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誰による収奪だったのか?3
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/07/21 14:04 投稿番号: [160 / 3669]
(1)収奪の具体的方法は?
ご存じのとおり、現行国史教科書の論調は、決して日本に対して好意的ではない。日本の植民地支配の誤りについては、一つ一つすべて、根掘り葉掘り説明している。ところが、この部分では決定的なものが抜けている。それは「収奪」の方法だ。
ご存じのとおり、東洋拓殖株式会社を中心にした土地纂奪についてのことは、非常にくわしく記述されている。土地所有申告制の執行と執行過程での雑音、そして結局、全国の土地の40%が総督府により日本人に払い下げられたことは、詳しく述べられているが、なぜ「糧穀収奪」の方法についてはなんの記述もないのか?
こんなこと一度でも疑ったことある?
奪っていったならどうやって奪っていったんだ?
軍人たちが刀を突きつけて農民の目の前から米俵をかついで去っていったのか?
じゃなければ税金を無制限に課したのか?
じゃなけりゃどんな方法で米を「収奪」していったの?
それなら、当然税金による糧穀収奪を疑わざるをえないが、当時農民に賦課された税金は地租と呼ばれた。この地租の受納方法については、現金納付制度が確立されていた。また地租は土地所有者のみに課されたので、小作農比率の高かった当時は、たいてい地主階級が地租を納めていた。
ならば、土地をとんでもなくたくさん持っていた地主階級が、ばか高い税金を払っていたということか?
なんか曖昧でわからない。ご存じのとおり、139ページの記述は「産米増産計画」の説明に付け加えられた文章だが、ならば増産された量の何パーセントを奪っていき、その主な方法は何だったのかを、わが国の子どもたちにどう説明したらいいのか?
他の資料では、平均で1500万俵の米が日本に流出したと記述されている。そしてその量は、日本領朝鮮の米生産量の約3分の1と記述されているが、そんな莫大な量の米が「収奪」されたとして、その悪辣で極悪な搾取方法さえわからないのが、後孫たる者の道理なのか?
現国定教科書には、これに関する説明は、目を皿にして探しても見つからない。
(よく「供出」ということでもって説明をされる読者の方々がいらっしゃるが、「供出」は国史(下)141ページの説明のとおり、満州事変以後の戦時体制下の軍糧米充当の方法として、日本領朝鮮だけでなく日本国内でも実施されたものなので「収奪」とはまったく異なる概念である)
これは メッセージ 159 (bosintang さん)への返信です.
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誰による収奪だったのか?2
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/07/21 14:03 投稿番号: [159 / 3669]
I
誰による収奪だったのか?(日本領朝鮮の歴史的真実についての経済史的アプローチ)
この部分は、前号の文章の中で、読者たちからもっとも多くの質問が寄せられた部分だ。なんで「収奪が輸出だなどといえるのか?」という質問がいちばん多かった。
収奪という言葉の辞書的意味は、読者諸賢もご存じのとおりだ。収(掴んで)奪(奪う)だ。すなわち「奪う」という辞書的意味をもつ。「奪う」という動詞は「いかなる代価もなしに他人の者を強制によって所有する行為」をさす。さらに、もっと強制的な意味をもつ「掴む」を合わせた複合動詞形態になっている。
本当に日本帝国主義者たちは、日本領朝鮮から米を収奪して(強制的にいかなる代価の支払いなしに奪って)いったのか?
ここで読者諸賢にお願いがある。頭の中をすっからかんにしておくことだ。いかなる予備知識もない状態だ。われわれは何も知らない。すなわち不可知論だ。この呪文を10回ほど唱えてほしい。「われわれは何も知らない」と。
ところで「2001年3月1日発行高等学校国史(下)」の139ページには、食料収奪について次のような記述がある。
「……しかし、米穀収奪だけは目標通り遂行したので、わが国の農村経済を破綻に追い込んだ。増産量を大幅に越える量の米穀が収奪されたので、わが国の農民は、食料事情の極度の悪化のため、飢餓線上をさまよった」
そして国史(下)の165ペ−ジには、次のような民族企業の成長についての記述がある。
「当時の民族企業はいくつかの類型に分類できる。一つは、地主出身の企業家が地主と商人の資本を集め大規模工場を建てたものであり、もう一つは、庶民出身の商人たちが資本を集め、新しい企業分野を開拓したものだった」
ここで、最初の疑問が生じる。では収奪の方法はどのようなものだったのか?
これは メッセージ 158 (bosintang さん)への返信です.
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誰による収奪だったのか?1
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/07/21 14:02 投稿番号: [158 / 3669]
読者の皆さん、どうもありがとう。筆者は、あれ以来、個人メールボックスがはじけるほど多くのメールを受け取りました。反応もさまざまでした。
遠く米国から英語名(たしかジョニー)で、それも英語で、「てめぇ、ケツの穴に気をつけろよ、おれはてめぇの日本式アドレスが気に入らん」と、応援メッセージを寄こしてくださいました。国定教科書による徹底した反日教育がいかに効果をあげたかを示す生きた見本です。英語名「ジョニー」はよくて、日本語名「クルマ」(クルマってわが国でも使うよね?)はおかしいというのは、どの国の哲学的思考法なのかわかりかねます。
また、匿名のまま「てめぇの額に斧を打ち込んでやる」というメールを送ってくださった方もいらっしゃいました。ありがとうございます。これまたうれしい応援メールです。「日本」が話題なら暴力と非理性が許されると考える驚くべき発想を、身を持って体現してくださった匿名氏のおかげで、私の考えがいっそう強固になりました。
そのほかの皆さんから、先に私が書いた拙文の誤りを指摘していただきました。特に大韓教科書について誤った情報を流したこと、深くお詫びします。株式会社大韓教科書は公企業ではなく私企業です(旧国定教科書の血統の元にあるものの)。そして、株式会社大韓教科書の職員のみなさんは、とても一生懸命、黙々と教科書を作っていらっしゃいます。この方々にやや侮辱的な言葉を浴びせた点、深くお詫びします。しかし!
