにもかかわらず、
機関員やその他の人達が引ッ切りなしに出たり入ったりしていた。》


つづく

盧溝橋事件11 冀察委員林耕宇へ連絡

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/03 16:17 投稿番号: [495 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊


86〜87p
《「補佐官殿は、十河 (そごう) 信二さんの招宴に出席されて、
まだお帰りになっていないようであります」

「そうか、それではすぐ愛沢や吉富を呼び起してきてくれ。
それから機関員全部に電話して非常召集をやれ。

顧問、特に軍事顧問は大急ぎで機関に集るように!」
間もなく機関の構内に官舎を持っている、愛沢通訳生と吉富属とが駆けつけて来た。

「おう愛沢か、やすんでいるところをご苦労だったなあ!   またまた豊台事件が
始まったよ。今度は盧溝橋でブツかってしまったんだ」

「そりゃあいよいよ面白くなってきましたね。大いに気合を入れてやりましょう。
この前の豊台みたいなんじゃ下らないから!」


「気合を入れるのもいいがな。まあ事は慎重にやらんけりゃいかん。
オイ、取りあえず林耕宇の家へ電話をかけてくれ!」

「機関長殿直接お話しになりますか?」

すると吉富属が、

「林耕宇の家はこの間引っ越ししてから、電話番号が変ったんだ。
そこの番号表の横に赤鉛筆で書いてあるのが、新しい方の番号なんだ」

と壁に掲げてある電話番号表を指差した。


「ウェイウェイ!   二〇三八西局 (シージュイ)!」

「林公館ですか?   ご主人はご在宅ですか?   こちらは特務機関ですがねえ。
林先生に大至急電話口に出るようにいって下さい」

間もなく
「僕、林耕宇です。何か急用ですか?」

「ああ林さん!   僕、特務機関の愛沢ですがねえ。いま、機関長と交代します」
  機関長は林耕宇に対して、自ら事件の顛末を連絡した。そして

「ついてはだねえ。日本側としてはもちろん、事件を拡大させないように
現地の部隊に注意はするが、君の方もすぐ、秦市長その他に連絡して、

盧溝橋にいる二十九軍の部隊に対し、緊急善処策を講ずるよう、
手配してくれ給え。いいかい。早速だよ」

「かしこまりました。早速私、秦市長その他関係各方面に連絡をとります」》


88 p
《その晩、私は興中公司の社長十河信二氏に招かれて、
新開路 (シンカイルウ) の長春亭で飲んでいた。》

・・・

89〜90p
《 フラフラしながら一人歩いて特務機関に帰って来た。

夜、八時以後は何時でも閉まっているはずの機関の大門が、
今日はまたどうしたわけかスッカリ開けッ放しになっている。

−   門番のやつ、怠けて忘れやがったのかな?
たたき起してトッチめてやらなくちゃ。−》


つづく

盧溝橋事件10 特務機関に連絡入る

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/02 18:34 投稿番号: [494 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
86〜87p


