“平和ボケ”のお部屋

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Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(1)

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/05/06 04:15 投稿番号: [16178 / 17759]
>アッサラームさんは、精神病であっても、過酷な生育状況であったり冷酷な社会であっても殺人者は【死刑に】という人なんですね。

どうしていつも最後の結論めいたところになると、こういう悪意のある歪な解釈の反応になるんでしょうか?私は「殺人者は死刑だ」と書いたこともありません。また、過酷な生育状況の人とか、精神病患者などが殺人を犯した場合、必ず死刑にしようと、発言したこともありません。
ただ、それらの環境と、殺人を犯してしまったという事実とは「無関係」でしょう?と、再三書いています。
ドラさんが凶悪殺人犯の生育環境の劣悪さを持ち出して、それを減刑の根拠にしようとしているようなので、それは違うでしょう・・と書いただけです。
>>犯人に罪はないとか、被害者・遺族に許しなさいとも言ってない。
>>アッサラームさん、これだけ応答していて、誤読ばかり。

たとえばあの秋葉原殺人犯に対して、ドラさんの言うように「生活環境が悪かったので死刑は止めて減刑するべきだ」としたら、極刑を望む遺族(全員じゃないかも知れないけれどの多くはそう希望しているだろう)に対して、必然的に「我慢を強いる」ことになることは自明じゃないですか?
「死刑廃止論者は、自分たちの理念を優先させて、実際の被害者遺族に我慢を強要している」というのは結果的には全く間違いではないではないですか?


たとえば一億人いたとして、3人被害に遭われたとしてその遺族の方たちは20人程度としましょうか。その人たちは極刑を望んでいるとします。しかし後の圧倒的多数の99、999、980人の人は部外者ということになりますよねえ?私はその部外者の中のどれくらいが「人の痛みを知ることができるのか?」ということが一つの民度を測る尺度になりうると思っているんです。
犯罪者の痛みを知ることができる人や、遺族のそれを知ることができる人がいると思いますが、やはり、私は、「そもそも人を殺すことが著しく人権を侵す」とまでいう人がおられるのならば、やはり被害者側の立場に立った「人の痛み」を理解しようとするはずだと思います。その被害者遺族の中に「復讐」という感情があったとしたら、それを充分に生かせるような刑罰を支持するはずです。
日本の刑法には「教育罰」という側面もあるとして、その教育の機会を奪うのは人権を損なうとして、極刑を廃止しようとすることは、殺された人の「当然生きる権利を完全に奪ってしまった」という意味において、やはり殺人の場合においては相殺されると思います。

「極刑における見せしめ効果はあるかどうか」の是非はともかく、そんなことを言い出したら、それでは「犯罪における処罰の見せしめ効果」はあるのかどうか?という問題は死刑廃止論者の言い分によれば、それも効果的ではないということになれば、「法」そのものの存在意義をも問われかねなくなる大問題だ。



>それでも【死刑廃止】に動いています。

「健康のためなら死んでもいい」というタイプですね?本末転倒。
人権無視で戦争でばんばん人殺ししていても「死刑廃止に動いて」いれば許される?


>死刑廃止が国の弱体化と関連があるとは!!

おそらくは人のいい優しいだけの人間だけが住む「楽園」は、外部から攻め込まれると非常に弱そうですよねえ?欧米のダブルスタンダードは、彼らの論理の上ではおそらくは「必要悪」なんだろうと思いました。


>>「罰せられないから人を殺してもいい」ということはドラさんの中では許される論理なのですか?
>言っていません。
>>>>たとえば「正当防衛」の時など悩みませんか?
>>>正当防衛では罰せられないのでは??

・・・言っているように見えますが・・・?

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(1)

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/05/06 04:10 投稿番号: [16177 / 17759]
連休中に3泊4日くらいで渓流に行く予定にしてうちを出たまではよかったんだけど、今年は雪が少なかったので、大丈夫だろうと思っていたら、尾瀬の峠でまだまだ残雪のために通行禁止・・。やむなく引き返して一泊の釣行に切り替えた。
しかし、もう全面新芽がほころぶ寸前でまさに「萌え〜〜」の世界。その美しいこと、美しくないこと・・・・・って美しいんだが、私は、秋の紅葉よりもこっちの方が数段好きだなあ〜〜とか思いながら見ほれてしまった。

次の日、あまりの美しさを自分一人で体験したことが後ろめたくて、300キロを引き返して妻と息子も連れてこようと提案したが、息子は「忙しい」妻は「行く」ということで、またまた日帰りの往復600キロをとんぼ返り。・・・さすがに疲れた・・。
イワナは、小さいのが5〜6匹・・。

・ ・・さて、

>死刑と冤罪は切っても切れない問題。

それは死刑廃止論者の勝手なロジックですよ。
昭和20年代に特に冤罪が多いといわれていますが、それが覆ることはまさに喜ばしいこと。冤罪(の可能性のある)の人が極刑を免れる(というよりも無罪になる)ことは当然のことです。これによって死刑が覆ったからといって明らかに現行犯逮捕で凶悪犯罪を起こした人が「冤罪の可能性がある」という理由で「無罪」になるはずがありません。こういう人たちと冤罪の人を一緒くたにして、死刑廃止の論拠にすることは、明らかに質の悪い詭弁であり、ばかばかしい以外の何者でもないということに早く気がつくべきだと思います。

>軽減=死刑廃止です。

明らかに現行犯逮捕に凶悪犯が軽減される理由はなんですか?
また、冤罪の人は「軽減」ではなくて「無罪」が妥当でしょう?死刑廃止論とは全く無関係です。


>死刑制度は冤罪だけが問題ではなく、国の殺人であり、つまり誰でも生きる権利を持つという【人権】の無視という事。

「人権」ってなんですか?誰でも生きる権利を持つということは、誰が決めたのですか?また、何度も書きますが、その考え方は戦争においても適用されるべきですよねえ?戦争を肯定している国家における「人権」ってなんですか?人権というのは、自国内においてのみ適用されうるものなんですか?戦争は、「国による殺人」行為ではないんですか?
この意味で、多くの死刑廃止国家はダブルスタンダードの立場をとっているという私の感じ方はどこが間違えていますか?

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(1)

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/05/02 00:53 投稿番号: [16176 / 17759]
>桜も終わり、ヘラブナの乗っ込み(産卵期)もほぼ終わりに近づき、・・ふと掲示板を思い出しのぞいてみると、ドラさんのあまりといえばあまりの書き込み・・。


あらら・・やっぱりですか。

こちらは毎朝、サクラ並木の緑が濃くなる様子等眺めながら、なにやら勤しんでおります。



>決して小沢が好きなわけではないが、しかし形式上は無実であるはずの彼が国策捜査を受けて・・


小沢だけが焦点になる不公平は理解できますが、よい事をしてるわけではなく・・森田知事によって首都圏は【バカウヨ知事】に席巻された事、草薙君に誰も【アルコール依存症だから治療を受けたら?】と忠告しない事、違和感です。



>「冤罪」と「死刑制度」は全く無関係だ・・その起こしてしまった犯罪とその本人の生活環境は「犯罪」の軽減を主張する要素にはなり得るが、「死刑」制度を廃止する根拠にはなり得ませんよねえ?


過去立て続けに4件【死刑囚の冤罪が認定され】た事がある。
【処刑されなかったから】できた事。

死刑と冤罪は切っても切れない問題。

軽減=死刑廃止です。



>ここで林被告を有罪にした判決には疑問を感じています。
そして、宅間や秋葉原事件のように明らかに「冤罪性」のない事件において、それをカレー事件と同列に置いて「死刑廃止」を主張することは全くの「詭弁」でしかありません。

>このことは御理解いただけますか?


死刑制度は冤罪だけが問題ではなく、国の殺人であり、つまり誰でも生きる権利を持つという【人権】の無視という事。



>生育環境や、精神的事情などは、全く無関係


アッサラームさんは、精神病であっても、過酷な生育状況であったり冷酷な社会であっても殺人者は【死刑に】という人なんですね。



>核不拡散を主張しているはずのアメリカではエノラゲイを擁護する人たちはその集会で公然と「アメリカ人と日本人の命の重さは違う」と発言しているし、平和主義を歌い、同じく核不拡散を主張している、国民の同意なくして「死刑制度を廃止」したフランスなどは、あのゴーギャンのタヒチで、約1000回以上の核実験を秘密裏にしていることもわかってきています。


それでも【死刑廃止】に動いています。



>こういう偽善のもとに成り立っている社会において、おそらくはドラさんのようなピュアな人たちが騙されて、日本が弱体化されることに、知らず知らずのうちに荷担し、


死刑廃止が国の弱体化と関連があるとは!!



>「罰せられないから人を殺してもいい」ということはドラさんの中では許される論理なのですか?

言っていません。


今日はここで。

Re: 鯨の高級部位を横流し??

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/04/25 07:38 投稿番号: [16175 / 17759]
アハハ、やっぱり私がはじめに書いたように、死刑廃止論者と、反捕鯨論者は何か「つながって」いますねえ・・・(__;)

Re: 状況証拠だけで【死刑確定】

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/04/25 07:36 投稿番号: [16174 / 17759]
>国民が法意識を持たない限り、そして国民が犠牲を払って法の精神を学ばない限り、私たちが冤罪と戦うことは今後ますます困難になると思います。

これを書いた人はもしかしたらとんでもなく馬鹿ですね。
法意識を充分に持って法の精神を学んだはずの専門家の検事や判事や弁護士たちがこれまでのすべての「冤罪」を作り上げてきたわけですから、それをにわか仕込みの「国民」が学んだからといって、是正されるはずがないと思うのがふつうだと思いますけどねえ。


>【疑わしきは犯人】という恐ろしい判決が出ましたが、これからも続発する可能性があります。
>【死刑】がある限り、【冤罪で殺される国民】が続くわけです。

これもおばか発言ですね。
「冤罪がある限り」であって、「死刑」という量刑とは無関係ですよねえ。
林真須美被告は冤罪かどうかが争われるべきであって、冤罪であれば無罪。そうでなければ有罪であり、有罪であれば、死刑は免れない。で異論はありません。
有罪であれば、遺族の感情としたら、極刑を望むのは不思議ではないほどの凶悪犯罪だと思います。

今回の判決を非難するときの論拠において、そういう意味で、本来の意味の「有罪か無罪か?」ではなく、「死刑か無罪か?」で問題を死刑廃止に誘導しやすいように歪曲されたことが大きな問題だと思います。

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(2)

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/04/25 07:21 投稿番号: [16173 / 17759]
>つまり、【中帰連】の方々は、生涯かけて【当時の残虐、戦後の中共の国際法に沿った人道的な捕虜の扱い、それによって、人間性を取り戻し更正できた事】等、ずっと発言してきたのですから、
>【洗脳】されたのではありませんよ。

それは私には何ともいえません。
そうですか・・・というだけです。
ただはじめに書いたように、いろいろな可能性を考えると一方的に鵜呑みにはできないことは変わりません。


>当時彼らの収容所には【千人余り】だったか皇軍戦犯容疑者がいたのですが、
>戦後その過半数だったか、【中帰連】を作って活動していました。

確か二人くらいが千人切りを競っているという当時の新聞記事かなんかをみたことがあります。
しかしよく考えてみると、人生のうちで「人を殺して反省する」ということは当然の行為のように私には見えます。
いっぽう、「人権」の発達しているはずの欧米主体の戦争裁判において、多くの冤罪(もしくは納得できない根拠)によって処刑された戦犯(ゴボウを食べて、木の根を食べさせられたと虐待が認められて処刑された例もある)もいるわけですし、その後の天安門などを考えても、中国自体が必ずしも「人権」に配慮している国であるとも思えませんよねえ。
国策としてのプロパガンダだとしたなら、ドラさんの感じ方をするということ自体それはある程度成功しているという見方もできるわけですよねえ。



>いい人というよりは、【殺人の後押し】はやりたくないという事でしょう。

ですから、こういう問題は、赤の他人と当事者の温度差は全く違うわけですし、赤の他人はほとんどの大多数な訳ですから、こういう無責任な人ごと発言が容認されることになるんじゃないでしょうか?
これは、大多数を誘導している今の政府や官僚、マスコミの主張を是とする人たちと全く変わりのない愚かな判断だと思います。


>イラクが軍事大国米に対抗する為に仕方なかったのではないか・・という意味。

「武力には武力を」という考え方ですね?
では、「死には死を」を肯定するわけですね?


