渡辺洪基の松島(竹島=独島)認識2
投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/01/22 20:45 投稿番号: [12470 / 18519]
さらに同じ発想で、古来の松島(竹島=独島)に関して「ホルネットロックスノ我国に属スルハ各国ノ地図皆然リ」と書きましたが、その根拠たるや笑止ものです。それでも中には、わらをもつかむ思いか、この記述を特筆する人もいるようなので、引導を渡すつもりで特に渡邊の他愛もない根拠を一応は紹介しておきます。
渡邊は外国の地図における色分けから松島、竹島および対馬の所属をまず一旦は下記のように理解しました。
1.英国の諸図
対馬(朝鮮色)、松島・竹島(朝鮮色)
2.仏(フランス)
対馬(朝鮮色)、松島・竹島(朝鮮色)
3.日耳曼ゴタ、スチーレルスノ図
対馬(日本色)、松島・竹島(日本色)
4.ウアイマル地理局図
対馬(日本色)、松島・竹島(朝鮮色)
この時期、対馬を朝鮮領にみていた地図がイギリスやフランスで出回っていたとは意外でした。そのような不正確な地図を渡邊は逆手にとり、こう記しました(注2)。
「英仏の対州(対馬)を合せて朝鮮色にせしは、対馬既に日本版図に相違なければ、したがいて松島 竹島も其の色を変ぜん。すなわちスチーレルノ図(ママ)はこの結果なるべし。いわんや、松島 竹島を以て伝う其の語は日本語なり。よって考うれば、この島は暗に日本所属と見なしたるべし」
(カナをかなに変換)
要するに渡邊の説は、英仏の地図は対馬や竹島 松島を朝鮮領と同色で塗っているが、対馬が日本領なので、対馬と同じ色の竹島 松島も日本領であるべきで、日本色に塗り直すべきだ、また、松島 竹島という日本語の島名が使われているので「暗に日本所属」というもので、思わず噴きだしてしまうような珍説です。
川上は、渡邊の意見は「透徹・明晰であって、まさに正鵠を得ている」と激賞していますが、私はこれが本当に外務省の局長の「卓見」かと疑いたくなります。
しかし、渡邊はさすがに自説が根拠薄弱と自認したのか「この島は暗に日本所属と見なしたるべし」と控えめな結論を書くにとどめました。そのうえで、事実を究明するために島根県等に問い合わせることと、艦船を派遣して現地調査することを提案しました。渡邊は「古今東西の記録、地理書、その他の資料に基づいて考証」しても、身近な島根県への問い合わせすら行わないで文章を書いたようです。
川上は、渡辺が「古今東西の記録、地理書」を考察したと書きましたが、煎じつめれば、渡辺は自国の領土を最終判断するのに外国の地図のみを用いたことになります。これは、自国の領土が自国の地図から判断できなかったことを意味します。要するに松島(竹島=独島)を明確に日本領とした地図が一枚もなかったことを物語っています。
(注1)川上健三『竹島の歴史地理的研究』(復刻版)古今書院,1996
(注2)北澤正誠『竹島考證』(復刻版)エムテイ出版,1996
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
渡邊は外国の地図における色分けから松島、竹島および対馬の所属をまず一旦は下記のように理解しました。
1.英国の諸図
対馬(朝鮮色)、松島・竹島(朝鮮色)
2.仏(フランス)
対馬(朝鮮色)、松島・竹島(朝鮮色)
3.日耳曼ゴタ、スチーレルスノ図
対馬(日本色)、松島・竹島(日本色)
4.ウアイマル地理局図
対馬(日本色)、松島・竹島(朝鮮色)
この時期、対馬を朝鮮領にみていた地図がイギリスやフランスで出回っていたとは意外でした。そのような不正確な地図を渡邊は逆手にとり、こう記しました(注2)。
「英仏の対州(対馬)を合せて朝鮮色にせしは、対馬既に日本版図に相違なければ、したがいて松島 竹島も其の色を変ぜん。すなわちスチーレルノ図(ママ)はこの結果なるべし。いわんや、松島 竹島を以て伝う其の語は日本語なり。よって考うれば、この島は暗に日本所属と見なしたるべし」
(カナをかなに変換)
要するに渡邊の説は、英仏の地図は対馬や竹島 松島を朝鮮領と同色で塗っているが、対馬が日本領なので、対馬と同じ色の竹島 松島も日本領であるべきで、日本色に塗り直すべきだ、また、松島 竹島という日本語の島名が使われているので「暗に日本所属」というもので、思わず噴きだしてしまうような珍説です。
川上は、渡邊の意見は「透徹・明晰であって、まさに正鵠を得ている」と激賞していますが、私はこれが本当に外務省の局長の「卓見」かと疑いたくなります。
しかし、渡邊はさすがに自説が根拠薄弱と自認したのか「この島は暗に日本所属と見なしたるべし」と控えめな結論を書くにとどめました。そのうえで、事実を究明するために島根県等に問い合わせることと、艦船を派遣して現地調査することを提案しました。渡邊は「古今東西の記録、地理書、その他の資料に基づいて考証」しても、身近な島根県への問い合わせすら行わないで文章を書いたようです。
川上は、渡辺が「古今東西の記録、地理書」を考察したと書きましたが、煎じつめれば、渡辺は自国の領土を最終判断するのに外国の地図のみを用いたことになります。これは、自国の領土が自国の地図から判断できなかったことを意味します。要するに松島(竹島=独島)を明確に日本領とした地図が一枚もなかったことを物語っています。
(注1)川上健三『竹島の歴史地理的研究』(復刻版)古今書院,1996
(注2)北澤正誠『竹島考證』(復刻版)エムテイ出版,1996
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 12469 (ban_wol_seong さん)への返信です.
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