紫陽花亭日乗
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【台湾】日本人はとても素敵だった 4
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/26 00:33 投稿番号: [568 / 735]
第一章
命の恩人は日本人
【大東亜戦争末期の台南】
大東亜戦争、いわゆる太平洋戦争の末期、ここ台湾でも空襲がひどくなり、
私は生まれ故郷の台南を離れ、家族と共に大社村という
母方の祖母の田舎に移り住んでいました。
昭和二十年の春、私は台南第一高等女学校(四年制の旧制中学)の入学試験
を受けるために、疎開先から台南に戻らなければなりませんでした。
その運命の日を、私は今まで片時も忘れたことはありません。
大社村から台南市に行くには、当時は台湾の南北をつなぐ縦貫鉄道か、
または局営のバスを利用するのが普通でした。
戦時中はいつ何時、警報が鳴り、空襲が始まるのか全く予測が出来ず、
汽車もバスも定刻通りに到着、発車が出来ないことがよくありましたが、
それについて皆愚痴をこぼすこともありませんでした。
台湾の南北に広がる西部平原の当時の風景といえば、畑に続く畑や、
地平線に届かんばかりに広がる田んぼ、その中に、農家がぽつんぽつんと
点在しているというものでした。
その平原の中央を縦貫道路という一本の大きな道が、平原を東西に
切り分けるように走り、台湾の南端の都市、高雄市から州と州
(現在の県)、都市と都市、町と町を数珠をつなぐ糸のようにつなぎ
合わせて、北端の基隆市に伸びていました。
そして、その道を局営バスが北から南、南から北へと走り、
人々を運んでいたのです。
かつては田舎の乗り物といえば、人の力を借りる「かご」か、
暑い日射しの中を砂ぼこりにまみれながらのろのろと牛に引かれて進む
「牛車」と決まっていましたが、この縦貫鉄道や縦貫道路のバスがそれに
代わるようになり、やがて、生活に欠くことの出来ない交通機関として
一般庶民に親しまれるようになりました。
私は戦争の始まる前に初めて、祖母と一緒にこの局営バスに乗りました。
汽車よりはるかに遅く、揺れも激しかったことをよく覚えています。
特に、でこぼこ道になると、車が跳ねる度に私は木製の椅子から
飛び上がり、そしてドスンと椅子に落ちるのでした。
ですからでこぼこ道にさしかかると、「さあ大変」と、テレビで見た
西部劇の暴れ馬の調教師みたいな格好で、しっかりと両手で前の椅子を
掴んで、跳ね落とされないよう気を付けなければなりませんでした。
私たちの向かい側の椅子に座っていたおじさんは、腕組みをして足を前に
投げ出し、口をあんぐり開けてずっと眠りこけていたのですが、
不思議なことにでこぼこ道にさしかかると、目を覚まして座り直し、
椅子から落ちたりしないのです。
大きな荷物を抱えて後部の座席を占領していた農婦らしき女性たちも、
乗客全員に聞かせるような南部なまりのキイキイ声で絶え間なく話し続けて
いましたが、揺れが始まると慌てて前の椅子を掴んで席から
振り落とされまいとしていました。
そして揺れが収まると、再び陽気な声で左右の客と語り笑うのでした。
こうして、向かい合った席が二列に並ぶバスの中は、でこぼこ道に入る
度に、目を覚ました人も加わって、雑談と笑いの渦を巻き起こすのでした。
局営バスは、田舎に住む人たちにとっては憩いの場所であり、
消息を伝え合う交流の場でもありました。
料金も安く、その上、村に入れば、停留所以外の場所でも乗客が
「停車して下さい!」とか「ここで降ろして頂戴」と言えば、
どこでも降ろしてもらえるというのも魅力でした。
つづく
★わたしの親戚のお婆さんの話によると、台北も空襲にあったけど、
いつもたいしたことはなかった。みなおもしろがって見物に行った。
総督府の建物もスミがちょこっとやられているくらいだった。
脅すだけで、敵はあとから使うつもりだったから、ひどく破壊することは
しなかったのだろう、とか・・・。
これは メッセージ 567 (ajisai110701 さん)への返信です.
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【台湾】日本人はとても素敵だった3
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/26 00:27 投稿番号: [567 / 735]
台湾全土の人民を震撼させたあの忌まわしい二・二八事件で殺された
人の数は、当時の政府の圧力により報道されていません。
学生、若者、医者、学識ある者、特に財産を有する者など、死者は三万人
にも上ると言われていますが、確実な数字は今でも分からないそうです。
因みに当時の台湾の人口は、六百万人でした。
戦争で死んだというなら、
国のため、国民のため、とある程度納得ができましょう。
しかし、口では「我が同胞」と呼びかけ、国の柱として未来を担う有能な
若者、学生に、謀反の罪を着せ銃で撃ち殺してしまうとは、
あまりにも惨いことです。
六百万人の台湾人は、国籍の無きが故に
父親、兄弟、夫、親友を殺されてしまいました。
殺された肉親を目にしても涙を流すことすら許されなかったのです。
今の日本の若者は、他国から統治されたことがなく、裕福で平和な国土で、
幸せという座布団にあぐらをかいて過ごしてきたため、
これが当たり前だと思っているのではないでしょうか。
でも、幸せは大切にしなければいけません。
なぜなら幸せは、国が立派であって初めて得ることが出来るものだからです。
国が立派でも、国民の一人一人が立派でなければ、いずれ国は滅びてしまいます。
ですから、若い人たちに呼びかけたいのです。
日本の若者よ、背筋をシャンとしてお立ちなさい。
そして自信と誇りをもって前に進みなさい!
私は日本を心の故郷と思っています。
そして台湾を愛するのと同じように、心から、祖国・日本に栄えあれと念じています。
一世紀の四分の三に手が届こうとしているおばあちゃんの私は、
人生行路の最終駅にたどり着く前に、日本の若者が強く大きく大地に
立ち、自信一杯、誇り一杯で、お国をリードし、世界の平和を守る姿を
見たいと願っております。
私はいつも心の中で叫んでいます。
私を生み育てた二つの母国よ、共に栄えあれ!
平成十五年十一月九日
蓬莱島にて
楊
素秋
つづく
これは メッセージ 566 (ajisai110701 さん)への返信です.
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【台湾】日本人はとても素敵だった2
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/26 00:24 投稿番号: [566 / 735]
ひと言で言うと、日本時代は、私にとってパラダイスでした。
良いことだらけで何から話してよいか分からない、
と言って信じてもらえるでしょうか。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
特ア三国から、彼らのいう「日帝の侵略行為、植民地支配」について、
日本は、繰り返し謝罪を求められ、性根の座らない菅総理は、
ついに謝罪談話まで発表しました。
今年の「靖国神社」へは、閣僚は誰一人参拝していない。
そして多くの日本人は、テレビなどのマスコミに先導され、昔の日本は、
支那、朝鮮から一方的に侵略、搾取したと思いこまされています。
しかし、実際に日本が統治していた頃の様子というのは、
どのようなものだったのか。
楊さんの文章は、戦前の師範学校の生徒さんだけあって、
とても読みやすく、流れるような文章です。
すこし長いですが、楊さんの著書「日本人はとても素敵だった」
から引用してみたいと思います。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【はじめに】
世界で最も美しく素晴らしい日本に住んでいる皆様は、
自分がこの国に生まれ、この国に住んでいる幸せと喜びを先祖に感謝し、
無形の神様に畏敬の念を表すことはないでしょうか。
おびただしい星が存在する宇宙の中で、たった一つだけ生物が″生″を
営んでいる地球に、私たちは人類の一分子として、多くの異なる国と
皮膚の色の違った人種と共存し、生命を継承してきました。
そして、凡そその人間と称する者は、自分が生を受けて生まれ育った
その土地を母国と認識し、己が母国を愛し、土地を愛し、母なる国、
土地を守ろうとする天性を備えています。
特に皆様は、世界七大強国の一つである、日本国に生まれ育った
日本人ですが、日本人に生まれてきた喜びと誇りを持ち、
生まれ育った土地、母なる国に感謝したことがあるでしょうか。
人間と称する動物は、往々にして大変我が侭且つ贅沢な者です。
最高の幸せの中に置かれても満足を知らずに、日々の生活の中にせっせと
不満の元を拾い集め、塊にして他人に投げ付ける者も多いようです。
全ては国が悪い、他人が悪い、自分がこうなったのは他の人が悪いのだ…、
というような″福の内にありて福知らず″の人間に、
では君は悪いと決めつけた相手よりどれぐらい素晴らしい?と尋ねたら、
どう返事をするのか興味深いものです。
しかしこんな人間が、私たち台湾に生まれ住んだ人間のように、
ある日ある時、今日から日本人でないと言われたら、まごつかないでしょうか。
国籍を失った人間となり、見知らぬ所から侵入してきた外来政府に、
君たちは中国人になったんだと言われたら、今まで不平不満の塊で
文句ばかり並べてきた社会の反逆児は、先ずどう考えるでしょうか?
国籍を無くした人間の惨めさを知らない人たちは、
「わぁ、万歳だ」と手を叩いて喜ぶでしょうか?
昭和二十年の八月十五日、日本が第二次世界大戦、つまり大東亜戦争に
敗れた年、私たちが住んでいる台湾は、今まで祖国と言ってきた
日本国から切り離され、選択の余地無しに中国人にさせられてしまいました。
君たちの祖国はこっちだよと言葉に蜜つけて侵入してきた外来政府は、
実に天使の面を被った悪魔でした。
国籍を失った台湾人は、それから中国人となり、そして中国籍になった
その時から、悲惨を極める奈落の底に落とされ、
イバラの道に追い込まれてしまいました。
外来政府は、謀反を起こしたという烙印を押し、四十年もの長い年月に
わたり″戒厳令″という名目で殺戮を繰り返したのです・・
つづく
これは メッセージ 565 (ajisai110701 さん)への返信です.