>偽善でも【反対は反対という事実】で、日本が真っ先に賛成するとは情けない。

偽善でもいいんだ。
「反対反対」と叫んでいる言葉の奥に「もっとやれもっとやれ」と私には聞こえてきますけどねえ。
・・・こんなことでは何も解決しませんよ。


>圧倒的に金・人が不足。

私は「心」の問題だと思いますけどねえ。


>>「どうして死刑になりたいか?」「どうして死にたいのか?」という問題と「死刑問題」は別だと思います。
>いいえ、死刑があるから目標にされる事は事実。

では死刑がなくなったとして、人を殺してでも死にたい人はどういう行動をとるんでしょうねえ?
貧困の中で、社会を恨みながら慎ましく死んでいく人と比べても、そういう人たちが「自殺」を思いとどまるとは、私にはとても思えませんけどねえ。

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(2)

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/04/25 06:45 投稿番号: [16172 / 17759]
>つまり、【人殺ししても、必ずしも処刑】という事ではなく、【例外】もあるという事ですね。・・・行政の無策の故の悲劇に関しては。

あのですねえ、現行法の時点ですでに「例外」ではなく当然、「人殺し=処刑」とはなっていませんよねえ?
・ ・・味噌も糞もごっちゃにしている証拠ですねえ。


>その【行政の無策の故の悲劇】に、
>私は【養育環境への無策】も含められると思っているところが相違点ですね。

ん?だからその「罪」は許されるとしているのでしょうか?そんなこととは無関係だし、情状が酌量されるケースというものは私の書いたようなこういうケースでありその多くは「死刑」にはなりませんよねえ。しかし他人の養育環境の不備ために人が殺されることにおいては、ケースバイケースで、その事件の残虐度や、影響力によって違いがあることも自明だと思います。


>憲法25条がまともに実現されていたら、日本の犯罪は大幅に減ること間違いなしです。
>つまり【人権擁護の実現】ですよね。

人権(未だに実態がよくわからない)かなんか知りませんが、少なくとも現行憲法に沿った未来的な展望は厳守したいですね。しかし、そういう理想的未来を願望すること、そのことと、現実に起こってしまっている凶悪犯罪とは区別するべきでしょう。
現状ではその理想が実現されていない故に犯罪が起こるのだとしたら、それはそれで断罪されるのも当然のことだと思います。

※日本の犯罪が大幅に減ったとしても根絶は難しいだろうから、こういう問題は常に存在し続けるでしょうね。

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(1)

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/04/25 06:19 投稿番号: [16171 / 17759]
桜も終わり、ヘラブナの乗っ込み(産卵期)もほぼ終わりに近づき、今年は38〜45センチが併せて11枚と、野釣りにしてはまあまあの釣果に満足しながら、仕事も一段落し、田んぼには水も引かれて、魚の喰いも落ちてきたこのごろ、ふと掲示板を思い出しのぞいてみると、ドラさんのあまりといえばあまりの書き込み・・。

息子と妻が、あろう事かこの時期(ニュースを読まないから5月15日以降という情報を何も知らなかったらしい)に私への相談もなく息子の部屋用のテレビを買ってきたり、アホで嘘つきな森田健作が大量得票で当選し、ラジオのストリームは番組閉鎖になり、北野誠は芸能界永久追放になる・・。
決して小沢が好きなわけではないが、しかし形式上は無実であるはずの彼が国策捜査を受けてアホ総理が支持率を回復する・・・。そしていつものように、当然変わるべき政党がマスコミ各社によって擁護され、真実が隠され、政権交代が危ぶまれる・・。

本当に平和ボケな日本・・・と情けなくなった。


>犯人に罪はないとか、被害者・遺族に許しなさいとも言ってない。
アッサラームさん、これだけ応答していて、誤読ばかり。

この際、ハッキリさせなければならないのは、「冤罪」と「死刑制度」は全く無関係だということです。
重大犯罪の容疑者の生活環境や、生い立ちを重視してそれを根拠にして社会悪の存在を言い始めたのはドラさんですよねえ?「ただ死刑を止めさせたい」だけなのであれば、文字通りそのことだけを主張すればいいのであり、その起こしてしまった犯罪とその本人の生活環境は「犯罪」の軽減を主張する要素にはなり得るが、「死刑」制度を廃止する根拠にはなり得ませんよねえ?・・・それらは全くの別物であるからです。


林真須美被告の件でも書きましたが、あの事件において、冤罪が行われたかどうかはまだ確定はしていませんよ。
状況証拠しかないにもかかわらず有罪であることが確定してしまい、有罪になったからには、その罪科に応分な「死刑」という判決になったということであり、「推定無罪」は、死刑にではなく、「有罪か無罪か?」というところで考えられるべきことですよねえ?

なんか、ドラさんの言葉には、こういう味噌も糞も一色単にした、乱暴なんだか意図的な誘導なのか、論理の持って行き方が間違えていることに気がつかなければならない場合が多いと感じます。


>>冤罪があるから死刑は廃止」という理由はここでは採用しません。
>【死刑廃止論】で、冤罪は最重要。

もう一度書きますが、たとえば今回の林真須美の判決において、では、「死刑」制度がなければ、林被告は「無罪」だったのか?といえば、それは「無関係」ですといわざるを得ませんよねえ?
問題は司法当事者やマスコミや世論が状況証拠しかない状態で「有罪」にしてしまったことにおいて「冤罪」が成立してしまった・・というだけの話です。
「人権」「冤罪」をいうならば、その社会風土を問題にするのが本来で、死刑制度とは無縁だということをもう一度自覚するべきです。その意味でも私は、ここで林被告を有罪にした判決には疑問を感じています。
そして、宅間や秋葉原事件のように明らかに「冤罪性」のない事件において、それをカレー事件と同列に置いて「死刑廃止」を主張することは全くの「詭弁」でしかありません。

このことは御理解いただけますか?


>だからここが平行線。
>私は【処罰に処刑】は含むべきではないと言っている。

それだけを主張するべきですね。
私は「あってもいい」といっているだけです。
生育環境や、精神的事情などは、全く無関係ですよね。


>国が処刑です。

核不拡散を主張しているはずのアメリカではエノラゲイを擁護する人たちはその集会で公然と「アメリカ人と日本人の命の重さは違う」と発言しているし、平和主義を歌い、同じく核不拡散を主張している、国民の同意なくして「死刑制度を廃止」したフランスなどは、あのゴーギャンのタヒチで、約1000回以上の核実験を秘密裏にしていることもわかってきています。

こういう偽善のもとに成り立っている社会において、おそらくはドラさんのようなピュアな人たちが騙されて、日本が弱体化されることに、知らず知らずのうちに荷担し、欧米主体のグローバリズムに飲み込まれてしまうんだろうなあ・・・と憂鬱になる今日この頃。



>>たとえば「正当防衛」の時など悩みませんか?
>正当防衛では罰せられないのでは??

「罰せられないから人を殺してもいい」ということはドラさんの中では許される論理なのですか?

鯨の高級部位を横流し??

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/04/25 01:24 投稿番号: [16170 / 17759]
★グリーンピース「横領」鯨肉「窃盗」被告事件について、先週、その事実をクイズ形式で出題しました。


回答は下記の通りです。誤った理解をしている人が身近にいたら、間違いを指摘してあげてください。


1   グリーンピースのメンバーは、鯨肉が横領されたという情報をどのようにして入手したか?

  A:内部告発
  B:外部からの調査結果

答え:A
    捕鯨船に乗船した経験のある人物からの内部告発だった。しかも、それは複数。



2   グリーンピースのメンバーは、鯨肉が横領されたという情報について真偽を確認しているか?

  A:した
  B:していない

答え:A
    内部告発の内容は船員による毎年の荷下ろしの状況が一致するなどしており、その告発内容が正しいことを伺わせた。


    【さらに、実際に「横領」鯨肉と思われる荷物の宛先は、内部告発者が指摘したとおり製造手が多く、

なぜか荷札には、「ダンボール」などという不審な記載がしてあるなどの事実が明らかとなった。】



3   グリーンピースのメンバーは横領されたと思われる鯨肉を確保する際、暴力的な行為を行ったか?

  A:行った
  B:行っていない

答え:B
    暴力的行為は一切行っていない。物を破壊するなどの行為もしていないし、強引に押し入ったなどの事実もない。



4   グリーンピースのメンバーには、横領されたと思われる鯨肉を確保する方法が、実際に行った方法以外にあったか?
 
  A:あった
  B:なかった

答え:B
    ここは、異論もあるだろう。しかし、警察・検察に通報しても、すぐに鯨肉を確保することは考えられない。警察・検察が調査している間に鯨肉は船員によって食べられたりするため、証拠物がなくなる。当然、捜査は行き詰まる。


    また、今回、さまざま証拠を添えて「鯨肉横領」を告発したが、結果的に警察・検察は、強制捜査による情報収集すらしていない。


お土産なのか違うのかは、鯨肉の処理報告書などを押収すれば自ずから明らかになるのに、そういう情報収集すらしなのだから、鯨肉を確保しないまま警察・検察に通報しても、まともな捜査が行われなかったことが推測できる。



5   グリーンピースのメンバーは、横領されたと思われる鯨肉を確保した後、その鯨肉を食べたか?
 
  A:食べた
  B:食べていない

答え:B
    食べていません。このことは、鯨肉の写真などから明白。記者会見の中で、メンバーが横領されたと思われる鯨肉の流通過程の調査において、鯨肉を食べたと述べたことが誤解されている。



6   グリーンピースのメンバーは、横領された鯨肉と思われる鯨肉の確保について詳細なレポートを公表しているか?

  A:している
  B:していない

答え:している。このことは、告発目的の正当性(不正行為を社会に知らしめること)を裏付ける。
レポートは、
http://greenpeace.or.jp/docs/oceans/wm2008/doss.pdf
http://www.greenpeace.or.jp/press/releases/attached/dossier2-web-jp.pdf
である。



7   捕鯨船側の「横領」鯨肉に関する説明は首尾一貫しているか?

  A:している
  B:していない


答え:B
    最初、船員には「別途販売枠」があるなどと言っていたが、後に「お土産」などと言い出しており、かつ、そのお土産の内容も変遷している。なぜ、説明が変遷するのだろうか?


