竹島

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>古えは隠州が北西限か

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/07/31 07:23 投稿番号: [10280 / 18519]
どうしようかなあ。逐一反論する程の議論とは思えないし…。
とりあえず、一点だけ述べておきます。

今回の私の小論は以下の章立てになっています。

1.私の結論
2.本文解釈
3.根拠
4.他の解釈への反論
5.おわりに

1と2では私の結論した内容を説明しています。私の結論を端的に提示することが目的なので、根拠を示したり、対立見解を併記して論じたりするようなことは極力避けています。そして、根拠については3,4で述べています。

torezojp さんは2の内容について、根拠を示さず結論だけ述べていることを批判しています。これは、2の中の一部に根拠に関する記述を含めた私の書き方にも問題があるのですが、文章の基本構成としては上のようになっていることをご理解ください。

これ以外の torezojp さんの論点については、他の方の反応を見て、必要と思った時点で書くことにします。

古えは隠州が北西限か(9)

投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/07/31 05:40 投稿番号: [10279 / 18519]
【5.おわりに】

>#9648〜#9655で『隠州視聴合紀「州」の用法と解釈』の記事を発表してから2か月経ちました。この記事に対する掲示板での反応、―― 反論の投稿という反応と、「反論が無い」という反応の両方 ――、及びその後新たに考察したことを踏まえ、どうやら自分の中では自信を持って結論を出すことができたので、今回まとめを投稿しました。内容的には前回と同じでも確からしさの表現を強めた項目があるのは、2か月の間に私の中での確信が高まってきたことを反映しています。

長論議、ご苦労様。朱筆で添削したい誘惑に駆られたが力作故に憚られた。意にみたねば一度ならず再三にわたり改めて挑戦なさればよい。

>ここで考察したのは、あくまで隠州視聴合紀の解釈であり、17世紀の日本が国家として北西国境をどう認識していたかではありません。両者は関係がありますが、決して直結するものではありません。まして、現在の竹島=独島の領有問題について何らかの意見を述べるものではありません。国代記の「此州」を隠州と解釈すると、竹島=独島を韓国領と主張しているものと勘違いする方がいらっしゃいますが、それは短絡的で非論理的な発想です。ご留意ください。

>最後に、池内敏氏の前掲論文(※)の結びの言葉を引用して締め括りといたします。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
>したがってこの「隠州視聴合紀」なる史料は、竹島/独島の帰属を示す歴史的根拠として使用することは日韓いずれの側にとっても適当ではなく、そうした議論の現場から退くべきものなのである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

池内氏の影響通常とも思われず。私淑にちかい想い入れとみた。影響を受けることは決して悪いことではない。さらに角度を変えて多方面から史料を眺め、領土問題に拘ることなく此書を見直されることを期待している。

(終わり)

古えは隠州が北西限か(9)

投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/07/31 05:19 投稿番号: [10278 / 18519]
(5) 隠州は日本の北西ではない

>隠州の位置は、日本の北西とは言えない。北西の限りと呼ぶならば竹島でなければならない。

(反論)
>隠州視聴合紀の著者の認識は異なります。巻二・周吉郡・元谷村の節に「隠州は戌亥の極地」と記述されています。

「然則日本之乾地」は竹島を指している。巻二・周吉郡(しきちぐん)元谷村の節では宗教的祭儀式の記載の後に「按此日月の祭古之遺法歟   書曰味谷寅餞納日   本朝亦曾行此禮歟   隱州戌亥之極地昧暗也   與元立日相近也   上古於是餞納日   亦未可知焉   爲好古人姑記備之」

按ずるに「爲好古人姑記備之」とあるように古(いにしえ)には「隱州戌亥之極地昧暗也」とされたこともあったと言うだけのこと。   隠州視聴合紀が記述された時代には戌亥の最果ては竹島となろう。「然則日本之乾地、以此州為限矣」の記載とは異なる時代の記述に拘る必要はない。


○詳細
#10018 「隱州戌亥之極地」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835 396&mid=10018


【4.2   此州は隠州で、竹島と松島が朝鮮領とする解釈の根拠について】

(1) 焼火山縁起の記述

>焼火山縁起に「官より朱印を賜いて磯竹島へ大船を致す」の記述があり、磯竹島を朱印船の赴くような外国と認識していたと考えられる。

(反論)
>朱印状には、外国への渡航許可だけでなく国内への渡航許可や開発許可などのために出されたものもあります。

北前船なども奉書を船箪笥に納めて航行した。松前藩の蝦夷地開拓、経営は朱印を頂いて行われた。当時の慣行からすれば別に奇異でもなんでもない。長崎奉行所経由。対馬宗家経由の外国貿易とは異なって純然たる内政問題、即ち国内問題だったからだろう。

古えは隠州が北西限か(8)

投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/07/31 05:12 投稿番号: [10277 / 18519]
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4.他の解釈への反論】

他の解釈の根拠についての反論を載せます。


【4.1   此州を竹島、または竹島と松島とする解釈の根拠について】

(1) 朝鮮への渡航は対馬経由に限定されていた

>当時、いわゆる鎖国政策により朝鮮への渡航は対馬経由に限られていたにもかかわらず、隠岐を経由した竹島への渡海事業が盛んだった。隠州視聴合紀の著者もそのことを知っていたのだから、竹島を日本と思っていた筈だ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(反論)
>これは、竹島を朝鮮領と思っていなかった根拠にはなっても、日本領と思っていた根拠にはなりません。竹島のことを「日本の影響下にあるが日本とは呼べない無人島」のように認識していたとしても、上のことと矛盾しません。

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〜ということは、日本領と思っていたことになる。当時の知識人はハムレットではない。郡代になる程の上級武士は公家的人物では務まらないのだよ。大石内蔵助のような人物は珍しくない時代だ。

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(2) 隠州を基点に各方位を記述した文脈

>段落Bでは隠州を基点に各方位にある国内要地への距離を示している。竹島と松島はその文脈の中で紹介されているのだから、国内と認識されている。

(反論)
>段落Bは単に隠州を基点に各方位にある土地への距離を示しているだけで、そこが国内か国外かは述べていません。国内か国外かの問題については段落C で説明しています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
隠州視聴合紀は隠州について記述した文書であり、隠州のことだけが書かれています。したがって、「以此州為限矣」も隠州についての記述と解釈するのが妥当です。( # 10267)

と言うことは竹島、松島は隠岐に属して国内と云うに等しいわな。

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(3)「見高麗如自雲州望隠岐 然則日本之乾地 以此州為限矣」という文脈

>林子平の地図などから分かるように「見高麗如自雲州望隠岐」は、竹島についての記述である。この文は、竹島が朝鮮と向かい合う位置にある島であり、したがって、そこまでが日本の土地であることを示している。そして、この文を受けて「然則日本之乾地 以此州為限矣」と述べているのだから、日本の北西の限りとされる「此州」は竹島のことである。

