竹島 韓国の主張覆す?古地図
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
Re: めだかさんへ-①-1
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/12 14:29 投稿番号: [2271 / 2382]
>>一島説と二島説があったことは事実だよ。「一説于山鬱陵本一島」だからさ。「新筯東國輿地勝覽」を翻訳してる日本人に
于山島と鬱陵島が一島と見間違えるくらい近いって翻訳してる人がいたら紹介してよ。
>引用先見れば分かるでしょう?貴方の真似をしてみましょう。過去レスですでに紹介済み!それぐらい自分で探せ!・・・どうです?(笑)
引用先みても
爆笑珍解釈はされていませ〜ん♪
世界中に
一説于山鬱陵本一島
という記述を
于山島と鬱陵島が一島と見間違えるくらい近い
と翻訳しているのはめだかさんだけってことでよろしいですか?(^o^)/
これは メッセージ 2268 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-3
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 14:21 投稿番号: [2270 / 2382]
>>その為に役人が現地調査したのでしょう?その記録のどこにも、「于山島が独島のような2つの島」と記録されてませんよ?
>于山島ははっきり確認できなかったんだろうね。
という事は、于山島が独島と立証できないわけですね。・・・了解しました。(笑)
>18世紀の日省録と世宗実録地理誌をごちゃまぜにするのも世界で君一人だよ。
こちゃまぜも何も、于山島に関する現地調査が「日省録」に書かれている以上、否定のしようがありません。それを否定するなら、相応の文書を出しなさい!貴方にサルよりマシな知能があるなら分かる理屈ですよね?(大笑)
>日省録の話がしたかったら
一説于山鬱陵本一島
の爆笑解釈を君が訂正してからだよ。
そんな姑息な取引には応じませんよ?(笑)地図も何もない于山島が独島と信じる爆笑珍解釈を披露願います。
>どうだ?
君以外に爆笑解釈をしてる人は見つかったか?(笑)
どうした?独島を示す地図が一枚もないのはなぜ?答えろよ。(笑)
>>それは大間違い!正しくは、①「二島相去不遠」=于山島と鬱陵島との位置関係が互いに遠くない。②「風日清明、則可望見」=規式に基き、半島から天候が良くなければ望み見ることができない。
>根拠のない妄言はうんざりだよ。
おやおや、写真や映像のリック貼ったのに、何を観てたの?願望をことごとく否定されると目も可笑しくなるのか?おっと、貴方の場合は頭も可笑しかったですね。(笑)
>>だったら、どうして于山島が2つの島からなる独島と特定できるんだよ?それに、役人が現地調査したにもかかわらず、なぜ独島の地図が一枚も無いんだよ?
>鬱陵島は現地調査できたんだけど于山島は現地調査できなかったんだよ。
という事は、于山島が独島という立証は不能だね。それでも于山島が独島と恥知らずにも言い張るのかね?
>この話の続きは
今の話を片付けてからにしようね。
その君のぼやきは、前レスで論破済みだよ。
>①とまとめて返信してるから。しっかり読んでみろ。
だったら、前後関係が分かるように返信しろ!
これは メッセージ 2267 (h369jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-2
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 14:17 投稿番号: [2269 / 2382]
>実際に行ったかどうかが問題ではなく、知っていたかどうかが問題なんだよ。
いいえ、地理に関する見聞録ですから両方重要です。それぐらいの認識もないとは呆れますね。(失笑)
>地理誌は朝廷の命によって編纂されるのもで、鬱陵島探索の情報は当然地理誌に反映されるんだよ。
そうですよね。貴方の解釈のように、半島以外から見た記述なら、その情報も記述されてるはずですよね。しかし、それが無いのはなぜ?(笑)
>めだかさんは
↑その煽りは禁止ですよ。何度言っても理解できないのをアホと呼びます。
>「二島相去不遠、風日清明、則可望見」と記述されているのですが、東海上に上記のような位置関係にあるのは鬱陵島と独島以外にはないから。
はいはい、また馬鹿の一つ覚えですね。(失笑)断言だけならサルでも朝鮮人でも出来ますよ?
これは メッセージ 2266 (h369jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-1
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 13:24 投稿番号: [2268 / 2382]
>情報が交錯した理由なら
複数の情報源があったから。
>情報が交錯したことを示せっていうんなら、一島説と二島説があるから。
その程度の理由が限界でしょう。(笑)于山島が独島という結論が常に先にあり、我田引水的に規式と地域表示を無視した状態では、全く説得力無しです!
>子供相談室じゃないんだから
少しは自分で考えろよ。
子供じゃないんだから、「世宗実録 地理志」の読み方ぐらい自分で理解しろよ!祖国の資料もろくに読めず、恥ずかしくないのかね?(失笑)
>一島説と二島説があったことは事実だよ。「一説于山鬱陵本一島」だからさ。「新筯東國輿地勝覽」を翻訳してる日本人に
于山島と鬱陵島が一島と見間違えるくらい近いって翻訳してる人がいたら紹介してよ。
引用先見れば分かるでしょう?貴方の真似をしてみましょう。過去レスですでに紹介済み!それぐらい自分で探せ!・・・どうです?(笑)
>君のいうように
一島に見えるくらい近いことを示している
ってのが正しいのなら
逆に、貴方のいうように、規式や地域表示を無視し「世宗実録」を読んで良いという明解な根拠を示せる奴が居たら教えてよ。
>恥ずかしげも無く自分の無知をさらしてるHPがあれば
はいはい、貴方は恥ずかしげもなく、「世宗実録」だけに固執し、都合の悪い他の古文書や古地図の矛盾にはろくに反論できないのが判明してますね。そもそも、歴史的に朝鮮王朝が独島を認識していれば、何らかの形で地図に残している筈だが?それが不思議と2つの島で描かれた独島(現竹島)が日本側にはあるが、朝鮮側には1枚もないんだね。(大笑)そんな乏しい根拠で、于山島が独島と言い張るとは?どこまで、朝鮮人は生き恥をさらしたいのだろう。
>君のような理解をしてる人は
世界中に君以外にはいないよ。
世界中だって??(大笑)祖国韓国の憲法も知らず、親日法は何の問題もないと大恥さらして逃げた貴方に言われる筋合いはありませんよ。
>独島が日本領であると主張する方々の多くが
欝陵島捜討官の朴錫昌等が作成した『欝陵島図形』のみをもって于山島は竹嶼であると結論をつけたがるように感じます。
そんな事はないですね。
①「欝陵島図形」は、于山島が竹嶼である有力な証拠の1つであり、海長竹田の文字が示すように現在の竹嶼には竹が自生している。
②「日省録」では于山島の位置や大きさが具体的に示され、竹嶼と立証されている。
それに対し、貴方を含む韓国側は、上記の主張に対抗するだけの古文書も独島を示す地図もない!日本側には2つの島として描かれているのに不思議ですね。(大笑)普通の感覚ならその違いに疑問を持つのですが、常に願望優先で平然と嘘がつける朝鮮人には通用しないようです。(失笑)
>たしかにその地図では欝陵島の東に小島が描かれ 「海長竹田 所謂于山島」と文字が記入されていますので朴錫昌は于山島を竹嶼と思い込んでいたのでしょう。
そうそう、都合が悪いことは思い込みであると、単純に否定し、「世宗実録」の読み方が象徴するように、規式や地域表示を無視して、我田引水的に都合よく解釈する。そんな恥知らずな解釈だから、日本側とまともに学術論争ができないのです。実際、日本側の申し入れから韓国側は逃げ廻っているらしいですからね。以前、ユーチューブでも観ましたが、研究者同士が接触することさえ禁じられてるらしいですよ?(失笑)
>しかしながら欝陵島捜討官の中には独島を正しく認識していた官吏もいたのも事実です。
それは、貴方の願望ですね。(笑)事実と断言するなら、その古文書を出しなさい!
>欝陵島捜討官 張漢相は 欝陵島の辰(東南東)方向三百余里(120km)に島があることを確認して『蔚陵島事蹟』に記録しています。
それは、そこに島がある記録だけで、それが于山島である立証が出来なければ意味がありませんね。日省録のような現場調査した資料はありますか?
>他の文献なども考慮して考えると欝陵島捜討官の朴錫昌の于山島=竹嶼説が朝鮮政府の考えと一致しているとは言えませんよ。
では、朝鮮王朝国政全般の記録書である「日省録」の于山島に関する記述は、どう説明するのですか?
>めだかさん以外
↑忠告したはずですよ?そういう余計な煽りは止めろと!貴方のつまらないぼやきは良いです。
>時代が違うからねぇ(笑)
世宗実録地理誌の解釈に日省録はなんの足しにもなりませんよ。
そうやって逃げるのが限界のようですね。(笑)日省録に于山島の位置や大きさが書かれている以上、否定のしようがありませんね。
これは メッセージ 2265 (h369jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-3
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/12 12:16 投稿番号: [2267 / 2382]
>その為に役人が現地調査したのでしょう?その記録のどこにも、「于山島が独島のような2つの島」と記録されてませんよ?
于山島ははっきり確認できなかったんだろうね。
>逆に「日省録」や「鬱陵島圖形」により、島の大きさや竹が自生している事がわかってますね。実際の独島は大きさも違うし、竹も自生する環境にない!・・・貴方の主張も、どんどん矛盾が出てきますね。(失笑)
18世紀の日省録と世宗実録地理誌をごちゃまぜにするのも世界で君一人だよ。日省録の話がしたかったら
一説于山鬱陵本一島
の爆笑解釈を君が訂正してからだよ。
どうだ?
君以外に爆笑解釈をしてる人は見つかったか?(笑)
>それは大間違い!正しくは、①「二島相去不遠」=于山島と鬱陵島との位置関係が互いに遠くない。②「風日清明、則可望見」=規式に基き、半島から天候が良くなければ望み見ることができない。
根拠のない妄言はうんざりだよ。「一説于山鬱陵本一島」を爆笑解釈できる君だから「二島相去不遠
風日清明
則可望見」はもう自由に解読できるだろうよ。
とりあえず
一説于山鬱陵本一島
の爆笑解釈は意味以外に主張してる人はいたか?(笑)
>だったら、どうして于山島が2つの島からなる独島と特定できるんだよ?それに、役人が現地調査したにもかかわらず、なぜ独島の地図が一枚も無いんだよ?
鬱陵島は現地調査できたんだけど于山島は現地調査できなかったんだよ。
>>他の古地図は関係ないよ。
他の古地図の話をしたいんなら、具体的にこの古地図って明確に示せよ。
>おいおい、もう忘れたのかよ?前に古地図の映像貼っただろうが!
独島が日本領であると主張する方々の多くが
欝陵島捜討官の朴錫昌等が作成した『欝陵島図形』のみをもって于山島は竹嶼であると結論をつけたがるように感じます。
たしかにその地図では欝陵島の東に小島が描かれ 「海長竹田 所謂于山島」と文字が記入されていますので朴錫昌は于山島を竹嶼と思い込んでいたのでしょう。
しかしながら欝陵島捜討官の中には独島を正しく認識していた官吏もいたのも事実です。欝陵島捜討官 張漢相は 欝陵島の辰(東南東)方向三百余里(120km)に島があることを確認して『蔚陵島事蹟』に記録しています。
他の文献なども考慮して考えると欝陵島捜討官の朴錫昌の于山島=竹嶼説が朝鮮政府の考えと一致しているとは言えませんよ。
この話の続きは
今の話を片付けてからにしようね。
一説于山鬱陵本一島
の爆笑珍解釈の友達は?
いないだろ?(笑)
>で②には反論不能かよ?(大笑)
①とまとめて返信してるから。しっかり読んでみろ。(大笑)
これは メッセージ 2264 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-2
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/12 11:58 投稿番号: [2266 / 2382]
>>朝廷が鬱陵島の探索を行った記録がありますので、現地に役人が行ってるのは事実ですよ。
>それは知ってますよ!(笑)しかし、「世宗実録」と「新筯東國輿地勝覽」の記述者は鬱陵島に行ってない事は確かです。でなければ、あのような曖昧な記述になるわけがありません。
実際に行ったかどうかが問題ではなく、知っていたかどうかが問題なんだよ。地理誌は朝廷の命によって編纂されるのもで、鬱陵島探索の情報は当然地理誌に反映されるんだよ。
>どうやって、貴方は「于山島が2つの島からなる独島」と特定できたのですか?