大韓民国の国定教科書は明らかに官主導で編集されています。
ほかにも多くのタンジ熱血読者の方々が、私に直接、間接のテロを加えて来られました。それで、筆者は一言申し上げたい。
「読者たちよ、あなたがたは植民地時代を体験したのですか?」
答えが「いいえ」なら、テロメールを飛ばすようなことはせずに、拙筆ながら、しばし筆者の文を読んでほしい。歴史への接近は「不可知論」から出発しなければなりません。金泳三の言葉のとおり「なんにも知らねー」から始めねばなりません。歪曲された情報と検証ぬきの伝説によって過去のある事実について生半可な判断を下すことほど危険でばかげたことはありません。
本題に入るまえに、面白い事実を一つ紹介します。わが国は倫理、国語、国史を国定とする国定教科書制度を運用中です。この制度の起源はどこだと思いますか?
次は、1990年青林出版社刊行の「お話日本史」という本からの引用です。もちろんこの本、「文化広報部推薦図書」というシールが貼ってありますから、文化広報部の検閲を受けた本ということになります。
「……このようにして、小学校教科書には国定制度を適用することになったが、すべての教科書に適用するのではなく、修身(=倫理)、日本史、地理、国語だけを国定教科書とし、1904年から施行することにした。ときあたかも満州をめぐってロシアと日本が激しく対立し、戦争一歩手前の状態にあったために、教育を国家主義によって貫徹する作業に合わせて、推進されることになった」
この引用文の最後の一文を、筆者が勝手にわが国に合わせて書き換えてみましょう。
「ときあたかも歴史的正統性をめぐって、南と北が激しく対立し、戦争一歩手前の状態にあったために、教育を国家主義によって貫徹する作業に合わせて、推進されることになった」
わが国の国定教科書制度がどのように間違っているのか、すでに少しは見当がおつきになりましたか?
いままで習ってきた歴史的真実が、国定教科書にその根本をおいていたとしたら、国家主義教育に読者諸賢の脳が汚染されているかもしれないのです。
とにかく本題に入ります。これからは、長々と書くことは控え、短く書くことをご承知おきください。
これは メッセージ 155 (bosintang さん)への返信です.
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次号も翻訳よろしく。
投稿者: hehenonomoheji 投稿日時: 2001/07/21 05:51 投稿番号: [157 / 3669]
bosintangさん。お願いします。
非常に興味がありますが、語学力が今ひとつなので。いつもお説、拝見しております。
これは メッセージ 155 (bosintang さん)への返信です.
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ありがとうございます。
投稿者: saru_timbanco2000 投稿日時: 2001/07/20 22:45 投稿番号: [156 / 3669]
翻訳、ありがとうございます!
機械翻訳では分からなかったディテールが見えて、更に楽しめました。
それにしても、著者は冷静な人ですね。
ビックリです。
これは メッセージ 155 (bosintang さん)への返信です.
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韓国人の手による韓国教科書批判7
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/07/20 22:11 投稿番号: [155 / 3669]
(4)いったいどこが歪曲だというのか?
ならば,いったいどこか歪曲なのか,本格的な話に移るまえに,いったんここで,さわりだけ垣間見させてあげよう。
3・1運動が,時期的に日本国内(植民地朝鮮を含む)で糧穀不足騒動が全国的な騒擾になり,日本全国でデモと騒擾が頻発した時期と一致するということを,わが国の若者たちは知らない。直接・間接的に,糧穀不足についての不安が万歳運動へつながったという事実を知れば,わが国の学生たちは,韓国人の愛国心の足りなさを恨み嘆くだろうか?
とんでもない。日本国内におけるの不安は略奪と放火にいたったが,韓国においては独立を要求する肯定的な方向に流れていった。どうして3・1運動の原因を,必ず愛国心の発露としてだけ表現しなければならないのか?
いわゆる文化統治というものが,愚民化政策だったと固く信じる学生たちに向かって,大正デモクラシーという日本の民主化政策の延長線上で朝鮮の文化統治が始まったということを,どのように説明したらいいだろう?
3・1運動以後,激烈な抵抗によって文化政策が生まれたというのは,ちょっとした歪曲ではないか?
糧穀を収奪したという部分,韓半島から糧穀を略奪していったという記述において,ほとんど歪曲の極致を見せる。知ってのとおり,植民地朝鮮で民族資本が形成された時期は,日本へ大量の糧穀を輸出した時期と一致する。朝鮮内の糧穀が日本市場に売られたことが,民族資本形成に大きく寄与したという事実を,なぜ否定するのか?
糧穀の「輸出」を「収奪」と言うのは,まさに「侵略」を「進出」と言うのに匹敵する言語道断の物言いだ。
たぶん今ごろウサギのような赤い目をしてモシターをひっくり返そうとしている読者が多いと思う。ちょっと待て。それは私のモニターじゃなくてあなたのモニターだから。そして誤解なきよう。日本の侵略が正当だったとか、美化しようというのではない。ただ、事実をありのままに見ようというのだ。行き過ぎた愛国心と自激之心のためにゲロ吐くのはよそうということだ。われわれがまず堂々としていなければ、他人の教科書歪曲や妄言に堂々と向かうことができようか?
日本の極右が悪いと言いながらわれわれがあいつらと同じく韓国の極右を演じることができようか?
さっき要旨のみを書き並べたこと、そしてそのほかの事項については次号で詳しく述べることにする。乞ご期待。
これは メッセージ 154 (bosintang さん)への返信です.
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韓国人の手による韓国教科書批判6
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/07/20 21:50 投稿番号: [154 / 3669]
しかし,李丙ド先生の一生は,典型的な植民地知識人のそれであったことは間違いない。彼の略歴を簡単にたどってみよう。
〈要約〉
1896年に生まれ,韓国の亡国を目の当たりにしながら育った。1915年に日本に渡り早稲田大学を卒業。23歳で祖国に戻り教職につく。29歳で総督府朝鮮史編纂委員会委員になって出世街道を歩む。34年,38歳で震檀学会理事長就任。45年,49歳でソウル大学教授。59年,解放後初めての通史「韓国史」を編纂。60年,文教部長官(=文部大臣)。89年死去。
弱小国に生まれ,植民地時代に青春を送り,新生独立国の祖国のために献身した典型的植民地知識人だった。
ならば,このような彼の生きざまがわれわれの歴史教科書にどのように投影されているのか?
