南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実
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Re: yousunwai君 (横です)
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/19 18:22 投稿番号: [11558 / 29399]
>国家と個人は事情が少し違うような気がします。個人には、法に基づいた客観性を強制することができます。国家には、強制できない場合があります。
これは一理あります。
>したがって、主観による戦争には、責任があるという概念が必要だと思います。
そうなると、チベットや東トルキスタンにも戦争責任があることになり、全てに戦争責任があるなら、あえて「戦争責任」を述べる必要もなくなると思います。
したがって、「日本に戦争責任がある」とか「日本も反省すべき」などと言うのは誤解を招くのみで意味がないのでやめるべきです。
>軍事的な優位による封じ込めの戦略をとる場合、中国を封じ込めるには、現段階においては、核を否定できるだけの技術を持つことで生じるような程度の質的な軍事力の差が必要ではないのか?ということです。
MDが役に立たない現状では、支那の核ミサイルに対抗するには、日本が核武装する以外に方法はありません。
>つまり、中国は、自国人の命さえ、軽視します。人命を重視しないのだから、米ソ冷戦時代にあった、相互確証破壊戦略も、中国には、機能しない可能性も考えておくべきです。
支那人が人間の命を粗末にするのは自明ですが、支那の権力者だって意味もなく核ミサイルをぶっ放せば自分の命や権力を維持するのが困難になるような状況にしておく必要はあるのです。
ですから、相互確証破壊戦略は支那の権力者相手にも機能するのです。
少なくとも、一方的に支那から核ミサイルで狙われている状況からは、一刻も早く脱する必要があります。
そのためにも、yousunwaiさんが言う意味において「日本に戦争責任がある」とか「日本も反省すべき」などと言うのは誤解を招くのみで意味がないので使用すべきではないのです。
これは メッセージ 11553 (yousunwai さん)への返信です.
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マトモに保護された日本人捕虜はゼロ
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/19 18:03 投稿番号: [11557 / 29399]
>では、お答え願いますが、「反戦兵士」になる前の彼らの身分は何でしたか?
「反戦兵士予備隊」
>>よく分からんが、山田支隊とやらは、投降兵を捕虜にすることを拒否して投降兵を処分したの?
>>それとも、投降を受け入れて、捕虜として収容した捕虜を殺害したの?
>投降を受け入れて収容した後に殺害しています。
>明確な戦時国際法違反です。
(・人・)ほ?
投降を受け入れ、投降兵を捕虜収容所に収容した後に、その捕虜を理由もなく殺害したことなどなかったはずだぞ。
>「1.反戦兵士とならなかった日本人捕虜が殺されたという事実」が確認されていないということもよろしいでしょうか?
反戦兵士とされずに保護された日本人捕虜の存在が確認されていないということもよろしいでしょうか?
>あなたが「反戦兵士とならなかった日本人捕虜が殺されたという事実」を証明したのであれば、私は反証を探すことにします。
あなたが「反戦兵士とならなかった日本人捕虜が殺されずに保護されたという事実」を証明したのであれば、私は反証を探すことにします。
これは メッセージ 11552 (Marc_Laforet さん)への返信です.
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支那軍の暴虐>>>日本軍の報復
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/19 18:03 投稿番号: [11556 / 29399]
>青山和夫『反戦謀略』P119
>常徳捕虜収容所
>
戦争当初、特に上海南京戦時代の日本兵の捕虜は大部分空軍で、南京の収容所に入れられていたが、南京撤退前に西安の宝鶏に移された
>
常徳に収容所が設立されたのは、台児荘、徐州会戦以降で、主として歩兵等が武漢に送られてきたのを、常徳に収容したのだった。軍政部の管轄で、所長を李列欽の馬丁をしていた雛任之だった。武漢時代王に工作援助を依頼してきたので、陥落後、わたしが収容所に行くことに内定していた。
捕虜が誰かも分からず、人数も分からず、「反戦兵士」にされたかどうかも分からず、これでは全く検証不可能。
>戦時復仇が成立していることの証明はありませんね?
だから、支那軍の違法行為に対して、日本軍の報復行動は極めて不十分だったことを説明したのだが。
上海で支那軍は、便衣隊が日本軍を銃撃したり民間人を狙った市街地爆撃をしておいて日本軍の仕業だと宣伝したり細菌戦を行なったり日本兵を一人も捕虜として保護しなかった支那軍に対して、日本軍は十分な報復をしなかったから、支那軍は調子に乗って南京でも大量に便衣兵になったり捕まえた日本兵を惨殺したり反日撹乱工作を行なったりしたのだ。
支那軍の違法行為に対して、日本軍の報復行動は極めて不十分だったから支那軍は違法行為をエスカレートさせていったのだ。
そして、南京戦後の支那軍の暴虐・悪逆は、質・量ともに更に何倍もエスカレートさせていったのだ。
>また、外国人や新聞記者の記録とは、安全区委員会メンバーの記録や、ダーディン、スティールをはじめとする記者たちの報道です。
嘘っぱちの出鱈目記事だったことが証明されて残念だったね。
これは メッセージ 11551 (Marc_Laforet さん)への返信です.
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嘘吐きダーディンの与太記事
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/19 17:49 投稿番号: [11555 / 29399]
>>ダーディンが記事にしたのは、主に安全区の出来事だろ。
>■これは間違いです。
>ニューヨークタイムズ
12月18日
間違いじゃないよ。
【主に】そうだよ。
そのNYタイムズの記事は5000字にもおよぶ長文だから、いろいろ書いてあるけどね。
しかも、見出しとその直後にある要約部分には「民間人の殺害」という言葉を挿入していたが、その後の長文記事の中に「民間人の殺害」に関する具体的な説明は全くない。
支那人便衣兵の悪行や便衣兵の処刑や戦闘状況については具体的に述べられている。
日本軍の悪行については、5人の日本兵がアメリカ大使の私邸から懐中電灯1本を略奪したとか、大学病院で金品が盗まれたことについては具体的に述べているが、日本兵による民間人殺害の具体的なレポートは全然ない。
>また、ダーディンやスティールが何を記事にしたかが問題ではなく、ダーディンやスティールが、ベイツメモの内容を検証するだけの情報を得ることが出来たか否かが問題です。彼らの行動範囲から、ベイツメモを検証するだけの十分な情報を得ることができたと考えられます。
「ベイツメモを検証」とか言うが、ベイツ自身が日本軍による市民虐殺を1件も目撃していないし確認もしていないのだ。
更に、ベイツのみならず誰一人として日本軍による市民虐殺の目撃者が居ないのだから情報も何もあったもんじゃない。
誰かが意図的にデマや出鱈目を流布(宣伝)していた以外に有り得ないのだ。
南京に長期間滞在したベイツやスマイスやラーベやミルズなど15人の安全区国際委員会メンバーも、同じく南京に長期間滞在して取材を続けた100人以上の日本人報道関係者なども、だれ一人として日本軍による市民虐殺を目撃していないし確認できていない。
当時南京に多数いた日本人報道関係者は、日本軍による市民虐殺を目撃や確認どころか話を聞いたこともなかったと言う。
1日〜2日しか居なかったダーディンとスティールが日本軍による市民虐殺を確認することは不可能だ。
検証可能な虐殺目撃証言がゼロだった他、殺人に関しては日本軍(憲兵隊など)への通報もゼロだった。
検証可能な目撃証言ゼロで通報ゼロの他にも、現場の死体を検査したり、状況、人、物を観察して日本軍による市民虐殺を確認したことは1件もなかった。
したがって、日本軍による市民虐殺に関しては、目撃者ゼロ、現地の日本軍への通報ゼロ、その他の確認ゼロだった。
そもそもの検証可能な目撃証言がゼロなのだから、ダーディンやスティールが検証など出来る訳がない。
>F・T・ダーディンからの聞き書き(2)
>私はわずか三日間しかいなかったので、正確な情報は得られませんでしたが、
ダーディンは句容に行っていて、帰って来たのが12月14日の夜だから、いきなり嘘を吐いているが、正確な情報を得られなかったことは正直に話しているようだね。
>車で市内を回った時、家の中から中国人が出てくるのを見掛けましたし、通りを歩いている中国人も何人か見ました。ですから、皆がみな安全区に入ったのではありません。
便衣兵と盗賊が居たことは否定しない。
>■さらに詳しくは知りたければ、ゆうさんのページをご覧ください。
Ψ(´_`)Ψ
>では、なぜ「南京を去ったダーディンとスティールのみが「日本軍による千人単位の民間人殺害」を目撃することなど有り得ない。」と書いたのですか?
早々と南京を去ったダーディンとスティールが「日本軍による千人単位の民間人殺害」を目撃することなど有り得なかったから。
これは メッセージ 11550 (Marc_Laforet さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11555.html
目撃・通報・検証ゼロの不思議な虐殺
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/19 17:38 投稿番号: [11554 / 29399]
>ヴォートリン日記
12月14日
>
四時三〇分、プラマー・ミルズがわたしに、長老派教会員たちの家を見回りたいから、水西門まで同行してもらいたいと言ってきた。わたしの役目は見張り番である。
安全区国際委員会に出向いた際、ミルズに依頼されてちょっと水西門まで車で行ったらしいが、そこでは何もなかったはすだが。
――――――――
ヴォートリン日記
12月14日
四時三〇分、プラマー・ミルズがわたしに、長老派教会員たちの家を見回りたいから、水西門まで同行してもらいたいと言ってきた。わたしの役目は見張り番である。それらの家は、窓ガラスが数枚壊れていたほかは、まったく別状がなかった。日本兵が入りこんだ形跡はあるものの、掠奪されてはされてはいなかった。プルマーが敷地の中に入り、門衛と話をしている間ずっと、わたしは車の中にいた。
――――――――
情報はいろいろあったかもしれないが、ヴォートリンの活動範囲は狭かったよ。
>ヴォートリンが、諸々の見聞を総合して書いているのは事実でしょう。
諸々の見聞を総合するのは勝手だが、日本軍による南京市民虐殺を目撃した者が一人も居ないのは何故?
