竹島 韓国の主張覆す?古地図
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠-3
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/15 16:31 投稿番号: [2300 / 2382]
>何がそうだよだ?君はNo2283で「朴錫昌は于山島を竹嶼と思い込んでいたのでしょう。」というように于山島が竹嶼でないと主張しているじゃないか!
まぁまぁ落ち着いて、落ち着いて(笑)。
朴錫昌の考える于山島は竹嶼なんだって。つまり朴錫昌は于山島を竹嶼と思い込んでいたんだって話だ。
世宗実録地理誌に記載されている于山島と朴錫昌の考える于山島は違うんだって
は・な・し♪(笑)。
>旅行ガイド本の解説だけを見て地図を無視する例えは、理解できたか?
旅行するために編纂されたものじゃないから♪(笑)
地図は重要じゃないし♪(笑)
>それにしても、良く恥もなく地図が重要でないといえるね。文書だけなら自説に都合よく解釈できるからか?
王朝実録は旅行で利用するために編纂された自然地理誌じゃなくて、中央から地方へ赴任する官史のための歴史地理誌なんだよ。だから地図はさほど重要じゃないの。
実際に添付地図のない王朝実録だってあるんだからさ(笑)
>おやおや、その前の「では、于山島が独島と特定できる文書は「世宗実録」以外に、どこにあるのですか?」←この質問にから逃げるのか?自分の事は棚にあげてよく言えるね。私は否定だけでなく理由もつけているのに対し、君は上記の通り質問から逃げているのが現実じゃん!
この質問にから逃げてないよ(笑)№2215の投稿を見てみろよ↓
韓国の歴史書に于山島(独島)は古くから記載がみられます。主なものでは「三国史記」「高麗史」「太宗実録」などがあります。中でも重要なのが「世宗実録地理誌」です。
この後に編纂されたものでは「東国輿地勝覧」「新増東国輿地勝覧」などがあり、いずれも于山島が記述されています。
いずれも大谷家が漂流の末、偶然に鬱陵島へ漂着し、日本人が鬱陵島の存在を知ることとなった江戸元禄期よりもはるか以前の書物です。
>君は上記の通り質問から逃げているのが現実じゃん
めだかちゃん、また失敗しちゃったね(笑)。
ちゃんと「ごめんなさい」は言えるかな?(笑)
これは メッセージ 2296 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠-2
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/15 16:14 投稿番号: [2299 / 2382]
>>世宗実録地理誌は1454年に編纂され、新筯東國輿地勝覽は1531年に編纂されたものです。77年間の間に鬱陵島に関する情報が増えたので、鬱陵島に関して詳しく記述されています。
>そうですよね。だから規式に従い、半島側から見た鬱陵島の山々や木々が見える記述になっているのです。つまり「新筯東國輿地勝覽」の記述者は、「世宗実録」を半島側から見たものと判断したから、それを参考に半島から見た状況を具体的に記述したのです。
>↑上記の私の解釈には沈黙かね?(笑)
新筯東國輿地勝覽の編纂者が
「世宗実録地理誌」の記述の中の「江原道」の記述の中の「蔚珍県」の記述の中の「于山島・鬱陵島」の記述の中の一文である「二島相去不遠、風日清明、則可望見」という文中の「則可望見」という4文字に関して、どこから望み見えるのかという疑問をもったかどうかは新筯東國輿地勝覽の編纂者以外には分からないことです。
妄想はご自由にどうぞ(笑)
>>地理誌の目的が地図を重要視していないから。
>その地理誌とは「世宗実録」ではなく「新筯東國輿地勝覽」の事だろ?であれば、地図を添付した意味がないじゃん
重要視してなくても参考ってことで地図を添付してるんだよ。なにしろ自然地理誌じゃなく歴史地理誌なんだからね(大笑)
>君の主張は、旅行ガイド本の解説だけを取り上げ、添付された地図を無視するようなもので、そいう見方をすれば、ガイド本をまともに読めない馬鹿と笑われるだろう。
旅行ガイド本のような自然地理誌じゃないんだって(笑)。王朝実録は歴史地理誌だよ。
だから添付された地図がなくても地理誌として成り立つんだよ(笑)。
>確かに君がいう通り、リンク先の誤訳だね。
でたぁ〜
めだかさん!
得意の責任転嫁!!(大爆笑)
誤訳はあなた、めだかちゃんで〜す!(大笑×3)
鬱陵島は消えちゃったの?
って悩んでたみたいだけど
見つかったか?(笑)
>話しを元にもどして、つまり、「一云羽陵」は于山島を示し、その後の「二島在縣正東海中」という表現で、鬱陵島と于山島(竹嶼)という事が分かる。
一説于山鬱陵本一島
なんだとよ(笑)。鬱陵島に探索にいった時点で2キロほど東の竹嶼の存在は分かっているだって。風日清明じゃなくても大雨でも見えちゃう距離にあるんだからね(笑)。竹嶼の存在を知っているにも関わらず、于山島と鬱陵島が一島であるって説があるってことは、于山島は竹嶼じゃないってことになるんだよね。
もっとも君の爆笑解釈みたいに
一説于山鬱陵本一島
が
一島と見間違えるくらい近い
ってことだと話は違ってくるんだけどさ(大爆笑)。
>もし、君のいう通りなら、于山島は二つの島として描かれてなければならない。しかし、その解釈を裏付ける地図は、なぜか一枚もない!・・・不思議だねぇ〜♪(笑)
それはね、王朝実録が自然地理誌じゃなく歴史地理誌だからなんだよ♪(笑)
これは メッセージ 2295 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠-1-2
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/15 13:49 投稿番号: [2298 / 2382]
>私がいつ規式を無視した?妄言もほどほどにしろよ。(苦笑)規式を無視してないから、私が馬鹿にされるわけがない。
地理誌の目的を理解できないから「地理志も読めぬ愚か者!」って馬鹿にされるんだよ(大笑)。
>>江原道を旅行する時のためではなく、江原道に赴任する中央の役人が事前に江原道の特徴を把握するために編纂されたものなのです。
>つまりそれは、「自国領土の特徴を把握する為に編纂されている」という事だろ?
自国領土を把握するために中央から地方へ官史を送るんだけど、その官史のためのガイドブックとして編纂されたのが王朝実録なんだよね。ちゃんと読んで理解しろよ(笑)
>そこに独島の記述がないという事は、少なくとも、朝鮮王朝はその島を自国領土として把握してなかった証拠だね。(笑)
残念だが記述されているんだよ。
>君の解釈では、二島について「互いに遠くない」と書いておきながら、それを否定するように、「二島は、天候が良ければ遥か遠くに見える」という前後が矛盾した表現になるんだよ?
なんとか難癖をつけようと必死な気持ちは伝わるけど、残念ながら前後が矛盾した表現にはなっていないよ(笑)
「二島は互いに遠くはなく、風日清明であれば望み見ることが出来る。」
遠くないから見えるんだよ。
遠ければ見えないかもしれないね(笑)。
>普通この文章を読めば、二島は遠くないのか遠いのか?どっちなんだ!・・・と突っ込みが入るね。(笑)
あははは、「二島は互いに遠くなく」だから遠くないんだよ(大笑)。
妄想を膨らませずに素直に読めば
そのままなんだけどね(笑)。
>それに加え見た場所が不明なんだろ?
同じ質問に同じように答えてあげるけど
それは海の上から独島と鬱陵島を見たことなのかもしれないし、鬱陵島から独島を見たものかもしれないね(失笑)。
見た場所が不明確でも鬱陵島と独島のことが記述されてることは明確なんだよ(笑)
>それに対する私の解釈は
君の妄想には笑わせてもらったよね。
一説于山鬱陵本一島
の解釈が
于山島と鬱陵島が一島と見間違えるくらい近い
って(大笑・大笑・大笑)。
一云羽陵が独島を表してるって云えば
それは鬱陵島と于山島の姿を現しているんだって言うしさ。
で、鬱陵島はどこへ消えちゃったの?
だって(抱腹絶倒・大爆笑)。
>③「互いに遠くない」=鬱陵島と于山島の距離感、④「天候が良ければ遥か遠くに見える。」=規式に従い半島から見ている。
はいはい、見えない文字を挿入しての妄想解釈ですね。
世宗実録地理誌が自然地理誌であるべきで、大きさや距離が正確に記述されていなければならいという勘違いが
妄想主張の根拠ですね(笑)
距離がないと地理誌として成り立たないという頓珍漢根拠はもう十分だよ。
自然地理誌と歴史地理誌の違いをまずは理解しなくちゃ(笑)。
でもそれを認めちゃうと
都合悪いから知らないふりを続けるのか?(大笑)
これは メッセージ 2294 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠-1-1
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/15 13:49 投稿番号: [2297 / 2382]
>という事は、その地域から見た話がここに書いてあるという意味だから、その流れで素直に本文を読めば「江原道蔚珍県」から見たものと判断できるね。。
判断できないよ。その地域から見た話じゃなくて
その地域の話(笑)。
古くからの伝承やら歴史やら
そういうことが記述されてるんだよ。自然地理誌じゃなくて歴史地理誌だからね(笑)
>規式を無視するから、見た場所が理解できないだけ!
どうしてもめだかさんには自然地理誌と歴史地理誌の違いが理解できないみたいだね(笑)。
王朝実録は歴史地理誌なんだよ(笑)。
>君の解釈は、例えて言えば、地図帳の地域表示を無視して、どこの地図だから分からないという馬鹿と同じレベル〜。(笑)
江原道蔚珍県って地域表示は無視できないし、無視してないよ(笑)。于山島と鬱陵島がどこにあるかもわかってるしさ(笑)。
>少なくとも「新筯東國輿地勝覽」の記述者は「世宗実録」の影響を受け、且つ、鬱陵島を見た具体的な記述や船で2日かかる表現からして、半島側から見たのは明らか!
そうだよ。なんどもそう言ってるし(笑)。
世宗実録地理誌の編纂者は、77年後の新筯東國輿地勝覽に影響を受けることはないって話をしてるんだよ(笑)。
めだかさんは文章を読むときに自分の妄想を膨らませちゃうから失敗を繰り返すんだよ(笑・笑・笑)。
ゆっくり読んでしっかり理解してね♪(笑)
>当事は、現在のような領海の概念がないから、朝鮮王朝が利用価値のない岩礁に領土意識はおろか、興味を示したとは思えない。
おやっ?
あらたな論点の提示?
朝鮮王朝が独島に興味を示したかどうかが論点でつか?