先に述べたとおり,李丙ド先生は29歳で朝鮮総督府朝鮮史編纂委員会の委員になった。ときに私は今年28歳,私が李丙ド先生なら,来年朝鮮史編纂委員になるはずだ。今ならどこかの大学でしがない講師をしているべき29歳の李丙ド先生が,いかなる学問的業績をあげていただろうか?
結局,彼がなぜ朝鮮史編纂委員になったかは,わかりきった話だ。青年李丙ドという人物は,言われたことをハイハイよく聞き,まだ純真な朝鮮の知識人で,総督府が扱いやすい人物として選抜されたにすぎず,実質的にはいかなる影響力も彼にはなかったのだ。
しかし,この肩書は,結局,一生涯彼に重い苦悩を課した。青年李丙ドは29の歳に,出世と名誉のため,自分の高貴な魂を売ってしまった。彼には一生「親日派」というレッテルがつきまとうようになったのだ。ああ,この不憫な男よ。
親日派という宿命的なレッテルをひきずることになる李丙ドは,その後もうまくやった。勢いにのって頑張った。頭もよく,学問的成果も出した。ところが突然,戦争で日本のやつらが米国のやつらに負けちゃった。たった2発の原爆にお手上げ!
解放だ。
解放されるやいなや,親日派への大々的粛清(現在では不徹底だったことが明らかになっている)が進められた。こんな熱風の中でも,親日派のレッテルが張られていた李丙ドは生き残った。どこで生き残ったかって?
ソウル大学教授になり,震檀学会理事長になり,解放後最初の通史「韓国史」を著し,以後文教部長官にまでのぼりつめた。
解放後の混乱期,李丙ド先生には,たいへん多くの敵(主に社会主義系列の史学者と民族主義史学者)が存在した。しかし,李丙ド先生はこれら多くの敵を押し返し,最後まで生き残ったのだ。
どうやって?
それは今現在の歴史教科書をみればわかる。
いまや皆さんも,うすうす気がついてきたことと思う。こちこちの石頭でなければ,はっきりわかるだろう。
大韓民国の歴史教科書は親日コンプレックスをもっている大韓民国の主流社會の弱点をカバーするために,植民地時代関係史を歪曲しているのだ!!!
これは メッセージ 153 (bosintang さん)への返信です.
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韓国人の手による韓国教科書批判5
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/07/20 21:48 投稿番号: [153 / 3669]
(2)じゃあだれが歴史教科書を歪曲したというのか?
われわれが金科玉条のごとく,大学入試のためあんなに一生懸命シコシコ覚えた国史教科書が歪曲されているというなら,その著者がまずは問題になるだろう。著者が執筆したのだから。
よって,まずはどんな奴が韓国の歴史学を引っ張ってきたのかを見よう。
〈要旨〉
近代的学問としての歴史学は,日帝時代に始まり,文献考証学派,社会主義学派,民族主義学派に分かれる。植民地朝鮮は,われわれの想像以上に思想の自由があった。日帝時代は韓国現代史における思想的ルネサンスともいえる。とはいえ,総督府にとっていちばん無難なのが文献考証学派であったため,研究の主流になった。その中の中心人物が李丙ド(イ・ピョンド)だった。社会主義学派や民族主義学派は研究の自由は保証されたが,出版や講演は規制され,冷や飯を食わされた。
解放後は,上記3派が並立したが,朝鮮戦争の際に社会主義学派,民族主義学派は自らまたは拉致されて北に渡った。その後は,李丙ドを中心とする文献考証学派率いる震檀学会が独裁を振るった。
・
歴史教科書はなぜ歪曲されたか?
李丙ド先生と震檀学会の韓国史研究における位置は,すでに説明した。では,ここで二番目のテーマである「なぜ我々の誇らかな大韓教科書株式会社刊行の国史教科書が歪曲されざるをえなかったか」について語ろう。
現代韓国史学会において,李丙ド先生の評価は朴大統領同様両極端にわかれている。李丙ド先生の弟子たちは絶大な評価を与えるが,民族主義史学者は典型的な親日人士として描く。私のような門外漢から見ればそれなりに立派な学者にみえる。非専攻者がとやかくいえる問題ではなかろう。事実,李丙ドなしには,わが史学界はいまだに迷走していたかもしれない。それほど李丙ド先生の業績は大きい。
これは メッセージ 152 (bosintang さん)への返信です.
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韓国人の手による韓国教科書批判4
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/07/20 19:30 投稿番号: [152 / 3669]
「韓国の歴史教科書歪曲」というメチャ深刻なテーマを読者諸賢に投げかけつつ,筆者はえらく悩んだ。そうだ,筆者はいわゆる親日派の一人なのだ。韓国の某大学で日本学を選考し,一時期日本に渡り,靖国神社にほど近い日本の某大学でひとしきり勉強もした。もちろん日本には友だちもたくさんいて,そのうえ彼女も日本人だったりした。こんな私が「韓国の歴史教科書歪曲−植民地時代関係史を中心に」などとほざけば,やはり容赦なく
「この親日派のチョッパリが」
という冷笑的反応が来ることを知っているからだ。しかし,筆者はこれについてだけは断固として話すつもりだ。筆者は,絶対に,良心にかけて誓うが,サッカー韓日戦では熱烈に韓国を応援する大韓男児の一人だ。日本という国より,自分が生まれ育った大韓民国という国をずっとずっと愛する愛国青年の一人だ。民族を裏切り,自己利益のために国を売るような者ではない。もちろん,私が売るといっても大韓民国を買ってくれる人もなかろうが,どうすればこの国がもっと住みやすく,平等で,幸福に生活できるのかを,熱き想いで悩み,苦しむ(主に便器の上で)愛国青年なのだ。
そんな筆者が韓国の歴史教科書歪曲問題に関心をもったのは,大学時代,90年代初めに遡る。筆者は日本文学を選考し,これで学士号をとった。しかし,これはだれでもたやすくとれるものではない。必要なカリキュラムを履修し,面倒臭いいろいろな要件を満たさなくてはいけない。それで,筆者はもちろん要領よく単位をとるためもあったが,日本史という科目にあえて受講申請し,A+という驚くべき成績(筆者がとった数少ないA+の一つだ)を記録した。
そのときの講義で使った教材が,日本文部省検定済,実教出版高校日本史だった。この本を選んだ理由はいろいろあるが,教授の説明は「問題になっている日本の教科書を勉強することで,日本の一般的知識人がもつ歴史認識の地平を理解すること」だった。難しげな話だが,要は「倭奴(ウェノム)のオツムにある歴史を理解しよう」ということだ。
だか,日本の教科書を読んだことは,筆者にとってある種のショックだった。なによりも,筆者が高校生時代に国史を勉強しつつ抱いた疑問点のいくつかについて,日本の歴史書の中にその答えを見いだすことができたからだった。
まず,筆者は読者諸賢に自信をもって言える。筆者は,日本語で日本人が書いた日本人の歴史教科書で日本史を勉強した人間として,そしてわが民族と国家に対する愛と信頼にあふれる者として。あえて大韓民国の「国史教科書」が歪曲されているということを話すのだ,と。
これは メッセージ 151 (bosintang さん)への返信です.