(反論)
>まず、3.3で述べたように、蛸木浦の節の「此州」の使われ方を考えた場合、「此州」が竹島を指すことはほとんどあり得ません。

此島を松島と読んで意味が通じないとは云えないことは先述の通りだよ。

>次に、竹島が朝鮮と向かい合うという記述は、竹島が朝鮮でないことを示すかもしれませんが、必ずしも竹島が日本であることを示すとは言えません。竹島を朝鮮でも日本でもない島と考えていたとしてもこの記述と矛盾しません。

亦蒸し返す。脳内スパゲティだな。付き合いきれない。同じことを繰り返すのは愚老の趣味でない。

>更に「見高麗如自雲州望隠岐」は、竹島が朝鮮に近くて日本の土地とは言い難いことを示すものと考える方が適切です。また「然則日本之乾地 以此州為限矣」は、「見高麗如自雲州望隠岐」だけでなく「此二島無人之地 見高麗如自雲州望隠岐」という二つの文を受けた記述と考えることが妥当です。そうでないと「此二島無人之地」が本文として書かれている意味が理解できません。詳しくは、3.4で紹介した過去メッセージに書きました。

先に、距離的に近い遠いは領域権原とは関わりがないことを、互いに確認したばかり。蒸し返し。脳内スパゲティ。

>なお、「見高麗如自雲州望隠岐」が竹島だけについて述べたものか、竹島と松島について述べたものかは議論の余地がありますが、結論には影響しないので今は問いません。

松島(現・竹島)からは、朝鮮は歴々と見えない。


(4) 「神書所謂五十猛」の記述

>テクストによっては、(B6b)に続いて「按、神書所謂五十猛」という注が書かれている。これは、磯竹島の語源を日本神話に求めており、日本の土地であるという認識を示している。

(反論)
>そもそも日本領する根拠としては弱い主張です。さらに、この割注は後世に挿入された可能性が高いと思います。

論証も検証も現在は不可能だし重要とも思えない点で共通する。

○詳細
#9600 「隠州視聴合紀の「五十猛」」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835 396&mid=9600

古えは隠州が北西限か(7)

投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/07/31 05:07 投稿番号: [10276 / 18519]
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【3.4   「此二島無人之地」の文章構成上の役割】

>国代記地理部全体の論理構成および割注の使われ方を考えると、「此二島無人之地」という文は、竹島と松島は日本人が住んでいないので日本領とは言えないことを示したものと考えるのが妥当です。したがって、日本の北西限界は隠州ということになります。また、朝鮮人も住んでいないのだから朝鮮領とも言えないことになります。

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疲れてきたのかね。同じ論旨の無意味な繰り返しは統合失調症的になる。脳内で論理の混乱を来すと論理が自己撞着して一カ所で堂々巡りをするようになる。そのうち思考の糸が絡み合ってスパゲッティになれば思考は停止する。

下世話に云う「馬鹿な考え休むに似たり」とね。それにしても内容がいささか混乱を来す程の難しさはある。この二島の記載が割注で済ませられなかったのは斉藤豊仙がこの二島を地誌のなかでも重要視していたからとは考えられないのかな。


○詳細
#10099 「「此二島無人之地」が割注でない理由」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835 396&mid=10099

#10145 「>「此二島無人之地」が割注でない理由」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835 396&mid=10145

#10168 「>te2222000さんへ」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835 396&mid=10168

#10175 「「此二島無人之地」が割注でない疑問」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835 396&mid=10175

(続く)

古えは隠州が北西限か(6)

投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/07/31 04:45 投稿番号: [10275 / 18519]
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【3.3   隠州視聴合紀の他の個所における「此州」の使われ方】

>巻二・周吉郡・上西村、および巻二・周吉郡・蛸木浦の節では、隠州という言葉が全く出てこないにもかかわらず、「此州」が隠州の意味で使われています。まして「隠州は北海中にあり」で始まり、常に隠州の地理が主題となっている国代記地理部の文脈で「此州」が隠州以外のものを指すとは考えにくいです。

>特に蛸木浦の節では、上記に加えて、直前に松島という島名が現れています。>それにもかかわらず、「此州」が松島ではなく隠州を指していることを考えれば、国代記地理部の文脈における「此州」が竹島を指すことはほとんどありえないでしょう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

>巻二・周吉郡・蛸木浦の節冒頭から引用します。
−−−−−−−−−−−−
>蛸木浦は申酉の濱邊にして左は山崎遠く出て糠谷の西より皆石山の山崎にて浦につゞいて重れり
>右は又大岩ありて波に出没す
>其につゞける島崎に石を疊んで小社あり
>其仲に松島あり
>上に松生て樹間に荒園あり
>長事二町ばかり
>昔好事者此州に雉の無事を愁て試に雲州より雌雄を渡して此に放つ
>一年を經て終に亡と云う

[訳]
>蛸木浦は西北西の浜辺で左は山の岬が遠く張り出して、糠谷の西から皆、石の山の岬になっており、重なるように浦まで続いている。
>右はまた大岩があって波に出たり没したりしている。
>それに続く島の岬に石を畳んで小さな社がある。
>その中に松島という島がある。
>上に松が生えて、木の間に荒れた園がある。
>長さは200メートル程だ。
【引用】
----------------------
  「昔変わり者の物好きが此島(松島)に雉がいないことを物足りなく思って、試みに出雲(国)から雌雄の雉を連れてきて松島に放したところ、一年後にはいなくなった。雉には羽が有ることを忘れていたところが、いかにも変わり者の物好きらしい。恐らく島後にでも移り棲んでその子孫を増やしたことだろうよ。」
---------------------- -
【引用終】

つばさの羽根を短く切っておけば良かったんですね。W
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=10172

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○詳細
#9651 「隠州視聴合紀「州」の用法と解釈 (4/7)」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835 396&mid=9651

#9652 「隠州視聴合紀「州」の用法と解釈 (5/7)」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835 396&mid=9652

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「此州」=「隠岐国」派は帰納的推理の好きな方々ともいえる。帰納法の欠点は、全事例を網羅するか、それと同等の論理証明をしない限り、帰納した結論(帰結)は必ずしも確実な真理ではなく、ある程度の確率を持ったものに過ぎないのだからね。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=10212

論理的に、此州と言って松島と読めないと断じられるであろうか。全事例を網羅することなく、はたまたそれと同等の論理証明なしにね。

(続く)

古えは隠州が北西限か(5)

投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/07/31 04:29 投稿番号: [10274 / 18519]
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【3.根拠】