めだかさんは同じ質問を繰り返すのが好きだね。何度も答えてあげてるのにさ。
めだかさんはなんでもかんでも一緒にしちゃうから
最初にはっきりさせておくけど
これは朴錫昌の日省録や新筯東國輿地勝覽の記述に関してじゃなく、世宗実録地理誌の記述に関してだよね?
「二島相去不遠、風日清明、則可望見」と記述されているのですが、東海上に上記のような位置関係にあるのは鬱陵島と独島以外にはないから。
これは メッセージ 2263 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-1
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/12 11:45 投稿番号: [2265 / 2382]
>最初に「Re: めだかさんへ-②」へは反論不能なのかね?
一つにまとめて返信してるから。
>>それぞれの地理誌の編纂者は、各地から情報を取り寄せ、その情報をもとに記述しました。その取り寄せた情報が交錯していたのでしょう。
>では交錯した根拠は?
情報が交錯した理由なら
複数の情報源があったから。
情報が交錯したことを示せっていうんなら、一島説と二島説があるから。
子供相談室じゃないんだから
少しは自分で考えろよ。
>>理由はともかく、一島説と二島説があったことは事実ですね。
>理由はともかく??それが説明できなければ、交錯した根拠にならないでしょうが?
一島説と二島説があったことは事実だよ。「一説于山鬱陵本一島」だからさ。「新筯東國輿地勝覽」を翻訳してる日本人に
于山島と鬱陵島が一島と見間違えるくらい近いって翻訳してる人がいたら紹介してよ。
君のいうように
一島に見えるくらい近いことを示している
ってのが正しいのなら
君以外に一人くらいはそう訳してる人がいるはずだよね?
恥ずかしげも無く自分の無知をさらしてるHPがあれば
是非貼ってください。100%
君のような理解をしてる人は
世界中に君以外にはいないよ。
>ところが、その解釈も下記の通り、朝鮮王朝国政全般の記録書である「日省録」の登場で、于山島が独島でなく、竹嶼である事が判明しますね。(笑)
独島が日本領であると主張する方々の多くが
欝陵島捜討官の朴錫昌等が作成した『欝陵島図形』のみをもって于山島は竹嶼であると結論をつけたがるように感じます。
たしかにその地図では欝陵島の東に小島が描かれ 「海長竹田 所謂于山島」と文字が記入されていますので朴錫昌は于山島を竹嶼と思い込んでいたのでしょう。
しかしながら欝陵島捜討官の中には独島を正しく認識していた官吏もいたのも事実です。欝陵島捜討官 張漢相は 欝陵島の辰(東南東)方向三百余里(120km)に島があることを確認して『蔚陵島事蹟』に記録しています。
他の文献なども考慮して考えると欝陵島捜討官の朴錫昌の于山島=竹嶼説が朝鮮政府の考えと一致しているとは言えませんよ。
↑トップ>地域>世界の地方>環太平洋>大韓民国>竹島
#17888投稿
>いいえ、規式に基き半島から見たと解釈できるからこそ、于山(于山島=竹嶼)は鬱陵島の陰に隠れて見えなかったのです。だから、記述者は一つの島に見えるという一説を参考までに記録したのです。それが妥当性のある解釈で、
原文を無視し、豊かな妄想力を発揮したお笑い爆笑珍解釈はやめましょう。
めだかさん以外でそんな解釈をしている人がいたら
君の話も少しは説得力が出るんだけど
残念ながらそんなアホはさすがに日本にもいませんから。。。
>「日省録」でも独島でない事が判明したように、規式を無視した貴方の珍解釈は通用しません!(笑)
時代が違うからねぇ(笑)
世宗実録地理誌の解釈に日省録はなんの足しにもなりませんよ。
とりあえず、一説于山鬱陵本一島
という記述を
于山島と鬱陵島が一つの島と見間違えるくらい近い
と解釈しているアホが君以外にいるなら貼ってみろよ。
これは メッセージ 2262 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-3
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 01:18 投稿番号: [2264 / 2382]
>独島が二島からなるのに
于山島が二島で構成されていることが明記されていないのは情報不足だったんだよ。
その為に役人が現地調査したのでしょう?その記録のどこにも、「于山島が独島のような2つの島」と記録されてませんよ?逆に「日省録」や「鬱陵島圖形」により、島の大きさや竹が自生している事がわかってますね。実際の独島は大きさも違うし、竹も自生する環境にない!・・・貴方の主張も、どんどん矛盾が出てきますね。(失笑)
>当然、記述をもとに描かれた八道総図も于山島は一つの島として描かれている。
それも当然でしょう?于山島は竹嶼として描かれたのですから!(笑)独島であれば、少なくとも2つの島で描かれてなければいけませんよ?その日韓の古地図の違いを研究した映像が下記に示したものです。
韓国の嘘を検証する2 「竹島の日本と韓国の古地図の比較」
http://www.youtube.com/watch?v
=-
7Vqn1biHRo&feature=related同じ時代の地図でも日本人は明確に竹島(独島)を2つの島として描いてますね。それに比べ、韓国の于山島は1つの島でしかない!・・・それでもまだ恥知らずにも「于山島は独島」と断言するのですか?言うだけならサルでも出来ますよ。(大笑)
>半島から見たってことは100%否定できることはすでに理解できてるかな?
これが理解できていないと先には進めないよ。
規式を無視し、見た場所も特定できないのに、どうして貴方の珍解釈が理解できるのでしょう?悔しかったら他の資料で説明しろよ!・・・えっ、それしかない?それじゃー珍解釈にしかならないね。(大笑)
>だろ?
鬱陵島の近くの竹嶼は
二島相去不遠、風日清明、則可望見
という位置関係じゃないんだよ。
それは大間違い!正しくは、①「二島相去不遠」=于山島と鬱陵島との位置関係が互いに遠くない。②「風日清明、則可望見」=規式に基き、半島から天候が良くなければ望み見ることができない。〜これが正しい解釈です。よく覚えて置くように!
>独島はまさに
風日清明、則可望見
だね^^。
いいえ、実際は、「新筯東國輿地勝覽」で半島から鬱陵島を見た具体的な記述と、それを裏付けるように写真のリンクがあるので、その解釈は完全な間違いです。
>地図はなくても地理誌があれば十分だよ。
それは、日韓古地図の映像リンクでも分かるように、独島を示す地図がどこにもないから、そういう詭弁を使うしかないのです。
>だ・か・ら
鬱陵島から見たのかもしれないし、鬱陵島と独島の間の海上から見たのかもしれないって言ってるんだよ。
だったら、どうして于山島が2つの島からなる独島と特定できるんだよ?それに、役人が現地調査したにもかかわらず、なぜ独島の地図が一枚も無いんだよ?好い加減に理論的に反論してみなさい!
>他の古地図は関係ないよ。
他の古地図の話をしたいんなら、具体的にこの古地図って明確に示せよ。
おいおい、もう忘れたのかよ?前に古地図の映像貼っただろうが!(苦笑)とぼける前に、もう一度目を見開いてよく見ろ!
竹島問題 ・于山島検証動画part1 / 竹島(독도)검증동영상
http://www.youtube.com/watch?v=kIXP91IJTK0>一島説が
近いことを示すことじゃないってことは理解できたか?
上記のリンク映像を見て、于山島が独島でない事は理解できたか?(笑)
で②には反論不能かよ?(大笑)
これは メッセージ 2261 (h369jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-2
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 01:01 投稿番号: [2263 / 2382]
>むしろ鬱陵島の探索に出かけ竹嶼の存在を確認した後に、于山島と鬱陵島は同じ島だという説があるって記述しているんだからそれは于山島が竹嶼でないことを証明しているんだよ。
ところが、その珍説も、自説に都合の良い古文書しか見ないから貴方は恥をさらすのです!下記の通り、于山島は竹嶼という証明がされているのですよ?
************************************************************
古地図の竹嶼 [編集]
1699年及び1701年、鬱陵島を監督していた鬱陵島捜討官製作の「鬱陵島外圖」には、その位置関係から竹嶼に比定される大于島と、観音島に比定される小于島が描かれている。
1711年製作の「鬱陵島圖形」にも、竹嶼に比定される海長竹田と記された于山島が描かれている。海長竹は女竹(笹)のことで、この島には実際多くの竹が自生している。これらの鬱陵島掃討官が製作した鬱陵島調査地図は4枚確認されており、また捜討官の地図を基に書かれた鬱陵島の詳細図も二十数枚確認されている。いずれも南北に長細い形状をしており竹嶼に比定できる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%B6%BC************************************************************
また于山島(竹嶼)の海長竹という女竹も、現在の竹嶼に自生している事が以下の映像でわかります。上陸から離島まで3つのパートに分かれてますが、上陸後のパート2に竹が自生している事がわかります。それは「鬱陵島圖形」の于山島に描かれた「海長竹」を示すものです。
Seeking for Usando于山島. Trip to Ulleungdo and Jukdo Part 2
【竹島問題】
http://www.youtube.com/watch?v=g_RnlPmTnCc&feature=related>朝廷が鬱陵島の探索を行った記録がありますので、現地に役人が行ってるのは事実ですよ。
それは知ってますよ!(笑)しかし、「世宗実録」と「新筯東國輿地勝覽」の記述者は鬱陵島に行ってない事は確かです。でなければ、あのような曖昧な記述になるわけがありません。
>↑今までこの一文を独島から鬱陵島を見たとか、鬱陵島から独島を見たなどと主張したこことはありませんよ。
>という新筯東國輿地勝覽に関する一文を取り上げて
それを無理やり世宗実録地理誌に関しての意見にすり替え
はいはい、それはすり替えではなく「世宗実録」より「新筯東國輿地勝覽」の方がより詳しい記述になっているから引用したのでしょうが?うだうだと嘆くのは、もう結構です。(失笑)であれば、どうやって、貴方は「于山島が2つの島からなる独島」と特定できたのですか?この質問から何度逃げ廻っても無駄です。観念して答えなさい!
>No2228:>「于山と武陵は蔚珍県の東の海中にあり、二島は互いに遠くなく
風日清明であれば
望み見ることが出来る」
>>という文章から于山が独島だと断言できるんだよ
>↑ではこれをどう弁解するので??
>恥ずかしくもなく
よくそんな詐欺みたいなことが出来るね。
あれれ?貴方、大分混乱してますね。・・・弁解もなにも、それは貴方自身のレスでしょうが?恥ずかしげもなく、よくもそんな詐欺みたいな勘違いが出来るね。これが俗に言う、朝鮮人の自爆芸ですか?(大笑)
〜-3に続く
これは メッセージ 2261 (h369jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-1
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 00:43 投稿番号: [2262 / 2382]
最初に「Re: めだかさんへ-②」へは反論不能なのかね?それとも、都合が悪いから見なかったふりしてるの?(大笑)
>それぞれの地理誌の編纂者は、各地から情報を取り寄せ、その情報をもとに記述しました。その取り寄せた情報が交錯していたのでしょう。
では交錯した根拠は?他の文書で補足証明しないと憶測の域を出ません。もしかして、たまたま「江原道蔚珍縣」だけ、規式に反し、半島以外の場所から見たというのですか?という事は李朝の役人は地理書もまともに編纂できない無能だったという事ですね。(失笑)・・・しかしながら、その見た場所が表記されてない状態では苦しい反論ですね。(大笑)
>理由はともかく、一島説と二島説があったことは事実ですね。
理由はともかく??それが説明できなければ、交錯した根拠にならないでしょうが?何を姑息に逃げているのですか!(笑)
>竹嶼は探さなくても確認できるで鬱陵島の傍にある小さな島の存在はすでに知っていたのです。
なのでその島を于山島と考えていたのであれば、一説于山鬱陵本一島
という説はありえない。だって明確に二島あることを把握してるんだもん。
ところが、その解釈も下記の通り、朝鮮王朝国政全般の記録書である「日省録」の登場で、于山島が独島でなく、竹嶼である事が判明しますね。(笑)
*******************************************************************
『日省録』の于山島:1760年から1910年までの朝鮮王朝の国政全般を記した官撰(解説の一部を抜粋)
1807年5月12日の項に鬱陵島を調査した役人の記録があり、「北有于山島周回為二三里許」(翻訳:北に于山島があって周囲は二三里をなしている)と報告している。于山島が鬱陵島の北にあって周囲が約800m−1200m(朝鮮の1里は約0.4km)であることが分かる。この記述に一番近い島でいえば竹嶼ということになる。竹嶼は鬱陵島の北東にあって、南北に約700mほどの細長い島である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8E%E5%B1%B1%E5%B3%B6#.E3.80.8E.E6.97.A5.E7.9C.81.E9.8C.B2.
