“平和ボケ”のお部屋

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Re: “平和ボケ”のお部屋

投稿者: master_kage 投稿日時: 2008/08/11 06:31 投稿番号: [15736 / 17759]
今の日本はいろんな人がいろんな考え方をしていて、同じような考え方をしていても、最終的な結論は異なるというようなことを、こういう掲示板を見ているとよく目にするようになった。

戦争反対だけれども捕鯨賛成の人と反捕鯨の立場の人がいる。
戦争反対だけれども死刑肯定論者と否定論者がいる。
戦争をある意味肯定しながら、捕鯨賛成の人がいたり、・・・・。

しかし、戦争肯定の人で、反捕鯨派は聞いたことがない。戦争肯定の人で死刑否定論者も聞いたことがない。・・・実際にはいるのだろうがきわめて少ないだろう事は容易に推測できる。逆に戦争肯定で、死刑も、捕鯨も肯定という人は多いのかも知れない。

また、戦争反対論者であり、死刑反対論者で、反捕鯨派でもある・・・という人も意外と多いのかも知れない。とにかく人間の都合で何かを「殺す」と言うことが許せない、非常に優しい人なのじゃないだろうか?と思ったりしている。
自発的なベジタリアンの人であれば、あまり矛盾はないかも知れないと思う。


私自身は戦争反対であり死刑肯定派であり、捕鯨賛成派である。
この立ち位置の人間は割合的にどうなんだろうと、少し心配になったりして・・。

先日ポッドキャストで菊池寛の「恩讐の彼方に」と、森鴎外の「高瀬舟」を聴く機会があった。人間が人間を裁くと言うことと、冤罪について改めて考えたが、やはり、軽々しく(と私には感じられた)死刑をなくすことには抵抗があった。

ついでに今までは(食わず嫌いで)決して好きじゃなかった作家の太宰治の「桜桃」と「家庭の幸福」を聴いたら、なんかもの凄く私が日常に考えていることと似ていて、共感するモノがあって驚いた。


やっぱり本を読んでいる人はいろいろ考えているんだろうなあ?と今更ながらに思った。





※ドラさんやレオンさんもお元気そうで

Re: “平和ボケ”のお部屋

投稿者: reon2001 投稿日時: 2008/08/08 19:00 投稿番号: [15735 / 17759]
トピ主さんが、
ブッシュ大統領が「悪の枢軸」発言をして早くも1年が過ぎた、
と書き起こした2001年1月から早くも7年半が過ぎた。

難民キャンプに生まれ、三つ子の魂を砂嵐にさらされながら、
アフガン・イラクの子等は
日に日になにかしらの言葉を読み書きし出しているのだろう。

戦争を支持した政府を戴く国民の一人として、責任ある世代の一人として、
私に直接関わりのある唯一の戦争として、アフガン・イラク戦争は重い。

トピ主さんの、
われら“平和ボケ”は、もっとがんばらなくてはいけない…、
に何程も応えられない私ではあるが、
身の回りの人々、たとえ妻や子供にだけであっても、
この重さをきっちり伝え、
しっかり受け止めて貰えるように努めて生きたい。

死刑は国にとって一番安上がり・・

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/08/04 00:37 投稿番号: [15734 / 17759]
犯罪者の自己責任で終結させ、国の不備から目をそらさせる。



★熱狂は人間を狼に変えてしまう


「死刑判決」を私なりに考える(最終回)宮崎 節子(2008-06-26 05:00)


・・

  4月なかば、放送倫理・番組向上機構の放送倫理検証委員会は、

「光市母子殺害事件の差し戻し控訴審をめぐるテレビ報道の多くは、

感情的で、公正性・正確性・公平性に著しく欠ける。視聴者の知る権利を大きく阻害する」という内容の批判的な意見書を公表しました。



  また、朝日新聞の社説にも以下のような文面が書かれていました。

  「法廷のイラストが映し出され、殺意を否認し、被告の元少年の主張が伝えられる。被害者の遺族が憤りを語る。


司会者らが「笑わせんじゃないよ」「世も末」と被告と弁護団を非難する。

光市母子殺害事件の裁判をこんな風に取り上げたテレビ番組を見た人は少なくあるまい」(朝日新聞、社説より一部抜粋)



