竹島
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Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/09/02 08:25 投稿番号: [14880 / 18519]
shuku_remusさん
>>>>>>
"経済的興味" の意味を直接説明すると「経済的な興味」になります。
"経済" とは「物質・財産を生産・分配・消費する活動」などです。これでお分かり
でしょうか。それとも "興味" の意味が分かりませんか。
<<<<<<
私は、"経済的興味" という言葉は漠然としているのでもっと具体的な内容に限定してもらわないと、ご質問に対して答えかねることを#14866で述べました。上のように辞書的な意味を説明してもらったところで、その指し示す内容が漠然としていることに変わりなく、私の問題は解決しません。
ですから、
>>>>>>
そう言うことをお尋ねでないと思いましたので、
<<<<<<
というご判断は正しいです。
しかし、
>>>>>>
「竹島(現鬱陵島)に関するものを隠岐の産物として扱いたいと思うこと」のように例をあげました。他にもいろいろ考えられます。
<<<<<<
という記述はちょっと意外でした。「隠岐の産物として扱いたいと思うこと」はあくまで一例であり、これ以外にも "経済的興味" の意味することはいろいろあったのですか。
私は#14867でshuku_remusさんから、
(#14867)>>>>>>
ここで用いている "経済的興味" とは、竹島(現鬱陵島)に関するものを隠岐の
産物として扱いたいと思うことです。
>>>>>>
というお答えをいただいたので、てっきり「漠然としている "経済的興味" という言葉を、ここでは『竹島に関するものを隠岐の産物として扱いたいと思うこと』という意味に限定して用いる」という意味だと思っていました。
あくまで一例として挙げているのであれば、せめて「例えば」という語句を入れ、
「ここで用いている "経済的興味" とは、例えば、竹島(現鬱陵島)に関するものを隠岐の産物として扱いたいと思うことです」
のような書き方をして欲しかったと思います。
まあ、「隠岐の産物として扱いたい」というのは一例に過ぎないという shuku_remusさんの意図は分かりましたから、それで話を進めます。
>>>>>>
何が具体的にあったかは分かりませんが、竹島(現鬱陵島)の「多竹魚海鹿」に
関して上記のような活動を通して何がしかを得たいとの "願望" が "経済的興味"
の内容です。
<<<<<<
"経済的興味" の内容がそういうことであることは大体了解しました。
それで、最初のご質問に戻ってもう一つお尋ねします。
>>>>>>
斉藤豊仙は、竹島の主な産物「多竹魚海鹿」に "経済的興味" を感じていたかどうか
<<<<<<
『竹島の主な産物「多竹魚海鹿」』というのは日本語として少し変な表現ですよね。
国代記に竹島の産物が「多竹魚海鹿」という紹介されていることに絡めた表現であることは分かりますし、私なりにその意味を想像することもできますが、私の想像が当っているという保証もないので、できれば普通の日本語に直していただけませんか。
よろしくお願いします。
(次の記事に続く)
これは メッセージ 14875 (shuku_remus さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14880.html
瓮島
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/08/29 11:44 投稿番号: [14879 / 18519]
これは、初耳ですな。
http://www.japanresearch.org.tw/japan/paper-11.htm<正祖実録巻40>正祖18年(1794年)6月条25日内容によりますと,鬱陵島以外にも「防牌島、竹島、瓮島、可支島」等の島が登場する。まず,ここの瓮島に注目する必要がある。瓮島の瓮は瓮器を意味する。瓮器(Wong-Ki)を韓国語発音では「Tok」と呼ばれている。この「Tok」には2つの意味がある。瓮器の意味以外にも,韓国慶尚道地方の方言で石を意味する。
韓国側は「勒令第41号」第2条に現れる石島を,慶尚道地方の方言石の意味Tok Sumと解釈し,漢字音で記録する時,「Tok」の同じ音「独」を取って「独島」(Tok do)にしたと,石島を独島だと主張しているが,この独島と言う島の名称は,日本が1905年2月22日竹島(独島)を編入以前の韓国側の古文書には全く記されていない
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14879.html
晴天の日に見たのは何?
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/08/29 01:40 投稿番号: [14878 / 18519]
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『郷土資料 村川家附竹島渡海』
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/08/27 14:14 投稿番号: [14877 / 18519]
これは メッセージ 14860 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14877.html
Re: こんな滅茶苦茶な意見もあります。
投稿者: orehamatteita 投稿日時: 2006/08/27 00:44 投稿番号: [14876 / 18519]
ざっと目を通しましたが・・・・
典型的な韓国人の考えですね・・・
学歴のない人間を馬鹿にしているのもいかにもといったところですね
これは メッセージ 14874 (invridre さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14876.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/08/26 22:09 投稿番号: [14875 / 18519]
te2222000さん
>あと、できれば今回のような「斎藤豊仙の気持ちに対するshuku_remusさんの考え
>を述べて、その内容から "経済的興味" の意味を推測させる」書き方ではなく、
>「"経済的興味" の意味を直接説明する」書き方をしていただけませんか。
"経済的興味" の意味を直接説明すると「経済的な興味」になります。
"経済" とは「物質・財産を生産・分配・消費する活動」などです。これでお分かり
でしょうか。それとも "興味" の意味が分かりませんか。
そう言うことをお尋ねでないと思いましたので、「竹島(現鬱陵島)に関する
ものを隠岐の産物として扱いたいと思うこと」のように例をあげました。他にも
いろいろ考えられます。例えば、米子町人の事業に関係して、隠岐が中継拠点と
して資材を提供すること。地元漁民が事業の何らかの役割を請負すること。竹島
(現鬱陵島)からの産物を卸売すること。さらに、米子町人の事業とは別にして、
地元漁民による竹島(現鬱陵島)近海への出漁は当然あり得たと思います。
何が具体的にあったかは分かりませんが、竹島(現鬱陵島)の「多竹魚海鹿」に
関して上記のような活動を通して何がしかを得たいとの "願望" が "経済的興味"
の内容です。
>私の質問意図に対する誤解があるようですが、私は、shuku_remusさんが #14614
>で上記のフレーズをお書きになった時点での考えについて尋ねています。なので
>「未だ何とも言えない」ということはないと思います。
#14845でも述べましたが、竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思いについては
推測であることに変わりありません。te2222000さんとの議論を通しても、#14614と
現在とで、私の中で推測が確信に変わったとか、そのような変化はありません。
te2222000さんからの#14842では、私は「相当に自信のある書き方」とのことでしたが、
自信があるかどうかについて、私の中では「未だ何とも言えない」ということです。
>この説明を見る限り、バトルテストのテストとしての有効性は、公正な立場で
>優劣結果を判定する審判がいるかどうかに掛かっていそうですね。
まずは、当事者間でよく議論し、理解し合い、結論を出すのが一番です。
>#14869でも書いたように☆は、
>
>(*1)「地元漁民が国境画定を望んでいた」
>(*2)「斎藤豊仙は、地元漁民が安心して漁を営むことに関心があった」
>
>の二つを認めたとしても、
>
>(*3)「斎藤豊仙は国境画定が必要だと思っていた」
>
>という結論にはならない例として挙げたものですが、shuku_remusさんは、このこと
>[(*1)(*2)を認めても、(*3)の結論にはならないこと]についても、ひょっとして
>お認めになるのでしょうか。
竹島(現鬱陵島)について、国境をはっきりさせる以外に、地元漁民が安心して漁を
営めるようにする方法(例えば、国境をはなくとも外国と漁業協定する方法)が、当時
あったならばそれも良いと思いますが、私は知りません。te2222000さんは具体的に何か