  ・・   以上、全問正解でしたでしょうか?今回の事件が根拠ある内部告発によるものであること、横領疑惑に対して、政府側は必ずしも明確に否定できる資料を示していないこと、


及び、グリーンピースが単なる反捕鯨団体ではなく、かつ、日本のみをターゲットとした集団ではないことをよくご理解ください。




http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/03/902cebf25eb4132fddfb9db31b16d1e0.jpg


★しかし、冒頭のニュースの画像..から明らかなように当初鯨研の担当者は、 お土産ではなく、個人が買ったものと言っていた。..


http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/77109a15577f00a840da4f506a99d2cf


調査捕鯨船の\xB2

状況証拠だけで【死刑確定】

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/04/25 00:43 投稿番号: [16169 / 17759]
最近【少女?殺人事件】の犯人とされ、収監されていた男性が、

DNA検査の末、【犯人ではない可能性】が出てきたというニュースがあった。


この人は一貫して【やってない】といっていたそうですが。



カレー事件【際高裁判決】から・・


★・推定無罪の社会に変えていかねばならない


  刑事司法の理念は本来、無罪の推定にあります。


しかし、裁判員制度の実現にあたって、どういう理念を実現しないといけないか、そういう意見はマスコミを通じても全然出てきていませんね。このことは大変、深刻な問題だと思います。


  【日本の刑事司法は、完全に厳罰化の流れになって、有罪推定になってしまいました。】


先日、東京のほうで3人の市民の方が「裁判員制度を廃止すべきだ」と記者会見されていて、なかなか問題意識のある方々だと思いましたが、しかし、そういう方々の口からも「無罪推定」という言葉が一言も出てこないんですね。


  私たちは刑事司法に何を求め、どのように刑事司法を発展させようとしているのでしょうか?   私たちは今、このことを問われているところだと思います。



  和歌山カレー事件についても、この1つの冤罪事件を通して、私たちがどのような刑事司法を有しているのかを学ばなければ、この冤罪事件でせっかく無罪になっても何も生まれてきません。


一過性のものに終わってしまうでしょう。げんに、これまで日本の冤罪事件では、いつもそうでした。



  たとえば松川事件では、国民全体の運動にまで発展しましたが、その中で私たちは法の大切さを何も学んでいません。


甲山事件もギネスブックに載るような長い裁判で、完全無罪を3度もとり、日本の歴史に残る裁判だったのですが、この甲山事件もいずれ歴史の藻屑に消えていく運命にあると私は思っています。



  国民が法意識を持たない限り、そして国民が犠牲を払って法の精神を学ばない限り、私たちが冤罪と戦うことは今後ますます困難になると思います。


学者や弁護士、裁判官に法をお任せしないで、私たち国民一人一人が法律というものをきっちり学び、賢い国民になり、真の司法改革をしていかない限り、日本では冤罪は増えこそすれ、減ることはないと私は思っています。

・・

http://enzai.org/masumi_hayashi/houkoku11.html


【疑わしきは犯人】という恐ろしい判決が出ましたが、

これからも続発する可能性があります。

【死刑】がある限り、【冤罪で殺される国民】が続くわけです。

【和歌山カレー事件】冤罪か??

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/04/21 00:20 投稿番号: [16168 / 17759]
下記の問題点を見ると、【決定的な証拠がない】し、

これで【有罪判決】を出すことが出来るのか??



★・眞須美さんのTシャツの色を間違った目撃証言

  この証言の1つ目の問題点は、一審でHさんが眞須美さんの当日の服装について、「白いTシャツだった」と証言されていることです。というのも、事件当日に眞須美さんが着ていたのは「黒いTシャツ」だったので、ここがまず事実と違うわけです。


  もっとも、裁判では、Hさんの言う通りに事件当日の眞須美さんの服装は、「白いTシャツ」だったと認定されています。そこで、眞須美さんの服装が白と黒、本当はどっちだったのか、事件当日にカレーの調理や見張り番をされた他の地域住民の方々の証言を元に検証してみます。・・


  ・目撃者が見たのは眞須美さんではなく次女

  そして、Hさんの目撃証言に関するもう1つの問題点ですが、それは、眞須美さんがカレーの鍋のフタをあけた時、首にタオルを巻いていたと証言されていることです。というのも、他の地域住民の方々は誰一人、眞須美さんが事件当日にタオルを首に巻いていたとは証言していないんです。


  では、Hさんが見た「鍋をあけた人」、つまり「首にタオルを巻いていて、白いTシャツ姿だった人」は誰だったかというと、眞須美さんの次女だったのです。


  というのも、次女の方は、事件発生当時にフライデーが、眞須美さんと間違って写真を誌面に掲載したほど、眞須美さんと背格好がとてもよく似ていたんですね。それで、Hさんも次女の方を眞須美さんだと間違って証言したんだと思うのです。


  実際、次女の方は、「事件当日にはガレージでお母さんとずっと一緒にいた。その時に自分は白いTシャツを着ていて、首にタオルを巻いていた」と証言しています。それに、次女の方は、「お母さんと一緒にガレージにいる時にカレーの鍋のふたをあけ、味見をしました」ということを裁判が始まる前の手続から一貫して証言しているんですね。

  それと、Hさんは「カレーの鍋のフタをあけた時、眞須美さんは首にタオルを巻いていた」と証言している一方で、「午後0時20分ごろに眞須美さんを最初に見た時には、首にタオルをかけていなかった」とも証言しています。・・


  小田幸児弁護士の話

  私のほうからも、この事件の流れをちょっと話させて頂きますが、カレー事件は平成10年7月25日に発生し、最初は食中毒じゃないかと言われ、その次に、青酸化合物がカレーに混入されていたのではないかと言われました。さらにその後、カレーに入っていたのが青酸ではなく、実はヒ素だったと判明する流れになりました。

  ・・   ただ、この事件には、直接証拠がありません。自白もないし、犯行の目撃証言もない。


そんな中で起訴の大きな後押しとなったのが、中井泉さんという鑑定人がスプリング8という最新の大型放射光施設によって鑑定を行い、「林家などから見つかったとされるヒ素」と「カレー鍋に入っていたヒ素」が同一だと結論した鑑定結果でした。



・問題が多かった鑑定人

  しかし、この鑑定には色々問題があるのです。
  まず第一に、鑑定人の中井さん自身に問題がありました。というのも、中井さんは、眞須美さんがまだカレー事件では起訴されてもいない時期にマスコミを集め、裁判でも最重要証拠になると思われる鑑定結果を公表している。しかも、その会見の場で「科学によって、悪事は必ず裁かれることを証明するために鑑定したんだ」みたいなことを言っているのです。鑑定結果が裁判で証拠調べもされていない時期に、眞須美さんがカレー事件の犯人だと煽るようなことを中井さんはしたわけです。


・再鑑定にも問題があった
 
・・・

http://enzai.org/masumi_hayashi/

橋下知事の【弁護士の非行】認定へ

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/04/16 00:49 投稿番号: [16167 / 17759]
さあ、このニュース、ワイドショー、ニュース全国版で流されるかなー?



★橋下知事の「弁護士の非行」認定へ


【光母子事件発言】    2009年4月15日



  弁護士の橋下徹・大阪府知事が知事就任前の07年5月、

山口県光市で起きた母子殺害事件の被告弁護団の懲戒請求をテレビ番組で呼びかけた行為をめぐり、


全国の市民らが橋下氏の懲戒処分を所属先の大阪弁護士会に請求していた問題で、


同弁護士会の綱紀委員会が「弁護士の品位を失うべき非行にあたる」と認定する方向で意見をとりまとめたことが関係者の話でわかった。



近く最終判断し、【戒告や業務停止などの懲戒処分】を決める懲戒委員会に審査を求めるとみられる。



  橋下氏は、07年5月27日に大阪の読売テレビが放送した「たかじんのそこまで言って委員会」で、被告の元少年の弁護団の主張を批判し、


「許せないって思うんだったら、弁護士会に懲戒請求をかけてもらいたい」などと発言。


弁護団メンバーに全国から懲戒請求が殺到した。


一方、この発言を受けて07年12月、全国の市民ら300人余りが「(発言は)刑事弁護の正当性をおとしめる行為だ」として、大阪弁護士会に懲戒処分を請求していた。


  この問題では、橋下氏の発言をきっかけに大量の懲戒請求を受けた弁護団メンバー4人が橋下氏に損害賠償を求めて提訴。


昨年10月の広島地裁判決は「少数派の基本的人権を保護する弁護士の使命や職責を正しく理解していない」と指摘し、



【橋下氏に800万円の支払いを命じた。】

橋下氏と原告側の双方が控訴している。


http://s01.megalodon.jp/2009-0415-1731-39/www.asahi.com/kansai/news/OSK200904150067.html


橋下は、視聴者には懲戒請求を呼びかけながら、【忙しい】やらなんやらと

【自らは懲戒請求していない】という無責任な男。


メディアも、支持率の高い政治家への批判は控えめのようですね。

これでは意味がない・・小泉劇場の反省がないね。


弁護士の仕事を理解してない弁護士・・・橋下徹!

弱い者いじめしか出来ないとは・・バカウヨ

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/04/13 23:38 投稿番号: [16166 / 17759]
両親と離別して暮らすことになった少女によくこんな仕打ちが出来るね。


http://d.hatena.ne.jp/macska/20090411/p1

死刑に抑止効果なし

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/04/12 00:49 投稿番号: [16165 / 17759]
【論説】 「死刑になりたくて殺傷、相次ぐ。『死刑に抑止効果なし』『米では死刑ある州でわざわざ無差別殺人』等の意見も」…毎日新聞

・・


  相次ぐ事件は、死刑制度に関する議論の発火剤となった。その一つが、死刑制度維持の理由として挙げられる、犯罪の抑止効果だ。「心情分析をしても、犯人の本当の気持ちは分かるはずはないですから、抑止効果があるかどうかは、統計で見ていくしかない。


ヨーロッパは死刑を廃止した後、犯罪はほとんど増えていません。減っている国もあるくらいです。最近、米ニュージャージー州で死刑を廃止しましたけど、その理由の一つも抑止効果がない、ということでした。データから見て、抑止効果はありません」

  森さんは著書の中で、死刑制度の密室性の問題を一貫して指摘している。死刑の実情が知らされていないことが、こうした犯罪を誘発している可能性はあるだろうか?


「仮に、死刑を望んで罪を犯す人が本当にいるとすれば、その可能性はあるでしょうね。日本は自殺が多い国ですから、そういう意味では、自殺と他殺はそんなに距離は無いと思うんです。もしかしたら死刑を求めて人を殺す人がこれから増えてくるかもしれない。そうであれば、やっぱり死刑制度というものを、もうちょっと考えるべきだと思いますよね」


  死刑になりたい人が、そのために罪を犯して、望み通りに死刑になることに違和感を覚える人は少なくないだろう。この矛盾は、どう受け止めたらいいのだろうか?(>>2-10につづく)
  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080528-00000027-maiall-soci


3 :☆ばぐた☆ ◆JSGFLSFOXQ @☆ばぐ太☆φ ★:2008/05/28(水) 19:33:42 ID:???0
(>>1のつづき)

  「ねじれてしまいますね。生きていてほしくないけど、死刑はその人の望みをかなえてしまうことになる。


刑罰って何だ、罪と罰とは何か、ということを考えた方がいい。日本の刑法は、刑を受けて、改悛して、改めて社会に復帰する、ということを前提にした教育刑です。


それに対して、死刑は応報刑なんです。応報という考えからすると、本人の嫌がることをするのが刑罰。

死を望む人に対しては、生かすことの方が、たぶん罰になるわけです」



  死刑を求めて罪を犯し、罰として望み通りに死刑になった典型的な例が、大阪教育大付属池田小乱入殺傷事件で、児童8人を刺殺した宅間守元死刑囚。


弁護にあたった戸谷茂樹弁護士によると、宅間元死刑囚は犯行前2〜3カ月の間に2度、自殺未遂をしている。


そして、判決確定から1年弱という異例の早さで望み通りに死刑を執行された。戸谷弁護士は死刑の執行を聞いたとき「本望を遂げたな」と思ったという。


  「彼は、本当に死刑になりたくて犯罪を実行した、と言っていいと思います。


彼にとって死刑は、罰ではなかった。


望んでいる人に対する死刑は、罰としては機能しない」戸谷弁護士は続けた。「(『死刑になりたかった』と供述する)犯罪は、自殺願望の裏返しである場合が結構あると思う。


自殺願望の原因はいろいろですけど、いずれにしろ、生きる価値がない、と結論を出した。そういう人が年間3万人いる。


その中に、死刑を望んで罪を犯す人がいてもおかしくない。それを避けるためには、どうやって生きる望みを味わうことができる社会にするか、っていうことだと思うんです。


宅間に対する支援者がたくさん出てきたのは、『私もかつて同じような状況だった』とか、彼の思いや行動が理解できる人が相当数いたからです。


世の中複雑になればなるほど、格差社会になればなるほど、そういう人が出てくる」
(>>3-10につづく)

6 :☆ばぐた☆ ◆JSGFLSFOXQ @☆ばぐ太☆φ ★:2008/05/28(水) 19:34:05 ID:???0
(>>1のつづき)


  米国では、以前から死刑願望者による事件が起きている。「死刑の大国アメリカ」の著書がある宮本倫好・文教大学名誉教授(米国近代社会論)によると、


州ごとに死刑制度の有無が異なる米国では、


わざわざ死刑制度のある州で、無差別に殺人を犯すケースがいくつも存在するという。・・


http://shinkai.livedoor.biz/archives/51295658.html


宅間守と収監された後結婚した女性がいた。

犯罪の反省はなかった宅間だが、この女性には死後の思いやりを示していた
という。

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(2)

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/04/08 00:36 投稿番号: [16164 / 17759]
すみません。

また遅くなってしまいました。


>>中帰連の方々が、ウソを言う必要はないでしょう。

>そういう人たちが共産主義に対して持つイメージはよいものであり、日本に帰ってからそういう共産主義の布教に専念するために過酷な労働は免除されたという話をどこかで聞いたことがあります。叔父の場合は日本に帰ってきた当初は国鉄に入り、ばりばりの共産主義者らしかったのですが、・・その思想も薄らいできたようだという風に私の母に聞いたことがあります。


仰るように、

【洗脳】は、一生続くものではないそうです。

つまり、【中帰連】の方々は、生涯かけて【当時の残虐、戦後の中共の国際

法に沿った人道的な捕虜の扱い、それによって、人間性を取り戻し更正

できた事】等、ずっと発言してきたのですから、

【洗脳】されたのではありませんよ。


当時彼らの収容所には【千人余り】だったか皇軍戦犯容疑者がいたのですが、

戦後その過半数だったか、【中帰連】を作って活動していました。



>>その後、死刑廃止派は存置派を上回っているそうです。

>ですから、人を「殺す」より「殺さない」という方が自分がいい人だと思えるから、そういう選択をするのはある意味当然の行為だと思います。


いい人というよりは、【殺人の後押し】はやりたくないという事でしょう。



>仕方ない・・・。
フランスが武器をつくるのはイラクを救うためではないですよねえ。武器を作って売るという行為によってフランスが潤うためですよねえ?


