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謀殺説にひそむ不信感 誤解の土壌に侵略

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/25 02:56 投稿番号: [561 / 735]
■魯迅・中国・日本
謀殺説にひそむ不信感、誤解の土壌に侵略戦争
藤井省三
2003/3/13    朝日新聞

  魯迅は近代中国を代表する文学者である。
そして魯迅文学は、日本や中国ばかりでなく、香港・台湾や韓国・
シンガポールでも熱心に読まれてきた東アジア共通の文化遺産である。
この魯迅をめぐって、中国で近年、日本人医師による謀殺説が賛否両論を
巻き起こしている。

  病弱だった魯迅は、戦前の上海で開業していた日本人医師
須藤五百三(1876〜1959)を主治医としていた。
須藤の名前は『魯迅日記』に一六○回以上も登場しており、
死亡前夜に気胸を起こした際にも魯迅は「電話デ須藤先生ニ頼ンデ下サイ」
という日本語メモを残している。

  ところが二年前に魯迅の息子周海嬰(1929〜)が中国の文芸誌に、
須藤が「日本の某方面」の決定により故意に治療を遅らせた疑いがある
と書いたのである。
周の母で魯迅の愛人である許広平(1898〜1968)らは、須藤を疑っていた
というのだ。
その後も周は『魯迅と私の七十年』という回想録を刊行し、
謀殺説を流し続けている。

  これを受けて昨年には広東省の専門誌「魯迅世界」(第一期)に
「真相、魯迅先生は須藤の誤診で死んだ」という論文が掲載された。
これは現代医学の観点から下された30年代の開業医の診療に対する
批判であり、歴史的検証とは言えないであろう。
それにもかかわらず同誌第3期には誤診説を支持する意見が
多く掲載されている。

  そのいっぽうで、週刊文学新聞「文芸報」9月11日号に伝記作家の
秋石(本名賀金祥)が長文の周著批判を書き、謀殺説も魯迅自身の
文章や発言に基づき徹底的に批判した。
私が親しくしている中国の魯迅研究者の多くも、秋石論文に同意し、
周著はおもしろ半分に読めても、学術書とか魯迅伝とか言えるものでは
ない、と語っている。

  実は84年にも、南京の新聞で須藤による殺害説が提起されたことがある。
その時には、日本の医学者で魯迅と医学に関する詳細な研究をおこなって
きた泉豹之助が朝日新聞紙上で周到な反論を行い、これを受けて
上海魯迅記念館副館長・楊藍も殺害説が個人的見解に過ぎぬことを確認し、
南京紙側も記載に根拠がないと自己批判したのである。

  魯迅の生前には米人記者スメドレーらが強硬に説得して、米人医師の
診察を受けさせたものの、魯迅はその後も須藤による治療を望んだ。
そもそも魯迅自身、日本留学中に仙台医専(現・東北大学医学部)で一年半
ほど医学を学んでいる。
殺害説や誤診説は魯迅に人を見る目がなかったと言うに等しいであろう。

  謀殺説騒ぎの中で、私も須藤が36年10月の魯迅逝去の直後、上海の邦字紙
「上海日報」に連載した手記「医者より観たる魯迅先生」を発見した。
七、八歳の頃から歯が悪くなった魯迅は、二十七歳の時には総義歯となって
消化機能が低下し、「死に至る迄、其の食量は、吾人の半分位」云々と
須藤は記している。
全体に魯迅が須藤に寄せた信頼の深さがうかがえる。
この手記に関し北岡正子も「野草」第71号(大阪外大青野研究室気付)に
詳しい紹介を書いている。

  80年代以後、小説や流行歌、テレビドラマなど日本の現代文化が、
台湾・香港そして中国の人々の共感を集めてきた。
東アジアでは、経済交流と文化交流とが同時進行しているのだ。
この数年、東アジア共同体のような構想も議論されている。

  そのいっぽうで、魯迅謀殺説などが中国で蒸し返されるのは、半世紀
以上も前の日本の侵略が被害国に深い不信感を残しているためであろう。
許広平も41年の太平洋戦争勃発時、上海租界で日本軍憲兵隊に逮捕され、
拷問を受けている。

  私たちは誤解にはきちんと反論しつつも、謀殺説などが繰り返される
歴史的背景にも配慮すべきであり、侵略戦争への反省を怠ってはならない。
そうしてこそ東アジアは、日本を共同体の一員として迎えてくれることであろう。

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