“平和ボケ”のお部屋

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英紙の報道

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/08/01 11:07 投稿番号: [17597 / 17759]
英紙インディペンデント8月29日

3月に発生した東北大震災時に起こった福島原子力発電所の爆発事故による死亡者数が、今後100万人に達すると英紙インディペンデントが29日(現地時間)、報道した。

英インディペンデント紙は「なぜ福島災害はチェルノブイリよりも深刻なのか」と題し、複数の専門家の意見を紹介。オーストラリアの内科医で、反 核運動家のヘレン・カルディコット博士は、「福島に災いが近づいている」と警告。チェルノブイリ事故による死者は25年間で20万人に達したが、福島の事 故は、これより深刻だと指摘した。

また、英アルスター大学のクリストファー・バズビー教授は、「チェルノブイリ原子力発電所は、一度に爆発したが、福島原発では現在も放射性物質が出ており、チェルノブイリよりも状況が良くない。これから100万人以上が亡くなるだろう」と予想した。

金銭的被害も福島原発事故は、はるかに多く、チェルノブイリ事故は、1440億ポンド(約17.9兆円)と推算されるのに対し、日本は再建費用として1880億ポンド(約23.3兆円)を予想している。

一方、日本政府は、福島原発での漏えい放射性物質の量が1945年に広島に投下された原子爆弾の168倍に達したと明らかにした。専門家たちは、福島原発事故の被害は、まだ始まったばかりだと口をそろえているとして、事態の深刻さに言及した。

Re: 「折り合い」はどのように?

投稿者: piazzollajp 投稿日時: 2012/08/01 00:48 投稿番号: [17596 / 17759]
>>「被害者への賠償金を捻出するに足る」とは書いておりますが、「損害賠償請求額全額」とまでは書いておりません。

>それはご反論としてちょっと無理があるのではございませんか?(笑)

なぜ無理があるのですか?きちんと説明してください。

>piazzollajpさんの最終ご意見は「受刑者による労働生産性は、被害者遺族への損害賠償金を全額カバーするほど高いものである必要は必ずしもない」ということになりますね?ここも非常に重要な点ですので、ぜひともご論旨を確認させていただきたいと思います。

そのとおりです。

>その「賠償金支払いに有意に貢献するほどの稼ぎ」とは、具体的にどの程度の水準を想定されているのでしょうか?

結論だけ申し上げますと、受刑者1人あたり平均生涯収入として1800万円程度を目標としています。(理由は後述)厳しいハードルだと思いますが、考慮には値するのではないかと思っています。

>受刑者の労働収入は「賠償金を捻出するに足るだけ十分高いものである必要がある」(17452)けれども、その賠償金そのものは国の代位支払分をすべてカバーするほど高いものである必要はないというのがpiazzollajpさんの“最終ご意見”のように読み取れます。だとしたら、制度全体の設計にあたり、その折り合いをどこで、どのような基準をもって設定すべきとお考えなのでしょうか

まず、国の代位支払分は、検討報告書の考え方に従い、3000万円とします。これを国と受刑者で分担することになりますが、この分担比率は、私がかねてから主張しているとおり、「現行制度よりコストメリットがある」すなわち、国庫負担が現行制度よりも大きくならないことを条件に決定します。現行制度における国庫負担が、約1200万円であることから、結局、国と受刑者の分担比率は、1200万:1800万、すなわち、2:3となります。これが私の考える「終身強制重労働」制度の基本スキームです。

>これらに対する私の意見は、この議論の前提となる諸々の条件設定について、piazzollajpさんとコンセンサスが得られたうえで改めて申しあげたいと思います。

よろしくお願いします。

Re: どこでそのようなことを申しあげました

投稿者: piazzollajp 投稿日時: 2012/08/01 00:42 投稿番号: [17595 / 17759]
>私が17530のいったいどこでそのようなことを申しあげましたか?確かに「被害者等の救済のためのコストは社会全体で分かち合っていく」ものとは書かせていただいておりますけれども、そのあとの括弧書きで「そのコストは最初から国がすべて負担するのではなく、原因者負担の原則によって可能なかぎり加害者自身に負わせる」べきとはっきり申しあげておりますよ。

そうですか。それは大変失礼しました。


>>>私が現行の死刑制度に必ずしも賛成できない理由は、かなり複合的なものであることは、piazzollajpさんもお読みいただいたはずです。経済効率だけで申しあげているわけではありません。

>>それは了解していますが、今回の議論では、「終身強制重労働刑」の条件としては、これまでの流れに従い、「経済効率(生産性)」と「懲罰性」のみを考慮するということでよろしいですよね?

>上記の私のレスの元となった、「身銭を切るお覚悟がおありなら、『終身強制重労働刑』などに拘らず、現行死刑制度を維持したまま、被害者補償額を賠償金相当額に引き上げることのみ主張されれば良いのでは」(17537)というご主張を蒸し返されることはないと理解してよろしいのであれば、ご同意申しあげます。

私のレスに対して、なぜこのようなレスが返ってくるのか理解に苦しみます。
私が了解しているといったのは、steffiさんが15287で被害者遺族への実質的なメリット以外にも、
・「創造主たる神によって与えられた人間の命を、同じ人間の裁きによって奪うべきではない」という生命倫理観
・「イデオロギー的死刑廃止論者」の主要論拠になっている「死刑は残虐な刑罰」「国家には国民の生命を奪う権利はない」「冤罪の場合の救済が不可能」「受刑者の更生の機会を奪う」といった批判をすべて封じることが出来る
という理由を挙げられていることに依っています。
ただ、これらを「終身強制重労働刑」導入の理由として考慮すると、受刑者を死刑にしないこと自身に意味があることとなり、そのような概念のもとでの「終身強制重労働」のあり方も、これまでの議論と根本的に変わってしまうことになるので、今回の議論では考えないことにしましょうね、と提案したまでです。
私は、「仮に2億円が全額国庫負担になったとしても、それがいったい何ほどのものでしょう?(17531)」、「受刑者の労働対価が最低限収監費用をカバーしさえすればよい」と貴女が主張される限り、上記私の主張を何度でも蒸し返させていただくつもりです。

Re: 資料はお読みいただきましたか?

投稿者: piazzollajp 投稿日時: 2012/08/01 00:33 投稿番号: [17594 / 17759]
>「そこまで認めていただければ」とはどういう意味でしょうか?(17586)
>「当初のご主張」とは、具体的に何を指すのでしょうか?(17588)

「受刑者の労働対価が最低限収監費用をカバーしさえすればよい」というsteffiさんの従来からのご主張を指して言ったつもりですが。
これはつまり、「最低アカになりさえしなければよい」ということですから、受刑者の生産性がマイナスでなければ0でもよい(最悪、被害者の賠償支払いに一切貢献しなくてもよい)という主張のはずですよね。
一方、「一定」の生産性にしろ「高」生産性にしろ、言葉は違えど、生産性をプラスにキープする意味では同じですから、「アカにならないだけでなく、一定の黒字は確保しなければならない」という、私の従来の主張を認めていただけたと私は読んだのですが、違うのですか?

>事実でなければお詫び申しあげますけれども、この点に関するpiazzollajpさんの議論の進め方には、何か非常に作為的な強引さを感じます。

まったく思い当たるところがありません。
ただ、被害者遺族への賠償に何ら貢献をしないことすらも許してしまう「終身強制重労働刑」制度など、導入の意味は全くないと固く信じているだけです。

>これ以上の不毛な応酬を避けるためにも、いったい私がどの投稿で、絶対的な高労働生産性を主張したのか、この際具体的にご指摘くださいますようお願い申しあげます。

私が何を問題にしているのか、本当にわかっておられます?
貴女が絶対的な高労働生産性を主張したことがないことなど、もとより認識していますよ。何度でも繰り返しますが、私が問題にしているのは、だからといって、最低アカになりさえすればそれでいいという程度の生産性では、意味がないでしょう。ということです。

>17530で私が引用した「犯罪被害者等基本計画」の検討会資料はお読みくださったのでしょうか?

もちろん読みましたよ。貴重な情報ありがとうございました。

>もちろんpiazzollajpさんが、私やこの検討会資料とは異なるご見解をお持ちになることは自由です。
ただしその場合であっても、両者の制度的相違という客観的事実をきちんと踏まえたうえでなければ、議論の意味がありません。

別に私は、検討会資料と異なる見解は、持っていません。私も、被害者遺族への補償は国が責任を持って実施すべきだと思っているし、現行の補償額は少なすぎるとも思っていますよ。ただ、2億円というのはあまりにも法外であり、検討会での大勢意見でもある3000万円が、相場感として妥当な線だと思っているだけです。
なお、資料を読むと、どうやら現行の「犯罪被害者給付金制度」では、その趣旨からして、支給額に限界がありそうですが(3P)、それならそれで、犯基法の理念に沿った、これに代る適切な新制度を作ってもらえばそれでいいと思っています。


>ここはたいへん重要なポイントだと思いますので、「これ以上議論しても得るものは少ない」などと安易にスルーなさらず、上述の資料等でしっかりと事実関係をご確認いただきたいと思います。

私が「これ以上議論しても得るものは少ない」と申し上げたのは、貴女の「筋違い」発言の意図がもともと何であったのかということを、これ以上詮索することです。貴女の思う重要なポイントをスルーしたわけではありません。

Re: 犯罪被害者等基本法の解釈①

投稿者: piazzollajp 投稿日時: 2012/08/01 00:27 投稿番号: [17593 / 17759]
>>被害者への補償額は、賠償金相当額全額でなければならない(もしくは明確にそう書いてなくても明らかにそう解釈すべきである)ことは、この法ないし他の法令により規定されているのでしょうか?

>そのような規定など存在するわけがありません。
>お尋ねのような条文が存在することは、そもそも立法の主旨からしてあり得ないお話です。

そうですか。やはり「2億円が国の責務」というのは、法的規定ではなく、steffiさんの単なる個人的意見に過ぎないということですね。
教えていただいたことには感謝申し上げます。


>複数の識者の方が、「犯罪被害者への損害賠償金相当額の補償は国の義務である」という主旨の意見を述べられていることがおわかりいただけると思います。
以下にその代表的なものをいくつか抜き書きさせていただきます。

せっかく抜き書きいただいたのですが、steffiさん主張の「損害賠償金相当額(=2億円)の補償は国の義務である」を明確に支持している意見は一つも見つかりませんでしたが。
逆に、この資料を持ち出された以上、以下のような意見が表明されていることは、当然ご存知ですよね。

2P
「少なくとも交通事故『自賠責』制度の政府保障事業と同程度の損害補償を実現し、制度的不公平を解消すべきである」(飛鳥井構成員)(再掲)

4P
「一時金の場合は、自賠責の給付水準まで引き上げる。財源が給付に不十分な場合でも、例えば自賠責水準まで、と将来的な目標を掲げる。」(高橋構成員)

4P他
「支給水準は、自賠責の水準を目安とすべきである。
基本計画の討議の中でも度々給付水準は自賠責の水準を確保すべきとの意見が述べられている。また、自賠責の水準は、日本の障害・遺族補償の社会的水準と考えられており、犯罪者の補償もこの水準を目安とされるべきである。」(平井構成員)

11P
「個々の犯罪被害者等に対しては、交通事故災害賠償の後遺障害慰謝料額を参考として、死亡した場合には3000万円、後遺障害が残った場合には等級に応じて1級2800万円・・・14級110万円程度の一時金を補償すべきである。」(白井構成員)

上記から明らかなように、全ての識者が、犯罪被害者等の損害補償額は、「自賠責」の水準とすることで意見が一致しています。
自賠責の補償限度は、死亡で3000万円です。steffiさんの2億円というのは、任意保険並みのレベルですが、そんな高額な補償額を主張している人は、検討会の識者の中にも誰一人としていません。

Re: 「経済的メリット」の意味

投稿者: piazzollajp 投稿日時: 2012/08/01 00:19 投稿番号: [17592 / 17759]
steffiさん。こんばんは。儀礼的なあいさつは抜きにして早速本論に入らせていただきます。

