Re: 竹島一件と島根県伺書の島の同定
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/01/29 20:17 投稿番号: [12484 / 18519]
>どうもお話を伺うと、アヒルさんは以下のように言っているような気がします。
>(1) 太政官は、竹島一件以後ダジュレー島までが朝鮮領になったと認識した。
この時期において竹島一件で朝鮮の所属となったのは竹島であるとの理解はありましたが松島については不明であったとすべきかと思います。
そして、結局、太政官は地理的にはダジュレー島までを版図外と把握したのであり、それに伴い「竹島外一島」を版図外と判断したものと理解しています。
>(2) 太政官は、島根県の伺い書にある竹島をアルゴノート島、松島をダジュレー島と認識した。
その通りです。あるいは可能性としては竹島付近の附属島嶼としての松島を念頭に含めた場合も考え得るかもしれません(竹島考証でもそうした考え方は推定の範囲から排除していません)。
>この場合、 結果として、「竹島一件の竹島」を「島根県の伺い書の松島」に同定し、「島根県の伺い書の竹島」はそれとは別の島であると考えたということになりそうですが、私には内務省と太政官が揃ってそんな珍妙な判断をしたとは思えません。この点についてはどうお考えですか。
当時、どこにどの島があるか正確には分からない中で竹島・松島の所属についての判断が迫られたわけです。もちろん、鬱陵島=ダジュレーであることさえも明確ではありませんでした。
当時の地図を見ると現在の鬱陵島周辺の位置に竹島と松島を置いているものは複数あるようです。もちろん、この松島はリアンクール岩とは別物です。
太政官は竹島をアルゴノートと理解し、松島をダジュレーと理解した(または松島を竹島近辺の附属島嶼とした可能性も排除しません)。「竹島一件の竹島」は「島根県の伺い書の竹島」と同じであり、松島は外一島です。別に珍妙とも思えません。
というか、テさんはこれについてどうして「竹島一件の竹島を島根県の伺い書の松島に同定する」とされるのでしょうか。ちょっと理解ができないのですが。
これは メッセージ 12482 (te2222000 さん)への返信です.
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