Re: 被害者遺族の感情と死刑廃止(1)
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/03/16 12:39 投稿番号: [16155 / 17759]
>金があれば、犯行はなかったし、【闇サイト】がなければこの犯行もなかった。
何度か書きますが、世の中には、闇サイトが存在する中にいて、金がなくて困っている人はごまんといますよ。その中で、殺人をする人間はごく少数です。貧困や環境は殺人を誘発する動機の一つにはなるかも知れませんが、しかしだからといって、その犯人個人を情状酌量する根拠には絶対になり得ませんよ。
>【闇サイト】への厳罰化はどうなってるのか、
どらさんは「厳罰化」には否定的ではなかったですか?この人間がつくった「闇サイト」の実体にどうやって、どのような罰を下すのですか?
それとも「闇サイト」という虚像に罰を下すということですか?
>彼ら3人、どうしようもない男達ですが、犯行を予防することは出来たはずだと思いました。
どうやって?
たとえば行政側が家庭内事情を把握するためには、行政に対して、自己申告か、第三者からの告発くらいでしょうか?DVに至っては、家庭内の細々としたところまで把握する必要があるわけですが、たとえば夜の営みに至るまで当局が把握する必要も出てくる可能性があるわけですが、この場合、その異常かそうではないかの線引きを誰がどの基準でどのように行うのか?そもそも個人のプライバシーはどこまで守られなければならないのか?
通常世間に知られない秘め事であればあるほど、事情は深刻に奥に奥にと隠蔽され、そういうものが重大犯罪へとつながりうると理解しています。このおそらくは意図的に秘められたことをどうやって社会の表面に浮上させ、「予防」できるのか?
私は、ドラさんのおっしゃるような、犯罪のために、私自身のプライバシーを守れない社会が「是」であるのならば、そんな社会はいやですね。
>寛大ではない・・死刑も冤罪もある。
こういう言い方は変でしょう?死刑存続を主張している私が、死刑を反対しているドラさんに対してその主張が通ったときのことを見越して(仮定の)発言していることに対して、あなたは、現在のこととして発言しているのならば、話は永遠に食い違いますよ。
「死刑がなかったならば?」・・という仮定に対して、「死刑はあります」では変ですよねえ?
また、冤罪はこの際私は入れていません。宅間や秋葉原事件に対して全く無縁の冤罪を持ってきて主張することは卑怯です。
>これはいわゆる【裕福】ですが、DVの父や、過剰な期待が子供を歪めてしまった・・大人の責任だと思います。
何度も書きますが、そんなに事件の真相がわかっているのならば、長期留置して問題の原因を追及する必要はないではないですか?拘束理由が原因追及であるというのであれば、もうそれは解決しているのだから、即時釈放すればいい。
>過ちを許さないのですね。
取り返しのつかない罪は罪として認め、刑に服した上で、それとは別に、社会的(制度的)な不備があればそれを是正して、よりよい社会をつくればいいんですよね。
※死刑を執行することと、臭いものに蓋をすること、よりよい社会をつくるために奮闘することとは全くの別物であり、これを同一視するところにある種の悪意とか、詭弁性を感じてしまいます。
死刑廃止論の人は、殺人犯に対して「あなたが人を殺したことなどたいしたことではない。人を殺したあなたが悪いわけではなく、あなたを殺人者にしてしまった社会が悪いだけなのだ。あなたは社会の犠牲者なのだから、社会はあなたを許す義務があるんです。申し訳のないことをしてしまいました。」・・・と殺人犯に謝罪をするが、実際にその殺人犯に殺された人に対しては、これも社会が悪いから起こってしまった悲劇ですから、実際に殺してしまった犯人に罪はありません。ここは一つ「我慢」して許してやるのが成熟した大人としての理性的な行動です。そのくらいのことはできますよね?
若気の至り、「過ち」は許してあげましょう。
こんなことで社会がよくなるわけがありません。将来的に死刑廃止になったとしても、それは「殺人者に寛容な【悪い社会】に他ならない」と思います。
実は私こそが「性善説」に乗っ取った甘い人間だとも思っていたのですが、しかし、最近は少し変わったという認識を持ちました。
死刑囚は悪人正機を主張する浄土真宗に入って、現世ではなくて来世で阿弥陀さんから救ってもらえばいいのではないか?とも思います。(__;)
※そもそも社会(だけ)が悪いのだったら、殺人は抜きにしても、通常の「犯罪」に対しても「社会が悪いのだから許すべきだ」と主張すればいいのにね。
何度か書きますが、世の中には、闇サイトが存在する中にいて、金がなくて困っている人はごまんといますよ。その中で、殺人をする人間はごく少数です。貧困や環境は殺人を誘発する動機の一つにはなるかも知れませんが、しかしだからといって、その犯人個人を情状酌量する根拠には絶対になり得ませんよ。
>【闇サイト】への厳罰化はどうなってるのか、
どらさんは「厳罰化」には否定的ではなかったですか?この人間がつくった「闇サイト」の実体にどうやって、どのような罰を下すのですか?