ミルズやベイツなど15人の安全区国際委員会メンバーも、100人以上の日本人報道関係者なども、だれ一人として日本軍による市民虐殺を目撃していない。
当時南京に多数いた日本人報道関係者は、日本軍による市民虐殺を目撃どころか話を聞いたことすらなかったと言う。
虐殺目撃者がゼロでは、見聞を総合しても虐殺はゼロになる。
殺人に関しては日本軍(憲兵隊など)への通報もゼロだった。
検証可能な目撃証言ゼロで通報ゼロの他にも、現場の死体を検査したり、状況、人、物を観察して日本軍による市民虐殺を確認したことは1件もなかった。
したがって、日本軍による市民虐殺に関しては、目撃者ゼロ、現地の日本軍への通報ゼロ、その他の確認ゼロだった。
>自身で水西門に行っている他に、ベイツではなくソーンからも安全区外の情報を得ていたわけです。
ソーンの情報の内容なんて日記ではノーコメントじゃん。
>以上のことから何が解ったかと言うと、ヴォートリンは、自身が見てきたことの他、ソーンからの情報、その他中国人や残留外国人からの情報を得ていたということでしょう。
いろんな情報は得たかもしれないが、日本軍による南京市民虐殺を目撃した者が一人も居ない。
ミルズやベイツなど15人の安全区国際委員会メンバーも、100人以上の日本人報道関係者なども、だれ一人として日本軍による市民虐殺を目撃していない。
当時南京に多数いた日本人報道関係者は、日本軍による市民虐殺を目撃どころか話を聞いたことすらなかったと言う。
殺人に関しては日本軍(憲兵隊など)への通報もゼロだった。
検証可能な目撃証言ゼロで通報ゼロの他にも、現場の死体を検査したり、状況、人、物を観察して日本軍による市民虐殺を確認したことは1件もなかった。
つまり、日本軍による市民虐殺に関しては、目撃者ゼロ、現地の日本軍への通報ゼロ、その他の確認ゼロだった。
>(1)スティール、ダーディンともにベイツ以上に市内を行動でき、ベイツメモの真偽を確認できる立場にいたことから、ベイツメモに誑かされるようなことはあり得ない。
ダーディンは句容に行っていて南京に居たのは14日の夜から15日の昼間までだし、スティールだって南京にいたのは日本軍が南京城内に入ってからは2日間くらいだ。
南京に長期間滞在した15人の安全区国際委員会メンバーや、同じく南京に長期間滞在して取材を続けた100人以上の日本人報道関係者などが、だれ一人として日本軍による市民虐殺を目撃したり確認できなかったのに、1日〜2日しか居なかったダーディンとスティールが日本軍による市民虐殺を確認することは出来ない。
>(2)ヴォートリンは、自身で水西門に行くなどある程度の実見できる立場におり、一方でスティール、ダーディンをはじめ、国際委員会のメンバーや中国人などからの情報を得る立場にあった。したがって、ベイツの情報をチェックするだけの情報源を、ベイツ以外にも持っていたということになります。
「ベイツの情報をチェック」とか言うが、ベイツ自身が日本軍による市民虐殺を1件も目撃も確認もしていないのだ。
更に、ベイツのみならず誰一人として日本軍による市民虐殺を目撃していないのだから情報源も何もあったもんじゃない。
誰かが意図的にデマや出鱈目を流布(宣伝)していた以外に有り得ないのだ。
これは メッセージ 11547 (Marc_Laforet さん)への返信です.
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Re: yousunwai君 (横です)
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2006/03/19 11:15 投稿番号: [11553 / 29399]
>王亮や楊寧が行なった「福岡一家殺害事件」は、彼らの「主観による正当防衛」なのですか?
国家と個人は事情が少し違うような気がします。個人には、法に基づいた客観性を強制することができます。国家には、強制できない場合があります。したがって、主観による戦争には、責任があるという概念が必要だと思います。
>敵の核戦力を無害化するとは、何を意味しているのでしょうか?
軍事的な優位による封じ込めの戦略をとる場合、中国を封じ込めるには、現段階においては、核を否定できるだけの技術を持つことで生じるような程度の質的な軍事力の差が必要ではないのか?ということです。
>yousunwaiさんは、いつになったら真実を直視するのですか?
>中国の性質とは。
>1.TOPに立つためなら何でもやるかもしれない。
>2.そして、核武装し
>3.経済発展によってTOPを狙えるかも?という思いにかられているかもしれない。
>さらに、悪いことに、地球資源は有限で、中国は、経済発展によって、
>4.より多くの地球資源を欲するようになり
>5.中国は、生きるために、自国の人口を減らすか、世界を支配するかの選択を迫られている
>6.そして圧倒的な軍事力の優位にあるものに対してのみ屈する。
つまり、中国は、自国人の命さえ、軽視します。人命を重視しないのだから、米ソ冷戦時代にあった、相互確証破壊戦略も、中国には、機能しない可能性も考えておくべきです。「中国との外交交渉はカノン砲を突きつけたときのみ行うことが出来る」という時代には、中国人自身が、世界支配を目論んでいなっかたであろうし、核兵器を保有していない時代の話ではないかと思います。したがって、現状なら、軍事力については、均衡させることを、最大値にする方が、良いと思います。
この掲示板でも幾人かの中国人らしき人達と議論することはありましたが、そこから実感できることは、概ね中国人は、人口についても、戦争で減った方が良いくらいに考えているようには思います。
これは メッセージ 11540 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: デリ君にご教示を請うてみよう
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/18 22:43 投稿番号: [11552 / 29399]
>オマエは、「その日本軍飛行士の捕虜とやら」の【やら】の用法を知らないのか?
では、お答え願いますが、「反戦兵士」になる前の彼らの身分は何でしたか?
>よく分からんが、山田支隊とやらは、投降兵を捕虜にすることを拒否し
>て投降兵を処分したの?
>それとも、投降を受け入れて、捕虜として収容した捕虜を殺害したの?
投降を受け入れて収容した後に殺害しています。
明確な戦時国際法違反です。
>相変わらず、反戦兵士とされずに保護された日本人捕虜は確認されないね。
「1.反戦兵士とならなかった日本人捕虜が殺されたという事実」が確認されていないということもよろしいでしょうか?
いずれにせよ、「1.中国軍は日本人を捕虜としていた。」という事実は認めざるを得ないでしょう。
したがって、議論はすでに終了しているようです。
>いいから、早く反戦兵士とされずに保護された日本人捕虜の存在を証明しなさい。
その必要はないでしょう。
あなたが「反戦兵士とならなかった日本人捕虜が殺されたという事実」を証明したのであれば、私は反証を探すことにします。
これは メッセージ 11549 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11552.html
Re: 全く反論になっていない
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/18 22:43 投稿番号: [11551 / 29399]
>支那軍のように日本兵を一人も捕虜として保護しなかったけど。
相変わらず何が言いたいのか解りませんが、戦時復仇の成立要件を満たしたという証明はありません。
>全く証明されていない。
あなたがそう思い込むのは勝手ですが、資料によって証明されていますので、結論は出ています。
----
引用
----
青山和夫『反戦謀略』P119
常徳捕虜収容所
戦争当初、特に上海南京戦時代の日本兵の捕虜は大部分空軍で、南京の収容所に入れられていたが、南京撤退前に西安の宝鶏に移された
常徳に収容所が設立されたのは、台児荘、徐州会戦以降で、主として歩兵等が武漢に送られてきたのを、常徳に収容したのだった。軍政部の管轄で、所長を李列欽の馬丁をしていた雛任之だった。武漢時代王に工作援助を依頼してきたので、陥落後、わたしが収容所に行くことに内定していた。
----
終わり
----
>支那軍の違法行為に対して、日本軍の報復行動は極めて不十分だった。
>上海では、便衣隊が日本軍を銃撃したり民間人を狙った市街地爆撃をし
>ておいて日本軍の仕業だと宣伝したり細菌戦を行なったり日本兵を一人
>も捕虜として保護しなかった支那軍に対して、日本軍は十分な報復をし
>なかったから、支那軍は調子に乗って南京でも大量に便衣兵になったり
>捕まえた日本兵を惨殺したり反日撹乱工作を行なったりしたのだ。
議論とは関係ない記述のようです。
戦時復仇が成立していることの証明はありませんね?
>ハァ?
>加害者の証言、記録って、例えば何?
>外国人や新聞記者の記録って、例えば何?
たとえば、
http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/mondai/gyakusatu.htmlhttp://www.geocities.jp/yu77799/minkanjin.htmlまた、外国人や新聞記者の記録とは、安全区委員会メンバーの記録や、ダーディン、スティールをはじめとする記者たちの報道です。
>>あなたの主張に根拠が無い点と、蒋介石ら中国側が南京大虐殺を作り出
>>したというあなたがたの主張に沿うならば、まさしく、南京大虐殺を認
>>識していることになる、という点に関して反論はないようです。
>話にならん…
反論不能ということですので、結論に達したものと判断します。
これは メッセージ 11548 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11551.html
Re: これも全く反論になっていない2
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/18 22:27 投稿番号: [11550 / 29399]
>ちゃう、ちゃう。
>逆だよ、逆。
>ダーディンは、句容まで行ったことを記事にしたか?
>しなかっただろ。
>ダーディンが記事にしたのは、主に安全区の出来事だろ。
■これは間違いです。
----
引用
----
『南京事件資料集1』P421
ニューヨークタイムズ
12月18日
「日本軍の下関門の占領は、防衛軍兵士の集団殺戮を伴った。彼らの市外は砂嚢に混じって積み上げられ、高さ六フィートの小山を築いている」
「中山路はいまやごみの大通りと化し、汚物、軍服、小銃、拳銃、機関銃、野砲、ナイフ、背嚢などが全域に散乱していた」
「中国軍は、中山陵公園内の立派な建物や住宅を含む郊外のほぼ全域を放火した。下関はほとんどが焼け落ちた。」
----
終わり
----
また、ダーディンやスティールが何を記事にしたかが問題ではなく、ダーディンやスティールが、ベイツメモの内容を検証するだけの情報を得ることが出来たか否かが問題です。彼らの行動範囲から、ベイツメモを検証するだけの十分な情報を得ることができたと考えられます。
>そして、12月14日・15日は、安全区以外には民間人は居なかった。
最初から、安全区に避難しなかった市民も多くいました。
----
引用
----
http://www.geocities.jp/yu77799/anzentitaigai.htmlよりF・T・ダーディンからの聞き書き(2)
私はわずか三日間しかいなかったので、正確な情報は得られませんでしたが、車で市内を回った時、家の中から中国人が出てくるのを見掛けましたし、通りを歩いている中国人も何人か見ました。ですから、皆がみな安全区に入ったのではありません。
もちろん、安全区の外は危険でしたが、中国人たちは、まさか虐殺が待ち構えていようとは考えていませんでした。何とかなるだろうと、家を出なかったのです。彼らは日本軍の占領がどういうものか経験がありませんでしたし、日本軍はラジオを使って市民に、家にいれば危害は加えない、なにも怖がることはない、と放送していました。したがって虐殺なんて夢想だにしていなかったのでしょう。
(「南京事件資料集1
アメリカ関係資料編
P567〜P568)
―(一九四〇年に日本人が発行した「最新南京市街詳図」を見せて)城内の南部のこの地域は人口密集地ですが、残留していた市民も多かったのですね。
はい、住民はずいぶん城内に残っていました。脱出した者も多かったようですが、残った者も沢山いました。その地域には日本軍の占領後行ってみましたが、死体がたくさん転がっていました。日本軍の砲弾が激しく撃ち込まれたところです。砲弾によって多くの人々が殺されました。被害を受けなかった家には人がまだ住んでいました。日本軍がこの地域を占領してからもたくさんの中国人が殺されました。日本兵に銃殺されたのです。
(同
P570)
----
終わり
----
■さらに詳しくは知りたければ、ゆうさんのページをご覧ください。
>??
>事実なのだから、訂正する必要なし。
では、なぜ「南京を去ったダーディンとスティールのみが「日本軍による千人単位の民間人殺害」を目撃することなど有り得ない。」と書いたのですか?
これは メッセージ 11546 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11550.html
Re: デリ君にご教示を請うてみよう
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/18 22:25 投稿番号: [11549 / 29399]
>D.C.さん『だから、その日本軍飛行士の捕虜とやらは』
>ご自身で明記されているわけですから、私としては反論の必要もありません。
オマエは、「その日本軍飛行士の捕虜とやら」の【やら】の用法を知らないのか?
―――――
やら(大辞泉)
「とやら」の形で)不確かな意や、ぼかして言う意を表す。…か。
「同僚と―から電話があった」
―――――
やら(大辞林)
1 〔疑問・不定を表す語に付いて〕不確実であるという意を表す。
「君の要求は何のこと―見当がつかない」「いつの間に―日が暮れていた」
2 〔「とやら」の形で〕はっきり言わずに、ぼかして言うときに用いる。
「山田と―いう人」「どこと―抜けている人」
―――――
>投降兵の拒否と、捕虜とは別問題ですが、理解できていますか?