>私の解釈の根拠を以下に挙げます。以前掲示板に書いた事柄については詳述せず、参照先のみ示します。

【3.1   「此州」の最も単純で素直な解釈】

>「此州」という言葉はその文脈で話題となっている○○州という言葉を指すとするのが、最も単純で最も素直な解釈です。

>「此州」が○○州を指すとする解釈が、文脈の中で矛盾や不自然さを持たないのであれば、その解釈を第一候補として考えるのが当然です。

>そして私は、「此州」が隠州を指すとする解釈に矛盾や不自然さがあるとは思いません。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「逆もまた真なり」と言って、論理的に論証されることもなく検証もされないない帰結は、感想とか思いこみと同一であり、反対の立場をとる人から見ればその逆も亦、同じように成立するのだよ。ふぅ、お手前には本当に疲れるね。

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【3.2   隠州視聴合紀という文書の性格】

>隠州視聴合紀は隠州について記述した文書であり、隠州のことだけが書かれています。したがって、「以此州為限矣」も隠州についての記述と解釈するのが妥当です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
先に「隠州視聴合紀は竹島と松島を隠岐国に含めていないのは、在りもしない段落から明らかである」と述べた其の舌の根も乾かぬうちに「隠州について記述した文書であり、隠州のことだけが書かれている」

「したがって、「以此州為限矣」も隠州についての記述と解釈するのが妥当です」。論理的にお手前の論旨を追っていくと、こちらまで統合失調症になりそうな論理的思考に混乱を生じることになる。

絶対的矛盾を自己同一出来る脳内妄想と混乱には「思いこみが強く始めに結論ありきで絶対的矛盾でもかまわず自己同一するあたりの強弁は感に堪えない。」と貴公子どのが嘆じた想いが共有できそうだわい。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=10212

それにしても、竹島、松島が隠岐に属するとは、日本領だと云うことになる。「竹島は日本固有の領土です。」と主張し続けてきた日本国民、日本政府、特にチョンボばかりの外務省あたりから表彰状がでるやも知れぬ。しかし愚老はお手前の卒論には及第点を付けるわけにはいかぬ。

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○詳細
#10129 「隠州視聴合紀は隠州についての文書」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835 396&mid=10129

(続く)

古えは隠州が北西限か(4)

投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/07/31 04:20 投稿番号: [10273 / 18519]
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B. 隠州から各方位にある土地とそこまで距離

(B1) ここ(隠州)より南は、雲州美穂関まで三十五里
(B2) (隠州より)南東は、伯州赤碕浦まで四十里
(B3) (隠州より)南西は、石州温泉津まで五十八里
(B4) (隠州より)北から東に掛けては、行き着く土地がない
(B5) (隠州より)西北の方は、二日一夜行くと松島がある
(B6) また一日程で竹島がある
(B6a) [俗に磯竹島と言う]
(B6b) [竹・魚・海鹿が多い]

隠州を中心に各方位にどんな土地があり、どの位の距離なのかを述べています。

美穂関、赤碕浦、温泉津については地名の紹介だけですが、竹島ついては、B6a, B6bの割注でその別名と産物を紹介しています。これは、竹島について記載した文献が他に無いこと、及び、出雲藩の隠岐番所が竹島渡航を管理する関係上有用な情報であることから、特にここに書き留めたのでしょう。


C. 隠州が日本の北西国境であることの説明

(C1) この二島(竹島と松島)は無人の地である
(C2) 雲州から隠岐を望むように高麗を見ることができる
(C3) そういうことなので、日本の北西の地は、隠州が限界となる

C3 の「そういうことなので(然らば則ち)」が何を理由にどうだと言っているのかが、国代記の解釈では常に問題になります。私は、C1 と C2 を理由に、竹島と松島は日本ではなく隠州が日本の北西国境だと言っていると解釈します。

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(C3) そういうことなので、日本の北西の地は、隠州が限界となる

またも、論理的に脈絡を欠くC3 の「そういうことなので(然らば則ち)」「C1 と C2 を理由に、竹島と松島は日本ではなく隠州が日本の北西国境だと言っていると解釈します。」という勝手読みが始まる。愚老はお手前の思いこみを聞く暇はない。お手前は論理学から勉強しなければ卒論も書けない、落第生だな。

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>つまり、まず C1 で竹島と松島が無人島であることを述べます。無人島ということは日本人が住んでいない訳ですから、日本とは言い難いということになります。次に C2 で、朝鮮が見える程度には近いと述べます。これまた日本とは言い難い理由になります。そしてそれを受けて、C3 で隠州が日本の北西国境であると結論し、国代記地理部を締めくくっているという訳です。

>なお、無人島であれば朝鮮人も住んでいませんから、C1 は竹島と松島が朝鮮ともみなせないと言っていることになります。また、C2 では、巨大な朝鮮半島が島のように小さく見えると述べており、単純に「朝鮮半島に近いから朝鮮領」と言える距離でもありません。

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領土の中に無人島の無い国なんて海洋国では珍しいのでないかね。「無人島で日本人が住んだないから日本とは言い難い」。無人島であれば「朝鮮人も住んでいませんから、C1 は竹島と松島が朝鮮ともみなせない」という論理性を欠く論旨には、唖然として誰しも詞を失うだろうよ、落第生君。

それにことさらのように云う「近いとか遠いとか云うこと」は領域権原とは無縁の論理だよ。(激藁)

(続く)

古えは隠州が北西限か(3)

投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/07/31 04:12 投稿番号: [10272 / 18519]
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A. 隠州の地理に関する概説

(A1) 隠州は北の海の中にある。
(A2) だから隠岐嶋である
(A3)[思うに、大和言葉で海の中を「おき」というので、このように名付けたのだろうか]
(A3) その南東にある地を島前と言う
(A4) 知夫郡と海部郡がこれに属する
(A5) その東にある地を島後と言う
(A6) 周吉郡と穏地郡がこれに属する
(A7) その府は周吉郡南岸の西郷豊崎である

隠州の地理の概説として、隠州の位置、構成する島と郡、そして役所の所在地を述べています。

文献によっては竹島と松島を隠岐国に含めているものがありますが、隠州視聴合紀がそのように考えていないことはこの段落から明らかです。

なお、島前が南東、島後が東というのは、実際の地理からしておかしいですが、結論に影響する問題ではないので今は保留します。

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「本朝地理志略」(續々群書類従, 巻8所収)は林羅山が、寛永20(1643)年朝鮮國信使申竹堂の求めに応じて、日本國の地理を国別に略述したものである。羅山は、その中の隠岐國の最後に、「隠岐海上有竹嶋多竹多鰒味甚美海獣曰葦鹿」と記した。(中略)

松江藩は、寛永18 (1641) 年羅山の推挙により儒官として黒澤弘忠を召抱えている〜後に、藩儒として相応の地位を得た黒澤弘忠は、師羅山の思いを齋藤勘介に託そうとした・・・。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=10197
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正徳年間(1643)に刊行された「本朝事跡考」の隠岐国条に記載のあることから、「竹島(鬱陵島)を隠岐國に所属させた」と云うは徒に誤りとは云えない。

