「此二島無人之地」が割注でない疑問
投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/07/18 07:00 投稿番号: [10175 / 18519]
> 実際、私もひと月前までは今回の点について
> 特に疑問に思っていませんでした。
「此二島無人之地」が割注でないことについて、以前は疑問に思わなかった理由について少し考察してみました。
(1)割注を省いた以下の文章を読んでも、特におかしな点はありません。
戌亥間行二日一夜有松島
又一日程有竹島
此二島無人之地
見高麗如自雲州望隠岐
然則日本之乾地、以此州為限矣
この場合でも、「此二島無人之地」という文は、「島の特徴を注釈したもので、全体の話の流れには関係無い」ようです。しかし、特におかしく感じないのは、このような注釈的文を本文の一部として書くことは、ごく普通に行なわれているからでしょう。そもそも本文とは別に注を設けていない文章であれば、注釈的文も本文として書く訳です。
したがって、上の文章を読んだだけでおかしいと思う人がいたら、その人の感覚の方がおかしいでしょう。
(2)割注が明示されていない以下の文章を読んでも、特におかしな点はありません。
戌亥間行二日一夜有松島
又一日程有竹島
俗言磯竹島
多竹魚海鹿
此二島無人之地
見高麗如自雲州望隠岐
然則日本之乾地、以此州為限矣
理由は(1)と全く同じです。この文章を読んで変だと思う人がいたら、その感覚が変です。
(3)割注が明示されているテクストであっても、文章を漫然と読んで本文と割注の区別をそれほど意識しなければ、やはりおかしいとは思わないでしょう。
割注を読み飛ばして本文だけ見ても、おかしいとは思えません。この場合は(1)を読んでいるのと同じです。
本文と割注を通して読んでも、本文と割注の違いを意識しなければおかしいとは思えません。この場合は(2)を読んでいるのと同じです。
結局、以前の私はこのレベルの読み方をしていたのだと思います。
しかし、あらためて本文と割注の区別を意識して読んでみると、「俗言磯竹島」「多竹魚海鹿]のみが割注で書かれ、「此二島無人之地」が本文になっているというのは、何か変だと思えてきました。
ということで #10099 を書いたのですが、皆さんはそう思いませんか?
> 特に疑問に思っていませんでした。
「此二島無人之地」が割注でないことについて、以前は疑問に思わなかった理由について少し考察してみました。
(1)割注を省いた以下の文章を読んでも、特におかしな点はありません。
戌亥間行二日一夜有松島
又一日程有竹島
此二島無人之地
見高麗如自雲州望隠岐
然則日本之乾地、以此州為限矣
この場合でも、「此二島無人之地」という文は、「島の特徴を注釈したもので、全体の話の流れには関係無い」ようです。しかし、特におかしく感じないのは、このような注釈的文を本文の一部として書くことは、ごく普通に行なわれているからでしょう。そもそも本文とは別に注を設けていない文章であれば、注釈的文も本文として書く訳です。
したがって、上の文章を読んだだけでおかしいと思う人がいたら、その人の感覚の方がおかしいでしょう。
(2)割注が明示されていない以下の文章を読んでも、特におかしな点はありません。
戌亥間行二日一夜有松島
又一日程有竹島
俗言磯竹島
多竹魚海鹿
此二島無人之地
見高麗如自雲州望隠岐
然則日本之乾地、以此州為限矣
理由は(1)と全く同じです。この文章を読んで変だと思う人がいたら、その感覚が変です。
(3)割注が明示されているテクストであっても、文章を漫然と読んで本文と割注の区別をそれほど意識しなければ、やはりおかしいとは思わないでしょう。
割注を読み飛ばして本文だけ見ても、おかしいとは思えません。この場合は(1)を読んでいるのと同じです。
本文と割注を通して読んでも、本文と割注の違いを意識しなければおかしいとは思えません。この場合は(2)を読んでいるのと同じです。
結局、以前の私はこのレベルの読み方をしていたのだと思います。
しかし、あらためて本文と割注の区別を意識して読んでみると、「俗言磯竹島」「多竹魚海鹿]のみが割注で書かれ、「此二島無人之地」が本文になっているというのは、何か変だと思えてきました。
ということで #10099 を書いたのですが、皆さんはそう思いませんか?
これは メッセージ 10168 (te2222000 さん)への返信です.
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