竹島

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史料解釈はきちんと論理的に

投稿者: kikousidayo 投稿日時: 2005/07/26 19:24 投稿番号: [10212 / 18519]
>飛騨国   昔此州出良匠、故号飛騨匠。
>安房国   有山傍海、自武野望視此州之山。

>これらは、それぞれ飛騨国、安房国の全文です。さて、文中にそれぞれ「此州」なる単語がありますよね。直近に「此」を受ける固有名詞は存在しません。それでも、これらは意味をなしたはずです。前者の此州は、飛騨国、後者の此州は安房国の意味です。

>隠州視聴合記・国代記の「此州」を読むに際しても、たいへん示唆的ですよね。直近に「此」を受ける単語が無くても、書物自体が「隠岐国」について書いたものだから、「此州」は、「隠岐国」として理解できる、と。

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勝手読みの好きな方々だな。文字というものは用法に従って決められた凡その約束事はある。文法に適えば如何なる読み方もできる。ただそれが書き手、場所、時等色々な条件によっても変化する。

「此州」=「隠岐国」派は帰納的推理の好きな方々ともいえる。帰納法の欠点は、全事例を網羅するか、それと同等の論理証明をしない限り、帰納した結論(帰結)は必ずしも確実な真理ではなく、ある程度の確率を持ったものに過ぎないのだからね。

「韓国の場合は「独島は<ウリ(我ら)>の地か否か」という問いを掲げてそれを検証するのではない。独島は<ウリ(我ら)>の地という当為の<理>がア・プリオリ(前提)にあって、それを理屈付けしてゆくのである。」という演繹法については先に述べた。

演繹法の欠点は、正しくない、あるいは使用するのが適切ではない前提を用いてしまうことがある。   先入観や偏見に基づいた間違った前提を適用してしまう場合や、ある限定された範囲でのみ正しい前提を全体に適用してしまうような場合などがそれにあたるわけだ。

それを、強調すると、今度は「帰納的推理」と言うわけですかな。

演繹法の欠点をいうのなら、閣老阿部豊後守正武が1696年正月自邸に宗義真を招き「竹島の地、因幡に属せりといへども、また我人居住の事なし、台徳君(将軍・秀忠)の時にありて、米子村の街人其島に漁せむ事を願ひしによりて此れを許されし也、云々」と「朝鮮通航大紀」巻八にある。幕閣は竹島は因幡に属すと考えていたと云うようなものだ。

「史料解釈はきちんと丁寧に」ということは論理学上からも云いえることだ。しかし韓国人の場合いは「牽強付会の説」が多く、先にナラサラン(愛国)無罪について云わして貰ったが、思いこみが強く始めに結論ありきで絶対的矛盾でもかまわず自己同一するあたりの強弁には感に堪えない。日本人も見習うべきかな。

この伝で行くと、17世紀から18世紀の竹島・松島の記載された史料・地図の類は圧倒的に日本のものばかりで、朝鮮のものといえば安の妄言に関するものと、勅令41号ぐらいなものであるから、日本の文献、資料類を捏造、歪曲、曲解、否定してゆき、であるから「独島は<ウリ(我ら)>の地」という「帰納的推理」を導くだろう。(藁
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