イラクが軍事大国米に対抗する為に仕方なかったのではないか・・という意味。

あっさりフセインイラク壊滅されましたけど。


>それとも、アメリカの兵器に対抗できるほどの武器をつくることが当然の仕方ない行為であると思っているんでしょうか?


米に軍事的に対抗できる国はないでしょ。



>>>同時にアメリカと一線を画し、反戦を訴えることで国際地位の向上を目指したともとる事ができる
>>↑日本も見習えば?

>ですからここに「偽善」があると書いていたのではないでしょうか?こんな偽善を見習っていいのですか?


偽善でも【反対は反対という事実】で、日本が真っ先に賛成するとは情けない。



>解決はしませんって。
取り組みに関しては社会福祉事務所とか児童相談所での監視自体は幾分厳しくなっているということはあると思いますが、もちろん完全ではありません。
ただ、おそらく(想像ですが)第一線の人たち(役人ではないと思う)は一生懸命やっている人がほとんどだと思いますが、対処の遅れが時折ニュースになりますね。


圧倒的に金・人が不足。

日本は先進国中、

子供にかける経費最低位だった・・子供には票が無いからだと。

子供の貧困が、

それが教育の格差になり、貧困の連鎖・・政治の無機能で冷たい社会。


>「どうして死刑になりたいか?」「どうして死にたいのか?」という問題と「死刑問題」は別だと思います。


いいえ、死刑があるから目標にされる事は事実。



>年間3万人が自殺する(一説には10万人だともいわれていますね。多くの医師は死因について「自殺」という風には書いていないらしい。)のは死刑制度が存在するからではないですね。


自殺のみの目的と、他殺して処刑されるは勿論違います。



>「自衛」という言葉がついてさえいれば、攻撃的な先取防衛(相手が攻撃してくるといういい加減な?情報であっても)が簡単にできる社会に作り上げられてしまっているわけです。


あ、【国際法】出来ても、自衛の名を騙った戦争が後を絶ちませんね。

【国際刑事裁判所】等開廷されてはいますが。

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(2)

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/04/04 11:59 投稿番号: [16163 / 17759]
今日はお花見日和??


>たとえば正当防衛によるものとか、貧困と老化のために病気の配偶者の将来を悲観して・・などというのは、本当に行政の無策の故の悲劇だと思います。ただ、だからといって、その個人個人に返って考えれば、「人を殺してしまった」という事実に対して、一生において何らかの反省なり嫌悪なりの心を持ち続けることは大事だと思います。



つまり、【人殺ししても、必ずしも処刑】という事ではなく、

【例外】もあるという事ですね。・・・行政の無策の故の悲劇に関しては。



その【行政の無策の故の悲劇】に、

私は【養育環境への無策】も含められると思っているところが相違点ですね。

アッサラームさんは【貧困も行政の無策】だと思っているのですね。

これは私も同じ。

憲法25条がまともに実現されていたら、日本の犯罪は大幅に減ること間違いなしです。

つまり【人権擁護の実現】ですよね。



続きはまた今夜でも・・

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(1)

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/04/01 00:25 投稿番号: [16162 / 17759]
おっとっと・・・


>ドラさんの考え方からすれば、あまたある凶悪殺人事件では、そのそれぞれに対して事件に至る環境に対する必要条件は「常に」満たされているというでしょう。
・・・この意味はわかりますか?


さあ?



>残虐な犯罪に限らず、人が罪を犯すときには、何らかの社会的問題を内包しているという意味では、すべての犯罪に共通しているはずです。つまり、ドラさんは、すべての犯罪に対して「無罪」を主張するのが妥当ではないだろうか?と思う私の感じ方は間違えているでしょうか?


間違いです。

【無罪にしろ】といった覚えはなく【死刑反対】と言っている。

ただ精神病に関しては専門家の判断によ里【無罪】も。



>死刑廃止論の人は、殺人犯に対して「あなたが人を殺したことなどたいしたことではない。人を殺したあなたが悪いわけではなく、あなたを殺人者にしてしまった社会が悪いだけなのだ。


【社会が悪いだけ】等と言った覚えはない。



>あなたは社会の犠牲者なのだから、社会はあなたを許す義務があるんです。申し訳のないことをしてしまいました。」・・・と殺人犯に謝罪をするが、実際にその殺人犯に殺された人に対しては、これも社会が悪いから起こってしまった悲劇ですから、実際に殺してしまった犯人に罪はありません。ここは一つ「我慢」して許してやるのが成熟した大人としての理性的な行動です。そのくらいのことはできますよね?


犯人に罪はないとか、被害者・遺族に許しなさいとも言ってない。
アッサラームさん、これだけ応答していて、誤読ばかり。


>既存の「闇サイト」は解散したようですね。

処罰はないでしょ?


>この「無法状態」である闇サイトに「厳罰化」を主張したドラさんに私が聞いているんですが・・・?人間社会の中で法の及ばない世界というものは無数に存在しています。個人のプライバシーもその一つだと思います。


闇サイトと個人のプライバシーと同列ではない。
闇サイトは犯罪の温床。


>人を平等に育てられなければ、それは社会に問題があるからだとでも言いたげなドラさんの主張は明らかに問題があると私は思います。


全く平等は不可能。
しかし【教育・医療・福祉】等子供の頃から格差が甚だしい社会は、政治が機能してない証拠。


>周囲の人間が発見できない状況の根の深い家庭事情については、この中に凶悪犯罪の根があった場合、これを根治することは不可能じゃなかろうか?と思います。よって行政の所為にすることも難しいだろうと思います。


今日の4歳児虐待殺人は、児童相談所に保育園から二度も通報があったのに、
児相は、親に7回面談しそれで終わり。

本来なら4歳児を預かって本人から事情を聞くべきだった。

しかし諸事情で端折ってしまったのかも。



>冤罪があるから死刑は廃止」という理由はここでは採用しません。


【死刑廃止論】で、冤罪は最重要。



>>大人の責任が大と分かったなら、処刑する必要も無い。

>どうしてですか?
「処罰する必要」の延長線上に「処刑する必要」が存在すると思うのですが、


だからここが平行線。

私は【処罰に処刑】は含むべきではないと言っている。



>「人間が人間の手で人を殺すことを否定」するのならば、そもそもの殺人犯が犯した「殺人」と、自己矛盾しませんか?

国が処刑です。



>たとえば「正当防衛」の時など悩みませんか?


正当防衛では罰せられないのでは??


>>社会だけといつ言いました?

>その凶悪殺人犯の責任はどこからにしましょ


その犯罪それぞれでしょ。

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(2)

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/03/29 02:49 投稿番号: [16161 / 17759]
>極悪非道ではない殺人者もいるという事ですか?

個人的には何度か書いていますが、たとえば正当防衛によるものとか、貧困と老化のために病気の配偶者の将来を悲観して・・などというのは、本当に行政の無策の故の悲劇だと思います。ただ、だからといって、その個人個人に返って考えれば、「人を殺してしまった」という事実に対して、一生において何らかの反省なり嫌悪なりの心を持ち続けることは大事だと思います。


>中帰連の方々が、ウソを言う必要はないでしょう。

うーーん、私はちゃんとした話として聞いているわけではないので、確かではない話として書きます。
私の叔父はソ連に抑留された一人でした。あのときの多くの抑留者の悲惨さは私も何度かテレビで見たことがあります。しかし、叔父の場合は、比較的辛くなかったようです。というのは、年も若くて、自我が比較的固まっていなさそうな、洗脳しやすい捕虜に対しては、共産主義への「洗脳」という行為が施され、こういう人たちに対しては、ソ連軍も比較的優遇したという話をどこかで聞いたことがあります。そういう人たちが共産主義に対して持つイメージはよいものであり、日本に帰ってからそういう共産主義の布教に専念するために過酷な労働は免除されたという話をどこかで聞いたことがあります。叔父の場合は日本に帰ってきた当初は国鉄に入り、ばりばりの共産主義者らしかったのですが、実家に返ってからのあまりにもひどい現状に、共産主義どころではなく、家族を養うことに一生懸命にならざるを得ない生活が続く中でその思想も薄らいできたようだという風に私の母に聞いたことがあります。
こういうことから考えると、同じ共産党の国である中国政府も同じようだったとしたら、ご本人の意志とは無関係にそういう精神状態の中にある人の言葉として聞くこともできるとも思いますから、その「信憑性」についてのバイアスの掛かり具合を考慮すべきだと考えました。
また「おらあは」という書き方は、他の部分のしっかりした文章と似つかわしくないほど幼稚だと私は感じて、本当に無学の人はよけいに自分の教養のなさを補うように「私は」とか「自分は」とかいうような一般的な書き方になる方が、無理がないように感じました。


>その後、死刑廃止派は存置派を上回っているそうです。

ですから、人を「殺す」より「殺さない」という方が自分がいい人だと思えるから、そういう選択をするのはある意味当然の行為だと思います。


>無法ヤクザ国家米に狙われていましたから、仕方ないでしょう。

仕方ない・・・。
フランスが武器をつくるのはイラクを救うためではないですよねえ。武器を作って売るという行為によってフランスが潤うためですよねえ?
それとも、アメリカの兵器に対抗できるほどの武器をつくることが当然の仕方ない行為であると思っているんでしょうか?


>>同時にアメリカと一線を画し、反戦を訴えることで国際地位の向上を目指したともとる事ができる
>↑日本も見習えば?

ですからここに「偽善」があると書いていたのではないでしょうか?こんな偽善を見習っていいのですか?


>現在この【社会問題】は解決してますか?
>その取り組みは?

解決はしませんって。
取り組みに関しては社会福祉事務所とか児童相談所での監視自体は幾分厳しくなっているということはあると思いますが、もちろん完全ではありません。
ただ、おそらく(想像ですが)第一線の人たち(役人ではないと思う)は一生懸命やっている人がほとんどだと思いますが、対処の遅れが時折ニュースになりますね。


>【死刑になりたい】と見ず知らずの人間を殺傷する若者が続きますが?

