竹島
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Re: 竹島一件と島根県伺書の島の同定
投稿者: lib_1964_1982 投稿日時: 2006/02/14 17:56 投稿番号: [12509 / 18519]
一連の議論を読んでいて、竹島外一島をアーゴノード、ダージュレーとする根拠が良くわかりません。すみませんが教えてください。(東経129度40分、北緯37度54分の位置の島、等の表現でも同じです。)
まず、事実関係の復習(間違っていたらご指摘ください):
①アーゴノード島、ダージュレー島は、同じウルルン島を独立に発見したものであったが、目標の無い場所での経度測定の困難さから、経度の測定値に大きな誤差が生じた。このため、別の島と誤認したもの。正確な経度の測定は困難であるが、島の大きさの測定は、それほど困難ではないので、アーゴノード、ダージュレー2島が記載されているすべての地図で、その大きさには、あまり違いが無い。
②日本では高橋至時・景保・伊能忠敬以降、地図作成技術は格段に向上し、それ以前の絵図と異なり、島や半島の大きさも、正確に作図されるようになった。西洋の地図においても、島の大きさは、正確に描かれている。(正確といっても、現在の地図に比べたら不十分ですが。)
③外一島は、島根県の伺い書に添付された文書では、竹島の12分の1の大きさの島である。
疑問点:
竹島外一島をアーゴノード、ダージュレーとするには、島の大きさが、あまりにも違いすぎると思います。この時代の、太政官・内務省の人間は、江戸中期以前の絵図の認識しかもっていなかったのでしょうか。
位置や距離関係を正しく読んで、大きさを誤解するような地図の見方が、思いつかないので、疑問です。
伊能忠敬は木星の衛星の食を使って、経度の差を求める方法を知っていたけれど、成功していないようです。経度の正確な測定が困難だったことは、当時の測量技師ならば、知っていたであろうことです。過去の地図に書いてあるからと言って、それだけで、島の位置が、正確な位置であると信じ込んでしまったとしたら、ずいぶん、知恵の無い役人です。
これは メッセージ 12507 (te2222000 さん)への返信です.
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Re: 竹島一件と島根県伺書の島の同定
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/02/14 07:19 投稿番号: [12508 / 18519]
半月城さん
竹島とは関係無い話なのですが…。
島根県伺い書の内容を再度確認しようと半月城通信を見ていて、他の方が半月城さんに尋ねた以下の質問が目に入りました。(
http://www.han.org/a/half-moon/hm083.html#No.573 )
>竹島外一島の外一島が現在の竹島である根拠はいったい何?願望ですか?
私はこういう質問は随分と失礼だと思います。
勿論、尋ねた方には「きちんとした根拠があるとは思えず、単に願望を述べているに過ぎない」という見込みがあってのことなのでしょうが、それでも相手かあって対話をしている以上、まずは単に「根拠はいったい何ですか」と尋ねるのが筋でしょう。
その回答を聞いて、やはり根拠に乏しいと判断したならば、改めて「それはあなたの願望に過ぎない」と指摘すれば良いことです。
それを、いきなり「願望ですか?」と書くのは、形としては質問であっても、実質的に相手の意見を聞かずに「願望だ」と決め付けているようなものです。建設的な対話を行なおうとする意思や、知的誠実さに欠けているのではないかという印象さえ持ってしまいます。まあ、「願望ですか」の一言だけでそこまで決め付けることもできませんが。
半月城さんは、そう思いませんか?
これは メッセージ 12506 (ban_wol_seong さん)への返信です.
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Re: 竹島一件と島根県伺書の島の同定
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/02/13 03:33 投稿番号: [12507 / 18519]
>>3.2の判断に当っては、朝鮮、竹島、松島、
>
日本の地理的関係も考慮しただろうが、
>
それは竹島をアルゴノート島、松島を
>
ダジュレー島とみなす誤った理解だった可能性がある。
>太政官や内務省は島根県が作成した地図や資料をもとに
>竹島・松島の同定をしたことが資料からわかっており、
>島根県や内務省の伺書にはアルゴノートやダジュレーは
>名前すら登場しません。
>
>それにもかかわらず、te2222000さんは
>なぜ上記のように考えるのですか?
私は「アルゴノート島」という言葉を「東経129度40分、北緯37度54分にある島」の意味で、「ダジュレー島」という言葉を「東経130度54分、北緯37度29分にある島」の意味で、それぞれ使いました。
つまり、上の3を次のように書き換えても、私の意図は全く変わりません。
−−−−−−−−−−−
3’.
2の判断に当っては、朝鮮、竹島、松島、日本の地理的関係も考慮しただろうが、それは竹島を東経129度40分、北緯37度54分の位置に、松島を東経130度54分、北緯37度29分の位置にあるとみなす誤った理解だった可能性がある。
−−−−−−−−−−−
この3’のように経緯の数字だけでは読む人に分かりにくいと思い、それぞれの位置にあるとされた島の名前で表現したまでです。
3’を3のように表現することが不適切だと思われるのであれば、その理由をご説明ください。納得のいく理由であれば、私は3の表現を撤回して3’の表現に変えることに全く躊躇いたしません。
したがって、アルゴノートやダジュレーの名前が太政官指令の関連文書に登場しないことは、私の考えに全く影響しません。
これは メッセージ 12506 (ban_wol_seong さん)への返信です.
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Re: 竹島一件と島根県伺書の島の同定
投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/02/12 12:51 投稿番号: [12506 / 18519]
半月城です。
te2222000さん、No.12505
>3.2の判断に当っては、朝鮮、竹島、松島、日本の地理的関係も考慮しただろうが、それは竹島をアルゴノート島、松島をダジュレー島とみなす誤った理解だった可能性がある。
太政官や内務省は島根県が作成した地図や資料をもとに竹島・松島の同定をしたことが資料からわかっており、島根県や内務省の伺書にはアルゴノートやダジュレーは名前すら登場しません。
それにもかかわらず、te2222000さんはなぜ上記のように考えるのですか?
これは「風が吹けば桶屋がもうかる」式の理屈ですか?
これは メッセージ 12505 (te2222000 さん)への返信です.
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Re: 竹島一件と島根県伺書の島の同定
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/02/12 08:01 投稿番号: [12505 / 18519]
> >改めてお尋ねしますが、竹島一件の竹島を
> アルゴノート島に同定した状況で、ダジュレー島も
> 朝鮮領だと太政官が考えたのはなぜなのでしょうか。
>
> 繰り返しますが、地理的理解であると考えています。
アヒルさんのお考えを完全には理解できていないのですが、私としてはこの問題について次のように考えようと思います。
−−−−−−−−−−−−
1.太政官が調べた竹島一件の記録に、松島についての記述はなかった。これは現在残っている竹島一件の記録から考えて間違いないだろう。
2.太政官は、松島が竹島一件で放棄した領域に含まれると判断した。
3.2の判断に当っては、朝鮮、竹島、松島、日本の地理的関係も考慮しただろうが、それは竹島をアルゴノート島、松島をダジュレー島とみなす誤った理解だった可能性がある。
4.仮に太政官に竹島と松島の地理に関する正確な知識があった場合、松島の帰属については異なる判断となった可能性もあるし、結局同じ判断だった可能性もある。
−−−−−−−−−−−−
これに伴い、「太政官はリアンクール岩について明確な領有認識はなかった可能性が高い」という主張は撤回します。以前、私は、太政官が明確にリアンクール岩を日本領と認識したとすれば、次の a〜c のどれかの場合に限られるが、どれもありそうにないと述べました(#12418)。
--------------------------
a. リアンクール岩が日本領であることを示す歴史的資料があるが、松島には無い。
b. 松島が朝鮮領であることを示す歴史的資料があるが、リアンクール岩には無い。
c. 松島にもリアンクール岩にも帰属を明確に示す歴史的資料は無いが、何らかの理由から松島は朝鮮領、リアンクール岩は日本領とすることが妥当だと太政官が判断した。
--------------------------
-
しかし、今は bの場合があり得るという考えます。つまり、太政官は、竹島一件の歴史的資料を松島も放棄したものと解釈した、ということです。ただし、その解釈は誤った地理的理解に基いていた可能性があるということです。
リアンクール岩の領有認識については「不明」とするtydkemvoさんのご意見に賛成します。
これは メッセージ 12491 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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Re: 「東海」という虚構と同じ
投稿者: yukitanhanatan 投稿日時: 2006/02/10 00:03 投稿番号: [12504 / 18519]
まったくですね。
ばかも休み休みにといったところですが、
東海でも韓国海でも、半島沿岸の手漕ぎでいける範囲なら
お好きにどうぞなんですけどね。
けっこ納得したりしてね。
これは メッセージ 12503 (konnma0222 さん)への返信です.