>なお、山田支隊の場合は、すでに当面の戦闘が終了しており、中支那方面軍自体では、多数の鹵獲品が押収されている中で、食用の問題もなかったはずでしょう。
>これら当時の状況から考えれば、まったく捕虜を殺害する必然性はありません。
よく分からんが、山田支隊とやらは、投降兵を捕虜にすることを拒否して投降兵を処分したの?
それとも、投降を受け入れて、捕虜として収容した捕虜を殺害したの?
>私の提示した青山和夫の著作から次の事実が確認できます。
>1.中国軍は日本人を捕虜としていた。
>2.その日本人捕虜の一部が反戦兵士となった。
>確認できない事実は、次のとおりです。
>1.反戦兵士とならなかった日本人捕虜が殺されたという事実
>2.反戦兵士とならなかった日本人捕虜が保護されたという事実
相変わらず、反戦兵士とされずに保護された日本人捕虜は確認されないね。
>その後、その7,000人の捕虜がどうなったかも知りませんね。
いいから、早く反戦兵士とされずに保護された日本人捕虜の存在を証明しなさい。
これは メッセージ 11543 (Marc_Laforet さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11549.html
Re: 全く反論になっていない
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/18 22:24 投稿番号: [11548 / 29399]
>日本軍が中国軍の捕虜を確保したことが、日本軍が中国軍捕虜を殺害したことを償うものにはなりません。
支那軍のように日本兵を一人も捕虜として保護しなかったけど。
>中国軍が、南京戦以前から日本軍捕虜を確保していたことは、青山和夫の記述でも証明されています。
全く証明されていない。
>戦時復仇に至る過程を論じているのではなく、戦時復仇が成立するかを論じているのであり、仮に中国軍が先に違法行為を行ったとしても、そのことが戦時復仇を成立させる要件とはなり得ません。
支那軍の違法行為に対して、日本軍の報復行動は極めて不十分だった。
上海では、便衣隊が日本軍を銃撃したり民間人を狙った市街地爆撃をしておいて日本軍の仕業だと宣伝したり細菌戦を行なったり日本兵を一人も捕虜として保護しなかった支那軍に対して、日本軍は十分な報復をしなかったから、支那軍は調子に乗って南京でも大量に便衣兵になったり捕まえた日本兵を惨殺したり反日撹乱工作を行なったりしたのだ。
>すでに挙げたとおり、加害側の証言、記録、外国人や新聞記者の記録などで市民殺害が確認できますね。
ハァ?
加害者の証言、記録って、例えば何?
外国人や新聞記者の記録って、例えば何?
>>だから、もう何度も何度も説明してるだろ。
>>年がら年中、何時でも何処でも、有りもしなかった日本軍の出鱈目残虐行為を宣伝しまくっていた蒋介石が、南京戦の後にも日本軍の残虐行為を宣伝しても、それは、「蒋介石が南京大虐殺を認識していた」ことにはならないのだ。
>あなたの主張に根拠が無い点と、蒋介石ら中国側が南京大虐殺を作り出したというあなたがたの主張に沿うならば、まさしく、南京大虐殺を認識していることになる、という点に関して反論はないようです。
話にならん…
これは メッセージ 11542 (Marc_Laforet さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11548.html
Re: これも全く反論になっていない1
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/18 22:04 投稿番号: [11547 / 29399]
>ヴォートリン自身は避難所として開放した金陵女学院の責任者だったか
>ら、その2日間は通常避難民で溢れる金陵女学院に居るわけで、せいぜ
>いベイツたちが居た安全区本部、金陵大学に出向くなど活動範囲は非常
>に狭かった。
----
引用
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ヴォートリン日記
12月14日
四時三〇分、プラマー・ミルズがわたしに、長老派教会員たちの家を見回りたいから、水西門まで同行してもらいたいと言ってきた。わたしの役目は見張り番である。
----
終わり
----
>安全区では、12月15日までに日本軍による市民殺害が確認されておらず
>、ヴォートリンは事実に反する噂を日記に記入したに過ぎない。
ヴォートリンが、諸々の見聞を総合して書いているのは事実でしょう。
■しかし、それが「事実に反する」というのはあなたの思い込みであり、「事実に反する噂を日記に記入したに過ぎない」というのは、根拠の無い思い込みということになります。
>つまり、12月14日の夜にヴォートリンが日記を付けた時点では、噂を聞
>いただけ。
>一方、大量の支那兵が便衣に着替えて避難所に潜伏していたことはシッ
>カリ確認しており、彼らの一部が撹乱工作隊だったことを暗示している。
ヴォートリン日記
12月15日
多くの女性は怯えた表情をしていた。城内では昨夜は恐ろしい一夜で、大勢の若い女性が日本兵に連れされれた。けさソーン氏がやってきて、漢西門地区の状況について話してくれた。
自身で水西門に行っている他に、ベイツではなくソーンからも安全区外の情報を得ていたわけです。
>つまり、12月15日もヴォートリン自身が日本軍による市民殺害を確認し
>たことなど有り得ない。
>以上、ヴォートリン自身の日記の記述から、ヴォートリンが日記に記入
>した「日本軍による市民殺害」の情報源は、事実に反する噂以外に有り
>得ないのだ。
以上のことから何が解ったかと言うと、ヴォートリンは、自身が見てきたことの他、ソーンからの情報、その他中国人や残留外国人からの情報を得ていたということでしょう。
■あなたの主張は、
(1)市民殺害などに関しては、ベイツの「出鱈目」なメモが基であり、そのメモによってスティールやダーディンが誑かされた。
(2)ヴォートリンが日記に日本軍の残虐行為について記述しているのも、ベイツか、ベイツメモ経由のスティール・ダーディンの情報であった、というものでした。
しかし、実際には、
(1)スティール、ダーディンともにベイツ以上に市内を行動でき、ベイツメモの真偽を確認できる立場にいたことから、ベイツメモに誑かされるようなことはあり得ない。
(2)ヴォートリンは、自身で水西門に行くなどある程度の実見できる立場におり、一方でスティール、ダーディンをはじめ、国際委員会のメンバーや中国人などからの情報を得る立場にあった。したがって、ベイツの情報をチェックするだけの情報源を、ベイツ以外にも持っていたということになります。
■いずれにせよ、私は、「ヴォートリン自身がそんなことを知る訳ない」という根拠を伺ったのですが、何一つ根拠が提示されることはありませんでした。
これは メッセージ 11545 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11547.html
Re: これも全く反論になっていない2
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/18 21:40 投稿番号: [11546 / 29399]
>「ニューヨーク・タイムズ特派員のダーディンは何とかして上海に行こうとしたが、句容まで行ったところで引き返してきた」と書かれているます。このことから、当時の新聞記者たちは、安全区委員会のメンバーより行動範囲が広かったことが確認できます。彼ら新聞記者は安全区内に留まっていたベイツよりも当時の南京の状況を把握していたと考えられるでしょう。
ちゃう、ちゃう。
逆だよ、逆。
ダーディンは、句容まで行ったことを記事にしたか?
しなかっただろ。
ダーディンが記事にしたのは、主に安全区の出来事だろ。
しかし、ダーディンが安全区に居たのは12月14日の夜から翌15日の昼過ぎまでの十何時間だけだったんだ(半分くらいは睡眠中だった)。
つまり、ダーディンは殆ど取材しなかったことになるから、ダーディンの記事はベイツの出鱈目メモを基に書いたに過ぎないことが判明するんだよ。
そして、12月14日・15日は、安全区以外には民間人は居なかった。
――――――――
12月6日
『南京事件の日々』ミニー・ヴォートリンの日記
UP特派員のマクダニエルがきょう話してくれたところでは、きのう句容へ行ってみたが、人が住んでいる村はただの一つもなかったそうだ。中国軍は村びとを一人残らず連れ出し、そのあと村を焼き払っているのだ。まったくの「焦土作戦」だ。農民たちは城内に連れてこられるか、そうでなければ浦口経由で北方に追いやられている。
――――――――
12月7日〜12月9日
『南京事件』P120
笠原十九司著
「清野作戦」とは、侵攻してくる日本軍の遮蔽物に使われる可能性のある建物を全て焼却してしまう、つまり焼野原作戦である。同作戦は、中支那方面軍が「注意事項」を下達したちょうどその日(7日)から始められ、9日までつづけられた。中国軍は南京城壁の周囲1〜2キロにある居住区全域と南京城から半径十六キロ以内にある道路沿いの村落と民家を強制的に焼き払った。この作戦により住む家を焼失させられた多くの農民と市民が、なけなしの家財と道具と食料をもって城内の南京難民区(南京安全区。The Nanking Safety Zone)に殺到する。
――――――――
12月13日
『南京の真実』P344
ラーベを委員長とする安全委員会は12月17日の日本大使館宛の文書で、「13日に日本軍が入城した時には一般市民の殆ど全体を安全地区に集めていた」とある。
こうして安全区を別とすれば、南京市は人気(ひとけ)が無くなり、我々委員会のメンバー、わずかのアメリカ人新聞記者、取り残されたヨーロッパ人が2〜3人いるだけになりました。
――――――――
■結論
南京市民が居ない所で、日本軍による南京市民虐殺の取材など出来る訳がない。
>では、次の記述は訂正されるのですね?
>『ダーディンとスティールのみが「日本軍による千人単位の民間人殺害」を【目撃する】ことなど有り得ない』
??
事実なのだから、訂正する必要なし。
■結論
南京に長期滞在したベイツを始めとする15人の安全区国際委員会メンバーや、100人を超す日本人報道関係者などは、誰一人として日本軍による民間人虐殺を1件も目撃しなかった。
■■■総結論
日本軍による南京市民虐殺の証拠は、ゼロ。
これは メッセージ 11545 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: これも全く反論になっていない1
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/18 21:32 投稿番号: [11545 / 29399]
>まず、無いとは思いますが「ヴォートリン自身がそんなことを知る訳ない」という根拠を伺っておきましょう。
ヴォートリン自身は避難所として開放した金陵女学院の責任者だったから、その2日間は通常避難民で溢れる金陵女学院に居るわけで、せいぜいベイツたちが居た安全区本部、金陵大学に出向くなど活動範囲は非常に狭かった。
安全区では、12月15日までに日本軍による市民殺害が確認されておらず、ヴォートリンは事実に反する噂を日記に記入したに過ぎない。
――――――――
ヴォートリンの日記
12月14日
昨夜、日本兵によって無理やりに家から追い出された人の話や、さらには、けさ日本兵が働いた掠奪の話も耳に入ってくる。(略)ひどい目にあわされた少女たちの話が耳に入ってきているが、確かめる機会がまだない。
4時に安全区本部に出向いた。
(略)
金陵女子文理学院に戻ってみると、(略)
ニューヨーク・タイムズ特派員のダーディンは何とかして上海に行こうとしたが、句容まで行ったところで引き返してきた。(略)
わたしは、支那兵が一昨夜逃走するさいにキャンパスに投げ捨てて行った軍服を埋めることにした。ところが大工の仕事場に出かけてみると、庭師たちのほうが私よりも上手であった。彼らは、すでに軍服を焼却し、手榴弾は池に投げ込んでしまっていた。陳さんは、捨てられていた銃を隠した。
今夜は平穏無事でありますように。
――――――――
つまり、12月14日の夜にヴォートリンが日記を付けた時点では、噂を聞いただけ。
一方、大量の支那兵が便衣に着替えて避難所に潜伏していたことはシッカリ確認しており、彼らの一部が撹乱工作隊だったことを暗示している。
――――――――
ヴォートリンの日記
12月15日
昼食の時間を除いて朝8時30分から夕方6時まで、続々と避難民が入ってくる間ずっと校門に立っていた。
(略)
きのうときょう日本軍は広い範囲にわたって掠奪をおこない、学校を焼き払い、市民を殺害し、女性を強姦している。
――――――――
つまり、12月15日もヴォートリン自身が日本軍による市民殺害を確認したことなど有り得ない。
以上、ヴォートリン自身の日記の記述から、ヴォートリンが日記に記入した「日本軍による市民殺害」の情報源は、事実に反する噂以外に有り得ないのだ。
■結論
12月15日のヴォートリンの日記にあった「きのうときょう日本軍は広い範囲にわたって掠奪をおこない、学校を焼き払い、市民を殺害し、女性を強姦している。」という記述は、彼女自身が目撃したのではなく、事実に反する噂に過ぎない。
これは メッセージ 11541 (Marc_Laforet さん)への返信です.
