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>何故だろう

投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/04/30 22:42 投稿番号: [120 / 3669]
私も覚えています、マイクロさんの言葉は。

私が歴史(世界史も含めて)に興味をもったのは2.26事件を軍部ファッシズムの一環と非難する左翼歴史家に対し、違和感を感じたことが大きかったですね。どう見てもあれは救国済民運動だと思いましたから。その後のことについては意見の違う点があると思いますので、言及しません。(別トピでは言及してますが)。

何故だろう

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2001/04/30 21:45 投稿番号: [119 / 3669]
最早吾々の世代は想像するしかありませんが、同じ痛みを共有できるはずなのに。

赤城さん、お久しぶり。

あの時代の日本人庶民の苦しみは、意外と知られていないようですね。
私の記憶が確かなら、マイクロ君の名言に「日本人も貧しかったんだよ!」と云うのがありましたっけ。

>二等兵の辛さ

投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/04/30 21:35 投稿番号: [118 / 3669]
「姉は・・・・ぽつりぽつり家庭の事情について物語っていた彼ははたと口をつぐんだ、そしてちらっと自分の顔を見上げたが、直ちにふせてしまった、見上げたとき彼の眼にはいっぱい涙がたまっていた、固く膝の上に握られた両こぶしのうえには二つ三つの涙が光っている。

「もうよい、これ以上聞く必要はない、暗然拱手嘆息、初年平身上調査に繰り返される情景

「食うや食わずの家族を後に国防の第一線に命を致すつわもの、その心中はいかばかりか、この身上に泣く人幾人かある、この人々にそそぐ涙があったならば国家の現状をこのままにはしておけないはずだ、殊に為政の重職に立つひとは

「神はひとをやすくするを本旨とす、天下の万民は皆神物なり、赤子万民を苦しむる輩は是れ神の敵なり、許すべからず」

この文章を獄中で書いた高橋太郎少尉は10日後に代々木の練兵上で銃殺刑。
2・26事件の後、東京第一師団は満州に送られたはずだから、この姉を身売りされた新兵も満州に送られた可能性が高い。

二等兵の辛さ

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2001/04/30 19:50 投稿番号: [117 / 3669]
多分そうだろうね。
彼らの姉さんの中にも生活苦から女郎屋に売られた者も多かった事でしょう。

>bosintangさん

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/28 13:10 投稿番号: [116 / 3669]
95年の独島妄言事件のときは、日製タバコが買いにくくなって困った。

今回、そうならなければいいけど。

「つくる会」教科書の修正個所 ④

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/28 12:30 投稿番号: [115 / 3669]
【強制連行・皇民化政策】

〈申請〉
大東亜戦争の戦況が悪化すると、国内の体制はさらに強化された。労働力の不足を埋めるため徴用(政府の命令で指定された労働を義務づけられたもので、植民地である台湾・朝鮮へも適用された)が行われ、また、中学3年以上の生徒・学生は勤労動員、未婚女性は女子挺身隊員として工場で働くことになった。また、大学生や高等専門学校生は徴兵猶予が取り消され、心残りをかかえつつも、祖国を思い出征していった(学徒出陣)。

〈修正後〉
大東亜戦争(太平洋戦争)の戦局が悪化すると、国内の体制はさらに強化された。労働力の不足を埋めるため徴用(政府の命令で指定された労働を義務づけられること)が行われ、また、中学3年以上の生徒・学生は勤労動員、未婚女性は女子挺身隊員として工場で働くことになった。また、大学生や高等専門学校生は徴兵猶予が取り消され、心残りをかかえつつも、祖国を思い出征していった(学徒出陣)。このような徴用や徴兵などは、植民地でも行われ、朝鮮や台湾の多くの人々にさまざまな犠牲や苦しみをしいることになった。このほかにも、多数の朝鮮人や占領下の中国人が、日本の鉱山などに連れてこられ、きびしい条件のもとで働かされた。また朝鮮や台湾では、日本人に同化させる皇民化政策が進められ、日本式の姓名を名乗らせることなどが進められた。

※申請本は、植民地の人々に対する徴用がつけたしのように書かれていましたが、修正後、内地人とは別途に記述され、条件面での差別にも言及されました。悪名高い皇民化政策、創氏改名についても追加あり。いわゆる「従軍慰安婦」は最初から書かれていなかった模様。私も記載には反対です。そもそも中学生に教える内容ではない。

「つくる会」教科書の修正個所 ③

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/28 12:28 投稿番号: [114 / 3669]
【韓国併合】

〈申請〉
朝鮮半島は戦略的には重要だが、軍事的には不安定だった。イギリス、アメリカ、ロシアの3国はいずれも支配を狙っていたが、実際に統治を維持するのは困難であると考えていた。自己負担はさけたいが、他の2国のどちらかが統治をするのは困るという地域に対し、統治者としての新興国・日本の登場は、3国にとっては好都合であった。
日露戦争後、日本は韓国に韓国統監府を置いて、支配権を強めていった。1910(明治43)年、日本は韓国を併合した(韓国併合)。これは、東アジアを安定させる政策として欧米列強から支持されたものであった。韓国併合は、日本の安全と満州の権益を防衛するには必要であったが、経済的にも政治的にも、必ずしも利益をもたらさなかった。ただ、それが実行された当時としては、国際関係の原則にのっとり、合法的に行われた。しかし韓国の国内には、当然、併合に対する賛否両論があり、反対派の一部からはげしい抵抗もおこった。

〈修正後〉
日露戦争後、日本は韓国に韓国統監府を置いて支配を強めていった。日本政府は、韓国の併合が、日本の安全と満州の権益を防衛するために必要であると考えた。イギリス、アメリカ、ロシアの3国は、朝鮮半島に影響力を拡大することをたがいに警戒しあっていたので、これに異議を唱えなかった。こうして、1910(明治43)年、日本は韓国内の反対を、武力を背景におさえて併合を断行した(韓国併合)。
  韓国の国内には、一部に併合を受け入れる声もあったが、民族の独立を失うことへのはげしい抵抗がおこり、その後も、独立回復の運動が根強く行われた。
  韓国併合のあと、日本は植民地にした朝鮮で鉄道・灌漑の施設を整えるなどの開発を行い、土地調査を開始した。しかし、この土地調査事業によって、それまでの耕作地から追われた農民も少なくなく、また、日本語教育など同化政策が進められたので、朝鮮の人々は日本への反感を強めた。