《 静まり返った北京特務機関の事務室では、
柱時計の刻む音がコツコツと大きく部屋中に反響している。

針はいま、午前零時十分を指している。
突然けたたましい電話のベルが、宿直機関員折田武二の深い眠りをよび醒ました。

「北京の特務機関ですか。私は旅団副官の小野口大尉です。いま、盧溝橋で
重大事件が起っていますから、至急、松井機関長か寺平補佐官を電話口に呼んで下さい」

・・・
「お待たせしました。僕、松井です」
「機関長殿ですか。私、旅団の小野口副官です」
  ・・・


「いまから約一時間ばかり前、豊台部隊の第八中隊が盧溝橋付近で演習中、
突然、中国軍から十八発の小銃射撃を受けました。

小銃弾、実弾ですぞ!   中隊長は直ちに部隊を集結、応戦の態勢をとりました。
ところが兵隊が一名、どうしても見つからないのです」

「ホーウ」
「それで目下、日華両軍相対峙中なんです。取りあえずお知らせ致します。

その後の情況はまた連絡あり次第ご通知致します」
小野口副官はいそがしそうに電話を切った。

機関長は手にしていた煙草の灰を灰皿に落しながら
「補佐官はおらんかな?」 と折田機関員にたずねた。


その時、また別の電話が鳴り始めた。
北京第一連隊長の牟田口廉也大佐からだった。

「……やっかいな事が起ったもんだ。しかし相当重大性を帯びているようだからねえ。
いま、一木大隊は非常呼集をやっているところだ」

「じゃあ早速現地に出動するか?」
二人は士官学校の同期生という気安さから、そういった言葉で話し合った。

「ところがいま、連隊の主力、木原大隊は通州に野営演習に行っていて
全員留守なんだ。 俺 (おれ) の手元には兵力なんか何もありやしない」

「そりやあ困るなあ!」
「それにいま、河辺閣下は南大寺に行かれてご不在だろう!

だから俺が北京の警備司令官を代理しているという訳なんだ。
そういう状態で、俺が北京を離れる事はちょっと難かしい」


「とにかく中国側に対しては、俺の方からいますぐ掛け合ってやろう。
あくまで不拡大の方針で進まんといかんな」

「俺の方は天津の軍司令部とも連絡中だが、
まるで去年の豊台車件の二の舞みたいなもんだよ」

  そこに折田機関員が戻って来た。

「補佐官殿は、十河 (そごう) 信二さんの招宴に出席されて、
まだお帰りになっていないようであります」》


つづく

盧溝橋事件9 中国共産党が仕掛けた

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/01 18:43 投稿番号: [493 / 2250]
堤防上の中国兵は日本兵がやって来たのに、一発も銃撃しませんでした。
では、前に日本兵を撃ったのは何者だったのでしょうか?


これに関連することで、元中共軍将校の葛西純一氏が、その編訳著
『新資料盧溝橋事件』 (昭和49年、中国人民解放軍政治部発行)   の中で、

次のように書いています。

「七・七事変 (葛西注・盧溝橋事件のことを中国ではこう呼んでいる) は
劉少奇の指揮する救国抗日学生の一隊が、

決死的行動をもって、党中央の指令を実行したものである。

これによって吾党を滅亡させようとして第六次反共戦線を準備していた
蒋介石南京反動政府は世界有数の精強を誇る日本陸軍と戦わざるを得なくなった。

その結果、滅亡したのは、中国共産党ではなく、蒋介石の南京政府と、
日本帝国主義であった」

と。


そうすると、堤防上に救国抗日学生の連中が居て、
彼らが発砲したのではないかと疑われます。

堤防の中国兵は犯人ではないから、日本兵を撃たなかったのかも知れません。
ただ、現場の日本軍は、中国兵しか見ていませんから、中国兵が犯人だと疑っていますが。


また、盧溝橋で事件が起きた翌日8日には中国共産党中央委員会が

「全国各新聞社、各団体、各軍隊、中国国民党、民国政府、軍事委員会及び全国同胞

  七月七日夜十時日本は盧溝橋に於て中国駐屯軍馮治安部隊に対し攻撃を開始し
馮隊の長辛店への撤退を要求せり。

馮部は衝突の発生を許されざるに因り双方現に対峙中なり。
・・・一九三七年七月八日」

中国共産党中央委員会
(波多野乾一編 『中国共産党史   第七巻』 P158〜P159)


と打電しています。
  まだ、日本も蒋介石も状況を把握していない時に。

日中両側の当局が事態を把握していない段階で、
どうして彼らがこういうことを打電出来たのでしょうか。

それは彼らが仕掛けたからではないでしょうか。


では次よりは、寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 に戻ります。

盧溝橋事件8 堤防の中国兵

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/06/30 18:50 投稿番号: [492 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊   83〜85p