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【台湾】日本人はとても素敵だった1
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/26 00:20 投稿番号: [565 / 735]
投稿者 :
tnpdf961
楊素秋 (ヨウソシュウ)さんという方がいます。
日本名は、弘山喜美子さんです。
昭和7(1932)年のお生まれの方です。
出身は、日本統治下の台湾、台南市です。
台南師範学校附属国民小学校、長栄女学校(中学、高校)を卒業しています。
彼女は、日本をこよなく愛した父の影響で、日本人と自覚して育ちました。
今も、思考する時も、寝言も日本語だそうです。
「日本と台湾の架け橋の釘1本となりたい」と、貿易や、通訳、日本語教師
など、多方面で活躍され、金美齢さんや、西村幸祐さんとも親しい方です。
この方が書かれた本に、「日本人はとても素敵だった」(桜の花出版)
という本があります。
自分たちは日本人だと信じていた“台湾人”の楊さんが、
「生活者」としての目で大日本帝国を語っている本です。
昔の人は、本というのは、またいではいけない、と言いました。
それほど、本というのは、貴重な情報の宝庫だった。
ボクは、GHQの焚書令で焼かれた本を収集している人のところへ
行ったことがあります。
書斎を見せていただきました。
そこには、小さな書店さん一件分くらいの本が、ぎっしりと置かれていました。
そのとき感じたのは、その本の山から発せられるオーラのようなものです。
圧倒的な存在感と重厚感を感じました。
(なぜそのように感じるのだろう)
そう思ったボクは、何冊かの本を手に取ってみました。
で、納得しました。
そこに置かれたすべての本が、筆者の実体験に基づく
貴重な第一次資料だったのです。
軽い創作や、空想ではありません。
汗と油にまみれて、実際に自分の足で調査し、
体験した事実と信念が、そこに書かれている。
これに対し、最近の学者さんの本は、ちっとも面白くない。
引用ばかりです。
「私の意見は、なんとかいう学者の書いたどの本の何ページに書いてある。」
そんなのばっかりです。
だったら、そのモトになる本を読んだ方が、はるかにてっとり早い。
それで学者のアンタは、結局何が言いたいの?
と思わず突っ込みを入れてみたくなります。
ということで、ボクは学者でもなんでもなく、この本の、いち読者です。
そしてこの本の内容の一部が、桜の花出版さんのHPで、
紹介されていますので、今回は、これを引用してみたいと思います。
この本の45ページには、楊さん自身の体験として、次の一文があります。
日本統治時代の台湾の様子です・・
つづく
★わたしも以前この本は読みました。
同時期に、台湾男性の書かれた『帰らざる日本人』も読みました。
そしてこの二冊を台湾の友人に送りましたところ、たいへんに話がはずみ
喜ばれました。
★仙人さん、いつも有難うございます。
テレサはほんとうにすてきですね。
.
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Re: 里の秋
投稿者: sennin_194012 投稿日時: 2011/09/25 08:00 投稿番号: [564 / 735]
これは メッセージ 559 (ajisai110701 さん)への返信です.
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Re: 謀殺説にひそむ不信感 誤解の土壌に侵
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/25 03:22 投稿番号: [562 / 735]
★「第一期」というのは、その雑誌なり刊行物なりのその年の最初のものを言います。
刊行物には、月刊・隔月・三ヶ月おき・季刊など、いろいろありますので。
★さすがアカピーに掲載されるだけあるお人よし暗愚。
トーダイの先生もたいしたことはありませんね。
★東アジア共同体なんか、日本人は願い下げです。
昔のことをネタに、ゆすり・たかり・ぱくり・かたり・脅迫を
やっているのが特亜三国じゃないですか。
その昔のことが、これまた虚偽捏造ときています。
特亜三国とは友好なんてありえないと思います。
お互いの平和のために、断交したらどうですか。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
★以下は、高島俊男先生語録です。
「一つは、過去のできごとを使いべりのしない政治資本として利用し、
いつまでも横柄な態度で金をせびりとろうとする国である。
一つは、過去のことを根に持ち、また根に持ちつづけるよう
国民を教育して、こちらを永久に土下座させようという国である。
ともに、日本を悪者にしておくことが必要なのだ。
そういう相手と、国と国の関係として、
友好関係などが成り立つものだろうか。
相手が「友好」とみとめるのは、
こちらが膝を屈し、頭をたれる時だけなのである。」
「新聞というものは、勝手な場所にさんざん小便をバラまき、
汚すだけ汚しておいて、何かあったときに、ここが便所だ。
その証拠にこんなに小便がしてあるではないか、という。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
★高島俊男先生と藤井省三という人は、かつて
「呂という名まえを日本ではどう読むか」
で論争をされたことがあります。
藤井省三先生は、「ロ」でもよい、派。
高島俊男先生は、「リョ」でなければならない派。
当然、高島先生のほうが正しい。
「ロ」なんて・・・風呂敷でもあるまいに。
呂布・呂赫若・呂后・呂洞賓・太公望呂尚・呂不韋・・・
みな「リョ」であります。
.
.
これは メッセージ 561 (ajisai110701 さん)への返信です.
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謀殺説にひそむ不信感 誤解の土壌に侵略
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/25 02:56 投稿番号: [561 / 735]
■魯迅・中国・日本
謀殺説にひそむ不信感、誤解の土壌に侵略戦争
藤井省三
2003/3/13
朝日新聞
魯迅は近代中国を代表する文学者である。
そして魯迅文学は、日本や中国ばかりでなく、香港・台湾や韓国・
シンガポールでも熱心に読まれてきた東アジア共通の文化遺産である。
この魯迅をめぐって、中国で近年、日本人医師による謀殺説が賛否両論を
巻き起こしている。
病弱だった魯迅は、戦前の上海で開業していた日本人医師
須藤五百三(1876〜1959)を主治医としていた。
須藤の名前は『魯迅日記』に一六○回以上も登場しており、
死亡前夜に気胸を起こした際にも魯迅は「電話デ須藤先生ニ頼ンデ下サイ」
という日本語メモを残している。
ところが二年前に魯迅の息子周海嬰(1929〜)が中国の文芸誌に、
須藤が「日本の某方面」の決定により故意に治療を遅らせた疑いがある
と書いたのである。
周の母で魯迅の愛人である許広平(1898〜1968)らは、須藤を疑っていた
というのだ。
その後も周は『魯迅と私の七十年』という回想録を刊行し、
謀殺説を流し続けている。
これを受けて昨年には広東省の専門誌「魯迅世界」(第一期)に
「真相、魯迅先生は須藤の誤診で死んだ」という論文が掲載された。
これは現代医学の観点から下された30年代の開業医の診療に対する
批判であり、歴史的検証とは言えないであろう。
それにもかかわらず同誌第3期には誤診説を支持する意見が
多く掲載されている。
そのいっぽうで、週刊文学新聞「文芸報」9月11日号に伝記作家の
秋石(本名賀金祥)が長文の周著批判を書き、謀殺説も魯迅自身の
文章や発言に基づき徹底的に批判した。
私が親しくしている中国の魯迅研究者の多くも、秋石論文に同意し、
周著はおもしろ半分に読めても、学術書とか魯迅伝とか言えるものでは
ない、と語っている。
実は84年にも、南京の新聞で須藤による殺害説が提起されたことがある。
その時には、日本の医学者で魯迅と医学に関する詳細な研究をおこなって
きた泉豹之助が朝日新聞紙上で周到な反論を行い、これを受けて
上海魯迅記念館副館長・楊藍も殺害説が個人的見解に過ぎぬことを確認し、
南京紙側も記載に根拠がないと自己批判したのである。
魯迅の生前には米人記者スメドレーらが強硬に説得して、米人医師の
診察を受けさせたものの、魯迅はその後も須藤による治療を望んだ。
そもそも魯迅自身、日本留学中に仙台医専(現・東北大学医学部)で一年半
ほど医学を学んでいる。
殺害説や誤診説は魯迅に人を見る目がなかったと言うに等しいであろう。
謀殺説騒ぎの中で、私も須藤が36年10月の魯迅逝去の直後、上海の邦字紙
「上海日報」に連載した手記「医者より観たる魯迅先生」を発見した。
七、八歳の頃から歯が悪くなった魯迅は、二十七歳の時には総義歯となって
消化機能が低下し、「死に至る迄、其の食量は、吾人の半分位」云々と
須藤は記している。
全体に魯迅が須藤に寄せた信頼の深さがうかがえる。
この手記に関し北岡正子も「野草」第71号(大阪外大青野研究室気付)に
詳しい紹介を書いている。
80年代以後、小説や流行歌、テレビドラマなど日本の現代文化が、
台湾・香港そして中国の人々の共感を集めてきた。
東アジアでは、経済交流と文化交流とが同時進行しているのだ。
この数年、東アジア共同体のような構想も議論されている。
そのいっぽうで、魯迅謀殺説などが中国で蒸し返されるのは、半世紀
以上も前の日本の侵略が被害国に深い不信感を残しているためであろう。
許広平も41年の太平洋戦争勃発時、上海租界で日本軍憲兵隊に逮捕され、
拷問を受けている。
私たちは誤解にはきちんと反論しつつも、謀殺説などが繰り返される
歴史的背景にも配慮すべきであり、侵略戦争への反省を怠ってはならない。
そうしてこそ東アジアは、日本を共同体の一員として迎えてくれることであろう。
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これは メッセージ 560 (ajisai110701 さん)への返信です.