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韓国人の手による韓国教科書批判3
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/07/20 19:28 投稿番号: [151 / 3669]
(1)じゃあわが国の教科書に問題があるというのか?
日本の妬みまじりの一言「君たち,自分のことを見直せ」という言葉は,われわれの胸にぐさりと突き刺さる。なぜなら,韓国の高校で使われている国史教科書には,実際,多くの歴史歪曲が含まれているからだ。
結論から言えば「1996年9月1日初版の大韓民国教育部が著作権者である大韓民国1種国史教科書は実に多くの部分に歴史歪曲を含んでいる」といえる。
きっと読者諸賢には大ショックだろう。知ってのとおり,韓国の全児童はまったく同じ「歴史教科書」で歴史を学び,育ってきた。読者諸賢も同じ経験があるだろうが,中高時代,3月に教科書を買いに本屋に行くと,倫理と国史がいちはやく品切れになり,ひどくあわてたことを思い出す。
さまざまな出版社から出る他教科の教科書とは違い,わが国の倫理と国史教科書は,無事安逸,伏地不動,荒唐無稽の企業運営で有名な公企業「大韓教科書株式会社」においてのみ印刷され,この無事安逸,伏地不動,荒唐無稽の公企業は常に,そして未必の故意により,学生数をはるかに下回る冊数の国史教科書を書店に配本し,いつも怠け者の筆者とその友達を「大韓教科書株式会社」の物流倉庫まで走らせたのだった。
そうだ,韓国の全国民は「歴史教科書」のみは,100%同じ本,同じ進度で勉強し,入試試験でも同じ比重を占めていたのだ,それも必須科目として。そしてその教科書の執筆,制作,流通まで国家が関与してきたのだ。
さて,このような「絶大国史,おー国史!」式の完全独占国定国史教科書に,歴史的真実についての歪曲があるとするなら,これこそ国民の哲学体系,国民の国家認識,国民の精神世界に重大な誤謬を産む,荒唐無稽の話ではないか?
これは メッセージ 150 (bosintang さん)への返信です.
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韓国人の手による韓国教科書批判2
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/07/20 19:25 投稿番号: [150 / 3669]
「君たち,よくも歴史歪曲なんて言えるね?」
歴史教科書検定問題で,日本の「新しい歴史教科書をつくる会」のある幹事がこんなことを言ったそうだ。
「韓国人,中国人がわれわれに向かってつべこべ言う資格があるのかい?
あっちは教科書を国家が作ってるそうじゃないか。そんなに歴史に関心があるなら,よその教科書に興味をもつんじゃなくて自分らのものを調べろといいたいね,まったく」
もちろんこの発言は,韓国,中国の国定教科書を指したものだ。わかってる,読者諸賢よ,全身の毛が逆立つような憤怒を感じていることだろう。だからといって,興奮のあまりこの人間を罵倒しないことだ。上の言葉は,はっきり言って100%正しい。100%正しい小言には決して口答えしないのが身のためだ。上の言葉は,韓国と中国の政府が,日本の文部省の教科書検定に対する不満をやたらと触れ回った後に,日本の側から発せられた言葉だ。一言で言って「君たち,まず自分のことを見直しなさい」ということだ。
これは メッセージ 149 (bosintang さん)への返信です.
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韓国人の手による韓国教科書批判
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/07/20 19:22 投稿番号: [149 / 3669]
他トピで見つけた驚くべき論考です。
出所は,知る人ぞ知る名物サイト,タンジ日報。著者は車さん(この人も有名人らしいが私は知らなかった)。
機械翻訳版も出回ってますが,なにせ俗語まじりの機知に富む文章であるため,まともに訳されずに読みにくい,そこで私めが誰に頼まれたわけでもないけど翻訳してみました。
これだけ挑発的に自らの国定教科書を批判する文章は,初めて見ました。これが抵抗なく受け入れられるようになったら,韓国も行く末明るいと思います。今後の韓国社会が多様化の道に踏み出す第一歩として歓迎すると同時に,車さんの身の安全を祈ります。
俗語なんか,よくわかんないところもあるけど,大目に見てください。ここをROMってる韓国語の達人のみなさま,誤訳に気づいたらご指摘ください。
なお,途中,抄訳・意訳や,多少はしょった部分もあります。
http://www.ddanzi.com/ddanziilbo/45/45so_3003.html
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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>『朝鮮総督府の歴史』
投稿者: tuka_chan 投稿日時: 2001/07/19 03:37 投稿番号: [148 / 3669]
bosintangさんこんばんは。レス遅れて申し訳有りません。
>日本の鉄道では、1907年の玉電(渋谷−玉川)は砂利を運ぶのが目的、13年の京王線(笹塚−調布)は農産物を運ぶのが目的で、ついでに人も運んだとういうのが実態だそうです。
そうなんですか。1929年の光州学生事件が通学列車での事件が発端だったと言われていたので、旅客列車もあったのでは無いか?と思っていたのですがそうでも無いのですね。
呉善花女史の「生活者たちの日本統治時代」にも韓国人の話で地方に温泉旅行した、とあったので当然鉄道を使ったものだと思っていました。
日本では太平洋戦争勃発後の昭和17年頃までは結構地方への温泉旅行した話などがあったので、植民地時代の朝鮮でも旅行はあったのかと思っていたのですが・・・。
植民地時代の朝鮮では旅行も出来なかったのでしょうか。そうなると、ちょっと内地とは違うかもしれませんね。
これは メッセージ 147 (bosintang さん)への返信です.
