Re: 于山島=独島説の検証②
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/08 23:34 投稿番号: [2236 / 2382]
新筯東國輿地勝覽の記述はそれ以前の「高麗史」「三国史記」「王朝実録」などの記述をもとにしています。
高麗史の記述は
欝陵島
在縣正東海中 新羅時稱于山國 一云武陵 一云羽陵 地方百里 〜略〜
一云于山武陵本二島 相距不遠 風日清明 則可望見
高麗史では
于山国は鬱陵島であり、その島を武陵と言ったり羽陵と言ったと記述され
その後に
一説には于山と武陵は本来二島であり
その二島は相距不遠 風日清明 則可望見
と記述されています。
世宋実録地理誌では二島あるという記述です。
で、新筯東國輿地勝覽は世相実録地理誌と同じく二島あるという前提なのですが、高麗史に記載されている「于山国は一島」という説も紹介しているのです。
というわけで「一于山鬱陵 本一島」は
けっして「一島と見違えるくらい近い」なんてことにはなりません。。。ってか、ありえないし。
新筯東國輿地勝覽の編纂者は
それ以前の地理誌を参考に
その時代の報告を基にして執筆しています。
新筯東國輿地勝覽に記述されている「風日芿明則峯頭樹木 及山根沙渚 可見 風便則二日可到」というのは
世宋実録地理誌の「二島相去不遠 風日清明 則可望見」が表しているものと全く同じだと考えるのは無理です。
これは メッセージ 2233 (azusa2008jp さん)への返信です.
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