>上のご意見は17536の時点でおっしゃるべきだったのではないでしょうか?私はそれに先行する17527で「2億円は本来国が負担すべき」という前提条件のもとで論じていることをはっきり申しあげているのですから。

>「現状がそうだから」というただそれだけの理由で1,210万円という数値に判定ラインを置き、それを以って新旧制度の経済的優劣を「単純に」判断するというお考えにはまったく賛同致しかねます。

議論のあとさきを問題にされるのであれば、steffiさんの方こそ、このような主張は、私の17484での意見「現制度より確実にコストメリットがあることが、制度導入の大前提となります。」の直後におっしゃるべきです。
steffiさんの後段の主張は、「現制度に対するコストメリットを制度導入の要件にしてはならならない。」ということであり、このような議論の大前提に対する決定的な異論は、それが提示されたときに明確に意思表示されないと、相手は、当然その前提は合意されたものとして議論を進めることになるので、それこそいつまでたっても「議論は決してかみ合わない」ことになってしまいます。

しかも、steffiさんの場合、明確な意思表示をされなかったばかりか、以後、17527に至るまで、一貫してこの前提条件を満たすべく、検証を試みておられます。
しかし、従来1210万円だった補償額を2億円にまで引き上げるのですから、これで現制度よりコストメリット(国庫負担減)があるなどというのは、土台無理な話です。それを、犯罪被害者等基本法の精神などを持ち出されて、強引にコストメリットあり、とこじつけようとなさるから、主張が「意味不明」となってしまうのです。

ここで、改めて、steffiさんの主張のスタンスを確認させてください。
steffiさんは、私が17484で主張した上記前提を、この時点にさかのぼって不同意とし、「現制度に対するコストメリットは制度導入の要件ではない。」という別の前提を出発点にして今後、議論をされたいのですか?その場合は、前提条件の妥当性から再度議論させていただくことになるとともに、17527におけるコストメリットに係る評価は、撤回されたものと判断させていただきます。
そうではなくて、私の前提は了としつつも、「コストメリット」の解釈論を異とされるというお立場ですか。その場合は、17527のコストメリット評価において、なぜ、「被害者等への損害賠償金相当額の保障を国の義務と考えれば、4.9年以上働かせることができた時点で、現制度よりコストメリットがあるという考えも成り立つ」のか、再度ご説明願います。現状のご説明では、納得のいく論理的説明にはなってないと考えます。

コピペしては罵詈雑言在日fukagawatohei

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/07/31 09:31 投稿番号: [17591 / 17759]
<在日fukagawatoheiは、日がな一日、日本人への罵詈雑言に血道を上げている>

コピペは罵詈雑言の前置きに過ぎない。だから同じものを、論破されても何度でもコピペする。中味の妥当性など無関係なのである。

日本人に対して罵詈雑言を吐く。それが在日fukagawatoheiの全生活である。

議論に意味は無い。在日とはそんなやつらなのである。

<在日fukagawatoheiとの議論は有害無益>
fukagawatohei   は左翼ではない。日本人を憎悪する在日である。誰でもいいから悪口雑言を書きたいだけである。嘘や矛盾を指摘しても無駄、同じ事を何回でも繰返す。

相手になるのは悪口のチャンス与えるだけである。fukagawatohei   の書き込みが不愉快なら娑婆の在日に報復すればいい。fukagawatoheiがやっているように。

中味は見なくていい。何なら無視リストに入れて置け。
掲示板ではfukagawatoheiが投稿したことは分かるから、その数だけ娑婆で報復すればいい。

重ねて、fukagawatoheiと掲示板でやり取りするのは無駄である。fukagawatoheiが喜ぶだけ、有害無益である。

<   在日fukagawatoheiの狂気の真の理由   >

在日同胞の婚姻状況(民団統計   2007年)

婚姻件数       8889
同胞間婚姻       847(   9.5%)
外国人との婚姻        (90.4%)
内日本人との婚姻    妻    (24.8%)
           夫    (63.0%)
          合計    (87.8%)
その他外国人         (   2.5%)

日本人と結婚する女性と結婚できない男性の比率が高いことを意味する。
ここ十年この傾向は変らない。

放射能体に良いと嘘をつき

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/07/31 08:33 投稿番号: [17590 / 17759]
1999・12・22

茨城県東海村の核燃料加工会社「ジェー・シー・オー(JCO)」で起きた
臨界事故で、大量の放射線を浴びた同社社員、OHさん=当時(35)=が多臓器不全のため、東京都文京区
の東大病院で死亡した。

強い放射線を浴びても、細胞はほとんど死なない
ただ、細胞分裂ができなくなるので、再生できなくなる
だから一定期間後(今ある細胞が寿命を迎えて死んだ時)に症状が表れ始める

具体的に言うと
腸の粘膜細胞が全部剥がれるので、栄養吸収できなくなってとんでもない下痢になる
皮膚が全部垢になって剥がれおちて、下の生肉がむき出しになる(大火傷と同じ症状)
血球を作る骨髄細胞が消滅して、免疫がなくなる(エイズと同じ症状)
・・・などなど

脳みそや神経の細胞はずっと生き続けるため、意識・感覚はそのまま
死ぬまで生き地獄が続く。

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/f0/3c/tsukinikawatteoshiokiwo/folder/1276353/img_1276353_38123866_8?1301466182

またも敗北、反原発派(♪)

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/31 00:08 投稿番号: [17589 / 17759]
山口県知事選挙
http://www.yomiuri.co.jp/election/local/news/20120729-OYT1T01137.htm

フクシマという追い風にも拘らず、ここまで負けに負けを重ねれば、いくら反対派ががなり立てたところで、日本から「原子の火」が消えることは永久にないのかもしれませんね。
現在のエネルギー環境を冷静に考えれば、「反原発」などというお題目がいかに非現実的で危険なものであるか、良識ある日本国民はよくわかっているからです。
反原発屋さんは、せいぜいお祭り(デモ)で慰めあってくださいね〜。(♪)



your Steffi

「折り合い」はどのように?

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/30 23:53 投稿番号: [17588 / 17759]
●>今回の一連の投稿で、steffiさんも「終身強制重労働刑」に「一定の生産性」を認められたわけですから、このsteffiさんの当初のご主張は、撤回されたという認識でよろしいですよね。

「当初のご主張」とは、具体的に何を指すのでしょうか?
さきほどの繰り返しになりますけれども、「一定の」つまり「限定的な」生産性というのは、当初からの私の一貫した意見であって、piazzollajpさんとの議論の結果、軌道修正して新たに認めたものでも何でもありません。



●>私は、「終身強制重労働刑」が成立する条件として、「加害者の収入が収監費用を上回ることが【必要】だ」とは申し上げておりますが、「加害者の収入が収監費用をカバーすれば【十分】だ」とは申し上げておりません。

そうですか。
ご主旨了解致しました。



●>どちらも私の最終意見です。特に、二律背反になっているとは思えませんが。「被害者への賠償金を捻出するに足る」とは書いておりますが、「損害賠償請求額全額」とまでは書いておりません。

それはご反論としてちょっと無理があるのではございませんか?(笑)
まあその点は措くとしても、もしおっしゃるとおりだとしたら、piazzollajpさんの最終ご意見は「受刑者による労働生産性は、被害者遺族への損害賠償金を全額カバーするほど高いものである必要は必ずしもない」ということになりますね?
ここも非常に重要な点ですので、ぜひともご論旨を確認させていただきたいと思います。



●>ここで私が言いたいことは、加害者の労働収入は、収支トントンでは駄目で、被害者への賠償金支払いに有意に貢献するほどの稼ぎがなければならないということと、それでも足りない場合は、国が補填せざるをえないということです。

その「賠償金支払いに有意に貢献するほどの稼ぎ」とは、具体的にどの程度の水準を想定されているのでしょうか?
今回のレスを拝見するかぎり、受刑者の労働収入は「賠償金を捻出するに足るだけ十分高いものである必要がある」(17452)けれども、その賠償金そのものは国の代位支払分をすべてカバーするほど高いものである必要はないというのがpiazzollajpさんの“最終ご意見”のように読み取れます。
だとしたら、制度全体の設計にあたり、その折り合いをどこで、どのような基準をもって設定すべきとお考えなのでしょうか?
ちなみに私は、(これまで何度も申しあげてきましたとおり)この刑の執行においては生産性よりも懲罰性を優先させるという考え方ですので、制度全体としての収支がマイナスにならないかぎり、受刑者の状況に応じて可能な範囲で上積みを図っていけば可とする立場です。
piazzollajpさんはこれを否定されていらっしゃるわけですから、当然その代案はお持ちのことと拝察致します。



●>しかし、自らの職場を「普通の人にはとても耐えられない、きわめて過酷なもの」と評しながら、それと同じ判断基準で「潜水士」や「土木作業員」を「終身強制重労働刑」の職種候補に挙げられるということは、取りようによっては、自らの職業を高見に置き、「潜水士」や「土木作業員」という職業を見下しているかのように取られる恐れがあります。

ええ〜っ、そ〜れはあまりに穿ち過ぎというか、意地悪なご意見ではありませんか?(笑)
と、申しあげたいところなのですけれども、考えてみれば、私も他の人と議論するときに、「文字情報として発信された以上、それは書き手の意思を離れてひとり歩きするから気をつけて」という意味のことを何度か申しあげてきましたので、それと同じ過ちを犯したものと素直に反省させていただきます。
ご指摘ありがとうございました。



●>私が、特に考慮すべきと考える点は、以下の3点です。(17575)

ご見解としては承りました。
これらに対する私の意見は、この議論の前提となる諸々の条件設定について、piazzollajpさんとコンセンサスが得られたうえで改めて申しあげたいと思います。



your Steffi

どこでそのようなことを申しあげましたか?

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/30 23:29 投稿番号: [17587 / 17759]
●>ところが、steffiさんは、17474で、現行の「犯罪被害者給付金制度」を「明らかに筋の違う」とおっしゃった上で、これに続く17484における採算性の試算において、この制度の廃止による経済効果を組み入れた計算式を提案されています。この流れにおいては、steffiさんが、この段階では「当事者である加害者が一円も賠償に関与せず、被害者への賠償は全額血税で賄われていること」を、「筋違い」と評しているとしか、私には読めませんでした。

確かに私は17474では「明らかに筋の違う現行の『犯罪被害者給付金制度』」としか表現しておりませんでしたし、また「原因者負担原則」が蚊帳の外に置かれているということが「筋違い」の大きな理由のひとつと考えていることも事実ですので、そうとしか取りようがなかったとおっしゃられれば、お詫び申しあげるしかありません。
ただ、17530では「現行の遺族給付金は単なる『お見舞い金』に過ぎず、被害者等の尊厳の保障という立法の趣旨からはほど遠いところにある」と明記していること、そしてこれは上述の「原因者負担原則」の欠缺を理由とした「筋違い」論を何ら否定・修正するものではないことは、はっきり申しあげさせていただきたいと思います。



●>そして、このような考え方は、「被害者への賠償は全額血税で賄われて当然である」とする17530の考え方とは、完全に異なるものです。

私が17530のいったいどこでそのようなことを申しあげましたか?
確かに「被害者等の救済のためのコストは社会全体で分かち合っていく」ものとは書かせていただいておりますけれども、そのあとの括弧書きで「そのコストは最初から国がすべて負担するのではなく、原因者負担の原則によって可能なかぎり加害者自身に負わせる」べきとはっきり申しあげておりますよ。



●>>私が現行の死刑制度に必ずしも賛成できない理由は、かなり複合的なものであることは、piazzollajpさんもお読みいただいたはずです。経済効率だけで申しあげているわけではありません。

>それは了解していますが、今回の議論では、「終身強制重労働刑」の条件としては、これまでの流れに従い、「経済効率(生産性)」と「懲罰性」のみを考慮するということでよろしいですよね?