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改装魯迅記念館を公開 上海
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/25 02:27 投稿番号: [560 / 735]
改装魯迅記念館を公開
上海、生活ぶり伝わる展示
2011.9.23 22:57
産経ニュース
中国の作家、魯迅に関する展示を集めた中国上海市の上海魯迅記念館が
このほど大幅に改装され、新しい展示内容を23日、報道陣などに公開した。
偉大な作家としての側面だけでなく、魯迅の生活ぶりがうかがわれる
人間くさい内容の展示を目指した。
魯迅の妻、許広平が日々の家庭料理を細かく記録したメニュー集などが目玉。
毎月の食費が、書籍購入費の半分以下だったことが分かるという。
中国共産党初期の指導者の瞿秋白が魯迅の息子に贈った玩具なども展示している。
魯迅の日本留学時代の写真も見られる。
魯迅の生誕130年に当たる25日に一般公開を始める。(共同)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
★何年も前ですが、上海の魯迅故居に行きました。
観光客は中に入れないのだそうですが、袖の下を渡していれてもらい、
三階まで見学させてもらいました。
ある漢語テキストに魯迅故居について書かれたものがあり読みましたが、
ほんとうに書かれてあるとおりでした。
================================
=
魯迅の長男、周海嬰氏が死去
周海嬰氏
81歳(しゅう・かいえい=中国の作家魯迅の長男)7日、
北京の病院で病気のため死去。上海出身。
北京大学物理学部を卒業後、国家ラジオ映画テレビ総局の幹部となり、
中国魯迅研究会の名誉会長などを歴任し、父を回想した著作も出版した。
全国人民代表大会代表なども務めた。(北京
関泰晴)
(2011年4月7日21時43分 読売新聞)
.
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里の秋
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/25 02:20 投稿番号: [559 / 735]
『台湾の女子』〜台湾からの祈り〜RAINBOW FORECASTを歌ってみた
http://www.youtube.com/watch?v=tlVmEg0VGUA&feature=related ★かわいい !
なんていいお嬢さんなんでしょう !
世界で一番心配してくれて、義捐金もたくさんくださった台湾。
それなのに、
台湾からの義捐金を中国に含めてテレビで報道した、犬HK
中国や韓国の新聞にお礼広告を出しても、
台湾の新聞にはお礼広告を出さなかった、鬼畜日本政府。
いち早く救援隊派遣を申し出てくださった台湾を理由なく無為に待たせたまま
中国韓国を優先、韓国からの救援隊には外務副大臣が出迎え。
韓国救援隊15人と犬2匹、うち1匹逃走の噂。放射能がこわくてすぐ新潟へ避難。
◆国賓待遇の救助隊って…中韓をなぜ特別扱いするのかっ!
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110314/dms1103141243009-n1.htm◆里の秋
「里の秋」は日本の、出征兵士の帰りを待ちわびる家族の歌です。
このメロディーで唄う中国の歌は、恋の歌になっています。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
又見炊煙(里の秋)
又見炊煙升起
また炊煙がたちのぼる
暮色罩大地
暮色が大地をおおってる
想問陣陣炊煙
たずねてみたい炊煙に
イ尓要去○里
あなたはどこへ行くつもり
夕陽有詩情
夕陽には詩情があり
黄昏有画意
黄昏には画意がある
詩情画意雖然美麗
詩情や画意は美しい
けれども
我心中只有イ尓
わたしの心の中にはただあなただけ
又見炊煙升起
また炊煙がたちのぼり
勾起我回憶
わたしの思い出誘い出す
愿イ尓変作彩霞
おねがい
きれいな霞となって
飛到我夢里
わたしの夢に飛んでこい
夕陽有詩情
夕陽には詩情があり
黄昏有画意
黄昏には画意がある
詩情画意雖然美麗
詩情や画意は美しい
けれども
我心中只有イ尓
わたしの心の中にはただあなただけ
★○・・・ロ
+
那
★訳はあじさいです。
http://www.youtube.com/watch?v=xJOBam39jlw里の秋
(1) 静かな静かな
里の秋
お背戸(セド)に木の実の
落ちる夜は
ああ
母さんとただ二人
栗の実
煮てます
いろり端(バタ)
(2) 明るい明るい
星の空
鳴き鳴き夜鴨(ヨガモ)の
渡る夜は
ああ
父さんのあの笑顔
栗の実
食べては
思い出す
(3) さよならさよなら
椰子(ヤシ)の島
お舟にゆられて
帰られる
ああ
父さんよ
御無事でと
今夜も
母さんと
祈ります
秋の夜は静かに更けていきます・・・・・。
.
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スープに蠅(はえ)が入っていたら?
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/25 02:00 投稿番号: [558 / 735]
【産経抄】
9月21日
2011.9.21 03:31
しばしば思い出すジョークがある。
早坂隆氏『世界の日本人ジョーク集』に出てくる
「スープに蠅(はえ)が入っていたら?」という話だ。
レストランでそんな目にあったときの各国の人間の反応の違いを、
ユーモラスに分析している。
▼ドイツ人は「スープは熱いので十分に殺菌されている」
と冷静に考え蠅を取り出しスープを飲む。
イギリス人は皮肉を言ってから店を出ていく。
「ボーイを呼び、コックを呼び、支配人を呼び、あげくに裁判沙汰となる」
のはアメリカ人である。
▼各国人の特性を巧みにとらえていて笑える。
だが日本人が笑えないのは韓国人の反応だ。
「蠅が入っているのは日本人のせいだと叫び、日の丸を燃やす」である。
本が出版されたのは5年前で、当時から「国際的」に有名になっていた
韓国人の「反日」は今も変わらないようだ。
▼「竹島」の次は「慰安婦」である。
日本統治時代の元「従軍慰安婦」を支援する団体が「記念碑」建立を計画、
当局の許可を得たという。
ソウルの日本大使館の前だ。
しかも保健福祉相が建立を推奨する文書を流していたそうだ。
官民一体の「反日」といえる。
▼「慰安婦」についても日韓の間には大きな認識の溝がある。
それを無視し一方的に嫌がらせしてくる。
来年の総選挙で苦戦が伝えられる与党がテコ入れに利用しようとしている
ためとの見方もある。
だが大使館の前とは、国際社会からはとても好意的に見られないだろう。
▼先のジョークで、日本人は
「自分だけに蠅が入っているのを確認してから、そっとボーイを呼びつける」
である。
戦後日本外交の弱腰ぶりを見るようだが、ここは抗議だけでなく
「恥をかきますよ」と忠告の一つもするところだ。
==========================================
=
「人肉カプセル」で中国人摘発
韓国、密輸の4千錠押収
2011.9.22 19:59
産経ニュース
韓国関税庁は22日までに、死産した赤ん坊や乳幼児の死体から
つくられた粉末入りのカプセルを中国から韓国に持ち込んだとして、
朝鮮族の中国人を密輸容疑で摘発、カプセル約4千錠を押収した。
SBSテレビなどが報じた。
同テレビによると、カプセルは8月、7回にわたり国際郵便などで
韓国に送られた。
国立科学捜査研究所による成分分析の結果、人間のDNAと一致した。
調べに対し、中国人は「自分で服用していた」などと供述しているが、
関税庁は、韓国内で売りさばいていたグループがいるとみて調べている。
韓国の有力月刊誌「新東亜」8月号が、韓国に流入した
「人肉カプセル」がソウルの薬剤市場でひそかに売られていると報道。
関税庁などが捜査していた。(共同)
.
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Re: 愚民 つくづく思う事
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/24 01:06 投稿番号: [557 / 735]
ある人は、黒いストッキングは外国では売春婦のはくものだからはくなと
したり顔でいいます。
「ああ、そうですか、そんなことは知っていますが、ここは日本です。
日本では黒いストッキングは女学生と葬式のときにはきます。
それをファッションとして普通の女性が普通にはいて何が悪い、
それが何か?」
こういう態度をとるべきなんです。
売春婦がはく国に行ったら、はかなければいいだけのことなのです。
日本のマスコミはすっかり支那や南北朝鮮や在日にのっとられてしまいました。
人による侵略、広告会社による侵略、パチンコ・サラ金などのCM料による
侵略・・・。
みな強欲・我欲で平気で日本の国や日本人を裏切っています。
ウソの垂れ流し、報道すべきことを報道しない、やらせ、
すべての悪事という悪事は、日本のマスゴミに存在しています。
性善説にのっとった善良で温和で人を疑うことを知らない日本人を
騙すことは、赤子の手をひねるよりやさしいことです。
それがわからない国民が、やすやすと騙されています。
そういった愚民が、この日本を滅ぼすのです。
悪いことに、戦後教育でどんなバカでもかけがえがないとか、
大切にされる
べきだとかおだてられて育てられプライドだけは高いから、
人の意見はきかない、忍耐力がない、地道な努力を嫌う、
だから女にふられたくらいで、とんでもない凶悪犯罪を犯したりします。
自分の分をわきまえ、生きるためにどんな仕事でもするという気概がない。
その虚を外国人労働者につかれています。
しっかりした国家観を持ち、警戒心と愛国心を持ち、国益を思考の判断に
すれば、そうやすやすと国をのっとられることもないと思うのですが。
地球市民という人は、地球国家からパスポートでも運転免許証でも発行して
もらえばいいし、無防備都市宣言を信奉するなら自分の家の鍵はかけず、
常に門や玄関を開放し、どこの馬の骨でも家に招き入れればいいと思います。
何日命があるか、見てみたいものです。
「日本は日本人だけのものではない」
といった鳩山由紀夫は、鳩山邸を含めた鳩山家の財産は鳩山だけのものでは
ないということになりますから、日本国民全員に分配してください。
わたしは、日本がきちんとした国家としてしっかりやっていくためには、
とりあえず一度支那人・南北朝鮮人を一人残らず日本の国から追放すべき
だと考えます。
一度リセットしてやりなおさなければ、ためなんです。
荒療治をしなければ。
竹島を返還しないなら、在日を全員日本から追放すると決定すれば
いいじゃないですか。爆撃してとりかえしたっていいですよ。
日本人には覚悟がないんです。
内政干渉の資金源にされないために、パチンコは即刻禁止すべきです。
賭博がやりたければ、国営か公営でやればいい。
とにかく、日本の有権者は、帰化人や外国の代弁者である政治家を
落選させることからはじめなければなりません。
そのためには、地元への利益誘導をあてにすることからも
足を洗わなければならないと思います。
まともな政治家ほど落選させられています。
ろくでなしと役立たずと売国奴・帰化人(なりすまし日本人)などの魑魅魍魎
がこの日本の政界を跋扈しています。
日本国民を拉致した犯人釈放に署名した売国奴が、
北朝鮮と深い関係のある市民スパイ政党と密接な関係を持っている男が
首相になるなど、他国では考えられないことだと思います。
日本は狂っています。
マスゴミは支那南北朝鮮在日の傘下に組みこまれてしまいましたから、
何を期待しても無駄だと思います。
とにかく、今の日本はどこから手をつけていいかわからないくらい、
国民は愚かだし、マスゴミや政治家は我欲に狂っています。
みんな、みんな、どいつもこいつも、「恥を知れ ! 」と言いたい。
6104
これは メッセージ 556 (ajisai110701 さん)への返信です.