ご存知ですか。
>「普通の郡代として、…推測しています」の文では、何を推測しているかが省略
>されていますね。
斉藤豊仙が隠岐郡代を務めたことをもとに、私は次のように推測しています。
斉藤豊仙が普通の(ここで"普通の" とは "役割に忠実な")郡代として、地元を
管轄していたならば、地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があったと
推測しています。隠岐郡代を務めたことをもとにした、このような推測は常識的な
推測と思います。
反対に、斉藤豊仙は隠岐郡代を務めたにも拘わらず、地元漁民が安心して漁を営む
ことには関心がなかったと推測するならば、この場合は、何故常識的ではない推測を
妥当とするのか、新たな根拠が必要になります。
>私は、そうは思いません。上で述べたように、(*1)(*2)を認めても(*3)の結論には
>ならないことがあると思うからです。
国代記の冒頭、日本の国境を述べる箇所を読んでの受け止め方を議論しています。
僅かな(ありもしないような)可能性を論じているのではありません。
shuku_remus
これは メッセージ 14872 (te2222000 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14875.html
こんな滅茶苦茶な意見もあります。
投稿者: invridre 投稿日時: 2006/08/24 23:52 投稿番号: [14874 / 18519]
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14874.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/08/23 22:46 投稿番号: [14873 / 18519]
(前の記事から続く)
さてところで、私が#14864 で書いた次の例(以下、☆)についてですが、
(#14864)>>>>>>
「地元漁民は、朝鮮半島が見える程に近いことから、朝鮮人との遭遇が起こることを懸念していた。しかし、斎藤豊仙は、実際に漁が妨害されたのであればともかく、40年に渡って漁の実施に問題が生じていないのだから、あえて正式な国境画定をする必要があるとは思わなかった」
<<<<<<
いくつか質問にお答えいただいたおかげで shuku_remusさんの考えが多少分かってきましたが、気になるのは、shuku_remusさんが☆の見解を否定しているように見えないことです。
もちろん、shuku_remusさんは、斉藤豊仙が国境画定の必要性を認識していたと推測されていて、その点、☆と見解を異にすることは分かりますが、その一方で☆に対して何らかの根拠を挙げて否定するということもされていません。なので、shuku_remusさんは、☆の見解も一つの考え方としてあり得るとお認めのように思えます。
#14869でも書いたように☆は、
(*1)「地元漁民が国境画定を望んでいた」
(*2)「斎藤豊仙は、地元漁民が安心して漁を営むことに関心があった」
の二つを認めたとしても、
(*3)「斎藤豊仙は国境画定が必要だと思っていた」
という結論にはならない例として挙げたものですが、shuku_remusさんは、このこと[(*1)(*2)を認めても、(*3)の結論にはならないこと]についても、ひょっとしてお認めになるのでしょうか。
>>>>>>
|>斎藤豊仙がこの問題についてそれ程高い関心を持っていたと主張するのであれば、
|>単に「郡代だったから」というだけでは不十分だと思います。
|
普通の郡代として、地元を管轄する役にあったとして推測しています。
常識的な推測と思います。断定には不十分ですが、推測には十分と思います。
<<<<<<
「普通の郡代として、…推測しています」の文では、何を推測しているかが省略されていますね。
この文は私の記事に対するコメントですので、私の記事を正しく理解していらっしゃるならば、以下のように推測していることになると思いますが、これには同意していただけますか。
「地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えが異なる可能性には言及する必要が無い程、斎藤豊仙は地元漁民が安心して漁を営むことに対して高い関心があった」(とshuku_remusさんは推測している)
>>>>>>
|>これまでのshuku_remusさんのお話では、地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えが
|>異なる可能性には言及されていません。
|
斉藤豊仙は地元漁民のことを考えるような性格ではなかったとか、
|或いは、当時の郡代には地元漁民に関心を持つべき責務はなかったとか、余程の
|事情があったでしょうか?
そのような事実があればご教示をお願いします。
<<<<<<
やっぱりshuku_remusさんは「斉藤豊仙は地元漁民のことを考えるような性格ではなかったとか、或いは、当時の郡代には地元漁民に関心を持つべき責務はなかったとか、そのような余程の事情がない限り、地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えが異なる可能性には言及する必要が無い」とお考えのようですね。
私は、そうは思いません。上で述べたように、(*1)(*2)を認めても(*3)の結論にはならないことがあると思うからです。
これは メッセージ 14872 (te2222000 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14873.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/08/23 22:45 投稿番号: [14872 / 18519]
shuku_remusさん
>>>>>>
隠岐郡代であった斉藤豊仙としては、竹島(現鬱陵島)に関するものは、先ずは
外国のものであってはならないと、次に米子町人が幕府から許可を受けていたこと
は認めるものゝ、松江藩隠岐の産物として扱いたいと "願望" したものと思います。
<<<<<<
うーん、「隠岐の産物として扱いたい」という表現について尋ねたのに対して、「隠岐の産物として扱いたい」という表現を使ったお答えをいただいてもねえ…。
>>>>>>
敢えて "利権を奪う" まで行かなくとも、まずは地元或いは拠点として何がしか
を得たいとの "願望" です。そのような関わりは実際あったのではないでしょうか。
<<<<<<
「敢えて "利権を奪う" まで行かなくとも」とおっしゃいますが、私には、鳥取藩が独占する竹島渡海事業の利権(の一部)を奪うことなしに、竹島に関するもの(の一部)を隠岐の産物として扱うという状況がちょっと想像しにくいです。その点、もう少しご説明いただけませんか。
あと、できれば今回のような「斎藤豊仙の気持ちに対するshuku_remusさんの考えを述べて、その内容から "経済的興味" の意味を推測させる」書き方ではなく、「"経済的興味" の意味を直接説明する」書き方をしていただけませんか。
>>>>>>
斉藤豊仙は、竹島の主な産物「多竹魚海鹿」に "経済的興味" を感じていたかどうか、
お考えをお聞きしています。
<<<<<<
"経済的興味" の意味が明らかになり次第、お答えします。
>>>>>>
>それで、#14614の「これ以上は想像の想像ですが」というフレーズに対する私の
>受け取り方は、shuku_remusさんのお考えと、ずれているのでしょうか?
未だ何とも言えません。
<<<<<<
私の質問意図に対する誤解があるようですが、私は、shuku_remusさんが #14614で上記のフレーズをお書きになった時点での考えについて尋ねています。なので「未だ何とも言えない」ということはないと思います。
>>>>>>
議論を戦わせ、その優劣結果により主張の妥当性を評価することをバトルテスト
と言っています。
<<<<<<
分かりました。
この説明を見る限り、バトルテストのテストとしての有効性は、公正な立場で優劣結果を判定する審判がいるかどうかに掛かっていそうですね。
(次の記事へ続く)
これは メッセージ 14871 (shuku_remus さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14872.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/08/20 22:12 投稿番号: [14871 / 18519]
te2222000さん
隠岐郡代であった斉藤豊仙としては、竹島(現鬱陵島)に関するものは、先ずは
外国のものであってはならないと、次に米子町人が幕府から許可を受けていたこと
は認めるものゝ、松江藩隠岐の産物として扱いたいと "願望" したものと思います。
敢えて "利権を奪う" まで行かなくとも、まずは地元或いは拠点として何がしか
を得たいとの "願望" です。そのような関わりは実際あったのではないでしょうか。
斉藤豊仙は、竹島の主な産物「多竹魚海鹿」に "経済的興味" を感じていたかどうか、
お考えをお聞きしています。
>それで、#14614の「これ以上は想像の想像ですが」というフレーズに対する私の
>受け取り方は、shuku_remusさんのお考えと、ずれているのでしょうか?