  1939 年フランスの殺人犯のギロチン現場は、前夜にパリから列車で押し寄せた群衆で埋め尽くされ、

ギロチンが下りて首が飛ぶと、やじ馬が飛び散った血のたまりにハンカチを浸そうと殺到。


大きなスキャンダルになり、以後フランスでは、公衆もジャーナリストも締め出した監獄の中庭で処刑を行われるようになったそうです。



  ルポライターの鎌田慧さんは光市事件について、

「(死刑判決で)なにかが解決されたのだろうか。


魯迅は『阿Q正伝』で、処刑される前、広場を取り巻いた群衆の鬼火のような『狼の眼』について書いている。


群衆は銃殺には不満だった。首切りほど面白くないからだ。87年も前の中国の小説の話である。決して日本のことではない」と書いています。



  そして、精神科医の岩波明さんはこう言っていた。

  「凶悪な事件に対して厳罰を求める主張は当然のものだろう。


しかし、ここで考えるべき点がある。それは日本の極刑が死刑である点だ。


かつて刑罰は人々の娯楽であり、ヨーロッパでも公開処刑に群衆が熱狂した時代があった。最近の事件報道の過熱には、これと共通するものを感じる」



希望の持てる社会へ

  日本では年間3万人以上の人が自殺していると言われています。


ジャーナリストの堤未果さんは「自殺率は先進国では日本は1位。

ネット規制法案がさまざまな議論をよんでいるが、自殺願望の元を断たない限り自殺者の数は増える一方だろう。


政府の役割は、国民が生きたいという希望を持てる健やかな社会を本気で作ることではないか」と言っています。



  漫画「家裁の人」の原作者・毛利甚八さんは、


「検察庁は1990年代に裁判所が甘くなっていることを危惧(きぐ)し、

地裁・高裁で無期懲役となった事件を立て続けに上告するというアピールを行った過去がある。


光市の事件は『死刑によって国家の威信を取り戻したい』検察の思惑とつながっている」と言い、


元少年にふりかかった虐待、母親の自殺から児童相談所の役割を問いました。


  元少年は8年にわたって拘置所にとどめ置かれましたが、それに関し、毛利さんはこう続けます。


  「少年院に送られていれば、少年はなんらかの精神的成長をみせただろう。


【死刑は金も知恵もいらない、国家と政治家にとってもっとも安上がりな事件の解決方法だ。】


【悲劇が起きるまでに積み重なった被告人の不幸を見つめ、教訓をつかみ出し、同じような境遇の子どもを生みださないために、児童相談所・学校・地域などに欠けているものを補っていくことが重要だ」】 (08年4月19日、毎日新聞より抜粋)・・


http://www.ohmynews.co.jp/news/20080609/26148

死刑の現場とは

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/07/30 00:08 投稿番号: [15733 / 17759]
★死刑廃止問題を論じてきたが、実際に手を下すのは死刑執行人(刑務官)だ。私達は「死刑はやむを得ない」といっておけば、それだけでなんだか正義が実現されたような気にもなり、場合によっては仇討ちを助けたかのような安心感を得るかも知れない。


しかし、死刑が執行された場合、最初の犯罪も残酷なら、死刑という次の死も残酷だということはないのだろうか。


死によって得られるものが本当にあるのか。実際に死刑を執行する刑務官はどう思っているのか。


  「死刑執行人の苦悩」(大塚公子:創出版)は衝撃的な本だった。


  ・・


◆   死刑執行とは


・・死刑囚は地下室の床から30センチくらいのところで宙吊りになってぐるぐると回転する。大小便を失禁し振りまかれるのを防ぐために、地下にいる刑務官は死刑囚を抱きとめる。


死刑囚は窒息から来る激しいけいれんをおこし、両手両足がばらばらに動く。吸うことのかなわなくなった空気を求めるように胸部が激しくふくれ、またしぼむ。


やがて頭をがくっと折り、眼球が飛び出し、鼻血が噴き出すこともある。


心臓停止まで14分半ほど。決して即死ではない。


  通常午前10時に執行が行われ、執行した刑務官はその日は終わり。手当を6000円ほど(1970年頃)もらい、風呂で汚れをおとして帰る。


・・


◆   刑務官にとって

  初めての死刑執行のあと、ある刑務官は自転車のハンドルを握ろうと思ってもそれがさっき死刑囚にかけたロープのような気がして自転車にも乗れなかったという。

  ではやがて慣れるのか?それがそうではないらしい。

  何度やっても何度やってもその分だけ自分の人生にのしかかって来るという。


初めてやったときに思ったことは「もう自分の人生はない」。そして、何度もやってそれを振り返っていう。


「死刑のおかげで、誇りなど探しても見つからない、汚れた人生になりました」。



  自分に元気な子供が生まれたことを聞いたある刑務官は大声を上げて泣く。

「こんな仕事をしているんだからまともな子を授かるわけがない。どんな子供が生まれても自分の因果だから仕方がない、しかし子供に何かあったら、子供には何の責任もないのに申し訳ない」という気持ちになったという。


