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田中明『朝鮮断想』

投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/03/31 23:15 投稿番号: [87 / 3669]
田中明『朝鮮断想』(草風館、1984)

著者は、幼時11年間を日帝期朝鮮に暮らしたコロン(植民者)の息子である。解放後、韓国を再訪したのが65年で39歳のとき。かつて11年暮らしながら、その地の自然も人間も何一つしっかりとは見ていなかったことに気づき、狼狽し、朝日新聞社を休職して韓国に留学、そのままコリア研究者となる。
「自分の思いを、いわゆる「日帝36年に対する反省」といった美しい言葉に近づけて行こうという気持ちにはまったくならなかった。そんなことをすれば、自分が「いい日本人」に化けてしまい、こんどは「良心的怠惰」に安住するであろうことは目に見えていたからだ(ぺらぺらと心地よく朝鮮に対する贖罪の言葉を連ねる、といった類の人を私はよく見てきた)。」(序に代えて)

本書の内容はコリア全般(韓国、北朝鮮、在日)に対する批判が多い。
「日本人の朝鮮観はいぜん古い殻をひきずっており、いわれのない優越感を混合していることは否定できない。それは充分心得ているつもりである。にもかかわらず、自分のことを棚上げするみたいにして、私が隣人批判を始めたのは、いま新たな朝鮮蔑視観が日本に再生産されつつあるのではないか、その材料を朝鮮側みずからが提供しつつあるのではないか――という差し迫った危惧を抱いたからである」
「たとえば対立する南北朝鮮の一方が他方を口汚くののしるとき、当人は戦闘的愛国心の発露だと思っていても、第三者がその民族の品性を疑う、ということはつねにある」
外国人は、自国の都合によりそのような対立を利用しながらも、軽蔑の色を隠さなかった。
「日本の場合、そうした端的な表情をおもてには出さない。植民地支配という歴史の負い目があるから、「色」は慎重に隠されるのである。そういう隠蔽の習性の行きつくところはどうなったか。韓国あるいは北朝鮮との友好とは、相手のすべてを「すばらしい」と誉めそやすこととなり、批判にわたる声が出たときは、「過去のの悪行を思ったなら、日本人にそんなことをいう資格があるか」と口を抑えることになってしまった」
「物陰のひそひそ話をオープンな場に引き出すことが、無骨ではあっても、相互理解の王道ではなかろうか」(以上、あとがきより)

韓国では、嫌韓論者というレッテルを貼られることが多いですが、コリアをもっとも深く究めている研究者の1人だと思います。
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