未だ何とも言えません。
議論を戦わせ、その優劣結果により主張の妥当性を評価することをバトルテスト
と言っています。
>「どの程度と言うことであれば」とありますが、何が「どの程度ということで
>あれば」なのでしょうか。
te2222000さん#14864にある下記「どの程度」です。もとのご質問です。
>地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えがどこまで一致しているかを考えた場合、
>どの程度の関心があったかも問題になると思います。
>「しかし国境画定については」とありますが、なぜ「しかし」という接続詞になる
>のでしょうか。「しかし」の前で何を述べ、後で何を述べ、それが本当に逆説の関係
>になっているのか、誠に申し訳ありませんが、私には何とも判断がつかない状態です。
国境策定について願望はあった。"しかし" 国境策定について権限はなかった。
te2222000さんのは多少 "投げやり" ですが、こちらは多少 "あきらめ" です。そう
いう意味で状況設定は、さほど遠くないかも知れません。
>最後の段落が、その前の部分とどう繋がっているのかよく分かりません。
下記のような構成です。ご確認ください。
|>斎藤豊仙がこの問題についてそれ程高い関心を持っていたと主張するのであれば、
|>単に「郡代だったから」というだけでは不十分だと思います。
|
普通の郡代として、地元を管轄する役にあったとして推測しています。
常識的な推測と思います。断定には不十分ですが、推測には十分と思います。
|>これまでのshuku_remusさんのお話では、地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えが
|>異なる可能性には言及されていません。
|
斉藤豊仙は地元漁民のことを考えるような性格ではなかったとか、
|或いは、当時の郡代には地元漁民に関心を持つべき責務はなかったとか、余程の
|事情があったでしょうか?
そのような事実があればご教示をお願いします。
宜しくお願いします。
shuku_remus
これは メッセージ 14868 (te2222000 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14871.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/08/20 15:06 投稿番号: [14870 / 18519]
藩名を間違えていましたので訂正します。
(誤) 伯耆藩
(正) 鳥取藩
地域名としては「伯耆」で良いので、「伯耆の産物云々」については特に訂正の必要は無いと思います。
これは メッセージ 14868 (te2222000 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14870.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/08/19 07:56 投稿番号: [14869 / 18519]
(前の記事から続く)
>>>>>>
斉藤豊仙は、国境画定についてその必要性を認識していた。しかしもともと
斉藤豊仙には国境を云々する権限は無かったと言うことであったと思います。
<<<<<<
お答え、ありがとうございます。その点は了解しました。
それで、元の#14865 の記事に戻って考えたのですが…
(#14865)>>>>>>
>「地元漁民は、朝鮮半島が見える程に近いことから、朝鮮人との遭遇が起こることを
>懸念していた。しかし、斎藤豊仙は、実際に漁が妨害されたのであればともかく、
>40年に渡って漁の実施に問題が生じていないのだから、あえて正式な国境画定をする
>必要があるとは思わなかった」
実際に漁への妨害があったかどうか、漁の実施に問題が生じていなかったかどうか
分かりませんが、斉藤豊仙の国境画定へのスタンスは#14614で述べたように下記推定
しています。どの程度と言うことであれば、今回、te2222000さんの状況設定はこれに
さほど遠くないかも知れません。しかし国境画定については、必要性認識の有無より、
もともと権限が無かったと言うことであったと思います。
<<<<<<
すみませんが、正直言って、意味がよく分からないのです。
「どの程度と言うことであれば」とありますが、何が「どの程度ということであれば」なのでしょうか。
「しかし国境画定については」とありますが、なぜ「しかし」という接続詞になるのでしょうか。「しかし」の前で何を述べ、後で何を述べ、それが本当に逆説の関係になっているのか、誠に申し訳ありませんが、私には何とも判断がつかない状態です。
そもそも私としては、自分の言っていることが正しく伝わっているのかどうかに不安があります。上の文からは、正しく理解されているのか、誤解されているのかの判断がそもそもつきませんでした。
よろしければ、もう少しお言葉を補っていただけると幸いです。
念のため私の考えを補足しておきますが、上に引用された私の「地元漁民は〜思わなかった」という文章は、(1)「地元漁民が国境画定を望んでいた」(2)「斎藤豊仙は、地元漁民が安心して漁を営むことに関心があった」の二つを認めたとしても、(3)「斎藤豊仙は国境画定が必要だと思っていた」という結論にはならないことの例として挙げたものです。
>>>>>>
>これまでのshuku_remusさんのお話では、地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えが
>異なる可能性には言及されていません。
>
>斎藤豊仙がこの問題についてそれ程高い関心を持っていたと主張するのであれば、
>単に「郡代だったから」というだけでは不十分だと思います。
普通の郡代として、地元を管轄する役にあったとして推測しています。
それとも、斉藤豊仙は地元漁民のことを考えるような性格ではなかったとか、
或いは、当時の郡代には地元漁民に関心を持つべき責務はなかったとか、余程の
事情があったでしょうか?
そのような事実があればご教示をお願いします。
<<<<<<
最後の段落が、その前の部分とどう繋がっているのかよく分かりません。
ひょっとして、shuku_remusさんは以下のようにお考えなのでしょうか。
「斉藤豊仙は地元漁民のことを考えるような性格ではなかったとか、或いは、当時の郡代には地元漁民に関心を持つべき責務はなかったとか、そのような余程の事情がない限り、地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えが異なる可能性には言及する必要が無い」
これは メッセージ 14868 (te2222000 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14869.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/08/19 07:55 投稿番号: [14868 / 18519]
shuku_remusさん
>>>>>>
ここで用いている "経済的興味" とは、竹島(現鬱陵島)に関するものを隠岐の
産物として扱いたいと思うことです。
<<<<<<
「隠岐の産物として扱いたい」という表現についてお尋ねします。
ご存知のように竹島渡海事業は米子町人が独占して行なっており、その産出品は彼らまたは伯耆藩を通じてのみ入手できました。従って、竹島に関するものは「伯耆の産物」と認識されていたでしょう。あるいは、産地から考えて「竹島(磯竹島)の産物」という認識もあったとは思いますが、少なくとも「隠岐の産物」とは考えられていなかった筈です。
なので、「隠岐の産物として扱いたい」という表現を詳しく見れば以下の二つがあると思います。
「伯耆の産物ではなく、隠岐の産物として扱いたい」
→ これは、伯耆藩が独占している竹島渡海事業の利権を奪いたいという意味になると思います。
「竹島の産物ではなく、隠岐の産物として扱いたい」
→ これは、竹島を隠岐の一部として認知させたいという意味になると思います。
shuku_remusさんがどういう意味で「隠岐の産物として扱いたい」と書かれたのか、もう少し詳しくご説明いただけますか。
>>>>>>
>繰り返しになりますが、私は#14614 における「これ以上は想像の想像ですが」と
>いうフレーズから、極めて根拠が不確かで、主張としては非常に弱いものであると
>ご自分でもお考えなのだろうと思いました。
>
>shuku_remusさんが、ご自分の推測に対して持っている自信の度合いと比べて、
>上の私の受け取り方はずれていますか?
根拠については#14842に記載した通りです。
(中略)
主張の強さはバトルテストにより評価されます。評価結果は下記の通りでした。
(中略)
これで私自身がどの程度の自信を持ったかと言われますと、te2222000さんとの
議論を通してだけですので未だ何とも言えません。
(後略)
<<<<<<
それで、#14614の「これ以上は想像の想像ですが」というフレーズに対する私の受け取り方は、shuku_remusさんのお考えと、ずれているのでしょうか?
