竹島

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Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/08/20 22:12 投稿番号: [14871 / 18519]
  te2222000さん

  隠岐郡代であった斉藤豊仙としては、竹島(現鬱陵島)に関するものは、先ずは
外国のものであってはならないと、次に米子町人が幕府から許可を受けていたこと
は認めるものゝ、松江藩隠岐の産物として扱いたいと "願望" したものと思います。
  敢えて "利権を奪う" まで行かなくとも、まずは地元或いは拠点として何がしか
を得たいとの "願望" です。そのような関わりは実際あったのではないでしょうか。

  斉藤豊仙は、竹島の主な産物「多竹魚海鹿」に "経済的興味" を感じていたかどうか、
お考えをお聞きしています。


>それで、#14614の「これ以上は想像の想像ですが」というフレーズに対する私の
>受け取り方は、shuku_remusさんのお考えと、ずれているのでしょうか?

  未だ何とも言えません。
  議論を戦わせ、その優劣結果により主張の妥当性を評価することをバトルテスト
と言っています。


>「どの程度と言うことであれば」とありますが、何が「どの程度ということで
>あれば」なのでしょうか。

  te2222000さん#14864にある下記「どの程度」です。もとのご質問です。

>地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えがどこまで一致しているかを考えた場合、
>どの程度の関心があったかも問題になると思います。


>「しかし国境画定については」とありますが、なぜ「しかし」という接続詞になる
>のでしょうか。「しかし」の前で何を述べ、後で何を述べ、それが本当に逆説の関係
>になっているのか、誠に申し訳ありませんが、私には何とも判断がつかない状態です。

  国境策定について願望はあった。"しかし" 国境策定について権限はなかった。

  te2222000さんのは多少 "投げやり" ですが、こちらは多少 "あきらめ" です。そう
いう意味で状況設定は、さほど遠くないかも知れません。


>最後の段落が、その前の部分とどう繋がっているのかよく分かりません。

  下記のような構成です。ご確認ください。

|>斎藤豊仙がこの問題についてそれ程高い関心を持っていたと主張するのであれば、
|>単に「郡代だったから」というだけでは不十分だと思います。

|   普通の郡代として、地元を管轄する役にあったとして推測しています。

  常識的な推測と思います。断定には不十分ですが、推測には十分と思います。

|>これまでのshuku_remusさんのお話では、地元漁民の考えと斎藤豊仙の考えが
|>異なる可能性には言及されていません。

|        斉藤豊仙は地元漁民のことを考えるような性格ではなかったとか、
|或いは、当時の郡代には地元漁民に関心を持つべき責務はなかったとか、余程の
|事情があったでしょうか?   そのような事実があればご教示をお願いします。

  宜しくお願いします。

                          shuku_remus
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