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南京は東京の姉妹都市?
投稿者: kiyaokl 投稿日時: 2006/03/18 17:47 投稿番号: [11544 / 29399]
東京、西京、南京、北京は姉妹都市なの?
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.
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Re: デリ君にご教示を請うてみよう
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/18 10:28 投稿番号: [11543 / 29399]
>反論不能に陥ったことを露骨に晒すなよ。
D.C.さん『だから、その日本軍飛行士の捕虜とやらは』
ご自身で明記されているわけですから、私としては反論の必要もありません。
>収容所の収容能力や食糧などの問題もあり、数万人という想定外の大量
>の敵兵を捕縛した場合の常識的な対処だろうな。
投降兵の拒否と、捕虜とは別問題ですが、理解できていますか?
なお、山田支隊の場合は、すでに当面の戦闘が終了しており、中支那方面軍自体では、多数の鹵獲品が押収されている中で、食用の問題もなかったはずでしょう。
これら当時の状況から考えれば、まったく捕虜を殺害する必然性はありません。
>青山和夫の著作では全く証明になっていない。
>支那軍によって捕虜として保護され、終戦直後に生きて日本に帰された
>日本人は誰も居ない。
>当時の資料は全く見たことがないし、そのような捕虜の具体的な人物を
>知らない。
>(「反戦兵士」や「中帰連」のように脳に危害を加えれた者は勿論除外)
では議論をまとめましょう。
私の提示した青山和夫の著作から次の事実が確認できます。
1.中国軍は日本人を捕虜としていた。
2.その日本人捕虜の一部が反戦兵士となった。
確認できない事実は、次のとおりです。
1.反戦兵士とならなかった日本人捕虜が殺されたという事実
2.反戦兵士とならなかった日本人捕虜が保護されたという事実
>俺は知らん。
>日本軍は、中島師団だけでも7,000人以上の捕虜を保護したのではないか?
>日本兵を一人もマトモに捕虜にしなかった支那軍とは大違いだ。
その後、その7,000人の捕虜がどうなったかも知りませんね。
幕府山の1万5000名は殺害されたようですが。
これは メッセージ 11539 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 全く反論になっていない
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/18 10:28 投稿番号: [11542 / 29399]
>南京だけで1万人以上の支那兵を捕虜として保護した日本軍と、支那事
>変8年間で一人も日本軍を捕虜として保護しなかった支那軍とでは、均
>衡性など有り得ない。
日本軍が中国軍の捕虜を確保したことが、日本軍が中国軍捕虜を殺害したことを償うものにはなりません。
中国軍が、南京戦以前から日本軍捕虜を確保していたことは、青山和夫の記述でも証明されています。
均衡性を比較するのに、指摘される違法行為より後に行われた行為を比較することは出来ません。
均衡性は証明できないようです。
>国際法も何も、どっちかが先に違法行為をしたから、それに対する報復
>措置が行なわれるんだ。
>最初に暴虐悪逆極まる数々の違法行為をしまくった支那軍を批判するな
>く、ちょこっと報復しただけの日本軍のみを針小棒大に批判するオマエ
>らの姿勢にはヘドが出る。
戦時復仇に至る過程を論じているのではなく、戦時復仇が成立するかを論じているのであり、仮に中国軍が先に違法行為を行ったとしても、そのことが戦時復仇を成立させる要件とはなり得ません。
>俺は、日本軍の行為が不法なモノではないことをオマエのような脳タリ
>ンにも理解し易いように、最も単純な「報復」を例に挙げただけのこと。
>「報復」以外にも、敵の投降を拒否する正当な理由はあるのだよ。
あなたが「脳タリン」でないのであれば、最初から戦時復仇など持ち出さなかったでしょうね(笑)。
結論として、戦時復仇が成立しないということで構わないでしょう。
この結論を確認したうえで、次の論点を提示し、そのことを証明してみせてください。
>では、日本軍による南京市民虐殺の確かな証拠をお願いします。((o(^-^)o))わくわく
すでに挙げたとおり、加害側の証言、記録、外国人や新聞記者の記録などで市民殺害が確認できますね。
>だから、もう何度も何度も説明してるだろ。
>年がら年中、何時でも何処でも、有りもしなかった日本軍の出鱈目残虐
>行為を宣伝しまくっていた蒋介石が、南京戦の後にも日本軍の残虐行為
>を宣伝しても、それは、「蒋介石が南京大虐殺を認識していた」ことに
>はならないのだ。
あなたの主張に根拠が無い点と、蒋介石ら中国側が南京大虐殺を作り出したというあなたがたの主張に沿うならば、まさしく、南京大虐殺を認識していることになる、という点に関して反論はないようです。
これは メッセージ 11538 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: これも全く反論になっていない
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/18 10:27 投稿番号: [11541 / 29399]
>ヴォートリンが12月15日の日記に、「14日と15日に日本軍は広い範囲に
>わたって掠奪をおこない、学校を焼き払い、市民を殺害し、女性を強姦
>している。」などと記したのは、彼女自身が目撃したりして知ったので
>はなく、やはり、ベイツ、若しくはベイツにたぶらかされたダーディン
>やスティールの話でしかない。
■まず、無いとは思いますが「ヴォートリン自身がそんなことを知る訳ない」という根拠を伺っておきましょう。根拠がないのであれば、ただの想像ということになります。また、ベイツの情報から、ボートリンがこの記述をしたということは確認できません。
「ニューヨーク・タイムズ特派員のダーディンは何とかして上海に行こうとしたが、句容まで行ったところで引き返してきた」と書かれているます。このことから、当時の新聞記者たちは、安全区委員会のメンバーより行動範囲が広かったことが確認できます。彼ら新聞記者は安全区内に留まっていたベイツよりも当時の南京の状況を把握していたと考えられるでしょう。
仮にベイツが書いた「出鱈目」なメモを持っていたとして、新聞記者たちは、その内容と現実とは比較することが出来たわけです。もし、取材した現実とメモの内容が食い違っていたのならば、取材した現実を優先させることでしょう。
このようなことから考えて、ニューヨークタイムズ、シカゴデイリーニューズの記事が、ベイツメモを基にしたと考えることは不適当であり、彼らの取材によって書かれたと考えるのが妥当でしょう。そして、彼らの記事から、ベイツメモがある程度裏付けられると考えることが出来るわけです。したがって、ベイツメモが出鱈目であったというあなたの主張には妥当性がないことが明らかになったと思います。
>>>南京に長期滞在したベイツを始めとする15人の安全区国際委員会メン
>>>バーや100人超の日本人報道関係者などが誰一人として日本軍による民
>>>間人虐殺を目撃しなかったのに、12月15日に早々と南京を去ったダーディ
>>>ンとスティールのみが「日本軍による千人単位の民間人殺害」を目撃する
>>>ことなど有り得ない。
>>ダーディンとスティールが「日本軍による千人単位の民間人殺害を目撃し
>>た」と書いているの何時の新聞のどの部分ですか?
>彼らもやはり日本軍による民間人殺害を全く目撃していないのだから、
>「目撃した」など書く訳がない。
>つまり、日本軍による民間人殺害を目撃した者は、この世に誰も存在し
>ないのだよ。
■では、次の記述は訂正されるのですね?
『ダーディンとスティールのみが「日本軍による千人単位の民間人殺害」を【目撃する】ことなど有り得ない』
当然、彼らは千人単位に殺害を目撃したのではないと思われます。日本軍が行っている市民殺害模様、見聞してきた死体状況などから、その規模が千人を超えるようなものだと推測したと考えるべきでしょう。
>>蒋介石が、南京での日本軍の残虐行為を認識していたかどうかを論じて
>>いたわけですが、この点は、認識していたという結論に達しました。
>蒋介石は、そのようなことを認識していなかった。
>蒋介石とその仲間たちは、南京に限らず、何時でも、何処でも、「日本
>軍が残虐行為をしている」と出鱈目を言い触らしまくっていただけ。
あなたが根拠のない主張をするのは構いませんが、上記の結論に変わりはありません。
上記の結論を否定するのであれば、私が提示した根拠以上の具体的な根拠を提示する必要があるでしょう。
>で、yu77799のIDで投稿しないのは、yu77799のIDでやり込められる
>のを恐れているからなのか?
もう一度、病院をご紹介しましょうか?
これは メッセージ 11537 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11541.html
Re: yousunwai君 (横です)
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/18 09:20 投稿番号: [11540 / 29399]
>中国の性質とは。
>1.TOPに立つためなら何でもやるかもしれない。
>2.そして、核武装し
>3.経済発展によってTOPを狙えるかも?という思いにかられているかもしれない。
>さらに、悪いことに、地球資源は有限で、中国は、経済発展によって、
>4.より多くの地球資源を欲するようになり
>5.中国は、生きるために、自国の人口を減らすか、世界を支配するかの選択を迫られている
>6.そして圧倒的な軍事力の優位にあるものに対してのみ屈する。
まー、大体そんな感じでしょう。
>ちなみに、日中戦争のことを考えれば、日中の軍事力レベルの差ぐらいでは、屈しないということでもあると思います。
当時の軍事力レベルをどのように評価している知りませんが、当時の支那軍はイギリスやアメリカなどから膨大な資金や武器を援助されており、人数、資金、武器など多くの面で日本を上回っていました。
そして、イギリスやアメリカなどは、日本に対しては「戦争をやめろ、講和しろ!」と言い、支那に対しては「援助するから戦争をやめるな、講和しないで戦い続けろ」と言っていたのです。
>中国は、石原慎太郎も言っているように、人命を軽視するわけです。そうなると、質的に大きく超越するには、現在でも、核戦力を無害化するような技術水準が必要だと思います。
敵の核戦力を無害化するとは、何を意味しているのでしょうか?
支那が郭ミサイルで日本を狙っている以上、日本が核武装するより効果的な対策はありません。
核シェルターの建設の有効ですが、やはり日本の核武装が必要不可欠で、MDなどは殆ど無駄です。
>ただ、おっしゃるように、誤解される場合もあるというのは事実だと思いますので、これを斟酌して次のように表現を改めました。「主観による防衛戦争には、責任が生じる。」
イマイチ、解かり難いと思います。
王亮や楊寧が行なった「福岡一家殺害事件」は、彼らの「主観による正当防衛」なのですか?
宅間守が行なった「池田小学校児童殺傷事件」は、彼の「主観による正当防衛」なのですか?
yousunwaiさんは、いつになったら真実を直視するのですか?