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藪景三『朝鮮総督府の歴史』
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/07/14 01:02 投稿番号: [147 / 3669]
>日本が朝鮮統治時代敷いた鉄道も、しばしば「搾取のため」と言われますが、実際はどうだったのでしょうか。朝鮮の人達が鉄道で旅行できるような代物であれば、朝鮮の人達にも役だったインフラだと思うのですが。ご存じのことが有りましたら、教えて頂ければ幸いです。(在韓日本人Part2Msg287より)
藪景三『朝鮮総督府の歴史』(明石書店1994)によると、朝鮮最初の鉄道、京仁線(仁川−京城)は、1899年に開通しましたが、仁川から京城への重要物資を輸送する軍事的役割が大きく、日露戦争に大いに役立ったとのこと。1904年の京釜線、その後の大田−木浦の湖南線、京城−新義州の鉄道もすべて日露戦争に備えた軍事鉄道だったそうです。でも、完工は日露の講和後だったから、役には立ちませんでしたが。
その後、北朝鮮の石炭を運ぶために鉄道敷設が活発化し、日韓併合後は「半島各地に敷きつめられた鉄道を通じて米、大豆、生綿などを本土に輸出、穀物を日本に運ぶ鉄道は朝鮮民族にとって、恨の鉄道でしかなかったのだ」そうです。
ただ、この本は韓国人の心情を代弁して日本を糾弾するという姿勢で一貫していますから、ちょっと差し引いて読む必要があります。
日本の鉄道では、1907年の玉電(渋谷−玉川)は砂利を運ぶのが目的、13年の京王線(笹塚−調布)は農産物を運ぶのが目的で、ついでに人も運んだとういうのが実態だそうです。(橋本治『二十世紀』毎日新聞社2001年)
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/147.html
>在日韓国人の終焉
投稿者: AM_I_AHO_mix 投稿日時: 2001/07/13 09:44 投稿番号: [146 / 3669]
鄭大均
文藝春秋
読みました
>在日トピでちょっと話題
になっていたんですか。
またトピ最初からみてみます。
これは メッセージ 140 (tydkemvo さん)への返信です.
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>『韓国の子供はどう韓国語を覚えるか』
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/07/11 00:20 投稿番号: [145 / 3669]
これは メッセージ 139 (Anastasia99 さん)への返信です.
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親方、おひさ♪
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/07/10 23:21 投稿番号: [144 / 3669]
金玉さん、いや金玉均さんのお墓は青山でしたか。
ちょっと調べてみたら、上海で非業の死をとげたあと、漢江の川原で晒され、その首が日本へ送られて青山墓地に葬られたそうですね。その後、さらに衣髪が玉均の生家(公州)に送られ、夫人と合葬されたとのこと。
子供の頃、東京池上の本門寺でよく遊んだのですが、あそこには力道山の墓があります。私は線香のかわりに空手チョップをくらわしたりしました(罰あたり!)。
「朴裕宏」さんについてはよくわかりませんが、玉均ゆかりの人ではないでしょうか。
全南ヨスにはかの李舜臣将軍の「墮涙碑」がありますが、その碑文によれば、「墮涙碑」とは「中国の襄陽の人たちは洋祐を思いつつその碑を仰ぐたびに涙が落ちる」という故事からきたものだそうです。
たぶん玉均と同じく非業の死を遂げた人なのでしょう。
「墮涙碑」
http://100.naver.com/search.naver?adflag=1&where=100&command=show&mode=m&id=739404&sec=1今年の初伏は7月16日、出張が入っているので犬鍋は食べられそうにありません。中伏(26日)を狙います。
これは メッセージ 143 (piment999 さん)への返信です.
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犬鍋さん、おひさ♪です、朴裕宏どんな人
投稿者: piment999 投稿日時: 2001/07/09 22:12 投稿番号: [143 / 3669]
春先、オソンファさんの本から金玉均さんのお墓が青山墓地にあるのが判り
お参りがてら観光しました。。。不謹慎。。。良いよね、線香あげるだけでも感心だと自分を褒める
先日、通り掛ったので、また線香あげました。。。たまたまオヤジに上げた線香が一束あったから
実はわたくし、墓地が好きな人なんです。。。落ち着くんですよ。。。(-_-;)
春の時は気が付きませんでしたが。。。金先生の斜め左後ろに
槿の花が咲いている墓があり「あれムクゲとは??」と尋ねてみると
もう一人韓国人の墓でした「朴裕宏」裏に「墮涙碑」とありました
韓国人の墓と知って。。。金先生だけ線香上げてはと思い
線香を半分にして「朴裕宏」さんにも上げました。
ところで、この「朴裕宏」さんはどんな人でしょう、カルチョジュセヨ(^○^)
初めてポシンタンを食べてから一年になりますね
夏日バテ
今年も食べる
ポシンタン
これは メッセージ 142 (bosintang さん)への返信です.
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「つくる会」教科書の自主修正
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/07/03 01:27 投稿番号: [142 / 3669]
「つくる会」、歴史教科書の記述9か所を自主訂正
「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーらが執筆し、今春、教科書検定に合格した「中学歴史教科書」について、発行元の扶桑社は2日、古代から近現代史を含む9か所の記述について、自主訂正を文部科学省に申請した。同省は精査のうえ、承認する方針。同教科書に対し、中国、韓国が「明白な誤りがある」と訂正を要求しているが、今回の自主訂正は「韓国併合」など5か所について韓国側の要求と重なった部分を訂正申請している。「つくる会」では、「自己点検の結果で、要求とはかかわりなく改める」としている。
韓国側の指摘と重なる修正部分は、<1>大和朝廷が「新羅を助けて」とした記述を削除(古代朝鮮史)<2>朝鮮を「中国の服属国」とした記述2か所から「服属国」を削除し「強い政治的影響下にあった」と変更(近代)<3>「韓国併合」の記述で「(韓国国内の)一部に併合を受け入れる声もあった」とした部分を削除<4>朝鮮戦争に関し、北緯38度線を「国境線」とした記述を削除――の5点。
「つくる会」では、<4>については「誤りだった」としているが、ほかは「記述の改善」や、「服属国」などの表現に対し韓国内から反発が上がっていることへの配慮などとしている。このほかの訂正は、同教科書を市販した結果、読者などから寄せられた指摘や意見を検討した結果という。
中国側は「南京事件」など8か所について訂正要求しているが、今回の修正とは重なる部分はない。同会では「これ以外の修正は必要ない」としている。
一方、同省では、両国の要求を受けて以降、訂正を促すべき部分があるかどうか、外部の専門家も交えて検討しており、近く今回の自主訂正とは別に検討内容を公表する。この日、会見した同会の西尾幹二会長は「外国政府の要求によって日本政府が修正を勧告するような事はあってはならない」と話した。
(読売新聞7月2日21:16)
これは メッセージ 115 (bosintang さん)への返信です.