まぁ、一方的なのはいつものことだから論点を変更してもいいけど・・・。
変更する?(笑)
これは メッセージ 2294 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠-3
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/14 22:13 投稿番号: [2296 / 2382]
>>いいえ、それは「欝陵島図形」と「日省録」で于山島が竹嶼である事が立証されてます。
>そうだよ、朴錫昌の考えた于山島が竹嶼であることは確かだって言ってるんだよ(笑)。
何がそうだよだ?君はNo2283で「朴錫昌は于山島を竹嶼と思い込んでいたのでしょう。」というように于山島が竹嶼でないと主張しているじゃないか!
>八道総図では無理でも?
世相実録地理誌には付属の絵図はないんだよ(笑)。
世宗実録地理誌の影響を受けた「新筯東國輿地勝覽」には附属地図として「八道総図」があるよ。(笑)
>地理誌編纂の目的を考えると絵図は重要なものではない・・・ってことは理解できたか(笑)
旅行ガイド本の解説だけを見て地図を無視する例えは、理解できたか?(笑)
地図は記述を反映したものだから重要なんだよ。だから韓国は都合良い古地図を探して、領有権の根拠として提示するのだろ?それにしても、良く恥もなく地図が重要でないといえるね。文書だけなら自説に都合よく解釈できるからか?(大笑)
>>私の主張を否定するだけでは意味がありませんよ?
>君の主張って
俺の主張を否定してるだけじゃん(大笑)。
おやおや、その前の「では、于山島が独島と特定できる文書は「世宗実録」以外に、どこにあるのですか?」←この質問にから逃げるのか?
自分の事は棚にあげてよく言えるね。私は否定だけでなく理由もつけているのに対し、君は上記の通り質問から逃げているのが現実じゃん!
No2283
>東海上の島が竹嶼であるということとは別問題なのです。
↑このように、君は別問題と否定しただけで、その理由の説明がない。白々しい嘘はいけないよ?それにしても、朝鮮人は息をはくように嘘をつくというが本当なんだね。(笑)
という事は、私が貼った映像のリンクなども怖くて見れなかったのか?(笑)・・・なるほど、馬鹿にされたぐらいで罵倒と騒いで逃げる臆病者の君らしい態度だね。
怖くないから、勇気をだして見てみろ!(大笑)それで疑問に思ったことを箇条書きにしてみろ!・・・それは、君の珍論を否定するものばかりだから、恐らく無視して逃げるだろ?それが反論できない君が取れる行動だもんな。(笑)
都合の悪いものは無視して逃げるか、口実を作って逃げる。それが君の得意技なんだろ?・・・それは君の過去レスに良く現れてるじゃないか!(大笑)
これは メッセージ 2293 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠-2
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/14 22:08 投稿番号: [2295 / 2382]
No2282
>世宗実録地理誌は1454年に編纂され、新筯東國輿地勝覽は1531年に編纂されたものです。77年間の間に鬱陵島に関する情報が増えたので、鬱陵島に関して詳しく記述されています。
そうですよね。だから規式に従い、半島側から見た鬱陵島の山々や木々が見える記述になっているのです。つまり「新筯東國輿地勝覽」の記述者は、「世宗実録」を半島側から見たものと判断したから、それを参考に半島から見た状況を具体的に記述したのです。
↑上記の私の解釈には沈黙かね?(笑)
>>その珍解釈が正しいのなら、なぜ地図に反映されてないの?
>地理誌の目的が地図を重要視していないから。
その地理誌とは「世宗実録」ではなく「新筯東國輿地勝覽」の事だろ?であれば、地図を添付した意味がないじゃん!(大笑)そうではなく、記述を地図に反映させてるから附属地図としての意味があるのだろうが!
君の主張は、旅行ガイド本の解説だけを取り上げ、添付された地図を無視するようなもので、そいう見方をすれば、ガイド本をまともに読めない馬鹿と笑われるだろう。
>鬱陵島は武陵
于山島は羽陵
とも呼ばれていたんだとさ。鬱陵島と于山島を合わせて羽陵と呼んでいたんじゃないんだよ(大笑)。
「于山島 鬱陵島 一云武陵 一云羽陵 二島在縣正東海中」
翻訳:一つに武陵と云い、一つに羽陵と云う、二島は県の正東の海中に在り。
リンク先:于山島 鬱陵島 は時に武陵、或いは羽陵とも呼ばれ、2島は県の真東の海中に在る。
確かに君がいう通り、リンク先の誤訳だね。ただ、それだけで鬼の首を取ったかのように、リンク先全てを否定しても無駄だよ。(苦笑)馬鹿にされただけで罵倒されたと逃げる君のような臆病者は、誤訳を指摘しただけで、さも討論に勝ったかのように、はしゃぐ単純なところがあるからね。(失笑)
話しを元にもどして、つまり、「一云羽陵」は于山島を示し、その後の「二島在縣正東海中」という表現で、鬱陵島と于山島(竹嶼)という事が分かる。なぜなら、それを裏付けるように「八道総図」には、それぞれ一つの島として描かれているからだ!もし、君のいう通りなら、于山島は二つの島として描かれてなければならない。しかし、その解釈を裏付ける地図は、なぜか一枚もない!・・・不思議だねぇ〜♪(笑)
よって、子供じみた羽陵が独島という珍解釈で、八道総図を否定しても説得力ないぞ?なにせ、君にはそれ以外、裏付ける資料がないのだから!(大笑)
これは メッセージ 2292 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠-1
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/14 22:06 投稿番号: [2294 / 2382]
>地域表示は
その地域の話がここに書いてあるよって表示だよ。
という事は、その地域から見た話がここに書いてあるという意味だから、その流れで素直に本文を読めば「江原道蔚珍県」から見たものと判断できるね。。
>于山島と鬱陵島は江原道蔚珍県に属するってことは理解できるけど、それだけだよ。
規式を無視するから、見た場所が理解できないだけ!君の解釈は、例えて言えば、地図帳の地域表示を無視して、どこの地図だから分からないという馬鹿と同じレベル〜。(笑)
>世宗実録地理誌から77年後に編纂された「新筯東國輿地勝覽」の記述がどうであれ、それは世宗実録地理誌の編纂者へなんの影響も与えないんだよ(笑)
都合の悪いものは否定かね?(笑)少なくとも「新筯東國輿地勝覽」の記述者は「世宗実録」の影響を受け、且つ、鬱陵島を見た具体的な記述や船で2日かかる表現からして、半島側から見たのは明らか!
>同じ時代に同じ人が記述したんなら君の主張もそれらいしいんだけどさ(笑)
77年の違いが規式の違いに現れたわけでもないだろ?(失笑)歴史検証というのは、その時代の感覚で検証すべきであって、君のように、現在の感覚で検証しようとするから無理が出るんだよ。(笑)当事は、現在のような領海の概念がないから、朝鮮王朝が利用価値のない岩礁に領土意識はおろか、興味を示したとは思えない。それを裏付けるように独島に関する資料もないしね。(笑)
>>もし君がその時代に生きていたとして、役人に君の解釈を述べたら、即座に「規式を知らず、地理志も読めぬ愚か者!」馬鹿にされただろう。
>君にぴったりの文言だね(大笑)。
過去最高の名文なんじゃん(笑)
私がいつ規式を無視した?妄言もほどほどにしろよ。(苦笑)規式を無視してないから、私が馬鹿にされるわけがない。・・・苦し紛れの鸚鵡返しでは反論にならんぞ?(笑)
>記述してる人が直接見たわけじゃないんだよ。
そういうことを念頭に入れてもう一度№2288を読んでみろ(笑)。
なぁ〜んだ?全然回答になってないじゃん!(笑)
①「直接見てないから見た場所が書いてない!」という理由にはならない。規式に反しての記述なら、むしろ、その見た場所を書かなければ地理書として整合性が取れず、また文章としても不自然。それに対し、②「記述者が直接見てないから、規式に従い、見た場所を従者等に確認した上で記述した!」とも解釈できる。その両論を客観的に比較すれば、①より②の解釈に妥当性があるのは当然!
>江原道を旅行する時のためではなく、江原道に赴任する中央の役人が事前に江原道の特徴を把握するために編纂されたものなのです。
つまりそれは、「自国領土の特徴を把握する為に編纂されている」という事だろ?そこに独島の記述がないという事は、少なくとも、朝鮮王朝はその島を自国領土として把握してなかった証拠だね。(笑)
>なので空島政策によって行政官の存在しない于山島までの距離は全然重要なことではありません。半島からの距離が記述されていなくてもなんら問題にならないのですよ(笑)。
つまり、空島政策で鬱陵島方面への渡航が禁止されてたから、その先の独島への関心も薄いのは当然。そんな端の岩礁に朝鮮王朝が領土意識を持つわけないじゃん!(大笑)
>「二島は互いに遠くはなく、風日清明であれば
望み見ることが出来る」
>↑これがおかしな文章?
なにが可笑しいのかわかならいけど
君の文章よりはかなりまともだよ(笑)。
君の解釈自体が可笑しいといったほうが適切だね。(笑)
君の解釈では、二島について「互いに遠くない」と書いておきながら、それを否定するように、「二島は、天候が良ければ遥か遠くに見える」という前後が矛盾した表現になるんだよ?それもどこから見たのか不明なんだろ?(失笑)
つまり、君の珍解釈を、分かりやすい文章にすると
「二島は互いに遠くないが、天候が良ければ遥か遠くに見える。」
普通この文章を読めば、二島は遠くないのか遠いのか?どっちなんだ!・・・と突っ込みが入るね。(笑)
その解釈だと、①距離の二重表現、②前後が矛盾した距離の表現・・・という事になり、文章として不自然。それに加え見た場所が不明なんだろ?(失笑)
それに対する私の解釈は、③「互いに遠くない」=鬱陵島と于山島の距離感、④「天候が良ければ遥か遠くに見える。」=規式に従い半島から見ている。・・・以上、①、②と③、④を客観的に比較すれば、どちらの解釈に妥当性があるか?第三者から見れば後者にあるのは明らか!
これは メッセージ 2291 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠-3
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/14 18:05 投稿番号: [2293 / 2382]
>>朴錫昌の考えた于山島は確かに竹嶼なんですが、だからといって世宗実録地理誌などに記述されている于山島が竹嶼とは言えません。
>いいえ、それは「欝陵島図形」と「日省録」で于山島が竹嶼である事が立証されてます。
そうだよ、朴錫昌の考えた于山島が竹嶼であることは確かだって言ってるんだよ(笑)。
>もし、その島の1つが独島であれば、「八道総図」では無理でも、他の古地図に合計3つの島として描かれてなければなりません。
八道総図では無理でも?