※   欧米列強が韓国併合を積極的に支持していたかのような表現が、黙認というニュアンスに修正。日韓併合が武力を背景に行われたことを記載。韓国内の一部に併合賛成派がいたことは修正後もそのまま。史実とはいえ、韓国としては記載してほしくない内容でしょう。植民地支配が赤字だったこと示す内容は消え、逆に植民統治の内容が詳しくなりました。申請本にあった「政治的にも、必ずしも利益をもたらさなかった」というのはどういうことなのか、私の知識ではわかりません。
「合法的」が消されたのも韓国への配慮でしょうが、政府見解はいまでも「合法的」のはずです。

(つづく)

bosintangさん

投稿者: la_onni77 投稿日時: 2001/04/28 12:02 投稿番号: [113 / 3669]
お、いらしたんですね。見つけましたよ〜。

経済トピに誰もいないからつまんないオンニです。
トピずれでもなんでも載せてくれればよかったのに。^^ちなみに、私もその資料もらいました♪

これから遊びにいってきまーす。

「つくる会」教科書の修正個所 ②

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/28 11:54 投稿番号: [112 / 3669]
【朝鮮半島の日本の安全保障】

〈申請〉
東アジアの地図を見てみよう。日本はユーラシア大陸から少し離れて、海に浮かぶ島国である。この日本に向けて大陸から一本の腕が突き出ている。それが朝鮮半島だ。朝鮮半島が日本に敵対的な大国の支配下に入れば、日本を攻撃する格好の基地となり、後背地をもたない島国の日本は、自国の防衛が困難となる。この意味で、朝鮮半島は日本に絶えず突きつけられている凶器となりかねない位置関係にあった。

〈修正後〉
東アジアの地図を見てみよう。日本はユーラシア大陸から少し離れて、海に浮かぶ島国である。この日本に向けて大陸から一本の腕が突き出ている。それが朝鮮半島だ。朝鮮半島が日本に敵対的な大国の支配下に入れば、日本を攻撃する格好の基地となり、後背地をもたない島国の日本は、自国の防衛が困難となると考えられていた。

※「凶器」という表現はいかにも不穏当。削除は妥当でしょう。なんでわざわざそんな表現を使ったんだろう。

(つづく)

「つくる会」教科書の修正個所 ①

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/28 11:53 投稿番号: [111 / 3669]
【江華島事件・日朝修好条規】

〈申請〉
一方、これに先立って、日本軍艦が朝鮮の江華島付近で朝鮮軍と交戦した事件(江華島事件、1875年)をきっかけに、日本は再び朝鮮に国交の樹立を強く求めた。清朝が朝鮮に日本との国交交渉の開始を許可した結果、1876年、日朝修好条規が結ばれた。こうして、長らく懸案であった朝鮮との国交問題も解決した。

〈修正後〉
一方、これに先立って、日本軍艦が朝鮮の江華島で測量をするなど示威行動をとったため、江華島付近で朝鮮軍と交戦した事件(江華島事件、1875年)をきっかけに、日本は再び朝鮮に国交の樹立を強く迫った。
  その結果、1876年、日朝修好条規が結ばれた。これは朝鮮側に不平等な条約だったが、長らく懸案であった朝鮮との国交が樹立した。

※   江華島事件の発端が日本の示威行動にあったこと、日朝修好条規の不平等性が明記されました。また、朝鮮が清朝の属国であったというニュアンスが消されています。

(つづく)

歴史教科書問題資料

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/28 11:52 投稿番号: [110 / 3669]
ソウル日本人会会員に、日本大使館から「歴史教科書問題」に関する関連資料が配付されました。
そのうち、いま話題になっている扶桑社版中学校歴史教科書(つくる会版)の、検定による修正個所についての資料を掲載します。

※「経済活性化」トピに載せようかとも思いましたがトピずれだし、といって、他のVSトピは上がりが速すぎて追いかけるのがたいへん、専用トピを作るには早起きしないといけないし……。
で、ここもややトピずれながら、歴史教科書論争の場として提供することにしました。

不人気トピ活性化策の一つということで。

(つづく)

鄭寅ソプ『温突夜話』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/28 11:49 投稿番号: [109 / 3669]
>しかたしん『国境』

児童書で5500円ですか。
コリアものは高い本が多いね。次の本も、民話集としては3500円で高いほう。

鄭寅ソプ『温突夜話−韓国民話集』(世界民間文芸叢書別巻、三弥井書店1983)

光復後、韓国外国語大学学長も務めた著者が、日帝時代の1927年に日本で発刊した朝鮮民話集の半世紀ぶりの復刻版。
児童用に書かれたものでありながら、話者、伝承地、採集年などの採集記録も記されており、学術的価値も高い。原著にあった話に加え、光復後、イギリスで出された英語版の民話集からも追加され、全95話が収録されている。巻末には、アアルネ・トンプソンの民話型番号、日本の類話との対照表がある。

  一読すると、日本や中国の民話と類似すると話が多数含まれており、民話世界のアジア的広がりが実感される。別の研究書によれば、東アジアの民話はインドの仏教説話に起源するものが相当に多いという。
  登場する動物に虎が多いのが、韓国らしいところ。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4838250134/qid%3D988426111/249-2122761-4599543

しかたしん『国境』

投稿者: Anastasia99 投稿日時: 2001/04/26 22:04 投稿番号: [108 / 3669]
一応児童書らしいんですけどね。

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9950444845

  よく覚えていないけれど、しかたはソウル育ちで、敗戦の日をソウルで迎え、喜びに踊っている朝鮮人の輪に加わろうとして「ここはお前の来るところではない」と拒絶され愕然とした青年時代を持つ人。

