Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/08/13 22:52 投稿番号: [14861 / 18519]
te2222000さん
>>>>>>>
> 割注の「多竹魚海鹿」に経済的でなければ、どのような意味があるとお思いですか。
><<<<<<
>
>さあ、思いつきません。
と言いながらも、
>私は、「多竹魚海鹿」は竹島の主な産物を書いたものだと思います。
te2222000さんは「多竹魚海鹿」を経済的な意味に捉えているではありませんか??
>#14614 でお書きになった「これ以上は想像の想像ですが」という認識は、現在も
>変わっていないという意味に理解してよろしいでしょうか。
それでよいです。#14845で既にお答えしました。
#14845
| 竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思いについては推測であることに変わり
|ありません。ここにきてte2222000さんから見て、私の書き方に相当な自信を感じると
|すれば、それは議論を通して、te2222000さんの心の中に変化があったのでしょう。
付け加えますと、「竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思い」に関する私の推測
には、te2222000さんとの議論を通してだけですが、その妥当性が認められるように
なったと思っています。
>あと、「隠岐郡代を務めたこと」から、何の考察も無しに「地元漁民が安心して
>漁を営むことには大いに関心があった」と結論していることについて何かコメント
>はありませんか。
#14842に述べました。隠州視聴合記 国代記の冒頭の記述と、隠岐郡代を務めたとの
斉藤豊仙の経歴、及び若干の時代背景から推測しています。斉藤豊仙について、何か
余程の事情でもなければ、
① 斉藤豊仙は、隠岐郡代を務めたことから、地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があった。
② 斉藤豊仙は、隠岐郡代を務めたにも拘わらず、地元漁民が安心して漁を営むことには関心がなかった。
②より、①と考えるのが普通と思います。それとも、斉藤豊仙は地元漁民のことを
考えるような性格ではなかったとか、或いは、当時の郡代には地元漁民に関心を持つ
べき責務はなかったとか、余程の事情があったでしょうか? そのような事実があれば
ご教示をお願いします。
shuku_remus
>>>>>>>
> 割注の「多竹魚海鹿」に経済的でなければ、どのような意味があるとお思いですか。
><<<<<<
>
>さあ、思いつきません。
と言いながらも、
>私は、「多竹魚海鹿」は竹島の主な産物を書いたものだと思います。
te2222000さんは「多竹魚海鹿」を経済的な意味に捉えているではありませんか??
>#14614 でお書きになった「これ以上は想像の想像ですが」という認識は、現在も
>変わっていないという意味に理解してよろしいでしょうか。
それでよいです。#14845で既にお答えしました。
#14845
| 竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思いについては推測であることに変わり
|ありません。ここにきてte2222000さんから見て、私の書き方に相当な自信を感じると
|すれば、それは議論を通して、te2222000さんの心の中に変化があったのでしょう。
付け加えますと、「竹島(現鬱陵島)に対する斉藤豊仙の思い」に関する私の推測
には、te2222000さんとの議論を通してだけですが、その妥当性が認められるように
なったと思っています。
>あと、「隠岐郡代を務めたこと」から、何の考察も無しに「地元漁民が安心して
>漁を営むことには大いに関心があった」と結論していることについて何かコメント
>はありませんか。
#14842に述べました。隠州視聴合記 国代記の冒頭の記述と、隠岐郡代を務めたとの
斉藤豊仙の経歴、及び若干の時代背景から推測しています。斉藤豊仙について、何か
余程の事情でもなければ、
① 斉藤豊仙は、隠岐郡代を務めたことから、地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があった。
② 斉藤豊仙は、隠岐郡代を務めたにも拘わらず、地元漁民が安心して漁を営むことには関心がなかった。
②より、①と考えるのが普通と思います。それとも、斉藤豊仙は地元漁民のことを
考えるような性格ではなかったとか、或いは、当時の郡代には地元漁民に関心を持つ
べき責務はなかったとか、余程の事情があったでしょうか? そのような事実があれば
ご教示をお願いします。
shuku_remus
これは メッセージ 14852 (te2222000 さん)への返信です.
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