E3.80.8F.E3.81.AE.E4.BA.8E.E5.B1.B1.E5.B
3.B6******************************************************************
これは現地調査した役人の報告書ですので、「新筯東國輿地勝覽」より詳しい記述です。要点を箇条書きにしておきます。
①于山島は、鬱陵島の北にあり、島の大きさも具体的に表記されていて、現在の竹嶼を記録した事がわかる。
②于山島が独島のように二つで構成された島という記述はどこにもない!
それに対し、実際の独島の方向は鬱陵島の南東側であり、島の大きさも違う。貴方の珍解釈では、見た場所は不明でも、天候が良くないと見えないぐらい遠くにある筈ですよね?そのような表現もない。・・・さて、以上の記述をどう解釈するのでしょうか?(笑)他にも于山島が竹嶼と裏付られるものがありますが、一度に出すと貴方が混乱するでしょうから、小出しにします。(笑)さて、どういう珍解釈で笑わせてくれるか、楽しみにしてますよ。
>半島から見た記述だから一島説を紹介したってのは理由になりませんよ。
いいえ、規式に基き半島から見たと解釈できるからこそ、于山(于山島=竹嶼)は鬱陵島の陰に隠れて見えなかったのです。だから、記述者は一つの島に見えるという一説を参考までに記録したのです。それが妥当性のある解釈で、「日省録」でも独島でない事が判明したように、規式を無視した貴方の珍解釈は通用しません!(笑)
〜-2に続く
これは メッセージ 2261 (h369jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/11 22:35 投稿番号: [2261 / 2382]
>>一島なのか、二島なのか、過去の歴史書では明確にされていなかったので、
>では、なぜ明確になってないのですか?その理由を説明願います。
それぞれの地理誌の編纂者は、各地から情報を取り寄せ、その情報をもとに記述しました。その取り寄せた情報が交錯していたのでしょう。
理由はともかく、一島説と二島説があったことは事実ですね。
>なぜ、そいういう記述かというと、半島側から見た状況で記述したからです。それを否定するなら、根拠を示しなさい。
新筯東國輿地勝覽の記述は「于山島 鬱陵島 一云武陵 一云羽陵 二島在縣正東海中」で
于山島と鬱陵島の二島があるという記述です。于山島は半島から見えませんが
それでも二島あるという記述です。新筯東國輿地勝覽が編纂される以前に鬱陵島は役人が探索に出かけています。鬱陵島の東側にある
竹嶼は探さなくても確認できるで鬱陵島の傍にある小さな島の存在はすでに知っていたのです。
なのでその島を于山島と考えていたのであれば、一説于山鬱陵本一島
という説はありえない。だって明確に二島あることを把握してるんだもん。
半島から見た記述だから一島説を紹介したってのは理由になりませんよ。
むしろ鬱陵島の探索に出かけ竹嶼の存在を確認した後に、于山島と鬱陵島は同じ島だという説があるって記述しているんだからそれは于山島が竹嶼でないことを証明しているんだよ。
>つまり、一島説の記述があるという事は、現地に役人が行かず、半島側から見た状況と明解に分かります。
朝廷が鬱陵島の探索を行った記録がありますので、現地に役人が行ってるのは事実ですよ。
#2255>新筯東國輿地勝覽の「三峰岌●●空
南峯稍卑
風日清明
則峯頭樹木及山根沙渚
歴歴可見
風便則二日可到」という一文は半島から鬱陵島を見た状況だと私も思います。
↑今までこの一文を独島から鬱陵島を見たとか、鬱陵島から独島を見たなどと主張したこことはありませんよ。
という新筯東國輿地勝覽に関する一文を取り上げて
それを無理やり世宗実録地理誌に関しての意見にすり替え
No2228:>「于山と武陵は蔚珍県の東の海中にあり、二島は互いに遠くなく
風日清明であれば
望み見ることが出来る」
>という文章から于山が独島だと断言できるんだよ
↑ではこれをどう弁解するので??
恥ずかしくもなく
よくそんな詐欺みたいなことが出来るね。
独島が二島からなるのに
于山島が二島で構成されていることが明記されていないのは情報不足だったんだよ。
当然、記述をもとに描かれた八道総図も于山島は一つの島として描かれている。
日本外務省がHPで取り上げているお笑いパンフレットに掲載されている日本與地路程全図は19世紀中期のものだが
それでも独島は一つの島として描かれているよ。
今の価値観で古地図を見ればすべてが疑問だらけになるよ。
>見た場所が分からないのに、どうして于山島が2つの島からなる独島と断言できるのですか?
だ・か・ら
音読してないんだろ?
やれやれ・・・。
世宗実録地理誌の于山島と鬱陵島の位置関係を示している記述は
二島を見た場所は確定されないんだけど、半島から見たってことは100%否定できることはすでに理解できてるかな?
これが理解できていないと先には進めないよ。
>実際は鬱陵島の近くに竹嶼(于山島)があり、独島はそれより離れた場所にある。それも天候が良くなければ見えない場所に!
だろ?
鬱陵島の近くの竹嶼は
二島相去不遠、風日清明、則可望見
という位置関係じゃないんだよ。
独島はまさに
風日清明、則可望見
だね^^。
>その地図自体が韓国にないのが致命的です。
地図はなくても地理誌があれば十分だよ。日本のように独島の領有権を主張するパンフに掲載した日本與地路程全図の初版が竹島と松嶋を朝鮮領としてたなんて地図は致命的だけどね^^。
>にもかかわらず、貴方は鬱陵島から見たと憶測したのでしょう?
だ・か・ら
鬱陵島から見たのかもしれないし、鬱陵島と独島の間の海上から見たのかもしれないって言ってるんだよ。いずれにしても「二島相去不遠、風日清明、則可望見」なんだからさ。
半島からじゃないのだけは明白だね^^。
>他の古地図にも〜
他の古地図は関係ないよ。
他の古地図の話をしたいんなら、具体的にこの古地図って明確に示せよ。
一島説が
近いことを示すことじゃないってことは理解できたか?
これは メッセージ 2257 (azusa2008jp さん)への返信です.
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訂正:竹島 韓国の主張覆す?古地図
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/11 20:38 投稿番号: [2260 / 2382]
相変わらず
在日の人たちは過去資料を都合よく懸命に説明してますが
資料の読み方を全く理解できていないようです
竹島は数十年大韓民国が実行支配しても韓国領とならず、国際司法裁判所かから姑息に逃げ廻り、馬鹿みたいに竹島に無駄な金を注ぎ込む状態が続くのでしょう
韓国人は過去の日本人様の言った事を負け犬の様に吠えているだけが
精一杯でしょうね
日本に帰化した元在日も恥ずかしいでしょうね。(失笑)
これは メッセージ 2256 (dokuto_toukai さん)への返信です.
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訂正:Re: めだかさんへ-②
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/11 20:31 投稿番号: [2259 / 2382]
訂正:「世宗実録」だけに固執しても無駄ですよ
これは メッセージ 2258 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-②
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/11 20:29 投稿番号: [2258 / 2382]
>いずれにしても独島と鬱陵島のことが「二島相去不遠、風日清明、則可望見」と記述されているのですよ。
「世宗実録」のどこにも独島という文字はありませんよ?勝手に本文を改竄しないように!(笑)
>だからこそ于山島=独島と断言できるのです。上記のような位置関係にあるのは鬱陵島と独島以外にはないからね。
全然意味不明!しかし、実際は鬱陵島の近くに竹嶼(于山島)があり、独島はそれより離れた場所にある。それも天候が良くなければ見えない場所に!それに、その地図自体が韓国にないのが致命的です。
では、「于山島が2つの島からなる独島」という根拠は?また、なぜそれを示す古地図が一枚もないのですか?いくら「世宗実録」の一文に固執しても、それを裏付ける資料や古地図がなければ、何の説得性もありません。相変わらず、貴方の珍論は説得性がなく崩壊ですね。(大笑)
>めだかさんが
そういう、呼び方や慎みましょうよ。子供じみて大人気ないですよ。(苦笑)余計な事せずに、本題で正々堂々と討論してください。
>何度か繰り返し読み返すと小学生でも理解できると思いますので
どうぞよろしく!
であれば、箇条書きにして論点を整理し、説明願います。それができなければ、自説の論点も整理できない無能と馬鹿にされますよ?(笑)
>↑はい、あなたの文章で〜す\(^o^)/。
繰り返しますが
私が「独島から見たと憶測した」などと妄想は止めてくださいね。
はいはい、それは大変失礼いたしました。では改めて訂正いたします。
訂正:№2251>では伺いますが、「世宗実録 地理志」には、どこにも鬱陵島から見たという文字はありません。にもかかわらず、貴方は鬱陵島から見たと憶測したのでしょう?そういう自己矛盾に気が付かないとは?妄言にもほどがありますよ?(笑)
↑このように訂正しましたので、貴方の憶測の根拠をお答え願います。
>新筯東國輿地勝覽に添付された地図では于山島と鬱陵島ははっきり別々の島として描かれています。
他の古地図にも于山島と鬱陵島は別々の島と描かれてますよ。それらに共通している事は、于山島が独島のように2つの島ではなく、1つの島として描かれいますね。それでも于山島が独島とする根拠は?逃げずに答えてください。
>がどうであれ、新筯東國輿地勝覽の記述とは関係ありませ〜ん♪
ご理解いただけました?
同じ半島からの記述なのに、なぜ関係ないといえるのですか?都合の悪い他の資料や古地図を無視して、「世襲実論」だけに固執しても無駄ですよ。(大笑)
これは メッセージ 2255 (h369jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/11 20:28 投稿番号: [2257 / 2382]
>ちなみに高麗史では鬱陵島と独島は本来一島であるが、二島であるという説もあるよって
新筯東國輿地勝覽と違う記述となってます。
高麗史のどこに「独島」という島があるのですか?さりげなく嘘を紛れ込ませてはいけませんよ?(笑)
>一島なのか、二島なのか、過去の歴史書では明確にされていなかったので、
では、なぜ明確になってないのですか?その理由を説明願います。
>新筯東國輿地勝覽でも二島であるとしながらも、一島であるという説も紹介してあるんですよ。
なぜ、そいういう記述かというと、半島側から見た状況で記述したからです。それを否定するなら、根拠を示しなさい。
>二島が近ければ、鬱陵島探索へ派遣した役人たちが
于山島と鬱陵島を簡単に確認できるので一島説はありえません。
そうですね。つまり、一島説の記述があるという事は、現地に役人が行かず、半島側から見た状況と明解に分かります。その二島が近いからこそ様々な古地図に于山島は鬱陵島の近くに描かれているのです。その解釈の方が辻褄があいますね。(笑)
>一島説と二島説が混在したのは二島が近いからではないのですよ♪
わかりますかぁ〜(^^)。
では、「于山島が2つの島からなる独島」とする珍解釈はどこにあるのですか?いつまでも逃げ廻らずに答えてください!(失笑)
>今までこの一文を独島から鬱陵島を見たとか、鬱陵島から独島を見たなどと主張したこことはありませんよ。
No2228:>「于山と武陵は蔚珍県の東の海中にあり、二島は互いに遠くなく
風日清明であれば
望み見ることが出来る」
>という文章から于山が独島だと断言できるんだよ
↑ではこれをどう弁解するので??(笑)・・・朝鮮人らしく、息を吐くような嘘をついてはいけませんね?(失笑)しかも断言しながら、于山島が2島からなる独島の根拠を何度聞いても答えられない。もう限界ですか?(大笑)それから逃げた状態では何を言っても納得しませんよ?