これは メッセージ 11535 (yousunwai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11540.html
Re: デリ君にご教示を請うてみよう
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/18 03:16 投稿番号: [11539 / 29399]
>>だから、その日本軍飛行士の捕虜とやらは「反戦兵士」に仕立てられて前線に送り出されて死んじゃったと思うよ。
>>違うと言うなら、その日本軍飛行士の捕虜とやらが誰なのかを明確にするべき。
>あなたも「その日本軍飛行士の捕虜」が存在したことを認めていますね。
反論不能に陥ったことを露骨に晒すなよ。
>仮にその主張を認めるとしても、違法性が阻却されるということを立証する必要があります。
収容所の収容能力や食糧などの問題もあり、数万人という想定外の大量の敵兵を捕縛した場合の常識的な対処だろうな。
――――――――
ハーグ陸戦法規第二十三条は、「兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞える敵を殺傷すること」を禁止している。
しかしながら、戦闘の進行中で敵軍の一部が投降せんとする場合に、味方軍がこれを受諾し投降兵を収容して後方に送致する為には味方軍の進撃を中止する必要を生じその事が味方軍の勝利を危うくする惧れのある場合には、味方軍の安全と勝利を確保する為に敵軍の降伏信号を黙殺して攻撃を継続する事が軍事上必要となる。
故に、戦時法規は一定の条件下において投降の拒否を認めるのである。
この見解はオッペンハイムを始め多数の戦時国際法家に支持されている。
「投降兵の助命は、次の場合に拒否しても差し支えない。
第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に対して、
第二は、敵の戦争法規違反に対する報復として、
第三は、緊急必要の場合において、すなわち捕虜を収容すれば、彼らのために軍の行動の自由が害せられて、軍自身の安全が危うくされる場合においてである。」
(オッペンハイム)
――――――――
最初に暴虐悪逆極まる数々の違法行為をしまくった支那軍を批判することなく、遥かに正当性がある日本軍の行為のみを針小棒大に批判するオマエらの姿勢にはヘドが出る。
>日本人捕虜を皆殺しにしていなかったことは、青山和夫の著作で証明済みです。
青山和夫の著作では全く証明になっていない。
支那軍によって捕虜として保護され、終戦直後に生きて日本に帰された日本人は誰も居ない。
当時の資料は全く見たことがないし、そのような捕虜の具体的な人物を知らない。
(「反戦兵士」や「中帰連」のように脳に危害を加えれた者は勿論除外)
>日本軍は、幕府山で捕虜1万5000人程度殺害したことは知っていますが?
俺は知らん。
日本軍は、中島師団だけでも7,000人以上の捕虜を保護したのではないか?
日本兵を一人もマトモに捕虜にしなかった支那軍とは大違いだ。
これは メッセージ 11533 (Marc_Laforet さん)への返信です.
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Re: 全く反論になっていない
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/18 02:42 投稿番号: [11538 / 29399]
>相変わらず、戦時復仇の成立用件である均衡性が証明できていません。
南京だけで1万人以上の支那兵を捕虜として保護した日本軍と、支那事変8年間で一人も日本軍を捕虜として保護しなかった支那軍とでは、均衡性など有り得ない。
>戦時復仇の成立に関して、「どっちが先に違法行為をしたのか」という珍説は、国際法上、存在しませんね。
国際法も何も、どっちかが先に違法行為をしたから、それに対する報復措置が行なわれるんだ。
最初に暴虐悪逆極まる数々の違法行為をしまくった支那軍を批判するなく、ちょこっと報復しただけの日本軍のみを針小棒大に批判するオマエらの姿勢にはヘドが出る。
>あなたはは戦時復仇を主張しましたが、その成立要件である「均衡性」と「事前通告」が証明できませんでした。
>したがって、否定派の主張する戦時復仇は成立しません。
俺は、日本軍の行為が不法なモノではないことをオマエのような脳タリンにも理解し易いように、最も単純な「報復」を例に挙げただけのこと。
「報復」以外にも、敵の投降を拒否する正当な理由はあるのだよ。
――――――――
ハーグ陸戦法規第二十三条は、「兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞える敵を殺傷すること」を禁止している。
しかしながら、戦闘の進行中で敵軍の一部が投降せんとする場合に、味方軍がこれを受諾し投降兵を収容して後方に送致する為には味方軍の進撃を中止する必要を生じその事が味方軍の勝利を危うくする惧れのある場合には、味方軍の安全と勝利を確保する為に敵軍の降伏信号を黙殺して攻撃を継続する事が軍事上必要となる。
故に、戦時法規は一定の条件下において投降の拒否を認めるのである。
この見解はオッペンハイムを始め多数の戦時国際法家に支持されている。
「投降兵の助命は、次の場合に拒否しても差し支えない。
第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に対して、
第二は、敵の戦争法規違反に対する報復として、
第三は、緊急必要の場合において、すなわち捕虜を収容すれば、彼らのために軍の行動の自由が害せられて、軍自身の安全が危うくされる場合においてである。」
(オッペンハイム)
――――――――
>検証もせずに「捏造・改竄された証言や文書資料」と断定するのが、否定派の検証態度のようです。
では、日本軍による南京市民虐殺の確かな証拠をお願いします。((o(^-^)o))わくわく
>あなたはは論点が理解できなくなったようですね(笑)。
>論点は、蒋介石が南京大虐殺を認識していたか否かということであり、私の主張は、『日本国民に告げる書』や蒋介石日記から、南京大虐殺を認識しているというものです。
だから、もう何度も何度も説明してるだろ。
年がら年中、何時でも何処でも、有りもしなかった日本軍の出鱈目残虐行為を宣伝しまくっていた蒋介石が、南京戦の後にも日本軍の残虐行為を宣伝しても、それは、「蒋介石が南京大虐殺を認識していた」ことにはならないのだ。
これは メッセージ 11532 (Marc_Laforet さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11538.html
Re: これも全く反論になっていない
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/18 02:05 投稿番号: [11537 / 29399]
>ボートリン日記
12月15日
>きのうときょう日本軍は広い範囲にわたって掠奪をおこない、学校を焼き払い、>市民を殺害し、女性を強姦している。(略)
ヴォートリン自身がそんなことを知る訳ないだろ。
――――――――
ヴォートリンの日記
12月14日
4時に安全区本部に出向いた。
(略)
金陵女子文理学院に戻ってみると、学院の前の空き地は日本兵で溢れ、…
(略)
校門に立っていると、何人かの兵士が、わたしがつけていた国際委員会の徽章に目をやったが、その中の一人が時刻を尋ねてきた。昨夜の荒くれ兵士に比べると、この兵士たちはまったくおとなしい。
(略)
ニューヨーク・タイムズ特派員のダーディンは何とかして上海に行こうとしたが、句容まで行ったところで引き返してきた。(略)
わたしは、支那兵が一昨夜逃走するさいにキャンパスに投げ捨てて行った軍服を埋めることにした。ところが大工の仕事場に出かけてみると、庭師たちのほうが私よりも上手であった。彼らは、すでに軍服を焼却し、手榴弾は池に投げ込んでしまっていた。陳さんは、捨てられていた銃を隠した。
今夜は平穏無事でありますように。
――――――――
ヴォートリンの日記
12月15日
今夜はサール(ベイツ)とリッグズ氏が南山公萬の泊まり、…
(略)
きょう4人の記者(ダーディン、スティール、スミス、マクダニエル)が日本の駆逐艦(アメリカ砲艦の誤り)で上海に発った。外界からの情報はまったくないし、こちらからも情報を送ることができない。
――――――――
ヴォートリンが12月15日の日記に、「14日と15日に日本軍は広い範囲にわたって掠奪をおこない、学校を焼き払い、市民を殺害し、女性を強姦している。」などと記したのは、彼女自身が目撃したりして知ったのではなく、やはり、ベイツ、若しくはベイツにたぶらかされたダーディンやスティールの話でしかない。
>>南京に長期滞在したベイツを始めとする15人の安全区国際委員会メンバーや100人超の日本人報道関係者などが誰一人として日本軍による民間人虐殺を目撃しなかったのに、12月15日に早々と南京を去ったダーディンとスティールのみが「日本軍による千人単位の民間人殺害」を目撃することなど有り得ない。
>ダーディンとスティールが「日本軍による千人単位の民間人殺害を目撃した」と書いているの何時の新聞のどの部分ですか?
彼らもやはり日本軍による民間人殺害を全く目撃していないのだから、「目撃した」など書く訳がない。
つまり、日本軍による民間人殺害を目撃した者は、この世に誰も存在しないのだよ。
>蒋介石が、南京での日本軍の残虐行為を認識していたかどうかを論じていたわけですが、この点は、認識していたという結論に達しました。
蒋介石は、そのようなことを認識していなかった。
蒋介石とその仲間たちは、南京に限らず、何時でも、何処でも、「日本軍が残虐行為をしている」と出鱈目を言い触らしまくっていただけ。
・支那軍は上海などで、わざとホテルやデパートを爆撃して民間人や外国人を大量殺害し、日本軍の仕業と嘘宣伝。
・北支那においては、水中に毒物を投じたり農作物に毒物を注射し、上海からの撤退時にも井戸に細菌を投じたりしたくせに、後年の常徳ペスト流行については「日本軍がやった」と根拠のない宣伝。
・支那軍は上海から南京への敗走中や南京周辺で「清野作戦」「焦土作戦」と称して、徹底的に略奪や放火などを行なったが、それらを「三光作戦」と称して日本軍の仕業に転嫁。
・南京では、脱出を諦めた多数の支那兵が市民から服を奪って安全区に潜入し、支那人盗賊と共に行なった犯罪を日本軍の仕業に転嫁し、中には最初から反日宣伝が目的の反日撹乱工作隊までもが存在した。
・黄河の堤防を決壊し、数十万人の支那住民を大量殺害し、「日本軍の行為」と嘘報道。
・不法毒ガスを使用して住民諸共殺害。
・蒋介石は日本軍の残虐行為を宣伝するために、日本軍が長沙市に近づいた時、長沙全域を焼き払って多くの市民を焼死させた。
で、yu77799のIDで投稿しないのは、yu77799のIDでやり込められるのを恐れているからなのか?
これは メッセージ 11530 (Marc_Laforet さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11537.html
Re: 結論:南京大虐殺はなかった
投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2006/03/17 21:21 投稿番号: [11536 / 29399]
全く仰る通り。
日本は敗戦した、その責任もとって日中条約・日韓条約を結んだはずです。
戦中は終わった筈です。戦終になった筈であります。
戦中の、戦前の事については各国で統括すれば良いと思うのですが。
彼の三国は、統括しきれづ日本悪しと言って自国の統治能力の危うさを避けるために、反日をやっているんでしょう。
又、輪を掛けて、反日日本人と言うおぞましい日本人が生まれて来ているんですね。
これは メッセージ 11534 (itidokusyadesu さん)への返信です.