ちなみに、鰒は、鳥取藩の献上品として「武鑑」にも記されている上、「和漢三才図 会」の伯耆国条では、産物五品の一つに数えられている。また「毛吹草」でも鬱陵(竹島)産の「串鰒」、「葦鹿」を隠岐国の名物として挙げている。

「羅山は、竹島を隠岐國の一部とし、しかもそれを朝鮮國信使に贈呈した日本國地理書中に明記したのである」との論拠に、「空島」になっていた鬱陵を遺棄されたモノとして隠岐の一部にみなす考えが存在したのは事実であろう。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=10206
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段落?「然則日本之乾地、以此州為限矣」から改行することもなく続けて、「民部図帳曰、凡諸健児免徭役、隠岐以国造田三町地子充之」と続く。隠州視聴合紀は(竹島と松島を隠岐国に含めて)考えていないことはこの段落から明らかです・・・とは論理に連続性を欠き飛躍も甚だしい。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

>国代記・地理の記述は、隠州から北西に二日行ったところに松島があると読める。これは隠州と松島を別のものと考えていることにならないか
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=9654

まさに、「独島は<ウリ>(我ら)の地」という絶対的な命題自体を否定する言説は、韓国では公に成立し得ない。
それは神聖不可侵なる<民族理>なのであるゆえに」。

「韓国は一個の哲学である、小倉紀藏著より」
http://toron.pepper.jp/jp/syndrome/nation/fuusa.ht

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

を地でゆくものであろう。論理と言うよりは最早、「韓国は一個の哲学である」と言うしかない。

隠州在北海中〜然則日本之乾地、以此州為限矣までが隠岐地誌の記載である以上、隠岐から此二島を除外する理由はない。
(続く)

古えは隠州が北西限か(2)

投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/07/31 04:00 投稿番号: [10271 / 18519]
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【2.本文解釈】

以下に国代記の中の地理的特性を述べた部分(以下、国代記地理部)のテクストを挙げて解説します。

テクストは池内敏「前近代竹島の歴史学的研究序説」(※)の史料四に基いています。角括弧[ ]でくくってあるのは割注、つまり小さな字で書かれた注です。

※ 同論文は半月城通信で公開されています。URLは #9950 をご覧ください。

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(A1) 隠州在北海中
(A2) 故隠岐嶋
(A2a) [按、倭訓海中言遠幾故名歟]
(A3) 其在巽地言島前也
(A4) 知夫郡・海部郡属焉
(A5) 其位震地言島後
(A6) 周吉郡・穏地郡属焉
(A7) 其府者周吉郡南岸西郷豊崎也
(B1) 従是南至雲州美穂関三十五里
(B2) 辰巳至伯州赤碕浦四十里
(B3) 未申至石州温泉津五十八里
(B4) 自子至卯無可往地
(B5) 戌亥間行二日一夜有松島
(B6) 又一日程有竹島
(B6a) [俗言磯竹島]
(B6b) [多竹・魚・海鹿]
(C1) 此二島無人之地
(C2) 見高麗如自雲州望隠岐
(C3) 然則日本之乾地、以此州為限矣
--------------------------------

国代記地理部は、三つの段落に分けることができます。

A. 隠州の地理に関する概説 (A1〜A7)
B. 隠州から各方位にある土地とそこまで距離 (B1〜B6b)
C. 隠州が日本の北西国境であることの説明 (C1〜C3)

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いい教材がここにあった。適切ではないア・プリオリの用例にうってつけだね。
「C. 隠州が日本の北西国境であることの説明 (C1〜C3)」は先入観や偏見に基づいた当為の”理”をア・プリオリとする適例だ。

先入観を取り去り素直に読めば「C. 此州が日本の北西国境であることの説明 (B5〜B6b)(C1〜C3)」だね。論理証明も検証もなくア・プリオリに隠州を持ち込むということは論理学で排除すべき詭弁なのだ。

>これを前提にして「私は、隠州視聴合紀の国代記を以下のように解釈することが妥当だと思います。」

> 「以此州為限矣」の「此州」は隠州を指す
> 「竹島と松島は、日本にも朝鮮にも属さない無人の島と認識されている」

まさにこれは、先に述べた「当為の<理>がア・プリオリ(前提)にあって、それを理屈付けしてゆく」という演繹法の好例でないだろうか。

(続く)

古えは隠州が北西限か (1)

投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/07/31 03:54 投稿番号: [10270 / 18519]
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【1.私の結論】

しばらく隠州視聴合紀について考察してきましたが、現時点での私の考えをまとめておきます。

私は、隠州視聴合紀の国代記を以下のように解釈することが妥当だと思います。

- 「以此州為限矣」の「此州」は隠州を指す
- 竹島と松島は、日本にも朝鮮にも属さない無人の島と認識されている
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

始めに結論ありきか。卒論及第点はやれないね。落第。
演繹法の欠点は、正しくない、あるいは使用するのが適切ではないア・プリオリを用いてしまうことがある。   先入観や偏見に基づいた間違った前提を適用してしまう場合や、ある限定された範囲でのみ正しい前提を全体に適用してしまうような場合などがそれにあたる。

以下でこの教材を使って解りやすく講義しよう。

(続く)

まとめ:隠州が北西限、二島は無人島(4/5)

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/07/30 07:23 投稿番号: [10269 / 18519]
【5.おわりに】

#9648〜#9655で『隠州視聴合紀「州」の用法と解釈』の記事を発表してから2か月経ちました。この記事に対する掲示板での反応、―― 反論の投稿という反応と、「反論が無い」という反応の両方 ――、及びその後新たに考察したことを踏まえ、どうやら自分の中では自信を持って結論を出すことができたので、今回まとめを投稿しました。内容的には前回と同じでも確からしさの表現を強めた項目があるのは、2か月の間に私の中での確信が高まってきたことを反映しています。

ここで考察したのは、あくまで隠州視聴合紀の解釈であり、17世紀の日本が国家として北西国境をどう認識していたかではありません。両者は関係がありますが、決して直結するものではありません。まして、現在の竹島=独島の領有問題について何らかの意見を述べるものではありません。国代記の「此州」を隠州と解釈すると、竹島=独島を韓国領と主張しているものと勘違いする方がいらっしゃいますが、それは短絡的で非論理的な発想です。ご留意ください。

最後に、池内敏氏の前掲論文(※)の結びの言葉を引用して締め括りといたします。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
したがってこの「隠州視聴合紀」なる史料は、竹島/独島の帰属を示す歴史的根拠として使用することは日韓いずれの側にとっても適当ではなく、そうした議論の現場から退くべきものなのである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

(終わり)