世相実録地理誌には付属の絵図はないんだよ(笑)。
地理誌編纂の目的を考えると絵図は重要なものではない・・・ってことは理解できたか(笑)
>私の主張を否定するだけでは意味がありませんよ?
君の主張って
俺の主張を否定してるだけじゃん(大笑)。
日本の独島領有権のお笑い根拠を主張してみろよ\(^o^)/。
これは メッセージ 2288 (azusa2008jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/200000230/cddeg4z9qa4nbcgda5ja4a498ecobfde_1/2293.html
Re: 韓国の妄言を否定する根拠-2
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/14 14:21 投稿番号: [2292 / 2382]
蔚珍縣 于山島 欝陵島
一云武陵 一云羽陵 二島在縣正東海中
蔚珍縣 于山島
欝陵島
一に武陵という
一に羽陵という
二島は県の真東の海中にある
>>于山島に関しては「一云羽陵」と記述されています。羽の陵とは、二島から成る独島の姿を現すのに
まさに的確な言葉ですね。
>その珍解釈が正しいのなら、なぜ地図に反映されてないの?
地理誌の目的が地図を重要視していないから。
>それに、鬱陵島はどこに消えたの?
鬱陵島は“一云武陵”。
子供相談室じゃないんだから
少しは自分で考えろよ。
>>鬱陵島に住む島民が独島の姿を知っていたからこそ羽陵という呼称で呼ばれたのでしょう。
>違いますね。実際は、鬱陵島に住む島民が于山島が竹嶼という附属島と知っていたからこそ羽陵という呼称で呼ばれたのでしょう。それが地図にも反映されてます。
鬱陵島は武陵
于山島は羽陵
とも呼ばれていたんだとさ。鬱陵島と于山島を合わせて羽陵と呼んでいたんじゃないんだよ(大笑)。
ちゃんと読んでないから
失敗するんだよ。
しっかりしろよ(笑)。
ところで日本の独島領有権主張の根拠はなんだ?
これは メッセージ 2287 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠-1
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/14 10:45 投稿番号: [2291 / 2382]
>地域表示から見ていけば、本文に見た場所が書いてなくても規式に基き、半島側から見たものと解釈できる。
なんで地域表示と記述してある文章の“見た場所”が関係あるのか?
地域表示は
その地域の話がここに書いてあるよ
って表示だよ。
于山島と鬱陵島は江原道蔚珍県に属するってことは理解できるけど、それだけだよ。
江原道蔚珍県に属する于山島と鬱陵島のことが記述されている・・・それだけ。
>それは「新筯東國輿地勝覽」でより明確になっている。
世宗実録地理誌から77年後に編纂された「新筯東國輿地勝覽」の記述がどうであれ、それは世宗実録地理誌の編纂者へなんの影響も与えないんだよ(笑)
同じ時代に同じ人が記述したんなら君の主張もそれらいしいんだけどさ(笑)
>もし君がその時代に生きていたとして、役人に君の解釈を述べたら、即座に「規式を知らず、地理志も読めぬ愚か者!」馬鹿にされただろう。
君にぴったりの文言だね(大笑)。
過去最高の名文なんじゃん(笑)
>君の解釈では、規式に反しながら、なぜ本文に見た場所の記述がないんだ?鬱陵島と于山島を良く分からない理由だけで、見た場所が書いてない事にならないよ。であればその後の「風日清明であれば
望み見ることが出来る」の記述をどう説明する?鬱陵島と于山島の島の実態が良く分からないのに、なぜ見た場所を半島以外と分かるわけ?
王朝実録の編纂者は地方官庁からの報告を記述してるんだよ。江原道の役人も江原道地域のすべてを自分で確認したのではなく、それぞれの県の役人からの報告をまとめて中央へ報告しているんだ。
で、県の役人も地域住民の代表者などから報告を受けている。
記述してる人が直接見たわけじゃないんだよ。
そういうことを念頭に入れてもう一度№2288を読んでみろ(笑)。
>・・でなければ、地理志=地理見聞録にならないでしょうが!
十分になるよ。
そもそも地理誌ってのは領土主張のために編纂されたものではありません。
自然地理ではなく歴史地理を目的に編纂されたものです。江原道を旅行する時のためではなく、江原道に赴任する中央の役人が事前に江原道の特徴を把握するために編纂されたものなのです。
なので空島政策によって行政官の存在しない于山島までの距離は全然重要なことではありません。半島からの距離が記述されていなくてもなんら問題にならないのですよ(笑)。
>という事は、「二島相去不遠」で距離を示し、その後にも「風日清明、則可望見」で、二重に距離感を示しているわけ?可笑しな文章だね。
「二島は互いに遠くはなく、風日清明であれば
望み見ることが出来る」
↑これがおかしな文章?
なにが可笑しいのかわかならいけど
君の文章よりはかなりまともだよ(笑)。
>それは流山國島という島から半島に来た人が、武陵島という附属島があると述べた事に由来するんだろ?後はリンクを参考にしろ!
お笑い爆笑リンクを見たよ。
こんなリンクを参考にしてるから笑われちゃうんだよ。
(お笑いリンクより抜粋)さらに、本文中では于山島と鬱陵島は隣接島で、朝鮮半島東岸から見ることができると記述していますが、
↑どこにそんな記述があるんだよ(大笑)。
そんな記述はないんだが、こいつにだけは見えるらしい(笑)
(お笑いリンクより抜粋)1530年の地図は、実際には"于山島"と名付けられた鬱陵島の主島と、"鬱陵島"と名付けられた鬱陵島の付属島をその東に描いているわけです。
鬱陵島を于山島と、竹嶼を鬱陵島と書いたのか?
本島である于山島よりも付属島である鬱陵島の方が大きいのはどう説明するんだ?
于山島よりも大きい鬱陵島は
どうみても付属島とは見えないよ(笑)。
(お笑い爆笑リンクより抜粋)それは、1530年の"于山島"は鬱陵島の主島の名称で、"鬱陵島"が隣接島の竹嶼をさすと考えられていたからです。この混乱は1412年に"流山國島"という島から一団の人々が朝鮮半島の港へ船でやってきて、そこの役人に、"武陵島"という付属島がある、と述べたことに由来しています。
120年前の話が根拠になってるのか?
その間、世宗実録地理誌が編纂されたのが1454年、次に八道地理志が編纂されたのが1478年、そして東国輿地勝覧(初版)が1481年に編纂され
第4版となる「新増東国輿地勝覧」が編纂されたのは1531年。
そういう流れを無視し、さらに地理誌の目的を見誤っているから
珍解釈のオンパレードになるんだよ。
ところで日本の独島領有権主張の根拠ってなんだ?
これは メッセージ 2286 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠-5
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/13 21:37 投稿番号: [2290 / 2382]
>(鬱陵島の)東側五里ほどに一つの小さな島があるが、高大ではなく海長竹が一面に叢生している。
>「東側五里ほどの小さな島」は言うまでもなく竹嶼であり
上記の二つの解釈からしても、「朴錫昌が于山島を海長竹が自生する竹嶼と見ていたのは正しかった証拠ですね。その地図が残っているという事は、于山島の記述が正しかった事を裏付けるものです。よって、君がNo2283で「朴錫昌は于山島を竹嶼と思い込んでいたのでしょう。」という解釈は完全な間違いだった事が証明されました。(笑)
>朝廷の記録の中に独島の詳細な調査記録があるのかないのかは知りませんが、
そんな曖昧な逃げ方は止めなさい。独島の調査記録はありません!分かりましたね。
>独島の詳細な記録がないとしても、それは于山島が独島でない根拠にはなりません。
いいえ、独島の調査記録がないという事は、それだけ朝鮮王朝が自国領土として認識していなかった証拠です。なぜなら、現在のような領海の認識などありませんからね。当事の認識としては、居住に適さず、日本のように航海の目印として利用してなかった岩礁に関心を持つわけがないのです。だから独島に関する資料がない事で分かる。よって、君の主張自体に妥当性はありません。
これは メッセージ 2285 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠-4
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/13 21:35 投稿番号: [2289 / 2382]
>独島の詳細な地図がないのはそれを必要としなかったからです。
という事は、当事の朝鮮王朝は、独島にそれだけ関心も無ければ、領土意識も無かった証拠だね。だから、地図も無ければ、現地調査の記録もないわけだ。(笑)・・・これにより、于山島が独島とする根拠はないという事だね。良く分かりました。(大笑)
>当時、日本・山陰地方から独島まで行くには二日を要し、そこから鬱陵島まではさらに一日を要しました。鬱陵島へ向かう日本人にとって、中継点の竹島(独島)は必要不可欠の休息地だったのです。
という事は、日本は、朝鮮より、竹島(独島)を航海の目印として利用していたから、地図に表していた。問題は、その岩礁に対して、領土意識があったかどうかだね。それに比べ、朝鮮の場合は利用もしてないから、少なくとも領土意識など持つわけがなかった。だからそれに関する資料がないのですね。・・・実に分かりやすい理屈ですね。(笑)
>いずれにしても、地図の有無は于山島が竹島(韓国名独島)でない根拠にはなりません。
いいえ、少なくとも古地図での于山島は鬱陵島の附属島として描かれているのが共通してますので、2つの島からなる独島とは完全に別です。君がいくら古文書を都合よく解釈しても、古地図の于山島は一つの島として描かれているので竹嶼でないと否定できません!・・・この解釈は君がどうがんばっても覆る事は絶対ないです。なぜなら、君が示す解釈は資料が少なく矛盾が多く客観性に欠ける。それに比べ、私の解釈は資料が多い上に客観性と妥当性があるからです。(笑)その違いは大きいですね。
ただ苦し紛れに、ぐだぐだ喚いてばかりでは、説得力はありませんよ?自説に自信があるなら、納得させるだけの客観性と妥当性のある解釈と資料を提示しなさい。
これは メッセージ 2284 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠-3
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/13 21:33 投稿番号: [2288 / 2382]
>たしかにその地図では欝陵島の東に小島が描かれ 「海長竹田 所謂于山島」と文字が記入されていますので朴錫昌は于山島を竹嶼と思い込んでいたのでしょう。
>しかしながら欝陵島捜討官の中には独島を正しく認識していた官吏もいたのも事実です。欝陵島捜討官 張漢相は 欝陵島の辰(東南東)方向三百余里(120km)に島があることを確認して『蔚陵島事蹟』に記録しています。
せっかく考えるチャンスを与えてやったのに、自説に無理がある事に気が付かないようだね。(笑)
いいかね、君が言うように、張漢相が後に于山島が独島と認識し自国領土としていたなら、なぜそれが地図に反映されてないの?また、なぜ現地調査もしてないの?よって、君の主張は、辻褄が合いませんね。(笑)
実際は、朴錫昌が于山島を竹嶼と認識したのが正しから訂正されずに地図が残っているのでしょう?それも具体的に于山島に竹が自生している事も記して!・・・それに張漢相は、鬱陵島の東南東の方向に島がある事を確認しただけで、それが于山島と認識してませんね。それを否定するなら、根拠となる資料を提示しなさい!