場合によっては死刑にしましょう。
殺人をする若者の言い分がそうだからといって、本当の問題は私は個人的にはそこではないと思っています。
「どうして死刑になりたいか?」「どうして死にたいのか?」という問題と「死刑問題」は別だと思います。「死刑」という制度はそういう人にとっては数ある「道具」の中の一つにすぎないと思っています。
年間3万人が自殺する(一説には10万人だともいわれていますね。多くの医師は死因について「自殺」という風には書いていないらしい。)のは死刑制度が存在するからではないですね。
・・・・問題をすり替えてはいけません。


>>>【自衛】という枕詞をつけないと攻撃できない事は、世界の常識になっている証拠ですね。

もう一つ付け加えれば、「自衛」という言葉がついてさえいれば、攻撃的な先取防衛(相手が攻撃してくるといういい加減な?情報であっても)が簡単にできる社会に作り上げられてしまっているわけです。詭弁ですよ。

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(1)

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/03/29 01:45 投稿番号: [16160 / 17759]
>その一つでも無かったなら、一人では実行しなかったかも。

ドラさんの考え方からすれば、あまたある凶悪殺人事件では、そのそれぞれに対して事件に至る環境に対する必要条件は「常に」満たされているというでしょう。
・・・この意味はわかりますか?


>裁判では情状酌量があります。

失礼しました、これは私個人の死生観に基づいた一方的な書き込みでした。


>そういった不遇の子供を支援できなかった周囲の大人・社会の仕組みに何の罪も無いというなら、

社会の仕組みには充分に問題があることは再三書いてきました。「罪を憎んで人を憎まず」という言葉がありますが、しかし、残虐な犯罪に限らず、人が罪を犯すときには、何らかの社会的問題を内包しているという意味では、すべての犯罪に共通しているはずです。つまり、ドラさんは、すべての犯罪に対して「無罪」を主張するのが妥当ではないだろうか?と思う私の感じ方は間違えているでしょうか?
その上で、先日書いた以下の文章に対してもう一度ドラさんのお考えを伺いたいと思います。この以下の書き込みはドラさんの考え方として間違っていますか?
**************。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1143582&tid=a1hjbfoba5dca51a1ia4na4aait20&sid=1143582&mid=16155

>死刑廃止論の人は、殺人犯に対して「あなたが人を殺したことなどたいしたことではない。人を殺したあなたが悪いわけではなく、あなたを殺人者にしてしまった社会が悪いだけなのだ。あなたは社会の犠牲者なのだから、社会はあなたを許す義務があるんです。申し訳のないことをしてしまいました。」・・・と殺人犯に謝罪をするが、実際にその殺人犯に殺された人に対しては、これも社会が悪いから起こってしまった悲劇ですから、実際に殺してしまった犯人に罪はありません。ここは一つ「我慢」して許してやるのが成熟した大人としての理性的な行動です。そのくらいのことはできますよね?
若気の至り、「過ち」は許してあげましょう。
* ***************


>現在闇サイト創設で、何か処罰されるのですか?
>無法状態ではないでしょうか。

既存の「闇サイト」は解散したようですね。
この「無法状態」である闇サイトに「厳罰化」を主張したドラさんに私が聞いているんですが・・・?人間社会の中で法の及ばない世界というものは無数に存在しています。個人のプライバシーもその一つだと思います。そのアンタッチャブルな世界に無理矢理社会的責任を持たせて内情を暴こうとする行為は、私にはこれこそ反社会的な行為に見えてしまいます。人を平等に育てられなければ、それは社会に問題があるからだとでも言いたげなドラさんの主張は明らかに問題があると私は思います。


>DV被害は周囲の人間が発見出来たり、車上暮らしする位の窮乏は誰でも相談しやすい窓口を周知させるべきだし。

行政の怠慢という話であればその多くは同意します。
しかし周囲の人間が発見できない状況の根の深い家庭事情については、この中に凶悪犯罪の根があった場合、これを根治することは不可能じゃなかろうか?と思います。よって行政の所為にすることも難しいだろうと思います。


>有名なカレー事件でさえ、冤罪説もあるのです。

ですから、カレー事件は冤罪の可能性があるので私は死刑を支持しません。ほとんど現行犯逮捕で、自分も犯行を認め、周囲の状況もその人間が犯人だということを確実に示している場合に限った場合のことを想定して話しています。つまり、「冤罪があるから死刑は廃止」という理由はここでは採用しません。


>大人の責任が大と分かったなら、処刑する必要も無い。

どうしてですか?
「処罰する必要」の延長線上に「処刑する必要」が存在すると思うのですが、「人間が人間の手で人を殺すことを否定」するのならば、そもそもの殺人犯が犯した「殺人」と、自己矛盾しませんか?
たとえば「正当防衛」の時など悩みませんか?
「今私は殺されようとしているけれども、今この人間を殺せば生きられる。けれども私は人を殺すことは悪いことだと思っているから、甘んじて殺されることを選択しよう。」と思うということでしょうか?
・ ・この場合は結構直接的ですが、ドラさんの場合はこれが「間接的」なだけで、差し迫った危機として考えれば、どちらも同じだと私なんかは思いますけどねえ。


>社会だけといつ言いました?

では、その凶悪殺人犯の責任はどこからにしましょ

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(2)

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/03/28 01:46 投稿番号: [16159 / 17759]
何処までも平行線ですね。


>やはり極悪非道な殺人者にはそれなりの報いがあってもいいのか?・・と・・。


極悪非道ではない殺人者もいるという事ですか?

それとも【殺人者】は全て極悪非道と?



>>私は中帰連の方々の体験がいつも胸をよぎります。

>中帰連の方の文章がどのくらい信憑性があるかどうかはともかく、私のふるさとの近所のおじさんは、中国でひどいことをしたことを自慢げに話してくれました。



中帰連の方々が、ウソを言う必要はないでしょう。

彼らは【当時の】中国政府の【国際法による捕虜の扱い・・人道的ですね】

に沿って、強姦・殺人・放火・強盗し放題の極悪非道軍人達を

【更正】させたのです。


当時の中国も大変に貧しく【看守達は自らの食糧も充足できない、しかし

日本人だからとご飯まで用意し、医療を施し、便槽に落ちた皇軍兵を便まみ

れになりながらも救助してくれた】等、いわゆる太陽となって更正させた。

http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/backnumber/02/kunitomo_taiken.htm

皇軍兵は、厳しい体罰や神の国の兵という思い上がり等から人間性を失っていた。



>ミッテラン氏の人間性が、死刑廃止という多くの国民の意に反していたけれども、それを補うにあまりあるほどに高く評価されたもので、死刑廃止はそれに付加して公約とされたということであって、争点とされていなかったことは間違いないですよねえ?


その後、死刑廃止派は存置派を上回っているそうです。


>小泉を選んだことが、イラクに派兵することを許可した記憶もありませんし、海賊退治を海外で武力行使できることも許可した覚えもありません。


ミッテランは【死刑廃止】を公約に掲げました。


>この公約でさえ、見直しが何の選挙もなしに、同じメンツでなし崩しになりつつあるとは・・(__;)


バカボン首相が続きました。

ただ首相の座に座る・・これがバカボン一族の悲願。

国民などカヤの外です。



>フランスとロシアが石油や開発プロジェクトを巡ってイラクと良好な関係にあり、イラクに武器輸出をしていて、武力行使に対して両国が慎重な姿勢を崩さなかった背景にはその利益を守ろうとする動機があったともいわれている。イラク軍の保有する近代兵器の大半はロシア、フランス製である


無法ヤクザ国家米に狙われていましたから、仕方ないでしょう。




>同時にアメリカと一線を画し、反戦を訴えることで国際地位の向上を目指したともとる事ができる


↑日本も見習えば?



>ペルシャ湾への空母「シャルル・ドゴール」派遣を準備していたにも関わらず中止したフランスはイラクに多額の借款を持っており、戦争による体制の崩壊で当該借款が回収不能になることが危惧された。


日本は7000億円だったか帳消しにしたそうで・・これもアメ様のご指令だとか。


>死刑」と「問題解決」とは全く別の要因ですよ。
犯罪者に対しての極刑として「死刑」を存続しながら、「社会問題を解決する」ことは十分に可能です。


現在この【社会問題】は解決してますか?
その取り組みは?

【死刑になりたい】と見ず知らずの人間を殺傷する若者が続きますが?



>>【自衛】という枕詞をつけないと攻撃できない事は、世界の常識になっている証拠ですね。

>この「自衛」という言葉の裏で、「アフガニスタンの女性の人権」を守るために武力侵攻による殺戮が容認されたわけです


国民を騙した米英政府。

現在のイラク・アフガンの女性の人権など前より酷いかも。

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(1)

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/03/23 00:31 投稿番号: [16158 / 17759]
>>金があれば、犯行はなかったし、【闇サイト】がなければこの犯行もなかった。

>何度か書きますが、世の中には、闇サイトが存在する中にいて、金がなくて困っている人はごまんといますよ。その中で、殺人をする人間はごく少数です。



しかし今回は闇サイト・貧困(一人の男は車上暮らし・・車が犯行場所)

・人的資質等揃ってしまいました。

その一つでも無かったなら、一人では実行しなかったかも。



>貧困や環境は殺人を誘発する動機の一つにはなるかも知れませんが、しかしだからといって、その犯人個人を情状酌量する根拠には絶対になり得ませんよ。


裁判では情状酌量があります。

この三人の養育歴は出てきませんが、永山則夫の場合、家でも暴力を振るわれ、学校でもいじめられ、母親は家出、圧倒的な貧困の中で育ちましたし、

もし私が同じ立場だったら、同様の犯行を犯したかもしれない。

そういった不遇の子供を支援できなかった周囲の大人・社会の仕組みに何の罪も無いというなら、
永山はただ不運を嘆くだけですね・・処刑されましたからその通りになりました。


>どらさんは「厳罰化」には否定的ではなかったですか?

現在闇サイト創設で、何か処罰されるのですか?
無法状態ではないでしょうか。


>>彼ら3人、どうしようもない男達ですが、犯行を予防することは出来たはずだと思いました。

>どうやって?
たとえば行政側が家庭内事情を把握するためには、行政に対して、自己申告か、第三者からの告発くらいでしょうか?DVに至っては、家庭内の細々としたところまで把握する必要があるわけですが、

DV被害は周囲の人間が発見出来たり、車上暮らしする位の窮乏は誰でも相談しやすい窓口を周知させるべきだし。



>冤罪はこの際私は入れていません。宅間や秋葉原事件に対して全く無縁の冤罪を持ってきて主張することは卑怯です。

そんな事ありません、重大な問題です。
有名なカレー事件でさえ、冤罪説もあるのです。

誰も見ていませんから、砒素混入の瞬間。




>そんなに事件の真相がわかっているのならば、長期留置して問題の原因を追及する必要はないではないですか?


大人の責任が大と分かったなら、処刑する必要も無い。



>>過ちを許さないのですね。

>取り返しのつかない罪は罪として認め、刑に服した上で、それとは別に、社会的(制度的)な不備があればそれを是正して、よりよい社会をつくればいいんですよね。


処刑してからですね?



>死刑廃止論の人は、殺人犯に対して「あなたが人を殺したことなどたいしたことではない。


殺人は最悪ですが、その責任の一端は社会構造・周囲にもあるのではないかと言っている。

だから処刑には反対。


>※そもそも社会(だけ)が悪いのだったら、殺人は抜きにしても、通常の「犯罪」に対しても「社会が悪いのだから許すべきだ」と主張すればいいのにね。


社会だけといつ言いました?

↓HNまちがえました。

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/03/17 01:43 投稿番号: [16157 / 17759]
私(Assaraamaaleicomnjp)のものです。申し訳ありませんでした。

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(2)

投稿者: master_kage 投稿日時: 2009/03/17 01:39 投稿番号: [16156 / 17759]
>人権無視ですね。

アハハ、前にも書きましたが、いわゆる欧米スタンダードを捨てました・・(__;)
やはり極悪非道な殺人者にはそれなりの報いがあってもいいのか?・・と・・。

>私は中帰連の方々の体験がいつも胸をよぎります。

中帰連の方の文章がどのくらい信憑性があるかどうかはともかく、私のふるさとの近所のおじさんは、中国でひどいことをしたことを自慢げに話してくれました。それもともかく、この場合は殺人教唆した上司、または国家がその責を負うべきですから、最末端の一兵士に殺人者の汚名を着せるべきではないと、私も思います。ただ、上司の命令であれ、直接人を殺してしまったという事実に対して、逃げないで現実を凝視することから、反省なり謝罪なりの気持ちが芽生えればいいと思います。


>死刑廃止論者のミッテラン氏を、国民が選んだのです。

このことが「争点」だったとは聞いていませんがどうなんでしょうか?
************
http://www.news.janjan.jp/world/0709/0709152386/1.php
>「私に投票する人々は、たとえ死刑廃止に賛成でなくとも、私が当選した場合、死刑が廃止されるということを知るべきである」と述べたのです。
* ***********
つまりミッテラン氏の人間性が、死刑廃止という多くの国民の意に反していたけれども、それを補うにあまりあるほどに高く評価されたもので、死刑廃止はそれに付加して公約とされたということであって、争点とされていなかったことは間違いないですよねえ?