まとめ:隠州が北西限、二島は無人島(4/5)

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/07/30 07:22 投稿番号: [10268 / 18519]
【4.他の解釈への反論】

他の解釈の根拠についての反論を載せます。


【4.1   此州を竹島、または竹島と松島とする解釈の根拠について】

(1) 朝鮮への渡航は対馬経由に限定されていた

当時、いわゆる鎖国政策により朝鮮への渡航は対馬経由に限られていたにもかかわらず、隠岐を経由した竹島への渡海事業が盛んだった。隠州視聴合紀の著者もそのことを知っていたのだから、竹島を日本と思っていた筈だ。

(反論)
これは、竹島を朝鮮領と思っていなかった根拠にはなっても、日本領と思っていた根拠にはなりません。竹島のことを「日本の影響下にあるが日本とは呼べない無人島」のように認識していたとしても、上のことと矛盾しません。


(2) 隠州を基点に各方位を記述した文脈

段落Bでは隠州を基点に各方位にある国内要地への距離を示している。竹島と松島はその文脈の中で紹介されているのだから、国内と認識されている。

(反論)
段落Bは単に隠州を基点に各方位にある土地への距離を示しているだけで、そこが国内か国外かは述べていません。国内か国外かの問題については段落C で説明しています。


(3)「見高麗如自雲州望隠岐 然則日本之乾地 以此州為限矣」という文脈

林子平の地図などから分かるように「見高麗如自雲州望隠岐」は、竹島についての記述である。この文は、竹島が朝鮮と向かい合う位置にある島であり、したがって、そこまでが日本の土地であることを示している。そして、この文を受けて「然則日本之乾地 以此州為限矣」と述べているのだから、日本の北西の限りとされる「此州」は竹島のことである。

(反論)
まず、3.3で述べたように、蛸木浦の節の「此州」の使われ方を考えた場合、「此州」が竹島を指すことはほとんどあり得ません。

次に、竹島が朝鮮と向かい合うという記述は、竹島が朝鮮でないことを示すかもしれませんが、必ずしも竹島が日本であることを示すとは言えません。竹島を朝鮮でも日本でもない島と考えていたとしてもこの記述と矛盾しません。

更に「見高麗如自雲州望隠岐」は、竹島が朝鮮に近くて日本の土地とは言い難いことを示すものと考える方が適切です。また「然則日本之乾地 以此州為限矣」は、「見高麗如自雲州望隠岐」だけでなく「此二島無人之地 見高麗如自雲州望隠岐」という二つの文を受けた記述と考えることが妥当です。そうでないと「此二島無人之地」が本文として書かれている意味が理解できません。詳しくは、3.4で紹介した過去メッセージに書きました。

なお、「見高麗如自雲州望隠岐」が竹島だけについて述べたものか、竹島と松島について述べたものかは議論の余地がありますが、結論には影響しないので今は問いません。


(4) 「神書所謂五十猛」の記述

テクストによっては、(B6b)に続いて「按、神書所謂五十猛」という注が書かれている。これは、磯竹島の語源を日本神話に求めており、日本の土地であるという認識を示している。

(反論)
そもそも日本領する根拠としては弱い主張です。さらに、この割注は後世に挿入された可能性が高いと思います。

○詳細
#9600 「隠州視聴合紀の「五十猛」」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=9600

なお、池内敏氏の前掲論文(※)ではこの点について「隠岐国風土記」「隠岐古記集」を引いてテクスト批判を行い、この按語部分を根拠に竹島を日本領と見ていたと結論づけることは難しいと述べています。


(5) 隠州は日本の北西ではない

隠州の位置は、日本の北西とは言えない。北西の限りと呼ぶならば竹島でなければならない。

(反論)
隠州視聴合紀の著者の認識は異なります。巻二・周吉郡・元谷村の節に「隠州は戌亥の極地」と記述されています。

○詳細
#10018 「隱州戌亥之極地」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=10018


【4.2   此州は隠州で、竹島と松島が朝鮮領とする解釈の根拠について】

(1) 焼火山縁起の記述

焼火山縁起に「官より朱印を賜いて磯竹島へ大船を致す」の記述があり、磯竹島を朱印船の赴くような外国と認識していたと考えられる。

(反論)
朱印状には、外国への渡航許可だけでなく国内への渡航許可や開発許可などのために出されたものもあります

まとめ:隠州が北西限、二島は無人島(3/5)

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/07/30 07:21 投稿番号: [10267 / 18519]
【3.根拠】

私の解釈の根拠を以下に挙げます。以前掲示板に書いた事柄については詳述せず、参照先のみ示します。

【3.1   「此州」の最も単純で素直な解釈】

「此州」という言葉はその文脈で話題となっている○○州という言葉を指すとするのが、最も単純で最も素直な解釈です。

「此州」が○○州を指すとする解釈が、文脈の中で矛盾や不自然さを持たないのであれば、その解釈を第一候補として考えるのが当然です。

そして私は、「此州」が隠州を指すとする解釈に矛盾や不自然さがあるとは思いません。


【3.2   隠州視聴合紀という文書の性格】

隠州視聴合紀は隠州について記述した文書であり、隠州のことだけが書かれています。したがって、「以此州為限矣」も隠州についての記述と解釈するのが妥当です。

○詳細
#10129 「隠州視聴合紀は隠州についての文書」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=10129


【3.3   隠州視聴合紀の他の個所における「此州」の使われ方】

巻二・周吉郡・上西村、および巻二・周吉郡・蛸木浦の節では、隠州という言葉が全く出てこないにもかかわらず、「此州」が隠州の意味で使われています。まして「隠州は北海中にあり」で始まり、常に隠州の地理が主題となっている国代記地理部の文脈で「此州」が隠州以外のものを指すとは考えにくいです。

特に蛸木浦の節では、上記に加えて、直前に松島という島名が現れています。それにもかかわらず、「此州」が松島ではなく隠州を指していることを考えれば、国代記地理部の文脈における「此州」が竹島を指すことはほとんどありえないでしょう。

○詳細
#9651 「隠州視聴合紀「州」の用法と解釈 (4/7)」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=9651

#9652 「隠州視聴合紀「州」の用法と解釈 (5/7)」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=9652


【3.4   「此二島無人之地」の文章構成上の役割】

国代記地理部全体の論理構成および割注の使われ方を考えると、「此二島無人之地」という文は、竹島と松島は日本人が住んでいないので日本領とは言えないことを示したものと考えるのが妥当です。したがって、日本の北西限界は隠州ということになります。また、朝鮮人も住んでいないのだから朝鮮領とも言えないことになります。

○詳細
#10099 「「此二島無人之地」が割注でない理由」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=10099

#10145 「>「此二島無人之地」が割注でない理由」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=10145

#10168 「>te2222000さんへ」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=10168

#10175 「「此二島無人之地」が割注でない疑問」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=10175