>朴錫昌の考えた于山島は確かに竹嶼なんですが、だからといって世宗実録地理誌などに記述されている于山島が竹嶼とは言えません。
いいえ、それは「欝陵島図形」と「日省録」で于山島が竹嶼である事が立証されてます。そもそも「世宗実録」の于山島と鬱陵島は島名が不明確な部分はありますが、二つの島の存在を示してます。もし、その島の1つが独島であれば、「八道総図」では無理でも、他の古地図に合計3つの島として描かれてなければなりません。よって、それらの事実を覆す資料を示せなければ、「于山島=竹嶼」という図式が成立するのです。
>当然、鬱陵島の傍にある竹嶼を于山島と記した地図があっても、それはその時代にそう考えていた人がいたことを証明するのみであり、
于山島を竹嶼ではないと否定するなら、相応の資料を提示しなければなりません!よって、君の主張は根拠なき憶測の域を出ず説得力がありません!
>過去の地理誌で取り上げられた于山島、羽陵、子山などと呼ばれる東海上の島が竹嶼であるということとは別問題なのです。
では、于山島が独島と特定できる文書は「世宗実録」以外に、どこにあるのですか?私の主張を否定するだけでは意味がありませんよ?
これは メッセージ 2283 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠-2
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/13 21:13 投稿番号: [2287 / 2382]
>世宗実録地理誌は1454年に編纂され、新筯東國輿地勝覽は1531年に編纂されたものです。77年間の間に鬱陵島に関する情報が増えたので、鬱陵島に関して詳しく記述されています。
そうですよね。だから規式に従い、半島側から見た鬱陵島の山々や木々が見える記述になっているのです。つまり「新筯東國輿地勝覽」の記述者は、「世宗実録」を半島側から見たものと判断したから、それを参考に半島から見た状況を具体的に記述したのです。
>于山島に関しては「一云羽陵」と記述されています。羽の陵とは、二島から成る独島の姿を現すのに
まさに的確な言葉ですね。
その珍解釈が正しいのなら、なぜ地図に反映されてないの?(大笑)それに、鬱陵島はどこに消えたの?君は、その疑問に反論できないから、その二島は鬱陵島と竹嶼の事です。
>鬱陵島に住む島民が独島の姿を知っていたからこそ羽陵という呼称で呼ばれたのでしょう。
違いますね。実際は、鬱陵島に住む島民が于山島が竹嶼という附属島と知っていたからこそ羽陵という呼称で呼ばれたのでしょう。それが地図にも反映されてます。もし、君の珍説が正しければ、独島と鬱陵島は合計3つの島として描かれてなければならない。そんな古地図はどこにもありませんよ?(笑)
>「新筯東國輿地勝覽」がより詳しく半島側から見た鬱陵島を記述していたとしても
いいえ、規式や記述の内容から、半島側から見たと判断するのが妥当です。
>それが15世紀の地理誌に登場する于山島を独島でないとする根拠には全然なりませんけど?
島名の混同はあっても、于山島が独島でない根拠は、八道総図や他の古地図で明確であり、鬱陵島と于山島(竹嶼)が互いに近い事が分かります。また于山島には竹が自生する竹嶼である事も分かってます。
もし、鬱陵島と独島が描かれていたなら、3島になってなければ辻褄が合いませんね。(笑)しかし、それを裏付ける地図もなければ、于山島が2つの島からなる独島を示す文書もありません。それらを否定する資料を君が提示しない限り、珍説のままで終わります。
ようするに于山島が竹嶼と推定又は特定できる資料は色々あるが、于山島が2つの島からなる独島を示す明確な資料はないという事です。君は、その差を埋める為に願望に基く珍解釈に懸命なだけです。(笑)・・・だから言ったでしょ?君の解釈は妥当性がなく、堂々巡りだって!
想像するのは勝手だが、それを裏付ける資料がなければ妄想になるんだよ?(大笑)自説だけに固執せず、逆に考えて比較して良く考えてみろ!
>ところで日本が独島の領有を主張する根拠はなんだ?
何だか馬鹿の一つ覚えのように同じ質問を繰り返しているようだが?いくら反論に苦しくなったからといって、論点を変えてはいけないよ?(笑)
今の論点は、韓国が主張する「于山島=独島」の根拠!つまり、「于山島が2つの島からなる独島である事を立証しろ」という事だよ。
これは メッセージ 2282 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠-1
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/13 21:09 投稿番号: [2286 / 2382]
>>①「世宗実録 地理志」を地域表示と規式に従い読めば、半島側からの記述と分かる。
>地理志の編纂は記述に統一性をもたせるため一定の規式を地方官庁に提示し、
例えば君が、地図帳を見る時、地域表示を無視して、いきなり無作為にページ開く馬鹿は居ないよね。(笑)「世宗実録 地理志」も同様に、地域表示から見ていけば、本文に見た場所が書いてなくても規式に基き、半島側から見たものと解釈できる。それは「新筯東國輿地勝覽」でより明確になっている。もし君がその時代に生きていたとして、役人に君の解釈を述べたら、即座に「規式を知らず、地理志も読めぬ愚か者!」馬鹿にされただろう。
>しかし、于山島はこれに反して簡単にこう記述されました。
君の解釈では、規式に反しながら、なぜ本文に見た場所の記述がないんだ?鬱陵島と于山島を良く分からない理由だけで、見た場所が書いてない事にならないよ。であればその後の「風日清明であれば
望み見ることが出来る」の記述をどう説明する?鬱陵島と于山島の島の実態が良く分からないのに、なぜ見た場所を半島以外と分かるわけ?
この地理書を読むには、いきなり本文から入るのではなく、地域表示から入るのだろ?その手順を無視し、自説に都合よく本文だけに固執するから解釈に無理が出るのだ。(笑)
>地域表示ってのは于山島と鬱陵島がどの県に含まれるかってことを現すもので、上記文中の「二島相去不遠、風日清明、則可望見」という記述の立ち位置を示すものではありません。
なぜそんな事がいえる?本文に見た場所が書いてなければ、規式に従い地域表示(半島側)から見たものと普通は判断するでしょう。・・・でなければ、地理志=地理見聞録にならないでしょうが!それとも、当事の朝鮮の役人は、地理書もまともに編纂できない馬鹿だったとう事かね?(失笑)
>“二島相去不遠”という一文は于山島と鬱陵島の距離を示していますので、その後に続く“どれくらい離れているのか”という説明文は当然、于山島と鬱陵島の距離を示しています。
という事は、「二島相去不遠」で距離を示し、その後にも「風日清明、則可望見」で、二重に距離感を示しているわけ?可笑しな文章だね。(笑)・・・致命的なのは、その望み見える筈の独島について、後に詳しい資料がないのはなぜ?
それが珍解釈の出発点!(笑)君の解釈が正しいとすると、「互いに遠くない」と書きながら、「天候が良ければ・・・」という前後が矛盾した記述になる。本来なら、①「○○より、天候が良ければ・・・」という見た場所の記述が無ければ不自然。②その半面、「互いに遠くなく」を裏付けるように、于山島と鬱陵島は島名が時期により変わる混乱があっても、常に近くの島として地図に描かれている。それに対し、③君の解釈を裏付ける2つの島からなる独島を示す古地図はどこにも存在しない。でも④日本側の地図にはちゃんと2つの島として描かれている。・・・その①〜④までの疑問をどう回答する?いつものように都合の悪い指摘は無視かね?(失笑)
>朝廷は于山島と鬱陵島の詳細な情報を入手できていません。その位置も情報不足であり、だからこそ後に描かれた八道総図には半島側に于山島が、その次に武陵島が描かれています。
それは流山國島という島から半島に来た人が、武陵島という附属島があると述べた事に由来するんだろ?後はリンクを参考にしろ!
つまり、その地図から分かるのは、島名の区別が出来ず、ただ東の海の中に、二つの島がある事と、「新筯東國輿地勝覽」の記述から、半島から船で2日かかる距離にある事が分かるだけです。これらの状況から、視点は半島に置いているのが分かります。それを裏付けるように、半島から鬱陵島の山々や木々が見える記述になっているのです。
「新筯東國輿地勝覽」の解説
http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2008/08/1530liancourt-rocks.html>于山・武陵の二島が半島からどれくらい離れているのか、当時はわからなかったので規式通りの記述はできなかったのでしょう。
いいえ、規式に従い読めば、半島から望み見れる事で、その感覚的な遠さを記述してる。それは「新筯東國輿地勝覽」で、風が良ければ2日かかるという具体的な記述で裏付けられている。上記のリンクを良く見ろ!
>現代のように鬱陵島と独島が半島からどれほどの距離があるかを理解した上で
その情報を元に記述を解釈すれば日本人たちの好む解釈もできるのでしょうが
それは違うね。「世宗実録」では、半島から望み見るだけで距離は示されず、「新筯東國輿地勝覽」では、「風便則二日可到 =風が良ければ2日で到\xC3
これは メッセージ 2281 (h369jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/13 19:52 投稿番号: [2285 / 2382]
>于山島が竹島(韓国名独島)でない根拠
>⑥朝鮮王朝の資料には、于山島が竹嶼(チクショ)と分かる「日省録」の調査記録や竹の自生を示す「鬱陵島圖形」はあるが、竹島(韓国名独島)の調査記録はない。
張漢相の蔚陵島事蹟には下記のように竹嶼と独島が記述されています。
東方五里許 有一小島 不甚高大 海長竹叢生於一面 霽雨●捲之日 入山登中峯 則南北両峯 岌崇相面 此謂三峯也 西望大関嶺透●之状 東望海中有一島 杳在辰方 而其大未満蔚島三分之一 不過三百余里
(鬱陵島の)東側五里ほどに一つの小さな島があるが、高大ではなく海長竹が一面に叢生している。雨があがり、霧が晴れた日、山に入って中峰に登ると南北の両峰が見上げるばかりに高く向かい合っているがこれを三峰という。西側を眺めると大関嶺のくねくねとした姿が見え、東側を眺めると海の中に一つの島がみえるが、はるかに辰方向に位置して、その大きさは蔚島の三分の一未満で(距離は)三百余里に過ぎない。
「東側五里ほどの小さな島」は言うまでもなく竹嶼であり、張漢相が東の海の中に見たのが独島です。
朝廷の記録の中に独島の詳細な調査記録があるのかないのかは知りませんが、独島の詳細な記録がないとしても、それは于山島が独島でない根拠にはなりません。
ところで日本の独島領有権主張の根拠ってなあに?