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『韓国は日本を見習え』は結構見ごたえ
投稿者: asix55 投稿日時: 2001/07/01 22:43 投稿番号: [141 / 3669]
がある一冊です。
現在、韓国公正取引委員会課長になっている現役官僚「イ・ドンフン」著作の本
文藝春秋より
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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在日韓国人の終焉
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2001/07/01 22:05 投稿番号: [140 / 3669]
在日トピでちょっと話題になってたもので
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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『韓国の子供はどう韓国語を覚えるか』
投稿者: Anastasia99 投稿日時: 2001/07/01 09:24 投稿番号: [139 / 3669]
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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森田芳夫『韓国における国語・国史教育』
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/06/25 00:19 投稿番号: [138 / 3669]
これは メッセージ 137 (bosintang さん)への返信です.
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瀬川拓男・松谷みよ子『朝鮮の民話』
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/06/25 00:17 投稿番号: [137 / 3669]
これは メッセージ 136 (youngseokyi さん)への返信です.
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昔話好きな人に
投稿者: youngseokyi 投稿日時: 2001/06/21 22:26 投稿番号: [136 / 3669]
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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ageも兼ねて、高信太郎の
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2001/06/13 18:35 投稿番号: [135 / 3669]
おもろい韓国人、この本はおもろいです。
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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>佐原真『騎馬民族は来なかった』
投稿者: tuka_chan 投稿日時: 2001/06/06 03:00 投稿番号: [134 / 3669]
この2ヶ月仕事が忙しくて読書もままならない状態でしたが、日曜日に買ってきました。なかなか分かりやすい内容ですね。(「日本馬事文化の源流」が難しかったせいもありますが)
まあ江上氏の騎馬民族征服王朝説には穴が多いのは素人目にも分かりますが。
話は変わりますが、以前紹介したヘレン・ミアーズの「アメリカの鏡・日本」について、「諸君」の今月号に田原総一郎と御厨貴の対談が載っていました。冒頭、田原氏は
「「日本の戦争」を書くために日本の近現代史に関する本を150冊ほど読みましたが、その中でも強く印象に残っているのが、ヘレン・ミアーズの「アメリカの鏡・日本」です。アメリカ経済批判で知られているビル・トッテンさんが、面白いといって送って下さったんですが、読んで本当にびっくりした。」
と述べていました。まあ田原氏の趣向はおいといても、1948年に出版された本とは思えない内容です。韓国とは関係ありませんが、「欧米から冷静に観た近代日本」を知ることができます。
これは メッセージ 132 (bosintang さん)への返信です.
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私は呉善花さんの本が好きです。
投稿者: yuyukon2001 投稿日時: 2001/05/28 00:11 投稿番号: [133 / 3669]
韓国人を個人的に何人も知っている私としては、彼女の指摘するさまざまな面は、彼らを理解するうえで、ずいぶん参考になりました。あなたのように若い人がそんな考え
>我々日本人は捏造やタカリなど何故彼らはああも卑しいのかと言う民族性を突いた本を求めていると思う。
でいるのはきっと個人的によほど嫌な経験をしたんでしょうね。日本にこれほど近いのに、日本人と韓国人の感じ方がこれほど違うということが分かっただけでも必読の書だと思います。韓国ではこの本は非常に評判が悪いそうですね。とても残念なことです。台湾人が、日本に対して悪い感情を持っていないのは、中国から来た国民党の圧政と比較して、日本のほうがずっとましだったという相対的な見方をしているからだと思います。
bosintangさんの書かれている、韓国についての書籍の紹介は本当にすばらしいと思います。両国が互いについて正しい認識をするようになるのはいつになるのか。
「NOといえる台湾」も読んでみます。
これは メッセージ 128 (pain1135 さん)への返信です.
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佐原真『騎馬民族は来なかった』
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/05/26 13:24 投稿番号: [132 / 3669]
NHKブックス658(1993)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/reviews/-/books/4140016582/249-8465308-8713967江上波夫が50年以上前に唱えた『騎馬遊牧民族征服王朝説』が,早くから古代史学,考古学,神話学の専門家によって否定されてきたにもかかわらず,そのロマンティシズムのゆえに一般に広く流布され,江上自身も「騎馬民族説は実証された」と高らかに宣言する(1991)におよんで,危機感をもった考古学者が,騎馬民族説に対し,馬,騎馬民族,畜産民,血と臓器利用,去勢,犠牲などさまざまな面から,多角的に検証し,改めて「騎馬民族説」を否定した書。
著者は,本書を
「かつて,騎馬遊牧民族征服王朝説という仮説がありました」
という一文で結んでいます。
著者も,朝鮮半島を通じて「騎馬民族的な文化」が日本に入ったことは否定していません。しかし,それは騎馬民族による征服を裏書きするものではなく,騎馬民族文化がやって来たことを示すにすぎない。
畜産民である騎馬民族の文化には,大きくわけて次のようなものがあります。
①朝鮮半島まで存在しながら日本にはないか,ほとんどないもの:王自らが捧げる犠牲,国家的儀式としての犠牲,宦官,内臓食,血の飲食。
②朝鮮半島を南下するほどまれになるもの:食用家畜の本格的な飼育,家畜の去勢,肉食の愛好
③朝鮮半島ですでにまれか,欠けているもの:ミルク・乳製品の愛好,血の誓い
著者によれば,弥生以来の本土日本人は,一貫して食用家畜が非常にまれで,「非畜産農民」だったそうです。
おもしろいのが宦官と去勢についての考察。
朝鮮には新羅以来,朝鮮時代まで宦官がいた(とくに高麗,朝鮮時代が有名)が,日本にはない。
通常,宦官は,畜産の基本的な技術である去勢を人間に応用して作りだされますが,どうも朝鮮の畜産においては「去勢」が根づいていない。
朴趾源は熱河を訪れて高度な養馬技術に感心し去勢の技術を朝鮮に紹介(1732)したとされるし,1653〜66年に韓国を訪れたヘンドリック=ハメルは,「朝鮮では雄牛はほとんど去勢されない」と書いている。
また,中国では去勢を一般に閹割,割勢といい「去勢」という言葉を使うことが少ないが,朝鮮では日本同様「去勢」を使う。ここから,「去勢」という言葉が日本から渡ったかもしれないと述べています。
朝鮮の去勢文化について,以前,「近親相姦」トピで,自称朝鮮の宦官専門家のkangan117さんに聞いたことがあるけれど,レスがなかった。
なぜ,去勢文化をもたないのに朝鮮半島に宦官制度が定着したのかが不思議です。
これは メッセージ 131 (tuka_chan さん)への返信です.