(続く)

まとめ:隠州が北西限、二島は無人島(2/5)

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/07/30 07:19 投稿番号: [10266 / 18519]
【2.本文解釈】

以下に国代記の中の地理的特性を述べた部分(以下、国代記地理部)のテクストを挙げて解説します。

テクストは池内敏「前近代竹島の歴史学的研究序説」(※)の史料四に基いています。角括弧[ ]でくくってあるのは割注、つまり小さな字で書かれた注です。

※ 同論文は半月城通信で公開されています。URLは #9950 をご覧ください。

--------------------------------
(A1) 隠州在北海中
(A2) 故隠岐嶋
(A2a) [按、倭訓海中言遠幾故名歟]
(A3) 其在巽地言島前也
(A4) 知夫郡・海部郡属焉
(A5) 其位震地言島後
(A6) 周吉郡・穏地郡属焉
(A7) 其府者周吉郡南岸西郷豊崎也
(B1) 従是南至雲州美穂関三十五里
(B2) 辰巳至伯州赤碕浦四十里
(B3) 未申至石州温泉津五十八里
(B4) 自子至卯無可往地
(B5) 戌亥間行二日一夜有松島
(B6) 又一日程有竹島
(B6a) [俗言磯竹島]
(B6b) [多竹・魚・海鹿]
(C1) 此二島無人之地
(C2) 見高麗如自雲州望隠岐
(C3) 然則日本之乾地、以此州為限矣
--------------------------------

国代記地理部は、三つの段落に分けることができます。

A. 隠州の地理に関する概説 (A1〜A7)
B. 隠州から各方位にある土地とそこまで距離 (B1〜B6b)
C. 隠州が日本の北西国境であることの説明 (C1〜C3)

A. 隠州の地理に関する概説

(A1) 隠州は北の海の中にある。
(A2) だから隠岐嶋である
(A3)[思うに、大和言葉で海の中を「おき」というので、このように名付けたのだろうか]
(A3) その南東にある地を島前と言う
(A4) 知夫郡と海部郡がこれに属する
(A5) その東にある地を島後と言う
(A6) 周吉郡と穏地郡がこれに属する
(A7) その府は周吉郡南岸の西郷豊崎である

隠州の地理の概説として、隠州の位置、構成する島と郡、そして役所の所在地を述べています。

文献によっては竹島と松島を隠岐国に含めているものがありますが、隠州視聴合紀がそのように考えていないことはこの段落から明らかです。

なお、島前が南東、島後が東というのは、実際の地理からしておかしいですが、結論に影響する問題ではないので今は保留します。


B. 隠州から各方位にある土地とそこまで距離

(B1) ここ(隠州)より南は、雲州美穂関まで三十五里
(B2) (隠州より)南東は、伯州赤碕浦まで四十里
(B3) (隠州より)南西は、石州温泉津まで五十八里
(B4) (隠州より)北から東に掛けては、行き着く土地がない
(B5) (隠州より)西北の方は、二日一夜行くと松島がある
(B6) また一日程で竹島がある
(B6a) [俗に磯竹島と言う]
(B6b) [竹・魚・海鹿が多い]

隠州を中心に各方位にどんな土地があり、どの位の距離なのかを述べています。

美穂関、赤碕浦、温泉津については地名の紹介だけですが、竹島ついては、B6a, B6bの割注でその別名と産物を紹介しています。これは、竹島について記載した文献が他に無いこと、及び、出雲藩の隠岐番所が竹島渡航を管理する関係上有用な情報であることから、特にここに書き留めたのでしょう。


C. 隠州が日本の北西国境であることの説明

(C1) この二島(竹島と松島)は無人の地である
(C2) 雲州から隠岐を望むように高麗を見ることができる
(C3) そういうことなので、日本の北西の地は、隠州が限界となる

C3 の「そういうことなので(然らば則ち)」が何を理由にどうだと言っているのかが、国代記の解釈では常に問題になります。私は、C1 と C2 を理由に、竹島と松島は日本ではなく隠州が日本の北西国境だと言っていると解釈します。

つまり、まず C1 で竹島と松島が無人島であることを述べます。無人島ということは日本人が住んでいない訳ですから、日本とは言い難いということになります。次に C2 で、朝鮮が見える程度には近いと述べます。これまた日本とは言い難い理由になります。そしてそれを受けて、C3 で隠州が日本の北西国境であると結論し、国代記地理部を締めくくっているという訳です。

なお、無人島であれば朝鮮人も住んでいませんから、C1 は竹島と松島が朝鮮ともみなせないと言っていることになります。また、C2 では、巨大な朝鮮半島が島のように小さく見えると述べており、単純に「朝鮮半島に近いから朝鮮領」と言える距離でもありません。

(続く)

まとめ:隠州が北西限、二島は無人島(1/5)

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/07/30 07:18 投稿番号: [10265 / 18519]
【1.私の結論】

しばらく隠州視聴合紀について考察してきましたが、現時点での私の考えをまとめておきます。

私は、隠州視聴合紀の国代記を以下のように解釈することが妥当だと思います。

- 「以此州為限矣」の「此州」は隠州を指す
- 竹島と松島は、日本にも朝鮮にも属さない無人の島と認識されている

(続く)

けっこうけだらけ

投稿者: diedielove999 投稿日時: 2005/07/30 00:37 投稿番号: [10264 / 18519]
地元民の感覚は、そら検討の対象ですね、もちろん。それは否定しませんし、したことがない。

で、そのアプローチの仕方がアプリオリに「根拠」
そういうと理の当然、否なんか正義派みたいに感じられるが、つまり言い換えれば、客体視する人間が「根拠」と受け取れるところにだけリアリティを求めるわけ

じゃあ「属島」ってむつかしーことばは何なのよ。生活感情のなかにはささらないことばだよね



ところで、

>根拠のなさでは独島も観音島も同じであることを理解したほうがいいと思います。そして、あなたも実物なり写真なりを見たことがあるのでしたら、その形状が「石島」というに決して外れていないことをご存知のはずです。

>石島を理解するにあたって、解答は何であるかは別として、その解答の選択肢の中から観音島をはずす理由はまったくないのであり、かりにあるとすると、その判断は資料や状況判断によるものではなく、おそらくはその人の都合や思い込みでしかありえないということです。

↑これもやっぱそちらさんの主観の延長。論理にはなってないですよ、わりけど。

再びAHOさんへ

投稿者: diedielove999 投稿日時: 2005/07/30 00:26 投稿番号: [10263 / 18519]
貴殿と同様に私も結論を下していませんよ   −−   というよりは、もともと国家の領有権というプロパティが今だ持って排他性を前提に起こってくるために(その時代性をだれも問題にしようとはしない)存在している問題であるという一面に、個人的には注目しています。