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Re: 「東海」という虚構と同じ
投稿者: konnma0222 投稿日時: 2006/02/07 03:34 投稿番号: [12503 / 18519]
これは メッセージ 12501 (uyokujanaimonn さん)への返信です.
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「東海」という虚構と同じ(つづき)
投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/02/07 00:28 投稿番号: [12502 / 18519]
ひとことで言ったら、
日本海は万国共通語であり公共的存在なのだが、「東海」は単なる韓国の私語にすぎないということだ。
ついでに言うと「独島」は、寝言だな(わら
これは メッセージ 12501 (uyokujanaimonn さん)への返信です.
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「東海」という虚構と同じ
投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/02/06 20:11 投稿番号: [12501 / 18519]
韓国人は、名前というものが、他者に与えられてこそ(他者に認知されてこそ)本物の名前になり得ること、リアルの世界の対象物を指し示す本当の意味での真実の名前になり得るということを知らないのだろう。
日本海という名称は、歴史的に古く、また、世界中で広く用いられて来たが、そのことが本質的に重要なのは、この海が「他者」によって与えられた名称だったという点だ。
それに対して「東海」は、韓国人が主観的に自称していたということ以外に、自分を正当化したり証拠立てることができない。韓国人が、自分たちが勝手に「東海」と呼んできたからといって(しかも、海のどの部分を指すのかも判然としないのにもかかわらず)、その名をすでに確立している名称に置き換えてよいというのなら、韓国人はそうした論法を自らについても当てはめてよいと承認しなければならないだろう(自分の主張が正しいと言うなら、その同じ主張を自分自身にも適用しなければならない)。
すると、韓国人は、自国に存在するほとんどあらゆるものについて名称を変える覚悟を持たなくてはならないだろう。
なぜなら、韓国人は、他の誰かが主観的に「自分たちはそれを、別の名前で呼んできた」だけに過ぎないことでも、その「別の名前」を、この世界の事物に当てはめてよい、と主張しているのだから。
この地上のどこかに、韓国人のことを「クサレイヌクイビト」あるいはfacking dog eaterと記した最古の文献が発見されたとしよう。日本や世界の常識では、その文献を批判的に解読し、単に一番古いかどうかではなく「クサレイヌクイビト」という呼称の存在自体が、たまたまある書き手によって偶然的に書き記されたものに過ぎないのか、それとも公共的な名称として認め得るものなのかを科学的に検証する。そして同様の他のさまざまな古い名称との比較を行って、韓国人を「クサレイヌクイビト」と呼ぶことの正当性を検証するだろう。しかし韓国人が「東海」について主張していることは全くそういう世界の常識から逸脱しているのだ。
韓国人が「東海」の主張でやっているその同じ論法を韓国人自身に当てはめるならば、韓国人は明らかに、自らの国家の名前を「クサレイヌクイビトの国」と変えなければならないのである。
「独島」という架空の名称を、竹島に押し付ければ、韓国のものになると妄想することも根は同じ主観主義であり、おぞましいばかりの自己欺瞞(イカサマでも、あたかも正しいことのごとく思い込むこと、自分を欺いて、一切の疑念から目を背けること)なのだ。
これは メッセージ 12500 (uyokujanaimonn さん)への返信です.
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竹島≠独島
投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/02/06 19:39 投稿番号: [12500 / 18519]
もともと「于山島=松島」というデッチ上げだったものが行き詰ると、韓国人たちは、いつの間にか「于山」を「独島」という名称に変えて、そのような島が現実に存在したかのような顔をしている。そして、言論統制・思想統制によって「独島」という虚構を作り出すと同時に、韓国という国家を虚構的に作り出していると付け加えておこう。
これは メッセージ 12499 (uyokujanaimonn さん)への返信です.
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竹島≠独島
投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/02/06 19:30 投稿番号: [12499 / 18519]
もともと「于山島=松島」というデッチ上げだったものが、行き詰ると、いつの間にか「于山」を「独島」という名称に変わっただけのこと。
「于山」にしろ「独島」にしろ、しょせん架空の存在に過ぎず、日本の領土である竹島(旧松島)の上に、押し着せるやり方でしか、その存在自体を主張できない。言い換えると、竹島(旧松島)は、歴史的に確固としてリアルな世界に存在してきたし、何ら別の記号を介在させる必要もないのだが、「独島」なるものはそうではなく、ただただ我が竹島に、一方的に自らをあてがうことによってしか自らの存在を主張できない虚構なのだ。
ここで韓国による竹島不法占拠を擁護したり弁護したりたくらむ者は、この事実から逃げるな、と言っておきたい。
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宋炳基氏『欝陵島と獨島』の翻訳
投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/02/05 21:36 投稿番号: [12498 / 18519]
半月城です。
宋炳基氏の著書『欝陵島と獨島』を部分的に下記のように内藤浩之氏が翻訳していましたので、そのコピーを下記のように半月城通信にアップしました。
http://www.han.org/a/half-moon/mokuji.html#ronbun1.宋炳基「朝鮮後期の鬱陵島経営」『北東アジア文化研究』第10号
2.宋炳基「日本のリャンコ島(独島)領土編入」『北東アジア文化研究』第20号
3.宋炳基「高宗期の鬱陵島経営」『北東アジア文化研究』第12号
この他の論文集リストは下記のとおりです。
1. 半月城「竹島=独島は日本の固有領土か?」(26kB)
『飛礫』47号、つぶて書房、2005夏号
2. 半月城「日本の竹島=独島放棄と領土編入」(85kB)
『姜徳相先生 古希・退職記念、日朝関係史論集』新幹社、2003
3. 内藤正中「竹島は日本固有領土か」(1,866kB)『世界』2005.6月号
4. 内藤正中「隠岐の安龍福」(296kB)『北東アジア研究』第22号,2005
5.内藤正中「角輪組の朝鮮江原道漁業進出」(366kB)『北東アジア研究』第21号,2005
6.内藤正中「竹島(独島)問題の問題点」(1,258kB)『北東アジア研究』第20号,2004
7.堀和生「一九〇五年 日本の竹島領土編入」『朝鮮史研究会論文集』第24号,1987
8.池内敏「前近代竹島の歴史学的研究序説」『青丘学術論集』2005 (2,260kB)
9.池内敏「竹島一件の再検討」『名古屋大学文学部研究論集』史学47,2001(728kB)
10. 池内敏「竹島渡海と鳥取藩」『鳥取地域史研究』第1号,1999(754kB)
11.愼𨉷廈「愼𨉷廈教授の獨島問題100問100答」『新東亜』2000.5(46kB)
12.朝鮮民主主義人民共和国歴史学学会「独島は誰もが侵犯することができない朝鮮の神聖な領土である」(98kB)『歴史批評』2002冬号
13.小倉進平「金石」『朝鮮の方言』1944(210kB)
(半月城通信)
http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/12498.html
Re: 半月城さんへ
投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/02/05 21:24 投稿番号: [12497 / 18519]
半月城です。
ahirutousagi2さん、誤りの指摘をありがとうございました。田邊の意見書を下記のように訂正します。
「聞く、松島はわが邦人の命じた名前で、じつは朝鮮 蔚陵島に属する于山である。蔚陵島が朝鮮に属するのは、旧政府(江戸幕府)のとき、葛藤を生じ、文書を往復した末に、永く公文書で我々は有しないと約束、記載した両国の史書にある」
これは メッセージ 12492 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/12497.html
Re: リアンクール岩のみ日本領とする理由?