あと、議論の本筋から逸れますが、「バトルテスト」って何ですか?
(次の記事へ続く)
これは メッセージ 14867 (shuku_remus さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14868.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/08/16 23:28 投稿番号: [14867 / 18519]
te2222000さん
> "経済的興味" という言葉が漠然としているため、はい/いいえでは答えかねます。
>もう少し具体的な表現にしていただけませんか。
ここで用いている "経済的興味" とは、竹島(現鬱陵島)に関するものを隠岐の
産物として扱いたいと思うことです。斉藤豊仙は、竹島の主な産物「多竹魚海鹿」
に "経済的興味" を感じていたかどうか、お考えをお聞きしています。
>繰り返しになりますが、私は#14614 における「これ以上は想像の想像ですが」と
>いうフレーズから、極めて根拠が不確かで、主張としては非常に弱いものであると
>ご自分でもお考えなのだろうと思いました。
>
>shuku_remusさんが、ご自分の推測に対して持っている自信の度合いと比べて、
>上の私の受け取り方はずれていますか?
根拠については#14842に記載した通りです。
|
隠州視聴合記 国代記の冒頭の記述と、隠岐
|郡代を務めたとの斉藤豊仙の経歴、及び若干の時代背景から、上記の推測が
|可能です。
主張の強さはバトルテストにより評価されます。評価結果は下記の通りでした。
#14845
|
竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思いについては推測であることに変わり
|ありません。ここにきてte2222000さんから見て、私の書き方に相当な自信を感じると
|すれば、それは議論を通して、te2222000さんの心の中に変化があったのでしょう。
#14863
|
付け加えますと、「竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思い」に関する私の推測
|には、te2222000さんとの議論を通してだけですが、その妥当性が認められるように
|なったと思っています。
これで私自身がどの程度の自信を持ったかと言われますと、te2222000さんとの
議論を通してだけですので未だ何とも言えません。
>すみません、この部分は、「斎藤豊仙は、国境画定について必要性認識が
>有ったかもしないし、無かったかもしれない」という意味に取れるのですが、
>そのように解釈して良いのでしょうか。
斉藤豊仙は、国境画定についてその必要性を認識していた。しかしもともと
斉藤豊仙には国境を云々する権限は無かったと言うことであったと思います。
>これまでのshuku_remusさんのお話では、地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えが
>異なる可能性には言及されていません。
>
>斎藤豊仙がこの問題についてそれ程高い関心を持っていたと主張するのであれば、
>単に「郡代だったから」というだけでは不十分だと思います。
普通の郡代として、地元を管轄する役にあったとして推測しています。
それとも、斉藤豊仙は地元漁民のことを考えるような性格ではなかったとか、
或いは、当時の郡代には地元漁民に関心を持つべき責務はなかったとか、余程の
事情があったでしょうか?
そのような事実があればご教示をお願いします。
shuku_remus
これは メッセージ 14866 (te2222000 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14867.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/08/16 06:11 投稿番号: [14866 / 18519]
shuku_remusさん
>>>>>>
斉藤豊仙は、竹島の主な産物「多竹魚海鹿」に "経済的興味" を感じていたかどうか、
te2222000さんはどうお思いですか。
<<<<<<
"経済的興味" という言葉が漠然としているため、はい/いいえでは答えかねます。もう少し具体的な表現にしていただけませんか。
>>>>>>
>それで、shuku_remusさんはご自分の推測にどの程度の自信をお持ちなのでしょうか。
どの程度の自信かとは大変むずかしいご質問です。
<<<<<<
はい、そう思うので、上に続けて以下のようにお尋ねしました。
(#14864)>>>>>>
繰り返しになりますが、私は#14614 における「これ以上は想像の想像ですが」というフレーズから、極めて根拠が不確かで、主張としては非常に弱いものであるとご自分でもお考えなのだろうと思いました。
shuku_remusさんが、ご自分の推測に対して持っている自信の度合いと比べて、上の私の受け取り方はずれていますか?
<<<<<<
はい/いいえを問う形式なのでこちらの方がお答えになり易いと思いますが、いかがでしょうか?
>>>>>>
しかし国境画定については、必要性認識の有無より、
もともと権限が無かったと言うことであったと思います。
<<<<<<
すみません、この部分は、「斎藤豊仙は、国境画定について必要性認識が有ったかもしないし、無かったかもしれない」という意味に取れるのですが、そのように解釈して良いのでしょうか。
>>>>>>
>これまでのshuku_remusさんのお話を伺う限り、地元漁民の考えと斎藤豊仙の考え
>は区別して扱う必要がないほど一致しているとお考えのように見受けます。
私はそれほど踏み込んだ推定はしていません。
<<<<<<
では、次のように書き換えます。
これまでのshuku_remusさんのお話では、地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えが異なる可能性には言及されていません。
斎藤豊仙がこの問題についてそれ程高い関心を持っていたと主張するのであれば、単に「郡代だったから」というだけでは不十分だと思います。
これは メッセージ 14865 (shuku_remus さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14866.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/08/15 22:28 投稿番号: [14865 / 18519]
te2222000さん
>恐らく「経済的な意味がある」というだけの理由で (イ)と(ハ)を同一視している
>のではないですか。
te2222000さんが、割注の「多竹魚海鹿」に「竹島の主な産物を書いたもの」
という "経済的な意味" を認められたのは、より良い理解への第一歩です。ところで
斉藤豊仙は、竹島の主な産物「多竹魚海鹿」に "経済的興味" を感じていたかどうか、
te2222000さんはどうお思いですか。
>それで、shuku_remusさんはご自分の推測にどの程度の自信をお持ちなのでしょうか。
どの程度の自信かとは大変むずかしいご質問です。あくまでもte2222000さん
と対応させて、下記のようにお答えしました。
#14845
|
竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思いについては推測であることに変わり
|ありません。ここにきてte2222000さんから見て、私の書き方に相当な自信を感じると
|すれば、それは議論を通して、te2222000さんの心の中に変化があったのでしょう。
#14863
|
付け加えますと、「竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思い」に関する私の推測
|には、te2222000さんとの議論を通してだけですが、その妥当性が認められるように
|なったと思っています。
>「地元漁民は、朝鮮半島が見える程に近いことから、朝鮮人との遭遇が起こることを
>懸念していた。しかし、斎藤豊仙は、実際に漁が妨害されたのであればともかく、
>40年に渡って漁の実施に問題が生じていないのだから、あえて正式な国境画定をする
>必要があるとは思わなかった」
実際に漁への妨害があったかどうか、漁の実施に問題が生じていなかったかどうか
分かりませんが、斉藤豊仙の国境画定へのスタンスは#14614で述べたように下記推定
しています。どの程度と言うことであれば、今回、te2222000さんの状況設定はこれに
さほど遠くないかも知れません。しかし国境画定については、必要性認識の有無より、
もともと権限が無かったと言うことであったと思います。
#14614
|
地方役人である斉藤豊仙には、もとより日本の国境について云々する
|
権限はなく、豊仙がここではっきり申し立てしても、対外的には何の効力もなく、
|
却って(余計なこととして)幕府から咎められることにもなりかねない。
|
従って、遠まわしにあっさり述べるにとどめた。
#14614
|
斉藤豊仙は隠岐郡代を務めたとのことです
|から、地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があったと思われます。しかし
|当時は幕府の関心は薄く、国境の画定は地元の願望にとどまったのではないでしょうか。
>これまでのshuku_remusさんのお話を伺う限り、地元漁民の考えと斎藤豊仙の考え
>は区別して扱う必要がないほど一致しているとお考えのように見受けます。
私はそれほど踏み込んだ推定はしていません。
shuku_remus
これは メッセージ 14864 (te2222000 さん)への返信です.