  つかこうへい好きです。『娘に語る祖国』はなんだか読むのが怖かったので、ごく最近読みました。「国としての歴史的事実よりも、一人の人間の小さな事実、そのときのその人の心の動きに興味がある」という彼の姿勢故に、彼の送るメッセージは等身大で、軽妙な語り口と裏腹に重く迫ってくるものがあります。

re:田麗玉『悲しい日本人』

投稿者: bsyo_nen 投稿日時: 2001/04/22 19:51 投稿番号: [107 / 3669]
およそ観念的な反日論がえんえんと続く面白味のないこの本の中での数少ない体験的なエピソードが、不動産屋で受けた外国人差別?です。NHKの職員が保証人になって同行する予定が、来なかったので一人で不動産屋へ行きます。保証人はどうしたと聞くと来ないと答えると、その不動産の中年女性がいぶかしげな(不愉快な)態度で彼女をあしらった。「日本人が本性を暴した!」と怒ります。
結局彼女はここと契約するのですが、雑誌のインタビューによれば、ここは自由ケ丘の月20万のマンションなんだそうです。そんなところに保証人も連れてこないで行ったら、いぶかしく思われて当然じゃないでしょうか。

つかこうへい『娘に語る祖国―満州駅伝』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/22 00:26 投稿番号: [106 / 3669]
在日劇作家による異色の従軍慰安婦関連本。

「相手の立場への想像力を教養というのです
パパは作家として、国としての歴史的事実よりも、一人の人間の小さな事実、そのときのその人の心の動きに興味があるのです。何かそこに希望を見つけないと、書いてはいけないと思っています。
従軍慰安婦のテーマは、7年前に『娘に語る祖国』を書いたときから、いつかはお芝居にしてみたいと思っていました。でもなかなか完成できないでいます。
はじめは、虐げられた従軍慰安婦を主人公に何か希望のもてる話を作りたかったのですが、取材していくうち、従軍慰安婦が必ずしも悲惨ではなかったことを知りました。また、二等兵の辛さも知り、筆が止まっているのです」
「パパが弱い立場の人のことを考えるようになったのは、もしかしたら
、パパが韓国人としてこの国で生きていることからくるのかもしれません。
相手の立場への想像力のことを教養というのです。
これからパパのする話を想像力を逞しくして聞いてください」

かくして、満州の帝国陸軍二等兵と朝鮮人慰安婦の間に芽生えた恋物語が始まる。

つづきは、本書をどうぞ。

つかこうへい『娘に語る祖国』―「満州駅伝」従軍慰安婦編(光文社1997)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/contents/-/books/4334052398/249-8922641-4702757

秦郁彦『慰安婦と戦場の性』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/21 23:50 投稿番号: [105 / 3669]
『昭和史の謎を追う』以来、慰安婦問題を追及し、吉田清次の詐話を証明してみせた著者による、渾身の力作。
本書をもって、90年代に突如噴出した「慰安婦問題」は過去のものとなった。

慰安婦問題爆発の経緯、大戦当時の公娼制の実態、戦地慰安所の実証的分析、諸外国における「戦場の性」の考察、慰安婦たちの証言の検証、河野談話が出された背景、クマラスワミ勧告がはらむ問題点、アジア女性基金、今後の争点など、慰安婦問題についてのあらゆる論点が多角的にとりあげられている。

クマラスワミ報告書において、北朝鮮は「20万人の朝鮮人女性を慰安婦を強制徴集して虐待、ほとんどを殺害」などという荒唐無稽な申し立てをしているが、諸々の資料から推して、慰安婦の総数は多くて2万人前後、内訳は日本人4、現地人(中国では中国人、インドネシアではインドネシア人)3、朝鮮人2、その他(台湾人、オランダ人など)1で、その9割は生還、募集において官憲による組織的な強制連行はなく、待遇は内地並、と推定している。
日本糾弾派がいうような20万人が毎日20人の客をとらされていたというのが真実ならば、全軍で400万回、全兵力300万人が戦争もせずに毎日1・3回慰安所通いをしなければならないという計算になる。
これは、人口20万人の南京で30万人が虐殺されたという主張と似たバカバカしさだ(著者はかつて『南京事件』(中公新書)で南京事件についても実証的な研究を発表している)。

今回の中学校歴史教科書で、慰安婦関連の記述が自主的に削除または抑制されたが、本書がそれに与えた影響は大きいと思われる。

今後、慰安婦問題は本書を読まずして語れない、といっていい。

秦郁彦『慰安婦と戦場の性』(新潮選書、1999)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/contents/-/books/4106005654/249-8922641-4702757

『「慰安婦」問題とアジア女性基金』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/21 23:45 投稿番号: [104 / 3669]
93年の河野談話で日本政府が慰安婦の「強制性」を認めたあとも遅々として補償が進まないまま徒に時が経つのに業を煮やした人々が「アジア女性基金」を発案し、民間の基金によって老齢化が進む元慰安婦に補償をしていこうと企図した。

本書は、その基金の発案者たちの思いを一冊にした本である。

ただし、基金賛同者だけでなく、民間ではなく政府が補償すべきだという立場の人、逆に金を渡す必要が無いとする立場の人も、少数ながら稿を寄せている。

あとがきで、立場の違うそれらの人々への感謝の言葉があるが、反対派の秦郁彦を泰郁彦としていたのはご愛嬌。

大沼保昭・下村満子・和田春樹編『「慰安婦」問題とアジア女性基金』(東信堂、1998)

吉見義明『従軍慰安婦』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/21 23:43 投稿番号: [103 / 3669]
別トピで、慰安婦問題が盛り上がっているようなので、慰安婦関連の本をいくつか。

まず、吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書、1995)

著者は、91年に元慰安婦、金学順が名乗り出たのを見て慰安婦研究を始め、92年、日本軍の関与を示唆する資料を発見して脚光をあびた。

日本は、日本軍が従軍慰安婦の強制連行に関与したことを認め、元慰安婦に国家補償をすべきだという立場に立つ。

なお、朝鮮において日本軍による強制連行が行われた証拠は、この本が公刊されたあともまだ見つかっていないが、著者は、資料がないのは日本軍が戦後、資料を隠滅したか、政府がいまなお隠しているからだ、という信念を持っているらしい。
だが、いくら探しても出てこないので、97年刊行の『〈従軍慰安婦〉をめぐる30のウソと真実』のなかで、「官憲による奴隷狩りのような強制連行が朝鮮・台湾であったことは、確認されていない。また、女子挺身隊令による慰安婦の動員はなかったと思われる」と書き、主張を後退させている。