だから、個々人がここぞというところで結論を下すことで、双方どちら側を支持しようと、結果的に国家機構に報復すればいいと目論むしだいです。



>重箱の隅に拘る日本的風土と、大らかな韓国的風土の間にこの問題はあるのでしょう。
「竹島問題」に関して、その部分に気がつく方が、双方とも本当に少ないのが問題なんですね。
ただ私はやはり日本人の重箱の隅というところに、優越意識、で悪ければ覇権意識を感じてしまいます。
また、残されている文献というのは、どこまでもリアリティの一部に過ぎず、しかも文献を残すだけの国家機構などが存在していたという前提が必要なのは、だれでも理解できるでしょう。

当方の結論的に言えば、「どっち」というところをはなれるのが正解と考えます。

竹島近辺で、だれも儲けられないようにして、生きもんの楽園にでもしてあげて、領有したほうはその管理コストだけがかかるようにでもしたらいいと思っているくらいです。
すくなくともあしかを絶滅状態の追い込んだ日本からの贖罪として、そのくらいの謙虚さがあっても良いんじゃないですか。

diedielove999さん

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2005/07/29 20:40 投稿番号: [10262 / 18519]
文意が伝わっていなかったようで。文章を少し分かりやすくしておきます。(10229)
---------------- -
さしあたり、あなたの意見の通りであれば、勅令41号を考えるにあたって観音島は地元の人の感覚では鬱稜島に属すると見るべき(つまり鬱陵全島に含む)いうことですね。

また、そうであれば勅令に記されている竹嶼と石島(=独島)は地元民にとって鬱稜島の属島ではないということになるはずで、そのあなたの理解は、それはそれで私は尊重することにいたします。
---------------- -
と言ったのです。ですからあなたの見解を勅令に照らしたに過ぎない私に「てな理解が地元民とちがうってのよ」と言われても困ります。

石島が観音島でない根拠として「よもぎ薬草が豊かにとれる」こと、「現在でも観音島はほとんど鬱竜島の人にとっては島の一部という感覚のほうが強い」ということを仰ったのはあなたです。私は全く根拠になっているとは思いませんが。

それから「堂堂巡りのはなしはやめっ」と仰いますが、何も堂々巡りはしていません。

「現在の地元民の意見が一番大事だと思っていらっしゃるのですか。そしてそれこそが検討の対象であると。それこそ検討の対象を誤っているのではないですか」という私の意見にあなたは何らご自身の考え方を明確に提示なさってはいません。

それから、アホさんへの書き込みでしたが、

>ただし、観音島を石島とする根拠って、ホントのところまったく無いという点は、理解するべきだと思う。だいいち、よもぎや薬草がゆたかな島をどうして石島というでしょうか。

根拠のなさでは独島も観音島も同じであることを理解したほうがいいと思います。そして、あなたも実物なり写真なりを見たことがあるのでしたら、その形状が「石島」というに決して外れていないことをご存知のはずです。

石島を理解するにあたって、解答は何であるかは別として、その解答の選択肢の中から観音島をはずす理由はまったくないのであり、かりにあるとすると、その判断は資料や状況判断によるものではなく、おそらくはその人の都合や思い込みでしかありえないということです。

不戦親父さん

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2005/07/29 13:26 投稿番号: [10261 / 18519]
  Am I AHOです。

  愚生の感覚では、この時代の研究はさほど進捗していないのが素直な印象です。
  愚生自身、腑に落ちない経緯が幾つもあり、独自に資料を渉猟したりしては居りますが、片手間ではなかなか進捗しないのが実情です。

  ところで、政承院日記の原文情報を入手したのですが、思うように投稿できないで居ます。
  恐らく、文字コードの関係だろうと思うのですが、打ち直す手間暇が出来ましたらば少しずつ取り組んでみようかと思います。

>通告?

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2005/07/29 12:36 投稿番号: [10260 / 18519]
これは失礼。
通告では拡大表現ですね。

言われるとおり、話の中で出ただけです。またその話が
目的でたちよったわけでもありません。

逆に韓国が日本に通告したこともないですね。

お返しというわけでもないのですが、

>聞きとがめた

これはその場でとがめることを言います。
実際は、儀礼上とがめることはせず、不審におもってあとから確認
というか、言い出したわけですね。
確認はその流れの中で行われたはずですね。

いろいろ考えて下さい

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2005/07/29 10:56 投稿番号: [10259 / 18519]
  Am I AHOです。

  日本の基準を当時の朝鮮王国に当てはめるのは間違いですし、逆に韓国の基準を日本に当てはめるのも間違いの元です。
  重箱の隅に拘る日本的風土と、大らかな韓国的風土の間にこの問題はあるのでしょう。

  ところで、愚生はこの問題に最終的な結論を下していません。
  これからも色々吟味したいと思っていますし、その結果、日本側に軍配を上げることもありえます。
  たとえ韓国側に不利な結論に至っても、愚生の良心に従って発言し続ける所存ですので、その点は御理解頂くようにお願いします。

通告?

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2005/07/29 10:24 投稿番号: [10258 / 18519]
  通告文を提示して下さい。

  島根県の役人は、偶々鬱島郡に立ち寄っただけで、正式に通告することが目的ではありませんし、正式に通告しても居ません。
  島根県の役人の発言に腑に落ちない点があること聞きとがめた郡守が、中央に問い合わせたわけですが、日本が韓国に通告したことは一度もありません。

>後から出て当然でしょう

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2005/07/29 10:20 投稿番号: [10257 / 18519]
>戦前には全く問題になっていませんから。

日本の通告に対して、一定の反対世論が存在したのですよ。
そして勅令は日本の侵入対策の一貫なのですから、対策が
さっそく役にたったのにふれないはずがないです。

郡主が直接電話でもして確認したというような話なら、後から
出て当然ですけどね。

世論形成も絶対と言えるほどの量ではないので、これ一つで
は確証にはならないです。
これから見つかる可能性も0とは言えない。
問題は勅令以外になにもないということです。地図も経度の
認識も否定的史料しかないのです。

事実に基づいてください。

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2005/07/29 09:49 投稿番号: [10256 / 18519]
事実は、単に石島と獨島の二つの呼び方がある島がほかにあるというだけ。

今の獨島が石島と呼ばれた例は、勅令(の石島が獨島だとしても)以外に無いです。
日本人の調査が複数あるにもかかわらず叙述がない。

それが事実です。
つまり、むしろ資料的には否定的だということ。

事実から出発して論理を飛躍させることを事実に基づくとは言わない。
正直言って、胸くそわるいです。

やはり、「石島」を書き足したのは、

投稿者: exorcist_lll 投稿日時: 2005/07/29 02:41 投稿番号: [10255 / 18519]
韓国政府の帝国主義的領土拡張野心の表れであろう。

将来、日本海にある未知の島を自国領土に強奪しようとの深謀から、

「石島」と書き加えたというのが真相であると思われる。

 

まだなにも

投稿者: diedielove999 投稿日時: 2005/07/29 01:52 投稿番号: [10254 / 18519]
>ただ   結果として
>海底資源と   漁業資源が
>みんな   日本から離れていきますね。

まだなにも始まっていないのだし、そのことについては何も断定しないほうがいい。

領海だのEEZだの原則論だけで考えることじたいが、状況を閉塞させている。

それよりは、政治解決のなかでいかにして「Win-Win」の展開に持ち込むかを考えたほうが得策じゃないですか?