上記の私のレスの元となった、「身銭を切るお覚悟がおありなら、『終身強制重労働刑』などに拘らず、現行死刑制度を維持したまま、被害者補償額を賠償金相当額に引き上げることのみ主張されれば良いのでは」(17537)というご主張を蒸し返されることはないと理解してよろしいのであれば、ご同意申しあげます。



(つづく)

資料はお読みいただきましたか?

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/30 23:27 投稿番号: [17586 / 17759]
昨夜は事情により中断してしまって申しわけございませんでした。
続きを書かせていただきたいと思います。



●>そこまで認めていただければ、概ね了です。ただし、「高」を「一定の」に変えたからといって、最低アカになりさえしなければ可ということには決してなりませんので、その点はお忘れなく。

「そこまで認めていただければ」とはどういう意味でしょうか?
こだわるようですけれども、私はこの議論の当初段階から、「刑の性格上、労働生産性については限定なものにならざるを得ない」という主旨のことを再三申しあげてきているはずです。
「労働生産性が(中略)被害者への賠償金を捻出するに足るだけ十分高いものである必要があ」る(17452)とか、「労働生産性が高いことは、この制度におけるマストな要求事項」(17479)とおっしゃっているのはpiazzollajpさんであって、私ではありません。
その私がどうしてご指摘のような“軌道修正”をしたと認めなければならないのでしょうか?
事実でなければお詫び申しあげますけれども、この点に関するpiazzollajpさんの議論の進め方には、何か非常に作為的な強引さを感じます。
これ以上の不毛な応酬を避けるためにも、いったい私がどの投稿で、絶対的な高労働生産性を主張したのか、この際具体的にご指摘くださいますようお願い申しあげます。
なお、後段の「最低アカになりさえしなければ」以下のくだりにつきましては、申しわけございませんけれども、ご論旨がよく理解できません。



●>そうはおっしゃいますが、最初から、17530のような考え方であるならば、「犯罪被害者給付金制度」は、拡充こそすれ、廃止という発想には決してならないはずです。

17530で私が引用した「犯罪被害者等基本計画」の検討会資料はお読みくださったのでしょうか?
そこに端的に述べられているとおり、犯罪被害者等給付金支給法を根拠法規とした「犯罪被害者遺族給付金」と、民法に基づく「損害賠償金」とでは、その法的意味も、金額の算出ロジックも、そして被害者遺族に与える心理的効果もまったく異なります。
piazzollajpさんは、お金に色はないのだから、名目は何であれ、もらえればいいじゃないかというご意見なのかも知れませんけれども、少なくとも私は遺族が置かれている悲痛な立場を考えれば、国からの“お恵み金”に過ぎない「遺族給付金」の存在を理由に、正当な損害賠償請求への道を閉ざす論調に与するつもりはまったくありません。
すでに何度も申しあげているとおり、遺族は本来その尊厳に相応しい「損害賠償」を受ける権利があるというのが「犯罪被害者等基本法」の基本精神であり、「遺族給付金」はそれが現実問題として不可能なケースが圧倒的多数であるため、一時的にお茶を濁しているだけのものです。
もちろんpiazzollajpさんが、私やこの検討会資料とは異なるご見解をお持ちになることは自由です。
ただしその場合であっても、両者の制度的相違という客観的事実をきちんと踏まえたうえでなければ、議論の意味がありません。
ここはたいへん重要なポイントだと思いますので、「これ以上議論しても得るものは少ない」などと安易にスルーなさらず、上述の資料等でしっかりと事実関係をご確認いただきたいと思います。



(つづく)

洗脳に弱い日本人!

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/07/30 17:19 投稿番号: [17585 / 17759]
「絶対安全」だと五時間の洗脳教育

原発など、放射能のある職場で働く人を放射線従事者といいます。日本の放射線従事者は今までに約二七万人ですが、そのほとんどが原発作業者です。今も九万人くらいの人が原発で働いています。その人たちが年一回行われる原発の定検工事などを、毎日、毎日、被曝しながら支えているのです。

原発で初めて働く作業者に対し、放射線管理教育を約五時間かけて行います。この教育の最大の目的は、不安の解消のためです。原発が危険だとは一切教えません。

国の被曝線量で管理しているので、絶対大丈夫なので安心して働きなさい、世間で原発反対の人たちが、放射能でガンや白血病に冒されると言っているが、あれは“マッカナ、オオウソ”である、国が決めたことを守っていれば絶対に大丈夫だと、五時間かけて洗脳します。   

こういう「原発安全」の洗脳を、電力会社は地域の人にも行っています。有名人を呼んで講演会を開いたり、文化サークルで料理教室をしたり、カラー印刷の立派なチラシを新聞折り込みしたりして。

だから、事故があって、ちょっと不安に思ったとしても、そういう安全宣伝にすぐに洗脳されてしまって、「原発がなくなったら、電気がなくなって困る」と思い込むようになるのです。

私自身が二〇年近く、現場の責任者として、働く人にオウムの麻原以上のマインド・コントロール、「洗脳教育」をやって来ました。何人殺したかわかりません。

みなさんから現場で働く人は不安に思っていないのかとよく聞かれますが、放射能の危険や被曝のことは一切知らされていませんから、不安だとは大半の人は思っていません。

体の具合が悪くなっても、それが原発のせいだとは全然考えもしないのです。作業者全員が毎日被曝をする。それをいかに本人や外部に知られないように処理するかが責任者の仕事です。本人や外部に被曝の問題が漏れるようでは、現場責任者は失格なのです。これが原発の現場です。

(1997年にがんで死亡したプラント配管技能士の証言より)

どうする核のゴミを!

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/07/30 17:16 投稿番号: [17584 / 17759]
どうしようもない放射性廃棄物

原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜まっています。

日本が原発を始めてから一九六九年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。

しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと思ったのがはじめでした。

現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で三百万本のドラム缶をこれから三百年間管理すると言っていますが、一体、三百年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年間も続くのかどうか。どうなりますか。

もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの会社に再処理を頼んでいます。

去年(一九九五年)フランスから、二八本の高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固めて、金属容器に入れたものです。

この容器の側に二分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、三〇年から五〇年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全く決まっていません。

余所の国でも計画だけはあっても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。

原発自体についても、国は止めてから五年か十年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。

生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには一日も早く、原発を止めるしかなんですよ。

(1997年にがんで死亡したプラント配管技能士の証言から)

「折り合い」はどこで、どんな基準で?

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/30 01:28 投稿番号: [17583 / 17759]
●>今回の一連の投稿で、steffiさんも「終身強制重労働刑」に「一定の生産性」を認められたわけですから、このsteffiさんの当初のご主張は、撤回されたという認識でよろしいですよね。

「当初のご主張」とは、具体的に何を指すのでしょうか?
さきほどの繰り返しになりますけれども、「一定の生産性」というのは、当初からの私の一貫した意見であって、piazzollajpさんとの議論の結果、軌道修正して新たに認めたものでも何でもありません。



●>私は、「終身強制重労働刑」が成立する条件として、「加害者の収入が収監費用を上回ることが【必要】だ」とは申し上げておりますが、「加害者の収入が収監費用をカバーすれば【十分】だ」とは申し上げておりません。

そうですか。
ご主旨了解致しました。



●>どちらも私の最終意見です。特に、二律背反になっているとは思えませんが。「被害者への賠償金を捻出するに足る」とは書いておりますが、「損害賠償請求額全額」とまでは書いておりません。

それはご反論としてちょっと無理があるのではございませんか?(笑)
その点は措くとしても、もしおっしゃるとおりだとしたら、piazzollajpさんの最終ご意見は「受刑者による労働生産性は、被害者遺族への損害賠償金を全額カバーするほど高いものである必要は必ずしもない」ということになりますね。
それを確認させていただいたうえで、次の質問です。



●>ここで私が言いたいことは、加害者の労働収入は、収支トントンでは駄目で、被害者への賠償金支払いに有意に貢献するほどの稼ぎがなければならないということと、それでも足りない場合は、国が補填せざるをえないということです。

その「賠償金支払いに有意に貢献するほどの稼ぎ」とは、具体的にどの程度の水準を想定されているのでしょうか?
今回のレスを拝見するかぎり、piazzollajpさんのご意見では、その稼ぎは「賠償金を捻出するに足るだけ十分高いものである必要がある」(17452)けれども、国の代位支払分をすべてカバーする必要はないというものですよね?
だとしたら、制度全体の設計にあたり、その折り合いをどこで、どのような基準をもって設定すべきとお考えなのかお教えいただきたいと思います。
ちなみに私は、これまで何度も申しあげてきましたとおり、この刑の執行においては生産性よりも懲罰性を優先させるという考え方なので、受刑者全体としての収支がマイナスにならなければ最低限可とし、あとは受刑者の状況に応じて、可能なかぎり上積みを図っていくという立場です。
piazzollajpさんはこれを否定されていらっしゃるわけですから、当然その代案はお持ちのことと拝察致します。



●>しかし、自らの職場を「普通の人にはとても耐えられない、きわめて過酷なもの」と評しながら、それと同じ判断基準で「潜水士」や「土木作業員」を「終身強制重労働刑」の職種候補に挙げられるということは、取りようによっては、自らの職業を高見に置き、「潜水士」や「土木作業員」という職業を見下しているかのように取られる恐れがあります。

ええ〜っ、そ〜れはあまりに穿ち過ぎというか、意地悪なご意見ではありませんか?(笑)
と、申しあげたいところなのですけれども、考えてみれば、私も他の人と議論するときに、「文字情報として発信された以上、それは書き手の意思を離れてひとり歩きするから気をつけて」という意味のことを何度か申しあげてきましたので、今回は自分がそれと同じ過ちを犯したものと素直に反省させていただきます。
ご指摘ありがとうございました。



●>私が、特に考慮すべきと考える点は、以下の3点です。(17575)

ご見解としては了解致しました。
これらに対する私の意見は、この議論の前提となる諸々の条件設定について、piazzollajpさんとコンセンサスが得られたうえで改めて申しあげたいと思います。



your Steffi

資料をもう一度お読みください。

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/30 01:26 投稿番号: [17582 / 17759]
●>そこまで認めていただければ、概ね了です。ただし、「高」を「一定の」に変えたからといって、最低アカになりさえしなければ可ということには決してなりませんので、その点はお忘れなく。

「そこまで認めていただければ」とはどういう意味でしょうか?
こだわるようですけれども、私はこの議論の当初段階から、「刑の性格上、労働生産性については限定なものにならざるを得ない」という主旨のことを再三申しあげてきているはずです。
「労働生産性が(中略)被害者への賠償金を捻出するに足るだけ十分高いものである必要があ」る(17452)とおっしゃっているのはpiazzollajpさんであって、私は一度たりともそのようなことを申しあげたことはありません。
その私がどうしてご指摘のような“軌道修正”をしなければならないのですか?
間違っていましたらお詫び申しあげますけれども、この点に関するpiazzollajpさんの議論の進め方には、何か非常に作為的な強引さを感じます。
これ以上の不毛な応酬を避けるためにも、いったい私がどの投稿で、絶対的な高労働生産性を主張したのか、この際具体的にご指摘くださいますようお願い申しあげます。
なお、後段の「最低アカになりさえしなければ」以下のくだりにつきましては、申しわけございませんが、ご論旨がよく理解できません。



●>そうはおっしゃいますが、最初から、17530のような考え方であるならば、「犯罪被害者給付金制度」は、拡充こそすれ、廃止という発想には決してならないはずです。

17530において、私が何のために「犯罪被害者等基本計画」の検討会資料を引用させていただいたとお考えなのでしょうか?
犯罪被害者等給付金支給法を根拠法規とした「犯罪被害者給付金」と、民法に基づく「損害賠償金」とでは、その法的意味も、金額の算出ロジックも、そして何よりも被害者遺族に与える心理的効果もまったく異なります。
「お金に色はない」という考え方にたてば、名目は何であれ、とにかく支給されれば文句ないだろうという意見もありかも知れませんけれども、被害者遺族の痛みを考えれば、私はそんないい加減な考え方に与することはとてもできません。
申しわけないのですけれども、上述の資料をもういちどお読みになり、両者の違いをきちんとご認識なさったうえで、改めてコメントをいただけますでしょうか?