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/02/02 19:37 投稿番号: [12496 / 18519]
>これは、「隠岐からの距離の差のみを理由に帰属認識の違いが生じ得る(A)」という主張を補強する事例として渡辺洪基の見方を紹介したものと理解しました。
それで結構です。
>距離の差のみを理由に帰属認識が違ってくるとは思えない。
私は距離の差のみを理由に帰属意識が違ってくることもありうるであろうと申し上げたわけです。
また、実質上、所属意識の根拠が距離だけ、というよりは他の可能性も複合的に考えうるかもしれないので「根拠の一つとして距離の差を考えうる」程度に申し上げた次第ですがこれが混乱のもとでしたでしょうか。
例えば、またしても渡邊で恐縮ですが「ホルネットロックスノ我国に属スルハ各国ノ地図皆然リ」というような見方も、あるいはありうるかもしれません。
テさんは太政官の判断において距離の差のみによる認識がリアンクール岩の所属意識の根拠となりえないと仰るなら、それはそれでよろしいのではないかと思いますよ。うまく話がかみ合わないようですし。
私は太政官のリアンクールに対する所属意識は不明としかしようがないものと思いますよ。
これは メッセージ 12493 (te2222000 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/12496.html
竹島に沖縄米軍基地を移転しよう〜
投稿者: yarimakuritaisansuke_simonoseki 投稿日時: 2006/02/02 14:10 投稿番号: [12495 / 18519]
どこも引き受け先のない、沖縄の米軍基地を竹島に日本の土木業界の技術の粋を集めた「ウォーターフロント」方式で移転すればよい(バブル以後の不況に困っている土木業界も大喜び)。日米ともに中国、北朝鮮へのにらみはきくし、日米共用基地にすれば、当然日本の領土との裏付けにもなる。いくら韓国でも米軍にけんかは売ってはこない。日本住民もいないから、治安問題も騒音問題の配慮もほとんど必要がなくなる。
最高の解決法だと思うのだが〜
これは メッセージ 12494 (tydkemvo さん)への返信です.
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Re: 竹島
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2006/02/02 12:47 投稿番号: [12494 / 18519]
よく、答えはAかBかCかという択一問題にして問うかたがいるのだけれど、どれとも言えない、断定できないというのも有りだと思うんですよね。
どれかと断定的に言っちゃうとかならず反論がでる。
よほど根拠があり確実に言えること以外は、「不明」でいいと思うのです。
とくに筆者は何を思ってこう言ったのかなんていうことは推論でしか言えません。
推定でも可能性の高い推定と、可能性の低い推定があるのでしょうけど。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/12494.html
Re: リアンクール岩のみ日本領とする理由?
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/02/02 07:25 投稿番号: [12493 / 18519]
アヒルさん
一点確認させて下さい。
私は初め、「リアンクール岩を日本領とし松島を朝鮮領とする理由は、両島の隠岐からの距離の差くらいしか思いつかない。しかし、距離の差のみを理由に帰属認識が違ってくるとは思えない」という趣旨を述べたつもりでした(#12418)。
なので、#12438 でアヒルさんの以下の文を読んだ時に、
>私が指摘したかったのは、両島の隠岐からの
>距離の差は、当時のリアンクール岩の認識において
>帰属認識の違いとなりうる、ということです。
>こうした理解は事実、渡辺洪基の見方に通じるものです。
これは、「隠岐からの距離の差のみを理由に帰属認識の違いが生じ得る(A)」という主張を補強する事例として渡辺洪基の見方を紹介したものと理解しました。そして、その理解に基いてその後の反論を書きました。
しかし、今回のアヒルさんの記事を読んで、渡辺洪基は「隠岐からの距離の差も理由の一つとして帰属認識の違いが生じる(B)」ことの例として紹介されたもののように思えてきました。
アヒルさんの認識としては(A)(B)どちらだったのでしょうか。
よろしくお願いします。
これは メッセージ 12490 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/12493.html
半月城さんへ
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/02/01 22:36 投稿番号: [12492 / 18519]
半月城通信
外務省内の「竹島・松島」島名混乱と結論
Yahoo! 掲示板「竹島」#1567
上の記事において次のような記述があります。
>他方、古来の松島(竹島=独島)の所属を朝鮮領と考える伝統は外務省をはじめとする明治政府内でもちろん生きつづけていました。それは、外務省係官の出張報告(1870)「竹島 松島 朝鮮附属ニ相成候始末」や内務省ならびに太政官指令「竹島外一島」の放棄などにみることができます。こうした伝統にたってか、外務省公信局長・田邊太一はつぎのような意見書を提出しました(注2)。
>「聞く、松島はわが邦人の命じた名前で、じつは朝鮮鬱陵島に属する于山である。于山が朝鮮に属するのは、旧政府(江戸幕府)のとき、葛藤を生じ、文書を往復した末に、永く公文書で我々は有しないと約束、記載した両国の史書にある」
この現代語訳は誤りです。意図的なものでしょうか。それとも単なる間違いでしょうか。いずれにせよ、一応、指摘しておきます。
誤)于山が朝鮮に属するのは、旧政府(江戸幕府)のとき、葛藤を生じ、文書を往復した末に…
正)鬱陵島が朝鮮に属するのは、旧政府(江戸幕府)のとき、葛藤を生じ、文書を往復した末に…
一方、注2において半月城さんは原文を提示なさっています。以下、引用。
>聞ク 松島ハ我邦人ノ命ゼル名ニシテ 其実ハ朝鮮鬱陵島ニ属スル于山ナリ鬱陵島ノ朝鮮ニ属スルハ旧政府ノ時 一葛藤ヲ生ジ 文書往復ノ末 永ク証テ 我有トセサルヲ約シ 載テ両国ノ史ニ在リ 今 故ナク人ヲ遣テ コレヲ巡視セシム此ヲ 他人ノ宝ヲ數フトイフ 況ンヤ隣境ヲ侵越スルニ類シ 我ト韓トノ交漸ク緒ニ就クトイヘトモ猜嫌猶未全ク除カサルニ際シ 如此一挙ヨリシテ再ビ一隙ヲ開カンコト 尤交際家ノ忌ム所ナルベシ
深刻な間違いはありませんが、写し間違いがあるようです。もしかしたら、引用にあたって第21号と第23号の文書を混同なさっていませんか。写し間違いから勘案するに混ざっているように見えるのですが。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/12492.html
Re: 竹島一件と島根県伺書の島の同定
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/02/01 20:38 投稿番号: [12491 / 18519]
見直してみると以下の私の表現は適当ではなかったようです。(12387)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
太政官は「竹島=アルゴノート島」「松島=鬱稜島」と考えて二島を版図外と判断した。それは、元禄の竹島一件において、その時点(明治10年)で考えられた竹島と松島の両島を版図外としていたものと見なしたのである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