それとも「闇サイト」という虚像に罰を下すということですか?
>彼ら3人、どうしようもない男達ですが、犯行を予防することは出来たはずだと思いました。
どうやって?
たとえば行政側が家庭内事情を把握するためには、行政に対して、自己申告か、第三者からの告発くらいでしょうか?DVに至っては、家庭内の細々としたところまで把握する必要があるわけですが、たとえば夜の営みに至るまで当局が把握する必要も出てくる可能性があるわけですが、この場合、その異常かそうではないかの線引きを誰がどの基準でどのように行うのか?そもそも個人のプライバシーはどこまで守られなければならないのか?
通常世間に知られない秘め事であればあるほど、事情は深刻に奥に奥にと隠蔽され、そういうものが重大犯罪へとつながりうると理解しています。このおそらくは意図的に秘められたことをどうやって社会の表面に浮上させ、「予防」できるのか?
私は、ドラさんのおっしゃるような、犯罪のために、私自身のプライバシーを守れない社会が「是」であるのならば、そんな社会はいやですね。
>寛大ではない・・死刑も冤罪もある。
こういう言い方は変でしょう?死刑存続を主張している私が、死刑を反対しているドラさんに対してその主張が通ったときのことを見越して(仮定の)発言していることに対して、あなたは、現在のこととして発言しているのならば、話は永遠に食い違いますよ。
「死刑がなかったならば?」・・という仮定に対して、「死刑はあります」では変ですよねえ?
また、冤罪はこの際私は入れていません。宅間や秋葉原事件に対して全く無縁の冤罪を持ってきて主張することは卑怯です。
>これはいわゆる【裕福】ですが、DVの父や、過剰な期待が子供を歪めてしまった・・大人の責任だと思います。
何度も書きますが、そんなに事件の真相がわかっているのならば、長期留置して問題の原因を追及する必要はないではないですか?拘束理由が原因追及であるというのであれば、もうそれは解決しているのだから、即時釈放すればいい。
>過ちを許さないのですね。
取り返しのつかない罪は罪として認め、刑に服した上で、それとは別に、社会的(制度的)な不備があればそれを是正して、よりよい社会をつくればいいんですよね。
※死刑を執行することと、臭いものに蓋をすること、よりよい社会をつくるために奮闘することとは全くの別物であり、これを同一視するところにある種の悪意とか、詭弁性を感じてしまいます。
死刑廃止論の人は、殺人犯に対して「あなたが人を殺したことなどたいしたことではない。人を殺したあなたが悪いわけではなく、あなたを殺人者にしてしまった社会が悪いだけなのだ。あなたは社会の犠牲者なのだから、社会はあなたを許す義務があるんです。申し訳のないことをしてしまいました。」・・・と殺人犯に謝罪をするが、実際にその殺人犯に殺された人に対しては、これも社会が悪いから起こってしまった悲劇ですから、実際に殺してしまった犯人に罪はありません。ここは一つ「我慢」して許してやるのが成熟した大人としての理性的な行動です。そのくらいのことはできますよね?
若気の至り、「過ち」は許してあげましょう。
こんなことで社会がよくなるわけがありません。将来的に死刑廃止になったとしても、それは「殺人者に寛容な【悪い社会】に他ならない」と思います。
実は私こそが「性善説」に乗っ取った甘い人間だとも思っていたのですが、しかし、最近は少し変わったという認識を持ちました。
死刑囚は悪人正機を主張する浄土真宗に入って、現世ではなくて来世で阿弥陀さんから救ってもらえばいいのではないか?とも思います。(__;)
※そもそも社会(だけ)が悪いのだったら、殺人は抜きにしても、通常の「犯罪」に対しても「社会が悪いのだから許すべきだ」と主張すればいいのにね。
これは メッセージ 16153 (dorawasabi5001 さん)への返信です.
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