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「日本馬事文化の源流」
投稿者: tuka_chan 投稿日時: 2001/05/25 03:24 投稿番号: [131 / 3669]
筑波大学の増田精一教授が、ロシア・中東、中国、朝鮮、日本の各地の遺跡・遺物・文献から、ユーラシア大陸の「馬の文化」はどのように日本に伝わってきたのかについて述べています。
朝鮮半島についても遺物を中心に考察しています。注目すべきはこれらの考察から日本の騎馬民族征服説を否定しているところです。
「草原遊牧民の間に毛織物の生産の高まるなか、重装騎馬戦闘に耐えうる固定した鞍、鎧が普及していった。・・・日本でも古墳時代になると各地域を掌握する豪族が出現、その点は平原と軌を等しくしているが、日本には騎馬戦闘の風はなかった。騎馬戦闘には種々の武器が必要で、特に騎乗のまま弓矢を用いるには、直進する矢、三翼鏃が必要であるのに、日本では弥生、古墳時代を通じ両翼鏃が用いられていた。騎射の風のなかったことを物語っている。」
「草原の遊牧民の間で騎馬戦闘は、軽装騎馬戦闘方式から重装騎馬戦闘方式へと変化していった。この現象は中国にも伝わり、漢代は軽装騎馬戦闘が行われたが、三国・六朝時代には重装騎馬戦に長じた鮮卑族が中国に侵入、大同を都とする北魏王朝を建設、重装騎馬の風が定着していった。馬鎧をつけ、木製の鞍をつけることなど、その表れで、その鞍の構造を示す資料は中国河南省孝民屯、遼寧省朝陽県袁台子所在の晋代の墓より出土している。鞍構成の基本である木質部は残っていないが、鞍橋を飾る金具、居木に胸繁、尻繁をつける金具などが見出され、それは・・・居木突出鞍であった。」
「・・・以上、朝鮮半島南部及び日本の古墳出土の鞍の構造について述べたが、それは重装騎馬戦闘用の木鞍の延長上にあるとはいえ、構成に違いがあり、実戦に用いる鞍ではなく、装飾に富んだ儀仗用の馬具であった。ちなみに、後期古墳より馬装具が出土することから、大陸からの騎馬民族の侵入により、大和政権が成立したという説があるが、後期古墳出土の馬具、その中核をなす鞍の構造から考えると、その説は承認できない。・・・重装騎馬戦闘に欠かせない居木突出鞍は、三国時代、高句麗に伝わったにとどまり、古新羅、百済、そして日本の古墳時代豪族使用の鞍はそれを変形した特殊構造であった。」
専門的すぎてなかなか理解するのが難しい本でした。
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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井戸の中の韓国人
投稿者: asano_kunikara2001 投稿日時: 2001/05/14 17:52 投稿番号: [130 / 3669]
井戸の中の韓国人
洪
思重(ホン・サジュン)
著
千早書房
原題「韓国人、価値観はあるか」
人によっては、反韓本と受け取るかも知れないが、韓国人を理解するにも役に立つ本でもあると思う。
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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明るさ
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/05/13 11:00 投稿番号: [129 / 3669]
>タイやフィリピンのように「持てる国」の人々は、体を売ろうが何しようがもっと明るい気がするのは思い過ごしでしょうか。
アジア女性基金が見舞金の支払いを決定したあと、インドネシアで2万2千人の元慰安婦が名乗りでたとき、「明るいなあ」と思った。
タイについてはネッチョン同志が詳しそう。
気候がこれ以上なく厳しいイヌイット社会には売春がないらしいけれど、イヌイットの「客を歓待するとき自分の妻を提供する慣習」というのは実に麗しい。(けど真似したくはない)
一方、フェミニストはいろんなことを考えるもので、70年代のイタリアで拡大した売春は、「女性たちによる「家事労働の拒否」の結果であり、そのことによって妻たちは「家事労働の中心的部分である無償の性的労働を金に換えた」」と評価する人(ダラ・コスタ)もいる。夫婦生活は、無償の性的労働だったんだぁ。
これは メッセージ 124 (Anastasia99 さん)への返信です.
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呉善花ですか。
投稿者: pain1135 投稿日時: 2001/05/10 08:16 投稿番号: [128 / 3669]
私も以前読みました。うーん癇酷人にしてはましな本だと思うけど少し不自然では?
癇酷で騒がれたように著者が日本人とは思わないけど時々妙に日本をベタ褒めするよね。それにあんなに色々日本の良さに目覚められてもなあ・・・・なんか怪しいと思うのは気のせい?まあさりげなく母国の恥の話題を避けてる辺りは成る程と思う。文化比較論はいいんだけどあれだと個人に責任転嫁しすぎなのでは?我々日本人は捏造やタカリなど何故彼らはああも卑しいのかと言う民族性を突いた本を求めていると思う。やはりここは「NOと言える台湾」など台湾人の本を見ることを薦めます。
これは メッセージ 127 (ppe0313 さん)への返信です.