冷静に考えればたたりなんてあるわけがない。しかし多くの刑務官がそういう思いに苦しめられる。


  またある刑務官は、夜、何度も目を覚ます。

夢枕に死刑囚が立つこともある。家族もいつもお父さんを心配する。何故こんな人生を送らなければならないのか。


  刑務官がそう感じるのは、一体なぜか、それは死刑囚を知るとわかる、と著者の大塚さんはいう。


◆   死刑囚の姿

  どの死刑囚も生い立った境遇を思うとかわいそうで身につまされずにいられない。根っからの悪人はいないと本当に考えるのは刑務官たちである。



  ・・

あるとき雪の中を来てくれた住職にある死刑囚は、「俺の為に、俺みたいなやつのために、先生、来てくれたのか」と涙をあふれさせた。住職が「おまえのために来たんじゃない。


私はおまえに会いたくて私のほうから来たんだよ」というと、「おれ、こんなに親切にされたのは生まれて初めてだよ」、とその死刑囚はいつまでもいつまでも泣きつづけたという。


彼はそれからというもの、住職の薦めでひたすら魂を磨くことに専念し、仏画も覚えて、最後には住職に「私にも及びがつかないほどの高みに上がった」と言わしめ、「お迎え」が来たときは手錠の両手を合唱し、「極楽への道案内に感謝いたします」と死んでいったという。・・



◆   拘置所長


  ・・

彼にとっては、死刑囚は宗教に帰依し、苦悩から解放され永遠を目指す境地に至った及びもつかない崇高な境地に至った人間が多く、「こんないいやつをどうして生かしていてはいけないんだといつも悩みました。苦しかったですよ」。


・・

  彼は死刑について「人間としてこんなに恥ずかしい制度はないと思う」という。


・・



  【死刑廃止演説で名高いフランスの法務大臣ロベール=バダンデールの演説の最後の言葉が、いまずしりと心に響く。

明日、みなさんのおかげで、夜明け方のフランスの刑務所の黒い天蓋の下で人目をしのんでこっそり執行される、私たちの共通の恥である死刑が無くなるのです。明日、私たちの司法の血塗られたページがめくられるのです。】


http://luxemburg.exblog.jp/4219915

不審な判決・・・

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/07/25 00:52 投稿番号: [15732 / 17759]
★ニッポンの死刑の真実と 『ル・モンド』


・・


二つの不審な判決

  2006年12月26日、名古屋高裁は、証拠不十分であるにもかかわらず死刑判決を受けた囚人の再審請求をとりさげた。


彼は45年前、5人の女性を毒殺したと自白したが、その後自白を撤回した。


現在80歳になる奥西勝は、なんと1972年から死刑囚として服役している。高裁は、再審審査中に与えられる執行猶予を取り消した。この囚人はこれで7度目の再審請求を出している。


  人権同盟国際連盟は2003年の報告書の中で、日本の未決勾留の条件を批判し、数多くの誤審が「その不当な性質を証明している」と指摘する。


裁判官は容疑者の言明よりも、警察が容疑者から得た自白に重きをおく傾向が強い。容疑者は警察での自白の後、あるいは訴訟中にしばしばそれを撤回する。


  有名な例が、32年拘留され、そのうち10年を死刑囚として服役した石川一雄氏だ。


1964年に死刑判決を受け、74年に無期懲役となった。


1994年に釈放されたが、無実となったのではない。


石川氏のケースを研究した社会学者、CNRS(国立科学研究所)の学者ジャン=フランソワ・サブレ氏は、

「彼はまさに誤審の典型例だ」と評する。


石川氏が安易に死刑判決を受けたのは、彼の出身に対する偏見のせいだとサブレ氏は考える。


石川氏は300万人の差別を受けやすい「部落民」(かつて「穢れたカースト」とみられていた肉屋、なめし工、と殺人などの子孫)の出身だからだ。差別は1872年に廃止されたが、実際には隠れた差別がつづいた。



