盧溝橋事件16 軍使一行 連隊本部にて1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/07/09 18:24 投稿番号: [501 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
100〜101p
《 その時、桜井顧問が片脚を自動車に突込んだままいった。
「寺平君、君の方だけ連隊に寄って行ってくれ給え。僕は周永業と一緒に先行するよ。
途中城門を開かせたりするのに大分手間取るからね。開門交渉係りを引き受けるよ」
私と林耕宇とは北機第二号のナンバーのついたアメ色のナッシュ、
桜井顧問、周永業等は軍事顧問用の黒塗りドッジブラザー、
そして王冷斉はただ一人、冀察外交委員会の自動車に乗って、
三台一緒に特務機関を出発した。
・・・
林耕宇がだるそうな口調で話しかけて来た。
「この前の豊台車件の時に、私は今日と同じように当時の浜田補佐官と一緒に、
豊台まで行ったんです。今度と全く同じ性質の事件だったんですがねえ。
あの時は双方、とても緊張していましてね。
私なんかもう少しで殺されるところだったんですよ。
あれに比べたら今度の事件はてんで問題になりませんわ。
前のようなあんな際どいところまではとても行きませんよ」
私はだし抜けに
「林さん、豊台部隊が夜間演習をやるという通知は、
君の方に届いておったかねえ」 とたずねた。
「旅団から出された書類でしょう。あれは確実に受け取りました。
だからその事については、私の方は別に、何も問題にはしていませんよ」
ヘッドライトが街路樹の根元の白ペンキを、くっきり照らし出していた。
先行した桜井顧問の車は、東長安街の方に抜けて行ったらしくもう姿が見えない。
王冷斉の車と赤藤少佐の車が少し離れて私達の後から追いかけて来る。
私達は正金銀行の角を右に曲り、歩兵隊の表門にさしかかった。
今日はいつになく物々しい警戒振りで、歩哨の数も増加され、
いくつもの銃剣が闇の中でギラリギラリと光っていた。
私達は本部の前で車を捨てた。営庭には軍装物々しい兵隊がザワめいていて、
トラックがエンジンをガタガタいわせ、盧溝橋への出発を待ち構えている。
私はツカツカツカと本部の中へ入って行った。
この建物は大正十三年十一月二十九日、宣統帝が馮王祥に逐 (お)われ、
日本側に保護を求めて来た時、我が芳沢公使の手によって八十七日間の長きにわたり、
かくまわれた事のある極めて由緒の深い家屋である。
右側の大広間では、若い将校が五、六人、地図を拡げて研究に余念なかった。
皆が一斉に立って私の方に目礼した。
私はその方に会釈して、林耕宇と王冷斉とを左側の応接室に通すと階段を駆け上って
牟田口連隊長を捜し求めた。連隊長と私は、階段の躍り場でバッタリぶつかった。》
つづく
これは メッセージ 500 (kireigotowadame さん)への返信です.
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