《「大隊長殿この事件が今後どういうふうに進展するにもせよ。
こちらとしてはまず、不法射撃の確証を掴んでおく事が先決問題だと思います。

捕虜を獲得するのが一番好い方法ですが、もし掴まえに行くとすれば、
夜明け前にやっつけなくちゃなりません。

今すぐ出発すれば、一人や二人、引っ張って来る事もそう困難じゃないと
思います。いかがでしょうか」

「それもそうだなあ!   だれかシッカリした小隊長でも遣るか」
「いや、私が自分で行って来ます。若い連中じゃちょっと心許ないと思います」
・・・


清水大尉は小隊に戻ると、早速俊秀な下士官兵六名を選抜し、
これに捕虜捕獲の要領を説明し、縄など持たせて全員軽装、西五里店を出発した。

・・・
やがて一隊の目の前に、竜王廟南側のトーチカが、黒くボンヤリと浮び上って来た。

中隊長を真ん中にして散開した一隊は、静かに、このトーチカを包囲し、
足音を忍ばせてその表側から入口に迫った。

息を凝らして中をうかがったが、内側からは物音一つ聞えて来ない。
中隊長は単身この中に入り込んで行って、懐中電燈をバッと一気に照らしつけた。

中にはアンペラが一枚敷いてあるきりである。人ッ子一人目に映らない。
光に驚いた小さな蛙が、無数にアンペラの上をピョンピョン跳んだ。


「おらん!   今度は堤防の方を捜そう」
一隊は更に堤防に向った。

漸 (ようや) く堤防の東、十メートルくらいに近づいた時、
兵の一人が突然、低い声で、「中隊長殿!   敵が……」 とその袖を引いた。

全員、ハッと低い姿勢に移って瞳 (ひとみ) をこらし、前の方を眺めると、
薄暗い空間に投影して、棒杭のようなものが二つ突っ立っている。

ジーッと見ていると、それが少しずつ、少しずつ移動している。
まさしく動哨 (どうしょう) に違いない。

「オイッ!   あいつらをヒッ掴まえてやろう。間隔を開いて静かに前進!」
一隊は敵に気付かれないよう、静かに前進した。

突如、堤防の壕の中から、別の数名の中国兵が起ち上って  
「誰呼 (シュイヤ) !」   −   鋭く叫んだ。


−   シマッタ!   −
そう思った瞬間、清水大尉はとっさの気転で中国語を使い、

「ニーメン這裡 (チェリー)   有一個 (ユーイーコ) 日本兵 (リーペンピン) 来了 (ライラ)
没有 (メーヨー)?   他在 (ターツァイ) 這辺 (チェイペン) 失 (シー) 迷路 (ミールー)

途了 (トーラ)」(こちらの方に日本兵が一人やって来なかったか?  
彼はこの辺で道を迷ってしまったんだ)と応答した。

・・・
中国兵は壕の上に立ち上って、銃を構えながらも口々に

「没有来 (メーヨーライ)!」「没看見過 (メーカンチェンコ)」
(来ないぞ!)(見なかったなあ)


この声を聞きつけた中国兵達は、なんだなんだ、とあちらからもこちらからも
頭をもたげ出してきた。その数実に十数名にも及んでいる。

「こりやあいかん!   敵兵捕獲どころの騒ぎじゃない。まかり間違ったらこっちの方が
かえって捕虜にされてしまう。こんな危険なところに長居は無用!−。

一行はとうとう捕獲を断念し、逐次北方に移動して、
そのまま暗闇の中に姿をくらましてしまった。

中国兵はこの一問一答によって、相手が日本兵である事は、
はっきり察知出来たはずである。

しかるにこの清水大尉一行に対し、ついに一発の射撃すらもあえてしてこなかった。》


つづく


*   一般的には堤防上の中国兵が銃撃したとされているが、
   この様子から見ると銃撃犯は彼らとは違うのではないかと思われる?
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