●>このような考え方は、「被害者への賠償は全額血税で賄われて当然である」とする17530の考え方とは、完全に異なるものです。

私が17530のどこで、このようなことを申しあげましたか?
その個所を具体的にご指摘くださいませ。



●>しかし、この件をこれ以上議論しても得るものは少ないと思われるので、今後は、steffiさんの現制度に対するお考えは、17530に基づいていると、当方の認識を修正させていただきます。

その前に、上記2点については、きちんとお答えいただきたいと思います。




●>>私が現行の死刑制度に必ずしも賛成できない理由は、かなり複合的なものであることは、piazzollajpさんもお読みいただいたはずです。経済効率だけで申しあげているわけではありません。

>それは了解していますが、今回の議論では、「終身強制重労働刑」の条件としては、これまでの流れに従い、「経済効率(生産性)」と「懲罰性」のみを考慮するということでよろしいですよね?

上記の私のレスの元となった、「身銭を切るお覚悟がおありなら、『終身強制重労働刑』などに拘らず、現行死刑制度を維持したまま、被害者補償額を賠償金相当額に引き上げることのみ主張されれば良いのでは」(17537)というご主張を蒸し返されることはないと理解してよろしいのであれば、ご同意申しあげます。



(つづく)

犯罪被害者等基本法の解釈②

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/30 01:23 投稿番号: [17581 / 17759]
もちろんこれらはいずれも専門家とはいえ、個人の見解であって、最高裁判所の判例のように絶対的な法規範性を持つものではありませんから、異論があるかも知れませんし、将来この点について裁判所の判断が下されれば、情勢が大きく変わる可能性も否定できないでしょう。
けれども私としては、上記の「被害者等は、経済的な被害回復に関して被害以前の生活を保障される権利がある」、「被害者補償は、犯罪被害者等が事件以前の生活水準を回復するに足りる程度のものでなければならない」という指摘は法の主旨に照らしても非常に説得力があり、これこそがまさにこの法律の立法の精神であると考えています。
もちろんpiazzollajpさんがこの条文のご解釈にあたって、別のご意見をお持ちになることはご自由です。
ただしその場合は、なぜそうお考えになるのかという理由をお示しいただくとともに、その内容がpiazzollajpさんがこの議論の冒頭でおっしゃった「『被害者の遺族』の気持ちを慮る」(17452)というお考えと、どのように整合性を保ちうるのかという点についてもご説明をいただけるとうれしく思います。



●>私は、法律については、全くの素人なので、純粋にsteffiさんに教えを乞う次第です。

私も職業として法務に直接携わっているわけではないという点において、法律の素人であることはpiazzollajpさん同じです。
したがって、上述のお答えはそれをおことわりしたうえでのものであるということをご了解くださいませ。



(つづく)

犯罪被害者等基本法の解釈①

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/30 01:07 投稿番号: [17580 / 17759]
●>犯罪被害者等基本法の基本理念は、第三条の規定のとおりなのでしょうが、具体的に、被害者への補償額は、賠償金相当額全額でなければならない(もしくは明確にそう書いてなくても明らかにそう解釈すべきである)ことは、この法ないし他の法令により規定されているのでしょうか?

そのような規定など存在するわけがありません。
なぜなら、被害者(もしくは遺族)への損害賠償義務は、第一義的にはあくまでも加害者自身が負うべき(原因者負担原則)であり、その大前提はこの法律においても何ら変わっていないからです。
ただ、実際にはそれがきわめて非現実的で、被害者(もしくは遺族)が泣き寝入りせざるを得ないケースが圧倒的に多いことから、そうした不条理を解消するための方策として本法が成立したに過ぎず、これを以って加害者の賠償義務が免除されたわけではぜんぜんありません。
したがって、お尋ねのような条文が存在することは、そもそも立法の主旨からしてあり得ないお話です。

それでは、当該条文をどのように解釈すべきかという問題になるのですけれども、通常その作業にあたって重要な意味を持つのは、判例あるいは学界の通説です。
しかしながら、この法律は施行(平成17年 4月 1日)から日が浅いこともあって、少なくともご指摘の点に関しては、現段階ではそのどちらも存在しないようです。
となると、考えられる唯一の手がかりは当該条文に関する専門家の見解しかないということになり、その意味あいで私は17530において、同法に基づき平成17年に策定された「犯罪被害者等基本計画」の検討会の「とりまとめ資料」を引用させていただきました。
http://www8.cao.go.jp/hanzai/suisin/kentokai/kentokai1/data6/shiryo1-1.pdf

これを見ると、複数の識者の方が、「犯罪被害者への損害賠償金相当額の補償は国の義務である」という主旨の意見を述べられていることがおわかりいただけると思います。
以下にその代表的なものをいくつか抜き書きさせていただきます。
(私が自分に有利な方向に一方的に印象誘導をしているととられても困りますので、前後の文脈を含めて、ぜひご自身の目でご確認ください。)



【P.1】
「『その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利』のなかで、もっとも重要なものは、国から補償を受ける権利である」(白井構成員)

「率直に犯罪被害者等が国から補償を受ける『権利』を有することを認めることが基本法の趣旨に沿うもの」(同)

「国はその被害者等の被害回復に責任がある。被害者等は、経済的な被害回復に関して被害以前の生活を保障される権利がある」(高橋構成員)

【P.2】
「犯罪被害者等の個人の尊厳にふさわしい処遇を受ける権利と犯罪被害を回復また軽減し平穏な生活ができるようにする国の責務が明確にされている。経済的支援の検討では、上記の考え方を基本的な考え方とすべきである」(平井構成員)

「現行の給付金制度は『見舞金』の性格のため、他の損害賠償型制度の補償と比べて顕著な落差がある。犯罪被害者がこの落差を受忍すべき根拠は見当たらず、不公平感を生み出している」(飛鳥井構成員)

「少なくとも交通事故『自賠責』制度の政府保障事業と同程度の損害補償を実現し、制度的不公平を解消すべきである」(同)

【P.3】
「犯給法は、見舞金としての一時金の給付であることから、実際にかかった個々の費用を積み上げて支給するシステムにはなっていない。(中略)実際にかかった費用を積み上げて算出しなければ、被害者の実状に沿って損害額を算定することはできない。」(白井構成員)

【P.4】
「被害者補償は、犯罪被害者等が事件以前の生活水準を回復するに足りる程度のものでなければならないというべきである。(中略)犯罪被害者等基本法第3条1項でも『再び平穏な生活を営むことができるようになるまで』と規定されている。再び平穏な生活を営むということは即ち事件以前の生活に戻るということである。生活保護のような最低生活水準を基準とするものであってはならない」(同)



(つづく)

「経済的メリット」の意味

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/30 01:05 投稿番号: [17579 / 17759]
piazzollajpさん、こんばんは。
日本列島は相変わらず、すさまじい猛暑が続いておりますけれども、お変わりございませんか?
さて、先日はクイックレスポンスをいただき、ありがとうございました。

●>議論の間隔があまり開いてしまいますと、議論の焦点があいまいになるとともに、こちらの熱意も失せてしまいがちになりますので、その点もご配慮の上、(後略)

申しわけございません。
お苛立ちはごもっとものことと、深くお詫び申しあげます。
お忙しいのはpiazzollajpさんとても同じこと、それをわかっていながら、あまりにも自分本位のペースになりがちであったことを反省しております。
けれども、私も決して悪意や他意あってのことではないことはご理解いただきたいと思います。



●>私は、「2億円を本来誰が負担すべきか」の考え方のスタンスの違いが、「現行制度よりも経済的メリットがあるかどうか」の結論に影響するとは思いません。

どうお考えになろうとも、それはpiazzollajpさんのご自由ですけれども、それならば上のご意見は17536の時点でおっしゃるべきだったのではないでしょうか?
私はそれに先行する17527で「2億円は本来国が負担すべき」という前提条件のもとで論じていることをはっきり申しあげているのですから。



●>「経済的メリット」とは、(少なくとも私が言った意味においては)単純に、「新制度の方が、現行制度より国庫負担が減るかどうか。」ということです。言い換えれば、「新制度では、国庫負担が(結果的に)1210万円を超えないかどうか。」です。

piazzollajpさんのお考えがそうであることは承知しております。
ただ、以前にも申しあげましたとおり、それが説得力を持ち得るのは、その“現行制度下の国庫負担”の内容(ここでは1,210万円の遺族給付金支払)が、法の精神に照らして、それなりの合理性を持つ場合に限られるというのが私の考えです。
試算のモデルとした光市事件について申しあげれば、少なくとも私には1,210万円という“お見舞い金”が、最愛の妻子を理由もなく惨殺された本村さんにとって「個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障」(犯罪被害者等基本法第三条第一項)するものとはどうしても思えません。
したがって、「現状がそうだから」というただそれだけの理由で1,210万円という数値に判定ラインを置き、それを以って新旧制度の経済的優劣を「単純に」判断するというお考えにはまったく賛同致しかねます。
もちろん「個人の尊厳」という概念はきわめて抽象的かつ主観的で、客観性を持った貨幣価値に機械的に換算できるものではありませんから、その意味ではたとえこの金額が2億円になったとしても、本村さんに「再び平穏な生活を営むことができるようになる」ことを可能ならしめるものではないのかもしれません。
けれども、国の施策としてどこかで割り切って線を引かなければならないとしたら、現存する唯一の類似制度である「交通事故による逸失利益の算定方式についての共同提言」の計算ロジックを準用した2億円の補償は、国民の生命・財産の安全を守る責務を課された国家として最低限の義務であるというのが私の意見であり、かつ法の主旨により近いものであると考えます。



(つづく)

原発やめて、早く他のエネルギー移行へ

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2012/07/26 01:34 投稿番号: [17578 / 17759]
経団連が何を言おうと、新しい産業を起こしてほしいものだ。

原発の発電は無責任そのもの。未来永劫と言っていいほど、放射能は消えない。


大飯原発の地下には活断層がある。

他の原発も同じ。

福島だって、これから再度何があるかわからないのに。



★今年は、2010年の記録的な猛暑時より、最大20%減の使用量/報道ステーション



http://hibi-zakkan.sblo.jp/article/57236704.html


電力不足で脅かして、原発稼働作戦ですか

・・・人や自然の汚染はお構いなし!

電力会社も野田も全く悪質だ。

何が信頼できるのか?

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2012/07/20 15:11 投稿番号: [17577 / 17759]
前に何度か書いたが、私は選挙権を持って以来、共産党にしか投票した事が無い。
かといって、共産主義者でも、共産党員でもない。

ただ共産党は少数派ではあったが、国の弾圧によく耐え、絶えず少数派、弱者の味方であり、権力者の見張り番であり、不正社会に於ける唯一の正義の道を歩いてきていた孤高の集団と信じていた。常に日本という国の汚い部分、不正な部分のなかにあってのご意見番であり、「日本人の良心」のよりどころであったと確信していた。世の中は常に理不尽であり、それが故に常に正しい事が世に受け入れられるという事が無いが故の孤高を保っている崇高な理念を持った集団であると考えていた。


http://www.asyura2.com/12/senkyo133/msg/231.html


私は昨年、朝日新聞については30数年にわたる購読を既にやめている。赤旗は購読した事は無い。

ここでは、悪者にされている朝日新聞と赤旗であるが、そのどちらもが、かつては日本の中では数少ない信頼の篤い新聞であり、それが故に非難されうる対象になるのであるが、他の産経や読売、毎日などは以前からずっと権力側におもねった新聞社である事は自明であり、非難するに足りない、論評する事さえ時間の無駄とされていた事も付記しておくべきだと思う。


私の中学生頃まではまだ戦時下に於ける新聞社報道が政府公報と成り下がり、大政翼賛会の一員であった各大手新聞社が、その軍部の御用マスコミとして存在した過去に対しての謝罪文書、反省文書がだされて、これからのマスコミは庶民の味方である事を多いに宣伝していた事を記憶している。これは報道機関に関わらず、その頃のプロテスタント等の宗教団体も、個別に当時に於ける軍部に媚びた間違えた行動を自己批判していた事も記憶しているし、この当時、画家の藤田嗣治らも、軍部の要請により国威発揚の為の絵を描いたとされ、多くの画家が画壇から追放された。

この事が実際よい効果を生んだかどうかは私には分からないが、少なくとも大新聞は、「もう二度と過去の間違いは侵さない」として、たった40年にして元の木阿弥となってしまっている現状がある。
あの反省は一体なんだったのか?