これは メッセージ 2277 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/13 19:21 投稿番号: [2284 / 2382]
>于山島が竹島(韓国名独島)でない根拠
>④朝鮮側には、2つの島からなる竹島(韓国名独島)を表した地図が一枚もない。
世宗実録地理誌などに記述されている于山島が独島でない根拠として、独島の形状を正確に表している地図がないことを挙げていますが、まずは1848年の大日本道中図をご覧ください。
http://www.lib.meiji.ac.jp/ashida/display/each/09/09-006/09-006-0-0.01.014-m.jpg絵図はその使用目的でいろんな表現がなされるものです。詳細に拘る必要がなければ
詳細に描く必要はありません。
独島の詳細な地図がないのはそれを必要としなかったからです。
>⑤それに対し、日本側の地図には、竹島(韓国名独島)は2つの島と明確に描かれている。
当時、日本・山陰地方から独島まで行くには二日を要し、そこから鬱陵島まではさらに一日を要しました。鬱陵島へ向かう日本人にとって、中継点の独島は必要不可欠の休息地だったのです。そのため、安全に船を寄せるために独島の詳細な地図が必要だったのです。ですので、それらの詳細は地図はしべて17世紀に描かれたものです。世宗実録地理誌が編纂された300年ほど後の話ですね。
いずれにしても、地図の有無は于山島が竹島(韓国名独島)でない根拠にはなりません。
ところで日本の独島領有権主張の根拠って???
これは メッセージ 2277 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/13 17:15 投稿番号: [2283 / 2382]
>于山島が竹島(韓国名独島)でない根拠
>③様々な古地図で、于山島は鬱陵島の附属島として描かれている。
独島が日本領であると主張する方々の多くが
欝陵島捜討官の朴錫昌等が作成した『欝陵島図形』のみをもって于山島は竹嶼であると結論をつけたがるように感じます。
たしかにその地図では欝陵島の東に小島が描かれ 「海長竹田 所謂于山島」と文字が記入されていますので朴錫昌は于山島を竹嶼と思い込んでいたのでしょう。
しかしながら欝陵島捜討官の中には独島を正しく認識していた官吏もいたのも事実です。欝陵島捜討官 張漢相は 欝陵島の辰(東南東)方向三百余里(120km)に島があることを確認して『蔚陵島事蹟』に記録しています。
朴錫昌の考えた于山島は確かに竹嶼なんですが、だからといって世宗実録地理誌などに記述されている于山島が竹嶼とは言えません。
当然、鬱陵島の傍にある竹嶼を于山島と記した地図があっても、それはその時代にそう考えていた人がいたことを証明するのみであり、過去の地理誌で取り上げられた于山島、羽陵、子山などと呼ばれる東海上の島が竹嶼であるということとは別問題なのです。
ところで日本が独島の領有権を主張する根拠はなんだ?
これは メッセージ 2277 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/13 12:58 投稿番号: [2282 / 2382]
>于山島が独島でない根拠
>②「新筯東國輿地勝覽」がより詳しく、半島側から見た鬱陵島を記述している。
世宗実録地理誌は1454年に編纂され、新筯東國輿地勝覽は1531年に編纂されたものです。77年間の間に鬱陵島に関する情報が増えたので、鬱陵島に関して詳しく記述されています。
于山島に関しては「一云羽陵」と記述されています。羽の陵とは、二島から成る独島の姿を現すのに
まさに的確な言葉ですね。
鬱陵島に住む島民が独島の姿を知っていたからこそ羽陵という呼称で呼ばれたのでしょう。
「新筯東國輿地勝覽」がより詳しく半島側から見た鬱陵島を記述していたとしても
それが15世紀の地理誌に登場する于山島を独島でないとする根拠には全然なりませんけど?
ところで日本が独島の領有を主張する根拠はなんだ?
これは メッセージ 2277 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: 韓国の妄言を否定する根拠
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/13 11:37 投稿番号: [2281 / 2382]
日本の主張の根拠って・・・なに?
①「世宗実録 地理志」を地域表示と規式に従い読めば、半島側からの記述と分かる。
地理志の編纂は記述に統一性をもたせるため一定の規式を地方官庁に提示し、その回答を編纂する形式で制作されました。規式は12項目からなりますが、島に関係する部分を見ると「諸島の陸地を去る水路の息数(距離)および前に入民、接居の事実と農作の有無」と書かれています。しかし、于山島はこれに反して簡単にこう記述されました。
「于山、武陵二島、在県正東海中、二島相去不遠、風日清明、則可望見」
于山・武陵の二島が県の東の海の中にある。二島は互いに遠くはなく、風日清明であれば
望み見ることが出来る」
地域表示ってのは于山島と鬱陵島がどの県に含まれるかってことを現すもので、上記文中の「二島相去不遠、風日清明、則可望見」という記述の立ち位置を示すものではありません。
“二島相去不遠”という一文は于山島と鬱陵島の距離を示していますので、その後に続く“どれくらい離れているのか”という説明文は当然、于山島と鬱陵島の距離を示しています。
世宗実録地理誌の編纂された当時(15世紀)は、朝廷は于山島と鬱陵島の詳細な情報を入手できていません。その位置も情報不足であり、だからこそ後に描かれた八道総図には半島側に于山島が、その次に武陵島が描かれています。
于山・武陵の二島が半島からどれくらい離れているのか、当時はわからなかったので規式通りの記述はできなかったのでしょう。
現代のように鬱陵島と独島が半島からどれほどの距離があるかを理解した上で
その情報を元に記述を解釈すれば日本人たちの好む解釈もできるのでしょうが、当時の記述を当時の情報で解釈すれば半島からの記述ではないことは明白です。
ところで日本の主張の根拠ってなに?
これは メッセージ 2277 (azusa2008jp さん)への返信です.
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dokuto_toukai ←こいつは帰化した元在日
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 20:46 投稿番号: [2280 / 2382]
これは メッセージ 2279 (dokuto_toukai さん)への返信です.
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Re: 竹島 韓国の主張覆す?古地図
投稿者: dokuto_toukai 投稿日時: 2010/09/12 19:50 投稿番号: [2279 / 2382]
中国が現在わが国に対しないやらちょっかいを出してます
日本政府の政権がぶれている中での揺さぶりをかけています
日本の反応を見て、うまくいけば甘い汁を吸おうとの考えでしょうね
これと同じ事を日本は大韓民国に対して行っています
毎年毎年大韓民国領土を日本領土だから返還しろと
しつこい外交文書を
出していては
優しい大韓民国民も少しは反日になってしまいます
大韓民国の多少の反日は実は日本自身が起こしているものなのです
これは メッセージ 1 (y_news_topics さん)への返信です.
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h369jpくんが回答できなかった疑問
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 17:48 投稿番号: [2278 / 2382]
①于山島が2つの島からなる独島(日本名竹島)である事を示す、朝鮮王朝の調査資料がないの?
②朝鮮側の各地図には、共通して于山島は一つの島として描かれているのはなぜ?
③于山島が独島である事を示す、明確な古文書は「世宗実録」以外にないの?
④「世宗実録」だけ、半島側から見る規式反し、表題の地域表示も無視して、都合よく本文を読むの?
これは メッセージ 1 (y_news_topics さん)への返信です.
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韓国の妄言を否定する根拠
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 16:53 投稿番号: [2277 / 2382]
これは メッセージ 1 (y_news_topics さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-1
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 15:23 投稿番号: [2276 / 2382]
おやおや、君は臆病な上に往生際も悪いようですね。(笑)
古地図や古文書で、于山島が2つの島からなる独島という立証ができない限り、何を言おうが説得力がないと言った筈ですが〜!
君は、古文書の珍解釈で散々爆笑を誘ったのですから、せめて古地図で挽回しないとね。(大笑)
これは メッセージ 2275 (h369jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-1
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/12 15:03 投稿番号: [2275 / 2382]
一説于山鬱陵本一島
とあるように一島説と二島説がありましたとさ。
もう爆笑珍解釈を披露して
自分のアホさを晒すのはやめたほうがいいぞ。
これは メッセージ 2274 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-1
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 14:51 投稿番号: [2274 / 2382]
おやおや、もう戦意喪失ですか?やはり君は精神的に脆くヘタレなようですね。(失笑)何しろ君は、討論相手から少し馬鹿にされたぐらいで、罵倒と大騒ぎして逃げた過去があるからね。
君がいくら我田引水的な珍解釈で爆笑を誘っても、古地図や古文書で、于山島が2つの島からなる独島という立証ができない限り、何を言っても無駄だよ。
これは メッセージ 2273 (h369jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-1
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/12 14:41 投稿番号: [2273 / 2382]
世界中に
一説于山鬱陵本一島
という記述を
于山島と鬱陵島が一島と見間違えるくらい近い
と翻訳しているのはめだかさんだけってことですが、
それはめだかさんの爆笑珍解釈が間違いだってことの証明だと
ご理解いただけます?(^o^)/
これは メッセージ 2272 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-1
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 14:35 投稿番号: [2272 / 2382]
>引用先みても
爆笑珍解釈はされていませ〜ん♪
翻訳:引用先を見ても、満足に反論できませ〜ん♪
↑そうですか、それも無理はないですね。(笑)
>世界中に
一説于山鬱陵本一島
という記述を
于山島と鬱陵島が一島と見間違えるくらい近い
と翻訳しているのはめだかさんだけってことでよろしいですか?(^o^)/
世界中に于山島を示す古地図がなくても、于山島が独島と言い張る恥知らず民族は、君も含む朝鮮人だけでしょうね。(大笑)
これは メッセージ 2271 (h369jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-1
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/12 14:29 投稿番号: [2271 / 2382]
>>一島説と二島説があったことは事実だよ。「一説于山鬱陵本一島」だからさ。「新筯東國輿地勝覽」を翻訳してる日本人に
于山島と鬱陵島が一島と見間違えるくらい近いって翻訳してる人がいたら紹介してよ。
>引用先見れば分かるでしょう?貴方の真似をしてみましょう。過去レスですでに紹介済み!それぐらい自分で探せ!・・・どうです?(笑)
引用先みても
爆笑珍解釈はされていませ〜ん♪
世界中に
一説于山鬱陵本一島
という記述を
于山島と鬱陵島が一島と見間違えるくらい近い
と翻訳しているのはめだかさんだけってことでよろしいですか?(^o^)/
これは メッセージ 2268 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-3
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 14:21 投稿番号: [2270 / 2382]
>>その為に役人が現地調査したのでしょう?その記録のどこにも、「于山島が独島のような2つの島」と記録されてませんよ?