郵政民営化の小泉を選んだことがその後の小泉の政治全体を支持したなどというつもりはないですよねえ?しかしあの当時の小泉人気は異常なほど高く、国民はまさに「小泉の政策」ではなく「小泉個人」に投票したという意味では、ミッテランと同じです。
しかし、
小泉を選んだことが、イラクに派兵することを許可した記憶もありませんし、海賊退治を海外で武力行使できることも許可した覚えもありません。
ドラさんの言い方では、これらすべては「国民の同意の下に許されなければならない」ことになりませんかねえ?
まあしかし「公約」という意味ではミッテランとは大きく違いますが・・。
この公約でさえ、見直しが何の選挙もなしに、同じメンツでなし崩しになりつつあるとは・・(__;)


>どの戦争ですか?

まあ、このことは、死刑廃止国全体について書いたのですが、たとえばイギリスとかのことです。
しかしフランスに関するイラク戦争だって同じです。アメリカ側につかなかっただけで、フランスの武器輸出は今でも国全体の輸出量の多くの割合を占めていたと記憶しています。その武器を輸出することで、イラク側を支えているのはフランスだという見方もあります。結局は利益「金」のために戦争だって人殺しだってばんばんやっていることには違いがありません。
*****************
ウィキペディア「イラク戦争」より

フランスとロシアが石油や開発プロジェクトを巡ってイラクと良好な関係にあり、イラクに武器輸出をしていて、武力行使に対して両国が慎重な姿勢を崩さなかった背景にはその利益を守ろうとする動機があったともいわれている。イラク軍の保有する近代兵器の大半はロシア、フランス製である[18]。同時にアメリカと一線を画し、反戦を訴えることで国際地位の向上を目指したともとる事ができる[要出典]。また、ペルシャ湾への空母「シャルル・ドゴール」派遣を準備していたにも関わらず中止したフランスはイラクに多額の借款を持っており、戦争による体制の崩壊で当該借款が回収不能になることが危惧された。
* ********************


>【国が殺人によって何かを解決する、したつもりになる】事は危険だし、野蛮だと思っている。

前の投稿でも書きましたが、「死刑」と「問題解決」とは全く別の要因ですよ。
犯罪者に対しての極刑として「死刑」を存続しながら、「社会問題を解決する」ことは十分に可能です。この二つをセットにして危険だの野蛮だのと結論してしまうのは、何らかの意図的な誘導をしているとしか考えられません。


>つまり【自衛】という枕詞をつけないと攻撃できない事は、世界の常識になっている証拠ですね。

この「自衛」という言葉の裏で、「アフガニスタンの女性の人権」を守るために武力侵攻による殺戮が容認されたわけです。「人の人権を守るための殺人」は、欧米のスタンダードでは許される行為のようですね。


>イラク攻撃は国連総長が【違法】だと断言しています。

では国連が阻止するべきでしたね。

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(1)

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/03/16 12:39 投稿番号: [16155 / 17759]
>金があれば、犯行はなかったし、【闇サイト】がなければこの犯行もなかった。

何度か書きますが、世の中には、闇サイトが存在する中にいて、金がなくて困っている人はごまんといますよ。その中で、殺人をする人間はごく少数です。貧困や環境は殺人を誘発する動機の一つにはなるかも知れませんが、しかしだからといって、その犯人個人を情状酌量する根拠には絶対になり得ませんよ。


>【闇サイト】への厳罰化はどうなってるのか、

どらさんは「厳罰化」には否定的ではなかったですか?この人間がつくった「闇サイト」の実体にどうやって、どのような罰を下すのですか?
それとも「闇サイト」という虚像に罰を下すということですか?


>彼ら3人、どうしようもない男達ですが、犯行を予防することは出来たはずだと思いました。

どうやって?
たとえば行政側が家庭内事情を把握するためには、行政に対して、自己申告か、第三者からの告発くらいでしょうか?DVに至っては、家庭内の細々としたところまで把握する必要があるわけですが、たとえば夜の営みに至るまで当局が把握する必要も出てくる可能性があるわけですが、この場合、その異常かそうではないかの線引きを誰がどの基準でどのように行うのか?そもそも個人のプライバシーはどこまで守られなければならないのか?
通常世間に知られない秘め事であればあるほど、事情は深刻に奥に奥にと隠蔽され、そういうものが重大犯罪へとつながりうると理解しています。このおそらくは意図的に秘められたことをどうやって社会の表面に浮上させ、「予防」できるのか?
私は、ドラさんのおっしゃるような、犯罪のために、私自身のプライバシーを守れない社会が「是」であるのならば、そんな社会はいやですね。


>寛大ではない・・死刑も冤罪もある。

こういう言い方は変でしょう?死刑存続を主張している私が、死刑を反対しているドラさんに対してその主張が通ったときのことを見越して(仮定の)発言していることに対して、あなたは、現在のこととして発言しているのならば、話は永遠に食い違いますよ。
「死刑がなかったならば?」・・という仮定に対して、「死刑はあります」では変ですよねえ?

また、冤罪はこの際私は入れていません。宅間や秋葉原事件に対して全く無縁の冤罪を持ってきて主張することは卑怯です。


>これはいわゆる【裕福】ですが、DVの父や、過剰な期待が子供を歪めてしまった・・大人の責任だと思います。

何度も書きますが、そんなに事件の真相がわかっているのならば、長期留置して問題の原因を追及する必要はないではないですか?拘束理由が原因追及であるというのであれば、もうそれは解決しているのだから、即時釈放すればいい。


>過ちを許さないのですね。

取り返しのつかない罪は罪として認め、刑に服した上で、それとは別に、社会的(制度的)な不備があればそれを是正して、よりよい社会をつくればいいんですよね。
※死刑を執行することと、臭いものに蓋をすること、よりよい社会をつくるために奮闘することとは全くの別物であり、これを同一視するところにある種の悪意とか、詭弁性を感じてしまいます。

死刑廃止論の人は、殺人犯に対して「あなたが人を殺したことなどたいしたことではない。人を殺したあなたが悪いわけではなく、あなたを殺人者にしてしまった社会が悪いだけなのだ。あなたは社会の犠牲者なのだから、社会はあなたを許す義務があるんです。申し訳のないことをしてしまいました。」・・・と殺人犯に謝罪をするが、実際にその殺人犯に殺された人に対しては、これも社会が悪いから起こってしまった悲劇ですから、実際に殺してしまった犯人に罪はありません。ここは一つ「我慢」して許してやるのが成熟した大人としての理性的な行動です。そのくらいのことはできますよね?
若気の至り、「過ち」は許してあげましょう。

こんなことで社会がよくなるわけがありません。将来的に死刑廃止になったとしても、それは「殺人者に寛容な【悪い社会】に他ならない」と思います。

実は私こそが「性善説」に乗っ取った甘い人間だとも思っていたのですが、しかし、最近は少し変わったという認識を持ちました。

死刑囚は悪人正機を主張する浄土真宗に入って、現世ではなくて来世で阿弥陀さんから救ってもらえばいいのではないか?とも思います。(__;)

※そもそも社会(だけ)が悪いのだったら、殺人は抜きにしても、通常の「犯罪」に対しても「社会が悪いのだから許すべきだ」と主張すればいいのにね。

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(2)

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/03/16 00:38 投稿番号: [16154 / 17759]
こんばんわ


>この場合、死刑確定者に限りますから、冤罪の場合と違い、生きられればいいという程度の環境での拘束でいいと思います。無人島への島流し(死なない程度の衣食住、食料は定期的に配給)とか・・。後は強制尊厳死・・。


人権無視ですね。

私は中帰連の方々の体験がいつも胸をよぎります。↓



★おらあは、ほんとうに済まんことをした。おらあは、口でものを言っておったが、人間でなく盲になっとった。悪いという字も良いという字もわからんかった。おらあみたいなもんがよけいおって、盲にされて、戦争に行ってしもうて、みんな悪いことをした。とんでもない「神の国」がほんとうに憎うなった。   おらあは中国に来て不満もあったが、当局の人たちはほんとうに親切にしてくれ、何から何まで教えてくれました。過去学校に行ってないので、おらあは勉強したかった。そんで当局に要求をした。

  そうしたら、当局ではおらあに多くの本を買ってくれた。帳面も鉛筆もインキも。ペンも万年筆まで買ってくれた。そしてイロハから習い始めた。班長さんは喜んで、毎日来て面倒を見てくれ、自分のことのように心配してくれた。こうして仲間から本に振ガナをつけてもらい、字を勉強して来ました。

  もう一つの方法は、部屋の人たちに本を読んでもろうて、おらあは勉強をしたのです。だから、おらあは二つの方法をもって勉強をしたのでありました。

  おらあが勉強をするのに、管理所当局と部屋の人たちが、数知れない世話をしてくれました。それとほんとうに親兄弟のように優しゅうしてくれ、おらあに当局は五年間労働もさせず、またおらあに何の心配なく生活をあたえてくれ、自由に欲しい本を買ってくれました。だからおらあは、心配もせず字をならうことができたのであります。そうして、はじめて「借金」という字もわかり、証文という字もわかり、 それがまたどんなもんであったかがわかるようになった。おらあは生まれてはじめて、おらあの字で書いた手紙を日本の妻んとこへ出すことができました。日本の軍隊にいたときも、書きてえと思ったが、それができんかった。 ・・

http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/syougen/m_ji.htm


>フランスなんかは、国民の意志とは無関係に決められていますよね?


死刑廃止論者のミッテラン氏を、国民が選んだのです。


>自分たちの国は死刑廃止国で、容認国のような野蛮な国ではありませんといっている陰で、戦争ばんばんやって外国人をばんばん殺しているというのが実情じゃないですか?


どの戦争ですか?


>人を殺すのは野蛮な行為でそれを推進する人は野蛮、私は反対の立場だから理性的な人間として正しい立場・・・などということではドラさんこそ「自分の正義をただ押しつけているだけの差別主義者だ」ということにもなりかねませんよね?



別に私が理性的とは言っていませんが、【国が殺人によって何かを解決する、したつもりになる】事は危険だし、野蛮だと思っている。
何かこれからの希望に繋がるとは思えない。




>イランやアフガニスタンでは、攻撃型の防衛という立場がとられて、先制攻撃が世界的に容認されました。北朝鮮に関しても、ミサイル発射の準備があるというだけで防衛側の先制攻撃が認められる風潮にあります。要するに、強国の論理そのまま、やりたい放題ですよ。


つまり【自衛】という枕詞をつけないと攻撃できない事は、世界の常識になっている証拠ですね。

イラク攻撃は国連総長が【違法】だと断言しています。

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(1)

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/03/08 23:43 投稿番号: [16153 / 17759]
今日【闇サイト殺人】について、テレビで見ました。

彼ら3人何故、こんな残虐な事したのか・・死刑求刑されてました。

一人は新聞拡販していたそうですが、【金がない】と犯行に及ぶ。

金があれば、犯行はなかったし、【闇サイト】がなければこの犯行もなかった。

【闇サイト】への厳罰化はどうなってるのか、

娘を殺された母親は【死刑を求める、そして、闇サイトも無くすように】との願いを持っておられる。


彼ら3人、どうしようもない男達ですが、犯行を予防することは出来たはずだと思いました。



>>死刑の賛否、そのほかについても平行線ですね。
>>やはり私は「生育環境の不平等」を無視することができません。

>おそらくは、犯罪につながる生育環境の影響は相当あると思います。・・そのDVも、家庭内で連鎖的に引き継がれる確率も高いということですから、まあある種の犯罪と貧困はおそらくは非常に高い確率で無関係ではないということもいえるかも知れませんね。
もちろん「貧困」だけがその要因ではないですが、ドラさんのおっしゃる「生育環境の不平等」の中に貧困もその一要因をしめるという意味でも、これも無視することはできないとも思います。


そうですか・・光市事件の少年は、貧困ではないのですが、被害者と同じ

大手企業の社宅に住み、父親から母子ともに暴力に晒されていて、

母は何度も自殺未遂、挙句に自殺です。

このとき、少年と弟は【父が殺したのではないか】と思ったそうです。

それほど父との信頼関係はなかったし、入学式の日にも暴力に晒されていた

そうです。



>人間社会において、「平等」を主張できるのは、その「制度としての平等」とか、「機会の均等としての平等」だけなのではないでしょうか?