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Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/08/15 07:17 投稿番号: [14864 / 18519]
shuku_remusさん
>>>>>>
>そして、自分の考えとして「竹島の主な産物を書いたもの」という経済的な意味を
>お答えしました。
これは、ご自身で「ちょっと狭過ぎる物の見方」とされていました。今は「多竹魚
海鹿」は経済的な意味であると言われる。
<<<<<<
私の主張を正しく理解されていないようです。私は #14843 で、以下の二者択一で考えるのはちょっと狭過ぎる物の見方だと述べました。
(イ) 斎藤豊仙の内心の、或いは地元漁民による経済的興味を示唆したもの
(ロ) 経済的な意味はなく、ただ風光明媚をたたえたもの
そして前々回、(イ)でも(ロ)でもない以下の意味を提示しました。
(ハ) 竹島の主な産物を書いたもの
>>>>>>
te2222000さん、どうも混乱されているのでしょうか。
<<<<<<
混乱しているのはshuku_remusさんの方のように思います。
恐らく「経済的な意味がある」というだけの理由で (イ)と(ハ)を同一視しているのではないですか。
>>>>>>
斉藤豊仙にとって、隠州視聴合紀の中で国代記の冒頭、日本の国境を述べる箇所に
どの様な、そしてどの程度の思い入れがあったかどうか、これは想像するしかありません。
しかもここは何故かあっさりと、或いは「此州」などと遠まわしに(意図あるように
謎かけのように)記述されています。この箇所についての受け止めには、推測が欠かせない
ように思われます。
<<<<<<
それで、shuku_remusさんはご自分の推測にどの程度の自信をお持ちなのでしょうか。
繰り返しになりますが、私は#14614 における「これ以上は想像の想像ですが」というフレーズから、極めて根拠が不確かで、主張としては非常に弱いものであるとご自分でもお考えなのだろうと思いました。
shuku_remusさんが、ご自分の推測に対して持っている自信の度合いと比べて、上の私の受け取り方はずれていますか?
>>>>>>
>私は「地元漁民が安心して漁を営むことに多少は関心があっただろうが、大いに
>関心があったかどうかは不明」と考えます。
「関心があった」と言うことでもう十分です。
<<<<<<
地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えがどこまで一致しているかを考えた場合、どの程度の関心があったかも問題になると思います。
例えば、「多少は関心があった」という程度であれば、以下のような状況もあり得るでしょう。
「地元漁民は、朝鮮半島が見える程に近いことから、朝鮮人との遭遇が起こることを懸念していた。しかし、斎藤豊仙は、実際に漁が妨害されたのであればともかく、40年に渡って漁の実施に問題が生じていないのだから、あえて正式な国境画定をする必要があるとは思わなかった」
これまでのshuku_remusさんのお話を伺う限り、地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えは区別して扱う必要がないほど一致しているとお考えのように見受けます。
斎藤豊仙がこの問題についてそれ程高い関心を持っていたと主張するのであれば、単に「郡代だったから」というだけでは不十分だと思います。
(念のために付け加えますが、私は「地元漁民が朝鮮人との遭遇を懸念していた」とは思っていません。ここでは、ひとまず shuku_remusさんの考えに従って書きました)
これは メッセージ 14863 (shuku_remus さん)への返信です.
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Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/08/14 22:35 投稿番号: [14863 / 18519]
te2222000さん
>そして、自分の考えとして「竹島の主な産物を書いたもの」という経済的な意味を
>お答えしました。
これは、ご自身で「ちょっと狭過ぎる物の見方」とされていました。今は「多竹魚
海鹿」は経済的な意味であると言われる。te2222000さん、どうも混乱されているので
しょうか。
>私は、#14614 で「これ以上は想像の想像ですが」というフレーズを読んだ時、
>普通なら「これ以上は想像ですが」と書くところ、このように想像であることを
>強調しているということは、極めて根拠が不確かで、主張としては非常に
>弱いものであるとご自分でもお考えなのだろうと思いました。
>
>この私の受け取り方は shuku_remusさんの意図とずれていたのでしょうか。
斉藤豊仙にとって、隠州視聴合紀の中で国代記の冒頭、日本の国境を述べる箇所に
どの様な、そしてどの程度の思い入れがあったかどうか、これは想像するしかありません。
しかもここは何故かあっさりと、或いは「此州」などと遠まわしに(意図あるように
謎かけのように)記述されています。この箇所についての受け止めには、推測が欠かせない
ように思われます。
>私は「地元漁民が安心して漁を営むことに多少は関心があっただろうが、大いに
>関心があったかどうかは不明」と考えます。
「関心があった」と言うことでもう十分です。斉藤豊仙は隠岐郡代として、地元
漁民が安心して漁を営むことには「大いに関心があった」とするのは、一方で、
幕府の「関心が薄い」ことと比較して用いています。斉藤豊仙の関心だけを取り上げて、
多少だったか、大いにだったか突き詰めようとするのは意味がないと思います。
shuku_remus
これは メッセージ 14862 (te2222000 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14863.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/08/14 06:57 投稿番号: [14862 / 18519]
shuku_remusさん
>>>>>>
>>>>>>>
>
割注の「多竹魚海鹿」に経済的でなければ、どのような意味があるとお思いですか。
><<<<<<
>
>さあ、思いつきません。
と言いながらも、
>私は、「多竹魚海鹿」は竹島の主な産物を書いたものだと思います。
te2222000さんは「多竹魚海鹿」を経済的な意味に捉えているではありませんか??
<<<<<<
そうですが、何か変ですか?
私は上のご質問について、「『多竹魚海鹿』の経済的でない意味としてどんな意味があるか」を尋ねられたものと理解し、それは思いつかないと答えました。
そして、自分の考えとして「竹島の主な産物を書いたもの」という経済的な意味をお答えしました。
別に矛盾は無いと思いますが。
>>>>>>
>#14614 でお書きになった「これ以上は想像の想像ですが」という認識は、現在も
>変わっていないという意味に理解してよろしいでしょうか。
それでよいです。#14845で既にお答えしました。
<<<<<<
ひょっとしたら「想像の想像ですが」という言葉の受け取り方に違いがあるのかもしれませんね。
私は、#14614 で「これ以上は想像の想像ですが」というフレーズを読んだ時、普通なら「これ以上は想像ですが」と書くところ、このように想像であることを強調しているということは、極めて根拠が不確かで、主張としては非常に弱いものであるとご自分でもお考えなのだろうと思いました。
この私の受け取り方は shuku_remusさんの意図とずれていたのでしょうか。
>>>>>>
(1) 斉藤豊仙は、隠岐郡代を務めたことから、地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があった。
(2) 斉藤豊仙は、隠岐郡代を務めたにも拘わらず、地元漁民が安心して漁を営むことには関心がなかった。
(2)より、(1)と考えるのが普通と思います。
<<<<<<
(マル抜き数字は括弧付き数字に変えました)
(1)と(2)の二者択一で考えることが不適切だと思います。私は「地元漁民が安心して漁を営むことに多少は関心があっただろうが、大いに関心があったかどうかは不明」と考えます。
これは メッセージ 14861 (shuku_remus さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14862.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/08/13 22:52 投稿番号: [14861 / 18519]
te2222000さん
>>>>>>>
>
割注の「多竹魚海鹿」に経済的でなければ、どのような意味があるとお思いですか。
><<<<<<
>
>さあ、思いつきません。
と言いながらも、
>私は、「多竹魚海鹿」は竹島の主な産物を書いたものだと思います。
te2222000さんは「多竹魚海鹿」を経済的な意味に捉えているではありませんか??