国民の味方、少数派庶民の味方であったはずの共産党は、今回の小沢事件に関して、その末端の人達は一体何を考えているのだろうか?


赤旗が書いているからそれは真実であると、未だに妄信している思考停止状態の人間達が多数存在するという事を実証しているのだろうか?
この権力によって国民が苦しめられているこの時に、千載一遇のチャンスの時期に一体何をしているんだろうか?共産党の一番の魅力はその論理的正当性であり、揺るぎない弱者側にたった信念であったはずだ。
昨今の小沢バッシングでは、全く論理性のない発言によって、検察側の主張を鵜呑みにしている段階で、少なからぬ共産党親派は、離れて行った事をこの記事は物語っていると思う。


「国民の生活が第一党」の党首を非難するのなら、ちゃんとした信頼できる説得力のある情報を提供しなければ、これでは「赤旗はかつての大政翼賛会下の大手新聞と同じ」という烙印を押されても何も文句を言えないのではないだろうか?ここに投稿している人も、ただ感情だけで批判しているとしか思えない書き方である。


なんか裏切られた気持ちの人は、私だけではないと思う。

やっぱり活断層カッター

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2012/07/20 01:22 投稿番号: [17576 / 17759]
故意に活断層を短く評価する・・人呼んで「活断層カッター」

★原子力安全・保安院の活断層隠し

柏崎刈羽原発に大きな被害を与えた2007年7月16日の中越沖地震。2006年9月に28年ぶりに見直された原発耐震設計審査指針の再見直しを迫る多くの教訓が示されています。


しかし、いかなる審査指針があろうと、審査し規制する体制に問題があれば、なんにもなりません。これまで幾度となく問題が明るみに出た原子力規制行政ですが、またしても驚くべきことが明らかになっています。


設置許可の時点での活断層無視

東電は1号炉着工翌年の1979年から1985年にかけて原発前の海上で音波探査を実施しています。その結果、6、7号機の設置許可申請時(1988年)には、原発の沖合18.5kmにある「F―B断層」は長さ7〜8kmで活断層ではないとしていました。また、審査した国も無批判にそれを認めていました。


音波探査結果には、褶曲(しゅう曲:地層が波を打ったように曲げられているもの)が記録されており、褶曲構造は断層運動と関係があるという認識は1980年当時には常識であったので電力も国もおかしいと、渡辺満久東洋大学教授は指摘しています。痛快な批判はこちら


【なお、 6、7号機の設置変更申請(1991年)の審査には、活断層過小評価を電力に指導してきた御用学者衣笠善博東工大教授が審査に関与していたと、「原発崩壊」に書かれています。】

再評価の指示と結果の隠蔽

・・・

http://homepage3.nifty.com/ksueda/jishin2.html


  http://cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=594  


志賀等様々な原発が活断層の上に建設されてしまっている。

坂本龍一さんが言ったように「たかが電気のために・・」です。

未だに16万人の人々が避難生活を送っている「福島原発放射能汚染」ですが、

今後「原発のゴミ」のお守りのため、膨大な資金と人々の犠牲が予想される。

いつ更に事故があるかもしれない。


こんな制御不能なものではなく、さっさと他のエネルギー産業を支援してほしいものです。

次の選挙は「反原発」で投票する。

しかし「にわか脱原発」の新党「悪代官」はお断り。

いつ寝返るか、わかりませんからね〜、橋下と同じ。

Re: 潜水業務の妥当性について

投稿者: piazzollajp 投稿日時: 2012/07/18 00:15 投稿番号: [17575 / 17759]
steffiさんの17568と17569に対するレスについては、これまでのように逐一文章にコメントするよりも、そもそも、「終身強制重労働刑」の労働形態の成立条件を私がどう考えているかを示した方が、効率的かと思います。そうすれば、自ずと「潜水士」なり「土木作業員」が適切かどうかの回答になっているでしょうから。

私が、特に考慮すべきと考える点は、以下の3点です。

まず、「セキュリティ」。これは、相手が凶悪犯である以上、当然でしょう。万が一にでも、逃亡等によって一般人に危害を及ぼすようなことはあってはならないからです。そのためには、セキュリティの機能を監視員という人間のみに頼るのは不十分であり、物理的なハード面での対策が必須と考えます。また、一般人と混じって作業させるということも論外です。

第二に「効率性」。受刑者1人に何人も監視員がついて、それが複数の現場にわたるようでは、全く非効率であり、「生産性」を望むべくもありません。全ての受刑者を一箇所に集中させ、整った監視体制・監視設備のもとで一括的に管理するのが効率的です。また、これは、現場移動中の「逃亡リスク」をなくすという「セキュリティ」の面でも有効です。

第三に「継続性」。季節や天候、時間帯等によらず、一年を通して仕事に従事させられることが、「生産性(効率性)」「懲罰性」の観点からも適切と考えられます。

以上のような条件を満たす労働形態は、どのようなイメージになるかを考えてみると、以前にも示唆したように、刑務所の塀の中に工場ないし作業場を建設する、もしくは既存の工場ないし作業場の外周を塀で囲む等により、外界と完全に隔離した上で、対象となる全ての受刑者をそこに集結させ、監視カメラや赤外線警報装置等も活用した厳重な監視体制の下、24時間のシフト作業で、付加価値の高い製品(部品)を製造させる。というものになろうかと思います。

ただし、これを実現するには、大掛りな初期投資が必要であるとともに、そもそも何を製造するのか。という問題があり、私自身、これが実現可能かどうか、正直疑問に思っています。

Re: 「合成の誤謬」

投稿者: piazzollajp 投稿日時: 2012/07/18 00:06 投稿番号: [17574 / 17759]
>残念ながら検察による意図的な証拠でっち上げや、裁判所による不十分な審理等に起因する冤罪事案が実際に後を絶たない以上、「死刑が確定したらさっさと執行」というのは、現実問題としてあまりにも乱暴です。

このこと自身は、おっしゃるとおりだと思いますが、ただ、私が「死刑が確定したらさっさと執行」と申し上げたのは、「最低アカにならなければ可という程度の「終身強制重労働刑」導入を主張するくらいなら」という条件つきのものです。そして、今回の一連の投稿で、steffiさんも「終身強制重労働刑」に「一定の生産性」を認められたわけですから、このsteffiさんの当初のご主張は、撤回されたという認識でよろしいですよね。

>>「『死刑を廃止し、被害者遺族への賠償金は、国が加害者に代わって代位給付し、国は、加害者に「終身強制重労働」を課すことによって、部分的にもその費用を加害者から回収する。』とする(中略)考え方が成立するためには、(中略)加害者の『終身強制重労働』による総収入が、少なくとも加害者の生涯にわたる収監費用(全て国庫負担)を上回らなければなりません。」

>文脈にしたがうかぎり、受刑者の労働対価が最低限収監費用をカバーしさえすれば、私の主張する「終身強制重労働刑」は、少なくとも構想としては成立しうるとおっしゃっているように読めるのですけれども、違うのでしょうか?

「少なくとも・・・なければ」と「しさえすれば・・・」はその意味するところが決定的に違います。前者は「必要条件」、後者は「十分条件」の定型表現です。私は、「終身強制重労働刑」が成立する条件として、「加害者の収入が収監費用を上回ることが【必要】だ」とは申し上げておりますが、「加害者の収入が収監費用をカバーすれば【十分】だ」とは申し上げておりません。

>>私が申し上げたことは、「加害者を生涯刑務所で養っていくための費用をペイし、かつ、被害者への賠償金を捻出するに足るだけ十分高いものである必要がある。」(17452)ということです。

>でも、piazzollajpさんはこのあとの17478で、「損害賠償請求額約2億円という値は、(中略)我々普通のサラリーマンでも到底返すことのできない金額です。部分返済とし、あとは税金で穴埋めするのもやむをえないでしょう」とおっしゃっていらっしゃいますよね?これって、どちらがpiazzollajpさ
んの最終ご意見なのでしょうか?

どちらも私の最終意見です。特に、二律背反になっているとは思えませんが。
「被害者への賠償金を捻出するに足る」とは書いておりますが、「損害賠償請求額全額」とまでは書いておりません。ここで私が言いたいことは、加害者の労働収入は、収支トントンでは駄目で、被害者への賠償金支払いに有意に貢献するほどの稼ぎがなければならないということと、それでも足りない場合は、国が補填せざるをえないということです。
なお、被害者への支払額を「損害賠償請求額全額」とすることについても、私はこれを現段階で認めたわけでなく、法令上の規定に関するsteffiさんのご回答を待ちたいと思います。

>私が議論の“箸休め”として申しあげたジョークに、そんなに真顔でお応えいただいても困ってしまうのですけれども。

しかし、自らの職場を「普通の人にはとても耐えられない、きわめて過酷なもの」と評しながら、それと同じ判断基準で「潜水士」や「土木作業員」を「終身強制重労働刑」の職種候補に挙げられるということは、取りようによっては、自らの職業を高見に置き、「潜水士」や「土木作業員」という職業を見下しているかのように取られる恐れがあります。face-to-faceで話している分には、そういう誤解が生じる心配はなくても、文章上のやりとりでは、ニュアンスが伝わらず、ジョークがジョークにならない恐れもあることを、念のためご注意申し上げます。

Re: 両立する「一定の生産性」と「高い懲罰

投稿者: piazzollajp 投稿日時: 2012/07/17 23:44 投稿番号: [17573 / 17759]
>私が「被害者遺族への損害賠償金は全額国の責任において支払うのが法の精神」という認識を大前提にしているということをpiazzollajpさんに汲み取っていただけていないことだと思います。

前メールの質問とかぶりますが、「被害者遺族への損害賠償金は【全額】国の責任において支払うのが法の精神」とは、正確に事実でしょうか。どの法のどの条項に【全額】支払うべき(もしくはそう解釈されるべき)と規定されているのでしょうか。ご教授いただければ幸いです。

>私が求めているのは「高生産性」と「懲罰性」ではなく、「一定の生産性」と「高い懲罰性」です。

そこまで認めていただければ、概ね了です。ただし、「高」を「一定の」に変えたからといって、最低アカになりさえしなければ可ということには決してなりませんので、その点はお忘れなく。

>私が現行の「犯罪被害者給付金制度」の実態が、法の理念に照らして明らかに筋違いと考える理由は17530で申しあげたとおりであって、何も宗旨替えなどしていないからです。

そうはおっしゃいますが、最初から、17530のような考え方であるならば、「犯罪被害者給付金制度」は、拡充こそすれ、廃止という発想には決してならないはずです。ところが、steffiさんは、17474で、現行の「犯罪被害者給付金制度」を「明らかに筋の違う」とおっしゃった上で、これに続く17484における採算性の試算において、この制度の廃止による経済効果を組み入れた計算式を提案されています。
この流れにおいては、steffiさんが、この段階では「当事者である加害者が一円も賠償に関与せず、被害者への賠償は全額血税で賄われていること」を、「筋違い」と評しているとしか、私には読めませんでした。そして、このような考え方は、「被害者への賠償は全額血税で賄われて当然である」とする17530の考え方とは、完全に異なるものです。
しかし、この件をこれ以上議論しても得るものは少ないと思われるので、今後は、steffiさんの現制度に対するお考えは、17530に基づいていると、当方の認識を修正させていただきます。

>私が現行の死刑制度に必ずしも賛成できない理由は、かなり複合的なものであることは、piazzollajpさんもお読みいただいたはずです。経済効率だけで申しあげているわけではありません。

それは了解していますが、今回の議論では、「終身強制重労働刑」の条件としては、これまでの流れに従い、「経済効率(生産性)」と「懲罰性」のみを考慮するということでよろしいですよね?