>于山島ははっきり確認できなかったんだろうね。
という事は、于山島が独島と立証できないわけですね。・・・了解しました。(笑)
>18世紀の日省録と世宗実録地理誌をごちゃまぜにするのも世界で君一人だよ。
こちゃまぜも何も、于山島に関する現地調査が「日省録」に書かれている以上、否定のしようがありません。それを否定するなら、相応の文書を出しなさい!貴方にサルよりマシな知能があるなら分かる理屈ですよね?(大笑)
>日省録の話がしたかったら
一説于山鬱陵本一島
の爆笑解釈を君が訂正してからだよ。
そんな姑息な取引には応じませんよ?(笑)地図も何もない于山島が独島と信じる爆笑珍解釈を披露願います。
>どうだ?
君以外に爆笑解釈をしてる人は見つかったか?(笑)
どうした?独島を示す地図が一枚もないのはなぜ?答えろよ。(笑)
>>それは大間違い!正しくは、①「二島相去不遠」=于山島と鬱陵島との位置関係が互いに遠くない。②「風日清明、則可望見」=規式に基き、半島から天候が良くなければ望み見ることができない。
>根拠のない妄言はうんざりだよ。
おやおや、写真や映像のリック貼ったのに、何を観てたの?願望をことごとく否定されると目も可笑しくなるのか?おっと、貴方の場合は頭も可笑しかったですね。(笑)
>>だったら、どうして于山島が2つの島からなる独島と特定できるんだよ?それに、役人が現地調査したにもかかわらず、なぜ独島の地図が一枚も無いんだよ?
>鬱陵島は現地調査できたんだけど于山島は現地調査できなかったんだよ。
という事は、于山島が独島という立証は不能だね。それでも于山島が独島と恥知らずにも言い張るのかね?
>この話の続きは
今の話を片付けてからにしようね。
その君のぼやきは、前レスで論破済みだよ。
>①とまとめて返信してるから。しっかり読んでみろ。
だったら、前後関係が分かるように返信しろ!
これは メッセージ 2267 (h369jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-2
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 14:17 投稿番号: [2269 / 2382]
>実際に行ったかどうかが問題ではなく、知っていたかどうかが問題なんだよ。
いいえ、地理に関する見聞録ですから両方重要です。それぐらいの認識もないとは呆れますね。(失笑)
>地理誌は朝廷の命によって編纂されるのもで、鬱陵島探索の情報は当然地理誌に反映されるんだよ。
そうですよね。貴方の解釈のように、半島以外から見た記述なら、その情報も記述されてるはずですよね。しかし、それが無いのはなぜ?(笑)
>めだかさんは
↑その煽りは禁止ですよ。何度言っても理解できないのをアホと呼びます。
>「二島相去不遠、風日清明、則可望見」と記述されているのですが、東海上に上記のような位置関係にあるのは鬱陵島と独島以外にはないから。
はいはい、また馬鹿の一つ覚えですね。(失笑)断言だけならサルでも朝鮮人でも出来ますよ?
これは メッセージ 2266 (h369jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-1
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 13:24 投稿番号: [2268 / 2382]
>情報が交錯した理由なら
複数の情報源があったから。
>情報が交錯したことを示せっていうんなら、一島説と二島説があるから。
その程度の理由が限界でしょう。(笑)于山島が独島という結論が常に先にあり、我田引水的に規式と地域表示を無視した状態では、全く説得力無しです!
>子供相談室じゃないんだから
少しは自分で考えろよ。
子供じゃないんだから、「世宗実録 地理志」の読み方ぐらい自分で理解しろよ!祖国の資料もろくに読めず、恥ずかしくないのかね?(失笑)
>一島説と二島説があったことは事実だよ。「一説于山鬱陵本一島」だからさ。「新筯東國輿地勝覽」を翻訳してる日本人に
于山島と鬱陵島が一島と見間違えるくらい近いって翻訳してる人がいたら紹介してよ。
引用先見れば分かるでしょう?貴方の真似をしてみましょう。過去レスですでに紹介済み!それぐらい自分で探せ!・・・どうです?(笑)
>君のいうように
一島に見えるくらい近いことを示している
ってのが正しいのなら
逆に、貴方のいうように、規式や地域表示を無視し「世宗実録」を読んで良いという明解な根拠を示せる奴が居たら教えてよ。
>恥ずかしげも無く自分の無知をさらしてるHPがあれば
はいはい、貴方は恥ずかしげもなく、「世宗実録」だけに固執し、都合の悪い他の古文書や古地図の矛盾にはろくに反論できないのが判明してますね。そもそも、歴史的に朝鮮王朝が独島を認識していれば、何らかの形で地図に残している筈だが?それが不思議と2つの島で描かれた独島(現竹島)が日本側にはあるが、朝鮮側には1枚もないんだね。(大笑)そんな乏しい根拠で、于山島が独島と言い張るとは?どこまで、朝鮮人は生き恥をさらしたいのだろう。
>君のような理解をしてる人は
世界中に君以外にはいないよ。
世界中だって??(大笑)祖国韓国の憲法も知らず、親日法は何の問題もないと大恥さらして逃げた貴方に言われる筋合いはありませんよ。
>独島が日本領であると主張する方々の多くが
欝陵島捜討官の朴錫昌等が作成した『欝陵島図形』のみをもって于山島は竹嶼であると結論をつけたがるように感じます。
そんな事はないですね。
①「欝陵島図形」は、于山島が竹嶼である有力な証拠の1つであり、海長竹田の文字が示すように現在の竹嶼には竹が自生している。
②「日省録」では于山島の位置や大きさが具体的に示され、竹嶼と立証されている。
それに対し、貴方を含む韓国側は、上記の主張に対抗するだけの古文書も独島を示す地図もない!日本側には2つの島として描かれているのに不思議ですね。(大笑)普通の感覚ならその違いに疑問を持つのですが、常に願望優先で平然と嘘がつける朝鮮人には通用しないようです。(失笑)
>たしかにその地図では欝陵島の東に小島が描かれ 「海長竹田 所謂于山島」と文字が記入されていますので朴錫昌は于山島を竹嶼と思い込んでいたのでしょう。
そうそう、都合が悪いことは思い込みであると、単純に否定し、「世宗実録」の読み方が象徴するように、規式や地域表示を無視して、我田引水的に都合よく解釈する。そんな恥知らずな解釈だから、日本側とまともに学術論争ができないのです。実際、日本側の申し入れから韓国側は逃げ廻っているらしいですからね。以前、ユーチューブでも観ましたが、研究者同士が接触することさえ禁じられてるらしいですよ?(失笑)
>しかしながら欝陵島捜討官の中には独島を正しく認識していた官吏もいたのも事実です。
それは、貴方の願望ですね。(笑)事実と断言するなら、その古文書を出しなさい!
>欝陵島捜討官 張漢相は 欝陵島の辰(東南東)方向三百余里(120km)に島があることを確認して『蔚陵島事蹟』に記録しています。
それは、そこに島がある記録だけで、それが于山島である立証が出来なければ意味がありませんね。日省録のような現場調査した資料はありますか?
>他の文献なども考慮して考えると欝陵島捜討官の朴錫昌の于山島=竹嶼説が朝鮮政府の考えと一致しているとは言えませんよ。
では、朝鮮王朝国政全般の記録書である「日省録」の于山島に関する記述は、どう説明するのですか?
>めだかさん以外
↑忠告したはずですよ?そういう余計な煽りは止めろと!貴方のつまらないぼやきは良いです。
>時代が違うからねぇ(笑)
世宗実録地理誌の解釈に日省録はなんの足しにもなりませんよ。
そうやって逃げるのが限界のようですね。(笑)日省録に于山島の位置や大きさが書かれている以上、否定のしようがありませんね。
これは メッセージ 2265 (h369jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-3
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/12 12:16 投稿番号: [2267 / 2382]
>その為に役人が現地調査したのでしょう?その記録のどこにも、「于山島が独島のような2つの島」と記録されてませんよ?
于山島ははっきり確認できなかったんだろうね。
>逆に「日省録」や「鬱陵島圖形」により、島の大きさや竹が自生している事がわかってますね。実際の独島は大きさも違うし、竹も自生する環境にない!・・・貴方の主張も、どんどん矛盾が出てきますね。(失笑)
18世紀の日省録と世宗実録地理誌をごちゃまぜにするのも世界で君一人だよ。日省録の話がしたかったら
一説于山鬱陵本一島
の爆笑解釈を君が訂正してからだよ。
どうだ?
君以外に爆笑解釈をしてる人は見つかったか?(笑)
>それは大間違い!正しくは、①「二島相去不遠」=于山島と鬱陵島との位置関係が互いに遠くない。②「風日清明、則可望見」=規式に基き、半島から天候が良くなければ望み見ることができない。
根拠のない妄言はうんざりだよ。「一説于山鬱陵本一島」を爆笑解釈できる君だから「二島相去不遠
風日清明
則可望見」はもう自由に解読できるだろうよ。
とりあえず
一説于山鬱陵本一島
の爆笑解釈は意味以外に主張してる人はいたか?(笑)
>だったら、どうして于山島が2つの島からなる独島と特定できるんだよ?それに、役人が現地調査したにもかかわらず、なぜ独島の地図が一枚も無いんだよ?
鬱陵島は現地調査できたんだけど于山島は現地調査できなかったんだよ。
>>他の古地図は関係ないよ。
他の古地図の話をしたいんなら、具体的にこの古地図って明確に示せよ。
>おいおい、もう忘れたのかよ?前に古地図の映像貼っただろうが!