  石川一雄氏は、16歳の高校生の強姦・殺人と身代金要求の容疑で有罪になった。「土木工の彼は、警察に殺人を認めよと説得されたのです。警察は彼の兄が犯人だとわかっていたようです。だが、兄には家族がいたので、その身代わりになれと言った。それから奇想天外な演出が始まりました。石川氏は読み書きができなかったのですが、警察は彼に自白書を書くよう練習させた。身代金要求の手紙の字に似せて書くようにね」と、サブレ氏は語る。



  石川氏は判決が下ってから初めて、弁護士に何がおきたかを語った。

10年間死刑への廊下で服役してからふつうの監房に戻り、それから22年後に条件つき釈放となった。しかし、何度も再審を求めたにもかかわらず、再審は行われなかった。

(以上、仮訳は飛幡祐規さん=パリ在住)

・・

http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/2d03ed51eac4387c7b59b663f0dec19a

Re: ww

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/07/22 00:46 投稿番号: [15731 / 17759]
>>もっと執拗で残虐な犯罪はいくらでもある。

  >ふむ。

  >つまり、もっと死刑を適用すべきであると♪

いいえ、永山基準に照らしても、不均衡である。



>>結果的に殺してしまったが、強い殺意はなかったし・・計画性もない。

  >ふむふむ。

  >つまり、ドラワサビに対して、殺害行為を除く犯罪行為を行った後、
  首を圧迫して死に至らしめても死刑にはならないわけだ♪


ええ、永山基準ではね。

一人殺しても死刑にはならない・・・それが判例でしたが、日本では。



>>殺すつもりがあれば、検察の言うように【両手で指が白くなるまでずっと強く締め続ける】でしょう。



  >故意に片手で頸部を圧迫して死に至らしめても過失致死になると♪ww


明確な殺意は認められていない遺体鑑定では。

検察は【状況を捏造しました】



>>厳罰化を望む検察・国による強引な判決でした。

  >刑法上、死刑が適用される事例に死刑が適用されるのが厳罰化ですかぁ〜♪ww


今までは適用されませんでしたね、このような事例では。


不遇な精神的な発達遅滞の少年を死刑にして、

何が解決しますか。


★「凶悪犯罪」はどんな環境から生まれるのか

・・・少年は中学を首席で卒業しました。しかし、就職先が決まっても「朝鮮人」という理由で断られ続けました。家では食べるものもなく、弟や妹は動くこともできず床にごろごろしているような貧しさだったそうです。長男であり、また、優秀だった彼の目に、朝鮮人と差別し、働く先も持たせず、希望や夢、未来を、ことごとくうち砕いた日本社会はどう映ったでしょうか。

  秋山駿氏は作品の中で、社会から差別され続けた小松川事件の少年の心の有様を、ドフトエフスキー『白痴』の中のイッポリート少年に例え、こう書いている。

  「彼の並外れた生活の悪条件が、いら立たしい想念の下から1匹の獲物を駆り出した」

  「少年から大人へのある一時期、未成年のある一時期だけに起こりうるような、……この心的変革の時期のバランスの割れ目から突然顔をのぞかせたようなものだ」

彼の話を洗いざらい聞いてみたい

  光市事件では、被告人が逮捕され、家裁に送られた際の調書に「精神年齢が5、6歳」と記されていたという報道がありました。虐待や母親の自殺など、家庭環境の悪さを考えると、「ドラエもんが助けてくれると思った」という発言もあり得るだろうと思いました。

  ドラエもんはポケットからいろいろなものを取りだして子どもたちの夢をかなえ、多くの子どもたちに愛されます。

  少年にとって、ドラエもんはどんな役割を果たしていたのか。私は彼の話を洗いざらい聞いてみたいと思いました。

  大人にも神の存在を信じる人がいるように、たとえ叶えられなくても、願いを託せる何か、周囲に救いのなかった彼の願いを託せる神に近い存在だったということも考えられなくはありません。


http://www.ohmynews.co.jp/news/20080609/26147

ww

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2008/07/15 22:23 投稿番号: [15730 / 17759]
>もっと執拗で残虐な犯罪はいくらでもある。