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Re: 愚民 つくづく思う事
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/24 00:40 投稿番号: [556 / 735]
日本は島国であったために、
長い年月をまずまず平和に過ごしてくることができました。
翻って、他国と地続きの世界各国の歴史の悲惨さにはすさまじいものがあります。
諸外国とは、国民性をはぐくむ歴史と風土が全然異なるのです。
四月の終わり頃でしたか
「愚民」という投稿を転載・ご紹介したことがありました。
日本の庶民は、政治はおかみにまかせておけば、大丈夫だったのです。
外国から女をあてがわれたり賄賂をもらったりして、
自分の国を売ろうとする日本人などひとりもいませんでした。
開国を迫られたとき、佐幕であれ勤皇であれ、思想は異なれど
日本を思う気持ちに何ひとつやましいところはありませんでした。
武士にも庶民にも、それぞれ高い道徳性と誇りがあったのです。
それが現代の日本人にもDNAとして連綿と受け継がれていて、
脱皮できないのかもしれません。
選挙で自分が選択した結果に責任を持つという意識が希薄です。
日本人が「日本は悪い国だった」と教育され、虚偽捏造の歴史を教えられ、
唯々諾々とそれを受け入れ、少しも疑うということをしてこず、
そこを外国にうまく衝かれています。
外国人はみないい人だ、世界は一つ人類はみな兄弟、地球国家だ地球市民だ、
日本だけは軍隊を持たない、無防備都市宣言だ、友愛だ共生だ・・・・・?
それで国民固有の権利を、明確な憲法違反であるにもかかわらず、
日本の領土を侵略している、あるいはかすめとろうとしている
敵性外国人に与えようとしている、
愚かさもここまでくると何をかいわんやです。
警告を発するものには、右翼とかネトウヨとかレイシストとか、
レッテルを貼られて白い目で見られる、罵られる。
自国の国旗・国歌を教師が率先して冒涜する国が、
この日本以外のどこにあるでしょうか。
売ったものを買ったのが悪いという国は、現在でも数万人の売春婦を
輸出して外貨を稼がせ、恬として恥じるようすもありません。
日本人そのものがしっかりしていたなら、外国がどのようであれ、
どんな難癖をつけられても、動揺することはありません。
しかし、日本人は戦後すっかり愚民にされてしまいました。
道徳性だけ高いが、大バカになりさがったのです。よけいに始末に困る。
朝日新聞は戦争中は戦争を煽ったといいますが、日本を破滅に導くために
わざとコミンテルンからの指令を受けてやったのだという説もあります。
ソ連でゴルバチョフのときに公開された文書にそのような記述があるとか。
ゾルゲ事件の尾崎秀実は朝日新聞記者で、中共やアグネス・スメドレーと
密接な関係を持っていました。
そうだとすると、戦中戦後、朝日新聞は一貫して日本を真っ赤に染めようと
必死に工作している点については同じです。
日本人は、外国人が日本をどのように見ているか、どのように思われている
かに興味があり、そのようなテレビ番組を喜んで見ます。
外国人に好き勝手言わせて、笑っているなんてね。
日本は日本なんです。日本には日本の流儀があるのです。
そこがしっかりと確立していない。
つづく
これは メッセージ 555 (ajisai110701 さん)への返信です.
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Re: 愚民 つくづく思う事
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/24 00:36 投稿番号: [555 / 735]
つくづく思う事
投稿者 :
chikasbulldog
日本国民の多くは、諸外国が日本をどう見ているのかを知らなさ過ぎる。
TVが普及して、多くの市民は外国を紹介する番組を見て、
知った心算でいる。
周りの外国人も、自分達と同じように日本人を知っていると思っている。
だが、日本政府は世界へのアピールの仕方を知らないために、
日本人を世界の人に認めさせる事が出来なかった。
世界の諸国が知っているのは、日本人ではなく日本の造った製品だけなのです。
皮肉な事ですが、
今回の震災で、世界中の人は日本人(民)の素晴らしい特質を知りました。
同時に、日本政府が信じられないほど愚かである事も知りました。
海外のマスコミは、日本政府を批判しています。
その事を、日本のマスコミは伝えません。
戦前に政府に肩入れした朝○新聞などが先頭に立ち、
民主政府に肩入れして真実を伝えない姿を見ると、国民に真実を伝えない
(新聞社の使命を放棄した無責任な報道)
で国民を戦争に駆り立てたと同じ(右と左の違いはあっても)
過ちを繰り返しているように思える。
本当に反省をしていないはマスゴミ
−ブル−
.
これは メッセージ 554 (ajisai110701 さん)への返信です.
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愚民
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/24 00:32 投稿番号: [554 / 735]
愚民。 2011/ 4/28 20:12 [ No.502914
投稿者 :
horahukikamome
私たちの国は、明治維新以後、武士の治世から議会のそれへと転換した。
為政者を我々国民が選ぶこととなった。
しかし、明治の時代に入っても、選ばれる議員は、丁髷を断髪した武士であった。
明治維新は列強のアジア進出が我国にまで及ぶ国難に際し、若き志士の群れ
(下級武士)が幕府を倒し、近代化(国際化)を推し進めようと、
先進国に倣った制度を取り入れたのであるから、当然のことである。
江戸時代の民衆と同じく、この時代までの民衆は、己の職業を全うして
いれば事が足りた。なぜなら、立候補者は「国思う志士」であったからだ。
★★★誰に投票しても正道を大きく外れることはなかった。★★★
しかし、戦後の日本は、戦勝国の思惑が渦巻き、国思う志士は排除され、
1970年代に入ると、それに輪をかけ、金権政治が跋扈する時代に突入した。
★この時代は、教育界・メディアは戦勝国や金権政治屋の手先となって、
真実を教えず・報道せず、歪曲・捏造の教育・報道に終始し、政治から
国民を遠ざけ、拝金主義に洗脳する。かくして、愚民が出来上がった。★
その愚民について考えてみよう。
魏志倭人伝には、倭人(大和民族)は「神を畏れ、大人しく、盗まない」とある。
今の日本人と変わらないではないか!
そう、今も変わらず大和民族は民度が高い。何処が愚民なのであろう。
大和民族の政治制度は、当初、直接民主制(神々は職業を持っていた)に
あったが、その後分業制度が進み、江戸時代までに「士農工商」の分業が
確立した。庶民は政治のことなど考える必要もなく、己が天賦の職業に
努力していれば生活が保たれ、政治を司る武士もまた治世に尽力し、
国は治まっていた。
『ここだ!
』
未だに国民は己が職業に努力さえしていれば生活が成り立ち、
政治は政治家に任せておけば国が治まると思い続けている。
そうではない。
民主主義は国民にもう一つの仕事を与えたことに気付かねばならぬ。
間接民主制とはいえ、民主主義の主権は国民にあり、
政治への参加は国民の義務であり、決して権利などではない。
政治への参加とは、
ただ単に選挙で投票すれば事足りるというものではない。
まずは現在を知らねばならぬ。
現在を知るには情報が正確であるかどうかを常に吟味せねばならない。
公平でなければならない。
隠された真実に気付かなければならない。
歴史を知らねばならない。
歪曲・捏造に満ちた近現代史を正さなければならない。
正しい歴史、真実の歴史を知れば「国の未来」が見えてくる。
そして、知り得た真実の情報、正しい歴史を広め、
多くの国民と共有する必要がある。
その上で、この国のあるべき姿と未来を話し合わなければならない。
今や、政治を話し合うことはタブーではなく義務なのだ。
我々国民の一人ひとりが日本の国家・未来の像を持たねばならない。
その理想の国家像に照らして、政治家、官僚、産業界、メディア、
教育界を評価せねばならない。
常に見張り、正当な圧力をかけ、反国家政策や嘘を許してはならない。
『我々の手で日本国を造るのだ』。
国家体制は疾うの昔に変わっている。
今、我々大和民族は政治に対する民度が問われている。
いつまでも「政治愚民」であってはならぬ。
民主主義とは、大きな意味では国民が国家を造り、
個々には権利を得て義務を果たす。
我々の手で(間接的に)日本国を造り、政治を行う義務を果たさねば
国家が乗っ取られ、権利も失われ、己の仕事だけに没頭していれば、
その仕事さえも奪われて不当な責任を押し付けられる。
今一度言おう。
知り得た正しい情報を発信しよう。
歴史の真実を暴き正しい歴史を広めよう。
真実を共有しよう。
その上に立って、未来の日本を築こう。
己が仕事に精魂こめるように、政治に積極的に参加し、
政治家に我々国民の為の、国を造らせ政治を行なわせよう。
「政治愚民」などと言わせないと誓おうじゃないか。
.
