Re: 死刑廃止に対して寄せられた質問の回答
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2009/02/05 06:07 投稿番号: [16118 / 17759]
>死刑に相当する犯罪が後を絶たないということは、少なくともそれらの事件には、犯罪を抑止する力が働かなかったということを示しています。
伺いたいのですが、死刑廃止国では、日本における死刑に相当するような凶悪犯罪は皆無になったのでしょうか?
>【死刑に他の刑罰以上の特別な犯罪抑止力があるかということについては、多くの研究が行われてきましたが、その存在は、証明されていません】
この手の統計学的な疑似科学的な詭弁を利用することも多いですね。
私は自分の胸に手を当てて考えてみるに、「罰が当たる」というばあちゃんの言葉が未だに胸に多少は残っています。「凶悪な殺人を犯せば死刑になる」というのは、私個人に関してはおそらくは抑制につながっていると思います。
>3.被害者遺族のあだ討ちを、国家が代行している死刑制度がなければ、被害者遺族が自己の判断によってあだ討ちを行ってしまう危険が高いと思われる。
>現在、世界の過半数を超える国で、もはや死刑は行われていませんが、あだ討ちが横行しているとは聞きません。
>わが国でも、殺人事件の大半は死刑にはなりませんが、そのことで被害者の遺族のあだ討ちは起きていません。
上記は非常にたちの悪い詭弁ですよねえ?
実際的には、遺族の仇討ちを国家が剥奪して代行しているということ自体が現実の客観的な問題であって、「仇討ちの危険性」というのは全体的な問題からすれば本筋からはずれており、取るに足らないはずですが、ここを意図的?に重要視して、ここを否定することで、死刑問題全体を否定したように感じさせるというようなトリックが使われていますねえ?
>元最高裁判事の団藤重光氏が死刑廃止を求める理由に、誤判の可能性を挙げておられることは、大変重いものがあります。
>犯罪が完全に証明されることを前提に議論をすることは、机上でしか成立たないものと思います
これも上記と同じで、こんな冤罪のことなど死刑廃止の理由にしないでほしいと思います。私の友人で、「宅間や秋葉事件の犯人だって、冤罪の可能性は否定できない」と話していましたが、もしそうだったとしたら、これは日本の法治国家としての存在自体を否定しているとしか考えられません。
もちろん冤罪の可能性のある事例については、死刑判決は控えるべきだし、実際そうなっていると最近のニュースでは感じていますがどうなんでしょうか?昭和20年代の判決が一番ひどかったということはよく言われることですが、私も冤罪の可能性のある事例に関しては死刑判決は反対の立場ですしそういう人は多いと思います。
ですからそれを理由にした死刑廃止論の展開は死刑論者全体を指していないという意味で卑怯です。
>私達は殺人に反対です。
殺人に反対の人が殺人者を容認しているということですね?
伺いたいのですが、死刑廃止国では、日本における死刑に相当するような凶悪犯罪は皆無になったのでしょうか?
>【死刑に他の刑罰以上の特別な犯罪抑止力があるかということについては、多くの研究が行われてきましたが、その存在は、証明されていません】
この手の統計学的な疑似科学的な詭弁を利用することも多いですね。
私は自分の胸に手を当てて考えてみるに、「罰が当たる」というばあちゃんの言葉が未だに胸に多少は残っています。「凶悪な殺人を犯せば死刑になる」というのは、私個人に関してはおそらくは抑制につながっていると思います。
>3.被害者遺族のあだ討ちを、国家が代行している死刑制度がなければ、被害者遺族が自己の判断によってあだ討ちを行ってしまう危険が高いと思われる。
>現在、世界の過半数を超える国で、もはや死刑は行われていませんが、あだ討ちが横行しているとは聞きません。
>わが国でも、殺人事件の大半は死刑にはなりませんが、そのことで被害者の遺族のあだ討ちは起きていません。
上記は非常にたちの悪い詭弁ですよねえ?
実際的には、遺族の仇討ちを国家が剥奪して代行しているということ自体が現実の客観的な問題であって、「仇討ちの危険性」というのは全体的な問題からすれば本筋からはずれており、取るに足らないはずですが、ここを意図的?に重要視して、ここを否定することで、死刑問題全体を否定したように感じさせるというようなトリックが使われていますねえ?
>元最高裁判事の団藤重光氏が死刑廃止を求める理由に、誤判の可能性を挙げておられることは、大変重いものがあります。
>犯罪が完全に証明されることを前提に議論をすることは、机上でしか成立たないものと思います
これも上記と同じで、こんな冤罪のことなど死刑廃止の理由にしないでほしいと思います。私の友人で、「宅間や秋葉事件の犯人だって、冤罪の可能性は否定できない」と話していましたが、もしそうだったとしたら、これは日本の法治国家としての存在自体を否定しているとしか考えられません。
もちろん冤罪の可能性のある事例については、死刑判決は控えるべきだし、実際そうなっていると最近のニュースでは感じていますがどうなんでしょうか?昭和20年代の判決が一番ひどかったということはよく言われることですが、私も冤罪の可能性のある事例に関しては死刑判決は反対の立場ですしそういう人は多いと思います。
ですからそれを理由にした死刑廃止論の展開は死刑論者全体を指していないという意味で卑怯です。
>私達は殺人に反対です。
殺人に反対の人が殺人者を容認しているということですね?
これは メッセージ 16114 (dorawasabi5001 さん)への返信です.
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