>毎年毎年、全受刑者が収監費用相当額を超えて一銭も稼がないという仮定に立てばおっしゃるとおりかも知れませんけれども、そのようなことは考えにくいのではありませんか?

それは、具体的な労働形態を想定した上で評価してみないと何とも言えないと思います。

Re: 2億円は国の義務です。

投稿者: piazzollajp 投稿日時: 2012/07/17 23:20 投稿番号: [17572 / 17759]
steffiさん。こんばんは。ご無沙汰しております。今回もまたよろしくお願いします。

>今後も諸事情により、レスをさしあげるタイミングがこれまで以上に大きくずれることがあるかも知れませんけれども、その場合でもどうか気長にお待ちくださいますようお願い申しあげます。

お忙しい事情はお察しします。しかし、議論の間隔があまり開いてしまいますと、議論の焦点があいまいになるとともに、こちらの熱意も失せてしまいがちになりますので、その点もご配慮の上、無理のないペースでよろしくお願いします。

>piazzollajpさんのお考えに立てば、潜水業務はもとより、土木作業ですら非現実的となるのでしょうけれども、私は一定の環境を整備しさえすれば、これらの業務を「終身強制重労働刑」の対象役務の【ひとつ】として科すことはじゅうぶん可能と考えています。

「終身強制重労働刑」の「条件」は極めて重要な議論のポイントです。これについては、後ほど詳述します。


>私はそこで、2億円は本来「国の義務」であり(その法的根拠は既述のとおり)、「それを前提として考えれば」と、はっきり自分の考証スタンスを限定しております。
【その上で】、(中略)「現行制度よりも経済的メリットがあると考えることもできる」という主旨のことを申しあげました。
>いっぽう、piazzollajpさん(中略)の意味するところが、「2億円は国が負担すべきものではなく、あくまでも全額受刑者から回収すべき」ということであれば、そもそも私とは考証の前提を異にしていることになります。

私は、「2億円を本来誰が負担すべきか」の考え方のスタンスの違いが、「現行制度よりも経済的メリットがあるかどうか」の結論に影響するとは思いません。「経済的メリット」とは、(少なくとも私が言った意味においては)単純に、「新制度の方が、現行制度より国庫負担が減るかどうか。」ということです。言い換えれば、「新制度では、国庫負担が(結果的に)1210万円を超えないかどうか。」です。被害者への賠償金が、本来国が負担すべきものか、受刑者が負担すべきものかという議論は、この際関係ありません。(いくら本来受刑者が払うべきだと主張したところで、現実に払えない分は、どの道国が負担せざるをえないわけですから。)


>「2億円は本来国の義務」という私の意見に対してご異論がおありであれば、この点に対するpiazzollajpさんのご見解をまず明らかになさるべきではないでしょうか?

このご質問にお答えする前に、逆に一つ教えていただきたいことがあります。犯罪被害者等基本法の基本理念は、第三条の規定のとおりなのでしょうが、具体的に、被害者への補償額は、賠償金相当額全額でなければならない(もしくは明確にそう書いてなくても明らかにそう解釈すべきである)ことは、この法ないし他の法令により規定されているのでしょうか?
私は、法律については、全くの素人なので、純粋にsteffiさんに教えを乞う次第です。

Re: 相変わらず選挙じゃ勝てない反原発派

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/17 02:30 投稿番号: [17571 / 17759]
laskolinikofさん、初めまして。
拙稿にレスをいただき、ありがとうございました。


●>テレビ報道が少ないからじゃないでしょうか?私はその選挙の結果の報道で、そういう選挙があったことを初めて知りましたから。

初めにおたずね申しあげたいのですけれども、laskolinikofさんは鹿児島県民、つまりこの知事選の有権者でいらっしゃるのでしょうか?
でしたら、「テレビ報道が少なかったからそんな選挙があったことを知らなかった」とおっしゃるのは、有権者の意識として、あまりにもお粗末ではありませんか?
申しあげるまでもなく、知事選というのはその都道府県に住む人々にとって、地方自治における最大の政治参加の場です。
その神聖な権利行使の機会を意識的に放棄されたのならともかく、選挙結果が報道されるまで知らなかったとおっしゃる感覚は理解に苦しみます。

また、もし県外の方であるとすれば、そもそも選挙権自体がない“よそ者”が、当事者である鹿児島県民の方々の判断に対して、あれこれ批判されること自体が筋違いというものでしょう。
誰を知事に選ぶかは、あくまでも鹿児島県民の方が、ご自分たちの判断に基づいて独自にお決めになることなのですから。

ただ、もちろん原発というものは一地域の問題にとどまらず、国のエネルギー政策や国民生活全般に大きな影響を及ぼす事案です。
したがって、もしlaskolinikofさんが今回の鹿児島県知事選挙の結果について、日本国民としてご不満をお持ちであれば、それは次の国政選挙においてきちんと意思表示をなさるべきでしょう。
いずれにしても、「選挙結果の報道を見るまで、その選挙の存在を知らなかった。それはマスコミの報道姿勢が悪いからだ」などという理屈は、責任ある大人の世界では通るお話ではありません。



your Steffi

Re: “平和ボケ”のデモ

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/17 02:01 投稿番号: [17570 / 17759]
assaraamaaleicomnjpさん、このたびの集中豪雨によるご出身地大分の被災に心よりお見舞い申しあげます。
だいぶ前に書かせていただいたとおり、私も学生時代に耶馬渓や青の洞門などを旅したことがありますので、テレビの報道で伝えられる山国川の無残な姿にはたいへん心を痛めております。

さて、それはそれとして。



●>警察は「主催者との協議の結果こういう方法がとられたので参加者はそれを理解して警察の指示に従ってください。」と繰り返し、主催者は「皆さんもう少し下がってください」とまるで警察の言うがまま。私もだんだんストレスがたまってきそうで、危うく主催者に罵声を浴びせそうになったので、帰る事にした。

確かにデモは日本国憲法で保障された国民の正当な権利です。
そして、権利の裏には義務がつきものであるということは、小学生でもわかる理屈です。
国の最高法規で守られた権利を行使する以上、定められた義務を果たすのは当然のことではありませんか?
私もこれまで、憲法改正推進や、いわゆる“従軍慰安婦”問題捏造に抗議するデモに何度も参加しましたけれども、いずれの場合も主催者からあらかじめ伝えられた行進ルートやシュプレッヒコールの音量等のルールをきちんと守って、周囲に迷惑をかけないよう細心の注意を払って行動しました。

今回あなたが参加なさったデモの主催者の方が、参加者に向かって警察の指示に従うよう注意を喚起したのは、デモの民主的・合法的な運営に責任を持つ主催者の立場としてあたりまえのことであって、あなたから罵声を浴びせられる筋合いなど何ひとつありません。
それともassaraamaaleicomnjpさんは、ご自分の目的さえ正しければ、法令順守を呼びかける主催者を罵倒しても、法やルールを破ってもかまわないとお考えなのでしょうか?
だとしたらあなたのお考えは単なる暴徒やテロリストと同じで、それこそ民主主義を真っ向から否定する概念です。
20歳前後の学生時代ならともかく、還暦をとっくに超えられたいまになっても相変わらず青臭い書生論をふりまわしておられるようでは、あなたの“民主主義度”が知れるというものです。



your Steffi

刑務所外作業の是非

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/17 01:59 投稿番号: [17569 / 17759]
●>>具体的にどういう職種のどういう就労形態を想定すべきかという点について、まずお互いの意思統一があってしかるべきだったと思います。

>お望みならば、そういう意思統一をこれからしてもいいと思います。

「お望み」なのはやまやまなのですけれども、そのためには「終身強制重労働刑」のありかたについて、双方が共通の土俵、同一の認識のうえに立っていなければ意味がありません。
私は17483において、科する刑務労働としては、刑務所内での作業より、厳重な監視と拘束の下で、外の世界の労務に従事させる比率のほうが格段に大きくなると申しあげました。
それは、現行の懲役刑のような、塀の中での家内工業的な労役では、私がこの刑に要求する「一定の生産性」も「高い懲罰性」も望み得ないと考えるからです。
それに対してpiazzollajpさんは「基本的に、彼らを刑務所外作業に従事させることには反対」とおっしゃいました。
その理由は「本来死罪に値するような凶悪犯を常態的に塀の外に出しておくのは、脱獄のリスクが格段に増加し、社会平和を維持する観点から全く好ましくない」からとされています。
確かにそのお考えにも一理あることは認めます。
けれども、刑務所外作業といっても、何も住宅地や商業地域の真ん中に連れていくわけではありませんし、それを特定の場所で「常態」化させるわけでもありません。
また、そもそもこの刑の受刑者自体が年に何百人も出るというお話ではないでしょう。
参考までに過去10年間(2002〜2011年)、新たに死刑が確定した者の人数を見ると、1年あたりの平均値はわずかに14人弱ほどです。
http://www.geocities.jp/hyouhakudanna/number.html

単純な比較はできないということを承知のうえで、あえてこれがそのまま「終身強制重労働刑」を科される人数と仮定した場合、先ほど潜水業務のところで申しあげたような逃走防止対策を講じ、その3〜4倍規模の監視員をつけるなどの管理態勢を固めさえすれば、彼らを厳重に隔離された山林内の作業所や坑道の中で働かせることは何ら非現実的なことではないのではないでしょうか?
もちろん、執行されればこの世から姿を消す死刑囚とは違って、彼らは年々累積していくものです。
けれども、もし彼らが服役開始後全員40年間生き永らえたとしても、その間の累積受刑者数は高々500〜600人ほどに過ぎません。
これは法務行政の強権によってコントロールすることがじゅうぶん可能な範囲と考えますけれども、piazzollajpさんのご見解はいかがでしょうか?

おっしゃるように「前提条件の妥当性の吟味」こそがまず重要とすれば、この点についての認識が合致しないかぎり、具体的作業の種類や採算性の検証といったその次の段階の作業は何らの意味もなさないこととなり、議論継続の意味は失われると考えます。



your Steffi

潜水業務の妥当性について

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/17 01:34 投稿番号: [17568 / 17759]
●>しかし、steffiさんが、【採算性の試算】に潜水士を前提条件に置いたということは、潜水士を、受刑者が就労可能な職種形態として妥当なものと見なしたということです。その妥当性に対して何の吟味もなされてないものは、何物をも意味しえず、「試算」にもなっていないということです。

はい、これはまったくおっしゃるとおりだと思います。
私が17511で「潜水士が事例として適切でないとのご意見はごもっとも」と申しあげたのは、まさにその点、つまり必要最低限のご説明も差しあげないまま、唐突に試算のための事例として持ち出したことが不適切であったという反省からです。
逆に申しあげれば、潜水業務それ自体が「終身強制重労働刑」の対象役務として非現実的なものと考えているわけではないことを、piazzollajpさんの17497でのご指摘にお答えする形で申しあげたいと思います。

piazzollajpさん
「潜水士になるといって、今日いって明日なれるものでもありません。それなりの資格も訓練も必要でしょう。」
⇒   「どのような労役であっても一定の生産性をあげるためには相応の教育・訓練投資が必要であること、そしてそれらを刑罰労働として適用しようとすれば、それぞれに固有のコストやリスク、運用上の制限等が発生することは同じです。」(17511)

piazzollajpさん
「また、潜水業務が、年がら年中継続的にあるのかどうかも疑問」
⇒   対象役務を単一のものに限定する必要はありません。個別の事情に応じて複数種の労役を科し、常に何らかの作業をさせるような制度にすればよいのです。

piazzollajpさん
「仕事の現場が一定でなく、全国津々浦々となりますが、そのたびに彼らを移送する必要があり、コストがかさむ」
⇒   それは必要経費と割り切らざるを得ないでしょう。私が17484でお示しした試算においても、現実の水準として妥当かどうかは別として、この制度特有の監視・管理コストとして、piazzollajpさんご引用の「法務年鑑(平成22年)」に基づくデータよりも多めの金額を想定しています。

piazzollajpさん
「同時に逃亡のリスクも増えます」
⇒   監視を厳重にする、労務に大きな支障のない範囲で逃亡を防止するための身体拘束具等を使用する、GPS機能を有した小型端末を(自身で取り外しできないような形で)身体に装着させる、万一逃亡や反抗を図った場合は一定の警告を与えたうえで射殺する等々、考えられる対応策はいくつかあると思います。

piazzollajpさん
「ましてや、仕事場が海の中では、厳重な監視をしようにもしようがない」
⇒   海の中であればこそ、なおさら受刑者の行動パターンもその範囲も大きな物理的制約を受け、監視が容易という考え方も成り立つのではありませんか?