>でもね、そうであっても上記の記述が于山島と鬱陵島が一島と混同するくらい近いなんてことにはなり得ませ〜ん。
いいえ、普通に読めば、互いに近いからこそ一島と混同された説が出てきたのです。でなければ、一島説が出てくるわけがありません。よって、貴方の反論は全く辻褄が合いません。
>>貴方は、No2224では、どこから見た記述か分からないと言いながら、№2228では一転して、于山島が独島であると断言している。支離滅裂ですね。(失笑)その矛盾を合理的に反論願います。
>どこが矛盾なのか
それがわからないのですけど・・・。
こんどはボケたふりですか?(笑)見た場所が分からないのに、どうして于山島が2つの島からなる独島と断言できるのですか?その根拠を聞いているのです。逃げずに答えなさい!〜②に続く
これは メッセージ 2255 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 竹島 韓国の主張覆す?古地図
投稿者: dokuto_toukai 投稿日時: 2010/09/11 18:11 投稿番号: [2256 / 2382]
相変わらず
ここの人たちは過去資料を懸命に説明してますが
今現在の現状を全く理解できていないようです
竹島は数十年大韓民国が実行支配しており、日本は防衛白書くらいにしか
記載できない程です
未来永劫この状態が続くのでしょう
日本人は過去のアメリカ様の言った事を負け犬の様に吠えているだけが
精一杯でしょうね
日本人として恥ずかしいです
これは メッセージ 1 (y_news_topics さん)への返信です.
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めだかさんへ
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/11 18:06 投稿番号: [2255 / 2382]
>>島同士が近いという解釈だと
結局島は二つあるってことになるよ。記述は「一説には于山と鬱陵は一島で」
>違うでしょ、島同士が近いから、一つの島と混同する説があるという意味でしょうが?
一つの島に二つの呼び名があるという意味なんですよ。あなた自身が貼り付けた資料の翻訳部分も「一説に于山と鬱陵は本来1つの島で、100里(約 40キロメートル)四方ある。」ってあるでしょ。それが正しい翻訳なんです。
韓国人も日本人も上記のように翻訳してますし、それ以外の翻訳は無理ですよ。
ちなみに高麗史では鬱陵島と独島は本来一島であるが、二島であるという説もあるよって
新筯東國輿地勝覽と違う記述となってます。
欝陵島
在縣正東海中 新羅時稱于山國 一云武陵 一云羽陵 地方百里 〜略〜 一云于山武陵本二島 相距不遠 風日清明 則可望見
鬱陵島は県のちょうど東の海にある。新羅のとき于山国と称した。一説に武陵や羽陵とも言われ、百里四方ある。
〜略〜
一説に于山と武陵は本来二島といわれ、お互いの距離は遠くなく、天気が清明であれば望み見ることができる。
一島なのか、二島なのか、過去の歴史書では明確にされていなかったので、新筯東國輿地勝覽でも二島であるとしながらも、一島であるという説も紹介してあるんですよ。
>だから、それを混同と表現したのです。
二島が近ければ、鬱陵島探索へ派遣した役人たちが
于山島と鬱陵島を簡単に確認できるので一島説はありえません。
一島二呼称説ではどちらかが実在しない幻の島となるのですからね。
一島説と二島説が混在したのは二島が近いからではないのですよ♪
わかりますかぁ〜(^^)。
>実際は二島あるのに、一島という説があるという事は、それだけ島同士が近い事を示してます。
どんなに島同士が近くても陸続きじゃない以上、それは二島なんですよ。島同が近ければ一島説は生まれないの。新筯東國輿地勝覽が編纂される以前に、実際に役人が鬱陵島探索に派遣されてるんだからね。半島から目を凝らして見ていただけじゃないんだよ。ご理解いただけますかぁ〜?\(^o^)/
>もし、記述者が鬱陵島から見たとするなら、そのような表現になるわけないですね。
新筯東國輿地勝覽の「三峰岌●●空
南峯稍卑
風日清明
則峯頭樹木及山根沙渚
歴歴可見
風便則二日可到」という一文は半島から鬱陵島を見た状況だと私も思います。
今までこの一文を独島から鬱陵島を見たとか、鬱陵島から独島を見たなどと主張したこことはありませんよ。
でもね、そうであっても上記の記述が于山島と鬱陵島が一島と混同するくらい近いなんてことにはなり得ませ〜ん。
>貴方は、No2224では、どこから見た記述か分からないと言いながら、№2228では一転して、于山島が独島であると断言している。支離滅裂ですね。(失笑)その矛盾を合理的に反論願います。
どこが矛盾なのか
それがわからないのですけど・・・。
>鬱陵島から独島を見たのかもしれないのですが
そうとも限りません。鬱陵島と独島の間の海上から見たことかも知れません。
いずれにしても独島と鬱陵島のことが「二島相去不遠、風日清明、則可望見」と記述されているのですよ。
だからこそ于山島=独島と断言できるのです。上記のような位置関係にあるのは鬱陵島と独島以外にはないからね。
めだかさんが矛盾していると指摘していることが何なのか理解できませんが、上記のようなことですので
どうぞご理解くださいませ。
何度か繰り返し読み返すと小学生でも理解できると思いますので
どうぞよろしく!
>大分混同してますね。この私の文書のどこに独島から見たと書いてあります?妄想は貴方の方ですよ?(大笑)
№2251>では伺いますが、「世宗実録 地理志」には、どこにも独島(于山島)から見たという文字はありません。にもかかわらず、貴方は独島から見たと憶測したのでしょう?そういう自己矛盾に気が付かないとは?妄言にもほどがありますよ?(笑)
↑はい、あなたの文章で〜す\(^o^)/。
繰り返しますが
私が「独島から見たと憶測した」などと妄想は止めてくださいね。
>「一つの島と混同するくらい近い」ことを裏付けるように、様々な古地図では、于山島と鬱陵島は近くに描かれ、于山島は独島と違い一つの島として描かれている。それらをどう説明するのですか?
新筯東國輿地勝覽に添付された地図では于山島と鬱陵島ははっきり別々の島として描かれています。
その後に描かれた地図がどうであれ、新筯東國輿地勝覽の記述とは関係ありませ〜ん♪
ご理解いただけました?\(^o^)/
これは メッセージ 2254 (azusa2008jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/200000230/cddeg4z9qa4nbcgda5ja4a498ecobfde_1/2255.html
Re: 池之めだかさんへ
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/11 14:58 投稿番号: [2254 / 2382]
タイトル見て、思わず笑ってしまいました。なぜなら、その状況は、貴方自身が鏡に向かって独り言を言っているように見えたからです。(笑)まだ、貴方は虚勢張って、生き恥をさらしたいようですね。まさに「崖っぷちのh369jp」状態です。(笑)・・・良いでしょう。そのご要望に答えてあげますよ。(笑)
>後ずさりしながらワンワン吼えてるワンちゃんみたい♪
ちょっと可愛い♪
おやおや、良くそんな事が言えるものですね。「于山島が二つの島からなる独島と立証してください!」と何度も求めてるのに、貴方はそれに答えられず逃げてるのが現実じゃないですか!その事実に反論できないでしょう?・・・むしろ後ずさりしているのは貴方の方ですよ。(笑)
>島同士が近いという解釈だと
結局島は二つあるってことになるよ。記述は「一説には于山と鬱陵は一島で」
違うでしょ、島同士が近いから、一つの島と混同する説があるという意味でしょうが?
>だから、二島という説と一島という説の両方が記述されている。
だから、それを混同と表現したのです。
>「一島と見間違えるくらい近い」って解釈になると
それはやっぱり二島あるってことになっちゃって
一島という説が消えちゃうでしょ?
そうじゃないですね。(笑)実際は二島あるのに、一島という説があるという事は、それだけ島同士が近い事を示してます。その状況は、半島側から見た鬱陵島の具体的な記述とは対照的に于山島については一説でしか表現されてない。
もし、記述者が鬱陵島から見たとするなら、そのような表現になるわけないですね。ようするに視点を規式に従い半島側に置くのと、鬱陵島又は海上?に視点を置くのと比べれば分かる事です。貴方の場合、于山島=独島というのが前提で物事を考えるから矛盾が出てくるのです。(失笑)
>#2226
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=200000230&tid=cddeg4z9qa4nbcgda5ja4a498ecobfde
&sid=200000230&mid=2226↑これを読むと、貴方は、知ったかぶりで、韓国憲法上親日法は何の問題もない!と断言して、生き恥さらした過去が暴露されてるだけですが?(笑)・・・レスナンバーを確認しましょう。反論に苦しいでしょうが焦らずに落ち着きましょうよ。(失笑)
訂正、No2224:>于山、武陵二島、在県正東海中、二島相去不遠、風日清明、則可望見」
>鬱陵島から独島を見たのかもしれないのですが
そうとも限りません。鬱陵島と独島の間の海上から見たことかも知れません。
No2228:>「于山と武陵は蔚珍県の東の海中にあり、二島は互いに遠くなく
風日清明であれば
望み見ることが出来る」
>という文章から于山が独島だと断言できるんだよ。上記のような位置関係にあるのは鬱陵島と独島以外にはないからね。
貴方は、No2224では、どこから見た記述か分からないと言いながら、No2228では一転して、于山島が独島であると断言している。支離滅裂ですね。(失笑)その矛盾を合理的に反論願います。
しかも、貴方はNo2228で、「江原道蔚珍縣」の表題から「蔚珍県」と分かった上で書いてあり・・・という事は、地域表示を見ての判断で、そのまま規式に基づき、本文を読めば半島から見た記述となるのです。自分でネタふって自爆とは?まさにお笑ですね。
>独島から見たと憶測してませんし、当然そんな主張もしていませんよ。妄想は止めてくださいね
#2228>いずれにせよ、貴方の解釈は規式を無視して、鬱陵島から独島を見たと特定は出来ないわけですね。
↑大分混同してますね。この私の文書のどこに独島から見たと書いてあります?妄想は貴方の方ですよ?(大笑)
>「一つの島と混同するくらい近い」というあなたの解釈では
于山と鬱陵は二島あるってことになり「一説于山鬱陵本一島」という意味ではないことは理解できましたか?
「一つの島と混同するくらい近い」ことを裏付けるように、様々な古地図では、于山島と鬱陵島は近くに描かれ、于山島は独島と違い一つの島として描かれている。それらをどう説明するのですか?
>出来なければ間違いを認めなさいね。
古地図に描かれた事に合理的に反論できなければ、間違いを認めなさいね!(大笑)
で、他のレスには反論不能で完全無視ですか?口ほどにもなく、崖っぷちに立つのも早すぎますよ?(失笑)
これは メッセージ 2252 (h369jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/200000230/cddeg4z9qa4nbcgda5ja4a498ecobfde_1/2254.html
池之めだかさんへ
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/11 09:23 投稿番号: [2252 / 2382]
>貴方の生き恥をさらすのも、これぐらいで勘弁してやりますよ。(失笑)
後ずさりしながらワンワン吼えてるワンちゃんみたい♪
ちょっと可愛い♪
>「于山島と鬱陵島は一つの島だという説」という事は、文字は無くても、それぐらい混同していて島同士が近いと解釈できます。
島同士が近いという解釈だと
結局島は二つあるってことになるよ。記述は「一説には于山と鬱陵は一島で」だから、二島という説と一島という説の両方が記述されている。
「一島と見間違えるくらい近い」って解釈になると
それはやっぱり二島あるってことになっちゃって
一島という説が消えちゃうでしょ?
>では伺いますが、「世宗実録 地理志」には、どこにも独島(于山島)から見たという文字はありません。にもかかわらず、貴方は独島から見たと憶測したのでしょう?そういう自己矛盾に気が付かないとは?妄言にもほどがありますよ?(笑)
#2226于山、武陵二島、在県正東海中、二島相去不遠、風日清明、則可望見」
鬱陵島から独島を見たのかもしれないのですが
そうとも限りません。鬱陵島と独島の間の海上から見たことかも知れません。
#2228>いずれにせよ、貴方の解釈は規式を無視して、鬱陵島から独島を見たと特定は出来ないわけですね。
そうだよ。「二島相去不遠 風日清明 則可望見」という文から読み取れるのは「二島は互いに遠くはなく、風日清明であれば望み見ることが出来る」ということ。
どこから望み見ることが出来るのかは記載されていないけど
「二島相去不遠 風日清明 則可望見」なの。
それでいいじゃん。
独島から見たと憶測してませんし、当然そんな主張もしていませんよ。妄想は止めてくださいね。
「一つの島と混同するくらい近い」というあなたの解釈では
于山と鬱陵は二島あるってことになり
「一説于山鬱陵本一島」という意味ではないことは理解できましたか?