機会均等も初期から奪われていますね。
暴力に晒されていて、まともに生育できるはずがない。

せめて、この光市の母子に支援の手が伸びていたら?と強く思います。

今はDVから逃れるシェルターなども充実していません。



>「生育環境が不平等」だからといって、この「取り返しのつかない」ことをしでかしてしまった人に対してあまりに寛大すぎるのは、戦後の日本を悪くした風潮の大きな要因ではないか?と思いますけどね。


寛大ではない・・死刑も冤罪もある。

という事は【許さない・・殺す】という事ですね。
私は【死刑を止めろ、精神的な問題なら治療を受けさせろ】と。




>私は、たとえば、比較的裕福な家庭に育った人間が、今の教育システムから滑り落ちてしまい、その社会を逆恨みしてしまうというようなことを原因とした犯罪に対しては、同情する部分もないわけではないですが、やはり(死刑等も含む)厳正な刑罰を下すべきだろうと思います。


医師の家庭内殺人が連続しました。
これはいわゆる【裕福】ですが、DVの父や、過剰な期待が子供を歪めてしまった・・大人の責任だと思います。



>本来ならば、「たとえ一人にせよ、殺した内容によっては死刑もあり得る」というのが本当で、何でもかんでもたった一人殺したくらいでは死刑にはならないとした慣習が私は異常だと思います。


過ちを許さないのですね。



>多少不満はありますが、一定の規範を持つように訓練された人がせっかくいるわけですから、もっとそれを研ぎ澄ませて、責任逃れをしないで、自分の職務として精査して決断してほしいと思います。この多様化した世の中で、一般人が普遍的な結論を出せるはずがありません。


その試行錯誤で【死刑求刑】される人間も出ます。

なんと人権軽視の国でしょうか。

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(2)

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/03/02 01:49 投稿番号: [16152 / 17759]
>終生拘束の内容は?

この場合、死刑確定者に限りますから、冤罪の場合と違い、生きられればいいという程度の環境での拘束でいいと思います。無人島への島流し(死なない程度の衣食住、食料は定期的に配給)とか・・。後は強制尊厳死・・。


>いいえ、死刑廃止は各国で熟慮した結果だと思います。
>それぞれ、何らかの考察があっての事で、ただの流れに沿っただけではないでしょう。

フランスなんかは、国民の意志とは無関係に決められていますよね?
自分たちの国は死刑廃止国で、容認国のような野蛮な国ではありませんといっている陰で、戦争ばんばんやって外国人をばんばん殺しているというのが実情じゃないですか?
捕鯨反対といって日本の捕鯨船に暴力的な嫌がらせをしている反捕鯨団体と何ら変わりはありませんよ。


>私は、無念を晴らすといって
>「新たな殺人・・死刑」しても、故人は帰らないし、何が残るのかと
>いう立場です。
>これは平行線。

ですからそういうお立場の方がいるのは結構なことで、尊敬に値するほど貴重なご意見だと思いますが、だからといって、恨みを晴らしたいと願う人たちのじゃまをすることはないじゃないですか?・・というのが私の考え方。人を殺すのは野蛮な行為でそれを推進する人は野蛮、私は反対の立場だから理性的な人間として正しい立場・・・などということではドラさんこそ「自分の正義をただ押しつけているだけの差別主義者だ」ということにもなりかねませんよね?


>先制攻撃の禁止もありますが
>もちろん万全ではない。

そんなことはないでしょう?
イランやアフガニスタンでは、攻撃型の防衛という立場がとられて、先制攻撃が世界的に容認されました。北朝鮮に関しても、ミサイル発射の準備があるというだけで防衛側の先制攻撃が認められる風潮にあります。要するに、強国の論理そのまま、やりたい放題ですよ。


>お互いの人権を侵害しないように譲歩ですね。

殺人によって家族を失った人と全くの第三者による理想主義的な希望とでは、同等の関係にありませんよ。お互いって、先に人が殺されているという前提において、もうすでに片方の「人権」は完全に侵害されているわけですが・・・。

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(1)

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/03/02 01:45 投稿番号: [16151 / 17759]
私も相変わらず亀で、申し訳ありません。

>死刑の賛否、そのほかについても平行線ですね。
>やはり私は「生育環境の不平等」を無視することができません。

おそらくは、犯罪につながる生育環境の影響は相当あると思います。先日どこかのラジオで、確か派遣で活躍している湯浅さんだったと思いますが、DVと貧困の関係は完全にあるということがアメリカでは常識になっているというようなことを話していました。そのDVも、家庭内で連鎖的に引き継がれる確率も高いということですから、まあある種の犯罪と貧困はおそらくは非常に高い確率で無関係ではないということもいえるかも知れませんね。
もちろん「貧困」だけがその要因ではないですが、ドラさんのおっしゃる「生育環境の不平等」の中に貧困もその一要因をしめるという意味でも、これも無視することはできないとも思います。

しかし、よく考えてみると、私たちは生まれながらに平等ではないですよねえ?また、平等でなければならないとする規則などどこにもないし、あり得るはずもありません。
人間社会において、「平等」を主張できるのは、その「制度としての平等」とか、「機会の均等としての平等」だけなのではないでしょうか?

「みんな違ってみんないい」・・金子みすずだったか、あいだみつおだったか・・。

この不平等の中にこそ、それぞれの「個性」の存在を認めるし、個々の人間の尊厳の意味を感じてしまいます。


・ ・・でね?少なくとも私の中では不平等も完全否定はできない部分があることを認めた上で、その「不平等」から派生するトラブルもある程度許容しなければならない部分も含んでいると思っているわけですよ。でもね、だからといって何でもかんでも許せるか、許さなければならないか?と考えてみると、
「それをやっちゃあおしまいだよ」・・・っていう線引きもその中に存在すると思っているんです。

やはり、人間は本来は自律的に生きていることが前提で、自分のしでかしてしまった他者に対する損害に対する責任は自分でとることが理想なんですが、なかなか意志の弱い(私だけではないはずの)一般人はそういうわけにはいきません。
「取り返しのつかないこと」をしてしまった人は、何らかの他者(お天道様でもいいわけですが)の力を借りて「罰」を受けてもらうというのが、刑罰というもののそもそものなり染めじゃないのかなあと思うんです。

「生育環境が不平等」だからといって、この「取り返しのつかない」ことをしでかしてしまった人に対してあまりに寛大すぎるのは、戦後の日本を悪くした風潮の大きな要因ではないか?と思いますけどね。


>国はこういった(教育なども含む)不平等をなくす方向へ向かっていませんし、

機会均等からはほど遠い格差社会へとひたすら邁進していますね。
能力があるにもかかわらず貧乏のために充分な教育を受けられないなどというのは全くひどいと思いますが、私は、たとえば、比較的裕福な家庭に育った人間が、今の教育システムから滑り落ちてしまい、その社会を逆恨みしてしまうというようなことを原因とした犯罪に対しては、同情する部分もないわけではないですが、やはり(死刑等も含む)厳正な刑罰を下すべきだろうと思います。
・ ・・・っていうか、「べき」とか本当は使いたくない言葉なんですけどね。


>従来では「1人殺人では無期」が該当の犯罪でも
>このようなキャスターによって「1人でも殺したら死刑」
>という流れが作られようとしています。

本来ならば、「たとえ一人にせよ、殺した内容によっては死刑もあり得る」というのが本当で、何でもかんでもたった一人殺したくらいでは死刑にはならないとした慣習が私は異常だと思います。
・ ・ただ、古館は嫌いなので何の裁判なのか知りません。


>これからの裁判員制度では「死刑判決多発」が予測されます。

これもラジオのどなたかの発言でしたが、「案外お茶の間で『これは死刑だろう!』とか話している人も、実際自分が決める機会を得ると、そう簡単に死刑は言い出せない」という学説かなんかあるそうですが、それはともかく、一般人が死刑を含む量刑を判断しなければならないなんて言う社会がいやです。多少不満はありますが、一定の規範を持つように訓練された人がせっかくいるわけですから、もっとそれを研ぎ澄ませて、責任逃れをしないで、自分の職務として精査して決断してほしいと思います。この多様化した世の中で、一般人が普遍的な結論を出せるはずがありません。

江東区バラバラ殺人

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2009/03/02 00:43 投稿番号: [16150 / 17759]
★江東区バラバラ殺人での死刑回避を支持する〜そして、検察官には肉片を見せる前にするべきことがある

「死刑をもって臨むのは重きにすぎる」。東京・江東区のマンションで23歳の女性を乱暴目的で拉致して殺害、遺体をバラバラにして捨てたとされる事件の裁判。東京地裁は、殺人などの罪に問われている星島貴徳被告に対し、無期懲役の判決を言い渡しました(TBS)。死刑を回避したことは当然といえば当然だが、肉片などで残虐ぶりをショーアップしたなかで、裁判所はよく踏みとどまったといえる。(http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4065521.html

  事件自体が、非道で許されないことであることは間違いないが、そのことと死刑判決を下すべきであるかどうかは別だ。国家が死刑を実行することは、私には、国家が具体的な犯罪予防を放棄し、単に厳罰を下しているようにしか思われない。子どもがルール違反をした際に、殴ればよいと考えているのと同じような気がする。

  ここでは、死刑の是非には踏み込まない。問題だと考えるのは、この判決を受けて、裁判員制度の創設に関与した但木敬一前検事総長が発したコメントだ。

  TBSによると、但木前検事総長は「立証せざるを得ないので、裁判員には(証拠を)見てもらわなければ、避けて通るわけにはいかない。問題は、そういう資料を全部出すから“国民の常識的な感覚”で判断してくださいと」と述べたという。http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4065522.html

  ふ〜ん、無罪方向の証拠は隠しておいて、「そういう資料を全部出すから」ってどういうこと?!警察が集めた証拠を全部弁護側に開示してから、こういうセリフを吐くならまだしも、厳罰方向の証拠のみを「全部」出されたってねぇ…。

  ほんとに、不思議の国だよねぇ…。

http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/7ec38dd9113893e854b0ca89486677c1


この加害者は、精神的に普通ではないと思うが、
ではなぜ、このような犯罪を犯したのか・・

女性を性奴隷にと言っていたが、一般的には実行には移さないと思うが
どうして実行したのか・・完全犯罪の自信があったのか・・

生かしておいて、何故何故・・を追求していってほしい、加害者自身も。

死刑にしてしまっては、原因追究に力が入らないだろう。

Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(1)

投稿者: dorawasabi5000 投稿日時: 2009/02/22 00:50 投稿番号: [16147 / 17759]
こんばんわ。
甚だしいカメです。

死刑の賛否、そのほかについても平行線ですね。
やはり私は「生育環境の不平等」を無視することができません。

国はこういった(教育なども含む)不平等をなくす方向へ向かっていませんし、

テレビキャスターなども

従来の司法の判断基準を無視した、古館などの

「この犯罪が凶悪ではないって??

無期懲役??死刑ではない??