>#14614 でお書きになった「これ以上は想像の想像ですが」という認識は、現在も
>変わっていないという意味に理解してよろしいでしょうか。
それでよいです。#14845で既にお答えしました。
#14845
|
竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思いについては推測であることに変わり
|ありません。ここにきてte2222000さんから見て、私の書き方に相当な自信を感じると
|すれば、それは議論を通して、te2222000さんの心の中に変化があったのでしょう。
付け加えますと、「竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思い」に関する私の推測
には、te2222000さんとの議論を通してだけですが、その妥当性が認められるように
なったと思っています。
>あと、「隠岐郡代を務めたこと」から、何の考察も無しに「地元漁民が安心して
>漁を営むことには大いに関心があった」と結論していることについて何かコメント
>はありませんか。
#14842に述べました。隠州視聴合記 国代記の冒頭の記述と、隠岐郡代を務めたとの
斉藤豊仙の経歴、及び若干の時代背景から推測しています。斉藤豊仙について、何か
余程の事情でもなければ、
① 斉藤豊仙は、隠岐郡代を務めたことから、地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があった。
② 斉藤豊仙は、隠岐郡代を務めたにも拘わらず、地元漁民が安心して漁を営むことには関心がなかった。
②より、①と考えるのが普通と思います。それとも、斉藤豊仙は地元漁民のことを
考えるような性格ではなかったとか、或いは、当時の郡代には地元漁民に関心を持つ
べき責務はなかったとか、余程の事情があったでしょうか?
そのような事実があれば
ご教示をお願いします。
shuku_remus
これは メッセージ 14852 (te2222000 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14861.html
『琉球国絵図』に尖閣諸島は書かれていない
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/08/13 17:14 投稿番号: [14860 / 18519]
徳川幕府は全国を統一したあと、正保年間(1644〜1647年)に六寸一里という統一した縮尺による全国の地図の作成を各藩に命じた。薩摩藩の島津家文書として保存されてきた薩摩国絵図と琉球国絵図が東京大学史料編纂所に保存されており、その原寸大模写が東京大学史料編纂所史料集発刊100周年記念事業として2001年12月に東京国立博物館で公開された。琉球国絵図は奄美諸島、沖縄本島、先島諸島の3枚からなっており、それぞれが一辺3メートルから6メートルに及ぶ巨大な手書き図である。先島諸島の宮古島の北にある珊瑚礁まで鮮やかに描かれた大変見事な地図で、当時の測量の精度の高さに感嘆せざるをえない。1609年の島津藩の琉球進攻以来、琉球国は中国と日本のいずれにも従属する両属関係にあり、琉球国と清国との境界を不確かなままにすることなどありえない。この絵図に描かれているのはあくまでも琉球とそれに付属する三十六島である。[9]
琉球に属する島嶼は三十六島で、そこには釣魚嶼、黄尾嶼、赤尾嶼は含まれないということは琉球、中国、日本の共通した認識であった。これは地理的観点からしても十分に理解できる。釣魚嶼、黄尾嶼、赤尾嶼はいずれも大陸棚の縁に位置し、その周辺は200メートル以下の浅い海である。そこから久米島をはじめとする琉球の島々との間には1000〜2000メートルに達する海溝が存在し、しかも黒潮の流れがある。小舟では容易に渡れるものではなかった。それにたいして琉球本島と先島諸島の間は島々が点在し、浅海が続き、琉球の人々は小舟で自由に往来できた。だから琉球のネットワークが実現できていたのである。当時、スペインの貿易商は先島諸島伝いに進めば「毎日夜は陸上で寝て行くことができる」と記していた。そのような安全な海路が存在しているにも関わらず、なぜ冊封使は釣魚島→黄尾嶼→赤尾嶼→久米島というルートで那覇に向かったのであろうか。民間貿易ではなく、国家を代表する使節の派遣であるため、公式のルートを使うことが当然要求されていたからに他ならない。領土・領海意識は明確であり、無主地論は成立しない。
http://www.geocities.jp/ktakai22/murata.html上記論文は、下記のサイトでも中国語で読めます。
http://www.japanresearch.org.tw/index.asphttp://jpimg.digital.archives.go.jp/kouseisai/map/okinawa.html
これは メッセージ 14854 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14860.html
Re: 日本は独島を諦めて尖閣を死守しろ.
投稿者: ravinetrue 投稿日時: 2006/08/13 15:17 投稿番号: [14859 / 18519]
おたくの正体はcoward_japan(卑怯者日本)か。
文体そのものは穏やかだが、いちいち島という言葉を加えている時点で説得力はない。
これは メッセージ 14858 (cojp2005 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14859.html
日本は独島を諦めて尖閣を死守しろ.
投稿者: cojp2005 投稿日時: 2006/08/13 14:57 投稿番号: [14858 / 18519]
独島は歴史的,国際法的,実効的で既に韓国の固有領土だ.
だから島日本と日本人はあなた達の祖先国家と祖先民族として韓国,韓国人に向かって独島を諦めて中共と中共人がしつこく目標でして狙っている尖閣を死守しろ.
"東北工程"という歴史歪曲,侵奪の狡猾な中共共産党式工作で韓国と韓国人を刺激している中共と中共人がまた日本と日本人の固有領土の尖閣(中共名 = 釣魚島)も奪取目標で攻撃している.
島日本と日本人はこんな中共の狂乱的挑発に決して屈従してはいけない.
もし共が武力で尖閣を奪い取る場合には圧倒的に優勢な島日本の軍事力で即刻的に中共軍を殲滅しろ.