万一
一説于山鬱陵本一島
が于山と鬱陵と二島あるという意味だと主張なさるのであれば
爆笑珍解釈の補足説明をどうぞよろしく♪
出来なければ間違いを認めなさいね。
これは メッセージ 2251 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 于山島=独島説の検証①
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/10 21:43 投稿番号: [2251 / 2382]
>「一説于山鬱陵 本一島」
>↑于山島と鬱陵島は一つの島だという説もある
としか読めないんですけど。
そうですよ。それが何を意味しているのか、貴方が分からないだけです。(笑)
>于山島と鬱陵島の距離が示されているのはどの文字なのかな?
混同するくらい近い?
于山鬱陵
二島極近
即誤一島?
「于山島と鬱陵島は一つの島だという説」という事は、文字は無くても、それぐらい混同していて島同士が近いと解釈できます。違うというなら、その根拠を示しなさい。
>9個の文字の中で于山と鬱陵は固有名詞だから
残る文字は5個。
はいはい、混同も距離もそんな文字はどこにもありませんよ。(笑)・・・では伺いますが、「世宗実録 地理志」には、どこにも独島(于山島)から見たという文字はありません。にもかかわらず、貴方は独島から見たと憶測したのでしょう?そういう自己矛盾に気が付かないとは?妄言にもほどがありますよ?(笑)
>君の脳内変換器では
5個の漢字の中でどの文字が于山島と鬱陵島の距離を示しているの?
貴方の脳内変換器は、「世宗実録 地理志」では、勝手に独島から見たと変換し、「新筯東國輿地勝覽」になると、その変換機能は停止するのですね。(笑)随分、都合よい妄想変換器ですね。(失笑)
>翻訳に妄想を込めると原文の意味がなくなるよ。日本人の多くが翻訳に妄想を込めるから世宗実録地理誌の記述を素直に読めないのかな?
おやおや、また朝鮮人が得意とする妄言ですか?(笑)規式や地域表示を無視して「世宗実録 地理志」を素直に読めないのは、貴方の方でしょう?
>君の翻訳に、希望的妄想が込められているのであれば
すべてはお笑い主張ということになるよ。
于山島は独島という結論ありきの願望で・・・というより、妄想で「世宗実録」を読む恥らずの貴方に言われる筋合いは微塵もありません!(笑)
>君の翻訳に
妄想が込められていないんなら
君の主張はもっともだと理解しよう。
繰り返し書きますが、「于山島と鬱陵島は一つの島だという説」を普通に解釈すれば、それだけ互いに近く、一つの島に混同されやすいという事です。それが理解できないのは貴方のような虚言に満ちた妄想朝鮮人ぐらいでしょう。(失笑)
>逃げるなよ。
その文字を示すか
あるいは自分の間違いを認めるか
選択肢はどちらかだ。
逃げるも何も、貴方自身の「世宗実録」の願望に基く珍解釈を棚に上げた状態で何を言っても無駄です。私の解釈を何度説明しても理解できなければ、それは貴方の知能の問題!だから、その選択自体が無意味です。(笑)
>はいはい、そんな下らない話はもう良いです
そうですね。貴方の自分の事を棚に上げた、くだらないぼやきは結構です。(笑)
結局、貴方は「于山島が二つの島からなる独島」と立証できなかったので、これ以上議論を進めても堂々巡りで無駄です。よって、結論は「于山島=独島」説は妄想という事がわかりました。また別のレスにも回答不能のようですし、貴方の生き恥をさらすのも、これぐらいで勘弁してやりますよ。(失笑)
では、貴方の名誉挽回の為に、チャンスを差し上げます。独島を日本側に朝鮮領と認めさせた英雄・安龍福はどうですか?幕府に認めさせたという経緯から説明願います。よって、二度目の来日から始めてください。
これは メッセージ 2249 (h369jp さん)への返信です.
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笑える崖っぷちのh369jp!
投稿者: gorugo031 投稿日時: 2010/09/10 17:09 投稿番号: [2250 / 2382]
知ったかぶりで、「于山島=独島(日本名竹島)」〜と言いながら、古文書や古地図で証明できない在日h369jp
コイツに出来る事といえば、相手の揚げ足を取る事と自分の事をタナに上げたズウズウしい珍論。(大笑)
さて、今回はどこまで粘って、どういう口実を作って逃げるのでしょうか?
これは メッセージ 2249 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 于山島=独島説の検証①
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/10 09:11 投稿番号: [2249 / 2382]
>私は貴方のように否定だけでなく、その根拠を示しますよ。
>「新筯東國輿地勝覽」
>「一説に于山と鬱陵は本来1つの島で、100里(約 40キロメートル)四方ある。」
←上記の後半部分です。この記述から、鬱陵島と于山島は1つの島と混同するぐらい近い事を示してます。
「一説于山鬱陵 本一島」
↑于山島と鬱陵島は一つの島だという説もある
としか読めないんですけど。
于山島と鬱陵島の距離が示されているのはどの文字なのかな?
混同するくらい近い?
于山鬱陵
二島極近
即誤一島?
9個の文字の中で于山と鬱陵は固有名詞だから
残る文字は5個。
君の脳内変換器では
5個の漢字の中でどの文字が于山島と鬱陵島の距離を示しているの?
翻訳に妄想を込めると原文の意味がなくなるよ。日本人の多くが翻訳に妄想を込めるから世宗実録地理誌の記述を素直に読めないのかな?
君の翻訳に、希望的妄想が込められているのであれば
すべてはお笑い主張ということになるよ。
君の翻訳に
妄想が込められていないんなら
君の主張はもっともだと理解しよう。
「一説于山鬱陵 本一島」
どの文字に「于山島と鬱陵島が一つの島と混同するくらい近い」という意味があるんだ?
逃げるなよ。
その文字を示すか
あるいは自分の間違いを認めるか
選択肢はどちらかだ。
はいはい、そんな下らない話はもう良いです
とか
論点ずらしですか?
な〜んて逃げないでね♪
これは メッセージ 2247 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 于山島=独島説の検証① その2
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/10 01:17 投稿番号: [2248 / 2382]
>>それは貴方が勝手にこだわってるのであって、論点は「于山島は独島か否か?」なのですよ?混同しないように!
>はいはい、もう良いですよ。論点は「于山島は独島か否か?」なのですね、はいはい。
最初から論点は、「于山島は独島か否か?」です。それとも他に論点のテーマがあったのですか?苦しい弁解ですね。(笑)
>あなたが自信満々に貼り付けたお笑い映像に使用されている地図にある于山島は独島ではありませんよ。
であれば、2つの島からなる独島を示す地図はどこにあるのですか?(笑)否定するなら、それに代わるものを提示してください。
>>②その于山島が独島(竹島)とするなら、実際の2つの島でなく、どれも1つの島として描かれているのはなぜか?
>その地図の于山島は独島ではないからだよ。
では、于山島は独島である事を示す地図はどこにあるのですか?貴方の弁解も大分苦しくなってきましたね。(笑)
>だからしっかり#2235投稿を確認しろって。ちゃんと貼ってあげてんじゃん。
再確認したら、タイトルなしのリンクだけだったのですね。(苦笑)それじゃー分かりにくい!
リンクの貼り方も知らない、読み手を無視したレスとは情けないですね。(笑)
>絵図を描いた人は実際に鬱陵島も于山島も見て無いんだよ。
それは、八道総図の説明だけに通用する検証ですね。結局、于山島が独島を示す根拠にはなりません。
では、「新筯東國輿地勝覽」の具体的な鬱陵島の記述はどう説明します?まさか記述者の想像で書いたと馬鹿な事いいませんよね?(笑)
写真で示したように鬱陵島は半島側から目視できます。それを裏付けるように「新筯東國輿地勝覽」に鬱陵島を見た記述があり、于山島については、半島から見えないから鬱陵島と于山島は一つの島と混同された一説を記述したと見るのが無理のない解釈です。
これは メッセージ 2246 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 于山島=独島説の検証①
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/10 01:14 投稿番号: [2247 / 2382]
>この「世宗実録地理誌」に訳の分からぬ難癖をつけているのがその後のあなたの一連の投稿ですよ。
どこが難癖ですか?(笑)ろくに反論できないからといって、子供にように感情的になってはいけません。
>やれやれ・・・。
はいはい、もう良いですよ。世宗実録地理誌に関しては于山島=独島ってことで
いつそのような結論になりました?妄言は好い加減にしてください。(笑)
現実は、世宗実録地理誌に関して、貴方は、どこから見たのか特定できず、于山島が二つの島からなる独島という説明もできなかったのですよ?その状況でどうして「于山島=独島」という説が成り立つのですか?苦し紛れの勝手な結論とは恥ずかしい在日さんですね。(笑)
>だ・か・ら
「世宗実録地理誌」の記述の証明に「新筯東國輿地勝覽」の記述を例にしても意味がないの!
何を根拠に、そんな事がいえるのですか?同じ場所の記述という点で共通していて、尚且つ「新筯東國輿地勝覽」は、より具体的な表現で鬱陵島について記述してます。よって、貴方の言い分は、自説に都合が悪い記述だから意味ないと無理に否定しているだけです。
>その証拠に・・・ってなんの証拠にもならないよ。少しだけ頭が不自由なんだね(哀)。
と、言いながら、貴方は何一つ于山島が二つの島からなる独島という立証はできませんね。自分の事を棚に上げて偉そうに言ってはいけませんよ。(笑)
>>では、逆に見えていれば、どのように記述になったのでしょうか?対比する文献を引用しなければ、貴方の解釈に妥当性はありません!
>対比する文献?
ほんじゃ新筯東國輿地勝覽の記述に対比する文献を引用しなさい
またルール違反ですか?質問に答えず、質問で返す事は禁止ですよ。
>>よって、「県の東の海の中にある」という表現は、見えるか否かに関係なく、ただ東の海にある事を示しているだけです。
>見えないことが「県の東の海の中にある」って表現になっている合理的な理由だよ。
全く合理的では、ありませんね。その根拠として、鬱陵島は見えているのに、同じ表現になっているのは、どう説明するのですか?(笑)その矛盾を日本語では合理的とは言いません。
>>2、「新筯東國輿地勝覽」には、記述者が半島側から鬱陵島みた記述と鬱陵島と于山島は1つの島と混同するぐらい近い事を示している。
>ありえない・・・ってかそんなこと全然記載されてない・・・ってか珍解釈に大笑い!(^◇^)
やれやれ、笑いのマークが虚しく見えますね。(笑)私は貴方のように否定だけでなく、その根拠を示しますよ。
No2233
「新筯東國輿地勝覽」
翻訳:于山島 鬱陵島 は時に武陵、或いは羽陵とも呼ばれ、2島は県の真東の海中に在る。3つの峰が及業(きゅうぎょう)として空を支え、南の峰はやや低い。天候が清明であれば山頂の樹木及び山麓の海岸を歴々見ることができる。風が良ければ2日で到達できる。一説に于山と鬱陵は本来1つの島で、100里(約 40キロメートル)四方ある。
「一説に于山と鬱陵は本来1つの島で、100里(約 40キロメートル)四方ある。」
←上記の後半部分です。この記述から、鬱陵島と于山島は1つの島と混同するぐらい近い事を示してます。そうでないと言うなら、感情的に馬鹿笑いばかりせず、理論的に反論してください。
これは メッセージ 2245 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 于山島=独島説の検証① その2
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/10 00:36 投稿番号: [2246 / 2382]
>>世宗実録地理誌の記述が于山島中心だという私の主張に対して
>それは貴方が勝手にこだわってるのであって、論点は「于山島は独島か否か?」なのですよ?混同しないように!
