Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/08/14 22:35 投稿番号: [14863 / 18519]
te2222000さん
>そして、自分の考えとして「竹島の主な産物を書いたもの」という経済的な意味を
>お答えしました。
これは、ご自身で「ちょっと狭過ぎる物の見方」とされていました。今は「多竹魚
海鹿」は経済的な意味であると言われる。te2222000さん、どうも混乱されているので
しょうか。
>私は、#14614 で「これ以上は想像の想像ですが」というフレーズを読んだ時、
>普通なら「これ以上は想像ですが」と書くところ、このように想像であることを
>強調しているということは、極めて根拠が不確かで、主張としては非常に
>弱いものであるとご自分でもお考えなのだろうと思いました。
>
>この私の受け取り方は shuku_remusさんの意図とずれていたのでしょうか。
斉藤豊仙にとって、隠州視聴合紀の中で国代記の冒頭、日本の国境を述べる箇所に
どの様な、そしてどの程度の思い入れがあったかどうか、これは想像するしかありません。
しかもここは何故かあっさりと、或いは「此州」などと遠まわしに(意図あるように
謎かけのように)記述されています。この箇所についての受け止めには、推測が欠かせない
ように思われます。
>私は「地元漁民が安心して漁を営むことに多少は関心があっただろうが、大いに
>関心があったかどうかは不明」と考えます。
「関心があった」と言うことでもう十分です。斉藤豊仙は隠岐郡代として、地元
漁民が安心して漁を営むことには「大いに関心があった」とするのは、一方で、
幕府の「関心が薄い」ことと比較して用いています。斉藤豊仙の関心だけを取り上げて、
多少だったか、大いにだったか突き詰めようとするのは意味がないと思います。
shuku_remus
これは メッセージ 14862 (te2222000 さん)への返信です.
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