何いってるんでしょうかこの地裁判決は・・」

というような「死刑推進発言」に彩られています。


従来では「1人殺人では無期」が該当の犯罪でも

このようなキャスターによって「1人でも殺したら死刑」

という流れが作られようとしています。


これからの裁判員制度では「死刑判決多発」が予測されます。



>私が思うには、被害者家族がボタンを押すということができれば、ある程度この問題を解決できるとも思っています。看守も同席の中で、家族も含み全員がボタンを押せなければ、国家でこの死刑囚を終生拘束するということで納得させるということではどうでしょうか?


終生拘束の内容は?




>>世界的に【死刑廃止・停止】は主流ですし、死刑大国中国・米でも【死刑執行が減少してきた】のに、
>>ただ日本だけここ数年【年に数十人の処刑(以前は3〜4人)】。

>もう全く反捕鯨運動の人たちと同じ意見で驚きです。
こんなこと何の論拠にもなりませんよ。
「日本は何も考えないでアメリカのケツナメ路線に徹した方がいい」という意見と大差ないですよ。


いいえ、死刑廃止は各国で熟慮した結果だと思います。
それぞれ、何らかの考察があっての事で、ただの流れに沿っただけではないでしょう。
アメリカ従属の問題とは別。



>何度も書きますが、まず「無念」をはらすすべを国家によって奪われているという現実があります。遺族が合法的に無念を晴らすとしたらそれしか選択肢は残されていないわけですよねえ?ですから「無念を晴らしたい遺族」にとっては、そういうことですが、それが全員そうだとも思っていません。しかしどうしても無念だ・・という人にとっての救済は、「死刑」という形で制度として残しておくべきだという考え方です。


私は、無念を晴らすといって
「新たな殺人・・死刑」しても、故人は帰らないし、何が残るのかと
いう立場です。

これは平行線。



>これは体のいいガス抜き以外の何者でもないですよねえ?
戦争にルールって、人殺しに「お墨付き」をつけてどうしろっていうんですかねえ?


先制攻撃の禁止もありますが
もちろん万全ではない。



>同様にオオタグロさんが言うように、人間同士の対人関係においてはお互いの何らかの譲歩がなければ人権も成立し得ないのではないでしょうか?


お互いの人権を侵害しないように譲歩ですね。

Re: “平和ボケ”のお部屋

投稿者: dorawasabi5000 投稿日時: 2009/02/20 22:52 投稿番号: [16146 / 17759]
おっとっと・・・

明日にでも投稿します。

虚無主義者の本領発揮

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2009/02/15 03:43 投稿番号: [16145 / 17759]
  つまり、君は、私の主張に於ける矛盾・飛躍を指摘することができないわけね。



  昔から、一般に於ける根拠のない思い込みに対して、否定する投稿を行ってきましたから、
  私を支持する人は極少数です。

Re: ww

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/02/15 03:04 投稿番号: [16144 / 17759]
まあご自分の論立てに矛盾がないかもう一度確認することですね。


あなたが昔のオオタグロさんと同一人物であるかどうか、私には知るすべはありませんが、もし別人であるとしたら、先人のお名前を汚さないようにがんばってください。

ww

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2009/02/15 02:31 投稿番号: [16143 / 17759]
  君が虚無主義者であると認めた時点で、議論など成立しないのだよ♪

  そもそも、「理」とは、法則であり、多数決とは無関係であり、
  「多数決」とは、単なる多数側の意思に従うという約束事にすぎず、「理」ではない。

  そして、虚無主義者は、区別すら無意味とするから、そもそも、理解などできるはずかないのである。

  君の思い込みに「理」が無いのであって、
  君が、君の思い込みに理があることを示すことができず、
  私が、君の思い込みに理が無いことを示していることを君が理解できないことは、

  1+0=0だと主張する者が、
  1+0=1であること説明を受け、
  説明を受けてなお、1+0=1となる理由が示されないことを以て、
  1+0=1であることの説明が独りよがりであると主張するがごときである。

  また、
  1+0=1であることの説明に対し、
  (−1)+(1+0)は、0になるではないか、との主張にあたることを君は行っており、
  しかも、そのようなすり替えを君が行おうとしたことは既に指摘済みである。

  にもかかわらず、君は、再度、すり替えを行おうとしたから、頭が悪いと認定したのである。



  理の追求を懈怠するための屁理屈をこねる者が虚無主義者であると言って良く、
  虚無主義者に理はなく、
  虚無主義者ではない者と共有する理はないから、
  虚無主義者の主張を正当化する理はないし、
  虚無主義者ではない者で共有する理による説明は、虚無主義者が理解することはない。

  君は、虚無主義を追求したまえ。
  行き着く先は、全ての否定であり、
  己の存在をも否定して自殺することになるであろうが…。

 

Re: 頭悪いねぇ〜。

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/02/14 22:55 投稿番号: [16142 / 17759]
結局ここは、、オオタグロさんの思いこみの物語を聞く場所だったようですね。
はじめの方はそうでもなかったのに、どこからずれていったのか、・・・もう死刑とか人権とか、公共の福祉とかの現実社会とのつながりはもはや完全に失われてしまいましたね。

実は私も暇なわけでもなく、いつまでもオオタグロさんの独りよがりの妄想世界につきあうわけにもいかないので、これくらいで勘弁してください。

それでは、ありがとうございました。

頭悪いねぇ〜。

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2009/02/14 00:16 投稿番号: [16141 / 17759]
  AがBを害さないという原因(X)によって、BがAから害されないのであるから、
  上記原因(X)が結果となることが条件として定められているのであるから、
  原因(X)を結果(X)とし、
  結果(X)に至らない原因(Y)は排除されるのであるから、
  力関係は全く無関係である。

  「理」は多数決では決まらない。
  最低でも一人が理を構築し、最低でももう一人が検証し、矛盾や飛躍が無いことを確認すればよい。

  圧倒的多数は理解できないのであるから除外される。

  誰が決めるか、複数の理を矛盾や飛躍なく構築できる者と、矛盾や飛躍がないことを検証できる者である。

  私が、なぜ、多数決を否定するか。

  正しい答えは、複数の理を正しく組み合わせなければならず、複雑化するほど理解できる者は減少する。
  検証することを条件とするならば、最少で2人となる。

  つまり、他数十億人は、正しい答えを導き出すことも検証することもできない。
  理解することなく代表を選出するのが選挙であり、
  所詮、選挙とは、正しい答えを導き出すことができない者が、
  正しい答えを導き出せるか否か検証することなく、
  正しい答えを導き出せるか否かわからない者を代表とする制度にすぎない。

  正しい答えを決定する権利は、正しい答えを導き出せる能力にもとづくのである。

  また、能力が無い者が理解できるものでもない。

>国民の唯一の権利の行使である選挙での選出も、必ずしもあてにならないわけですよねえ?

  当然です。
  無能な国民が、有能・無能を判断できるはずがない。
  無能な国民が、無能な代表を選んで、無能な代表の失政で無能な国民が苦しむわけですな。



>「公共の福祉」が語られましたし、

  公共の福祉と公共の利便性を区別できる者が少ないですから、間違って用いられただけでしょ。

>日本の「人権」の規定によると、「公共の利便性の向上」ということを名目としては、
>いかなる場合も人権を侵す理由にはなり得ないはずです。

  なり得ます。

  自ら望んだ場合は、侵害にはあたりません。

  全ての財物が私有財産であると仮定した場合、公共の財産は存在し得ません。
  公共の施設は公共の財産であり、私有財産が提供されなければ建設することはできません。

  公共の施設が必要であるならば、私有財産の提供が行われなければならない。
  私有財産を提供しないのであれば、公共の施設は存在し得ない。

  税金も同じ。

>「お国の利益のために少数が犠牲になることも時には仕方のないことだ」

  犠牲?
  賠償金を受け取ることによって、損害はてん補されていますから、損害は存在しません。

  問題のとらえ方が間違っている。

  無駄な公共事業で被害を被っているのは納税者である。
  本来、納税者の福利のために使用されるべき税金が、
  公共事業にかかわる一部の者の利益に使われている。

  その税金から金銭を受けているのは、受注者だけではない。
  被害者面して、損害賠償額をつり上げようとする者も含まれる。

  少数の者のために、多数の納税者を害するのは間違いである。

Re: 理とは、

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/02/13 21:46 投稿番号: [16140 / 17759]
>AがBを害することは、BはAから害されたことを意味する。

これは当然ですよねえ。

>BがAから害されないためには、AがBを害さなければよい。

どちらかの力が圧倒的に強かったり、同じような倫理観を共有していなかったりしてもこれは成り立つというわけですか?たとえば日米関係とか日朝関係なども同様ですか?

>これが、理である。

たとえば、この民主主義国家の日本の中で、「二人以上の理のわかる人」が決めるとして、これは誰の意志で、誰によって任命されて、誰によって同意されるんでしょうか?オオタグロさんのお話では、これを理解できる人は少ないとのことですが(もちろん私もその一人な訳ですが)、もし主権者である在民の多くが理解できないことをいったい誰がどういう権利で決定できるのか、私にははなはだ理解に苦しむところです。
たとえば郵政民営化のような主張を選挙に声高に叫んだ非常に限られた議論を持ち出した人の中に必ずそういう人がいるとは限らないわけですから、国民の唯一の権利の行使である選挙での選出も、必ずしもあてにならないわけですよねえ?


>A、B共に、相手から害されないことを望むならば、
>A、B共に、相手を害さなければよい。
>これが、公共の福祉。

私の知っている限り、成田闘争のときには、国策としての空港整備のための土地買収に関して「公共の福祉」が語られましたし、少なくともそのことによって自分の意志に反して土地を奪われた被害者意識を持った人たちが国家と戦っていたはずです。日本の「人権」の規定によると、「公共の利便性の向上」ということを名目としては、いかなる場合も人権を侵す理由にはなり得ないはずです。
しかし、そういう意味で、あの時代の「国家」は、「公共の福祉」を名目として三里塚の住民の権利を侵害していたことは間違いありません。そしてそれは、昔の封建制度さながら、「お国の利益のために少数が犠牲になることも時には仕方のないことだ」的な考え方の中で、公然と不法が見逃されたことはおそらく私の勘違いではなく、れっきとした事実だと感じています。

「個人が最高の価値であるのならば、その個人の人権を制限できるものは別の個人の人権でなければなりません。つまり個人の人権を制限する根拠は、別の個人の人権保障にあるのです。」
http://www.jicl.jp/chuukou/backnumber/09.html

昔はある意味その理解が浸透していない場合もあり、ある程度仕方がなかったのでしょう。しかし、何度も書きますが、近年においてもなお、成田闘争は終結をみないし、新たに、諫早湾のような同じような問題が次々と繰り返されます。

しかも諫早問題では、ほとんど国の工事によって恩恵を被る「個人」は存在しないで、逆に被害を受ける海苔業者を生み出してしまいました。恩恵を受けたのは、工事に関係した業者や、意地が通ったというようなくだらない満足感を満たした役人のプライドに対してだけだったのではなかったでしょうか?

日本においてこのような「公共の福祉」を名目にした「人権無視」が行われていた(る)ということは認めますよねえ?


そして、オオタグロさんが書いていた、公共の利便性の向上のためには多数意見が少数意見に勝るというような考え方は間違いであると思いますがいかがでしょうか?

理とは、

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2009/02/12 22:31 投稿番号: [16139 / 17759]
  AがBを害することは、BはAから害されたことを意味する。
  BがAから害されないためには、AがBを害さなければよい。

  これが、理である。


  A、B共に、相手から害されないことを望むならば、
  A、B共に、相手を害さなければよい。

  これが、公共の福祉。

  主体と客体を入れ替えて、矛盾衝突する部分を制限すること。

Re: 主体と客体の関係です。

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/02/12 19:22 投稿番号: [16138 / 17759]
>最も単純な公共の福祉は、主体と客体を入れ替えることで理解できます。

この場合の「理」とは「公共の福祉」に限ったものですか?
「目には目を」も主体と客体の関係にあると思っていましたが・・?



また依然として、オオタグロさんのおっしゃる「理」がわかりません。

主体と客体の関係です。

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2009/02/11 21:22 投稿番号: [16137 / 17759]
  最も単純な公共の福祉は、主体と客体を入れ替えることで理解できます。
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