いずれにしても「従軍慰安婦」を語る際の基本図書の一つ。

ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/21 23:39 投稿番号: [102 / 3669]
ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄―1万3000年にわたる人類史の謎』(上・下、草思社2000)

このトピにも投稿いただいたtukachanさんから教えてもらった本です。
実は、まだ下巻の途中までしか読んでないのですが、食人にかんする部分を取り出すと……。

ニューギニアには、食用の穀類が1種も栽培されていないが、これはそのような有用な穀物の野生種が存在していないからであり、また、動物相をみても、飼育可能な大型哺乳類がまったく生息していない。そのため。ニューギニア人は深刻なタンパク質不足に悩まされてきた。沿岸部では魚からタンパク質を補給することが可能であるが、高地住民の主食であるタロイモやサツマイモはタンパク質をほとんど含んでいない。ニューギニアの高地に暮らす子供たちは腹部がふくらみ、口にする食物の量は多いもののタンパク質の摂取量が少ない食生活に特有の体型をしている。ニューギニア高地の社会では、伝統的に人肉を食べる風習が広い地域で見られたが、これもつまりは食生活におけるタンパク質不足に原因があったと思われる。
ニュージーランドのマオリ族は、1835年、東の洋上の島に住むモリオリ族を突如襲い、数日のうちに数百人を殺し、その多くを食べちゃったそうです。チャタム諸島で数世紀のあいだつづいたモリオリ族の独立は、こうして暴力的に終わりを告げた、とあります。

>これのどこがコリア関連書籍なのか

この際、どうでもいいですよ。
それでなくても投稿が少ないんだから。

bosintang兄に捧げる

投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2001/04/21 17:12 投稿番号: [101 / 3669]
マルタン・モネスティエ著(大塚宏子訳)
「食人全書」   原書房

これのどこがコリア関連書籍なのかって理由は考えてください。

いちばんおいしい部位はどこか、など興味をそそる内容です。
ただ、筆者はフランス人ということもあってか、研究に限界がみられる。
カニバリズムを基本的にはアジアやアフリカの未開の野蛮な習慣ととらえている節があり、ヨーロッパの食人についての言及しているものの、中国などの古い文明と伝統のある国の食人について、ほとんど言及されていない点が惜しまれる。

李基文『韓国語の形成』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/17 23:44 投稿番号: [100 / 3669]
ちょっと趣向をかえて、言語学関係の本を1冊。

李基文『韓国語の形成』(韓国文化選書6、成甲書房1983)

Ⅰ韓国語形成史(1967)
Ⅱ言語の親族関係(1968)
Ⅲ韓国語とアルタイ諸語の比較研究(1975)
Ⅳ高句麗の言語とその特徴(1978)
Ⅴラムステッドの韓国語研究(1970)

韓国言語学界の泰斗、李基文博士の論文集。
彼は、古代の三国の言語について、
「高句麗・百済・新羅の言語に関する従来の見解は、大きく二つに分けることができる。その1つは、韓国の学者たちの見解で、これら古代三国の言語が単一であったと見たのであった。これは、たしかに現代韓国語または中世韓国語が与える偏見によるものだといえる。そして多くの著書に、古代三国の言語資料が互いに区別されずに同一言語の資料のように取り扱われていたのである。しかし、現代国家が単一言語であるから古代三国の場合にもかれらの言語が単一であったろうという先験的前提が容認されないことは、自明なことである。
これとは反対に、高句麗の言語を今日の韓国語とは完全に分離してしまおうとする見解があった。これは主に日本の学者たちの主張で、高句麗をわが国と別に分離してしまおうとしたかれらの努力の一環といえる」
と述べ、入手可能なあらゆる言語資料をもとに日本語と高句麗語の類似を指摘、アルタイ諸語の中で、まず、トルコ・モンゴル・ツングース共通語と扶餘・韓共通語が分離、後者が、原始扶餘語と原始韓語に、さらに原始扶餘語が原始日本語と高句麗語に、原始韓語が新羅語に分離したという仮説を唱えている。
ただ、博士自身も認めているとおり、言語資料が絶望的に少ないため、証明にはほど遠い。現在でもなお、アルタイ諸語の親族関係にすら懐疑的な学者が多いようです。

これに収録されている論文はどれも古いですが、韓国語の系統論についての最近の学説をご存知の方がいらっしゃったら、紹介してください。

天江喜七郎『息子への手紙』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/17 23:42 投稿番号: [99 / 3669]
天江喜七郎『息子への手紙』(学生社1991)

これも在韓国日本大使館に勤務した外交官の手になる書。
勤務中、日本で寮生活を送る高校生の息子へ宛てた書簡形式をとっていることが特色。

以下は、著者が韓国で出会った韓国人に聞いた話の中で、最も印象に残り、心の琴線にふれたものとして紹介された話の内容です。

「1910年の併合以来、最大の反日デモが3・1運動だった。しかし日本官憲の弾圧を受け、1930年以降は「デモや闘争で独立をかちとるのは無理だ」というあきらめムードが広がった。その中で愛国者たちは「日本に協力することで韓国人の地位を上げよう、日本政府に韓国の自治、さらに独立を認めさせよう」との方針転換を行った。もちろん、金九先生のもとでの武力闘争を選ぶ人もいたが、大半の人々は対日協力による独立達成の道を選んだ。戦時には多くの韓国人が率先して志願兵になり、女子挺身隊の召集がかかれば、女学校の先生たちは日本のため、ひいては韓国の独立のためと、家柄のしっかりした人を選抜した。
しかし、結局、そのような努力は実を結ばなかった。日本の敗戦のためだ。敗戦と同時に、韓国では対日協力者の摘発が始まった。対日協力者は、もとを正せば韓国の独立を達成する方便として日本に協力したのだ。主流をなしたのはむしろこんな者たちだった。日本の敗戦は、一夜にして愛国者を裏切り者にした。
終戦後、刑務所から出所した者のなかには本物の反日運動家もいたが、強盗であれだれであれ、みなが反日運動家を称した。
こうして日本に協力した多くの韓国人が「親日派」のレッテルを貼られ、世間から厳しく糾弾された。
そして、それまで韓国人社会の中で指導的立場にあったこのような人達が、戦後は反日の中核になった。要するに、日本に裏切られたという気持ちが非常に強いのだ。韓国人の反日感情とは、このように非常に複雑で屈折しているのだということを理解してほしい」