  ふむ。

  つまり、もっと死刑を適用すべきであると♪

>結果的に殺してしまったが、強い殺意はなかったし・・計画性もない。

  ふむふむ。

  つまり、ドラワサビに対して、殺害行為を除く犯罪行為を行った後、
  首を圧迫して死に至らしめても死刑にはならないわけだ♪

>殺すつもりがあれば、検察の言うように【両手で指が白くなるまでずっと強く締め続ける】でしょう。

  ふむふむ。

  故意に片手で頸部を圧迫して死に至らしめても過失致死になると♪ww

>厳罰化を望む検察・国による強引な判決でした。

  刑法上、死刑が適用される事例に死刑が適用されるのが厳罰化ですかぁ〜♪ww

死刑執行人の苦悩

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/07/15 01:23 投稿番号: [15729 / 17759]
鳩山はなぜ【国連勧告無視】して、【死刑執行】をするのか。

死刑執行などしない選択も出来る・・・国連勧告があるからといえばいいのだ。


殺人犯罪は、戦後最低だったという(昨年)のに・・

少年犯罪も大幅に減ったと言うのに・・

なぜ【厳罰化】を急ぐのか。


★「死刑執行人の苦悩」

大塚公子   著

どのような仕事であれ楽しいのは、苦しい中で「なにくそ」と気張って働いたことが認められた時だと思う。自分のなし遂げた働きの価値を理解してもらえたと思うと力が湧いてくる。皆、誇りをもって仕事をしたいと願っている。


ところが、誇りを持てなくなり、人間嫌悪、自己嫌悪に陥る苦しい仕事があるとこの本は説く。 薄い本だが、中身は重い。何度も読み止まり、再び元気をためてから読んだ。 死刑制度のもつ重荷を刑務官にのみに背負わせていいのか? 刑務官、その家族、拘置所所長への取材を基に構成したドキュメント。


「刑務官の仕事は、刑務所に送られてきた受刑者を教化して社会へ復帰させることだ」という誇り高い仕事だ。


ところが、これは根底から覆る。死刑執行そのものを果たす役割を命じられる。


「自分の犯した罪を悔い、自由社会に暮らす一般人よりもずっと立派な人間に成長したひとつの人格を何故殺さなくてはいけないのか。 刑務官としての誇りも消え、自分が汚れた人間に堕ちてしまったという苦慮にさいなまれる。


国連は1991年に死刑廃止条約を発効させた。 日本は批准しなかった。


『死刑廃止』という重く苦しい課題に挑戦した著者の勇気と、インタビューに応じた人達に敬意を。


http://www.bizjam.org/report/kadokawa98/kadokawa1.html


先進国で【死刑のある国は、日本とアメリカ】・・


アメリカ様が死刑廃止しない為に(州によっては廃止)、日本も【死刑存置】しているのか。


ブッシュは州知事時代に3000人だったか死刑執行サイン出したとか。

鳩山もサミットが終われば粛々と・・と言っている。

鳩山ってブッシュのまねしてるね、アルカイダの友人の友人のクセに。

ブッシュは鳩山を逮捕しないのか。

アルカイダの友人の友人が法務大臣の日本だった。

Re: ??

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/07/13 01:37 投稿番号: [15728 / 17759]
>>永山基準(死刑判決の基準)に照らしても、無意味ではなく、【態様・・】は重大な意味を持つ。

≫態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、

  >「殺害の手段方法」ではなく、殺害の手段方法の「執拗性・残虐性」である。


もっと執拗で残虐な犯罪はいくらでもある。

母親の首を両手で絞めた痕跡もないし、

特に赤ちゃんに対する【頭にも、首にも】執拗で残虐な痕跡はない。



>>ええ、【検察の主張するところの強い殺意ではない】という事。

  >つまり、「殺意がない」などとは書かれていない事を認めるわけですな。


そうです。

結果的に殺してしまったが、強い殺意はなかったし・・計画性もない。



  >平均的な成人でも、頸部圧迫を続けるといずれ死に至るとは認識しているが、
  いつまで抑えたら死に至るという知識を有している者は少数派だと思うがねぇ〜♪

  君、死刑廃止を主張したいがために、責任能力の判定基準を一般成人よりも高く設定する気かね?