松島を太政官が「鬱陵島」と考えたとするのは勇み足で私の考えを延べるに適切な表現ではありませんでした。「ダジュレー島」と書くべきだったかと思います。
要するに私の考えは元禄の竹島一件によって竹島=鬱陵島が日本領ではなくなったのであり、それを基として太政官は朝鮮付近と考えられた二島、つまりアルゴノートとダジュレー(あるいは可能性としては竹島[鬱陵島]と近辺付属の島嶼)を版図外とみなしたとする理解です。
つまり、竹島一件での認識(竹島放棄)と、太政官の認識(竹島・松島放棄)にはずれがあるのですが、このように考えてこそ「竹島松島朝鮮附属ニ相成候始末」などの周辺資料とも整合性がとれるものと思っています。
>いや、太政官が「竹島一件では松島も放棄した」という認識だったとすれば辻褄は通るし、その可能性もあると思っているのですが、アヒルさんは#12387でそのようや明確な認識については疑問を呈していらっしゃいますね。
太政官が判断したこととして明確に言えることは「竹島・松島」を版図外としたということのみで、明確に「竹島一件で松島も放棄したとの認識があった」とまでは読むことはできないと思っています。
ただし、「外一島」の判断では竹島一件に基づいて松島も放棄する解釈にいたっています。これについて以前にこのように書いたことがあります。(12387)
--------------------------------------------------
-
つまり、内務省・太政官には松島についての理解はほとんどなかったのではないか。そして、朝鮮の地としての鬱陵島までを版図外と考え、その地理的理解を前提として太政官が竹島一件を解釈し、明治10年の判断を下したのではないかという気もします。
はじめから竹島一件について竹島・松島の放棄があったというよりは、内務省・太政官は地理的な理解が先行した上の竹島一件における松島の解釈だったのではないかと。(竹島・松島をひとくくりとする考え方もあったことでしょう。)
--------------------------------------------------
-
つまり、明治初期における地理的理解を前提としつつ竹島一件を解釈して「松島までを版図外とみなした」という感じで考えています。
>改めてお尋ねしますが、竹島一件の竹島をアルゴノート島に同定した状況で、ダジュレー島も朝鮮領だと太政官が考えたのはなぜなのでしょうか。
繰り返しますが、地理的理解であると考えています。つまり、当時の地図においては鬱陵島の位置に竹島と松島が描かれています。勝海舟の地図も同じく竹島・松島を朝鮮沿海に記しています。
竹島は竹島一件ですでに朝鮮のものとなりましたので問題ないとして、松島については竹島付属の小さな島嶼、あるいは朝鮮沿海の島として理解されたのではないかと考えます。その地理的理解が第一です。
あわせて、外務省の田邊太一の「聞ク松島ハ我邦人ノ命ゼル名ニシテ其実ハ朝鮮鬱陵島ニ属スル于山ナリ鬱陵島ノ朝鮮ニ属スルハ旧政府ノ時一葛藤ヲ生ジ文書往復ノ末永ク証テ我有トセサルヲ約シ載テ両国ノ史ニ在リ」という理解と共通する考え方も同時に想像できそうです。これが第二の理由です。
第三に竹島と松島をひとくくりで考える一括しての理解です。これは「外一島」というような表現にもうかがえるかもしれません。太政官の判断に松島は竹島付属という意識があった可能性があるかと思います。
こうした理由などから、あらためて竹島一件を解釈し、竹島外一島、すなわち竹島と松島を版図外としたのが太政官の判断であったのではないかと思っています。
ついでに申し上げれば、私が重視しているのは、その後の天城の調査において鬱陵島が松島と確定したこと、さらにその後、太政大臣が明治16年に渡航禁止令において鬱陵島を松島と規定している事実などです。
竹島一件から「竹島松島朝鮮附属ニ相成候始末」、「外一島」、天城調査、太政大臣による渡航禁止令、そうした一連の流れの中で、糸のように細くつながってくるものがあるのではないかと考えています。
それは、ほぼ一貫して日本側は地理的に現在の鬱陵島までの位置までのみを明確に版図外と考えていた、ということではないかという気がしています。
これは メッセージ 12489 (te2222000 さん)への返信です.
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Re: リアンクール岩のみ日本領とする理由?
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/02/01 20:11 投稿番号: [12490 / 18519]
>しかし、上の引用文では「日本に近いという認識が背景にあった可能性」という微妙な言い回しをされており、単純に「日本領とする理由になる」というのとは違うようですね。
太政官がリアンクール岩を日本領と考えたと仮定する場合、その根拠として岩が日本に近いという認識があった可能性を排除すべきではない、ということで理解していただいて結構です。
>アヒルさんが「日本に近いということが、リアンクール岩のみを日本領とする理由になる」と主張しているものと理解していましたし、またそのような考え方があり得ることを支持する材料として渡辺洪基の見方を紹介したものと思っていました。
私の考えはその通りです。「理由になる」というよりは「理由になりうる」くらいがいいかもしれませんが。
>もし、この推測で良い場合、「日本からの距離」以外に考慮する条件が何かについてのお考えも聞かせていただきたいと思います。
リアンクール岩の所属についての文書はないわけで、距離以外には何の明確な条件もありません。ただし、あらゆる可能性は含めておくべきなので「根拠の一つとして」という程度に記しました。
私の立場は「不明」としかいいようがないというものですが。
>私はこれを「日本からの距離だけを理由に、リアンクール岩が日本領で松島が朝鮮領と結論することはなさそうだ。しかし、日本からの距離も含めたいくつかの条件を総合的に考慮してそう結論することはあり得る」という意味だろうと推測しました。いかがでしょうか。
私はそのようなことを書いたつもりはありません。距離だけでも理由になりうるし、その可能性を排除すべきでないと繰り返し書いてきたつもりです。
文章が下手で申し訳ありませんが、細かいことは苦手で、大意をご理解いただければと思います。
これは メッセージ 12488 (te2222000 さん)への返信です.
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Re: 竹島一件と島根県伺書の島の同定
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/02/01 07:11 投稿番号: [12489 / 18519]
>というか、テさんはこれについてどうして
>「竹島一件の竹島を島根県の伺い書の松島に
>同定する」とされるのでしょうか。
>ちょっと理解ができないのですが。
言葉足らずな文章が多くてすみません。
私としては竹島一件の竹島をアルゴノート島に同定したにもかかわらず、ダジュレー島までを朝鮮領と認識する状況が想像できないのですよ。いや、太政官が「竹島一件では松島も放棄した」という認識だったとすれば辻褄は通るし、その可能性もあると思っているのですが、アヒルさんは#12387でそのようや明確な認識については疑問を呈していらっしゃいますね。
なので、竹島一件の竹島はダジュレー島に同定されたというのがアヒルさんのご意見かと思ったのですが、これは私の考え過ぎだったようです。
改めてお尋ねしますが、竹島一件の竹島をアルゴノート島に同定した状況で、ダジュレー島も朝鮮領だと太政官が考えたのはなぜなのでしょうか。
よろしくお願いします。
これは メッセージ 12484 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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Re: リアンクール岩のみ日本領とする理由?