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可思莫思花 秋桜 コスモス
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/24 00:29 投稿番号: [553 / 735]
9月20日付
編集手帳
人にたとえて、
「華麗で繊細、薄情で、ちょっぴり気の強いところもあるような…」
と評したのは俳人の飯田龍太さんである。
コスモスの花便りが各地から届く季節になった
◆和名の「秋桜(あきざくら)」も優しい名前で捨てがたいが、絵心のない
身にもふと絵筆をとってみたいと思わせるパステル色の花びらには、
やはりカタカナの呼び名が似合うようである。
漢字の名前では中国に「可思莫思花」の異称があることを“お天気博士”
倉嶋厚さんの随筆に教えられた
◆コスモスの音に近い漢字をあてたのだろうが、「思うべし、思うなかれ」
とも読める
◆きょうは彼岸の入り、コスモスの咲く道を歩いて墓参りをする人もいるだろう。
あの震災に遭った人は誰もが、家族や家を奪われた瞬間を片時も忘れるわけにはいかない。
さりとて生きていくためには、過去から明日へ目を転じていかなくてはならない。
おそらくは、「思うべし」と「思うなかれ」のあいだを揺れた半年であったに違いない
◆〈山川の傷みコスモスたちのぼる〉(林田紀音夫)。
被災した人も、しなかった人も、墓前に語って語り尽きることのない秋である。
(2011年9月20日01時25分 読売新聞)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
>「可思莫思花」<
「莫大」(ばくだい)とは、「大なるなし」「大きくない」
ということです。
でも一般に、「ものすごく大きい」という意味に使用されています。
なぜでしょうか。
実は「莫大焉」「焉(これ)より大なる莫し」の
「これより」が省略されているのです。
「莫大小」は「メリヤス」のアテ字です。
よく伸縮して、大きくなったり小さくなったり、大小がないのです。
.
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Re: 台湾まで泳いで横断日本の若者6人成功
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/24 00:27 投稿番号: [552 / 735]
こんばんわ。
ここって実はサメがいるそうなんですよ。
命がけの遊泳でしたね。
日本人はおとなしくて、支那・南北朝鮮にやられっぱなしです。
特に政治と経済が、日本国民に対して背信行為をしているように思えます。
ところが、個人としてなら、このように勇気のある立派な日本人がいます。
売国朝鮮蛆テレビや売国反日企業花王糾弾デモをしてくださっている
方々なども。
日本人より台湾人のほうが、勇気があり発言は堂々としていますね。
特に先日の「韓流には反吐がどる」と発言された台湾政府高官のかた。
ほんとうに、ごりっばです。
日本では思ったとおりのことを発言すると、反日売国マスゴミが
待ってましたとばかり叩きのめして辞職においこみます。
その発言が正当な内容であれば、国民はその政治家を守らねばなりませんが
日本人にはそのような積極性もありません。
台湾の方々とは、いつまでも仲良くしたいものですね。
日本人より日本人的なかたが多くおみえになられて感動します。
.
これは メッセージ 551 (harerutoi_ine さん)への返信です.
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Re: 台湾まで泳いで横断日本の若者6人成功
投稿者: harerutoi_ine 投稿日時: 2011/09/23 09:42 投稿番号: [551 / 735]
そのニュースもすごい感動でした。(ノ_-。)。。。
これは メッセージ 537 (ajisai110701 さん)への返信です.
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Re: 中国語で聞く服部メロディ
投稿者: harerutoi_ine 投稿日時: 2011/09/23 09:37 投稿番号: [550 / 735]
蘇州夜曲。名曲の歌詞にジ〜ンときました。(ノ_-。)。。。
これは メッセージ 544 (machiko_0225 さん)への返信です.
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四時田園雑興 范成大 冬日
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/23 01:59 投稿番号: [549 / 735]
四時田園雑興
范成大(宋・1126〜1193)
斜日低山片月高
斜日
山に低(た)れて
片月高し
睡余行薬繞江郊
睡余の行薬
江郊を繞(めぐ)る
霜風掃尽千林葉
霜風
掃(はら)い尽くす
千林の葉
間倚●枝数鸛巣
間に●枝(キョウシ)に倚りて鸛巣(カンソウ)を数う
●
たけかんむり
の下、左に「工」、右に
おおざと。
キョウ
斜めになった落日は山の端に低くかかり、片割れ月が空高く上っている
眠りからさめもやらず、服薬後の散歩で
川沿いの郊外を歩き回る
冷たい風に吹き払われて、林という林の木の葉はすっかり色づき落ちてしまった
のんびりと竹の杖によりかかりながら、コウノトリの巣を数えあげる
★石川忠久『漢詩をよむ』「詩と人生(閑適の巻)」
6061
★どんな薬を服用したのでしょうか。
服用後、散歩が必要な薬ですよね、きっと。
おひるねから目が覚めたところですね。
お薬を飲んで散歩といっていますから、不老長寿の仙薬でも飲んだのではないで
しょうか。五石散というのが有名です。この薬を飲むとすぐに体を動かさないと
命があぶないらしい。それですぐに散歩に行きます。
お日さまがもうほとんど沈みかけて、お月さまが出ているところですね。
支那人は老人ぶりたがるところがあって(笑)。
ちょっと白髪が混じったくらいでも白髪とかいうし。
まあ、ひまなんでしょう。
風が樹木の葉を吹きはらってしまったので、鳥の巣がよく見えるのでしょうね。
目はまだいいみたいですね。
そんなにたくさんコウノトリの巣が見られるなんて、面白そうですね。
うらやましいです。
昔は昔で、現代にはないいいものがありますね。
ゆったりとした時間の流れ・・・・・とか。
.
これは メッセージ 548 (ajisai110701 さん)への返信です.
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四時田園雑興 范成大 秋日
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/23 01:48 投稿番号: [548 / 735]
奥平卓先生の、
「四時田園雑興
春日」にくっついていた「秋日」です。
原文がありません。
書き下し文から復元できますし、たぶんそれでいいと思いますが、
万一誤りがあるといけませんので、原文ナシでUPします。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
四時田園雑興
范成大(宋・1126〜1193)
垂成の穡事(しょくじ)は苦(はなは)だ艱難なり
雨を忌み風を嫌(いと)い更に寒に怯ゆ
牋(せん)して天公に訴う、剰(あま)れるを掠(うば)うを休めよ
半ばは私債を償い半ばは官に輸(いた)す
稲がみのりに近づいたころの農民の苦労といったらない
雨や風がおそろしいうえ、寒さにやられるのはなおたまらない
神さま、どうか作物をいためないでください
なにせ借金と租税であらかた消えてしまうんですから
★奥平卓「漢詩名句集」PHP
6057
.
これは メッセージ 547 (ajisai110701 さん)への返信です.
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四時田園雑興 范成大 秋日
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/23 01:32 投稿番号: [547 / 735]
四時田園雑興
范成大(宋・1126〜1193)
中秋全景属潜夫
中秋の全景
濳夫に属す
棹入空明看太湖
棹(さお)を空明に入れて太湖を看る
身外水天銀一色
身外の水天
銀一色
城中有此月明無
城中
此の月明有りや無(いな)や
中秋の明月に照らされるすべての景色は、隠者のもの
澄みきった水に映る月影に棹さして、太湖を遊覧する
身のまわりの水と天は、銀一色にかすんでいる
騒々しい町の中には、この月明かりがあるだろうか
★范成大は「四時田園雑興」を詠んだとき、
蘇州郊外、太湖のほとりの石湖に隠棲。
★清明にして美しい風景を、作者は独り占めしています。
★石川忠久『秋の詩100選』NHKライブラリー
6040
★隠棲というのは、貧乏人にはできないことです。
お金持ちでなければ。
昔、高い地位にあり、惜しまれながら隠遁生活に入った。
しょっちゅう知人友人の訪問があるし、君主からも相談事をもちかけられる、
こういう隠棲が理想的だったと思います。
.
これは メッセージ 546 (ajisai110701 さん)への返信です.
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四時田園雑興 范成大 秋日
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/23 01:25 投稿番号: [546 / 735]
四時田園雑興
范成大(宋・1126〜1193)
晝出耘田夜績麻
晝は出でて田(はたけ)に耘(くさぎ)り
夜は麻を績(う)む
村莊兒女各當家
村莊の兒女は各々家に當る
童孫未解供耕織
童孫は未だ耕織に供するを解せざるも
也傍桑陰學種瓜
也た桑陰に傍(そ)って瓜を種(う)うることを學ぶ
昼間は畑に出て草を刈り、夜は麻糸を繰る
村では男の子も女の子もみな家の大事な働き手だ
幼な子はまだ仕事の手伝いはできないが
それでも桑の木の下で瓜を植える真似ごとをしている
★松枝茂夫『中国名詩選』下, 岩波文庫
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
★現在の日本では、これがなくなって、
登校拒否だのひきこもりだのニートだの、堕落しきってしまっています。
あげくのはて、思い通りにならないからと、秋葉原まで出張して
トラックで人に突っこみ、包丁ふりまわして大量殺人。
根本からやりなおさないと・・・、もう手遅れかもしれないけど。
いま、日本があぶない !