かりに独島−竹島がどっちのものになったにしても、あの海域を独占するなど、どちら側も出来ないということが、政治的な現実であることから、まず理解するべきだ。

AHOさん(失礼!)いろいろ考えました

投稿者: diedielove999 投稿日時: 2005/07/29 01:46 投稿番号: [10253 / 18519]
>観音島説は事実に基づかない単なる憶測であるから検討に値しないわけで、その点が獨島の場合とは決定的に異なっています。

メディア論的には正答と思いますが、これだけでは命題の域をどうしても超えないのが弱いですね。。。

ただし、観音島を石島とする根拠って、ホントのところまったく無いという点は、理解するべきだと思う。

だいいち、よもぎや薬草がゆたかな島をどうして石島というでしょうか。


逆に独島の形状と、それと、韓国人の名称に対するこだわり方(程度という意味ではない)からみると、さもありなんという気がする。だって、石しかない島なわけですから。


日本人が思うほど当時の朝鮮の人々が、こっち方面を知らなかったわけじゃなさそうだ、っていうのが、最近感じるところです。

堂堂巡りのはなしはやめっ

投稿者: diedielove999 投稿日時: 2005/07/29 01:38 投稿番号: [10252 / 18519]
>とすれば勅令に記されている竹嶼は地元民にとって鬱稜島の一部ではないということになり、つまり竹嶼は鬱陵島の属島ではなく、あわせて「石島」である独島も鬱稜島の属島でなはない、という理解は、それはそれで尊重しましょう。

てな理解が地元民とちがうってのよ


「鬱竜島」
たんなるうち間違いでした、しつれ。
疲れてたんでしょ。

あなた

投稿者: diedielove999 投稿日時: 2005/07/29 01:32 投稿番号: [10251 / 18519]
そこまで言い切りますか。。勇気あるひとですねえ

ん?

投稿者: mattouya 投稿日時: 2005/07/28 21:35 投稿番号: [10250 / 18519]
>ただ   結果として

>海底資源と   漁業資源が

>みんな   日本から離れていきますね。

>それで   日本人とのともに生きる?

>さわやかに生きる?

>だから   帰化を拒否する

>なんとなくわかるような気がしました。

>だから   国籍が韓国なんですね


あなたは損得勘定で帰属を証明しようと思っている????
結論が先で、結論に矛盾しないような推論をしている?

工作員って いるんだな

投稿者: junksai 投稿日時: 2005/07/28 21:04 投稿番号: [10249 / 18519]
ただですね。

在日の方で

積極的に

竹島は韓国領土だという方がいますが

島なんか   どうでもいいんです。

ただ   結果として

海底資源と   漁業資源が

みんな   日本から離れていきますね。

それで   日本人とのともに生きる?

さわやかに生きる?

だから   帰化を拒否する

なんとなくわかるような気がしました。

だから   国籍が韓国なんですね

>石島

投稿者: kana_ikeuchi 投稿日時: 2005/07/28 20:52 投稿番号: [10248 / 18519]
>石島は独島とも類推できる、観音島とも類推できる。


是白乎〓 松竹于山等島 僑寓諸人 皆以傍近小島當之 然既無圖籍之可據 又無觶導之指的 清明之日 登高遠眺 則千里可窺 以更無一拳石一撮土 則于山指稱鬱陵 即如耽羅指稱濟州
1882年、高宗に于山島調査の命を受けた李奎遠の復命「啓本書」

そういえば、「松竹等島は見渡すほど遠くの島でなく、傍近くの小島がそれに當る。」と書いてありますわよ。

石島

投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2005/07/28 18:54 投稿番号: [10247 / 18519]
石島は独島とも類推できる、観音島とも類推できる。
でも絶対これだと確定できるほどの根拠はない。
結局石島はどの島かわからないってことでいいんじゃないの?

>後から出て当然でしょう

投稿者: kana_ikeuchi 投稿日時: 2005/07/28 18:44 投稿番号: [10246 / 18519]
朝鮮国が松島(現・竹島)のことを知っていたという事実も根拠も皆無でしょう。日本が領有してから始めて知った。

後から出て当然でしょう

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2005/07/28 14:47 投稿番号: [10245 / 18519]
戦前には全く問題になっていませんから。
総督府の役人も、竹島は朝鮮所属と認識していました。

1906年、島根県の役人が偶々鬱島郡を訪問した際に、獨島を島根県の管轄にしたらしいという風説が拡がりますが、これは日本政府の統治機関である統監府管理下の内部が公式に否定することにより、それ以上の騒ぎにはなりませんでした。
それ以降も、それまでどおり獨島は韓国の領土であり続けます。

日本が獨島の領有権を主張するのは、戦後なのですから、全ての説は戦後唱えられることになります。

事実ってなんすか?

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2005/07/28 13:52 投稿番号: [10244 / 18519]
勅令に二つの島の名前があり、片方が属島だという事実は無いんですか?

石島=獨島説の事実は、ほかにそう呼ぶ例があるという
だけで、この獨島に関しては、一つもないんですよ。

あまりにもひどい強弁ですよ。

そして吏読説が後から出てくること自体当時は勅令の石島
を獨島に当てていなかったなによりの証拠です。

しかし

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2005/07/28 13:13 投稿番号: [10243 / 18519]
独島方言説で「事実に基づく」と他の可能性を排除する類は、あるいは思い込みの域を出ていないかもしれませんよ。そこにある事実は、独島と呼ばれたことが確認されていること、石島=ドクソムと呼ぶ実例が朝鮮半島にあること。それだけです。

ちなみに鬱陵島のそばに「石島」に比定しうる観音島が存在することもまた事実です。その事実に目をつぶる必要はありません。

喩えるならば

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2005/07/28 12:56 投稿番号: [10242 / 18519]
石島=獨島説:事実に基づく議論、反対意見あり。

石島=観音島説:単なるSF小説、反論ではなく事実に基づかないことを示せば充分。

独島は韓国固有の領土です。

投稿者: saekiyuuji100 投稿日時: 2005/07/28 12:51 投稿番号: [10241 / 18519]
日本政府の事実捏造が学校教科書にまで記載され、アジアの人々は大変迷惑しています。
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