Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(1)
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/03/02 01:45 投稿番号: [16151 / 17759]
私も相変わらず亀で、申し訳ありません。
>死刑の賛否、そのほかについても平行線ですね。
>やはり私は「生育環境の不平等」を無視することができません。
おそらくは、犯罪につながる生育環境の影響は相当あると思います。先日どこかのラジオで、確か派遣で活躍している湯浅さんだったと思いますが、DVと貧困の関係は完全にあるということがアメリカでは常識になっているというようなことを話していました。そのDVも、家庭内で連鎖的に引き継がれる確率も高いということですから、まあある種の犯罪と貧困はおそらくは非常に高い確率で無関係ではないということもいえるかも知れませんね。
もちろん「貧困」だけがその要因ではないですが、ドラさんのおっしゃる「生育環境の不平等」の中に貧困もその一要因をしめるという意味でも、これも無視することはできないとも思います。
しかし、よく考えてみると、私たちは生まれながらに平等ではないですよねえ?また、平等でなければならないとする規則などどこにもないし、あり得るはずもありません。
人間社会において、「平等」を主張できるのは、その「制度としての平等」とか、「機会の均等としての平等」だけなのではないでしょうか?
「みんな違ってみんないい」・・金子みすずだったか、あいだみつおだったか・・。
この不平等の中にこそ、それぞれの「個性」の存在を認めるし、個々の人間の尊厳の意味を感じてしまいます。
・ ・・でね?少なくとも私の中では不平等も完全否定はできない部分があることを認めた上で、その「不平等」から派生するトラブルもある程度許容しなければならない部分も含んでいると思っているわけですよ。でもね、だからといって何でもかんでも許せるか、許さなければならないか?と考えてみると、
「それをやっちゃあおしまいだよ」・・・っていう線引きもその中に存在すると思っているんです。
やはり、人間は本来は自律的に生きていることが前提で、自分のしでかしてしまった他者に対する損害に対する責任は自分でとることが理想なんですが、なかなか意志の弱い(私だけではないはずの)一般人はそういうわけにはいきません。
「取り返しのつかないこと」をしてしまった人は、何らかの他者(お天道様でもいいわけですが)の力を借りて「罰」を受けてもらうというのが、刑罰というもののそもそものなり染めじゃないのかなあと思うんです。
「生育環境が不平等」だからといって、この「取り返しのつかない」ことをしでかしてしまった人に対してあまりに寛大すぎるのは、戦後の日本を悪くした風潮の大きな要因ではないか?と思いますけどね。
>国はこういった(教育なども含む)不平等をなくす方向へ向かっていませんし、
機会均等からはほど遠い格差社会へとひたすら邁進していますね。
能力があるにもかかわらず貧乏のために充分な教育を受けられないなどというのは全くひどいと思いますが、私は、たとえば、比較的裕福な家庭に育った人間が、今の教育システムから滑り落ちてしまい、その社会を逆恨みしてしまうというようなことを原因とした犯罪に対しては、同情する部分もないわけではないですが、やはり(死刑等も含む)厳正な刑罰を下すべきだろうと思います。
・ ・・・っていうか、「べき」とか本当は使いたくない言葉なんですけどね。
>従来では「1人殺人では無期」が該当の犯罪でも
>このようなキャスターによって「1人でも殺したら死刑」
>という流れが作られようとしています。
本来ならば、「たとえ一人にせよ、殺した内容によっては死刑もあり得る」というのが本当で、何でもかんでもたった一人殺したくらいでは死刑にはならないとした慣習が私は異常だと思います。
・ ・ただ、古館は嫌いなので何の裁判なのか知りません。
>これからの裁判員制度では「死刑判決多発」が予測されます。
これもラジオのどなたかの発言でしたが、「案外お茶の間で『これは死刑だろう!』とか話している人も、実際自分が決める機会を得ると、そう簡単に死刑は言い出せない」という学説かなんかあるそうですが、それはともかく、一般人が死刑を含む量刑を判断しなければならないなんて言う社会がいやです。多少不満はありますが、一定の規範を持つように訓練された人がせっかくいるわけですから、もっとそれを研ぎ澄ませて、責任逃れをしないで、自分の職務として精査して決断してほしいと思います。この多様化した世の中で、一般人が普遍的な結論を出せるはずがありません。
>死刑の賛否、そのほかについても平行線ですね。
>やはり私は「生育環境の不平等」を無視することができません。
おそらくは、犯罪につながる生育環境の影響は相当あると思います。先日どこかのラジオで、確か派遣で活躍している湯浅さんだったと思いますが、DVと貧困の関係は完全にあるということがアメリカでは常識になっているというようなことを話していました。そのDVも、家庭内で連鎖的に引き継がれる確率も高いということですから、まあある種の犯罪と貧困はおそらくは非常に高い確率で無関係ではないということもいえるかも知れませんね。
もちろん「貧困」だけがその要因ではないですが、ドラさんのおっしゃる「生育環境の不平等」の中に貧困もその一要因をしめるという意味でも、これも無視することはできないとも思います。
しかし、よく考えてみると、私たちは生まれながらに平等ではないですよねえ?また、平等でなければならないとする規則などどこにもないし、あり得るはずもありません。
人間社会において、「平等」を主張できるのは、その「制度としての平等」とか、「機会の均等としての平等」だけなのではないでしょうか?