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/02/01 07:09 投稿番号: [12488 / 18519]
ご説明ありがとうございます。
>太政官が竹島、松島、リアンクール岩の3島が
>存在すると認識していたと仮定し同時に
>リアンクール岩を日本領と考えたと仮定する場合、
>リアンクールだけを日本領と把握する根拠の
>一つとしてリアンクール岩が地理的に日本に近いと
>いう認識が背景にあった可能性は排除すべきでは
>ないのであり、そうした距離的な認識は例えば
>渡邊洪基の見方にも通じる部分がある、
>ということです。
私はこれまで、アヒルさんが「日本に近いということが、リアンクール岩のみを日本領とする理由になる」と主張しているものと理解していましたし、またそのような考え方があり得ることを支持する材料として渡辺洪基の見方を紹介したものと思っていました。
しかし、上の引用文では「日本に近いという認識が背景にあった可能性」という微妙な言い回しをされており、単純に「日本領とする理由になる」というのとは違うようですね。
私はこれを「日本からの距離だけを理由に、リアンクール岩が日本領で松島が朝鮮領と結論することはなさそうだ。しかし、日本からの距離も含めたいくつかの条件を総合的に考慮してそう結論することはあり得る」という意味だろうと推測しました。いかがでしょうか。
もし、この推測で良い場合、「日本からの距離」以外に考慮する条件が何かについてのお考えも聞かせていただきたいと思います。
私の考えは以前と同じで、「リアンクール岩が日本領で松島が朝鮮領とする理由は日本からの距離くらいしか思いつかない。しかし、それだけを理由にこの結論が出るとも思えない」です。
(ただし、太政官が竹島一件で松島も朝鮮領になったと考えていたとすれば話は違ってきます。その可能性については「竹島一件と島根県伺書の島の同定」のスレッドで論じたいと思うので、今は考えないことにしています)
これは メッセージ 12483 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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Re: 渡辺洪基の松島(竹島=独島)認識1
投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/01/31 12:54 投稿番号: [12487 / 18519]
「独島」なんていう名称をつかって、「竹島=独島」などとデタラメな等式を勝手につくらないでいただきたい。
韓国の歴史学者全員を引っ張り出してきて、何をどうがんばっても、「独島」なる空想の島は元々、日本の竹島(旧松島)が自分たちのものと主張する目的ででっち上げられた名称なんだから、「AだからAである」といった堂々巡りをしないかぎり、「竹島=独島」(もちろん竹島とは旧松島のことだが)という等式は絶対に証明できないんだから。
これは メッセージ 12469 (ban_wol_seong さん)への返信です.
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「過去史清算」の欺瞞
投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/01/31 12:29 投稿番号: [12486 / 18519]
韓国政府は「過去史清算」などと言っているが、韓国を根本的にイカサマ国家にしているのは、1954年以来の竹島への居直り常駐と歴史捏造なのだ。
韓国人は何一つ、竹島を領有する正当な理由を持たず、ただただ、自国民を言論統制して異論を封殺し、自国内でしか通用しない集団欺瞞の閉塞空間にはまり込んで、みんなで「竹島が日本のものであり、それを、日本の敗戦直後のどさくさにまぎれて、こそ泥のように奪っただけである」という真実から必死に耳目を塞いでいるだけなのだ。
そういうイカサマと集団的自己欺瞞を長年やっているからファン・ウソコキのような国家ぐるみの捏造研究者が出てくる。ファン・ウソコキは、「独島博物館」そのものであり、「安龍福将軍」そのものだということに、韓国人はもういい加減に気がつかないといけない。
「独島は韓国のもの」という集団催眠は、平和解決を望む日本があえて実力行使をしないので成り立っているだけであり、実は韓国人たちもうすうすは感付いている。それが一方で「反日」になり、愚劣な自国政治を継続させ、他方で、日本に対抗してイージス艦を保有せねば、そしてIAEAの目を盗んででも核開発をせねば、という妄動につながっていく。
これは メッセージ 12485 (uyokujanaimonn さん)への返信です.
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日本の実力行使におびえる韓国
投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/01/31 12:08 投稿番号: [12485 / 18519]
滑稽だな。
「日本より強力」イージス艦に艦対地クルーズミサイル配備へ
2008年から海軍が保有する韓国型イージス艦(KDX-Ⅲ)に国産の艦対地クルーズ(巡航)ミサイルがおよそ30基ずつ配備される見通しだ。
日本はすでに4隻のイージス艦を実戦配備しており、さらに最新型のイージス艦を2隻以上配備する計画があると知られているが、艦対地クルーズミサイルは装備されていない。今回の計画により国産のイージス艦が日本のイージス艦より強力な戦略打撃能力を持つことになると評価され、注目されている。
軍の消息筋は今月30日「現在建造が進められている韓国型イージス艦に装着する国産の艦対地クルーズミサイルは、およそ30基に達すると聞いている」と述べた。
艦対地クルーズミサイルは、米国のトマホーククルーズミサイル同様、数百キロメートル以上離れている地上の目標物を攻撃できる一種の戦略兵器だ。
国産イージス艦に装着される艦対地クルーズミサイルの規模は、これまで公開されておらず、このミサイルの射程距離も伏せられているが、専門家らは500キロメートル前後になると推定している。
さらに国産イージス艦は、クルーズミサイル以外にもスタンダード艦対空ミサイル、国産の長距離対潜ミサイルなどを搭載する128基のミサイル垂直発射機を搭載し、90基から96基の垂直発射機を搭載する日本のイージス艦より多数のミサイルを装着できることが確認された。
海軍は2008年から全長166メートル、幅21メートル、満載配水量1万トンに達する3隻のイージス艦を段階的に実戦配置する予定だ。
朝鮮日報
2006年01月31日07時51分
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Re: 竹島一件と島根県伺書の島の同定
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/01/29 20:17 投稿番号: [12484 / 18519]
>どうもお話を伺うと、アヒルさんは以下のように言っているような気がします。
>(1) 太政官は、竹島一件以後ダジュレー島までが朝鮮領になったと認識した。
この時期において竹島一件で朝鮮の所属となったのは竹島であるとの理解はありましたが松島については不明であったとすべきかと思います。
そして、結局、太政官は地理的にはダジュレー島までを版図外と把握したのであり、それに伴い「竹島外一島」を版図外と判断したものと理解しています。
>(2) 太政官は、島根県の伺い書にある竹島をアルゴノート島、松島をダジュレー島と認識した。
その通りです。あるいは可能性としては竹島付近の附属島嶼としての松島を念頭に含めた場合も考え得るかもしれません(竹島考証でもそうした考え方は推定の範囲から排除していません)。
>この場合、 結果として、「竹島一件の竹島」を「島根県の伺い書の松島」に同定し、「島根県の伺い書の竹島」はそれとは別の島であると考えたということになりそうですが、私には内務省と太政官が揃ってそんな珍妙な判断をしたとは思えません。この点についてはどうお考えですか。
当時、どこにどの島があるか正確には分からない中で竹島・松島の所属についての判断が迫られたわけです。もちろん、鬱陵島=ダジュレーであることさえも明確ではありませんでした。
当時の地図を見ると現在の鬱陵島周辺の位置に竹島と松島を置いているものは複数あるようです。もちろん、この松島はリアンクール岩とは別物です。
太政官は竹島をアルゴノートと理解し、松島をダジュレーと理解した(または松島を竹島近辺の附属島嶼とした可能性も排除しません)。「竹島一件の竹島」は「島根県の伺い書の竹島」と同じであり、松島は外一島です。別に珍妙とも思えません。
というか、テさんはこれについてどうして「竹島一件の竹島を島根県の伺い書の松島に同定する」とされるのでしょうか。ちょっと理解ができないのですが。
これは メッセージ 12482 (te2222000 さん)への返信です.
