Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/08/09 01:09 投稿番号: [14843 / 18519]
shuku_remusさん
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斉藤豊仙は国代記の冒頭、日本の国境を述べる箇所において、割注とした
「多竹魚海鹿」によって、竹島(現鬱陵島)に対する内心の、或いは地元漁民
による経済的興味を示唆したものと、私は受け止めています。またこれは冒頭
から読み進めたときに、自然な解釈であろうと思っています。
te2222000さんは、「多竹魚海鹿」について経済的な意味はなく、ただ竹島の
風光明媚をたたえたものとしているのでしょうか。若しそうであれば読み誤りと
思います。冒頭部分だけでも、素直に、且つ注意深く再読されることをお奨め
します。
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「多竹魚海鹿」について
・斎藤豊仙の内心の、或いは地元漁民による経済的興味を示唆したもの
・経済的な意味はなく、ただ風光明媚をたたえたもの
の二者択一で考えているのでしょうか。だとしたら、ちょっと狭過ぎる物の見方かと思います。
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| 地方役人である斉藤豊仙には、もとより日本の国境について云々する
| 権限はなく、豊仙がここではっきり申し立てしても、対外的には何の効力もなく、
| 却って(余計なこととして)幕府から咎められることにもなりかねない。
| 従って、遠まわしにあっさり述べるにとどめた。
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すみません、#14614では上の見解をお選びになる際、「想像の想像」と断っていらっしゃったので、私は shuku_remusさんが本気でこれを主張しているとは思っていませんでした。
今回は、うって変わって相当に自信のある書き方をされてますね。恐らく前回から今までの間に確信を深める新しい根拠やアイディアがあったものと推測します。
恐れ入りますが、その点も含めて上の主張の根拠を改めてきちんと書いていただけませんか。
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| 斉藤豊仙は隠岐郡代を務めたとのことです
|から、地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があったと思われます。しかし
|当時は幕府の関心は薄く、国境の画定は地元の願望にとどまったのではないでしょうか。
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「隠岐郡代を務めたこと」から「地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があった」と結論付けるためには、多少なりとも斎藤豊仙の人となりに関する考察が必要だと思います。そのような考察を省いたまま、斎藤豊仙の気持ちと地元漁民の気持ちをほとんど区別せずに扱おうとするshuku_remusさんの議論は少々乱暴に感じます。
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隠州視聴合記 国代記の冒頭の記述と、隠岐
郡代を務めたとの斉藤豊仙の経歴、及び若干の時代背景から、上記の推測が
可能です。
te2222000さんは、「通読しなければ冒頭を理解できない」と変なジレンマに
陥ってしまったようです。斉藤豊仙について、全人格的な考察をしている訳では
ありません。国代記の冒頭部分を素直に、且つ注意深く読めば、的確な解釈が
可能と考えます。
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つまり、的確な解釈のためには
- 国代記の冒頭部分を素直に、且つ注意深く読む必要がある。
- 斉藤豊仙の経歴を考慮する必要がある。
- 若干の時代背景を考慮する必要がある。
- 上の三つさえきちんと考慮すれば、隠州視聴合紀の他の部分から得られる情報は無視して良い。
というのが shuku_remusさんのお考えでしょうか。
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斉藤豊仙は国代記の冒頭、日本の国境を述べる箇所において、割注とした
「多竹魚海鹿」によって、竹島(現鬱陵島)に対する内心の、或いは地元漁民
による経済的興味を示唆したものと、私は受け止めています。またこれは冒頭
から読み進めたときに、自然な解釈であろうと思っています。
te2222000さんは、「多竹魚海鹿」について経済的な意味はなく、ただ竹島の
風光明媚をたたえたものとしているのでしょうか。若しそうであれば読み誤りと
思います。冒頭部分だけでも、素直に、且つ注意深く再読されることをお奨め
します。
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「多竹魚海鹿」について
・斎藤豊仙の内心の、或いは地元漁民による経済的興味を示唆したもの
・経済的な意味はなく、ただ風光明媚をたたえたもの
の二者択一で考えているのでしょうか。だとしたら、ちょっと狭過ぎる物の見方かと思います。
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| 地方役人である斉藤豊仙には、もとより日本の国境について云々する
| 権限はなく、豊仙がここではっきり申し立てしても、対外的には何の効力もなく、
| 却って(余計なこととして)幕府から咎められることにもなりかねない。
| 従って、遠まわしにあっさり述べるにとどめた。
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すみません、#14614では上の見解をお選びになる際、「想像の想像」と断っていらっしゃったので、私は shuku_remusさんが本気でこれを主張しているとは思っていませんでした。
今回は、うって変わって相当に自信のある書き方をされてますね。恐らく前回から今までの間に確信を深める新しい根拠やアイディアがあったものと推測します。
恐れ入りますが、その点も含めて上の主張の根拠を改めてきちんと書いていただけませんか。
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| 斉藤豊仙は隠岐郡代を務めたとのことです
|から、地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があったと思われます。しかし
|当時は幕府の関心は薄く、国境の画定は地元の願望にとどまったのではないでしょうか。
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「隠岐郡代を務めたこと」から「地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があった」と結論付けるためには、多少なりとも斎藤豊仙の人となりに関する考察が必要だと思います。そのような考察を省いたまま、斎藤豊仙の気持ちと地元漁民の気持ちをほとんど区別せずに扱おうとするshuku_remusさんの議論は少々乱暴に感じます。
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隠州視聴合記 国代記の冒頭の記述と、隠岐
郡代を務めたとの斉藤豊仙の経歴、及び若干の時代背景から、上記の推測が
可能です。
te2222000さんは、「通読しなければ冒頭を理解できない」と変なジレンマに
陥ってしまったようです。斉藤豊仙について、全人格的な考察をしている訳では
ありません。国代記の冒頭部分を素直に、且つ注意深く読めば、的確な解釈が
可能と考えます。
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つまり、的確な解釈のためには
- 国代記の冒頭部分を素直に、且つ注意深く読む必要がある。
- 斉藤豊仙の経歴を考慮する必要がある。
- 若干の時代背景を考慮する必要がある。
- 上の三つさえきちんと考慮すれば、隠州視聴合紀の他の部分から得られる情報は無視して良い。
というのが shuku_remusさんのお考えでしょうか。
これは メッセージ 14842 (shuku_remus さん)への返信です.
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