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Re: yousunwai君 (横です)
投稿者: yousunwai 投稿日時: 2006/03/17 21:02 投稿番号: [11535 / 29399]
>中国人は武力に対しては常に屈するが理屈には決して従わない国民だ
>中国との外交交渉はカノン砲を突きつけたときのみ行うことが出来る
>中国人は自分がトップに立って誰か他の者を押さえつけているか、または自分より強い者の前で屈辱を受け恐れおののいているか、のどちらかでなければ満足できない。対等の基盤に立って誰かと公平に公正に付き合うことに中国人は決して満足できないのだ
>支那人相手の場合には、「均衡」では駄目で、軍事力で圧倒的優位に立つことが必要です。
さて、チベットの話とは少しずれますが。中国の性質とは。
1.TOPに立つためなら何でもやるかもしれない。
2.そして、核武装し
3.経済発展によってTOPを狙えるかも?という思いにかられているかもしれない。
さらに、悪いことに、地球資源は有限で、中国は、経済発展によって、
4.より多くの地球資源を欲するようになり
5.中国は、生きるために、自国の人口を減らすか、世界を支配するかの選択を迫られている
6.そして圧倒的な軍事力の優位にあるものに対してのみ屈する。
ちなみに、日中戦争のことを考えれば、日中の軍事力レベルの差ぐらいでは、屈しないということでもあると思います。
ところで、現在の軍事力についてですが、量的なものもそうですが、質的なものを大きく超越しないと、中国を越えているということにはなりませんよね。そして、中国は、石原慎太郎も言っているように、人命を軽視するわけです。そうなると、質的に大きく超越するには、現在でも、核戦力を無害化するような技術水準が必要だと思います。そして、量的な軍事力の増強をして超越したとしても、核兵器を持ち、その命を軽視された13億人以上が犠牲者となっても、TOPになりたいという中国なんですから、勝利したとしても、破滅に近い損害を被るのではないでしょうか?最初から共倒れになることが想定するような中国封じ込め戦略は、とるべきではないと思うのですが。
>そういうことでしたら、「戦争責任」や「反省」という表現は非常に誤解を招く表現であり、多くの人が読んだり議論する「掲示板」では不適切です。
国家の行う、侵略戦争と防衛戦争の2つを分けるのは、結局、主観によって決定されるのですから、その線引きを、客観的に判断して、その判断を強制する力のあるものがいない以上、こういう使い方をするのは、不適切ではないと思っています。ただ、おっしゃるように、誤解される場合もあるというのは事実だと思いますので、これを斟酌して次のように表現を改めました。「主観による防衛戦争には、責任が生じる。」
これは メッセージ 11487 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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結論:南京大虐殺はなかった
投稿者: itidokusyadesu 投稿日時: 2006/03/17 14:33 投稿番号: [11534 / 29399]
一連の議論を読ませていただき南京虐殺というものに関して、中国側の主張が如何に脆弱で虚偽に満ち信憑性に欠けるかということをあらためて感じさせていただきました。南京虐殺はなかったと結論付けざるを得ません。
あったと主張する側には、その証拠を示す責任があります。その証拠が伝聞のみというのはあまりにも無茶な話です。証言や証拠写真だとして提供されたものは、いずれも中国側の捏造だった事がわかっている。あったと主張する人は、それを「捏造であれなんであれ、あったからこそ、そういう話が出てきたんだ」という主張になっている。三文推理小説家でももっとマシなストーリーを考えることでしょう。
やはりかの国は卑劣極まりない腐敗大国です。残虐な中国人と戦わざるを得なかった日本人兵士の苦労は如何ばかりであったかと思います。
偏にMarc_Laforet様の巧みなリードから引き出された、皆様の貴重なご意見を拝見してますます南京虐殺はなかったという実感を強く持ったところです。
Marc_Laforet様の食い下がりがなければ、南京虐殺説の出鱈目さが、これほど浮き彫りになることはなかったでしょう。皆様ありがとうございます。
これは メッセージ 11533 (Marc_Laforet さん)への返信です.
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Re: デリ君にご教示を請うてみよう
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/17 10:11 投稿番号: [11533 / 29399]
>だから、その日本軍飛行士の捕虜とやらは「反戦兵士」に仕立てられて
>前線に送り出されて死んじゃったと思うよ。
>違うと言うなら、その日本軍飛行士の捕虜とやらが誰なのかを明確にす
>るべき。
あなたも「その日本軍飛行士の捕虜」が存在したことを認めていますね。
>収容所の収容能力や食糧などの問題もあり、捕縛した敵が数万人という
>想定外の大量人数では処分してもやむを得ない場合や正当な場合がある。
仮にその主張を認めるとしても、違法性が阻却されるということを立証する必要があります。
>現実問題として、支那軍は捕縛した日本兵を捕虜として遇する必要があ
>りながら皆殺しにしたが、日本軍は南京だけでも1万人以上の支那兵を
>捕虜にして保護したぞ。
日本人捕虜を皆殺しにしていなかったことは、青山和夫の著作で証明済みです。
日本軍は、幕府山で捕虜1万5000人程度殺害したことは知っていますが?
>「現実問題として日本軍は南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜にし
>て保護したが、支那軍は日本兵を全く捕虜にせず皆殺しにしたのだ。」
>という事実をキミが覆せないのだから仕方がない。
>この事実は、投降兵殺害問題の核心部分なのだから。
投降兵殺害問題での論点は、戦時復仇が成立するか否かということでしたが、あなたは戦時復仇の成立要件である「均衡性」と「事前通告」が証明できませんでした。
したがって、この問題の結論は違法行為であったという結論が出ています。
これは メッセージ 11526 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 全く反論になっていない
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/17 10:11 投稿番号: [11532 / 29399]
>>>1937年7月に支那事変が始まって以来、支那軍は投降した日本兵を「
>>>反戦兵士」を除いて全員惨殺したが、日本軍は南京だけでも1万人以
>>>上の支那兵を捕虜にして保護した事実を直視せよ。
>>均衡性の問題とは関係がありません。
>>したがって、戦時復仇を証明する根拠にはなりません。
>反論不能に陥ったようだね。
相変わらず、戦時復仇の成立用件である均衡性が証明できていません。
>>>本来、報復措置について論じるなら、「均衡性」よりも、どっちが先
>>>に違法行為をしたのかが問題視されるべきだ。
>>戦時復仇にそのような論理が存在するのでしたら、学説の提示をお願
>>いします。
>>出来ないのであれば、ただの言い訳です。
>反論不能に陥ったようだね。
>ご愁傷様。
戦時復仇の成立に関して、「どっちが先に違法行為をしたのか」という珍説は、国際法上、存在しませんね。
>>>南京戦以前に支那軍に数多くの不法行為があったのだから、なるよ。
>>とりあえず、均衡性に関しての証明がありませんので、戦時復仇に該当しません。
>>それ以前に、事前通告もありませんので、本来、お話にならないのですが・・・。
>反論不能に陥ったようでご愁傷様。
あなたはは戦時復仇を主張しましたが、その成立要件である「均衡性」と「事前通告」が証明できませんでした。
したがって、否定派の主張する戦時復仇は成立しません。
>>ラーベだけではなく、日本側の証言や文書資料においても、市民を殺
>>害した旨の者が残されていますね。
>そんなのは、捏造・改竄された証言や文書資料など、いずれにせよ証拠
>力のないモノしかありません。
>残念でした。
検証もせずに「捏造・改竄された証言や文書資料」と断定するのが、否定派の検証態度のようです。
>>ですから、あなたの理解においてもさえも、でっち挙げられた南京大
>>虐殺を認識していたことになるわけですよね?
>一体、何を言いたいのだ?
>オマエ、真性の馬鹿?
あなたはは論点が理解できなくなったようですね(笑)。
論点は、蒋介石が南京大虐殺を認識していたか否かということであり、私の主張は、『日本国民に告げる書』や蒋介石日記から、南京大虐殺を認識しているというものです。
一方、あなたは、これら記述を根拠無く、ウソや捏造を書いているだけだと否定しています。
このあなたの無根拠の主張に対し、私は、仮にあなたの根拠ない主張に沿うとしても、その「ウソ」や「捏造」された「南京大虐殺」自体は認識しているのだから、「南京大虐殺」の認識がないということはあり得ないと指摘しました。
これは メッセージ 11525 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: 児玉義雄証言 その後
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/17 03:27 投稿番号: [11531 / 29399]
>
本来の論点は「実際に捕虜(正しくは投降兵)の殺害は行われたのだろ
>うか?」
>
それに対して、「つまり、児玉証言に基づく捕虜虐殺の事実を、答え
>られないんだね」という確認を行っているだけだが。
では、もう少し遡りましょう。
▼No.11268 投稿者 : deliciousicecoffee
【匿名】や鬼頭久二(76歳――南京戦当時11歳)のような【仮名】の証人の証言に証拠力は全然ない。
匿名の証人が、「俺は、Marc_Laforetが人を殺しているのを見た事がある。」と証言して事実になるなら、この世はお終いだろ。
▼No.11279 投稿者 : Marc_Laforet
何か勘違いされているようですね(苦笑)。
仮名であるということは、その人物が存在しないことを保証するわけではありませんし、その証言が捏造やウソであることを保証するものでもありませんよ。
お解りでしょうか?
▼No.11283 投稿者 : deliciousicecoffee
解からんなー。
実名の証言者も沢山いたが、すべて嘘だったことが判明した。
どうして実名証言者の真証言は一つもないの?
▼No.11286
投稿者 : Marc_Laforet
児玉義雄証言
連隊の第一線が、南京城一、二キロ近くまで近接して、彼我入り乱れて混戦していた頃、師団副官の声で、師団命令として「支那兵の降伏を受け入れるな。処置せよ」と電話で伝えられた。私はこれはとんでもないことだと、大きなショックを受けた。
(略)
部隊としては実に驚き、困却しましたが、命令やむを得ず、各大隊に下達しましたが、各大隊からは、その後何ひとつ報告はありませんでした。激戦の最中ですからご想像いただけるでしょう。
▼No.11376
投稿者 : nmwgip
それで、実際に捕虜(正しくは投降兵)の殺害は行われたのだろうか?
偕行社の『南京戦史』P344によれば、隷下の第十中隊は12/14、7200人の投降兵を武装解除して捕虜として収容し、南京城内第一監獄所へ護送している、となっているが。
さて思い出して貰えましたか?
本来の論点は、deliciousicecoffeeさんとの議論であり、あなたはこの議論に頓珍漢な質問をしてきたわけです。
>
は貴方が苦し紛れに持ち出した韜晦に過ぎない(藁
↓これが本来の論点です。
----
引用
----
実名の証言者も沢山いたが、すべて嘘だったことが判明した。
どうして実名証言者の真証言は一つもないの?
----
終わり
----
「ウソ」か否かが論点であり、「不正確」か否かは論点ではありません。
>
ありもしないことを言わないように。
>
山田支隊が第13師団の指揮系統から外れていたなんて事実はない。
>
第16師団には山田支隊に対する命令権はない。
>
従って、山田支隊に第16師団から捕虜殺害命令が出されたという主張は捏造だ。
----
引用
----
『飯沼守日記』
十二月十五日
山田支隊の俘虜東部上元門付近に一万五、六千あり
尚増加の見込と、依て取り敢へす16Dに接収せしむ。 (『南京戦史資料集1』P158)
----
終わり
----
上海派遣軍が、直接、山田支隊に命令を出しています。第13師団から、上海派遣軍直轄に命令系統が変わったからです。
そして、この命令により、山田支隊の捕虜の管轄権は第16師団とに移ったと考えられます。ですから、捕虜の管理に関しては、第16師団からも山田支隊に命令が可能だったわけです。
>
で、この飯沼日記には捕虜を殺害したなんて一言も書かれていないのだが。
>
下関に収容したとすら書かれていない。
>
関係ない資料をいくら持ちだしても、根拠にはならないよ。
この飯沼日記は、下関に捕虜が移動させられていたとことを示す資料です。
捕虜を殺害したのは、証言で明らかになっていますね。
あと、村瀬写真も挙げましたし。
■で、お答えがないようですので、再度、確認します。
Msg.11492
>
ところで、下関に捕虜収容所があったのかい?
>
他では聞かないなぁ。
>
捕虜を労役させていた倉庫はあったようだが。
>
もしかして、捕虜を労役させていた作業場を捕虜収容
>所と言っているのかな?
あなたが聞いたことがないからと言って、それは事実にはなりません。
よろしいでしょうか?
これは メッセージ 11524 (nmwgip さん)への返信です.