独島が日本領であると主張する方々の多くが
欝陵島捜討官の朴錫昌等が作成した『欝陵島図形』のみをもって于山島は竹嶼であると結論をつけたがるように感じます。
たしかにその地図では欝陵島の東に小島が描かれ 「海長竹田 所謂于山島」と文字が記入されていますので朴錫昌は于山島を竹嶼と思い込んでいたのでしょう。
しかしながら欝陵島捜討官の中には独島を正しく認識していた官吏もいたのも事実です。欝陵島捜討官 張漢相は 欝陵島の辰(東南東)方向三百余里(120km)に島があることを確認して『蔚陵島事蹟』に記録しています。
他の文献なども考慮して考えると欝陵島捜討官の朴錫昌の于山島=竹嶼説が朝鮮政府の考えと一致しているとは言えませんよ。
この話の続きは
今の話を片付けてからにしようね。
一説于山鬱陵本一島
の爆笑珍解釈の友達は?
いないだろ?(笑)
>で②には反論不能かよ?(大笑)
①とまとめて返信してるから。しっかり読んでみろ。(大笑)
これは メッセージ 2264 (azusa2008jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①-2
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/12 11:58 投稿番号: [2266 / 2382]
>>朝廷が鬱陵島の探索を行った記録がありますので、現地に役人が行ってるのは事実ですよ。
>それは知ってますよ!(笑)しかし、「世宗実録」と「新筯東國輿地勝覽」の記述者は鬱陵島に行ってない事は確かです。でなければ、あのような曖昧な記述になるわけがありません。
実際に行ったかどうかが問題ではなく、知っていたかどうかが問題なんだよ。地理誌は朝廷の命によって編纂されるのもで、鬱陵島探索の情報は当然地理誌に反映されるんだよ。
>どうやって、貴方は「于山島が2つの島からなる独島」と特定できたのですか?
めだかさんは同じ質問を繰り返すのが好きだね。何度も答えてあげてるのにさ。
めだかさんはなんでもかんでも一緒にしちゃうから
最初にはっきりさせておくけど
これは朴錫昌の日省録や新筯東國輿地勝覽の記述に関してじゃなく、世宗実録地理誌の記述に関してだよね?
「二島相去不遠、風日清明、則可望見」と記述されているのですが、東海上に上記のような位置関係にあるのは鬱陵島と独島以外にはないから。
これは メッセージ 2263 (azusa2008jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/200000230/cddeg4z9qa4nbcgda5ja4a498ecobfde_1/2266.html
Re: めだかさんへ-①-1
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/12 11:45 投稿番号: [2265 / 2382]
>最初に「Re: めだかさんへ-②」へは反論不能なのかね?
一つにまとめて返信してるから。
>>それぞれの地理誌の編纂者は、各地から情報を取り寄せ、その情報をもとに記述しました。その取り寄せた情報が交錯していたのでしょう。
>では交錯した根拠は?
情報が交錯した理由なら
複数の情報源があったから。
情報が交錯したことを示せっていうんなら、一島説と二島説があるから。
子供相談室じゃないんだから
少しは自分で考えろよ。
>>理由はともかく、一島説と二島説があったことは事実ですね。
>理由はともかく??それが説明できなければ、交錯した根拠にならないでしょうが?
一島説と二島説があったことは事実だよ。「一説于山鬱陵本一島」だからさ。「新筯東國輿地勝覽」を翻訳してる日本人に
于山島と鬱陵島が一島と見間違えるくらい近いって翻訳してる人がいたら紹介してよ。
君のいうように
一島に見えるくらい近いことを示している
ってのが正しいのなら
君以外に一人くらいはそう訳してる人がいるはずだよね?
恥ずかしげも無く自分の無知をさらしてるHPがあれば
是非貼ってください。100%
君のような理解をしてる人は
世界中に君以外にはいないよ。
>ところが、その解釈も下記の通り、朝鮮王朝国政全般の記録書である「日省録」の登場で、于山島が独島でなく、竹嶼である事が判明しますね。(笑)
独島が日本領であると主張する方々の多くが
欝陵島捜討官の朴錫昌等が作成した『欝陵島図形』のみをもって于山島は竹嶼であると結論をつけたがるように感じます。
たしかにその地図では欝陵島の東に小島が描かれ 「海長竹田 所謂于山島」と文字が記入されていますので朴錫昌は于山島を竹嶼と思い込んでいたのでしょう。
しかしながら欝陵島捜討官の中には独島を正しく認識していた官吏もいたのも事実です。欝陵島捜討官 張漢相は 欝陵島の辰(東南東)方向三百余里(120km)に島があることを確認して『蔚陵島事蹟』に記録しています。
他の文献なども考慮して考えると欝陵島捜討官の朴錫昌の于山島=竹嶼説が朝鮮政府の考えと一致しているとは言えませんよ。
↑トップ>地域>世界の地方>環太平洋>大韓民国>竹島
#17888投稿
>いいえ、規式に基き半島から見たと解釈できるからこそ、于山(于山島=竹嶼)は鬱陵島の陰に隠れて見えなかったのです。だから、記述者は一つの島に見えるという一説を参考までに記録したのです。それが妥当性のある解釈で、
原文を無視し、豊かな妄想力を発揮したお笑い爆笑珍解釈はやめましょう。
めだかさん以外でそんな解釈をしている人がいたら
君の話も少しは説得力が出るんだけど
残念ながらそんなアホはさすがに日本にもいませんから。。。
>「日省録」でも独島でない事が判明したように、規式を無視した貴方の珍解釈は通用しません!(笑)
時代が違うからねぇ(笑)
世宗実録地理誌の解釈に日省録はなんの足しにもなりませんよ。
とりあえず、一説于山鬱陵本一島
という記述を
于山島と鬱陵島が一つの島と見間違えるくらい近い
と解釈しているアホが君以外にいるなら貼ってみろよ。
これは メッセージ 2262 (azusa2008jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/200000230/cddeg4z9qa4nbcgda5ja4a498ecobfde_1/2265.html
Re: めだかさんへ-①-3
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 01:18 投稿番号: [2264 / 2382]
>独島が二島からなるのに
于山島が二島で構成されていることが明記されていないのは情報不足だったんだよ。
その為に役人が現地調査したのでしょう?その記録のどこにも、「于山島が独島のような2つの島」と記録されてませんよ?逆に「日省録」や「鬱陵島圖形」により、島の大きさや竹が自生している事がわかってますね。実際の独島は大きさも違うし、竹も自生する環境にない!・・・貴方の主張も、どんどん矛盾が出てきますね。(失笑)
>当然、記述をもとに描かれた八道総図も于山島は一つの島として描かれている。
それも当然でしょう?于山島は竹嶼として描かれたのですから!(笑)独島であれば、少なくとも2つの島で描かれてなければいけませんよ?その日韓の古地図の違いを研究した映像が下記に示したものです。
韓国の嘘を検証する2 「竹島の日本と韓国の古地図の比較」
http://www.youtube.com/watch?v
=-
7Vqn1biHRo&feature=related同じ時代の地図でも日本人は明確に竹島(独島)を2つの島として描いてますね。それに比べ、韓国の于山島は1つの島でしかない!・・・それでもまだ恥知らずにも「于山島は独島」と断言するのですか?言うだけならサルでも出来ますよ。(大笑)
>半島から見たってことは100%否定できることはすでに理解できてるかな?
これが理解できていないと先には進めないよ。
規式を無視し、見た場所も特定できないのに、どうして貴方の珍解釈が理解できるのでしょう?悔しかったら他の資料で説明しろよ!・・・えっ、それしかない?それじゃー珍解釈にしかならないね。(大笑)
>だろ?
鬱陵島の近くの竹嶼は
二島相去不遠、風日清明、則可望見
という位置関係じゃないんだよ。
それは大間違い!正しくは、①「二島相去不遠」=于山島と鬱陵島との位置関係が互いに遠くない。②「風日清明、則可望見」=規式に基き、半島から天候が良くなければ望み見ることができない。〜これが正しい解釈です。よく覚えて置くように!
>独島はまさに
風日清明、則可望見
だね^^。
いいえ、実際は、「新筯東國輿地勝覽」で半島から鬱陵島を見た具体的な記述と、それを裏付けるように写真のリンクがあるので、その解釈は完全な間違いです。
>地図はなくても地理誌があれば十分だよ。
それは、日韓古地図の映像リンクでも分かるように、独島を示す地図がどこにもないから、そういう詭弁を使うしかないのです。
>だ・か・ら
鬱陵島から見たのかもしれないし、鬱陵島と独島の間の海上から見たのかもしれないって言ってるんだよ。
だったら、どうして于山島が2つの島からなる独島と特定できるんだよ?それに、役人が現地調査したにもかかわらず、なぜ独島の地図が一枚も無いんだよ?好い加減に理論的に反論してみなさい!
>他の古地図は関係ないよ。
他の古地図の話をしたいんなら、具体的にこの古地図って明確に示せよ。
おいおい、もう忘れたのかよ?前に古地図の映像貼っただろうが!(苦笑)とぼける前に、もう一度目を見開いてよく見ろ!
竹島問題 ・于山島検証動画part1 / 竹島(독도)검증동영상
http://www.youtube.com/watch?v=kIXP91IJTK0>一島説が
近いことを示すことじゃないってことは理解できたか?
上記のリンク映像を見て、于山島が独島でない事は理解できたか?(笑)
で②には反論不能かよ?(大笑)
これは メッセージ 2261 (h369jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/200000230/cddeg4z9qa4nbcgda5ja4a498ecobfde_1/2264.html
Re: めだかさんへ-①-2
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 01:01 投稿番号: [2263 / 2382]
>むしろ鬱陵島の探索に出かけ竹嶼の存在を確認した後に、于山島と鬱陵島は同じ島だという説があるって記述しているんだからそれは于山島が竹嶼でないことを証明しているんだよ。
ところが、その珍説も、自説に都合の良い古文書しか見ないから貴方は恥をさらすのです!下記の通り、于山島は竹嶼という証明がされているのですよ?