はいはい、もう良いですよ。論点は「于山島は独島か否か?」なのですね、はいはい。
独島の名称は15世紀には于山島でしたが、17世紀には子山と呼ばれています。その後石島とも呼ばれ
現在は独島となっています。
于山島という名称も常に独島に対してのものではなく、時代によっては独島以外の島の名称として使われています。
あなたが自信満々に貼り付けたお笑い映像に使用されている地図にある于山島は独島ではありませんよ。その地図の于山島を独島だと言ってる韓国人の主張が貼れるものなら貼ってみろって。あんな捏造歪曲映像を本気にしてる君は幸せか〜い?(大笑)
>②への回答になってません!大丈夫ですか?(笑)
>②その于山島が独島(竹島)とするなら、実際の2つの島でなく、どれも1つの島として描かれているのはなぜか?
その地図の于山島は独島ではないからだよ。
>私のレスのように、レス近くに貼ってくださいと言っているのです。
だからしっかり#2235投稿を確認しろって。ちゃんと貼ってあげてんじゃん。
>それに、八道総図の于山島は1島なのに、どうして独島と特定できるのですか?それも鬱陵島の西に描かれて位置も違う。
絵図を描いた人は実際に鬱陵島も于山島も見て無いんだよ。絵図は世宗実録地理誌の記述をもとに描かれたものなんだよ。
世宗実録地理誌の記述では最初に于山島が
その後に鬱陵島が記述されているので半島に近い方から
于山島・鬱陵島の順番で描かれたの。
もちろん世宗実録地理誌の記述に独島の詳細な形状は記述されていないので、一つの島として描かれたんだよ。
↓これ、楽しみにしてるからね(^◇^)
>2、「新筯東國輿地勝覽」には、記述者が半島側から鬱陵島みた記述と鬱陵島と于山島は1つの島と混同するぐらい近い事を示している。
ありえない・・・ってかそんなこと全然記載されてない・・・ってか珍解釈に大笑い!(^◇^)
鬱陵島と于山島は一つの島と混同するぐらい近いことを示している文章を提示してみろ(^◇^)(^◇^)(^◇^)
これは メッセージ 2243 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 于山島=独島説の検証①
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/09 23:54 投稿番号: [2245 / 2382]
>韓国は公式に独島は于山島と認識しているようですが、それを明確に示すような文書なり地図なりありますか?
というあなたの質問がスタートです。その質問に以下のように答えました。
>>韓国の歴史書に于山島(独島)は古くから記載がみられます。主なものでは「三国史記」「高麗史」「太宗実録」などがあります。中でも重要なのが「世宗実録地理誌」です。
この「世宗実録地理誌」に訳の分からぬ難癖をつけているのがその後のあなたの一連の投稿ですよ。
難癖が言えなくなった途端に
>改めて断っておきますが、「于山島は独島か否か」が論点なのであって、「世宗実録 地理志」だけにこだわる必要はないのですよ?
やれやれ・・・。
はいはい、もう良いですよ。世宗実録地理誌に関しては于山島=独島ってことで
ほんじゃその後の古地図に移りますか。。。。
>記載された順位だけで、于山を中心に考えていたというのは、妥当性は全くありません!その証拠に「新筯東國輿地勝覽」では、半島から見えない于山島ではなく鬱陵島を中心に記載されてます。
だ・か・ら
「世宗実録地理誌」の記述の証明に「新筯東國輿地勝覽」の記述を例にしても意味がないの!
その証拠に・・・ってなんの証拠にもならないよ。少しだけ頭が不自由なんだね(哀)。
>「規式(ギュシック)」では半島から見た記述とする規定になっていたわけですが、于山島は半島からは見えません。
半島から見えないので「在県正東海中」(県の東の海の中にある)という記述になっているのです。
>>では、逆に見えていれば、どのように記述になったのでしょうか?対比する文献を引用しなければ、貴方の解釈に妥当性はありません!
対比する文献?
ほんじゃ新筯東國輿地勝覽の記述に対比する文献を引用しなさい。対比する文献を引用しなければ、貴方の解釈に妥当性はありません!・・・ってことになるのかな?
>よって、「県の東の海の中にある」という表現は、見えるか否かに関係なく、ただ東の海にある事を示しているだけです。
見えないことが「県の東の海の中にある」って表現になっている合理的な理由だよ。
>2、「新筯東國輿地勝覽」には、記述者が半島側から鬱陵島みた記述と鬱陵島と于山島は1つの島と混同するぐらい近い事を示している。
ありえない・・・ってかそんなこと全然記載されてない・・・ってか珍解釈に大笑い!(^◇^)
鬱陵島と于山島は一つの島と混同するぐらい近いことを示している文章を提示してみろ(^◇^)(^◇^)(^◇^)
これは メッセージ 2242 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 于山島=独島説の検証②
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/09 23:06 投稿番号: [2244 / 2382]
>>結局、それらは、鬱陵島の附属島である于山島についての記述であって、2つの島で構成される独島を特定しているわけではないですね。
>本気で私の投稿を読んでる?
どう見ても独島を特定しているんだけと。。。
どう見ても独島を特定?・・・では、于山島が二つの島から構成される独島と解釈できる部分が、どこにあるのですか?別の資料や古地図を引用しても構わないのでお答えください。
>一島のみの説明を見て、世宗実録地理誌に記述されている于山島を判断することは出来ません。
では、何を持って于山島が独島といえるのですか?・・・そうではなく各古文書や古地図では、鬱陵島と于山島は近接した島で、時に一つの島と混同されたり、また于山島が二つの島からなる独島を思わせる文書や地図は見当たらなかった。その結果、貴方は「于山島は独島」と特定できなかったのは確かですね。
それで下記のことは完全無視ですか?意思表示は明確にしなければいけませんよ。
*************************************************
No2238
ここで一区切りつけます。
☆結局、貴方は于山島は独島という説の立証ができず、私の反論に具体的に反論不能になりました。貴方の性格から、いくら私が理路整然と主張したとしても、貴方は今までの経緯から感情的にしか反論できないでしょう。これでは、堂々巡りで時間の無駄です。であれば、次の論点に移りましょう。もし、それに異義があるなら、理屈が通った理論的な反論してください。
日本側に独島が朝鮮領と認めさせたという、安龍福についてはどうですか?今度は、公平を期する為に、貴方の方から主張してほしいですね。まずは日本側に朝鮮領と認めさせた経緯から如何でしょう?
これは メッセージ 2241 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 于山島=独島説の検証① その2
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/09 22:48 投稿番号: [2243 / 2382]
>世宗実録地理誌の記述が于山島中心だという私の主張に対して
それは貴方が勝手にこだわってるのであって、論点は「于山島は独島か否か?」なのですよ?混同しないように!
>あなたは古地図では共通して于山島が鬱陵島の付属島として描かれているとの主張です。
その指摘に貴方は明確に反論してませんね?都合の悪い指摘はノーコメントですか?(苦笑)
>これまでの論点は世宗実録地理誌の記述文に関してだったのですが
ここで突然論点変更ですか?あたの一方的な都合で別の古地図へ論点を変更するのはどうですかね?
何度も言うように、論点は最初から「于山島は独島か否か?」なので、論点変更ではありませんよ?貴方は混同してます。(笑)だからこそ私は、「世宗実録地理誌」では足りない部分を「新筯東國輿地勝覽」や古地図で于山島は独島ではない事を主張しているのです。
それに以下の私の指摘には沈黙ですか?回答願います。
No2237
>>②その于山島が独島(竹島)とするなら、実際の2つの島でなく、どれも1つの島として描かれているのはなぜか?
>八道総図をご覧あれ。
二つの島が描かれていますよ。
「八道総図」鬱陵島部分
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/0/0b/%E5%85%AB%E9%81%93%E7%B7%8F%E5%9B%B3%E3%81%AE%E4%B8%80%E9%83%A8.jpg↑確かに二つの島が描かれてますね。でもそれは、于山島と鬱陵島で、于山島が2つの島でなく1つの島ですよ?②への回答になってません!大丈夫ですか?(笑)
>貼ってますけど?
手を抜かずに貼られたリンクくらい確認したらどうですか?
私のレスのように、レス近くに貼ってくださいと言っているのです。日本語理解できてますか?(笑)それに、八道総図の于山島は1島なのに、どうして独島と特定できるのですか?それも鬱陵島の西に描かれて位置も違う。
>すでに詳しく説明してますけど?
手を抜かずに私の投稿を理解する努力をお願いします。
3、相手の意見に反論する場合、否定だけで終わらずその根拠を示す。
↑またもルール違反ですか?(苦笑)
詳しく説明したというリンクも貼らなければ、改めて説明もしない!手を抜いているのは明らかに貴方の方ですね。(笑)今まで、そういう姑息な逃げ方をしてきたのですね。それだけ貴方は反論できなくなったという証拠なんでしょうね。
これは メッセージ 2240 (h369jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/200000230/cddeg4z9qa4nbcgda5ja4a498ecobfde_1/2243.html
Re: 于山島=独島説の検証①
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/09 22:45 投稿番号: [2242 / 2382]
ダラダラとコピペしたわりには要領を得ないレスですね。(笑)では、要点だけまとめてみましょう。改めて断っておきますが、「于山島は独島か否か」が論点なのであって、「世宗実録 地理志」だけにこだわる必要はないのですよ?いくら的確に反論できないからといって、独りよがりは好い加減にしましょう。(笑)
>二島について理解できているのは上記文章程度です。上記文章では于山が最初にあるので、武陵よりも于山を中心に考えていたわけですね。
記載された順位だけで、于山を中心に考えていたというのは、妥当性は全くありません!その証拠に「新筯東國輿地勝覽」では、半島から見えない于山島ではなく鬱陵島を中心に記載されてます。
>「規式(ギュシック)」では半島から見た記述とする規定になっていたわけですが、于山島は半島からは見えません。
半島から見えないので「在県正東海中」(県の東の海の中にある)という記述になっているのです。
では、逆に見えていれば、どのように記述になったのでしょうか?対比する文献を引用しなければ、貴方の解釈に妥当性はありません!
よって、「県の東の海の中にある」という表現は、見えるか否かに関係なく、ただ東の海にある事を示しているだけです。
>于山島は半島からは見えないので「二島相去不遠、風日清明、則可望見」という一文を半島から見たものだとするのは無理なんですよ。
それは、半島から二島共に見えるという間違った解釈だから無理なのです。その理由は以下の通り2つあります。
1、「二島は互いに遠くはなく」という表現は、二つの島の距離関係を示しているのであって、半島から二つとも見えたという意味ではありません。それは「新筯東國輿地勝覽」で分かります。
2、「新筯東國輿地勝覽」には、記述者が半島側から鬱陵島みた記述と鬱陵島と于山島は1つの島と混同するぐらい近い事を示している。
以上のことから、于山島は鬱陵島近くの島であり、于山島が独島とするには無理があります。
これは メッセージ 2239 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 于山島=独島説の検証②
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/09 09:39 投稿番号: [2241 / 2382]
>結局、それらは、鬱陵島の附属島である于山島についての記述であって、2つの島で構成される独島を特定しているわけではないですね。
本気で私の投稿を読んでる?
どう見ても独島を特定しているんだけと。。。
>貴方の主張ですと、新筯東國輿地勝覽の編纂者は、世宋実録地理誌を参考に記述しておきながら、「二島相去不遠・・・」の部分は、違うと解釈するのですか?