(つづく)

「合成の誤謬」

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/17 01:32 投稿番号: [17567 / 17759]
●>国民から多くの支持を受けている死刑制度をわざわざ廃止し、「終身強制重労働刑」などというややこしいものの導入を主張するよりも、「被害者補償額を引き上げて国庫負担も増えるのだから、死刑が確定したらさっさと執行してくれ。」と主張すれば済む話ではないですか? (17537)
もちろんそういうご意見もありだとは思います。 けれども、残念ながら検察による意図的な証拠でっち上げや、裁判所による不十分な審理等に起因する冤罪事案が実際に後を絶たない以上、「死刑が確定したらさっさと執行」というのは、現実問題としてあまりにも乱暴です。 また、「確定即執行」というコンセプトは、それ自体はまったく正当なものだとしても、もしこれが厳格に義務づけられたとしたらどういうことになるでしょうか?
現在の社会環境のもとでは死刑の求刑や判決が激減することは容易に想像がつきます。
素人の裁判員はもとより、法のプロである検察官や裁判官とても、しょせんは人の子だからです。
そうなった場合、現行の死刑制度が骨抜きになるのみでなく、もしかしたら我が国の刑事法体系そのものが深刻な機能不全に陥ってしまう危険性だって否定できないのです。



●>>私はそもそも両立させる必要があるとはひとことも申しあげておりません。

>ご自身で、おっしゃっていないおつもりでも、ちゃんとおっしゃっているではありませんか。しかも同じ投稿文の中で。

この点につきましては既述のとおりですので、重複を避けます。



●>>piazzollajpさんもご指摘になったとおり、私もこの制度は収入が収監費用を上回りさえすれば、あるいは純収入の累積が現行の遺族給付金相当額を上回ればそれで可とする立場です。

>これこそ、私が申し上げてないことです。私はこのようなことを指摘した覚えはありません。

では、piazzollajpさんの17478でのご発言を引用させていただきます。

「『死刑を廃止し、被害者遺族への賠償金は、国が加害者に代わって代位給付し、国は、加害者に「終身強制重労働」を課すことによって、部分的にもその費用を加害者から回収する。』とする(中略)考え方が成立するためには、(中略)加害者の『終身強制重労働』による総収入が、少なくとも加害者の生涯にわたる収監費用(全て国庫負担)を上回らなければなりません。」

文脈にしたがうかぎり、受刑者の労働対価が最低限収監費用をカバーしさえすれば、私の主張する「終身強制重労働刑」は、少なくとも構想としては成立しうるとおっしゃっているように読めるのですけれども、違うのでしょうか?
ご説明をいただけるとさいわいです



●>私が申し上げたことは、「加害者を生涯刑務所で養っていくための費用をペイし、かつ、被害者への賠償金を捻出するに足るだけ十分高いものである必要がある。」(17452)ということです。

でも、piazzollajpさんはこのあとの17478で、「損害賠償請求額約2億円という値は、(中略)我々普通のサラリーマンでも到底返すことのできない金額です。部分返済とし、あとは税金で穴埋めするのもやむをえないでしょう」とおっしゃっていらっしゃいますよね?
これって、どちらがpiazzollajpさんの最終ご意見なのでしょうか?



●>それならば、貴女が今されているお仕事を受刑者にやらせてはいかがですか?(中略)そんなこと、できる訳がありませんよね。第一、殺人犯と一緒に仕事をするなど、貴女だって、貴女の同僚だって承知するわけがありません。

私が議論の“箸休め”として申しあげたジョークに、そんなに真顔でお応えいただいても困ってしまうのですけれども。(笑)



(つづく)

両立する「一定の生産性」と「高い懲罰性」

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/17 01:31 投稿番号: [17566 / 17759]
●>賛成できないのは、「原因者負担の原則によって可能なかぎり加害者自身に負わせる」としながら、加害者に負わせる労働については、必ずしも生産性の高いものでなくてよいとするsteffiさんのお考えです。これが私には全く理解できません。

piazzollajpさんご自身、私の発言が「可能なかぎり」や「必ずしも」という相対表現をとっていることに言及されておきながら、「まったく理解できない」と切り捨てることが私には理解できません。(笑)
このすれ違いの根っこにあるのは、さきほどと同じく、私が「被害者遺族への損害賠償金は全額国の責任において支払うのが法の精神」という認識を大前提にしているということをpiazzollajpさんに汲み取っていただけていないことだと思います。
私が「【可能なかぎり】加害者自身に負わせる」と申しあげたのは、まさにそういう主旨であって、そのことと、「終身強制重労働刑」に高い懲罰性を求めることとは何ら矛盾するものではないでしょう。
「労働生産性」と「懲罰性」という、相反する2要素のバランスをどうとるか、どこで妥協点を見出すかは、個々の事案の具体的内容に応じて勘案されるべきであって、どちらかを充足するために、どちらかを排除するなどという極論を申しあげているつもりはまったくありません。



●>これこそまさに、「終身強制労働刑」に「高生産性」と「懲罰性」の両面を求めていることに他ならないではありませんか。(中略)このような両面性をもった労働形態を想定できない限り、私は、「終身強制労働刑」を採用すべきではないと考えています。

上述のとおり、私が求めているのは「高生産性」と「懲罰性」ではなく、「一定の生産性」と「高い懲罰性」です。
したがって、これらを両立させる労働形態を想定することはじゅうぶん可能と考えます。



●>実にご高邁なお考えです。でも、steffiさんは、かつて(17474)で、現行の「犯罪被害者給付金制度」ですら「明らかに筋の違う」とおっしゃられていましたが、いつから宗旨替えされたのですか?

たいへん申し訳ないのですけれども、ご指摘の意味がわかりません。 私が現行の「犯罪被害者給付金制度」の実態が、法の理念に照らして明らかに筋違いと考える理由は17530で申しあげたとおりであって、何も宗旨替えなどしていないからです。
それから「ご高邁なお考え」とはかぶりすぎです。(笑) だってこれは「犯罪被害等基本法」の立法の精神そのものであって、別に私の発想でも何でもないのですから。



●>そこまでご自身で身銭を切るお覚悟がおありなら、「終身強制重労働刑」などに拘らず、現行死刑制度を維持したまま、被害者補償額を賠償金相当額に引き上げることのみ主張されれば良いのではないですか。

そうおっしゃられては身も蓋もありません。(笑) 私が現行の死刑制度に必ずしも賛成できない理由は、かなり複合的なものであることは、piazzollajpさんもお読みいただいたはずです。 経済効率だけで申しあげているわけではありません。



●>steffiさんご主張の「終身強制重労働刑」とは、「最低、収監費用を上回れば可」(17532)、言い換えれば、最低アカになりさえしなければ、最終的に加害者からの回収額が0でもかまわないというお立場ですので、これは、「死刑確定即執行」と国庫負担の観点からは等価となります。

毎年毎年、全受刑者が収監費用相当額を超えて一銭も稼がないという仮定に立てばおっしゃるとおりかも知れませんけれども、そのようなことは考えにくいのではありませんか?


(つづく)

2億円は国の義務です。

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/07/17 01:30 投稿番号: [17565 / 17759]
piazzollajpさん、こんばんは。
暑さのお見舞いを申しあげます。

毎回のことながら、たいへんお待たせして申しわけございませんでした。
勝手なことを申しあげるようで恐縮ですけれども、私はこの議論をたいへんエキサイティングかつスリリングなものと感じております。
したがいまして、間隔がどんなに空いたとしても、自分のほうからこれを放棄することは決してしないつもりです。
今後も諸事情により、レスをさしあげるタイミングがこれまで以上に大きくずれることがあるかも知れませんけれども、その場合でもどうか気長にお待ちくださいますようお願い申しあげます。
では、さっそく本論に移らせていただきます。



>●受刑囚というのは、我々自由人とは比較にならないほどの制約環境下に置かれることとなりますが、この「土木作業員」という職種は、そのような考えられる種々の制約条件を考慮しても、受刑者に従事させることは可能という、それなりの見通しがあっての選定でしょうか。

私としてはそう思っています。
それを現実的ととらえるか、非現実的ととらえるかは、想定する前提条件やその人の考え方次第です。
たとえば、piazzollajpさんは受刑者を「刑務所外作業に従事させることには反対」(17497)とのご意見であるのに対し、私はむしろ「厳重な監視と拘束の下で、外の世界の労務に従事させる」(17483)という立場です。
piazzollajpさんのお考えに立てば、潜水業務はもとより、土木作業ですら非現実的となるのでしょうけれども、私は一定の環境を整備しさえすれば、これらの業務を「終身強制重労働刑」の対象役務の【ひとつ】として科すことはじゅうぶん可能と考えています(詳細後述)。



●>計算上はそうなりますが、それが何だというのですか?(中略) 1210万円は2億円に至る「単なる通過点」に過ぎず、その「単なる通過点」に過ぎないところに到達する年数を求めたところで、それがいったい何を証明しているのですか?

>まったく意味不明です。4.9年経過後には、国の立替分が、依然として1億8700万円強残っていますが、これで何で「現制度よりコストメリットがあるという考えも成り立」つなどと言えるのですか?

そうおっしゃられる前に、私が17527で申しあげた、考証にあたっての前提条件をもういちどご確認いただけますでしょうか?
私はそこで、2億円は本来「国の義務」であり(その法的根拠は既述のとおり)、「それを前提として考えれば」と、はっきり自分の考証スタンスを限定しております。
【その上で】、現状全額国庫負担となっている遺族給付金相当額は、当該試算上4.8年で受刑者の労働対価から回収可能なことを指摘し、それをもって「現行制度よりも経済的メリットがあると考えることもできる」という主旨のことを申しあげました。
しかもこれはpiazzollajpさんが17478でおっしゃった「加害者の『終身強制重労働』による総収入が、少なくとも加害者の生涯にわたる収監費用(全て国庫負担)を上回らなければなりません」という最低条件をクリアしたうえでのことです。

いっぽう、piazzollajpさんは1,210万円を2億円への「単なる通過点」に過ぎないとおっしゃっています。
その意味するところが、「2億円は国が負担すべきものではなく、あくまでも全額受刑者から回収すべき」ということであれば、そもそも私とは考証の前提を異にしていることになります。

もちろんそうお考えになることはご自由です。
けれども、私の一連の主張は被害者遺族に対する国の支援体制が法律で定められたとおりに整備されていないという強い問題意識から出発していることは再三申しあげてきたとおりであり、制度の優劣、経済性のメリット・ディメリット等の比較検証も、その観点から論じられるべきということも明らかにしているはずです。
「2億円は本来国の義務」という私の意見に対してご異論がおありであれば、この点に対するpiazzollajpさんのご見解をまず明らかになさるべきではないでしょうか?
そうでなければ、この議論は決してかみ合わないと思います。



(つづく)

Re: 相変わらず選挙じゃ勝てない反原発派

投稿者: laskolinikof 投稿日時: 2012/07/16 13:35 投稿番号: [17564 / 17759]
>それにしても、反原発派、どうして勝てないのでしょうか?