************************************************************
古地図の竹嶼 [編集]
1699年及び1701年、鬱陵島を監督していた鬱陵島捜討官製作の「鬱陵島外圖」には、その位置関係から竹嶼に比定される大于島と、観音島に比定される小于島が描かれている。
1711年製作の「鬱陵島圖形」にも、竹嶼に比定される海長竹田と記された于山島が描かれている。海長竹は女竹(笹)のことで、この島には実際多くの竹が自生している。これらの鬱陵島掃討官が製作した鬱陵島調査地図は4枚確認されており、また捜討官の地図を基に書かれた鬱陵島の詳細図も二十数枚確認されている。いずれも南北に長細い形状をしており竹嶼に比定できる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%B6%BC************************************************************
また于山島(竹嶼)の海長竹という女竹も、現在の竹嶼に自生している事が以下の映像でわかります。上陸から離島まで3つのパートに分かれてますが、上陸後のパート2に竹が自生している事がわかります。それは「鬱陵島圖形」の于山島に描かれた「海長竹」を示すものです。
Seeking for Usando于山島. Trip to Ulleungdo and Jukdo Part 2
【竹島問題】
http://www.youtube.com/watch?v=g_RnlPmTnCc&feature=related>朝廷が鬱陵島の探索を行った記録がありますので、現地に役人が行ってるのは事実ですよ。
それは知ってますよ!(笑)しかし、「世宗実録」と「新筯東國輿地勝覽」の記述者は鬱陵島に行ってない事は確かです。でなければ、あのような曖昧な記述になるわけがありません。
>↑今までこの一文を独島から鬱陵島を見たとか、鬱陵島から独島を見たなどと主張したこことはありませんよ。
>という新筯東國輿地勝覽に関する一文を取り上げて
それを無理やり世宗実録地理誌に関しての意見にすり替え
はいはい、それはすり替えではなく「世宗実録」より「新筯東國輿地勝覽」の方がより詳しい記述になっているから引用したのでしょうが?うだうだと嘆くのは、もう結構です。(失笑)であれば、どうやって、貴方は「于山島が2つの島からなる独島」と特定できたのですか?この質問から何度逃げ廻っても無駄です。観念して答えなさい!
>No2228:>「于山と武陵は蔚珍県の東の海中にあり、二島は互いに遠くなく
風日清明であれば
望み見ることが出来る」
>>という文章から于山が独島だと断言できるんだよ
>↑ではこれをどう弁解するので??
>恥ずかしくもなく
よくそんな詐欺みたいなことが出来るね。
あれれ?貴方、大分混乱してますね。・・・弁解もなにも、それは貴方自身のレスでしょうが?恥ずかしげもなく、よくもそんな詐欺みたいな勘違いが出来るね。これが俗に言う、朝鮮人の自爆芸ですか?(大笑)
〜-3に続く
これは メッセージ 2261 (h369jp さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/200000230/cddeg4z9qa4nbcgda5ja4a498ecobfde_1/2263.html
Re: めだかさんへ-①-1
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/12 00:43 投稿番号: [2262 / 2382]
最初に「Re: めだかさんへ-②」へは反論不能なのかね?それとも、都合が悪いから見なかったふりしてるの?(大笑)
>それぞれの地理誌の編纂者は、各地から情報を取り寄せ、その情報をもとに記述しました。その取り寄せた情報が交錯していたのでしょう。
では交錯した根拠は?他の文書で補足証明しないと憶測の域を出ません。もしかして、たまたま「江原道蔚珍縣」だけ、規式に反し、半島以外の場所から見たというのですか?という事は李朝の役人は地理書もまともに編纂できない無能だったという事ですね。(失笑)・・・しかしながら、その見た場所が表記されてない状態では苦しい反論ですね。(大笑)
>理由はともかく、一島説と二島説があったことは事実ですね。
理由はともかく??それが説明できなければ、交錯した根拠にならないでしょうが?何を姑息に逃げているのですか!(笑)
>竹嶼は探さなくても確認できるで鬱陵島の傍にある小さな島の存在はすでに知っていたのです。
なのでその島を于山島と考えていたのであれば、一説于山鬱陵本一島
という説はありえない。だって明確に二島あることを把握してるんだもん。
ところが、その解釈も下記の通り、朝鮮王朝国政全般の記録書である「日省録」の登場で、于山島が独島でなく、竹嶼である事が判明しますね。(笑)
*******************************************************************
『日省録』の于山島:1760年から1910年までの朝鮮王朝の国政全般を記した官撰(解説の一部を抜粋)
1807年5月12日の項に鬱陵島を調査した役人の記録があり、「北有于山島周回為二三里許」(翻訳:北に于山島があって周囲は二三里をなしている)と報告している。于山島が鬱陵島の北にあって周囲が約800m−1200m(朝鮮の1里は約0.4km)であることが分かる。この記述に一番近い島でいえば竹嶼ということになる。竹嶼は鬱陵島の北東にあって、南北に約700mほどの細長い島である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8E%E5%B1%B1%E5%B3%B6#.E3.80.8E.E6.97.A5.E7.9C.81.E9.8C.B2.
E3.80.8F.E3.81.AE.E4.BA.8E.E5.B1.B1.E5.B
3.B6******************************************************************
これは現地調査した役人の報告書ですので、「新筯東國輿地勝覽」より詳しい記述です。要点を箇条書きにしておきます。
①于山島は、鬱陵島の北にあり、島の大きさも具体的に表記されていて、現在の竹嶼を記録した事がわかる。
②于山島が独島のように二つで構成された島という記述はどこにもない!
それに対し、実際の独島の方向は鬱陵島の南東側であり、島の大きさも違う。貴方の珍解釈では、見た場所は不明でも、天候が良くないと見えないぐらい遠くにある筈ですよね?そのような表現もない。・・・さて、以上の記述をどう解釈するのでしょうか?(笑)他にも于山島が竹嶼と裏付られるものがありますが、一度に出すと貴方が混乱するでしょうから、小出しにします。(笑)さて、どういう珍解釈で笑わせてくれるか、楽しみにしてますよ。
>半島から見た記述だから一島説を紹介したってのは理由になりませんよ。
いいえ、規式に基き半島から見たと解釈できるからこそ、于山(于山島=竹嶼)は鬱陵島の陰に隠れて見えなかったのです。だから、記述者は一つの島に見えるという一説を参考までに記録したのです。それが妥当性のある解釈で、「日省録」でも独島でない事が判明したように、規式を無視した貴方の珍解釈は通用しません!(笑)
〜-2に続く
これは メッセージ 2261 (h369jp さん)への返信です.
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Re: めだかさんへ-①
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/11 22:35 投稿番号: [2261 / 2382]
>>一島なのか、二島なのか、過去の歴史書では明確にされていなかったので、
>では、なぜ明確になってないのですか?その理由を説明願います。
それぞれの地理誌の編纂者は、各地から情報を取り寄せ、その情報をもとに記述しました。その取り寄せた情報が交錯していたのでしょう。
理由はともかく、一島説と二島説があったことは事実ですね。
>なぜ、そいういう記述かというと、半島側から見た状況で記述したからです。それを否定するなら、根拠を示しなさい。
新筯東國輿地勝覽の記述は「于山島 鬱陵島 一云武陵 一云羽陵 二島在縣正東海中」で
于山島と鬱陵島の二島があるという記述です。于山島は半島から見えませんが
それでも二島あるという記述です。新筯東國輿地勝覽が編纂される以前に鬱陵島は役人が探索に出かけています。鬱陵島の東側にある
竹嶼は探さなくても確認できるで鬱陵島の傍にある小さな島の存在はすでに知っていたのです。
なのでその島を于山島と考えていたのであれば、一説于山鬱陵本一島
という説はありえない。だって明確に二島あることを把握してるんだもん。
半島から見た記述だから一島説を紹介したってのは理由になりませんよ。
むしろ鬱陵島の探索に出かけ竹嶼の存在を確認した後に、于山島と鬱陵島は同じ島だという説があるって記述しているんだからそれは于山島が竹嶼でないことを証明しているんだよ。
>つまり、一島説の記述があるという事は、現地に役人が行かず、半島側から見た状況と明解に分かります。
朝廷が鬱陵島の探索を行った記録がありますので、現地に役人が行ってるのは事実ですよ。
#2255>新筯東國輿地勝覽の「三峰岌●●空
南峯稍卑
風日清明
則峯頭樹木及山根沙渚
歴歴可見
風便則二日可到」という一文は半島から鬱陵島を見た状況だと私も思います。
↑今までこの一文を独島から鬱陵島を見たとか、鬱陵島から独島を見たなどと主張したこことはありませんよ。
という新筯東國輿地勝覽に関する一文を取り上げて
それを無理やり世宗実録地理誌に関しての意見にすり替え
No2228:>「于山と武陵は蔚珍県の東の海中にあり、二島は互いに遠くなく
風日清明であれば
望み見ることが出来る」
>という文章から于山が独島だと断言できるんだよ
↑ではこれをどう弁解するので??
恥ずかしくもなく
よくそんな詐欺みたいなことが出来るね。
独島が二島からなるのに
于山島が二島で構成されていることが明記されていないのは情報不足だったんだよ。
当然、記述をもとに描かれた八道総図も于山島は一つの島として描かれている。
日本外務省がHPで取り上げているお笑いパンフレットに掲載されている日本與地路程全図は19世紀中期のものだが
それでも独島は一つの島として描かれているよ。
今の価値観で古地図を見ればすべてが疑問だらけになるよ。
>見た場所が分からないのに、どうして于山島が2つの島からなる独島と断言できるのですか?
だ・か・ら
音読してないんだろ?
やれやれ・・・。
世宗実録地理誌の于山島と鬱陵島の位置関係を示している記述は
二島を見た場所は確定されないんだけど、半島から見たってことは100%否定できることはすでに理解できてるかな?
これが理解できていないと先には進めないよ。
>実際は鬱陵島の近くに竹嶼(于山島)があり、独島はそれより離れた場所にある。それも天候が良くなければ見えない場所に!
だろ?
鬱陵島の近くの竹嶼は
二島相去不遠、風日清明、則可望見
という位置関係じゃないんだよ。
独島はまさに
風日清明、則可望見
だね^^。
>その地図自体が韓国にないのが致命的です。
地図はなくても地理誌があれば十分だよ。日本のように独島の領有権を主張するパンフに掲載した日本與地路程全図の初版が竹島と松嶋を朝鮮領としてたなんて地図は致命的だけどね^^。
>にもかかわらず、貴方は鬱陵島から見たと憶測したのでしょう?
だ・か・ら
鬱陵島から見たのかもしれないし、鬱陵島と独島の間の海上から見たのかもしれないって言ってるんだよ。いずれにしても「二島相去不遠、風日清明、則可望見」なんだからさ。
半島からじゃないのだけは明白だね^^。
>他の古地図にも〜
他の古地図は関係ないよ。
他の古地図の話をしたいんなら、具体的にこの古地図って明確に示せよ。
一島説が
近いことを示すことじゃないってことは理解できたか?
これは メッセージ 2257 (azusa2008jp さん)への返信です.
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