Re: 渡辺洪基の松島(竹島=独島)認識2
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/01/23 23:32 投稿番号: [12476 / 18519]
>この時期、対馬を朝鮮領にみていた地図がイギリスやフランスで出回っていたとは意外でした。そのような不正確な地図を渡邊は逆手にとり、こう記しました(注2)。
愚生の見方は多少異なります。
開国と云うのは、言葉を換えれば、欧州至上主義を受容することに他なりません。
何でもヨーロッパのものは必ず優れており、アジアのものは必ず劣っているとする価値観を率先して受容したのが当時の日本ですから、その必ず優れているはずの西洋の地図に食い違いがあることは、日本にとっては大問題だった筈です。
しかし対馬については幕末の対馬事件で西洋諸国に日本領として認知して貰った経緯があるので、渡邉にとっては疑いもなく日本領なのですが、竹島と松嶋は西洋から日本領として認知して貰っていないことが、渡邉にとっては重要事たり得たのだと考えます。
そう考えれば、渡邉の記した文書そのものには、そう記した理由があるわけですが、問題は、川上ら後世の有象無象がそれを韓国から獨島を騙し取る材料に使おうとしたことが問題です。
冷静に読めば、渡邉はアルノートは存在しないと正確に記しています。つまりは「疑存」だと明確にしているにもかかわらず、それを全く別の概念である「疑位」にすり替えて、あたかも日本政府内に所謂「島名の混乱」なるものが実在したかのように思いこませようとする、その様な腐った根性こそが問題なのであって、渡辺洪基はただ自らの職務に忠実であっただけのように思われます。
これは メッセージ 12470 (ban_wol_seong さん)への返信です.
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