テレビ報道が少ないからじゃないでしょうか?
私はその選挙の結果の報道で、そういう選挙があったことを初めて知りましたから。
原発事故後はじめての知事選ならもっと大きく報道するべきです。
そうでないと、結局選挙なんて組織票で決まってしまいます。
マスコミと電力会はつながりが深いから、原発デモや脱原発を争点にした選挙もなるべく小さく扱うのです。

次の注目は7月29日の山口県知事選挙です。

“平和ボケ”のデモ

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2012/07/16 09:20 投稿番号: [17563 / 17759]
前にも一度どこかのトピで書いた事があるが、「祭り」の話である。
多くの祭りは、程度の差こそあれ、参加者一人一人は常に「死」を覚悟し、それに向き合ってその「生」と「死」のぎりぎりのところを体感する事によって「神」の存在を実感し、「祭り」というものの存在意義を参加者全員で共有する。・・・というような事ではないだろうか?といつも思っている。
私のふるさとの九州の田舎の祭りもまさにそれで、それは大人の神輿に限らず子供神輿と言われるものでさえも、子供なりに「死」というものを感じる瞬間はあった。
だから「祭り」は面白かったし、魅力があった。

かつて、私の通っていた大学では、私が1年の時までは、「けんか神輿」と言って、大きなヤカンに酒を入れて、ぐでんぐでんに酔っぱらいながら大学周辺を練り歩き、クライマックスの公園に着くと、他の科の造った神輿同士をぶつけあいながら壊す。人も時々壊れる。まあこういういわゆるバンカラな時代であった。

ところがその次の年になると、警察の警備上の要望があり、酒は御法度。練り歩く場所や時間も指定通りに行う事が義務づけられ、公園での神輿のぶつかり合いは禁止。代わりに何かイベントを催すという事で、それ以降今に至るまで、華やかな衣装をまとって「踊り」を踊る事が提案され、かくして非常に平和な「お祭り」が開催される事になった。
この事は、私にとっては非常に物足りない、リアリティーのないイベントに成り下がってしまったと感じさせたし、多少しらけた気持ちで参加した。
しかし、その年の主催学生にとっては、何の衝突も無く誰にも迷惑がかからない、しかも警察の指示通りに進められたという満足感によって、非常に有意義な「平和な」祭りが開催され、そして成功した事に何の疑いも持つ事無く、これこそが最高の「祭り」であるがごとく感じていた事は間違いの無いところだったと思う。


先日私にとっては二回目の国会議事堂での「反原発デモ」に参加してきた。
参加者はものすごい警備の中で、警察の誘導によって脇道に押しやられ分断され、全体の数さえ把握する事が困難であった。
「デモ」であれば「行進」が必須のはずが、誰も歩けない。機動隊の車が車線を覆い、歩道だけでのギュウギュウズメの非常にストレスの溜まるデモだった。
警察は「主催者との協議の結果こういう方法がとられたので参加者はそれを理解して警察の指示に従ってください。」と繰り返し、主催者は「皆さんもう少し下がってください」とまるで警察の言うがまま。

私もだんだんストレスがたまってきそうで、危うく主催者に罵声を浴びせそうになったので、帰る事にした。

若き頃の大学の「祭り」を思い出しながら、多少しらけた気持ちになってしまった。
これでは、こんな従順な人間の抗議なんか全然怖くないから、誰も振り向いてはくれないだろうから、社会も変わらないだろうなと思った。野田がせっかくの抗議の声を「大きな音」と比喩した気持ちもよくわかる。これでは単なるガス抜きでしかないと思った。

「平和ボケのデモ」だと感じた。


今日の代々木公園の10万人デモについては、今のところどのマスコミも報道していないが、ぜひ成功させてほしい。私は行けないのが残念だ。

外務省ホームページから

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/07/10 14:07 投稿番号: [17562 / 17759]
核兵器の使用のもたらす結果は壊滅的であり、その影響は長期間に及ぶ。広島と長崎が被った壊滅的影響とその回復のための苦闘を、他の如何なる都市も経験することがあってはならない。

大量破壊兵器の廃絶は、国際社会の長年の目標である。96年のキャンベラ委員会報告書の公表以降、多くの変化があり、核廃絶に向けた見通しは暗くなっている。

国際社会は、核拡散の危険と核軍縮に向けた挑戦のいずれを選ぶかの分岐点に立っている。しかし、我々はそこにたたずんでいることはできない。

最近変なYAHOO!掲示板

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2012/07/09 20:02 投稿番号: [17561 / 17759]
どうもニュースの取り上げ方にも偏りがあると感じているのは、私だけなのだろうか?

これでは、一般の大企業の息のかかった大マスコミと全く同じじゃない?

ここに来る人間の発言の質的低下と、体制に抗議している人間に対する幼稚なバッシングの仕方には、いつも辟易している。10年前とは雲泥の差。

孫さんは、日本の経団連に参加が許されて仲間入りしたときに、涙を流して喜んだということを聞いたが、その時以来、彼は私たちから遠くはなれてしまったのかもしれない。

100億円寄付の話や、犬のお父さんのコマーシャルの裏事情の真偽は分かり様がないが、何となくこのヤフウの初期の頃からのなりふり構わなかった路上での下品に(私には)見えた勧誘行為とともに、それらのうわさ話がうなずけるようにも感じてしまう。

別トピでの反原発抗議デモの扱いや、その中での反論者達の質の低さとともに、その投稿数の少なさを考えると、もう既に、ここYAHOO!掲示板の使命は終わってしまったといってもいいのかもしれないと思うようになった。

かつての盛り上がりを知っているだけに、残念なことだ。

fukagawatohei=在日、騙り、人非人の証明

投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2012/07/09 17:22 投稿番号: [17560 / 17759]
在日が人非人なのではない。   fukagawatoheiが人非人なのである。

1、fukagawatoeheiは在日であると断定する。
(理   由)
日本の皇室の出自は朝鮮半島であると主張し、やけに拘る。
大量少女強姦韓国人牧師   金   保   に関する投稿をすると、必ず「韓国人」の部分を消してレスをする。
在日女性の80%以上が日本人と結婚すると云う単純な事実に対して、いきり立って反発する。

2、fukagawatoheiは被爆者二世を騙っている。
(証   拠)
①>軍隊に入ってからすぐに広島にある「結核患者を専門に治療していた」
陸軍病院に「入院させられた」という事実から、おいらが親父の
結核は持病だったと表現しただけなんですけどね〜。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ   投稿No.24475   投稿者:fukagawatohei
②>おいらの親父が入院したのは爆心地から1〜1.5kmくらいのところに
あった広島陸軍病院だよ。
結核患者が必ずしも、結核専門の病院に入れられるとは限らないんだよ。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ   投稿No.24782 投稿者:fukagawatohei

上記二つの矛盾した投稿をした。被爆者二世を騙ろうとして疑問点を突かれ、
出任せの言いぬけを書いているうちに、突拍子もない矛盾を暴露した。
頭が悪いので嘘であることが丸見えになった。
滑稽なことに、上記二つが矛盾していることを、これほど単純な矛盾を、
七回も八回も突きつけられても、なかなか理解できなかった。
「お前の父親が入院したのはどんな病院か」と質問されてやっと分かった。
流石にそれから数週間は投稿しなかったが、また鉄面皮な投稿を繰り返すようになっている。
fukagawatoheiは極端に頭が悪い上に、度外れて面の皮が厚い。

3、fukagawatoheiは人非人である。
(理由)
①広島の被爆者を陰湿なやり方で嘲り揶揄することを快感としている。

>ガハー!   広島人はよほど頭が狂ってますな。もう一度原爆を落とされたいとはの。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ、投稿 No.8430、投稿者:fukagawatohei

>親父は東京に戻ってくるまで、しばらくの間、カボチャやイモを食べて生き延びていたそうだ。
カボチャやイモは原爆の熱でこんがり焼けていて、うまかったそうじゃ。広島の街全体がアメリカが落とした原爆で、ちょうど電子レンジでチンされちゃったようなもんだ。
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ、投稿 No.8528 、投稿者:fukagawatohei

この残酷な書きようはどうだ!!

>熱風の中をピョンピョンととびまわっていた
皮をむかれたカエルがドロ水の中に投げ込まれたように
「南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘」のトピ、
投稿No.19847、No.24493、No.24499   投稿者:fukagawatohei

初めは新聞の報道だと書き、それが父親の経験だとどうして言えるのかと追求すると、
父親が投稿したものだと言いなおした。
しかも新聞の切り抜きである言いながら投稿は「コピペ」である。
40年前の新聞の投稿欄をどうしてコピペできるのか?

②前大戦の特別攻撃隊への参加者を根拠もなく誹謗する。

>出撃した特攻機は味方の戦闘機が護衛し、逃げれば味方に撃ち落される。
「神風特別攻撃隊」のトピ   投稿No.33 / 57    投稿者 :fukagawatohei

このような日本人を傷つけるだけが目的の投稿をやり続けるfukagawatoheiは、

ヤフー掲示板から追放されてしかるべきである。

人の命よりお金でしょう!

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/07/09 09:55 投稿番号: [17559 / 17759]
放射能というのは蓄積します。いくら徴量でも十年なら十年分が蓄積します。これが怖いのです。日本の放射線管理というのは、年間50ミリシーベルトを守ればいい、それを越えなければいいという姿勢です。

例えば、定検工事ですと三ケ月くらいかかりますから、それで割ると一日分が出ます。でも、放射線量が高いところですと、一日に五分から七分間しか作業が出来ないところもあります。

しかし、それでは全く仕事になりませんから、三日分とか、一週間分をいっぺんに浴びせながら作業をさせるのです。これは絶対にやってはいけない方法ですが、そうやって10分間なり20分間なりの作業ができるのです。そんなことをすると白血病とかガンになると知ってくれていると、まだいいのですが……。電力会社はこういうことを一切教えません。

稼動中の原発で、機械に付いている大きなネジが一本緩んだことがありました。動いている原発は放射能の量が物凄いですから、その一本のネジを締めるのに働く人三十人を用意しました。

一列に並んで、ヨーイドンで七メートルくらい先にあるネジまで走って行きます。行って、一、二、三と数えるくらいで、もうアラームメーターがビーッと鳴る。中には走って行って、ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?といったら、もう終わりの人もいる。

ネジをたった一山、二山、三山締めるだけで百六十人分、金額で四百万円くらいかかりました。

なぜ、原発を止めて修理しないのかと疑問に思われるかもしれませんが、原発を一日止めると、何億円もの損になりますから、電力会社は出来るだけ止めないのです。

放射能というのは非常に危険なものですが、企業というものは、人の命よりもお金なのです。

(1997年にガンで死亡したプラント配管技能士の証言から)

どうする核のゴミ!

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2012/07/09 09:50 投稿番号: [17558 / 17759]
どうしようもない放射性廃棄物

原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜まっています。

日本が原発を始めてから一九六九年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。

しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと思ったのがはじめでした。

現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で三百万本のドラム缶をこれから三百年間管理すると言っていますが、一体、三百年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年間も続くのかどうか。どうなりますか。

もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの会社に再処理を頼んでいます。

去年(一九九五年)フランスから、二八本の高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固めて、金属容器に入れたものです。

この容器の側に二分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、三〇年から五〇年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全く決まっていません。

余所の国でも計画だけはあっても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。

原発自体についても、国は止めてから五年か十年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。

生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには一日も早く、原発を止めるしかなんですよ。

(1997年にガンで死亡したプラント配管技能士の証言から)
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