6032
.
これは メッセージ 543 (ajisai110701 さん)への返信です.
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Re: 中国語で聞く服部メロディ
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/23 01:21 投稿番号: [545 / 735]
こんばんわ。
こんなのがあるのですね、驚きました。
知らない歌もたくさんあります、もちろん日本語のほうで。
わたしとしては、②「雨のブルース」がよかったです。
「青い山脈」は誰でも知っていますね、日本人なら。
小説のほうはもう価値がなくなっていますけれど、
歌のほうは生き残っています。
最後の「銀座カンカン娘」がなかなかいいですね。
漢語で歌うと、日本の歌ではなく支那の歌のようです。
「雨のブルース」と「銀座かんかん娘」は、漢語の歌詞を覚えて
歌ってみたいです。
「氷雨」とか「昴」とか「私の城下町」などは、漢語で歌えますよ。
めずらしいものをご紹介くださいまして、有難うございました。
.
これは メッセージ 544 (machiko_0225 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835412/bbgmdb2vdbffcbeh_1/545.html
中国語で聞く服部メロディ
投稿者: machiko_0225 投稿日時: 2011/09/21 12:45 投稿番号: [544 / 735]
中国語で聞く服部メロディ
http://www.youtube.com/watch?v=FhFXi5dr2c4
日本音樂大師・服部良一(夏端齡)所提供給中國明星的懷念金曲。
①蘇州夜曲(蘇州夜曲/原詞:西條八十
原唱:渡邊はま子・霧島昇)/詞:滌亞
唱:白虹
②寒雨曲(雨のブルース/原詞:野川香文
原唱:淡谷のり子)/詞:陳蝶衣
唱:潘秀瓊
③説不出的快活(ジャジャムボ/原詞:村雨まさを
原唱:笠置シヅ子・旗照夫)/詞:李雋青
唱:葛蘭
④重相逢(アリラン・ブルース/原詞:西条八十
原唱:高峰三枝子)/詞:周之原
唱:崔萍
⑤夢去了(夢去りぬ/原詞:奥山 靉
原唱:霧島昇)/詞:佚名
唱:潘秀瓊
⑥花兒頭上插(支那むすめ/原詞:高橋掬太郎
原唱:菊池章子)/詞:梁佩瓊
唱:葆蕾
⑦希望在明天(明日の運命/原詞:西條八十
原唱:渡邊はま子・霧島昇)/詞:陳蝶衣
唱:静停
⑧尋夢曲(胸の振子/原詞:サトウハチロー
原唱:霧島昇)/詞:陳蝶衣
唱:葛蘭
⑨青山戀(青い山脈/原詞:西條八十
原唱:藤山一郎・奈良光枝)/詞:藍紱
唱:潘秀瓊
⑩留戀(チャイナ・タンゴ/原詞:藤浦洸
原唱:中野忠晴)/詞:陳蝶衣
唱:姚莉
⑪白蘭之戀(いとしあの星/原詞:サトウハチロー
原唱:渡邊はま子)/詞:佚名
唱:張露
⑫喇叭傳情(私のトランペット/原詞:服部良一
原唱:淡谷のり子)/詞:陳蝶衣
唱:姚莉
⑬美麗的夜香港(アデュー上海/原詞:藤浦洸
原唱:渡邊はま子)/詞:佚名
唱:韋秀嫻
⑭汝願意不願意(青い部屋/原詞:サトウハチロー
原唱:淡谷のり子)/詞:佚名
唱:潘秀瓊
⑮迷汝迷汝(銀座カンカン娘/原詞:佐伯孝夫
原唱:高峰秀子)/詞:于文
唱:訒麗君
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四時田園雑興 范成大 秋日
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/21 03:03 投稿番号: [543 / 735]
四時田園雑興
范成大(宋・1126〜1193)
朱門乞巧沸歡聲
朱門は乞巧に歡聲沸き
田舎黄昏靜掩●
田舎は黄昏
靜かに●(ケイ)を掩う
男解牽牛女能織
男は牽牛を解し
女は織を能くす
不須邀福渡河星
福を邀(むか)うるを須(もち)いず
渡河星に
●
戸かんむり
の下に、「回」の字の下の横棒をとったものをつけて。
かんぬき
のこと。
立派なお屋敷では七夕を祝って歓声沸くがごときであるのに
農家では日暮れ方にはもうしいんとなって門をしめて寝てしまう
男は牛をひっぱることができるし、女は機(はた)を織ることができるのだから
いまさら福を迎えるために天の河を渡る牽牛・織女を祭ることなどいらぬのだ
★松枝茂夫『中国名詩選』下, 岩波文庫
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
大きなお屋敷では七夕の祝いと
歓声が湧いているが
田舎家はたそがれ
静かに戸をとざすだけ
男は牛を牽き
女は機(はた)を織ることができる
天の川を渡るお星さまに
いまさら願いごとをするまでもないのさ
★前野直彬編訳『宋・元・明・清詩集』平凡社, 中国古典文学体系19
6027
七夕の歴史・由来
(1)もともと日本の神事であった「棚機(たなばた)」と
(2)おりひめとひこぼしの伝説と
(3)奈良時代に中国から伝来した「乞巧奠(きこうでん)」
という行事があわさったものと言われています。
投稿制限の関係でURLを貼りません。検索してみてください。
.
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四時田園雑興 范成大 夏日
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/21 02:55 投稿番号: [542 / 735]
四時田園雑興
范成大(宋・1126〜1193)
夏日
采菱辛苦廢犁●
菱を采るに辛苦す
犁●(リショ)を廢てて
血指流丹鬼質枯
血指は丹を流して
鬼質枯る
無力買田聊種水
田を買うの力無く
聊(いささ)か水に種(う)えしに
近來湖面亦収租
近來
湖面も亦た租を収(おさ)む
●
金且
ショ
鋤鍬を棄てて菱作りに改業したが、これがまたたいへんに辛い仕事で
指は血にまみれて真赤になるし、姿は幽鬼のように痩せさらばえた
それというのも畑を買う金がないため、
湖の中に少しばかり菱を作ることにしたわけだが
この頃では湖面からも年貢を取り立てることになった
★松枝茂夫『中国名詩選』下, 岩波文庫
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
菱とりに骨が折れるあまり
鋤鍬も手から離してしまった
血に染まる指は朱を流したよう
影の薄い姿も枯れはてて
田を買う力もないゆえ
せめて水から生計(たつき)を得るつもりが
近ごろでは湖水からも税金を取りたてるそうな
★前野直彬編訳『宋・元・明・清詩集』平凡社, 中国古典文学体系19
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
★菱の実は食べたことがあります。ゆでて食べます。
たいへんに堅いもので、ゆでた実をナイフで半分に割って、
なかの白い実を食べます。
まちがって手でもすべらせたら、指のほうを切り落としてしまいます。
べつにおいしいものでもありません。
http://homepage2.nifty.com/tokugyouji/E4.htm★1249
柿本人麻呂歌集」
巻七
雑歌
君為
浮沼池
菱採
我染袖
沾在哉
君がため
浮沼(うきぬ)の池の菱摘むと
我が染めし袖
濡れにけるかも
―――――
「夫のために、浮沼の池(に生えている)ヒシを摘めば、
私が染めた袖を、(早速、池の水で)濡らしてしまいました」
・浮沼の池:島根県大田市。浮布池(うきぬのいけ)
http://fine.ap.teacup.com/leaves/1269.html?rev=16024
.
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『詩経』国風・招南・ひょう有梅
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/21 02:25 投稿番号: [541 / 735]
詩経・国風・招南・●有梅(ひょうゆうばい)
●有梅
其實七兮
おちて梅あり
そのみ
ななつ
求我庶士
○其吉兮
我を求むる庶士
そのきつにおよべ
●「てへん」+「票」
○「しんにょう」+「台」
およぶ
梅の実はつぎつぎと地に落ちるが
枝にはまだ七割がた残っている
(年齢にゆとりがある)
わたしがほしい殿方よ
吉日をまちがえずに申しこんでおくれ
●有梅
其實三兮
おちて梅あり
そのみ
みっつ
求我庶士
○其今兮
我を求むる庶士
その今におよべ
梅の実はつぎつぎと地に落ちて
残りの梅の実はもう三割
わたしがほしい殿方よ
さあ
今のうちに早く申しこんでおくれ
●有梅
頃筺◎之
おちて梅あり
けいきょう
これをとる
求我庶士
○其謂之
我を求むる庶士
その
これを
いふにおよべ
◎「厭」の下に「土」
梅の実はつぎつぎと地に落ちて
すっかり
手籠にひろわれた
わたしがほしい殿方よ
ことばだけでいいから
意思表示をしてちょうだい
★「ひょう有梅」では、なかなかプロポーズしてくれない男性に
女性がやけになっています。
投げつける梅の実がなくなれば、
これでもか、とからっぽのカゴまで投げつけることでしょう。
★昔、晋の国に潘岳という美丈夫がいた。
車に乗り町に出ると、
彼を慕う女たちが贈る果物で車がすぐに一杯になったという。
潘岳の幼名が檀奴だったので、
「檀郎」は夫や恋い慕う男を意味する呼称に。
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2004/06/0406j1124-00002.htm(★嫉妬で花を踏みにじるとは・・・
さすが朝鮮女性は感情の起伏が烈しい。★)
★で、友人の左思が潘岳のまねをして車をはしらせると、
車の中は瓦や石ころでいっぱいになったとか。
左思は潘岳のようないい男ではなかったのですね。
男の価値は容姿じゃないと思いますけど。
どれだけやさしく強いか、じゃないでしょうか。
626
.