殺すつもりがあれば、検察の言うように【両手で指が白くなるまでずっと強く締め続ける】でしょう。


しかし遺体にはそんな痕跡はない。



遺体鑑定によれば、少年は【大声を出さぬよう口を抑え、それがずれて首】を押さえてしまったのですから・・これは証言とも一致する。



>>声を出さぬようにするのに必死。
>>この判断力の無さも、精神的に幼いと思うし、

  ww

  >声を出されてはまずい事をしていると認識しているから「声を出さぬようにする」のであり、
  罪を犯している事を認識する能力があることを示している。



悪い事だとは認識できても、【声をだされたら、逃げればよかったのに】と思いますが、

そういったとっさの判断力がない。



  >基準は、

  >その罪責が誠に重大あつて、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合


それまでの判決と均衡も取れないし、
一般予防効果もない。

すぐに【アキバ無差別殺人】がありますから。

この青年も死刑は分かっていて、多数殺傷している。




>>日本は、判例主義と言われていますが、【少年が二人殺害で死刑】と言う判例はありません。



  >刑法、および、少年法には、
  年長少年が殺害した被害者の数が何人未満であれば死刑は適用できないとは定められていない。



とはいえ、厳罰化を望む検察・国による強引な判決でした。



  >自らに死刑の適用を望む者の為に、
  「自ら死刑の適用を望んだ罪」でも立法して処刑してあげれば、死刑の適用を望んだ殺人など犯しませんよ。


  >それでも尚、殺人を犯す者は、「死刑の適用」が主目的ではなく、「殺人」が主目的である。


両方ですよ。

【多数殺傷】をして注目を浴び、【死刑】になりたいと言う人間が増加してしまった。

ww

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2008/07/08 20:16 投稿番号: [15727 / 17759]
>永山基準(死刑判決の基準)に照らしても、無意味ではなく、【態様・・】は重大な意味を持つ。

  よく読め。

≫態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、

  「殺害の手段方法」ではなく、殺害の手段方法の「執拗性・残虐性」である。

>ええ、【検察の主張するところの強い殺意ではない】という事。

  つまり、「殺意がない」などとは書かれていない事を認めるわけですな。

>いつまで押さえたら死ぬのか、パニック状態のものに判断できないでしょう。

  へぇ〜♪

  君、いつまで抑えたら相手が死ぬって判断できるんだぁ〜♪ww

  平均的な成人でも、頸部圧迫を続けるといずれ死に至るとは認識しているが、
  いつまで抑えたら死に至るという知識を有している者は少数派だと思うがねぇ〜♪

  君、死刑廃止を主張したいがために、責任能力の判定基準を一般成人よりも高く設定する気かね?

>声を出さぬようにするのに必死。
>この判断力の無さも、精神的に幼いと思うし、

  ww

  声を出されてはまずい事をしていると認識しているから「声を出さぬようにする」のであり、
  罪を犯している事を認識する能力があることを示している。



  基準は、

  その罪責が誠に重大あつて、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合

  である。

  また、「併せ考察したとき、」であることも既に指摘済みである。


>日本は、判例主義と言われていますが、【少年が二人殺害で死刑】と言う判例はありません。

  ww

  逆ですな♪

  刑法、および、少年法には、
  年長少年が殺害した被害者の数が何人未満であれば死刑は適用できないとは定められていない。

≫処刑された者の再犯率0%♪
>【死刑になりたいと、運転手を殺した自衛官や、多数殺傷事件が連続している】

  へぇ〜♪

  処刑された者が死して尚、再度、処刑されることを望むんですか〜♪(大爆笑)

  自らに死刑の適用を望む者の為に、
  「自ら死刑の適用を望んだ罪」でも立法して処刑してあげれば、死刑の適用を望んだ殺人など犯しませんよ。

  それでも尚、殺人を犯す者は、「死刑の適用」が主目的ではなく、「殺人」が主目的である。

Re: 無意味だね♪・・ではなく

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/07/07 00:55 投稿番号: [15726 / 17759]
永山基準(死刑判決の基準)に照らしても、無意味ではなく、【態様・・】は

