Re: 韓国の妄言を否定する根拠-2
投稿者: h369jp 投稿日時: 2010/09/15 16:14 投稿番号: [2299 / 2382]
>>世宗実録地理誌は1454年に編纂され、新筯東國輿地勝覽は1531年に編纂されたものです。77年間の間に鬱陵島に関する情報が増えたので、鬱陵島に関して詳しく記述されています。
>そうですよね。だから規式に従い、半島側から見た鬱陵島の山々や木々が見える記述になっているのです。つまり「新筯東國輿地勝覽」の記述者は、「世宗実録」を半島側から見たものと判断したから、それを参考に半島から見た状況を具体的に記述したのです。
>↑上記の私の解釈には沈黙かね?(笑)
新筯東國輿地勝覽の編纂者が 「世宗実録地理誌」の記述の中の「江原道」の記述の中の「蔚珍県」の記述の中の「于山島・鬱陵島」の記述の中の一文である「二島相去不遠、風日清明、則可望見」という文中の「則可望見」という4文字に関して、どこから望み見えるのかという疑問をもったかどうかは新筯東國輿地勝覽の編纂者以外には分からないことです。
妄想はご自由にどうぞ(笑)
>>地理誌の目的が地図を重要視していないから。
>その地理誌とは「世宗実録」ではなく「新筯東國輿地勝覽」の事だろ?であれば、地図を添付した意味がないじゃん
重要視してなくても参考ってことで地図を添付してるんだよ。なにしろ自然地理誌じゃなく歴史地理誌なんだからね(大笑)
>君の主張は、旅行ガイド本の解説だけを取り上げ、添付された地図を無視するようなもので、そいう見方をすれば、ガイド本をまともに読めない馬鹿と笑われるだろう。
旅行ガイド本のような自然地理誌じゃないんだって(笑)。王朝実録は歴史地理誌だよ。 だから添付された地図がなくても地理誌として成り立つんだよ(笑)。
>確かに君がいう通り、リンク先の誤訳だね。
でたぁ〜 めだかさん! 得意の責任転嫁!!(大爆笑)
誤訳はあなた、めだかちゃんで〜す!(大笑×3)
鬱陵島は消えちゃったの? って悩んでたみたいだけど 見つかったか?(笑)
>話しを元にもどして、つまり、「一云羽陵」は于山島を示し、その後の「二島在縣正東海中」という表現で、鬱陵島と于山島(竹嶼)という事が分かる。
一説于山鬱陵本一島 なんだとよ(笑)。鬱陵島に探索にいった時点で2キロほど東の竹嶼の存在は分かっているだって。風日清明じゃなくても大雨でも見えちゃう距離にあるんだからね(笑)。竹嶼の存在を知っているにも関わらず、于山島と鬱陵島が一島であるって説があるってことは、于山島は竹嶼じゃないってことになるんだよね。 もっとも君の爆笑解釈みたいに 一説于山鬱陵本一島 が 一島と見間違えるくらい近い ってことだと話は違ってくるんだけどさ(大爆笑)。
>もし、君のいう通りなら、于山島は二つの島として描かれてなければならない。しかし、その解釈を裏付ける地図は、なぜか一枚もない!・・・不思議だねぇ〜♪(笑)
それはね、王朝実録が自然地理誌じゃなく歴史地理誌だからなんだよ♪(笑)
>そうですよね。だから規式に従い、半島側から見た鬱陵島の山々や木々が見える記述になっているのです。つまり「新筯東國輿地勝覽」の記述者は、「世宗実録」を半島側から見たものと判断したから、それを参考に半島から見た状況を具体的に記述したのです。
>↑上記の私の解釈には沈黙かね?(笑)
新筯東國輿地勝覽の編纂者が 「世宗実録地理誌」の記述の中の「江原道」の記述の中の「蔚珍県」の記述の中の「于山島・鬱陵島」の記述の中の一文である「二島相去不遠、風日清明、則可望見」という文中の「則可望見」という4文字に関して、どこから望み見えるのかという疑問をもったかどうかは新筯東國輿地勝覽の編纂者以外には分からないことです。
妄想はご自由にどうぞ(笑)
>>地理誌の目的が地図を重要視していないから。
>その地理誌とは「世宗実録」ではなく「新筯東國輿地勝覽」の事だろ?であれば、地図を添付した意味がないじゃん
重要視してなくても参考ってことで地図を添付してるんだよ。なにしろ自然地理誌じゃなく歴史地理誌なんだからね(大笑)
>君の主張は、旅行ガイド本の解説だけを取り上げ、添付された地図を無視するようなもので、そいう見方をすれば、ガイド本をまともに読めない馬鹿と笑われるだろう。
旅行ガイド本のような自然地理誌じゃないんだって(笑)。王朝実録は歴史地理誌だよ。 だから添付された地図がなくても地理誌として成り立つんだよ(笑)。
>確かに君がいう通り、リンク先の誤訳だね。
でたぁ〜 めだかさん! 得意の責任転嫁!!(大爆笑)
誤訳はあなた、めだかちゃんで〜す!(大笑×3)
鬱陵島は消えちゃったの? って悩んでたみたいだけど 見つかったか?(笑)
>話しを元にもどして、つまり、「一云羽陵」は于山島を示し、その後の「二島在縣正東海中」という表現で、鬱陵島と于山島(竹嶼)という事が分かる。
一説于山鬱陵本一島 なんだとよ(笑)。鬱陵島に探索にいった時点で2キロほど東の竹嶼の存在は分かっているだって。風日清明じゃなくても大雨でも見えちゃう距離にあるんだからね(笑)。竹嶼の存在を知っているにも関わらず、于山島と鬱陵島が一島であるって説があるってことは、于山島は竹嶼じゃないってことになるんだよね。 もっとも君の爆笑解釈みたいに 一説于山鬱陵本一島 が 一島と見間違えるくらい近い ってことだと話は違ってくるんだけどさ(大爆笑)。
>もし、君のいう通りなら、于山島は二つの島として描かれてなければならない。しかし、その解釈を裏付ける地図は、なぜか一枚もない!・・・不思議だねぇ〜♪(笑)
それはね、王朝実録が自然地理誌じゃなく歴史地理誌だからなんだよ♪(笑)
これは メッセージ 2295 (azusa2008jp さん)への返信です.
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