南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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Re: これも全く反論になっていない2

投稿者: Marc_Laforet 投稿日時: 2006/03/18 22:27 投稿番号: [11550 / 29399]
>ちゃう、ちゃう。
>逆だよ、逆。
>ダーディンは、句容まで行ったことを記事にしたか?
>しなかっただろ。
>ダーディンが記事にしたのは、主に安全区の出来事だろ。

■これは間違いです。

----  引用  ----
『南京事件資料集1』P421
ニューヨークタイムズ   12月18日
「日本軍の下関門の占領は、防衛軍兵士の集団殺戮を伴った。彼らの市外は砂嚢に混じって積み上げられ、高さ六フィートの小山を築いている」
「中山路はいまやごみの大通りと化し、汚物、軍服、小銃、拳銃、機関銃、野砲、ナイフ、背嚢などが全域に散乱していた」
「中国軍は、中山陵公園内の立派な建物や住宅を含む郊外のほぼ全域を放火した。下関はほとんどが焼け落ちた。」
----  終わり  ----



また、ダーディンやスティールが何を記事にしたかが問題ではなく、ダーディンやスティールが、ベイツメモの内容を検証するだけの情報を得ることが出来たか否かが問題です。彼らの行動範囲から、ベイツメモを検証するだけの十分な情報を得ることができたと考えられます。



>そして、12月14日・15日は、安全区以外には民間人は居なかった。

最初から、安全区に避難しなかった市民も多くいました。

----  引用  ----
http://www.geocities.jp/yu77799/anzentitaigai.htmlより
F・T・ダーディンからの聞き書き(2)
私はわずか三日間しかいなかったので、正確な情報は得られませんでしたが、車で市内を回った時、家の中から中国人が出てくるのを見掛けましたし、通りを歩いている中国人も何人か見ました。ですから、皆がみな安全区に入ったのではありません。

  もちろん、安全区の外は危険でしたが、中国人たちは、まさか虐殺が待ち構えていようとは考えていませんでした。何とかなるだろうと、家を出なかったのです。彼らは日本軍の占領がどういうものか経験がありませんでしたし、日本軍はラジオを使って市民に、家にいれば危害は加えない、なにも怖がることはない、と放送していました。したがって虐殺なんて夢想だにしていなかったのでしょう。
(「南京事件資料集1   アメリカ関係資料編    P567〜P568)

―(一九四〇年に日本人が発行した「最新南京市街詳図」を見せて)城内の南部のこの地域は人口密集地ですが、残留していた市民も多かったのですね。

  はい、住民はずいぶん城内に残っていました。脱出した者も多かったようですが、残った者も沢山いました。その地域には日本軍の占領後行ってみましたが、死体がたくさん転がっていました。日本軍の砲弾が激しく撃ち込まれたところです。砲弾によって多くの人々が殺されました。被害を受けなかった家には人がまだ住んでいました。日本軍がこの地域を占領してからもたくさんの中国人が殺されました。日本兵に銃殺されたのです。
(同    P570)
----  終わり  ----

■さらに詳しくは知りたければ、ゆうさんのページをご覧ください。



>??
>事実なのだから、訂正する必要なし。

では、なぜ「南京を去ったダーディンとスティールのみが「日本軍による千人単位の民間人殺害」を目撃することなど有り得ない。」と書いたのですか?
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