著者はそれまで、韓国人の反日感情が、植民地支配への反感と李承晩時代の反日教育によるその増幅にあると考えていたが、そのような認識の浅さを思い知らされたそうです。

ふらり。

投稿者: la_onni77 投稿日時: 2001/04/16 20:10 投稿番号: [98 / 3669]
bosingtangさん、ふらりと遊びにきてしまいました。^^

>あくまで「実事求是」の精神を失わず、双方の「偏狭なナショナリズム」を批判しつつ(自国のそれを克服するのが先決だが)、自国で自己批判の精神を広げ、しかも「過度の謙虚さ」つまりは「卑屈さ」に陥らないようにブレーキをかけたいというのが、私の実力不相応な望みなのである」

私もこの部分に共感します。この本もぜひ書棚に加えます。

つづき

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/13 23:48 投稿番号: [97 / 3669]
「日本に、「やむにやまれぬ戦争」との見方が依然として根強い原因の一つに、戦後日本が「国のために戦った(死んだ)」人びととその家族の心のひだと侵略戦争の現実とを結ぶ回路を見いだせずにきたことがあげられる。
  この問題を韓国人に引きつけていえば、ベトナム戦争(まぎれもなく侵略戦争だった)に参加した韓国軍の兵士や戦死者の遺族は、ある戦争をなかなか侵略戦争とは認識できにくいのではないか。また侵略戦争と認識した場合でも、戦場での自分の苛酷な生活、あるいは肉親を失った悲しみをどう意味づけていいのか、答えに窮するのではないか。それと同じ問題を、日本社会全体が抱え込んできたといってよい」

「ベトナム戦争を侵略戦争と認識しがたい韓国人と、「やむにやまれぬ戦争」論の日本人とは重なりあうし、かつて私が歴史教科書の改善をめぐって議論を交わした韓国の歴史家の多くと、最近私が日本で議論を交わしている「やむにやまれぬ戦争」派の知識人たちとは、自国中心主義・自民族至上主義という点で同質の歴史観を抱いている。どちらにとっても、「国家の栄光・民族の正気」の物語こそが歴史なのだ」

そして、
「あくまで「実事求是」の精神を失わず、双方の「偏狭なナショナリズム」を批判しつつ(自国のそれを克服するのが先決だが)、自国で自己批判の精神を広げ、しかも「過度の謙虚さ」つまりは「卑屈さ」に陥らないようにブレーキをかけたいというのが、私の実力不相応な望みなのである」
との意見表明には、私も共感します。

「日韓合同歴史教科書研究会」が92年に一段落し、その成果を教科書執筆者、編集者、文部省にフィードバックしたことも一因となって、92年以降の検定では、近代日本のアジア侵略関連の記述は事実上フリーパスになりました。それが、一部に「自虐史観」との批判を招き、とくに97年の検定で中学の全歴史教科書に慰安婦記述が載ったことが引き金となって、「つくる会」が活動を開始しました。

  結局、この研究会が、今日の教科書問題を招いた遠因といえるかもしれません。

藤沢法暎『韓国との対話』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/13 23:46 投稿番号: [96 / 3669]
藤沢法暎『韓国との対話』(大月書店1998)

>編著者は家永教科書裁判で国側証人として出廷しており、

この著者は、家永裁判の原告側証人として出廷した経験があるそうです。その立場はおのずと明らかでしょう。

しかし、90年以降、自らが世話人となった「日韓合同歴史教科書研究会」ほかの活動を通して韓国の歴史家と議論を続け、韓国側の頑なかつ理不尽な態度に辟易していたにちがいなく、この本の中では、韓国に対しても言うべきことは言っています。

「会議で韓国側が求めたのは、侵略・植民地支配の実態と朝鮮民族の抵抗をきちんと記述することであり、この点で大きな対立は起こりえない。激しい議論が展開されたのはむしろ、韓国側の日本認識であった。
日本側は「侵略戦争・植民地支配の時代にも、これに反対しつづけた日本人は少数とはいえ尊大した。また近代日本に他のアジア諸民族を蔑視する風潮が広がったことは事実だが、しかし、朝鮮人であれ中国人であれ格別差別意識をもたず、同じ人間同士として接していた日本人はかならずしも少数ではなかった」点も認識すべき旨を主張した。
韓国側の態度は、当初ずいぶん固かった。私は「日韓友好を築こうとするのか、そうでないのかによって日本の見方はちがってくるのではないか。友好を築こうとするのであれば、日本の正の要素も見なくてはならない」と指摘した」

「侵略・植民地支配に無反省な人びとが「尊大」に構えがちなことがまず問題だが、一方で侵略・植民地支配の非を認識する人びとが「過度に謙虚に」つまりは「卑屈に」傾く場合が少なくないことも、放置しておいてよいわけではない。このような日本人の態度が、韓国人の「自己絶対化」(偏狭なナショナリズム)を強め、「自己相対化」を妨げていることを見過ごしてはなるまい」

つまり、一部日本人の卑屈さは、韓国人のためにもならないということです。

「かつて日本がアジア各地でやっていけないことをやってきた事実を否定ないし粉飾しようとする日本社会内部の狡猾さは、われわれの手で克服していかなくてはならないが、同時に、すでに補償を受け取っていると知りつつ、素知らぬ顔でさらに補償を要求してくる狡猾さが韓国社会内部に存在しないと考えるのも非現実的だろう」

このあたりの指摘も痛烈。

>英語は絶対勉強するな!