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私の読んだ本
投稿者: ppe0313 投稿日時: 2001/05/09 23:44 投稿番号: [127 / 3669]
私も韓国・北朝鮮系の本が好きでよく読みます。
好きな著者は呉善花。6冊程読んでいます。
「悲しい日本人」も読みました。
北朝鮮系はリストしてあるので下記に。
北朝鮮泣いてる女たち 季
順玉
平壌「十五号官邸」の抜け穴 季
韓永
北朝鮮収容所半島 季
英和
北朝鮮日本人妻たちへの鎮魂歌 季
英和
金正日への戦線布告 黄
長
北朝鮮絶望収容所 安
明哲
コッチェビの叫び 安哲兄弟
北朝鮮に消えた女 野田
峯雄
北朝鮮
普通の人々 チャン・キホン
愛の奇跡 武田吉郎/竹谷亘生
北朝鮮よ、銃殺した兄を返せ! 朴
春仙
北朝鮮
悪魔の祖国 朴
甲東
恨・金日成 呉
吉男
金正日の愛欲生活 金賢植/孫光柱
私は金正日の「踊り子」だった 申
英姫
毛沢東最後の女 京
夫子
悪夢の北朝鮮 金
萬鉄
楽園の夢破れて
北朝鮮の真相 関
貴星
この中では「平壌「十五号官邸」の抜け穴」がお勧め。
著者はソウルで北朝鮮スパイ(?)に射殺されたらしいけど。
今、読みたいのは「北朝鮮はるかなり」
金正男の写真関連はこの本に掲載されていたものです。
韓国系では
「サイの角のように・・・」という本や
「イロボリン・ノー」
日本人が著者なんですけど
「コリアン世界への旅」→岩城晃一や錦野あきら、ビートたけし、松坂慶子、都はるみ、五木ひろし・・・様々な韓国系の芸能人の話が出ています。
「ハングルへの道」→現役高校の社会科教師が書いたもので、今の日本でいかに差別があるか、授業でどのように高校生に教育すべきか・・・素人っぽい書き方がすんなり読めます。
(ちなみに、感動した私は出版者にメールを送ったところ、著者より手書きの手紙が届きました)
上記はお勧めです。
これは メッセージ 93 (bosintang さん)への返信です.
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韓国政府の修正要求案
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/05/09 19:29 投稿番号: [126 / 3669]
これは メッセージ 125 (bosintang さん)への返信です.
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教科書は日本政府と無関係
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/05/08 10:12 投稿番号: [125 / 3669]
これは メッセージ 115 (bosintang さん)への返信です.
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生活が問題になる環境が哀しい
投稿者: Anastasia99 投稿日時: 2001/05/06 21:09 投稿番号: [124 / 3669]
これは メッセージ 121 (bosintang さん)への返信です.
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トピ間違いです。すみません。
投稿者: lidoga 投稿日時: 2001/05/06 20:34 投稿番号: [123 / 3669]
はずかし。。
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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いろいろ整理ついたのでここらで。。。
投稿者: lidoga 投稿日時: 2001/05/06 20:33 投稿番号: [122 / 3669]
トピを限定してカキコしますかな?
関心あるのはここぐらいだけど。『百済』は百済系移民についてネタはあるにはあるけど、あそこで語っても意味ないな。
bosingtang氏が引用されました。
>李基文『韓国語の形成』(韓国文化選書6、
>成甲書房1983)
>その1つは、韓国の学者たちの見解で、これら
>古代三国の言語が単一であったと見たのであった。
>これは、たしかに現代韓国語または中世韓国語が
>与える偏見によるものだといえる。そして多くの著書に、
>古代三国の言語資料が互いに区別されずに
>同一言語の資料のように取り扱われていたのである。
>しかし、現代国家が単一言語であるから古代三国の
>場合にもかれらの言語が単一であったろうという
>先験的前提が容認されないことは、自明なことである。
この点、私も大筋同感です。日本における歴史学、民族学、地域学なども優れた研究がある反面、素人目にナンセンスも見受けられますが、韓国においてもナショナリズム等々が先立ってしまっている、という印象です。(偏見かも、偏見であってほしい!)
>日本語と高句麗語の類似を指摘、アルタイ諸語の中で、
>まず、トルコ・モンゴル・ツングース共通語と
>扶餘・韓共通語が分離、後者が、原始扶餘語と
>原始韓語に、さらに原始扶餘語が原始日本語と
>高句麗語に、原始韓語が新羅語に分離したという仮説を唱えている。
なるほど。面白い学説です。しかし、言語の変遷は複雑で、借用や共用というのもあると思いますし、政治的力学で、継承の行方も大きく左右されてしまうと思います。
また、一国一言語という検討なき前提で考察されがちなのも注意が必要かと思います。複数の言語が存在していたと考えるのが自然かと思います。あくまでも私見ですが。
ところで、NHK『北条時宗』で、クビライの国書が日本にやってきたというところで高麗の遣使と、暗殺を企てた青年が話していた高麗語は現代韓国語でした(爆笑)。もっとも中世韓国語以前は資料に乏しいので、NHKの製作スタッフのギリギリの努力なんでしょうね。
bosintang氏が英語と日本語との比較を提案されていましたが、私は、アルタイ語系の言語やその他の周辺地域の言語との比較(カテがカテなので韓国語中心ということで。。)をしても面白いのではないかと思います(私だけですかね)。記憶が正しければ、韓国の言語学者のどなたかが、ニブフ(ギリヤーク)語との比較をした論文を出したとか聞いておりますが。。どなたかご存知の方教えてください。
これは メッセージ 100 (bosintang さん)への返信です.
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アジアは哀しい
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/05/02 00:19 投稿番号: [121 / 3669]
田中明がどこかに書いていましたが、貧しい時代に女が身を売るのは、どこにでも見られること。慰安婦問題とは、畢竟アジアの貧困問題であり、その責任を日本にとれというのは、アジアの貧しさ全般に対する責任をとれと言うのに等しい。
朝鮮の小説を読んでも、弟の学費を出してやるために、姉が身を売るという話はいくらでも出てきます。
日本も昔は同じようなものだったでしょう。
ベゼスタ翁、最近見ませんね。
これは メッセージ 117 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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