愚民
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/24 00:32 投稿番号: [554 / 735]
愚民。 2011/ 4/28 20:12 [ No.502914
投稿者 :
horahukikamome
私たちの国は、明治維新以後、武士の治世から議会のそれへと転換した。
為政者を我々国民が選ぶこととなった。
しかし、明治の時代に入っても、選ばれる議員は、丁髷を断髪した武士であった。
明治維新は列強のアジア進出が我国にまで及ぶ国難に際し、若き志士の群れ
(下級武士)が幕府を倒し、近代化(国際化)を推し進めようと、
先進国に倣った制度を取り入れたのであるから、当然のことである。
江戸時代の民衆と同じく、この時代までの民衆は、己の職業を全うして
いれば事が足りた。なぜなら、立候補者は「国思う志士」であったからだ。
★★★誰に投票しても正道を大きく外れることはなかった。★★★
しかし、戦後の日本は、戦勝国の思惑が渦巻き、国思う志士は排除され、
1970年代に入ると、それに輪をかけ、金権政治が跋扈する時代に突入した。
★この時代は、教育界・メディアは戦勝国や金権政治屋の手先となって、
真実を教えず・報道せず、歪曲・捏造の教育・報道に終始し、政治から
国民を遠ざけ、拝金主義に洗脳する。かくして、愚民が出来上がった。★
その愚民について考えてみよう。
魏志倭人伝には、倭人(大和民族)は「神を畏れ、大人しく、盗まない」とある。
今の日本人と変わらないではないか!
そう、今も変わらず大和民族は民度が高い。何処が愚民なのであろう。
大和民族の政治制度は、当初、直接民主制(神々は職業を持っていた)に
あったが、その後分業制度が進み、江戸時代までに「士農工商」の分業が
確立した。庶民は政治のことなど考える必要もなく、己が天賦の職業に
努力していれば生活が保たれ、政治を司る武士もまた治世に尽力し、
国は治まっていた。
『ここだ! 』
未だに国民は己が職業に努力さえしていれば生活が成り立ち、
政治は政治家に任せておけば国が治まると思い続けている。
そうではない。
民主主義は国民にもう一つの仕事を与えたことに気付かねばならぬ。
間接民主制とはいえ、民主主義の主権は国民にあり、
政治への参加は国民の義務であり、決して権利などではない。
政治への参加とは、
ただ単に選挙で投票すれば事足りるというものではない。
まずは現在を知らねばならぬ。
現在を知るには情報が正確であるかどうかを常に吟味せねばならない。
公平でなければならない。
隠された真実に気付かなければならない。
歴史を知らねばならない。
歪曲・捏造に満ちた近現代史を正さなければならない。
正しい歴史、真実の歴史を知れば「国の未来」が見えてくる。
そして、知り得た真実の情報、正しい歴史を広め、
多くの国民と共有する必要がある。
その上で、この国のあるべき姿と未来を話し合わなければならない。
今や、政治を話し合うことはタブーではなく義務なのだ。
我々国民の一人ひとりが日本の国家・未来の像を持たねばならない。
その理想の国家像に照らして、政治家、官僚、産業界、メディア、
教育界を評価せねばならない。
常に見張り、正当な圧力をかけ、反国家政策や嘘を許してはならない。
『我々の手で日本国を造るのだ』。
国家体制は疾うの昔に変わっている。
今、我々大和民族は政治に対する民度が問われている。
いつまでも「政治愚民」であってはならぬ。
民主主義とは、大きな意味では国民が国家を造り、
個々には権利を得て義務を果たす。
我々の手で(間接的に)日本国を造り、政治を行う義務を果たさねば
国家が乗っ取られ、権利も失われ、己の仕事だけに没頭していれば、
その仕事さえも奪われて不当な責任を押し付けられる。
今一度言おう。
知り得た正しい情報を発信しよう。
歴史の真実を暴き正しい歴史を広めよう。
真実を共有しよう。
その上に立って、未来の日本を築こう。
己が仕事に精魂こめるように、政治に積極的に参加し、
政治家に我々国民の為の、国を造らせ政治を行なわせよう。
「政治愚民」などと言わせないと誓おうじゃないか。
