Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/08/19 07:56 投稿番号: [14869 / 18519]
(前の記事から続く)
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斉藤豊仙は、国境画定についてその必要性を認識していた。しかしもともと
斉藤豊仙には国境を云々する権限は無かったと言うことであったと思います。
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お答え、ありがとうございます。その点は了解しました。
それで、元の#14865 の記事に戻って考えたのですが…
(#14865)>>>>>>
>「地元漁民は、朝鮮半島が見える程に近いことから、朝鮮人との遭遇が起こることを
>懸念していた。しかし、斎藤豊仙は、実際に漁が妨害されたのであればともかく、
>40年に渡って漁の実施に問題が生じていないのだから、あえて正式な国境画定をする
>必要があるとは思わなかった」
実際に漁への妨害があったかどうか、漁の実施に問題が生じていなかったかどうか
分かりませんが、斉藤豊仙の国境画定へのスタンスは#14614で述べたように下記推定
しています。どの程度と言うことであれば、今回、te2222000さんの状況設定はこれに
さほど遠くないかも知れません。しかし国境画定については、必要性認識の有無より、
もともと権限が無かったと言うことであったと思います。
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すみませんが、正直言って、意味がよく分からないのです。
「どの程度と言うことであれば」とありますが、何が「どの程度ということであれば」なのでしょうか。
「しかし国境画定については」とありますが、なぜ「しかし」という接続詞になるのでしょうか。「しかし」の前で何を述べ、後で何を述べ、それが本当に逆説の関係になっているのか、誠に申し訳ありませんが、私には何とも判断がつかない状態です。
そもそも私としては、自分の言っていることが正しく伝わっているのかどうかに不安があります。上の文からは、正しく理解されているのか、誤解されているのかの判断がそもそもつきませんでした。
よろしければ、もう少しお言葉を補っていただけると幸いです。
念のため私の考えを補足しておきますが、上に引用された私の「地元漁民は〜思わなかった」という文章は、(1)「地元漁民が国境画定を望んでいた」(2)「斎藤豊仙は、地元漁民が安心して漁を営むことに関心があった」の二つを認めたとしても、(3)「斎藤豊仙は国境画定が必要だと思っていた」という結論にはならないことの例として挙げたものです。
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>これまでのshuku_remusさんのお話では、地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えが
>異なる可能性には言及されていません。
>
>斎藤豊仙がこの問題についてそれ程高い関心を持っていたと主張するのであれば、
>単に「郡代だったから」というだけでは不十分だと思います。
普通の郡代として、地元を管轄する役にあったとして推測しています。
それとも、斉藤豊仙は地元漁民のことを考えるような性格ではなかったとか、
或いは、当時の郡代には地元漁民に関心を持つべき責務はなかったとか、余程の
事情があったでしょうか? そのような事実があればご教示をお願いします。
<<<<<<
最後の段落が、その前の部分とどう繋がっているのかよく分かりません。
ひょっとして、shuku_remusさんは以下のようにお考えなのでしょうか。
「斉藤豊仙は地元漁民のことを考えるような性格ではなかったとか、或いは、当時の郡代には地元漁民に関心を持つべき責務はなかったとか、そのような余程の事情がない限り、地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えが異なる可能性には言及する必要が無い」
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斉藤豊仙は、国境画定についてその必要性を認識していた。しかしもともと
斉藤豊仙には国境を云々する権限は無かったと言うことであったと思います。
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お答え、ありがとうございます。その点は了解しました。
それで、元の#14865 の記事に戻って考えたのですが…
(#14865)>>>>>>
>「地元漁民は、朝鮮半島が見える程に近いことから、朝鮮人との遭遇が起こることを
>懸念していた。しかし、斎藤豊仙は、実際に漁が妨害されたのであればともかく、
>40年に渡って漁の実施に問題が生じていないのだから、あえて正式な国境画定をする
>必要があるとは思わなかった」
実際に漁への妨害があったかどうか、漁の実施に問題が生じていなかったかどうか
分かりませんが、斉藤豊仙の国境画定へのスタンスは#14614で述べたように下記推定
しています。どの程度と言うことであれば、今回、te2222000さんの状況設定はこれに
さほど遠くないかも知れません。しかし国境画定については、必要性認識の有無より、
もともと権限が無かったと言うことであったと思います。
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すみませんが、正直言って、意味がよく分からないのです。
「どの程度と言うことであれば」とありますが、何が「どの程度ということであれば」なのでしょうか。
「しかし国境画定については」とありますが、なぜ「しかし」という接続詞になるのでしょうか。「しかし」の前で何を述べ、後で何を述べ、それが本当に逆説の関係になっているのか、誠に申し訳ありませんが、私には何とも判断がつかない状態です。
そもそも私としては、自分の言っていることが正しく伝わっているのかどうかに不安があります。上の文からは、正しく理解されているのか、誤解されているのかの判断がそもそもつきませんでした。
よろしければ、もう少しお言葉を補っていただけると幸いです。
念のため私の考えを補足しておきますが、上に引用された私の「地元漁民は〜思わなかった」という文章は、(1)「地元漁民が国境画定を望んでいた」(2)「斎藤豊仙は、地元漁民が安心して漁を営むことに関心があった」の二つを認めたとしても、(3)「斎藤豊仙は国境画定が必要だと思っていた」という結論にはならないことの例として挙げたものです。
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>これまでのshuku_remusさんのお話では、地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えが
>異なる可能性には言及されていません。
>
>斎藤豊仙がこの問題についてそれ程高い関心を持っていたと主張するのであれば、
>単に「郡代だったから」というだけでは不十分だと思います。
普通の郡代として、地元を管轄する役にあったとして推測しています。
それとも、斉藤豊仙は地元漁民のことを考えるような性格ではなかったとか、
或いは、当時の郡代には地元漁民に関心を持つべき責務はなかったとか、余程の
事情があったでしょうか? そのような事実があればご教示をお願いします。
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最後の段落が、その前の部分とどう繋がっているのかよく分かりません。
ひょっとして、shuku_remusさんは以下のようにお考えなのでしょうか。
「斉藤豊仙は地元漁民のことを考えるような性格ではなかったとか、或いは、当時の郡代には地元漁民に関心を持つべき責務はなかったとか、そのような余程の事情がない限り、地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えが異なる可能性には言及する必要が無い」
これは メッセージ 14868 (te2222000 さん)への返信です.
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