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Re: これも全く反論になっていない
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/17 02:46 投稿番号: [11530 / 29399]
>1937年12月15日、南京において、「日本軍による民間人の死傷者の数も
>千人」(ダーディン)とか「何千人もの生命が犠牲となったが、多くは
>罪のない市民」(スティール)とか「日本軍は、たび重なる殺人、大規
>模で半ば計画的な略奪、婦女暴行…」(ベイツ)などと述べていたのは
>、この3人くらいくらいしか居ない。
----
引用
----
ボートリン日記
12月15日
きのうときょう日本軍は広い範囲にわたって掠奪をおこない、学校を焼き払い、市民を殺害し、女性を強姦している。(略)
----
終わり
----
>南京に長期滞在したベイツを始めとする15人の安全区国際委員会メン
>バーや100人超の日本人報道関係者などが誰一人として日本軍による
>民間人虐殺を目撃しなかったのに、12月15日に早々と南京を去ったダー
>ディンとスティールのみが「日本軍による千人単位の民間人殺害」を目
>撃することなど有り得ない。
ダーディンとスティールが「日本軍による千人単位の民間人殺害を目撃した」と書いているの何時の新聞のどの部分ですか?
そのような記述が存在するのかを、引用することで証明してください。
D.>12月7日に早々と南京を逃げ出した蒋介石が、そのよう
D.>な誰も知らないことを知っていた訳がないだろ。
M.>英米の新聞にも、中国国内のマスコミでも報じられていたこ
M.>とが、「誰も知らないこと」というのがあなたの主張ですね?
D.>それらの報道は全て国民政府の宣伝工作員だったベイツ
D.>を始めとする安全区国際委員会メンバーなどの出鱈目な
D.>報告(宣伝)がソースなんだよ。
蒋介石が、南京での日本軍の残虐行為を認識していたかどうかを論じていたわけですが、この点は、認識していたという結論に達しました。
>つまらん。
>どうでも良いが、何でyu77799のIDで投稿しないんだ?
早めに病院に行きましょう。
これは メッセージ 11505 (Marc_Laforet さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11530.html
Re: デリ君にご教示を請うてみよう 横質問
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/17 02:04 投稿番号: [11529 / 29399]
>
というのは、何を意味しているのかな?
>
私には、捕虜を間諜として利用しようとした、ということに見えるのだが。
>
だとすれば、ハーグ陸戦規則第六条の「一切作戦動作ニ関係ヲ有スヘカラス」に明確に違反し、捕虜として保護していることにはならないが。
あなたの主観を根拠に論じられてもしょうがないですよ。
「反戦兵士」と戦時国際法の勉強をして出直すべきかと思います。
これは メッセージ 11519 (nmwgip さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11529.html
Re: 鬼頭証言は眉唾物
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/17 02:02 投稿番号: [11528 / 29399]
>
つまり、あるあると言っておきながら、出せないんだねw
論拠は明示してありますので、それでも無いと言い張るのでしたら、そこから先はあなたの自身の問題でしょう。
>
これは南京戦のこと。
>
上海戦じゃない。
>
南京戦における第33連隊戦闘詳報や第66連隊第1大隊戦闘詳報を論じたければ、該当箇所を示し給えよ。
>
きちんと反論してあげるから。
何か勘違いされているようですが、私は、秦氏の考察が33iや66i-Ⅰで裏付けられていると述べているのですよ。
>
証言された事象が一体どういう状況で起こったのかを
>問うのは、当たり前に行われている反対尋問だ。
「反対尋問」?
意味解って使っているのですか、このような言葉を(苦笑)。
「証言された状況を問うているだけだよ。」があなたの「説明」なのですか?意味不明な文章なので読み飛ばしたのですが…。
そう仰るのでしたら、お聞きしなければなりませんね。お伺いしますが「証言された状況」というのは、何を意味するのですか?
そして、その「反対尋問」に、「私」が何を答えればよいのでしょうか?
何を勘違いしているのかさえ、私には理解不能です。
>
間に一体何階層指揮系統が介在していると思っているのかな?
>
どのレベルから出された命令かなんて、末端の兵士は通常知り得ないんだけど。
同じことを繰り返されても…。
No.11391 「具体的なことは解りませんが、軍上層部からきた命令という意味で、鳩彦の名前を出したのではないでしょうかね?」
>
何度でも訊くけど、信憑性という言葉の意味をご存知か?
>
校正、校閲の意味よりこっちの方が重要だと思うがね。
>
最終的に問題になるのは、証言の信憑性なのだから。
つまり、校正・校閲の意味が理解できずに、件の記述ミスを論じているということでかまわないでしょうか?
これは メッセージ 11518 (nmwgip さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11528.html
Re: 鬼頭証言は眉唾物
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/17 02:02 投稿番号: [11527 / 29399]
>
2名しかいないのにどちらか覚えていないのは「曖昧」ではないのかな?
>
最大3名の内、2名の候補が残っている状態を「絞られている」とは普通言わないものだ。
その命令を聞いた相手が、兵士間の噂であったというケースも考慮すべきでしょう。
この点の考察がないので、「最大3名の内」というような誤った前提を設けてしまうのです。
>
こういう具合に切り出すことを言うんだよ。
>
自分のやったことを相手に擦り付けてはいけないな。
何が本論として重要かを明記するのであれば、以下の記述だけを引用するのが妥当でしょう。
Msg.11377
投稿者 : nmwgip
>
そもそも、象徴的な存在でしかなかった朝香宮司令が
>そんな具体的な命令を出したというところからして、眉
>唾物だと思うが。
>
これは論拠の一つ。
>
で、貴方は「根拠のある発言」だと論証できなかった訳だ。
誤解されているようですが、私は以下のように発言しています。
----
引用
----
No.11391
具体的なことは解りませんが、軍上層部からきた命令という意味で、鳩彦の名前を出したのではないでしょうかね?
彼らにしてみれば、自分達は皇族に率いられている部隊という自負心があったのかもしれません。
----
終わり
----
私は、鬼頭氏が鳩彦の名前を出したのは、軍命令であったことが理由だと述べています。なぜならば、鬼頭氏がそのようなことを確認できるような立場になかったからです。
つまり、鬼頭氏が、鳩彦の名前を出したことには具体的にな根拠はなかったが、命令系統からの命令であるならば、当時の兵士の心情としては鳩彦からの命令であったと推測することは自然なことであり、したがって、そのことを根拠として同証言が眉唾であるという根拠にはならない、といっているわけですね。
そこで私は以下のように記述しました。
----
引用
----
No.11443
いずれにせよ、「上海派遣軍司令官の命令を確認できる立場だったのか?」などという論点は、無意味な立論だったわけです。
----
終わり
----
ところが、これにあなたは以下のように反論しています。
----
引用
----
No.11491
無意味なのは「朝香宮司令の命令」という証言部分だよ。
「犬も猫も含め生きている者は全部殺せ」という命令を「当時の宮さん〔朝香宮〕から」受けたという証言には何の根拠も無いということだからね。
誰が命令したのかも定かでない、その命令を誰が伝えたのかも定かでない、そんな証言に一体どれだけの証拠能力があるというのだろうか。
誰から伝えられたのかすら覚えていないのなら、そういう命令があったということも単なる思い込みじゃないのかな?
----
終わり
----
「上海派遣軍司令官の命令を確認できる立場だったのか?」
という論点であったにも関わらず、あなたは
「無意味なのは「朝香宮司令の命令」という証言部分だよ」
というようなまったく関係ない論点を持ち出して、論点を摩り替えているわけですね。
よろしいでしょうか?
これは メッセージ 11518 (nmwgip さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11527.html
Re: デリ君にご教示を請うてみよう
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/17 01:46 投稿番号: [11526 / 29399]
>青山和夫の本には、南京には捕虜収容所があり、南京戦前には、日本軍飛行士の捕虜が居たと明記されていますので、あなたの主張は間違いです。。
だから、その日本軍飛行士の捕虜とやらは「反戦兵士」に仕立てられて前線に送り出されて死んじゃったと思うよ。
違うと言うなら、その日本軍飛行士の捕虜とやらが誰なのかを明確にするべき。
>投降兵を捕縛したということは、すでにその兵を権力下においていることになります。したがって、捕虜として遇する必要があります。
収容所の収容能力や食糧などの問題もあり、捕縛した敵が数万人という想定外の大量人数では処分してもやむを得ない場合や正当な場合がある。
現実問題として、支那軍は捕縛した日本兵を捕虜として遇する必要がありながら皆殺しにしたが、日本軍は南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜にして保護したぞ。
>やれやれ、壊れたスピーカーですね
「現実問題として日本軍は南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜にして保護したが、支那軍は日本兵を全く捕虜にせず皆殺しにしたのだ。」という事実をキミが覆せないのだから仕方がない。
この事実は、投降兵殺害問題の核心部分なのだから。
(参考)
――――――――
ハーグ陸戦法規第二十三条は、「兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞える敵を殺傷すること」を禁止している。
しかしながら、戦闘の進行中で敵軍の一部が投降せんとする場合に、味方軍がこれを受諾し投降兵を収容して後方に送致する為には味方軍の進撃を中止する必要を生じその事が味方軍の勝利を危うくする惧れのある場合には、味方軍の安全と勝利を確保する為に敵軍の降伏信号を黙殺して攻撃を継続する事が軍事上必要となる。
故に、戦時法規は一定の条件下において投降の拒否を認めるのである。
この見解はオッペンハイムを始め多数の戦時国際法家に支持されている。
「投降兵の助命は、次の場合に拒否しても差し支えない。
第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に対して、
第二は、敵の戦争法規違反に対する報復として、
第三は、緊急必要の場合において、すなわち捕虜を収容すれば、彼らのために軍の行動の自由が害せられて、軍自身の安全が危うくされる場合においてである。」
(オッペンハイム)
これは メッセージ 11523 (Marc_Laforet さん)への返信です.
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Re: 全く反論になっていない
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/17 01:27 投稿番号: [11525 / 29399]
>>1937年7月に支那事変が始まって以来、支那軍は投降した日本兵を「反戦兵士」を除いて全員惨殺したが、日本軍は南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜にして保護した事実を直視せよ。
>均衡性の問題とは関係がありません。
>したがって、戦時復仇を証明する根拠にはなりません。
反論不能に陥ったようだね。
>>本来、報復措置について論じるなら、「均衡性」よりも、どっちが先に違法行為をしたのかが問題視されるべきだ。
>戦時復仇にそのような論理が存在するのでしたら、学説の提示をお願いします。
>出来ないのであれば、ただの言い訳です。
反論不能に陥ったようだね。
ご愁傷様。
>>南京戦以前に支那軍に数多くの不法行為があったのだから、なるよ。
>とりあえず、均衡性に関しての証明がありませんので、戦時復仇に該当しません。
>それ以前に、事前通告もありませんので、本来、お話にならないのですが・・・。
反論不能に陥ったようでご愁傷様。
>ラーベだけではなく、日本側の証言や文書資料においても、市民を殺害した旨の者が残されていますね。
そんなのは、捏造・改竄された証言や文書資料など、いずれにせよ証拠力のないモノしかありません。
残念でした。
>ですから、あなたの理解においてもさえも、でっち挙げられた南京大虐殺を認識していたことになるわけですよね?
一体、何を言いたいのだ?
オマエ、真性の馬鹿?
これは メッセージ 11521 (Marc_Laforet さん)への返信です.
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Re: 児玉義雄証言 その後
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/03/17 01:02 投稿番号: [11524 / 29399]
> >何度でも確認するけど「つまり、児玉証言に基づく捕虜
> >虐殺の事実を、答えられないんだね」?