「みんな違ってみんないい」・・金子みすずだったか、あいだみつおだったか・・。
この不平等の中にこそ、それぞれの「個性」の存在を認めるし、個々の人間の尊厳の意味を感じてしまいます。
・ ・・でね?少なくとも私の中では不平等も完全否定はできない部分があることを認めた上で、その「不平等」から派生するトラブルもある程度許容しなければならない部分も含んでいると思っているわけですよ。でもね、だからといって何でもかんでも許せるか、許さなければならないか?と考えてみると、
「それをやっちゃあおしまいだよ」・・・っていう線引きもその中に存在すると思っているんです。
やはり、人間は本来は自律的に生きていることが前提で、自分のしでかしてしまった他者に対する損害に対する責任は自分でとることが理想なんですが、なかなか意志の弱い(私だけではないはずの)一般人はそういうわけにはいきません。
「取り返しのつかないこと」をしてしまった人は、何らかの他者(お天道様でもいいわけですが)の力を借りて「罰」を受けてもらうというのが、刑罰というもののそもそものなり染めじゃないのかなあと思うんです。
「生育環境が不平等」だからといって、この「取り返しのつかない」ことをしでかしてしまった人に対してあまりに寛大すぎるのは、戦後の日本を悪くした風潮の大きな要因ではないか?と思いますけどね。
>国はこういった(教育なども含む)不平等をなくす方向へ向かっていませんし、
機会均等からはほど遠い格差社会へとひたすら邁進していますね。
能力があるにもかかわらず貧乏のために充分な教育を受けられないなどというのは全くひどいと思いますが、私は、たとえば、比較的裕福な家庭に育った人間が、今の教育システムから滑り落ちてしまい、その社会を逆恨みしてしまうというようなことを原因とした犯罪に対しては、同情する部分もないわけではないですが、やはり(死刑等も含む)厳正な刑罰を下すべきだろうと思います。
・ ・・・っていうか、「べき」とか本当は使いたくない言葉なんですけどね。
>従来では「1人殺人では無期」が該当の犯罪でも
>このようなキャスターによって「1人でも殺したら死刑」
>という流れが作られようとしています。
本来ならば、「たとえ一人にせよ、殺した内容によっては死刑もあり得る」というのが本当で、何でもかんでもたった一人殺したくらいでは死刑にはならないとした慣習が私は異常だと思います。
・ ・ただ、古館は嫌いなので何の裁判なのか知りません。
>これからの裁判員制度では「死刑判決多発」が予測されます。
これもラジオのどなたかの発言でしたが、「案外お茶の間で『これは死刑だろう!』とか話している人も、実際自分が決める機会を得ると、そう簡単に死刑は言い出せない」という学説かなんかあるそうですが、それはともかく、一般人が死刑を含む量刑を判断しなければならないなんて言う社会がいやです。多少不満はありますが、一定の規範を持つように訓練された人がせっかくいるわけですから、もっとそれを研ぎ澄ませて、責任逃れをしないで、自分の職務として精査して決断してほしいと思います。この多様化した世の中で、一般人が普遍的な結論を出せるはずがありません。
これは メッセージ 16147 (dorawasabi5000 さん)への返信です.
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