Re: 韓国の妄言を否定する根拠-2
投稿者: azusa2008jp 投稿日時: 2010/09/14 22:08 投稿番号: [2295 / 2382]
No2282
>世宗実録地理誌は1454年に編纂され、新筯東國輿地勝覽は1531年に編纂されたものです。77年間の間に鬱陵島に関する情報が増えたので、鬱陵島に関して詳しく記述されています。
そうですよね。だから規式に従い、半島側から見た鬱陵島の山々や木々が見える記述になっているのです。つまり「新筯東國輿地勝覽」の記述者は、「世宗実録」を半島側から見たものと判断したから、それを参考に半島から見た状況を具体的に記述したのです。
↑上記の私の解釈には沈黙かね?(笑)
>>その珍解釈が正しいのなら、なぜ地図に反映されてないの?
>地理誌の目的が地図を重要視していないから。
その地理誌とは「世宗実録」ではなく「新筯東國輿地勝覽」の事だろ?であれば、地図を添付した意味がないじゃん!(大笑)そうではなく、記述を地図に反映させてるから附属地図としての意味があるのだろうが!
君の主張は、旅行ガイド本の解説だけを取り上げ、添付された地図を無視するようなもので、そいう見方をすれば、ガイド本をまともに読めない馬鹿と笑われるだろう。
>鬱陵島は武陵
于山島は羽陵
とも呼ばれていたんだとさ。鬱陵島と于山島を合わせて羽陵と呼んでいたんじゃないんだよ(大笑)。
「于山島 鬱陵島 一云武陵 一云羽陵 二島在縣正東海中」
翻訳:一つに武陵と云い、一つに羽陵と云う、二島は県の正東の海中に在り。
リンク先:于山島 鬱陵島 は時に武陵、或いは羽陵とも呼ばれ、2島は県の真東の海中に在る。
確かに君がいう通り、リンク先の誤訳だね。ただ、それだけで鬼の首を取ったかのように、リンク先全てを否定しても無駄だよ。(苦笑)馬鹿にされただけで罵倒されたと逃げる君のような臆病者は、誤訳を指摘しただけで、さも討論に勝ったかのように、はしゃぐ単純なところがあるからね。(失笑)
話しを元にもどして、つまり、「一云羽陵」は于山島を示し、その後の「二島在縣正東海中」という表現で、鬱陵島と于山島(竹嶼)という事が分かる。なぜなら、それを裏付けるように「八道総図」には、それぞれ一つの島として描かれているからだ!もし、君のいう通りなら、于山島は二つの島として描かれてなければならない。しかし、その解釈を裏付ける地図は、なぜか一枚もない!・・・不思議だねぇ〜♪(笑)
よって、子供じみた羽陵が独島という珍解釈で、八道総図を否定しても説得力ないぞ?なにせ、君にはそれ以外、裏付ける資料がないのだから!(大笑)
これは メッセージ 2292 (h369jp さん)への返信です.
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