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Re: リアンクール岩のみ日本領とする理由?
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/01/29 19:44 投稿番号: [12483 / 18519]
>ここで「渡辺洪基の見方に通じる考え方」とは具体的にどういうものでしょうか。
地理的理解において現在の鬱陵島の位置(つまり当時のダジュレー島)よりも日本側の島嶼は日本に属するということです。
>渡辺洪基が島の帰属を判断する時の基本的な考え方を抽出した上で、それを太政官の三島認識に当てはめて考える必要があります。
渡邊の推測と太政官の判断は全くもって別物で、渡邊の見方は当時の外務省における官僚の一つの見方であり、太政官の判断をこれにあてはめる必要は全くありません。
>私はこれを「太政官が『隠岐北西に竹島・松島・リアンクール岩の三島があるという認識』と同時に、『渡辺洪基の見方に通じる考え方』をしていたとすれば、松島は朝鮮領だがリアンクール岩は日本領だという認識であってもおかしくない(◆)」という意味に取りました。
私は単に「距離的な認識が所属意識の根拠になりうる」ということを申し上げたのであり、それについて渡邊にも通じる見方であると申し上げたのです。太政官が渡邊と同じ考え方であると申し上げたのではありません。
>太政官が竹島、松島、リアンクール岩の3島が存在すると認識していたと仮定し、さらに渡辺洪基の考え方に沿った見方をしていたとすれば、松島とリアンクール岩を日本領とする筈ではないでしょうか。
太政官と渡邊を結びつける必要は全くありませんので「渡辺洪基の考え方に沿った見方をしていたとすれば」というのは成立しませんが、私が申し上げたのは以下の通りです。すなわち、
太政官が竹島、松島、リアンクール岩の3島が存在すると認識していたと仮定し同時にリアンクール岩を日本領と考えたと仮定する場合、リアンクールだけを日本領と把握する根拠の一つとしてリアンクール岩が地理的に日本に近いという認識が背景にあった可能性は排除すべきではないのであり、そうした距離的な認識は例えば渡邊洪基の見方にも通じる部分がある、ということです。
これは メッセージ 12480 (te2222000 さん)への返信です.
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竹島一件と島根県伺書の島の同定
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/01/29 16:51 投稿番号: [12482 / 18519]
>さきに引用したような渡辺の「竹島なる者は
>朝鮮の蔚陵島とし幕府偸安の議遂に彼に委す
>故に」にもうかがえるような位置的に鬱陵島
>までが朝鮮の地であるとの地理的理解が太政官の
>判断にもあったのではないか、そして、まさに
>竹島と松島としてアルゴノート・ダジュレーを
>想定したと見ることができるのではないかと
>思っています。
どうもお話を伺うと、アヒルさんは以下のように言っているような気がします。
(1) 太政官は、竹島一件以後ダジュレー島までが朝鮮領になったと認識した。
(2) 太政官は、島根県の伺い書にある竹島をアルゴノート島、松島をダジュレー島と認識した。
この場合、 結果として、「竹島一件の竹島」を「島根県の伺い書の松島」に同定し、「島根県の伺い書の竹島」はそれとは別の島であると考えたということになりそうですが、私には内務省と太政官が揃ってそんな珍妙な判断をしたとは思えません。この点についてはどうお考えですか。
これは メッセージ 12468 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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Re: リアンクール岩のみ日本領とする理由?
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/01/29 16:49 投稿番号: [12481 / 18519]
さて、前記事の★についてもう少し書きます。
#12468でアヒルさんが示してくださった「竹島考証」の文章を、私は今回初めて見たのですが、それでも考えを変える必要はないと感じています。
>「我国と朝鮮との関係を論すれば旧幕府無事を好むより
>竹島を以て唯彼地図に蔚陵島と均しきと其地の遠近を
>以て朝鮮に譲与せりと雖も松島竹島二島あり松島は
>竹島より我近き方にあれば日本に属し朝鮮又異論ある
>能はず(p.198-199)」
渡辺洪基は、松島が「竹島より日本に近い」ことを理由に日本に属すると書いています。三島認識にこの考え方を当てはめれば、松島とリアンクール岩が日本に属することになる筈です。
>「右竹島之外に松島なる者ありて我近い所にあらは
>既に竹島日本人行き葛藤を生せしを見れは其島より
>近き松島へは必らす行きたる人なしと云ふべからず
>去れは竹島と別物ならは因隠石等(?)之国に帰せ
>さるを得す(p.262-263)」
これも、「(日本人が竹島で揉め事を起こすほど、竹島に頻繁に出掛けていたことを考えれば)竹島より近いところにある」松島にも行っていなかった筈がないと述べたもので、三島認識にこの考え方を当てはめれば、松島とリアンクール岩に行っていなかった筈がないということになります。
>いずれにせよ、渡辺の主張はさきに示したように
>「松島は竹島より我近き方にあれば日本に属し朝鮮
>又異論ある能はず」という感じではないでしょうか。
これには賛成ですが、だからこそ松島とリアンクール岩の帰属を分ける理由にならないというのが私の考えです。
これは メッセージ 12480 (te2222000 さん)への返信です.
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リアンクール岩のみ日本領とする理由?