投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/04/11 01:18 投稿番号: [95 / 3669]
シュリーマンの本では「シュリーマン旅行記・清国・日本」(講談社学術文庫)がおもしろいですね。当時(1865年)の中国人と日本人の文化や行動様式のちがいが彼の目を通して知り得ます。

「勉強するな」はよんだことはありませんが、私もやはりかなり安っぽいのではとは想像します。本屋で一度めくってみます。買わないと思いますが。勉強に王道はない。

やはりロシア語を短期間でマスターしたなどといわれ、語学の天才と称された明石元二郎が、「人は私がいかに努力したかを知らない」と語っている小説がありました。

不定期に私の所に英語の勉強にきている大学生には、100ページほどの英語の本を丸暗記せよ、といってます。アメリカの大学院で論文を書く練習をする人たちにはイギリスの美術評論家のH.   Readの「Art   and   Industry]をやはり暗記させてます。

横レスで失礼しました。

>田麗玉『悲しい日本人』

投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/04/11 00:54 投稿番号: [94 / 3669]
私もこれはよみました。

印象に残った所は、田女史の知り合いの中国人の女性留学生が日本人の家庭に招かれたときのこと。先方の奥さんがその学生の靴を靴先を外に向けてそろえた行為にその中国人学生は非常なる侮辱を感じたとのこと。あなたはこんなこともしらないのですね、といわれた感じがしたとのこと。これを田氏は得たりとして書いていたけど。

私は田氏の理解不足と思った。客は靴をそのままにして置いてもいいし、外に向けてそれおえてもいい。前者なら客のために靴をそろえるという親切な行為を先方に行わせる機会を与えることになるし、客がそろえれば先方の手間を省くことになる。私はケースバイケースで対応してます。

細くてつり上がった目の状態をインドネシア語ではsipitといいます。これはプリブミ(先住インドネシア人)が中国人の表情を表現する言葉です。幾分軽蔑の響きがあります。マラヤ系の人たちはぱっちり目玉ですから。日本人の二重構造説を一応みとめると、縄文系の人たちの目はぱっちりしてますね。これが日本人の方が全体として韓国人よりもぱっちりした目をしている原因かなと思いますが。

かなりのマレー人、インドンシア人が日本人、韓国人、中国人の顔による区別ができるようです。

田麗玉『悲しい日本人』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/11 00:05 投稿番号: [93 / 3669]
韓国ではすごく売れた(ミリオンセラー)けど、日本ではあまり売れなかった本を1冊。

田麗玉『悲しい日本人』(たま出版、1994)
原題「イルボヌンオプタ」(日本はない)

典型的な反日本です。
この中で、かの呉善花氏を批判している一節があって、少し引用すると
「私はこの本の著者が「呉善花」なる名を貸してやって、「日本人のいいたいこと」を代弁してやっているのではないかと思い至った。私の見るところでは、日本人こそは自分の国のことを盲目的によく言ってくれる外国人を最も好む民族だ。日本に来て偶然日本のことをそれらしく美化して「神秘の日本、人情の溢れる日本」などと書いたり喋ったりする外国人は、たちまちにして金持ちになる。
一方、日本はアジア各国をその細い目で見わたしながら「日本は良くて我々は悪く劣悪だ」という話を聞きたがる」

内容はともかく、私がおもしろいと思ったのは
「その細い目で見わたしながら」
という部分。
韓国人は日本人の目が細いと思ってるんですね。昔の韓国国定教科書にあった日帝期の邪悪な日本人憲兵は、キツネ目で描かれてた。
逆に、ゴルゴ13なんかに出てくるコリア系の人は概して目が細いし、私自身も韓国人のほうが一重瞼が多くて目が細いと思ってる。
つまり、日韓両国人はお互いに相手の目のほうが細いと思ってるわけで、その裏には共通におめめパッチリのコーカソイドに対する抜きがたいコンプレックスがある。
私が「日韓は互いの鏡」と考える所以です。
本書のカバーには、著者、田麗玉の顔写真が載ってるんだけど、なんか目のあたりが人工的な気がするんですが、はて気のせいか。

内容的にはお粗末ですが、韓国人のステレオタイプな日本観、韓国人受けする日本観がどういうものであるかを知るにはいいかも。

なお、この本には続編(日本はない2)もあって、それについては別の所で書いたのでリンクしときます。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=TR&action=m&board=1835396&tid=6abffaj4afa1a1a1j4zffchf3sa1k&sid=1835396&mid=42

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=TR&action=m&board=1835396&tid=6abffaj4afa1a1a1j4zffchf3sa1k&sid=1835396&mid=43

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=TR&action=m&board=1835396&tid=6abffaj4afa1a1a1j4zffchf3sa1k&sid=1835396&mid=44

かなりの盛り上がり

投稿者: yaesu_access 投稿日時: 2001/04/05 15:50 投稿番号: [92 / 3669]
ヤフージャパンでも二つのトピが上がっています。なんだか一部の人は危ない自己啓発セミナーのノリになっている。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=ED&action=m&board=1834910&tid=a5ya59a5ha5bba5ia1bca1h1q8la4oc0dbpj y6afa49a4ka4ja1i&sid=1834910&mid=1&type=date&first=1

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=ED&action=m&board=1834896&tid=a1x1q8la4oc0dbpjy6afa49a4ka4ja1aaa1y a4ha4a4a4a6kdca1a3&sid=1834896&mid=1&type=date&first=1

どう考えてもこの方法で新聞読めて映画が分かるようになることはあり得ないと思うけど。これだけ売れてるってことは続編の方も日本語版が出版されるかもしれませんね。

まだ英語の勉強してるの?

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/05 01:00 投稿番号: [91 / 3669]
という続編も出てるようですね。

http://members.namo.co.kr/~igamezon/best-b/00-07-1/bb-03.html

>韓国で糾弾の動きは上がっていないんですかね?

書評は概ね好評みたい。もっとも書評は広告と同義(金とってるという話もある)だからこきおろすことはありえない。

でもこの手の本が韓国語から日本語に訳されて、ベストセラーになるってのは珍しいですね。
その逆は結構あった。超勉強法とか、脳内革命とか。

英語は絶対勉強するな!