新筯東國輿地勝覽の編纂者は、世宋実録地理誌も高麗史も三国史も王朝実録も参考にしているという主張です。過去の私の投稿をご確認ください。
高麗史では于山島=鬱陵島という記述です。世宗実録地理誌では于山島と鬱陵島は別々の島だという記述です。
「 三峯・・・空 南峯稍卑
風日清明
則峯頭樹木及山根沙渚
歴歴可見
風便則二日可到
」
これは一つの島の説明です。
于山島と鬱陵島のうち、半島から確認できる島(于山島と認識していたかもしれないし鬱陵島と認識していたのかもしれませんが)に関しての説明だということに異論はありません。
そして「一説于山欝陵本一島
地方百里」で閉じられています。
新筯東國輿地勝覽では
于山島 鬱陵島 一云武陵 一云羽陵 二島在縣正東海中 としながらも
詳細については一島の説明しかなされていないのです。
高麗史と世宗実録地理誌の両方の記述をミックスした記述になっているのですね。
一島のみの説明を見て、世宗実録地理誌に記述されている于山島を判断することは出来ません。
これは メッセージ 2238 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 于山島=独島説の検証① その2
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/09 09:11 投稿番号: [2240 / 2382]
ここまでは間違いなく世宗実録地理誌に関しての論議でしたが・・・
>しかし、鬱陵島と于山島を描いた色々な古地図を見ると、于山島の位置は違っても鬱陵島の附属島として描かれているのは共通してます。
世宗実録地理誌の記述が于山島中心だという私の主張に対して、あなたは古地図では共通して于山島が鬱陵島の付属島として描かれているとの主張です。
>>世宋実録地理誌(1454)が編纂された後に八道地理誌(1478)が編纂され、これに絵図が登場しました。その後東国輿地勝覧(1481)が編纂され
それは「新増東国輿地勝覧」へと受け継がれます。この新増東国輿地勝覧に付属された八道総図は
日本人から于山島の位置が鬱陵島の西にあるから
という理由で取り上げられていますのであなたもよくご存知ですよね?
http://f.hatena.ne.jp/lunakko/20070506002226八道総図を見る限り、全然無理のない解釈ですよ。あなたの貼り付けた映像は世宋実録地理誌とは無関係ですし、当然「二島相去不遠、風日清明、則可望見」の文章とは無縁です。
これまで我々の論議はすべて世宗実録地理誌に関する話なのですが・・・
>貼り付けた映像を観て、私が何を言いたいのか理解できませんでしたか?(笑)私が言いたい事は、「于山島が独島とするには無理がある」それを検証したかったのです。別に世宋実録地理誌に関連付けた検証ではありません。論点を混同しないように!
これまでの論点は世宗実録地理誌の記述文に関してだったのですが
ここで突然論点変更ですか?あたの一方的な都合で別の古地図へ論点を変更するのはどうですかね?
>手を抜かずにリンクぐらい貼ったらどうですか?
貼ってますけど?
手を抜かずに貼られたリンクくらい確認したらどうですか?
>では、その解釈の合理的な理由は?何度も言うように断言だけでなく、その根拠を示してください。
すでに詳しく説明してますけど?
手を抜かずに私の投稿を理解する努力をお願いします。
これは メッセージ 2237 (azusa2008jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/200000230/cddeg4z9qa4nbcgda5ja4a498ecobfde_1/2240.html
Re: 于山島=独島説の検証①
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/09 09:08 投稿番号: [2239 / 2382]
>韓国は公式に独島は于山島と認識しているようですが、それを明確に示すような文書なり地図なりありますか?
>>韓国の歴史書に于山島(独島)は古くから記載がみられます。主なものでは「三国史記」「高麗史」「太宗実録」などがあります。中でも重要なのが「世宗実録地理誌」です。
>>>韓国や貴方の主張では「于山、武陵二島、・・・」を、于山が于山島(竹島)で武陵が現在の鬱陵島という解釈ですね。しかしこれは誤りである。上記漢文の主語は「江原道襄陽縣」の条に書かれている。つまり于山や武陵と呼ばれていた現在の鬱陵島は、江原道から晴れた日に見えると解釈するのが正当である。
>>>>確かにその地理誌は「江原道蔚珍縣」の記録ですが
それが文中の 二島相去不遠 風日清明則可望見
に関してどこから見たのかということとは無関係ですよ。二島が半島から見えると判断できないのは
二島が半島から見えないから。鬱陵島は見えますが
その他に東海にある島は見えません。
>>>>>どこから見たのか関係なければ、なぜ韓国の主張は、鬱陵島から見たと特定できるのですか?
>>>>>>鬱陵島から独島を見たのかもしれないのですが
そうとも限りません。鬱陵島と独島の間の海上から見たことかも知れません。いずれにしても「二島相去不遠、風日清明、則可望見」ですから。
>>>>>>>いずれにせよ、貴方の解釈は規式を無視して、鬱陵島から独島を見たと特定は出来ないわけですね。では、何を根拠に于山島が独島と断言できるのでしょう?
>>>>>>>>「二島相去不遠 風日清明 則可望見」という文から読み取れるのは「二島は互いに遠くはなく、風日清明であれば望み見ることが出来る」ということ。どこから望み見ることが出来るのかは記載されていないけど「二島相去不遠 風日清明 則可望見」なの。
「于山と武陵は蔚珍県の東の海中にあり、二島は互いに遠くなく
風日清明であれば
望み見ることが出来る」という文章から于山が独島だと断言できるんだよ。上記のような位置関係にあるのは鬱陵島と独島以外にはないからね
>>>>>>>>>本文に見た場所が書いてなければ、規式通りに「江原道蔚珍縣」から見たと解釈するのが自然ではないですか?なぜ断言できるのですか?
于山、武陵二島、在県正東海中、二島相去不遠、風日清明、則可望見
>>>>>>>>>>二島を表す順番が最初に于山、次に武陵となっています。我々には独島と鬱陵島の大きさも位置も理解できているのですが、当時の編纂者には二島の大きさも位置もはっきり理解できていません。
二島について理解できているのは上記文章程度です。上記文章では于山が最初にあるので、武陵よりも于山を中心に考えていたわけですね。
「規式(ギュシック)」では半島から見た記述とする規定になっていたわけですが、于山島は半島からは見えません。
半島から見えないので「在県正東海中」(県の東の海の中にある)という記述になっているのです。
于山島は半島からは見えないので「二島相去不遠、風日清明、則可望見」という一文を半島から見たものだとするのは無理なんですよ。
ここまでは間違いなく世宗実録地理誌に関しての論議です。
これは メッセージ 2235 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 于山島=独島説の検証②
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/08 23:59 投稿番号: [2238 / 2382]
>新筯東國輿地勝覽の記述はそれ以前の「高麗史」・・・以下省略
>というわけで「一于山鬱陵 本一島」は
けっして「一島と見違えるくらい近い」なんてことにはなりません。。。ってか、ありえないし。
結局、それらは、鬱陵島の附属島である于山島についての記述であって、2つの島で構成される独島を特定しているわけではないですね。よって、于山島が独島という立証にはなりません!
>新筯東國輿地勝覽の編纂者は
それ以前の地理誌を参考に
その時代の報告を基にして執筆しています。
新筯東國輿地勝覽に記述されている「風日芿明則峯頭樹木 及山根沙渚 可見 風便則二日可到」というのは
世宋実録地理誌の「二島相去不遠 風日清明 則可望見」が表しているものと全く同じだと考えるのは無理です。
貴方の主張ですと、新筯東國輿地勝覽の編纂者は、世宋実録地理誌を参考に記述しておきながら、「二島相去不遠・・・」の部分は、違うと解釈するのですか?それは相当無理があるでしょう。(笑)
なぜなら、世宋実録地理誌より、新筯東國輿地勝覽の方が、島の様子を具体的に描写しているのですから!よって、これをもってしても、于山島は独島と立証するには無理がありますね。
ここで一区切りつけます。
☆結局、貴方は于山島は独島という説の立証ができず、私の反論に具体的に反論不能になりました。貴方の性格から、いくら私が理路整然と主張したとしても、貴方は今までの経緯から感情的にしか反論できないでしょう。これでは、堂々巡りで時間の無駄です。であれば、次の論点に移りましょう。もし、それに異義があるなら、理屈が通った理論的な反論してください。
日本側に独島が朝鮮領と認めさせたという、安龍福についてはどうですか?今度は、公平を期する為に、貴方の方から主張してほしいですね。まずは日本側に朝鮮領と認めさせた経緯から如何でしょう?
これは メッセージ 2236 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 于山島=独島説の検証①
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/08 23:57 投稿番号: [2237 / 2382]
>あなたの貼り付けた映像は世宋実録地理誌とは無関係ですし、当然「二島相去不遠、風日清明、則可望見」の文章とは無縁です。
貼り付けた映像を観て、私が何を言いたいのか理解できませんでしたか?(笑)私が言いたい事は、「于山島が独島とするには無理がある」それを検証したかったのです。別に世宋実録地理誌に関連付けた検証ではありません。論点を混同しないように!
>>①于山島は、鬱陵島近くの附属島として描かれた地図が多いのはなぜか?
>世宋実録地理誌とは関係のない話です。
答えになってませんね。反論できないのですね。(笑)もし、于山島が独島であれば、鬱陵島の近く附属島として地図に描かれない可能性が高いという事です。
>>②その于山島が独島(竹島)とするなら、実際の2つの島でなく、どれも1つの島として描かれているのはなぜか?
>八道総図をご覧あれ。
二つの島が描かれていますよ。
手を抜かずにリンクぐらい貼ったらどうですか?
「八道総図」鬱陵島部分
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/0/0b/%E5%85%AB%E9%81%93%E7%B7%8F%E5%9B%B3%E3%81%AE%E4%B8%80%E9%83%A8.jpg↑確かに二つの島が描かれてますね。でもそれは、于山島と鬱陵島で、于山島が2つの島でなく1つの島ですよ?②疑問への回答になってません!大丈夫ですか?(笑)
>>③以上のことから導かれる結論は、于山島の形から竹嶼と見るべきで、2つの島からなる独島と特定するには無理があるのでは
>世宋実録地理誌の話をしてるので八道総図を参考にしましょうね。
反論できないからといって、論点ずらしはいけませんよ?(笑)貴方が世宋実録地理誌を持ち出したのは、于山島が独島という立証をしたかったからでしょう?よって、論点は「于山島が独島」という立証です。混同しないように!また、八道総図の于山島が独島の立証にはなりません!
>>よって、記述の順位だけで、鬱陵島の附属島である于山島を中心に考えていたと解釈するには無理があります。
>八道総図を見る限り、全然無理のない解釈ですよ。
では、その解釈の合理的な理由は?何度も言うように断言だけでなく、その根拠を示してください。
これは メッセージ 2235 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 于山島=独島説の検証②
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/08 23:34 投稿番号: [2236 / 2382]
新筯東國輿地勝覽の記述はそれ以前の「高麗史」「三国史記」「王朝実録」などの記述をもとにしています。
高麗史の記述は
欝陵島
在縣正東海中 新羅時稱于山國 一云武陵 一云羽陵 地方百里 〜略〜
一云于山武陵本二島 相距不遠 風日清明 則可望見
高麗史では
于山国は鬱陵島であり、その島を武陵と言ったり羽陵と言ったと記述され
その後に
一説には于山と武陵は本来二島であり
その二島は相距不遠 風日清明 則可望見
と記述されています。
世宋実録地理誌では二島あるという記述です。
で、新筯東國輿地勝覽は世相実録地理誌と同じく二島あるという前提なのですが、高麗史に記載されている「于山国は一島」という説も紹介しているのです。
というわけで「一于山鬱陵 本一島」は
けっして「一島と見違えるくらい近い」なんてことにはなりません。。。ってか、ありえないし。
新筯東國輿地勝覽の編纂者は
それ以前の地理誌を参考に
その時代の報告を基にして執筆しています。
新筯東國輿地勝覽に記述されている「風日芿明則峯頭樹木 及山根沙渚 可見 風便則二日可到」というのは
世宋実録地理誌の「二島相去不遠 風日清明 則可望見」が表しているものと全く同じだと考えるのは無理です。
これは メッセージ 2233 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 于山島=独島説の検証①
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/08 22:24 投稿番号: [2235 / 2382]
>>二島について理解できているのは上記文章程度です。上記文章では于山が最初にあるので、武陵よりも于山を中心に考えていたわけですね。
>しかし、鬱陵島と于山島を描いた色々な古地図を見ると、于山島の位置は違っても鬱陵島の附属島として描かれているのは共通してます。
世宋実録地理誌(1454)が編纂された後に八道地理誌(1478)が編纂され、これに絵図が登場しました。その後東国輿地勝覧(1481)が編纂され
それは「新増東国輿地勝覧」へと受け継がれます。この新増東国輿地勝覧に付属された八道総図は
日本人から于山島の位置が鬱陵島の西にあるから
という理由で取り上げられていますのであなたもよくご存知ですよね?
http://f.hatena.ne.jp/lunakko/20070506002226于山、武陵二島、在県正東海中、二島相去不遠、風日清明、則可望見
八道総図は
素直にこの文章を絵図にしたものです。
于山島があり、武陵島がある。
あなたの貼り付けた映像は世宋実録地理誌とは無関係ですし、当然「二島相去不遠、風日清明、則可望見」の文章とは無縁です。
>①于山島は、鬱陵島近くの附属島として描かれた地図が多いのはなぜか?