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14858.html
于山島及びアルゴノート島の検証
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/08/13 11:39 投稿番号: [14857 / 18519]
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14857.html
Re: 外一島ってマノ島(chukdo)っしょ
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/08/13 09:51 投稿番号: [14856 / 18519]
これは メッセージ 14851 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14856.html
Re: よく分かる『朝鮮国交際始末内探書』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/08/13 08:18 投稿番号: [14855 / 18519]
田中さん
>>>>>>
さて、掲題の件ですが、下記によく分かる『朝鮮国交際始末内探書』を掲載しました。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a1betsu103-1868/index.html<<<<<<
> 竹島ノ儀ニ付テハ元禄度後ハ暫クノ間 朝鮮ヨリ居留ノ為差遣シ置候処
くずし字はほとんど全く分かりませんが、以下のような感じで
一行とばしていませんか。
…元禄度
【?往復?移???…? 元禄度後ハ】暫ク
ノ間 朝鮮ヨリ居留ノ為差遣シ置候処…
活字化された公文書(例えば半月城通信に上がっているもの)だと、元々この部分が抜けている関係で、その形の文章が流布しているような気がします。
> また「これまで掲載セシ書き留めも無く」とあるが、
> 松島(現竹島)は『隠州視聴合記』や
> 『竹島松島之図』など様々な歴史資料があるので、
もし、「これまで掲載セシ書き留めも無く」が「厳原と釜山で調べた中には掲載した資料が無かった」という意味であれば、『隠州視聴合記』や『竹島松島之図』は何の証拠にもならないと思いますが、その点は大丈夫なのでしょうか。
これは メッセージ 14850 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14855.html
第三百十五号 沖縄県令から内務省へ
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/08/13 01:53 投稿番号: [14854 / 18519]
今日(日曜)は面白い番組があります。
田原総一朗スペシャル
「アメリカの言いなり!?郵政解散・自衛隊派遣…対日戦略文書が暴く小泉劇場の真実!!」
http://tv.yahoo.co.jp/bin/search?id=52655751&area=fukuoka田原総一朗スペシャル◇9月で任期を終える小泉純一郎首相。"政冷経熱"といわれる日中関係の一方で、日米関係は戦後最良とまでいわれている。それは一体何を意味するのか。田原総一朗氏がナビゲーターとなって小泉外交の5年半を、特に日米外交にスポットを当てて検証する。毎年、アメリカ政府から日本政府に送られる「年次改革要望書」。そこには日本への具体的改革要求が書かれている。さまざまな外資規制緩和政策、さらには郵政民営化もそれに沿って小泉首相が決断したのではないか。元米通商代表補代理、グレン・フクシマ氏の証言なども交えて検証。さらに田原氏が、小泉政権の経済政策を取り仕切ってきた竹中平蔵氏にインタビューする。ほかに、石原慎太郎東京都知事が小泉政治の5年半を総括する。
さて、掲題の件ですが、やはり文章だけでなく、資料と共に見ると分かりやすいですね。下記に掲示します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/teikokuhanto/013.jpg(左ページ)
第三百十五号
久米赤島外二島取調の儀に付上申
本県と清国福州間に散在せる無人島取調の儀に付、先般、在京森本本県大書記官へ御内命相成候趣に依り、取調べ致し候処、概略別紙の通りこれ有り候。抑モ久米赤島、久場島及び魚釣島は、古来本県に於て称する所の名にして、しかも本県所轄の久米、宮古、八重山等の群島に接近したる無人の島嶼に付き、沖縄県下に属せらるるも、敢て故障これ有る間敷と存ぜられ候へども、過日御届け及び候大東島(本県と小笠原島の間にあり)とは地勢相違し、中山傳信録に記載せる釣魚台、黄尾嶼、赤尾嶼と同一なるものにこれ無きやの疑なき能はず。果して同一なるときは、既に清国も旧中山王
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/teikokuhanto/012.jpg(右ページ)
を冊封する使船の詳悉せるのみならず、それぞれ名称をも付し、琉球航海の目標と為せしこと明らかなり。依て今回の大東島同様、踏査直ちに国標取建て候も如何と懸念仕り候間、来る十月中旬、両先島(宮古・八重山)へ向け出帆の雇ひ汽船出雲丸の帰便を以て、取り敢へず実地踏査、御届けに及ぶべく候条、国標取建等の儀、なほ御指揮を請けたく、此段兼て申上候也
明治十八年九月二十二日
沖縄県令
西村捨三
内務卿伯爵
山県有朋殿
これは メッセージ 14853 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14854.html
沖縄縣久米赤島、魚釣島、國標建設ノ件
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/08/13 00:20 投稿番号: [14853 / 18519]
これは メッセージ 14851 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14853.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/08/12 21:37 投稿番号: [14852 / 18519]
shuku_remusさん
>>>>>>
割注の「多竹魚海鹿」に経済的でなければ、どのような意味があるとお思いですか。
<<<<<<
さあ、思いつきません。
私は、「多竹魚海鹿」は竹島の主な産物を書いたものだと思います。
>>>>>>
竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思いについては推測であることに変わり
ありません。
<<<<<<
#14614 でお書きになった「これ以上は想像の想像ですが」という認識は、現在も変わっていないという意味に理解してよろしいでしょうか。
>>>>>>
私は上の三つから、斉藤豊仙の国境画定へのスタンスを推測しています。必要がある
とか、隠州視聴合紀の他の部分から得られる情報を無視して良いとは言ってません。
<<<<<<
これについては私の認識違いでしたので、お詫びして取り消します。
あと、「隠岐郡代を務めたこと」から、何の考察も無しに「地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があった」と結論していることについて何かコメントはありませんか。
これは メッセージ 14845 (shuku_remus さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14852.html
よく分かる『朝鮮国交際始末内探書』
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/08/12 17:24 投稿番号: [14850 / 18519]
これは メッセージ 14847 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14850.html
外一島ってマノ島(chukdo)っしょ
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/08/12 03:33 投稿番号: [14849 / 18519]
島根県の伺いにある「北海百余里を隔て」に該当するのは、
竹島(鬱陵島)とマノ島だけ。(松島は80里という認識)
しかも島の状況に関する記述なく(地図のみ)、「外一島」
という低い扱いにピッタリ。
本邦関係なしとした一〜三号は全部竹島のことだけ。
竹島はマノ島の極めて近傍であり、少なくとも松島よりは、
竹島と一蓮托生の島と考えられる。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14849.html
マノ島
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/08/12 01:58 投稿番号: [14848 / 18519]
これは メッセージ 14846 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
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日本海内竹島他一島地籍編纂方伺
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/08/11 22:24 投稿番号: [14847 / 18519]
これは メッセージ 14846 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14847.html
資料を整理した結果、URLが変更しました
投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/08/10 23:09 投稿番号: [14846 / 18519]
これは メッセージ 14813 (Tanaka_Kunitaka さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14846.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/08/09 22:42 投稿番号: [14845 / 18519]
te2222000さん
割注の「多竹魚海鹿」に経済的でなければ、どのような意味があるとお思いですか。
te2222000さんは、まさか "風光明媚をたたえたもの" と受け止めているのではないで
しょうね。意味なんてない、竹島(現鬱陵島)は何となく "多竹魚海鹿" であったに
過ぎないのですか。お考えをお聞きしています。
竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思いについては推測であることに変わり
ありません。ここにきてte2222000さんから見て、私の書き方に相当な自信を感じると
すれば、それは議論を通して、te2222000さんの心の中に変化があったのでしょう。
>つまり、的確な解釈のためには
>
>- 国代記の冒頭部分を素直に、且つ注意深く読む必要がある。
>- 斉藤豊仙の経歴を考慮する必要がある。