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四時田園雑興 范成大 夏日
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/21 01:59 投稿番号: [540 / 735]
四時田園雑興
范成大(宋・1126〜1193)
梅子金黄杏子肥
梅子金黄
杏子肥え
麦花雪白菜花稀
麦花雪白
菜花稀なり
日長籬落無人過
日長くして籬落(リラク)に人の過(よぎ)る無し
惟有蜻①②蝶飛
惟だ蜻①(セイテイ)②蝶(キョウチョウ)の飛ぶ有るのみ
①
虫廷
②
虫夾
梅の実が黄色に熟し、あんずの実も大きくなり
麦の花はまっ白に、菜の花はもうまばら
長くなった夏の日、わが家の垣根に訪れる人はなく
とんぼやちょうだけが、飛び交っている
★石川忠久『夏の詩100選』NHKライブラリー
~~~~~~~~~~~~~~~~~
梅の実が黄金に色づいて
杏の実も肥えた
麦の花は雪のように白く
菜の花はもう残り少な
長い昼
籬(まがき)のあたりをかよう人もなく
ただ蜻蛉(とんぼ)と蝶だけが飛んで行く
★前野直彬編訳『宋・元・明・清詩集』平凡社, 中国古典文学体系19
6018
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Re: 劉暁波「中国政府に操られた反日デモ」
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/21 01:54 投稿番号: [539 / 735]
ざっと拝見いたしました。
劉暁波 さん、ご立派なかただと思います。
ノーベル賞受賞で騒がれていた当時、わたしは、
「ご立派なかたなんだろうけど、それでも尖閣は日本の領土だとは
おっしゃらないだろう」
と思った記憶があります。
ノーベル賞に対抗して、孔子賞というのをつくったんでしたっけ。
こんどは、プーチンが選ばれたそうですね。
バカバカしい。
黄泉の国で、孔子がなげいていますよ。
こんなくだらないことに、自分の名まえを出さないでほしい、と。
劉暁波 さん、
外国に出してもらえるといいのですが、
アメリカあたりがクチをきいてくれないのでしょうか。
『毛沢東の私生活』を書いた人は、アメリカに逃げましたが、
後に暗殺されていますね。
『古井戸』で有名な鄭義もアメリカに亡命しました。
『紅色紀念碑』=『食人宴席』を書いたことで身に危険が及ぶことに
なったからです。
孔子には批判的なかたです。
奥さまはかなりの美人のように思いました。
石平さんは、日本では有名です。
愚かで平和ぼけした日本国民よりも、日本のことがよくわかっておられます。
ブログランキング上位におられた「支那豚さん」もたしか日本に帰化されて
いらしたと思いますが、パソコンの調子がおかしいと消えてしまわれたきりです。
ご無事でいらっしゃるといいのですが。
『鴻』=『ワイルド・スワン』の作者も、遇羅錦も亡命しました。
中国では、年間30万件くらいの暴動があるそうですね。
このさき、どうなるでしょうか。
尖閣諸島が日本の領土だとわかっていらっしゃるかたなら、
日本に来ていただいてもいいですね。
反日教育に汚染された反日さんはおことわりですが。
.
これは メッセージ 536 (maotaoton_001 さん)への返信です.
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Re: 名作名文ハイライト
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/21 01:26 投稿番号: [538 / 735]
こんばんわ。
いつも有難うございます。
教科書にも掲載されている名作ばかりですね。
「蜘蛛の糸」「杜子春」「走れメロス」は、はらはらさせられますね。
「杜子春」は、もとは唐代伝奇ですね。
こどものころ、学校で上演したクラスがありました。
もちろん、全部読んで知っています。
「野菊の墓」は原作を読みましたし、映画もふたつ見ました。
ビデオで見たかテレビで見たと思うのですが、
古いほうの、有田紀子、笠智衆主演のがよかったですね、
もうひとつは松田聖子主演でしたが、野菊という感じではありませんでした。
ところで、今日の読売新聞はコスモスの話題でした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
可思莫思花
秋桜
コスモス
9月20日付
編集手帳
人にたとえて、
「華麗で繊細、薄情で、ちょっぴり気の強いところもあるような…」
と評したのは俳人の飯田龍太さんである。
コスモスの花便りが各地から届く季節になった
◆和名の「秋桜(あきざくら)」も優しい名前で捨てがたいが、絵心のない
身にもふと絵筆をとってみたいと思わせるパステル色の花びらには、
やはりカタカナの呼び名が似合うようである。
漢字の名前では中国に「可思莫思花」の異称があることを“お天気博士”
倉嶋厚さんの随筆に教えられた
◆コスモスの音に近い漢字をあてたのだろうが、「思うべし、思うなかれ」
とも読める
◆きょうは彼岸の入り、コスモスの咲く道を歩いて墓参りをする人もいるだろう。
あの震災に遭った人は誰もが、家族や家を奪われた瞬間を片時も忘れるわけにはいかない。
さりとて生きていくためには、過去から明日へ目を転じていかなくてはならない。
おそらくは、「思うべし」と「思うなかれ」のあいだを揺れた半年であったに違いない
◆〈山川の傷みコスモスたちのぼる〉(林田紀音夫)。
被災した人も、しなかった人も、墓前に語って語り尽きることのない秋である。
(2011年9月20日01時25分 読売新聞)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
>「可思莫思花」<
「莫大」(ばくだい)とは、「大なるなし」「大きくない」
ということです。
でも一般に、「ものすごく大きい」という意味に使用されています。
なぜでしょうか。
実は「莫大焉」「焉(これ)より大なる莫し」の
「これより」が省略されているのです。
「莫大小」は「メリヤス」のあて字です。
よく伸縮して、大きくなったり小さくなったり、大小がないのです。
.
これは メッセージ 535 (sennin_194012 さん)への返信です.
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台湾まで泳いで横断日本の若者6人成功
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/21 01:16 投稿番号: [537 / 735]
台湾まで泳いで横断
日本の若者6人成功
与那国から110キロ 2011/9/19 11:16
東日本大震災後に多額の義援金を送ってくれた台湾に感謝の気持ちを
伝えようと6人の青年スイマーがリレー方式で挑戦していた
「日台黒潮泳断チャレンジ」は、19日午前10時前(日本時間同11時前)
に台湾の蘇澳に無事に到着、成功した。
与那国島から約110キロを泳ぎ切り、台湾の海岸に到着した日本人青年6人。
いずれも青い水泳帽(19日)=共同
17日午前7時すぎに沖縄県与那国島のナーマ浜をスタート。
台風接近の影響で当初予定していた150キロのコースを変更して
短縮ルートで臨んだ。
途中、大しけのためにサポート船に上がり中断することはあったが、
約52時間かけて約110キロを泳ぎ切った。
東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島県の知事から託された
メッセージを無事に台湾側に手渡し、同チャレンジ発起人の会社員、
鈴木一也さんは
「すごく感動した。これが復興の活動を続けていくことのスタートだと
思っている」
と話した。
また福島県相馬市出身の中央大生、山田浩平さんは
「被災地の子供たちのために泳いだ」
と語った。
与那国島から台湾へ、スイマー出発
被災地支援に感謝
(2011/9/17 8:59)
なぜ台湾まで泳ぐのか
日台泳断150キロに挑む若者たち
(2011/9/9 7:00)
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819499E3EBE2E2908DE3EBE2EBE0
E2E3E3E2E2E2E2E2E2★台湾のみなさま、ほんとうに有難うございました。
.
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劉暁波「中国政府に操られた反日デモ」1-4
投稿者: maotaoton_001 投稿日時: 2011/09/20 11:21 投稿番号: [536 / 735]
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名作名文ハイライト
投稿者: sennin_194012 投稿日時: 2011/09/19 06:35 投稿番号: [535 / 735]
これは メッセージ 1 (ajisai110701 さん)への返信です.
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Re: 四時田園雑興 范成大 晩春
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/19 00:46 投稿番号: [534 / 735]
★>モンシロチョウ(清楚で可憐、
アゲハチョウのようにけばけばしくてはいけない)<
モンシロチョウやモンキチョウは乙女のイメージですが、アゲハチョウは
キャバクラホステスかブランド品で飾りたてた厚化粧の中年女のイメージ。
とはいうものの、わたしの友人の言うところでは、
現在では、素人のほうがけばけばしくて、
逆に水商売のホステスさんのほうが素朴な感じにつくってあるそうな。
名まえにしても、一般家庭のこどもがホステス風、
ホステスさんの名まえは逆に「××子」というふうに伝統的、古風。
高校の先生をしている人が言っていました。
こどもの名まえを見れば、親の程度がわからあ・・・。
★>籬(目透かしであって、目隠しであってはならない)<
そうそう。これは非常に日本人の好みにあいます。
★>柴犬のような小型の番犬(トピ主がなんと反対しようとも、秋田犬の
ような大型犬では駄目なのだ。何故かと言えば、穴が大きくなりすぎる)<
好みのうえからも、物理的にも非常に説得力があります。
柴犬はいいですね、少し哀愁を含んだ目がなんともいえない。
★>垣の上下と内外をこの一行で表現したのではなかろうか?
垣を透かして人の気配を知れば、<
圧巻です、これ以上の理解がありますでしょうか。
この情景は、映画かテレビドラマにそのまま使えそうです。
松枝先生は東大のご出身で、それまでの東大のガチガチ孔子教の支那学に
新風を吹きこまれたかたです。
面白いことに、京大のほうが東大より遅くできているせいか、
シノロジーの学風が全然違います。
京大のほうが学究的・哲学的でしかも自由な雰囲気。
現在でもそうじゃないでしょうか。
だいたいにおいて、原発推進派は東大、原発慎重派は京大。
邪馬台国九州説が東大、邪馬台国奈良説が京大。
わたしはなんとなく、東大よりも京大のほうに魅力を感じます。
二松学舎や大東文化大学も、支那学においては名門です。
犬のくぐり穴、なんていうと、現代のドアの下方を四角にくりぬいて
小さなドアをつけた猫の出入り口を思い浮かべます。
どれも“くぐり穴”には違いないでしょうが。
>と謂う事で、松枝先生の説に一票。
違うか???