>
> 答える・答えないのではなく、本来の論点に関して議論を詰めるべきだと言っているのですよ。
このスレッドの元発言はこれ。
> > 児玉義雄証言
> >
連隊の第一線が、南京城一、二キロ近くまで近接して、彼我入り乱れて混戦していた頃、師団副官の声で、師団命令として「支那兵の降伏を受け入れるな。処置せよ」と電話で伝えられた。私はこれはとんでもないことだと、大きなショックを受けた。
>
>
それで、実際に捕虜(正しくは投降兵)の殺害は行われたのだろうか?
(No.11520)
本来の論点は「実際に捕虜(正しくは投降兵)の殺害は行われたのだろうか?」
それに対して、「つまり、児玉証言に基づく捕虜虐殺の事実を、答えられないんだね」という確認を行っているだけだが。
> 「ウソ」と「不正確」とは意味が違うことは知っていますか?
は貴方が苦し紛れに持ち出した韜晦に過ぎない(藁
> 実際、当時、山田支隊は第13師団の指揮系統から外れていましたしね。
ありもしないことを言わないように。
山田支隊が第13師団の指揮系統から外れていたなんて事実はない。
第16師団には山田支隊に対する命令権はない。
従って、山田支隊に第16師団から捕虜殺害命令が出されたという主張は捏造だ。
> そしてその規模ですが、例えば、飯沼日記には次のように書かれています。
で、この飯沼日記には捕虜を殺害したなんて一言も書かれていないのだが。
下関に収容したとすら書かれていない。
関係ない資料をいくら持ちだしても、根拠にはならないよ。
これは メッセージ 11520 (Marc_Laforet さん)への返信です.
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Re: デリ君にご教示を請うてみよう
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/17 00:58 投稿番号: [11523 / 29399]
>??
>南京戦以前にも南京戦以後にも、支那軍が日本兵を捕虜
>にして保護した事実は全くない。
>「反戦兵士」にすることは、捕虜にして保護することで
>はなく、明白な不法行為だ。
青山和夫の本には、南京には捕虜収容所があり、南京戦前には、日本軍飛行士の捕虜が居たと明記されていますので、あなたの主張は間違いです。。
>投降兵を捕縛して捕虜にせず処分したとしても、それは
>それでやむを得ない場合もあるし正当な場合もある。
投降兵を捕縛したということは、すでにその兵を権力下においていることになります。したがって、捕虜として遇する必要があります。
>現実問題として日本軍は南京だけでも1万人以上の支那
>兵を捕虜にして保護したが、支那軍は日本兵を全く捕虜
>にせず皆殺しにしたのだ。
やれやれ、壊れたスピーカーですね
これは メッセージ 11517 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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Re: これも全く反論になっていない
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/17 00:57 投稿番号: [11522 / 29399]
>しかし、「スティールがベイツのメモを持っていた」ことが「スティールはベイツメモを見て、それを基に記事を書いた」ということとなる因果関係を示す根拠は提示されませんでした。
>また、「スティールがベイツのメモを持っていた」ことが「ダーディンもベイツメモを見て、それを基に記事を書いた」ということとなる因果関係を示す根拠も提示されませんでした。
1937年12月15日、南京において、「日本軍による民間人の死傷者の数も千人」(ダーディン)とか「何千人もの生命が犠牲となったが、多くは罪のない市民」(スティール)とか「日本軍は、たび重なる殺人、大規模で半ば計画的な略奪、婦女暴行…」(ベイツ)などと述べていたのは、この3人くらいくらいしか居ない。
その他大勢の南京に居た人間は、「日本軍による民間人殺害」とか「日本軍によるたび重なる殺人、大規模で半ば計画的な略奪、婦女暴行」などを全く目撃していないし、実はベイツ自身も本当はそんなことがなかったことを述べている。
南京に長期滞在したベイツを始めとする15人の安全区国際委員会メンバーや100人超の日本人報道関係者などが誰一人として日本軍による民間人虐殺を目撃しなかったのに、12月15日に早々と南京を去ったダーディンとスティールのみが「日本軍による千人単位の民間人殺害」を目撃することなど有り得ない。
>蒋介石が、南京での日本軍の残虐行為を認識していたかどうかを論じていたわけですが、この点は、認識していたという結論に達したようです。
ちゃう、ちゃう。
蒋介石は日本軍の残虐行為を認識していたのではなく、日本軍の残虐行為をでっち上げて宣伝しまくっていただけのこと。
・支那軍は上海などで、わざとホテルやデパートを爆撃して民間人や外国人を大量殺害し、日本軍の仕業と嘘宣伝。
・北支那においては、水中に毒物を投じたり農作物に毒物を注射し、上海からの撤退時にも井戸に細菌を投じたりしたくせに、後年の常徳ペスト流行については「日本軍がやった」と根拠のない宣伝。
・支那軍は上海から南京への敗走中や南京周辺で「清野作戦」「焦土作戦」と称して、徹底的に略奪や放火などを行なったが、それらを「三光作戦」と称して日本軍の仕業に転嫁。
・南京では、脱出を諦めた多数の支那兵が市民から服を奪って安全区に潜入し、支那人盗賊と共に行なった犯罪を日本軍の仕業に転嫁し、中には最初から反日宣伝が目的の反日撹乱工作隊までもが存在した。
・黄河の堤防を決壊し、数十万人の支那住民を大量殺害し、「日本軍の行為」と嘘報道。
・不法毒ガスを使用して住民諸共殺害。
・蒋介石は日本軍の残虐行為を宣伝するために、日本軍が長沙市に近づいた時、長沙全域を焼き払って多くの市民を焼死させた。
>>そういう悔しい気持ちを露にした悪態をつくならIDをyu77799にすれば?
>「悪態」ではなく、事実です。
つまらん。
どうでも良いが、何でyu77799のIDで投稿しないんだ?
これは メッセージ 11505 (Marc_Laforet さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11522.html
Re: 全く反論になっていない
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/17 00:52 投稿番号: [11521 / 29399]
>1937年7月に支那事変が始まって以来、支那軍は投降し
>た日本兵を「反戦兵士」を除いて全員惨殺したが、日
>本軍は南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜にして保
>護した事実を直視せよ。
均衡性の問題とは関係がありません。
したがって、戦時復仇を証明する根拠にはなりません。
>本来、報復措置について論じるなら、「均衡性」より
>も、どっちが先に違法行為をしたのかが問題視される
>べきだ。
戦時復仇にそのような論理が存在するのでしたら、学説の提示をお願いします。
出来ないのであれば、ただの言い訳です。
>南京戦以前に支那軍に数多くの不法行為があったのだから、なるよ。
とりあえず、均衡性に関しての証明がありませんので、戦時復仇に該当しません。
それ以前に、事前通告もありませんので、本来、お話にならないのですが・・・。
>ラーベら国際委員会の記録は出鱈目情報を収録したもの
>ばかりで検証などはしていないから証拠力は全くないよ。
ラーベだけではなく、日本側の証言や文書資料においても、市民を殺害した旨の者が残されていますね。
>つまり、南京大虐殺の認識があった、ということですね。
>違うって。
>南京大虐殺の認識ではなく、南京大虐殺をでっち上げて宣伝した認識だ。
ですから、あなたの理解においてもさえも、でっち挙げられた南京大虐殺を認識していたことになるわけですよね?
これは メッセージ 11516 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11521.html
Re: 児玉義雄証言 その後
投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/17 00:38 投稿番号: [11520 / 29399]
>何度でも確認するけど「つまり、児玉証言に基づく捕虜
>虐殺の事実を、答えられないんだね」?
答える・答えないのではなく、本来の論点に関して議論を詰めるべきだと言っているのですよ。
■以下、本来の論点
m.c.> 論点は、虐殺に関する証言の「全てがウソ」だったか否かですよ(笑)。
m.c.> 議論は終わっています。
nmw.>
論点は虐殺に関する証言が本当だったかどうかだが。
nmw.>
「支那兵の降伏を受け入れるな。処置せよ」という命
nmw.>令で、一体何人殺されたんだ?
nmw.>
児玉証言を虐殺の根拠として持ち出したんだから、そ
nmw.>の結果どの程度の規模の「虐殺」がどの時点でどの局面
nmw.>において行われたのか、正確な数は分からなくても概況
nmw.>くらい分かるよな?
m.c.> 「ウソ」と「不正確」とは意味が違うことは知っていますか?
nmw.>
つまり、児玉証言に基づく捕虜虐殺の事実を、答えられないんだね(藁
--------------------------------------------------
-
>
第13師団所属の山田少将に、どうして第16師団が命令できるんだよ。
>
あ・り・え・な・い・だ・ろ!
>
捏造確定だね。
当時、南京の治安任務についており、掃蕩を主に担当していたのが第16師団であったこと、「本間騎兵少尉」が向かった先が南京であったことから、この推測が濃厚だと考えられます。
実際、当時、山田支隊は第13師団の指揮系統から外れていましたしね。
>
前回私はこう訊いたんだけど?
論点を逸らさないようにしましょう。
Msg.11492
>
ところで、下関に捕虜収容所があったのかい?
>
他では聞かないなぁ。
>
捕虜を労役させていた倉庫はあったようだが。
>
もしかして、捕虜を労役させていた作業場を捕虜収容
>所と言っているのかな?
あなたが聞いたことがないからと言って、それは事実にはなりません。
よろしいでしょうか?
>> それから「多数の捕虜を殺害した」と貴方は主張して
>>いるわけだが、「多数」というのは一体何処から導き出された結論かな?
>
どうして答えられないのかな?
駄文が多いので、読み飛ばしてしまいました(笑)。
とりあえず、No.11508で紹介したとおり、下関で捕虜を殺害したという証言が存在します。これは、村瀬守保写真でも、捕虜殺害の状況が確認できると思います。
そしてその規模ですが、例えば、飯沼日記には次のように書かれています。
----
引用
----
飯沼日記
12月14日
「又、南京東方地区ヨリ約一千宛ノ捕虜二群下関方向に移シアルヲ飛行機ニテ視タリト。」
「三・〇〇頃佐々木支隊ノ一中隊は南京東北方ニ於て約二万ヲ捕虜トセリト。又別に四列側面縦隊ニテ直径は八キロメトルニ亘ル捕虜ヲ南京城北側ニ向ヒ護送シアルヲ飛行機ニテ視認セリトノ報告アリ。」
----
終わり
----
実際の数字は解りませんが、このように下関には多数の捕虜が存在していたようです。
まぁ、他にもいろいろあるとは思いますが、このような資料を総合的に判断すると、「多数の捕虜を殺害した」という結論に達するわけです。
これは メッセージ 11515 (nmwgip さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11520.html
Re: デリ君にご教示を請うてみよう 横質問
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2006/03/17 00:32 投稿番号: [11519 / 29399]
> 武漢時代王に工作援助を依頼してきたので、
というのは、何を意味しているのかな?
私には、捕虜を間諜として利用しようとした、ということに見えるのだが。
だとすれば、ハーグ陸戦規則第六条の「一切作戦動作ニ関係ヲ有スヘカラス」に明確に違反し、捕虜として保護していることにはならないが。
ハーグ陸戦規則
第六条[労務]
国家ハ、将校ヲ除クノ外、俘虜ヲ其ノ階級及技能ニ応シ労務者トシテ使役スルコトヲ得。
其ノ労務ハ、過度ナルヘカラス。又一切作戦動作ニ関係ヲ有スヘカラス。(以下省略)
答えがなかったのでもう一度質問させて貰うよ。
これは メッセージ 11509 (Marc_Laforet さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/11519.html
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