世宋実録地理誌とは関係のない話です。
>②その于山島が独島(竹島)とするなら、実際の2つの島でなく、どれも1つの島として描かれているのはなぜか?
八道総図をご覧あれ。
二つの島が描かれていますよ。
>③以上のことから導かれる結論は、于山島の形から竹嶼と見るべきで、2つの島からなる独島と特定するには無理があるのでは
世宋実録地理誌の話をしてるので八道総図を参考にしましょうね。
>よって、記述の順位だけで、鬱陵島の附属島である于山島を中心に考えていたと解釈するには無理があります。
八道総図を見る限り、全然無理のない解釈ですよ。
これは メッセージ 2232 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 訂正:現実を直視しますと
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/08 21:58 投稿番号: [2234 / 2382]
>日本と違い大韓民国は独島を自国領だと主張しているんのです
私は日本の曖昧な態度では領有権を主張するに値しないと言っているのです
また馬鹿なことを!(笑)日本は毎年、領有権主張の口上書を韓国に通知しているので、曖昧な態度ではありません!
>一部の反日を行う事により利益を得ている者の行動ですね
アメリカ+オーストラリア版のシーシェパードみたいなものです
日本はどの国からも叩かれやすいのです
へぇ〜、反日で利益を得ている団体とは?それに、どの国からどういう風に叩かれたのですか?妄想でなければ、それらについて具体的に説明願います。(笑)
>経緯は少し理解しましたが、占領国が作成した文章をたてに取る事自体が日本は属国だと感じます
知識のない貴方がどう思おうが、日本は講和条約で主権を回復し独立国になったのです。
>日本は独立国で外交権もあります、自国領が侵略されたなら何故強く抗議しないのですか?
また繰り返し同じ馬鹿な事いってますね。(苦笑)日本は戦後、独立後に抗議し、国際司法裁判所へ、二度付託しようとしたのですよ。卑怯な韓国がそれに応じてないだけでしょう?
>戦後の経緯も大事なのでしょうが、今現在日本は竹島について何か行動していますか?
人に一々聞く前に、少しは自分で調べたらどうですか?貴方のPCはただの箱ですか?(失笑)
>国により色々な傾向はあると思いますよ
アメリカのメディアだってロビー活動で何とでもなるではないですか
捏造報道が当たり前の韓国マスコミについて話しているのに、なぜアメリカの話に摩り替わるのですか?
>国際常識とは力の論理です
力ないものは相手もされません
その力って何ですか?知ったかぶりで抽象論で逃げても無駄ですよ。(笑)
>しかし、この事は平和ボケした日本人には全く通じないですね
では、なぜそんな国の国籍を取ったのですか?日本に愛国心も持てないくせに!そもそも兵役の逃れの為に日本永住を決めた情けない貴方のような在日如きに言われる筋合いはありません!・・・であれば、貴方には朝鮮民族のプライドも無ければ、祖国韓国への愛国心も微塵もないのですね。(笑)
これは メッセージ 2231 (dokuto_toukai さん)への返信です.
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于山島=独島説の検証②
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/08 21:51 投稿番号: [2233 / 2382]
>同じ質問を繰り返すなら感情だけで反論せずに、理屈が通る形で反論して下さい。
いいですか!私が聞いているのは、「于山島が独島となぜ断言できるのか?」その理由と明確な根拠を聞いているのです。それもせずに、その回答はないでしょう?(苦笑)
逆に感情だけで反論しているのは、貴方のほうでしょう。(笑)それに私は、于山島について詳しく書かれた他の古文書ないか二度も聞きましたが、都合の悪い質問は完全無視ですか?それが貴方の限界なんですね。
恐らく貴方も知っているでしょうが、下記の通り、世宋実録より後に書かれた「新筯東國輿地勝覽」(1530年)には、見た場所が推測できる部分があります。
*************************************************************************
「新筯東國輿地勝覽」
于山島 鬱陵島 一云武陵 一云羽陵 二島在縣正東海中 三峯岌
撑空 南峯稍卑 風日芿明則峯頭樹木 及山根沙渚
可見 風便則二日可到 一于山鬱陵 本一島 地方百里
翻訳:于山島 鬱陵島 は時に武陵、或いは羽陵とも呼ばれ、2島は県の真東の海中に在る。3つの峰が及業(きゅうぎょう)として空を支え、南の峰はやや低い。天候が清明であれば山頂の樹木及び山麓の海岸を歴々見ることができる。風が良ければ2日で到達できる。一説に于山と鬱陵は本来1つの島で、100里(約 40キロメートル)四方ある。
http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2008/08/1530liancourt-rocks.html************************************************************************
翻訳部分を①〜③に分けて検証してみました。
①「3つの峰が及業(きゅうぎょう)として空を支え、南の峰はやや低い。」 ⇒ この描写は、1745年(英祖21年)に成稿した李孟休の『春官志』には、「蓋しこの島、その竹を産するを以ての故に竹島と謂い。三峯ありてか三峯島と謂う。←この記述に附合すると推測できる。よって、「三峯島=鬱陵島」を指していることが分かる。実際、竹が自生しているのは、鬱陵島と竹嶼だけで、独島には自生していない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%B1%E9%99%B5%E5%B3%B6②「天候が清明であれば山頂の樹木及び山麓の海岸を歴々見ることができる。」 ⇒ この具体的な描写は鬱陵島から独島を見た記述ではない!なぜなら、独島には樹木が自生してない。では逆に独島から鬱陵島を見た描写か?それを裏付ける古文書がなければ断定できない。
③「一説に于山と鬱陵は本来1つの島で・・・」 ⇒ 後半の部分ですが、もし、役人が現地に赴いて記述したなら、そういう表現にならないですよね?規式に従い半島側から見た記述だから、編纂者は「一説に・・」という伝聞を引用したと解釈する方が妥当なのです。
という事は、于山と鬱陵は一つの島と混同するぐらい近いという裏付でもあります。
では、半島側から鬱陵島が実際どう見えるか?上のリンクの日本語版では見れませんが、原文では、その写真が見れます。
http://www.newpol.co.kr/bbs/files/20080830/util_bbs1/0.86055300_1220133719_i.jpg引用先:
http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2008/08/q-5-did-koreas-1530-sinjeung-dongguk.htm
lどうです?まさに「「天候が清明であれば山頂の樹木及び山麓の海岸を歴々見ることができる」に近い写真ですね。
以上、「3、相手の意見に反論する場合、否定だけで終わらずその根拠を示す。」というルールに従い、感情だけで反論してはいけませんよ。(笑)
これは メッセージ 2230 (h369jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/200000230/cddeg4z9qa4nbcgda5ja4a498ecobfde_1/2233.html
于山島=独島説の検証①
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/08 21:33 投稿番号: [2232 / 2382]
はじめに、私は貴方の主張に対し、客観的視点で反論し、できる限りその根拠の引用先を提示しました。また検証が長いので、タイトルを新たに①と②に分けて返信しました。同様に貴方も感情だけの反論に終わらず、できる限り、その根拠の提示を御願い致します。
>当時の編纂者には二島の大きさも位置もはっきり理解できていません。
そうですね、それには同意いたします。
>二島について理解できているのは上記文章程度です。上記文章では于山が最初にあるので、武陵よりも于山を中心に考えていたわけですね。
しかし、鬱陵島と于山島を描いた色々な古地図を見ると、于山島の位置は違っても鬱陵島の附属島として描かれているのは共通してます。そういうと、貴方の過去レスの反応から、古地図は現在の地図と比べ位置や大きさの精度が劣るという話に摩り替えるでしょうが、確かに一理あります。しかし、だからといって、全く資料として参考にならないとは言えません。なぜなら、当事の人が地理的にどの程度把握できていたか検証できるからです。だからこそ韓国側も古地図を資料の一部として扱っているではないですか!
貴方が古地図に難癖つけて否定したがる気持ちも良く分かります。何せ、独島を示すような二つの島を描いた地図は、私の知る限り一枚もないのですから。(笑)同じ18世紀に書かれた両国の地図を比較しても、日本の地図だけ竹島(独島)は二つの島で描かれてます。これだけでも于山島が独島という説は成り立ちません。
それを検証した映像がユーチューブにありました。分かりやすい検証映像です。これなら読解力に不安な貴方でも大丈夫でしょう。
▼竹島問題 ・于山島検証動画part1 / 竹島(독도)검증동영상 (映像時間:1分5秒)
http://www.youtube.com/watch?v=kIXP91IJTK0上記の映像を観て、疑問に思ったこと
①于山島は、鬱陵島近くの附属島として描かれた地図が多いのはなぜか?
②その于山島が独島(竹島)とするなら、実際の2つの島でなく、どれも1つの島として描かれているのはなぜか?
③以上のことから導かれる結論は、于山島の形から竹嶼と見るべきで、2つの島からなる独島と特定するには無理があるのでは?
以上の①〜③までの疑問に合理的に反論願います。くれぐれも、感情だけの反論で逃げないように!
よって、記述の順位だけで、鬱陵島の附属島である于山島を中心に考えていたと解釈するには無理があります。貴方は先に書いたように「当時の編纂者には二島の大きさも位置もはっきり理解できていません。」といっておきながら、なぜ于山島中心の記述といえるのか?・・・つまり、貴方の主張は、結論が先にあり、その理由を後付で考えるから解釈に矛盾が出てくるのです。
>「規式(ギュシック)」では半島から見た記述とする規定になっていたわけですが、于山島は半島からは見えません。
半島から見えないので「在県正東海中」(県の東の海の中にある)という記述になっているのです。
半島から見えない理由だけで、「県の東の海の中にある」という記述になったと断言できませんよ?
「世宋実録 地理志」は、一種の地理見聞録のようなもので、地域表示で索引が編纂されているのです。例えば、地図帳で目的の地図を調べる場合、索引欄から調べますよね?当てずっぽうにページをめくる馬鹿は居ません!(笑)同様に「地理志」を見る人も索引に該当する地域表示の部分から調べます。そこで、あの一説「于山、武陵二島・・・」の記述に出くわすのですが、どこから見たのか本文に書いてなくても、事前に索引の地域表示を見ているので「江原道蔚珍縣」から見たものと迷う事なく判断できるのです。それが本で何かを調べる際の基本でしょう?
もし、半島以外の視点からの記述なら、規式に反するので、見た場所を明確に記述する筈ですが?そう解釈するのが無理のない地理志の見方なのです。ようするに貴方の主張は、本文に固執するあまり、地理志の全体像が見えないのです。まさに木を見て森を見ずの状態ですね。だから規式を無視した無理な見方になるのです。(笑)〜検証②に続く
これは メッセージ 2230 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 訂正:現実を直視しますと
投稿者: dokuto_toukai 投稿日時: 2010/09/08 21:24 投稿番号: [2231 / 2382]
>韓国みたいに独島の歌を作って歌ったり
日本と違い大韓民国は独島を自国領だと主張しているんのです
私は日本の曖昧な態度では領有権を主張するに値しないと言っているのです
>パフォーマンスや関係ない外国で必死に自国領のPRする馬鹿な事をすれば納得ですか?
一部の反日を行う事により利益を得ている者の行動ですね
アメリカ+オーストラリア版のシーシェパードみたいなものです
日本はどの国からも叩かれやすいのです
>経緯を説明してるだけでしょ?戦後の経緯を知らないくせに、幼稚なことは言わないで下さい
経緯は少し理解しましたが、占領国が作成した文章をたてに取る事自体が
日本は属国だと感じます
日本は独立国で外交権もあります、自国領が侵略されたなら何故強く抗議しないのですか?
又自国領であるなら自衛権も行使できるのではないでしょうか?
戦後の経緯も大事なのでしょうが、今現在日本は竹島について何か行動していますか?
私の考えは日本政府が何もしてないと感じますので、日本は竹島を本気で自国領と考えてはいなく
只言っているだけとしか思われません
>確かに韓国のマスコミはそういう傾向が強いですね
国により色々な傾向はあると思いますよ
アメリカのメディアだってロビー活動で何とでもなるではないですか
>それが国際常識です。
国際常識とは力の論理です
力ないものは相手もされません
しかし、この事は平和ボケした日本人には全く通じないですね
これは メッセージ 2218 (azusa2008jp さん)への返信です.
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