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投稿者 :
horahukikamome
私たちの国は、明治維新以後、武士の治世から議会のそれへと転換した。
為政者を我々国民が選ぶこととなった。
しかし、明治の時代に入っても、選ばれる議員は、丁髷を断髪した武士であった。
明治維新は列強のアジア進出が我国にまで及ぶ国難に際し、若き志士の群れ
(下級武士)が幕府を倒し、近代化(国際化)を推し進めようと、
先進国に倣った制度を取り入れたのであるから、当然のことである。
江戸時代の民衆と同じく、この時代までの民衆は、己の職業を全うして
いれば事が足りた。なぜなら、立候補者は「国思う志士」であったからだ。
★★★誰に投票しても正道を大きく外れることはなかった。★★★
しかし、戦後の日本は、戦勝国の思惑が渦巻き、国思う志士は排除され、
1970年代に入ると、それに輪をかけ、金権政治が跋扈する時代に突入した。
★この時代は、教育界・メディアは戦勝国や金権政治屋の手先となって、
真実を教えず・報道せず、歪曲・捏造の教育・報道に終始し、政治から
国民を遠ざけ、拝金主義に洗脳する。かくして、愚民が出来上がった。★
その愚民について考えてみよう。
魏志倭人伝には、倭人(大和民族)は「神を畏れ、大人しく、盗まない」とある。
今の日本人と変わらないではないか!
そう、今も変わらず大和民族は民度が高い。何処が愚民なのであろう。
大和民族の政治制度は、当初、直接民主制(神々は職業を持っていた)に
あったが、その後分業制度が進み、江戸時代までに「士農工商」の分業が
確立した。庶民は政治のことなど考える必要もなく、己が天賦の職業に
努力していれば生活が保たれ、政治を司る武士もまた治世に尽力し、
国は治まっていた。
『ここだ! 』
未だに国民は己が職業に努力さえしていれば生活が成り立ち、
政治は政治家に任せておけば国が治まると思い続けている。
そうではない。
民主主義は国民にもう一つの仕事を与えたことに気付かねばならぬ。
間接民主制とはいえ、民主主義の主権は国民にあり、
政治への参加は国民の義務であり、決して権利などではない。
政治への参加とは、
ただ単に選挙で投票すれば事足りるというものではない。
まずは現在を知らねばならぬ。
現在を知るには情報が正確であるかどうかを常に吟味せねばならない。
公平でなければならない。
隠された真実に気付かなければならない。
歴史を知らねばならない。
歪曲・捏造に満ちた近現代史を正さなければならない。
正しい歴史、真実の歴史を知れば「国の未来」が見えてくる。
そして、知り得た真実の情報、正しい歴史を広め、
多くの国民と共有する必要がある。
その上で、この国のあるべき姿と未来を話し合わなければならない。
今や、政治を話し合うことはタブーではなく義務なのだ。
我々国民の一人ひとりが日本の国家・未来の像を持たねばならない。
その理想の国家像に照らして、政治家、官僚、産業界、メディア、
教育界を評価せねばならない。
常に見張り、正当な圧力をかけ、反国家政策や嘘を許してはならない。
『我々の手で日本国を造るのだ』。
国家体制は疾うの昔に変わっている。
今、我々大和民族は政治に対する民度が問われている。
いつまでも「政治愚民」であってはならぬ。
民主主義とは、大きな意味では国民が国家を造り、
個々には権利を得て義務を果たす。
我々の手で(間接的に)日本国を造り、政治を行う義務を果たさねば
国家が乗っ取られ、権利も失われ、己の仕事だけに没頭していれば、
その仕事さえも奪われて不当な責任を押し付けられる。
今一度言おう。
知り得た正しい情報を発信しよう。
歴史の真実を暴き正しい歴史を広めよう。
真実を共有しよう。
その上に立って、未来の日本を築こう。
己が仕事に精魂こめるように、政治に積極的に参加し、
政治家に我々国民の為の、国を造らせ政治を行なわせよう。
「政治愚民」などと言わせないと誓おうじゃないか。
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