Re: 于山島=独島説の検証①
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/09 22:45 投稿番号: [2242 / 2382]
ダラダラとコピペしたわりには要領を得ないレスですね。(笑)では、要点だけまとめてみましょう。改めて断っておきますが、「于山島は独島か否か」が論点なのであって、「世宗実録 地理志」だけにこだわる必要はないのですよ?いくら的確に反論できないからといって、独りよがりは好い加減にしましょう。(笑)
>二島について理解できているのは上記文章程度です。上記文章では于山が最初にあるので、武陵よりも于山を中心に考えていたわけですね。
記載された順位だけで、于山を中心に考えていたというのは、妥当性は全くありません!その証拠に「新筯東國輿地勝覽」では、半島から見えない于山島ではなく鬱陵島を中心に記載されてます。
>「規式(ギュシック)」では半島から見た記述とする規定になっていたわけですが、于山島は半島からは見えません。
半島から見えないので「在県正東海中」(県の東の海の中にある)という記述になっているのです。
では、逆に見えていれば、どのように記述になったのでしょうか?対比する文献を引用しなければ、貴方の解釈に妥当性はありません!
よって、「県の東の海の中にある」という表現は、見えるか否かに関係なく、ただ東の海にある事を示しているだけです。
>于山島は半島からは見えないので「二島相去不遠、風日清明、則可望見」という一文を半島から見たものだとするのは無理なんですよ。
それは、半島から二島共に見えるという間違った解釈だから無理なのです。その理由は以下の通り2つあります。
1、「二島は互いに遠くはなく」という表現は、二つの島の距離関係を示しているのであって、半島から二つとも見えたという意味ではありません。それは「新筯東國輿地勝覽」で分かります。
2、「新筯東國輿地勝覽」には、記述者が半島側から鬱陵島みた記述と鬱陵島と于山島は1つの島と混同するぐらい近い事を示している。
以上のことから、于山島は鬱陵島近くの島であり、于山島が独島とするには無理があります。
これは メッセージ 2239 (h369jp さん)への返信です.
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