投稿者: kerokerokeropi84 投稿日時: 2001/04/04 14:46 投稿番号: [90 / 3669]
というタイトルの本が日本でベストセラーになっています。この本の著者は韓国人です。内容は英語の勉強の仕方について、対話形式で書いたものです。

私は実際に読んでみましたけど、はっきり言ってインチキだと思いました。シュリーマンの学習メソッドを参考にしたと書いてある割に、シュリーマンの経歴にウソが書かれてあるし・・・。

しかしこの本は元々、韓国でも大ベストセラーになっており、掲示板で勉強会が盛り上がっていると聞いています。韓国で糾弾の動きは上がっていないんですかね?

どなたか、

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/03 18:38 投稿番号: [89 / 3669]
これ読んだ方、いませんか?
おもしろそう。

韓国女性「厚化粧」の裏側(小学館文庫2000)
バスのなかで踊るアジュンマ(おばさん)、カタコトしか知らなくても「日本語が出来る」と言ってはばからないお手伝いアジュンマ、家にくるなり冷蔵庫を物色するオンニ(お姉さん)、美人になるためなら整形手術は当たり前!!etc…。
韓国女性のパワー炸裂ぶりを目の前にして、日本女性は驚いたりあきれたり…。
でも、ふと考えてみると「これって私の知ってる誰かに似てる!」。
他人事とは思えない、隣の国の女性たちとの日韓爆笑エピソード集。

第1章   炸裂する韓国アジュンマパワー!
第2章   あなたの物は私の物、私の物はあなたの物
第3章   「厚化粧、整形に涙の努力」の謎
第4章   女子大生恋愛事情
第5章   韓国女性の“働く”ということ
第6章   愛すべき韓国女性たち

http://japan.chosun.com/site/data/html_dir/2001/04/03/20010403000015.html

町田貢『ソウルの日本大使館から』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/04/01 22:17 投稿番号: [88 / 3669]
町田貢『ソウルの日本大使館から』(文芸春秋、1999)
http://jsd1.topica.ne.jp/bunshun/html/2/0/4/4163548807.html

これも『日本外交官、韓国奮闘記』と同じ文芸春秋刊ですね。この手の本、よく売れるとは思えないけど。

著者は、通算25年を韓国で勤務した外交官。
65年、国交回復当時の反日感情は、今のの平和なソウルからは想像もつかないものだったようです。
在日とは逆の立場の在韓婦人たちのエピソード、韓国人に慕われた日本人、韓国人駐在員の男女問題の後始末、昔のキーセン事情など、他の本にはない話題が豊富です。
IMF危機の様子は私の韓国滞在とも重なり、身近に感じられました。
個人的には、秀吉軍が残した29の倭城めぐりの話がおもしろかった。

そういえば、金大中の日本文化開放後、初めて韓国で日本語の歌謡曲を歌った沢知恵という歌手(私はよく知らない)は、金素雲の孫だそうです。

田中明『朝鮮断想』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/03/31 23:15 投稿番号: [87 / 3669]
田中明『朝鮮断想』(草風館、1984)

著者は、幼時11年間を日帝期朝鮮に暮らしたコロン(植民者)の息子である。解放後、韓国を再訪したのが65年で39歳のとき。かつて11年暮らしながら、その地の自然も人間も何一つしっかりとは見ていなかったことに気づき、狼狽し、朝日新聞社を休職して韓国に留学、そのままコリア研究者となる。
「自分の思いを、いわゆる「日帝36年に対する反省」といった美しい言葉に近づけて行こうという気持ちにはまったくならなかった。そんなことをすれば、自分が「いい日本人」に化けてしまい、こんどは「良心的怠惰」に安住するであろうことは目に見えていたからだ(ぺらぺらと心地よく朝鮮に対する贖罪の言葉を連ねる、といった類の人を私はよく見てきた)。」(序に代えて)

本書の内容はコリア全般(韓国、北朝鮮、在日)に対する批判が多い。
「日本人の朝鮮観はいぜん古い殻をひきずっており、いわれのない優越感を混合していることは否定できない。それは充分心得ているつもりである。にもかかわらず、自分のことを棚上げするみたいにして、私が隣人批判を始めたのは、いま新たな朝鮮蔑視観が日本に再生産されつつあるのではないか、その材料を朝鮮側みずからが提供しつつあるのではないか――という差し迫った危惧を抱いたからである」
「たとえば対立する南北朝鮮の一方が他方を口汚くののしるとき、当人は戦闘的愛国心の発露だと思っていても、第三者がその民族の品性を疑う、ということはつねにある」
外国人は、自国の都合によりそのような対立を利用しながらも、軽蔑の色を隠さなかった。
「日本の場合、そうした端的な表情をおもてには出さない。植民地支配という歴史の負い目があるから、「色」は慎重に隠されるのである。そういう隠蔽の習性の行きつくところはどうなったか。韓国あるいは北朝鮮との友好とは、相手のすべてを「すばらしい」と誉めそやすこととなり、批判にわたる声が出たときは、「過去のの悪行を思ったなら、日本人にそんなことをいう資格があるか」と口を抑えることになってしまった」
「物陰のひそひそ話をオープンな場に引き出すことが、無骨ではあっても、相互理解の王道ではなかろうか」(以上、あとがきより)

韓国では、嫌韓論者というレッテルを貼られることが多いですが、コリアをもっとも深く究めている研究者の1人だと思います。

小倉紀蔵・孫惠民『東京・ソウル物語』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/03/31 23:11 投稿番号: [86 / 3669]
>変貌する現代韓国社会
>著者たちの経歴にも面白いものがあります。

著者の顔ぶれを教えていただけるとありがたいです。

小倉紀蔵・孫惠民『東京・ソウル物語』(電通、1991)
序章   日本と韓国のマーケティング
第1章   市場と生活者
第2章   商品
第3章   メディア
第4章   広告
第5章   流通と都市・地方
第6章   日韓交流アイディア
最終章   日本と韓国の交流のために

若手の実力派コリア研究者、小倉紀蔵の処女作。
電通広告マンを辞め、ソウル大学哲学科に留学した著者が、同世代の企業家と対談形式で変貌著しい90年代初めの韓国を論じる。
文化論や政治ものに偏りがちだったあの時期に、ビジネス、マーケティングの観点から韓国を俎上に乗せた本著は新鮮だった。韓国の最新情勢を生き生きと伝えていたけれど、はや10年が経ち、現在入手不能。
韓国の変貌は速い。

>最近

投稿者: violla_21 投稿日時: 2001/03/31 21:28 投稿番号: [85 / 3669]

>親知たちが櫛の歯の抜けるように去っていく。柄にもなく感傷的になったりして。
>書くのも去るのも自由なところが掲示板のいいところではあるけれど。

年度末で忙しいんじゃないですか?
歓送迎会とかも多いし〜   ふ〜   

新年度からまた、心機一転でがんばりませう!