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/01/29 16:48 投稿番号: [12480 / 18519]
>>仮に竹島、松島、リアンクール岩の3島が存在すると
> 認識したのであれば、松島とリアンクール岩を日本領と
> するのが渡辺洪基の考え方に沿うのではないでしょうか。
>間違っていたら恐縮ですが、渡辺は基本的には竹島=鬱陵島、
>松島=「ホル子ツトロツクス(リアンクール岩)」と正確な
>推測を行っていたと理解しています。そして、三島認識で
>あったというよりははっきりとしない竹島・松島を明らかに
>するための調査を主張したのではなかったでしょうか。
はい、それはおっしゃる通りです。
上で引用された私の文は、随分と舌足らずで誤解を招いたようなので説明し直します。
まず、私の関心は、「松島と竹島が朝鮮領だという認識を示した太政官指令から、リアンクール岩の領有意識に関してどこまで確実なことが言えるか」ということにあります。
ここで、太政官が松島をリアンクール岩と認識していた場合や、リアンクール岩の存在を認識していなかった場合は、文句無く「リアンクール岩に対する明確な領有意識はなかった」ことになります。議論となるのは、竹島をアルゴノート島、松島をダジュレー島と認識し、かつリアンクール岩の存在を認識していた場合です。そこで話を絞って、太政官がそのような認識だったと仮定して話を進めます。
私は#12418において、上の仮定の場合、松島を朝鮮領と認識する一方で、リアンクール岩を明確に日本領と認識する理由を思いつかないことを述べました。理由があるとすれば両島の隠岐からの距離の違いくらいだが、それも理由になるとは思えないということも書きました。
それに対してアヒルさんは #12438で「両島の隠岐からの距離の差は帰属認識の違いとなりうる。そうした理解は渡辺洪基の見方に通じるものだ(▲)」という旨を述べられました。
私はこれを「太政官が『隠岐北西に竹島・松島・リアンクール岩の三島があるという認識』と同時に、『渡辺洪基の見方に通じる考え方』をしていたとすれば、松島は朝鮮領だがリアンクール岩は日本領だという認識であってもおかしくない(◆)」という意味に取りました。
ここで「渡辺洪基の見方に通じる考え方」とは具体的にどういうものでしょうか。渡辺洪基は隠岐北西には二島しかないと推定しているので、彼の考え方をそっくりそのまま三島認識に適用することはできません。渡辺洪基が島の帰属を判断する時の基本的な考え方を抽出した上で、それを太政官の三島認識に当てはめて考える必要があります。
そして島の帰属に関する彼の基本的な考え方は「竹島は朝鮮に譲ったから朝鮮のものだが、それより手前の島は日本のものだ(★)」ということだと私は思いました。
しかし、三島認識に★を適用すれば松島とリアンクール岩が日本領ということになります。したがって、◆のようにリアンクール岩のみが日本領という結論にならないので、▲には同意できない、というのが#12467で述べたかったことでした。
#12467に書いた私の以下の文章は、
>>仮に竹島、松島、リアンクール岩の3島が存在すると
> 認識したのであれば、松島とリアンクール岩を日本領と
> するのが渡辺洪基の考え方に沿うのではないでしょうか。
次のようにでも書き直した方が良いですね。
−−−−−−−−−−−−
太政官が竹島、松島、リアンクール岩の3島が存在すると認識していたと仮定し、さらに渡辺洪基の考え方に沿った見方をしていたとすれば、松島とリアンクール岩を日本領とする筈ではないでしょうか。
−−−−−−−−−−−−
(続く)
これは メッセージ 12468 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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あげ
投稿者: tinopure 投稿日時: 2006/01/29 12:33 投稿番号: [12479 / 18519]
ておきます。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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竹島の絵も出てきます。
投稿者: not_parpurin 投稿日時: 2006/01/25 16:24 投稿番号: [12478 / 18519]
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/12478.html
Re: 渡辺洪基の松島(竹島=独島)認識2
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/01/24 20:18 投稿番号: [12477 / 18519]
渡邊は松島・竹島についてかなり正確に把握していたと言えるでしょうね。ただしそれが推測を越えるものでなかったということ。それはそれで当時における官僚の視角の一端をうかがえることができ興味深いものだと思います(「笑止」とはとても思えませんが)。それはともかく、
>これを見る限り、少なくとも「松嶋之議」では、所謂アルゴノートを含めた島名の混乱説は否定されているわけです。
渡邊の視角(あるいは英国の地図)と「松嶋之議」とどう関係するのですか?
これは メッセージ 12474 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/12477.html
Re: 渡辺洪基の松島(竹島=独島)認識2
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/01/23 23:32 投稿番号: [12476 / 18519]
>この時期、対馬を朝鮮領にみていた地図がイギリスやフランスで出回っていたとは意外でした。そのような不正確な地図を渡邊は逆手にとり、こう記しました(注2)。
愚生の見方は多少異なります。
開国と云うのは、言葉を換えれば、欧州至上主義を受容することに他なりません。
何でもヨーロッパのものは必ず優れており、アジアのものは必ず劣っているとする価値観を率先して受容したのが当時の日本ですから、その必ず優れているはずの西洋の地図に食い違いがあることは、日本にとっては大問題だった筈です。
しかし対馬については幕末の対馬事件で西洋諸国に日本領として認知して貰った経緯があるので、渡邉にとっては疑いもなく日本領なのですが、竹島と松嶋は西洋から日本領として認知して貰っていないことが、渡邉にとっては重要事たり得たのだと考えます。
そう考えれば、渡邉の記した文書そのものには、そう記した理由があるわけですが、問題は、川上ら後世の有象無象がそれを韓国から獨島を騙し取る材料に使おうとしたことが問題です。
冷静に読めば、渡邉はアルノートは存在しないと正確に記しています。つまりは「疑存」だと明確にしているにもかかわらず、それを全く別の概念である「疑位」にすり替えて、あたかも日本政府内に所謂「島名の混乱」なるものが実在したかのように思いこませようとする、その様な腐った根性こそが問題なのであって、渡辺洪基はただ自らの職務に忠実であっただけのように思われます。
これは メッセージ 12470 (ban_wol_seong さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/12476.html
Re: ちょっとまってください
投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/01/23 22:01 投稿番号: [12475 / 18519]
>確定した事実を、なにで調査しますか?
資料?
文献?
文献に書かれていること字自体は事実。
それが何を意味するかは読解、そこから推測もある。
問題は、どこからどこまでが事実でどこから推測かを明確にすること。
そして、どちらがより確実に言えることかを比較するんですよ。
あなたのように事実も推測も同等に論じてしまうのでは議論にならない。
>というふうな「編集」をやってしまうのですよ。
編集ではなく推論です。あくまで推論です。
それが妥当性が低いというならその論理を言わねばなりません。
で、あくまでも妥当性の高い推論であって確定した事実とは言いません。
もともと、確実なのは、1905年前の明治期の日本に領有認識が無かった可能性があること。
そして、朝鮮側は探索したにもかかわらず発見できず、鬱陵島=于山島だろうと報告していること。
この二つが事実なのです。
日本側の領有認識はなかった可能性であるのに対して、朝鮮側は認知そのものが無い。少なくとも証拠がないんです。
これをもって日本領と結論することはできませんが、譲歩する理由には全然成りません。むしろ逆だ、それは明確だろうと私は言うのです。
これは メッセージ 12450 (diedielove999 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/12475.html
Re: 渡辺洪基の松島(竹島=独島)認識2
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/01/23 19:58 投稿番号: [12474 / 18519]
>「地図ニ徴スルニ英海軍測量図載スル所ダセラ即チ松島ト題セル者其地位二書(アヒル注―二書はダジュレー=松島を記す「インペリヤールガセツトル」「プロナヲンシンク、ガセツテル、ゼ、ヲールド」)ニ載スル所ノ如シ英ノロヤールアトラス仏ブルーエノ大図英女王地理家ゼイムスウイルドノ日本朝鮮ニ日耳曼ヲーペプス亜細亜国千八百七十五年ゴツタノスチールスノアトラス、ウアイマル地理局ノ図皆ナ同地位ニダゼラ島ヲ置キ英測量図ニハ点線ヲ以テ限ルモノノ外ハ東経百二十九度五十七八分北緯三十七度五十分ニアルゴナウト即竹島ト題シタル者ヲ置テ魯西亜ノ地図局ノ図ニモ同所ニ之ヲ慥カニ置テ(p.196)」
>笑止というほどのことはありません。私はこれらの地図を見たことはないのですが、ぜひとも渡辺があげた地図を見てみたいものです。また、実際に地図を一度確認する必要がありそうです。文脈ではどうもはっきり把握しにくい部分があります。
「英測量図ニハ点線ヲ以テ限ル」のであれば、それは地図の約束事としては「疑存」と云うことになりますので、渡邉洪基はそれを根拠にアルゴノートを「烏有の島」と判断したと考えるのが妥当かもしれません。
ちなみに「疑存」とは、存在自体が疑わしいとする表記であり、図上にはEDと表記されます。
単に測量値が疑わしい場合は「疑位」であり、これはPDと表記し、両者は別の概念として区別されています。
これを見る限り、少なくとも「松嶋之議」では、所謂アルゴノートを含めた島名の混乱説は否定されているわけです。
さて、渡邉の本意についてですが、彼は同文書でこう述べています。
「然ルニ松嶋ナル者我国ト朝鮮トノ間ニ位シ長崎ヨリ浦潮港ニ至リ馬関其他石州因州伯州壱岐ヨリ彼要地タル『ラサレフ』港ヘノ道ニ当タルヲ以テ頗ル要地ト為シ連綿此近傍ニ英魯其船艦ヲ出没ス」
「是実ニ其地ノ形勢ヲ察シ其所属ノ地ヲ定メ而テ其責ニ任スル所ヲ両国間ニ定メサル可ラサル者タリ」
つまり、放置しておいたのでは英国やロシアに奪われかねないと考え、その前に日本国と朝鮮国との両国間で協議して定めなければならないと説いているわけです。
勿論、その「定め」の中には日本国の領土としてしまうことも含まれるでしょうけれども、文意としては協議によって朝鮮国の版図として決着することも含まれるわけですから、外交官のしたためた文章としてはありきたりの者とも云えます。
これは メッセージ 12471 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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訂正を入れます
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/01/23 01:29 投稿番号: [12473 / 18519]
訂正を入れさせてください。
誤)つまりホルネットロックスが日本に属することは各国の地図「皆然り」であるが、ダジュレー・アルゴノートは各国の認識は一定していないと言っているのでしょう。そして各国の地図であげられている「竹島・松島」はダジュレー・アルゴノートを指すと見るべきでしょう。
正)つまりホルネットロックスが日本に属することは各国の地図「皆然り」であるが、ダジュレー・アルゴノートは各国の認識は一定していないと言っているのでしょう。そして各国の地図であげられている「竹島・松島」が必ずしも鬱陵島と竹島(独島)を指しているとは限らないでしょう。
これは メッセージ 12471 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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Re: 竹島
投稿者: torimodose_takeshima_2005 投稿日時: 2006/01/23 00:45 投稿番号: [12472 / 18519]
Iribolulu
“Take
shima”
imunida.