>- 若干の時代背景を考慮する必要がある。
>- 上の三つさえきちんと考慮すれば、隠州視聴合紀の他の部分から得られる情報は
>無視して良い。
>
>というのが shuku_remusさんのお考えでしょうか。
私は上の三つから、斉藤豊仙の国境画定へのスタンスを推測しています。必要がある
とか、隠州視聴合紀の他の部分から得られる情報を無視して良いとは言ってません。
(te2222000さん、今回も相手の発言の変形ですか。)
#14839
|
隠州視聴合記の他の部分や、斎藤豊仙の人となり、経歴について、この議論に役立ち
|そうな情報が何かあれば、ご教示をお願いします。
宜しくお願いします。
shuku_remus
これは メッセージ 14843 (te2222000 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14845.html
18世紀からの于山島の地図
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/08/09 15:58 投稿番号: [14844 / 18519]
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14844.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/08/09 01:09 投稿番号: [14843 / 18519]
shuku_remusさん
>>>>>>
斉藤豊仙は国代記の冒頭、日本の国境を述べる箇所において、割注とした
「多竹魚海鹿」によって、竹島(現鬱陵島)に対する内心の、或いは地元漁民
による経済的興味を示唆したものと、私は受け止めています。またこれは冒頭
から読み進めたときに、自然な解釈であろうと思っています。
te2222000さんは、「多竹魚海鹿」について経済的な意味はなく、ただ竹島の
風光明媚をたたえたものとしているのでしょうか。若しそうであれば読み誤りと
思います。冒頭部分だけでも、素直に、且つ注意深く再読されることをお奨め
します。
<<<<<<
「多竹魚海鹿」について
・斎藤豊仙の内心の、或いは地元漁民による経済的興味を示唆したもの
・経済的な意味はなく、ただ風光明媚をたたえたもの
の二者択一で考えているのでしょうか。だとしたら、ちょっと狭過ぎる物の見方かと思います。
>>>>>>
|
地方役人である斉藤豊仙には、もとより日本の国境について云々する
|
権限はなく、豊仙がここではっきり申し立てしても、対外的には何の効力もなく、
|
却って(余計なこととして)幕府から咎められることにもなりかねない。
|
従って、遠まわしにあっさり述べるにとどめた。
<<<<<<
すみません、#14614では上の見解をお選びになる際、「想像の想像」と断っていらっしゃったので、私は shuku_remusさんが本気でこれを主張しているとは思っていませんでした。
今回は、うって変わって相当に自信のある書き方をされてますね。恐らく前回から今までの間に確信を深める新しい根拠やアイディアがあったものと推測します。
恐れ入りますが、その点も含めて上の主張の根拠を改めてきちんと書いていただけませんか。
>>>>>>
|
斉藤豊仙は隠岐郡代を務めたとのことです
|から、地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があったと思われます。しかし
|当時は幕府の関心は薄く、国境の画定は地元の願望にとどまったのではないでしょうか。
<<<<<<
「隠岐郡代を務めたこと」から「地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があった」と結論付けるためには、多少なりとも斎藤豊仙の人となりに関する考察が必要だと思います。そのような考察を省いたまま、斎藤豊仙の気持ちと地元漁民の気持ちをほとんど区別せずに扱おうとするshuku_remusさんの議論は少々乱暴に感じます。
>>>>>>
隠州視聴合記 国代記の冒頭の記述と、隠岐
郡代を務めたとの斉藤豊仙の経歴、及び若干の時代背景から、上記の推測が
可能です。
te2222000さんは、「通読しなければ冒頭を理解できない」と変なジレンマに
陥ってしまったようです。斉藤豊仙について、全人格的な考察をしている訳では
ありません。国代記の冒頭部分を素直に、且つ注意深く読めば、的確な解釈が
可能と考えます。
<<<<<<
つまり、的確な解釈のためには
- 国代記の冒頭部分を素直に、且つ注意深く読む必要がある。
- 斉藤豊仙の経歴を考慮する必要がある。
- 若干の時代背景を考慮する必要がある。
- 上の三つさえきちんと考慮すれば、隠州視聴合紀の他の部分から得られる情報は無視して良い。
というのが shuku_remusさんのお考えでしょうか。
これは メッセージ 14842 (shuku_remus さん)への返信です.
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Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/08/06 22:24 投稿番号: [14842 / 18519]
te2222000さん
斉藤豊仙は国代記の冒頭、日本の国境を述べる箇所において、割注とした
「多竹魚海鹿」によって、竹島(現鬱陵島)に対する内心の、或いは地元漁民
による経済的興味を示唆したものと、私は受け止めています。またこれは冒頭
から読み進めたときに、自然な解釈であろうと思っています。
te2222000さんは、「多竹魚海鹿」について経済的な意味はなく、ただ竹島の
風光明媚をたたえたものとしているのでしょうか。若しそうであれば読み誤りと
思います。冒頭部分だけでも、素直に、且つ注意深く再読されることをお奨め
します。
>
つまり斎藤豊仙の国境画定へのこだわりを
>推測したことなども含めて「気持ちよく分かる」という言葉に代表させました。
斎藤豊仙の国境画定へのスタンスについては、#14614
|
地方役人である斉藤豊仙には、もとより日本の国境について云々する
|
権限はなく、豊仙がここではっきり申し立てしても、対外的には何の効力もなく、
|
却って(余計なこととして)幕府から咎められることにもなりかねない。
|
従って、遠まわしにあっさり述べるにとどめた。
|
斉藤豊仙は隠岐郡代を務めたとのことです
|から、地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があったと思われます。しかし
|当時は幕府の関心は薄く、国境の画定は地元の願望にとどまったのではないでしょうか。
のように、私は推測しています。隠州視聴合記 国代記の冒頭の記述と、隠岐
郡代を務めたとの斉藤豊仙の経歴、及び若干の時代背景から、上記の推測が
可能です。
te2222000さんは、「通読しなければ冒頭を理解できない」と変なジレンマに
陥ってしまったようです。斉藤豊仙について、全人格的な考察をしている訳では
ありません。国代記の冒頭部分を素直に、且つ注意深く読めば、的確な解釈が
可能と考えます。
shuku_remus
これは メッセージ 14840 (te2222000 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14842.html
先占の場合の通知と官報公告
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/08/06 19:27 投稿番号: [14841 / 18519]
先占の領有の意思表示は、「現地住民との契約」によりなされたのがほとんどであり、palmasで判示されたように現地での活動でもOK。これはベルリン議定書の後も先も同じ。
アフリカ限定で適用された「通知義務」についても事前ではなく事後の通知。(shall accompany the respective act with notification therefor)
占有から通知までの期間は規定されておらず、実際の実行では各国や各ケースで異なった。
<アフリカの先占における占有から通知までの期間>
・イギリスでは占有の6日後、8週間後、10週間後、18ヶ月後と様々
・ドイツでは、9日後、7日後
・フランスでは、12周間後、1年後
ベルリン議定書を適用したとしても、日本は1906年に鬱陵島郡守に通知しており、先占が成立するな。
いったい、事前に対外的な通知が必要とか、官報での公示が必要とか、どこから出てきた国際法なのやら。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14841.html
Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/08/06 09:10 投稿番号: [14840 / 18519]
>>>>>>
従って、私の議論の進め方について、te2222000さんが「主に斎藤豊仙の気持ちの面から
アプローチする手法を取っている」とするのは間違いです。ご確認ください。
>>>>>>
shuku_remusさんがそうおっしゃるなら、別にそれで構いません。
shuku_remusさんは、「多竹魚海鹿」という記述を元に、斎藤豊仙が竹島を明確に日本領としたい意思を持っていたと推測しているようなので、どの程度の理由があってのことか確認したかっただけです。
>>>>>>
#14654
|
斉藤豊仙(地元漁民)にとって「多竹魚海鹿」こそが重要です。しかし日本の
|国境を論ずるとき、「竹魚海鹿が多いからここまでは日本である。」では、国境
|を主張する何の "正当な" 論理にもなりません。豊仙は、「竹魚海鹿が多いから
|ここまでは日本である。」とあからさまに読みとられることのないないよう割注
|にしたものと考えました。
|
|
このような豊仙の筋の通し方について、私は「その気持ちよく分かる」とします
|が、te2222000さんは「辻褄があわない」ので分からないとしています。
この文章で使われている「その気持ちよく分かる」と言うために、何故、隠州視聴
合紀の通読が最低限必要なのか、分かりませんでした。ご説明をお願いします。
<<<<<<
表現は #14654 からお借りしましたが、内容は#14654 に限らず、斎藤豊仙の意思を推測している個所全般を指したつもりでした。つまり斎藤豊仙の国境画定へのこだわりを推測したことなども含めて「気持ちよく分かる」という言葉に代表させました。
その上で、上記引用個所について言うならば、『斉藤豊仙(地元漁民)にとって「多竹魚海鹿」こそが重要です』とありますが、斎藤豊仙が本当に「多竹魚海鹿」を重要視していたのか、していたとしてどの程度重要と考えたのか、そしてそのことから国境画定についてどのような考えを持ったのかを推測するに当っては、「斎藤豊仙という人のことをよく理解する」必要があると思います。少なくとも、隠州視聴合紀において、経済活動にどの程度の関心が払われているか位のことは踏まえた方が良いでしょう。
これは メッセージ 14839 (shuku_remus さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14840.html
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