盧溝橋事件40 補佐官 秦徳純を捜して
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/08/07 16:21 投稿番号: [530 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
165〜166p
《 機関長は暫く考え込んでいたが 「これはどうしても君のいう、第一案で押して行く
より他、仕方あるまいな。不拡大という事を前提とする以上! 今井君、君はどう思う?」
「私もやッぱり、いま寺平君のいった第一案の方に賛成です。
もちろんこういった問題は、机の上だけの判断では、なかなか決定し難いものですが、
しかし一番正確に情況を把握している現地案でもあるししますから、
今のところ、これ以上の名案は他になかろうと思います」
私と共に秦徳純のところへ交渉に行くことになった、西田顧問は急に
連絡やら準備やらに忙殺され始めた。
機関長は直ちに天津軍司令部に電話をかけた。
そして盧溝橋方面の戦況と対策とを、軍参謀長橋本群少将に報告した。
食事をとっていると、そこへ西田顧問が入って来た。
「補佐官! いま、秦徳純の所へ連絡をとってみました。そしたらですねえ。
秦徳純は二時間ばかり前、馮治安の所へ行ったというんです。
それで今度は馮治安の所へ電話をかけました。
ところが馮治安の自宅は今日は余ッ程電話が輻輳していると見えて、
何遍かけてもいつもお話中なんです。今度は……」
西田顧問の話はいつでもこんな風に長いのが特徴である。
「かれこれ十五分くらいもかかりましたかね。やっと電話が通じたんです。
それからすぐ秦徳純が来ているかどうか訊ねてみました。
そしたら、ちょっと見てくるからといって、また大分待たされましたね。
なんでもいま会議中だとかいって、それで随分手間取ってしまったんです。
結局いま、外交委員会主席の魏宗翰も来ているからすぐ来ていただきたい、
といってきました。きょうくらいてこずった電話もありません」
それから五分ばかりの後、私と西田顧問とは長安街の大通りを西へと走っていた。
事件が始まって以来、すでに半日が経過している。
しかし西城方面は極めて平穏で、路傍では虫屋が、鈴虫を入れた小籠を沢山かついで
売り歩いており、子供達はそのまわりに集まって可憐な叫びをあげていた。
西城大院胡同 (ターユアンホートン) の馮治安の邸宅は、さすがに物々しい警戒振りで、
門前には土嚢が堅固に築き上げられ、軽機関銃が二挺も据えつけられてあった。
名刺を通じて門の中に入って行く。庭には水成岩の大きな石山があって、
その後の方に馮治安の住む堂々たる卵色の洋館がそびえていた。
しかし、秦徳純は外交委員会に出席するため、
馮治安はいずれかへ出かけてしまったあとだった。
私と西田顧問とはすぐ秦徳純の後を追って外交委員会に車をとばせた。
西城府右街 (フーユーチェ) の最南端、魏然 (ぎぜん) とそびゆる美しいビルディング、
これが冀察政権の外交委員会である。
魏宗翰主席の根拠であり西田顧問が弁舌を振う舞台だったのだ。様子を知っている
顧問に導かれてエレベーターで二階に上り、主席専用の応接間に入って行った。
やがて魏宗翰が顔を出す。五十年配、愛嫡のある好々爺で実ににくめない男である。
こちらはこのいそがしいおり、四角張った挨拶もしておれないので単刀直入に、
「ときに秦市長はいま、こちらに見えていませんか?」
「イイエ、まだ見えていませんよ。どうしてですか?」
「これはおかしい。いま、馮師長の公館に行ったところ、タッタいま会議が終り、
秦市長は魏主席と一緒に、こちらに回ったという話だったんですが……」
「アアそうでしたか。秦市長とは私、宣武門大街で別れました。
しかしまだいろいろ打ち合せもありますから、
もうしばらくするとまたこちらに参りますよ。どうぞ一服しながらお待ち下さい」》
つづく
165〜166p
《 機関長は暫く考え込んでいたが 「これはどうしても君のいう、第一案で押して行く
より他、仕方あるまいな。不拡大という事を前提とする以上! 今井君、君はどう思う?」
「私もやッぱり、いま寺平君のいった第一案の方に賛成です。
もちろんこういった問題は、机の上だけの判断では、なかなか決定し難いものですが、
しかし一番正確に情況を把握している現地案でもあるししますから、
今のところ、これ以上の名案は他になかろうと思います」
私と共に秦徳純のところへ交渉に行くことになった、西田顧問は急に
連絡やら準備やらに忙殺され始めた。
機関長は直ちに天津軍司令部に電話をかけた。
そして盧溝橋方面の戦況と対策とを、軍参謀長橋本群少将に報告した。
食事をとっていると、そこへ西田顧問が入って来た。
「補佐官! いま、秦徳純の所へ連絡をとってみました。そしたらですねえ。
秦徳純は二時間ばかり前、馮治安の所へ行ったというんです。
それで今度は馮治安の所へ電話をかけました。
ところが馮治安の自宅は今日は余ッ程電話が輻輳していると見えて、
何遍かけてもいつもお話中なんです。今度は……」
西田顧問の話はいつでもこんな風に長いのが特徴である。
「かれこれ十五分くらいもかかりましたかね。やっと電話が通じたんです。
それからすぐ秦徳純が来ているかどうか訊ねてみました。
そしたら、ちょっと見てくるからといって、また大分待たされましたね。
なんでもいま会議中だとかいって、それで随分手間取ってしまったんです。
結局いま、外交委員会主席の魏宗翰も来ているからすぐ来ていただきたい、
といってきました。きょうくらいてこずった電話もありません」
それから五分ばかりの後、私と西田顧問とは長安街の大通りを西へと走っていた。
事件が始まって以来、すでに半日が経過している。
しかし西城方面は極めて平穏で、路傍では虫屋が、鈴虫を入れた小籠を沢山かついで
売り歩いており、子供達はそのまわりに集まって可憐な叫びをあげていた。
西城大院胡同 (ターユアンホートン) の馮治安の邸宅は、さすがに物々しい警戒振りで、
門前には土嚢が堅固に築き上げられ、軽機関銃が二挺も据えつけられてあった。
名刺を通じて門の中に入って行く。庭には水成岩の大きな石山があって、
その後の方に馮治安の住む堂々たる卵色の洋館がそびえていた。
しかし、秦徳純は外交委員会に出席するため、
馮治安はいずれかへ出かけてしまったあとだった。
私と西田顧問とはすぐ秦徳純の後を追って外交委員会に車をとばせた。
西城府右街 (フーユーチェ) の最南端、魏然 (ぎぜん) とそびゆる美しいビルディング、
これが冀察政権の外交委員会である。
魏宗翰主席の根拠であり西田顧問が弁舌を振う舞台だったのだ。様子を知っている
顧問に導かれてエレベーターで二階に上り、主席専用の応接間に入って行った。
やがて魏宗翰が顔を出す。五十年配、愛嫡のある好々爺で実ににくめない男である。
こちらはこのいそがしいおり、四角張った挨拶もしておれないので単刀直入に、
「ときに秦市長はいま、こちらに見えていませんか?」
「イイエ、まだ見えていませんよ。どうしてですか?」
「これはおかしい。いま、馮師長の公館に行ったところ、タッタいま会議が終り、
秦市長は魏主席と一緒に、こちらに回ったという話だったんですが……」
「アアそうでしたか。秦市長とは私、宣武門大街で別れました。
しかしまだいろいろ打ち合せもありますから、
もうしばらくするとまたこちらに参りますよ。どうぞ一服しながらお待ち下さい」》
つづく
これは メッセージ 529 (kireigotowadame さん)への返信です.