    ◆コリア関連書籍◆   読んでますか〜?   (^_^)/    (+_+)   (*_*)    ・・・仕事疲れのカオ

「日韓2000年の真実」

投稿者: pectika 投稿日時: 2001/03/24 03:14 投稿番号: [84 / 3669]
名越二荒之助氏編・箸
まだ全部は読んでいないのですが。
編著者は家永教科書裁判で国側証人として出廷しており、他の著者も自由主義史観に立つ方が多いようですが、膨大な数の写真や参考文献に基づく記述は一読の価値有りだと思います。

道上尚史「日本外交官、韓国奮闘記」

投稿者: tuka_chan 投稿日時: 2001/03/24 02:47 投稿番号: [83 / 3669]
著者は在韓国大使館に勤務していた外交官で、日韓について「色々な立場の人とホンネの議論を積み重ねて学んだ」日韓双方の問題点を指摘し、今後について提言しています。

『自国の歴史に「臭いものにふた」をしてはいけない。それは誤ったやり方だ。・・・自国の歴史の誇らしい面、否定的な面の双方をしっかり教え、きちんと説明できる青年を育てる必要がある。逃げてはいけない。日本は、事実から逃げるような情けない国でもないだろう。』

『私が80年代半ばにソウル大学で研修中、人類学科の教授の特別講義に出た。教授曰く「我々韓国人は、日本などもう十分よく知っている、勉強する必要などない、という思いこみがある。しかし、これはとんでもない間違いだ。我々は、日本をよく知らないのだ。実は、韓国ほど日本を知らない国はない。我々はまず、自分が日本を知らないのだというところからスタートしなければならない」。韓国で、しかも「知性」の殿堂といえるソウル大において、かかる率直な自己批判があることに感動した。』

ユニークなのは韓国での講演や議論で質問されたことと著者の回答が載っていることです。著者自身は「模範回答ではない」とことわっていますが、私などからすると「外務省らしい」模範回答のように思われます。

3月20日第1刷なのでまだざっとしか読んでいませんが、一気に読むことができました。

朴花城『黄眞伊・柳寛順』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/03/23 23:44 投稿番号: [82 / 3669]
朴花城『黄眞伊・柳寛順』(韓国語対訳叢書3伝記篇、牧瀬暁子訳注、高麗書林1975)

語学学習用の対訳本。ハングル原文、語釈、対訳がついています。
以下は、「柳寛順」からの抜粋。

「……これら10人の同志と監獄の中でも獄中闘争を続けながらさまざまの刑罰を受けたが、互いにいたわり合い助け合って仲良く過ごした。(中略)
  もみじが紅く燃え、落ち葉が舞う10月12日、17歳のクァンスンはその怨みに満ちたこの世を捨てた。
  ウォルター校長はクァンスンのしかばねを取り戻し、貞洞の礼拝堂で葬式をとり行った。これ以上やせられないほどにやせたクァンスンだが、死んだあとの姿は清らかで美しく安らかだった。
  胸に太極旗を抱いたクァンスンの遺骸は、雪のような菊の花と白いコスモスでおおわれ、5人の友だちと上級生の哀切きわまる涙の告別を受けつつ梨泰院へと旅立った」

訳者の解説によれば、著者朴花城は「柳寛順」(1964出版『女流韓国』)を書くにあたり、「並々ならぬ関心と愛着をもって、当時の生存者など関係者からの聞き取りや現地踏査も行っているようである」とのこと。

柳寛順については前にちょっと調べたことがあって『韓国民族文化大百科事典』には、
「柳寛順が惨殺されて二日後,この噂を聞いた梨花学堂校長フライワー・ウォルター先生は,刑務所当局に柳寛順の死体引渡しを要求したが日帝はこれを拒否した。柳寛順の虐殺を国際世論に訴えると脅し,強力に抗議すると,日帝は仕方なく死体を引き渡した。死体を引き取った者たちが,石油箱の中に入った柳寛順の死体を開けて見たところ,バラバラに惨殺された悲惨な姿だった」
とあった。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=TR&action=m&board=1835396&tid=4z9qa4nbbva4ja4ia49a4ya4feza4a8a4aa4 ca4aaa4a6it20a1aa&sid=1835396&mid=234

尹学準『韓国の教科書の中の日本と日本人』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/03/19 18:41 投稿番号: [81 / 3669]
>白凡<私の念願する,われわれの國家>

これはこれはchavitalさん、お久しぶりです。

白凡金九の自伝『白凡逸志』は、日本でも翻訳が出ています。

『白凡逸志 金九自叙伝』(平凡社1973)
http://www.heibonsha.co.jp/catalogue/exec/browse.cgi?isbn=ISBN4-582-80234-6

また、韓国の高校国語教科書に載った冒頭部分は『韓国の教科書の中の日本と日本人』(尹学準監修・筒井真樹子編訳、一光社1989)や、語学書ですが『スタンダードハングル講座5ハングル読本』(三枝寿勝、大修館1990)にも転載されてます。

独立運動を指揮し上海臨時政府の中心人物だった金九の号、白凡は、白丁(朝鮮の被差別階級)と凡人から1字ずつとったもので、わが民族はもっとも卑賤で無知なものも私程度の愛国心はあるとの意を込めたのだそうですね。

標記『韓国の教科書の中の日本と日本人』には、これ以外に柳寛順、尹奉吉、安重根、李舜臣など、日本とかかわりの深い人々の伝記が訳出されており、参考になります。

※   お誘いを受けながら時機を失してしまいましたが、新しい掲示板のほうへもそのうち顔を出させていただきます。
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