―ブル―<
わらわ(ら)もその説に大賛成にござりまする・・・
6017
これは メッセージ 533 (ajisai110701 さん)への返信です.
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Re: 四時田園雑興 范成大 晩春
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/19 00:45 投稿番号: [533 / 735]
投稿者 :
chikasbulldog
転載・保存
笑劇の凡訳家、ブルが贈る超絶現代語訳「四時田園雑興」
ジャーン
庭先の菜の花畑に、モンシロチョウ(清楚で可憐、アゲハチョウのように
けばけばしくてはいけない)のような蝶が二匹舞い遊ぶ、長閑に時間が
流れる田舎家には訪れる客も無くて、なんだか暇だなぁ。
そう思っていたところへ、籬(目透かしであって、目隠しであっては
ならない)を超えて騒々しくコァカッカッカッカと鳴き騒ぐ白い鶏が
飛び込んでくると、何事かと柴犬のような小型の番犬(
トピ主がなんと反対しようとも、秋田犬のような大型犬では駄目なのだ。
何故かと言えば、穴が大きくなりすぎる)が駆け出して籬の下に掘った穴
(普段は犬が出入りする場所)へと入り込み、侵入者に警告するよう
下から牙を向いて、ここぞとばかりにワンワンギャンギャンと吠え始めた。
すわ、何事が起きたのかと思えば、籬を透かした向こうに、
茶葉を商う仲買人の姿が見えた。なぁーんだ!
>鶏飛過籬犬吠竇
鶏は飛んで籬(まがき)を過ぎ犬は竇(あな)に吠ゆ
垣を飛び越えて来る鶏と、
垣の下に掘られた穴から外に吠えている犬の状況かな。
へへ、よく分からないんですが、鶏が何かに追われるように慌てて垣の内側
へと飛び込んで来ると、番犬が侵入者を食い止めようと垣の下に作った
もぐり穴に入り、外に向かって吠え出した様子。
垣の上下と内外をこの一行で表現したのではなかろうか?
垣を透かして人の気配を知れば、どうやら茶葉を買いに来た商人の風情を
していた。――なんちって
塀(目隠し)に作られたくぐり穴とか、開口部から顔を出して吠える
イメージはちと風情に欠けるような……。
それに、塀の内に入ってこなければ相手が分からない状況では、
間合い(スピード感)が悪い。
と謂う事で、松枝先生の説に一票。
違うか???
―ブル―
6016
.
これは メッセージ 532 (ajisai110701 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835412/bbgmdb2vdbffcbeh_1/533.html
四時田園雑興 范成大 晩春
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/19 00:40 投稿番号: [532 / 735]
四時田園雑興
范成大(宋・1126〜1193)
胡蝶双双入菜花
胡蝶双双
菜花(サイカ)に入る
日長無客到田家
日長くして
客の田家に到る無し
鶏飛過籬犬吠竇
鶏は飛んで籬(まがき)を過ぎ犬は竇(あな)に吠ゆ
知有行商来買茶
知んぬ
行商の来たりて茶を買う有るを
蝶が二匹、ひらひらと菜の花の畑へ入って行った
春の日はゆったりと長く、農家を訪れる人もない
と、ふいに鶏が騒ぎたてて垣を飛び越え、犬がくぐり穴から吠え始めた
それは、行商人が茶を買いに来たのだった
★石川忠久『春の詩100選』NHKライブラリー
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
つがいの蝶が一組ずつ
菜の花に入っていく
長い昼を
この田舎家には訪れる客もない
鶏が籬(まがき)を飛び越え
犬が塀の穴から吠えだした
わかった
茶を買う商人がたずねてきたのだ
★前野直彬編訳『宋・元・明・清詩集』平凡社, 中国古典文学体系19
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
蝶々がひとつがいずつ菜の花の中に飛んで入り
晩春の日長に、農家を訪れる客もない
突然、ニワトリがパッとまがきを飛び越えて逃げ、犬が穴の中から吠え立てる
すわ何事かと思ったら、仲買人が茶を買い集めに来たのであった
★松枝茂夫『中国名詩選』下, 岩波文庫
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
★宋代では、お茶は専売品でした。
政府から鑑札を受けた業者のみが商売を許されていました。
★今宵の課題は、「犬吠竇」。
石川忠久先生
犬がくぐり穴から吠え始めた
前野直彬先生
犬が塀の穴から吠えだした
松枝茂夫先生
犬が穴の中から吠え立てる
★どれもさほど違いはありません。
この犬のくぐり穴を「狗竇・クトウ」といいます。
具体的には、どんな穴なのでしょうか。
松枝先生のみ〔註〕をつけていらっしゃいます。
塀の下の地面を掘った穴、なのだそうです。
しかしまた、だからといって他の形状の犬の穴がないともいえません。
他国の、しかも古代の、日常の生活風俗というものはたいへんむつかしい。
.
これは メッセージ 531 (ajisai110701 さん)への返信です.
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Re: 四時田園雑興 范成大 春日
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/19 00:37 投稿番号: [531 / 735]
★闘草
石川先生と前野先生とでは解釈が異なります。
草相撲といえば、草の茎をからませてひっぱり、先に切れたほうが負け。
草くらべといえば、それぞれ草花を摘んできて比べあい、
種類の多いほうを勝ちとします。
あるいは、摘んできた花の優劣を競い合います。
このばあい、どちらが適当か、わかりますね。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
わたしは前野直彬先生派です。
実は、端午の節句に女の子の行事として「闘百草」という遊びがあります。
「百」は、「たくさん」「いろいろ」。
「花あわせ」という意味です。同じことをしているのだと思います。
――節句でなくとも、わらわが部屋は落花狼藉――
.
これは メッセージ 527 (ajisai110701 さん)への返信です.
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Re: 太湖船 - 白虹、他
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/19 00:34 投稿番号: [530 / 735]
いろいろ御紹介、ありがとうございます。
たくさんの種類の歌詞がありますね。
やはり一番すてきなのは漢語の歌詞ですね。
わたしが教わったのは、
国やぶれて山河あり
城 春にして草木深し
ときの流れ変わらねど
ああ
ああ
夢は
そよ吹く風に冷たく
ときは移る
幾星霜
だったと思います。記憶間違いがあるかもしれませんが。
サントリーは昔から、異国情緒を強調したCM を打っています。
以前はそれで成功もしていたと思いますが、
最近、鏡月グリーンという朝鮮酒で痛い目にあいました。
宣伝の文句を「日本海」とか「海」だけとかにしておけば無難だったのに、
「東海(日本海)」とやったんですね。
朝鮮人は、日本海の呼称が気にくわなくて、なんとかして「東海」にしたい
と世界に横車を押して運動をしていますので、敏感な問題でした。
サントリーの食品部の部長が朴という在日であることも知れ渡りました。
今、日本人から大反発を受けているところです。
サントリーは謝罪しましたが、以前から通算して「東海」表記はこれで
五回目です。
指摘されると謝罪してひっこめ、ほとぼりが醒めるとまたやる確信犯です。
今、日本人に人気のあるのはニッカとチョーヤです。
良心的な会社です。
ま、それはそれとして、
昔、何を売っていたのか忘れましたが、「いつでも夢を」の漢語版も
作っていましたね。
わたしは、それも歌えます。
.
これは メッセージ 529 (sennin_194012 さん)への返信です.
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太湖船 - 白虹、他
投稿者: sennin_194012 投稿日時: 2011/09/18 12:38 投稿番号: [529 / 735]
これは メッセージ 1 (ajisai110701 さん)への返信です.
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四時田園雑興 范成大 春日
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/18 00:44 投稿番号: [527 / 735]
四時田園雑興
范成大(宋・1126〜1193)
春日
社下焼銭鼓似雷
社下
銭を焼けば
鼓
雷に似る
日斜扶得酔翁回
日斜めにして
酔翁を扶け得て回(かえ)る
青枝満地花狼藉
青枝
地に満ち
花
狼藉
知是児孫闘草来
知る是れ
児孫の草を闘わせ来たるを
春の祭りの日、紙銭を焼いたり、太鼓の音を雷のように鳴らしたりする
夕暮れどき、村では子どもらが酔っ払った父親を
抱きかかえて家に帰る姿が見られる
地面のあちこちに、青草の茎が落ち、花びらが乱れ散っている
そうか、子どもたちがここで草相撲をしていたのだ
石川忠久『冬の詩100選』NHKライブラリー
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
村の社では御祭礼
太鼓の音が雷のように
日が傾けば酔いつぶれた爺さんをかかえて帰る人々
地面にはいっぱいの青い枝
花も散らばったまま
なるほど
子供たちが草くらべをしていたのだな
★前野直彬編訳『宋・元・明・清詩集』平凡社, 中国古典文学体系19
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★闘草
石川先生と前野先生とでは解釈が異なります。
草相撲といえば、草の茎をからませてひっぱり、先に切れたほうが負け。
草くらべといえば、それぞれ草花を摘んできて比べあい、
種類の多いほうを勝ちとします。
あるいは、摘んできた花の優劣を競い合います。
このばあい、どちらが適当か、わかりますね。
.
これは メッセージ 526 (ajisai110701 さん)への返信です.
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