Nippon no “Takesima” de
arimasu。
日本の竹島です。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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Re: 渡辺洪基の松島(竹島=独島)認識2
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/01/23 00:17 投稿番号: [12471 / 18519]
>さらに同じ発想で、古来の松島(竹島=独島)に関して「ホルネットロックスノ我国に属スルハ各国ノ地図皆然リ」と書きましたが、その根拠たるや笑止ものです。それでも中には、わらをもつかむ思いか、この記述を特筆する人もいるようなので、引導を渡すつもりで特に渡邊の他愛もない根拠を一応は紹介しておきます。
ちょっとおかしいですよ。渡辺は「ホルネットロックスノ我国に属スルハ各国ノ地図皆然リ」としつつ「他ノ二嶋ニ至リテハ各国其認ムル所ヲ同フセス」(p.191)としているのです。
つまりホルネットロックスが日本に属することは各国の地図「皆然り」であるが、ダジュレー・アルゴノートは各国の認識は一定していないと言っているのでしょう。そして各国の地図であげられている「竹島・松島」はダジュレー・アルゴノートを指すと見るべきでしょう。
「地図ニ徴スルニ英海軍測量図載スル所ダセラ即チ松島ト題セル者其地位二書(アヒル注―二書はダジュレー=松島を記す「インペリヤールガセツトル」「プロナヲンシンク、ガセツテル、ゼ、ヲールド」)ニ載スル所ノ如シ英ノロヤールアトラス仏ブルーエノ大図英女王地理家ゼイムスウイルドノ日本朝鮮ニ日耳曼ヲーペプス亜細亜国千八百七十五年ゴツタノスチールスノアトラス、ウアイマル地理局ノ図皆ナ同地位ニダゼラ島ヲ置キ英測量図ニハ点線ヲ以テ限ルモノノ外ハ東経百二十九度五十七八分北緯三十七度五十分ニアルゴナウト即竹島ト題シタル者ヲ置テ魯西亜ノ地図局ノ図ニモ同所ニ之ヲ慥カニ置テ(p.196)」
笑止というほどのことはありません。私はこれらの地図を見たことはないのですが、ぜひとも渡辺があげた地図を見てみたいものです。また、実際に地図を一度確認する必要がありそうです。文脈ではどうもはっきり把握しにくい部分があります。
いずれにせよ、すべてひっくるめて「竹島・松島」としてあたかも各国の地図で鬱陵島・竹島(独島)を朝鮮領と規定しているかのように記されるのはどうかと思います。
それにしても、半月城さんの文章には「わらをもすがる、笑止、噴飯」などの言葉が散見されますが、そういう形で歴史の文書に接するのではなく、その時代に行われた作業や認識、史料についてより客観的に接する見方をお持ちになられるのがよろしいのではないでしょうか。
これは メッセージ 12470 (ban_wol_seong さん)への返信です.
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渡辺洪基の松島(竹島=独島)認識2
投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/01/22 20:45 投稿番号: [12470 / 18519]
さらに同じ発想で、古来の松島(竹島=独島)に関して「ホルネットロックスノ我国に属スルハ各国ノ地図皆然リ」と書きましたが、その根拠たるや笑止ものです。それでも中には、わらをもつかむ思いか、この記述を特筆する人もいるようなので、引導を渡すつもりで特に渡邊の他愛もない根拠を一応は紹介しておきます。
渡邊は外国の地図における色分けから松島、竹島および対馬の所属をまず一旦は下記のように理解しました。
1.英国の諸図
対馬(朝鮮色)、松島・竹島(朝鮮色)
2.仏(フランス)
対馬(朝鮮色)、松島・竹島(朝鮮色)
3.日耳曼ゴタ、スチーレルスノ図
対馬(日本色)、松島・竹島(日本色)
4.ウアイマル地理局図
対馬(日本色)、松島・竹島(朝鮮色)
この時期、対馬を朝鮮領にみていた地図がイギリスやフランスで出回っていたとは意外でした。そのような不正確な地図を渡邊は逆手にとり、こう記しました(注2)。
「英仏の対州(対馬)を合せて朝鮮色にせしは、対馬既に日本版図に相違なければ、したがいて松島 竹島も其の色を変ぜん。すなわちスチーレルノ図(ママ)はこの結果なるべし。いわんや、松島 竹島を以て伝う其の語は日本語なり。よって考うれば、この島は暗に日本所属と見なしたるべし」
(カナをかなに変換)
要するに渡邊の説は、英仏の地図は対馬や竹島 松島を朝鮮領と同色で塗っているが、対馬が日本領なので、対馬と同じ色の竹島 松島も日本領であるべきで、日本色に塗り直すべきだ、また、松島 竹島という日本語の島名が使われているので「暗に日本所属」というもので、思わず噴きだしてしまうような珍説です。
川上は、渡邊の意見は「透徹・明晰であって、まさに正鵠を得ている」と激賞していますが、私はこれが本当に外務省の局長の「卓見」かと疑いたくなります。
しかし、渡邊はさすがに自説が根拠薄弱と自認したのか「この島は暗に日本所属と見なしたるべし」と控えめな結論を書くにとどめました。そのうえで、事実を究明するために島根県等に問い合わせることと、艦船を派遣して現地調査することを提案しました。渡邊は「古今東西の記録、地理書、その他の資料に基づいて考証」しても、身近な島根県への問い合わせすら行わないで文章を書いたようです。
川上は、渡辺が「古今東西の記録、地理書」を考察したと書きましたが、煎じつめれば、渡辺は自国の領土を最終判断するのに外国の地図のみを用いたことになります。これは、自国の領土が自国の地図から判断できなかったことを意味します。要するに松島(竹島=独島)を明確に日本領とした地図が一枚もなかったことを物語っています。
(注1)川上健三『竹島の歴史地理的研究』(復刻版)古今書院,1996
(注2)北澤正誠『竹島考證』(復刻版)エムテイ出版,1996
(半月城通信)
http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 12469 (ban_wol_seong さん)への返信です.
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