于山島=独島説の検証②
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/08 21:51 投稿番号: [2233 / 2382]
>同じ質問を繰り返すなら感情だけで反論せずに、理屈が通る形で反論して下さい。
いいですか!私が聞いているのは、「于山島が独島となぜ断言できるのか?」その理由と明確な根拠を聞いているのです。それもせずに、その回答はないでしょう?(苦笑)
逆に感情だけで反論しているのは、貴方のほうでしょう。(笑)それに私は、于山島について詳しく書かれた他の古文書ないか二度も聞きましたが、都合の悪い質問は完全無視ですか?それが貴方の限界なんですね。
恐らく貴方も知っているでしょうが、下記の通り、世宋実録より後に書かれた「新筯東國輿地勝覽」(1530年)には、見た場所が推測できる部分があります。
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「新筯東國輿地勝覽」
于山島 鬱陵島 一云武陵 一云羽陵 二島在縣正東海中 三峯岌 撑空 南峯稍卑 風日芿明則峯頭樹木 及山根沙渚 可見 風便則二日可到 一于山鬱陵 本一島 地方百里
翻訳:于山島 鬱陵島 は時に武陵、或いは羽陵とも呼ばれ、2島は県の真東の海中に在る。3つの峰が及業(きゅうぎょう)として空を支え、南の峰はやや低い。天候が清明であれば山頂の樹木及び山麓の海岸を歴々見ることができる。風が良ければ2日で到達できる。一説に于山と鬱陵は本来1つの島で、100里(約 40キロメートル)四方ある。
http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2008/08/1530liancourt-rocks.html
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翻訳部分を①〜③に分けて検証してみました。
①「3つの峰が及業(きゅうぎょう)として空を支え、南の峰はやや低い。」 ⇒ この描写は、1745年(英祖21年)に成稿した李孟休の『春官志』には、「蓋しこの島、その竹を産するを以ての故に竹島と謂い。三峯ありてか三峯島と謂う。←この記述に附合すると推測できる。よって、「三峯島=鬱陵島」を指していることが分かる。実際、竹が自生しているのは、鬱陵島と竹嶼だけで、独島には自生していない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%B1%E9%99%B5%E5%B3%B6
②「天候が清明であれば山頂の樹木及び山麓の海岸を歴々見ることができる。」 ⇒ この具体的な描写は鬱陵島から独島を見た記述ではない!なぜなら、独島には樹木が自生してない。では逆に独島から鬱陵島を見た描写か?それを裏付ける古文書がなければ断定できない。
③「一説に于山と鬱陵は本来1つの島で・・・」 ⇒ 後半の部分ですが、もし、役人が現地に赴いて記述したなら、そういう表現にならないですよね?規式に従い半島側から見た記述だから、編纂者は「一説に・・」という伝聞を引用したと解釈する方が妥当なのです。
という事は、于山と鬱陵は一つの島と混同するぐらい近いという裏付でもあります。
では、半島側から鬱陵島が実際どう見えるか?上のリンクの日本語版では見れませんが、原文では、その写真が見れます。
http://www.newpol.co.kr/bbs/files/20080830/util_bbs1/0.86055300_1220133719_i.jpg
引用先:http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2008/08/q-5-did-koreas-1530-sinjeung-dongguk.htm l
どうです?まさに「「天候が清明であれば山頂の樹木及び山麓の海岸を歴々見ることができる」に近い写真ですね。
以上、「3、相手の意見に反論する場合、否定だけで終わらずその根拠を示す。」というルールに従い、感情だけで反論してはいけませんよ。(笑)
いいですか!私が聞いているのは、「于山島が独島となぜ断言できるのか?」その理由と明確な根拠を聞いているのです。それもせずに、その回答はないでしょう?(苦笑)
逆に感情だけで反論しているのは、貴方のほうでしょう。(笑)それに私は、于山島について詳しく書かれた他の古文書ないか二度も聞きましたが、都合の悪い質問は完全無視ですか?それが貴方の限界なんですね。
恐らく貴方も知っているでしょうが、下記の通り、世宋実録より後に書かれた「新筯東國輿地勝覽」(1530年)には、見た場所が推測できる部分があります。
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「新筯東國輿地勝覽」
于山島 鬱陵島 一云武陵 一云羽陵 二島在縣正東海中 三峯岌 撑空 南峯稍卑 風日芿明則峯頭樹木 及山根沙渚 可見 風便則二日可到 一于山鬱陵 本一島 地方百里
翻訳:于山島 鬱陵島 は時に武陵、或いは羽陵とも呼ばれ、2島は県の真東の海中に在る。3つの峰が及業(きゅうぎょう)として空を支え、南の峰はやや低い。天候が清明であれば山頂の樹木及び山麓の海岸を歴々見ることができる。風が良ければ2日で到達できる。一説に于山と鬱陵は本来1つの島で、100里(約 40キロメートル)四方ある。
http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2008/08/1530liancourt-rocks.html
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翻訳部分を①〜③に分けて検証してみました。
①「3つの峰が及業(きゅうぎょう)として空を支え、南の峰はやや低い。」 ⇒ この描写は、1745年(英祖21年)に成稿した李孟休の『春官志』には、「蓋しこの島、その竹を産するを以ての故に竹島と謂い。三峯ありてか三峯島と謂う。←この記述に附合すると推測できる。よって、「三峯島=鬱陵島」を指していることが分かる。実際、竹が自生しているのは、鬱陵島と竹嶼だけで、独島には自生していない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%B1%E9%99%B5%E5%B3%B6
②「天候が清明であれば山頂の樹木及び山麓の海岸を歴々見ることができる。」 ⇒ この具体的な描写は鬱陵島から独島を見た記述ではない!なぜなら、独島には樹木が自生してない。では逆に独島から鬱陵島を見た描写か?それを裏付ける古文書がなければ断定できない。
③「一説に于山と鬱陵は本来1つの島で・・・」 ⇒ 後半の部分ですが、もし、役人が現地に赴いて記述したなら、そういう表現にならないですよね?規式に従い半島側から見た記述だから、編纂者は「一説に・・」という伝聞を引用したと解釈する方が妥当なのです。
という事は、于山と鬱陵は一つの島と混同するぐらい近いという裏付でもあります。
では、半島側から鬱陵島が実際どう見えるか?上のリンクの日本語版では見れませんが、原文では、その写真が見れます。
http://www.newpol.co.kr/bbs/files/20080830/util_bbs1/0.86055300_1220133719_i.jpg
引用先:http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2008/08/q-5-did-koreas-1530-sinjeung-dongguk.htm l
どうです?まさに「「天候が清明であれば山頂の樹木及び山麓の海岸を歴々見ることができる」に近い写真ですね。
以上、「3、相手の意見に反論する場合、否定だけで終わらずその根拠を示す。」というルールに従い、感情だけで反論してはいけませんよ。(笑)
これは メッセージ 2230 (h369jp さん)への返信です.
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