重大な意味を持つ。




>>遺体鑑定からは、【強い殺意は感じられない】とされている。


  >「強い殺意は感じられない」とする表現は、
  「強い殺意を感じる」を否定するにすぎず、
  「平均的な殺意」「弱い殺意」を否定する表現にはあたらない。


ええ、【検察の主張するところの強い殺意ではない】という事。



>>殺意があれば、手っ取り早く【両手で扼殺】するでしょうね。

  ww

  >死に至る加害行為である頸部の圧迫を相手が死に至る前にやめていない。

いつまで押さえたら死ぬのか、パニック状態のものに判断できないでしょう。


声を出さぬようにするのに必死。


この判断力の無さも、精神的に幼いと思うし、

日ごろ暴力にさらされ続けた少年の、とっさの判断(力でおさえる)

かもしれない。

物事を解決するのに【暴力を使ってしまう】事になったのかもしれない。


>>万が一殺意があったとしても、【永山基準・・4にん殺害で死刑】という
>>今までの判例から【はるかに逸脱した判決】です。



  >「4にん殺害で死刑」などとは、永山判決には記されていない。

  http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a1hjbfoba5dca51a1ia4na4aait20&sid=1143582&mid=15680

>【昭和56(あ)1505】
  結局、死刑制度を存置する現行法制の下では、


>○犯行の罪質、動機、(どら・・数時間後に待ち合わせをしていて殺人計画は考えられない、強姦も同じ)


>○【態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、】

(どら・・母親に対して強い殺意も無く、

子供にも強い危害を与えてはいない。)



○結果の重大性ことに   【殺害された被害者の数】、・・

(永山と違って二人)


○遺族の被害感情、(メディアも遺族も、過去に例の無い、死刑死刑の連呼報道、弁護士側の遺体鑑定書などは殆ど報道されず、弁護側はただ死刑廃止論者の人でなしと言った非情にかたよった特にテレビ報道)


○社会的影響、・・同類の引き続きの事件は無い。

○犯人の年齢、・・18歳一ヶ月の少年

○前科、・・無し


○犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、


  ○その罪責が誠に重大あつて、

○【罪刑の均衡の見地からも】・・・判例と比較して均衡してない


○一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、


  ○死刑の選択も許されるものといわなければならない。

・・(犯行時少年である事から、更正可能性があると1・2審では無期懲役)




日本は、判例主義と言われていますが、

【少年が二人殺害で死刑】と言う判例はありません。

この【光市事件の広島高裁判決は、異例】です。



★鑑定書   山口光市母子殺害事件

http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/column10-kantei.htm


↑【検察の言う、態様】とは全く違っている【遺体鑑定書】



>>【死刑は犯罪抑止】の役には立っていない。

  >役に立っていますよ。

  >処刑された者の再犯率0%♪


【死刑になりたいと、運転手を殺した自衛官や、多数殺傷事件が連続している】

これからも【死刑になりたい人間】が続発する可能性が大です。

無意味だね♪

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2008/07/02 12:39 投稿番号: [15725 / 17759]
>ちょっと考えればわかる事だが【床に叩きつけられた赤ちゃんが、はいはい
】するはずがない。

  「赤ちゃんを床にたたきつけ、」は死因ではない。

>このはいはいした赤ちゃんを、殺す為に【ヒモで締めた】と主張する・・。

≫>(3)
≫>更に、被害者の首に紐を2重に巻き、力一杯引っ張ったというが、
≫>「索溝の表皮剥脱は弱い」ので、そのような強い外力が作用したとは思えない。

≫「索溝の表皮剥脱は弱い」との記述から、
≫「被害者の首に紐を2重に巻き」にとわかる痕跡が残っていたと考えられる。

≫>(4)
≫>とくに、被害者は11ヶ月の幼児であるから、
≫>紐で強く首を絞めなくても、死に至るであろうし、
≫>絞殺時に紐を蝶々結びにするという行為に強い殺意は感じられない。

≫「紐で強く首を絞めなくても、死に至るであろうし」とあることから、
≫絞殺により死に至ったであろうと推測していることを意味する。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=552019567&tid=bpa5a4a5ia5afipno9tbbh&sid=552019567&mid=112866

>両手で力一杯、指が白くなるまで締め続けた・・と言う検察の主張と、
>【遺体鑑定・・右手の逆手で押さえてしまった】と、明らかに【殺意】と言う点で違う。

  ww

  頸部を腕で絞めて、相手を死に至らしめても扼殺は成立する。

  アホは、
  「頸部を腕で絞めて、相手を死に至らしめた場合」は、
  「両手で力一杯、指が白くなるまで締め続けた」にはあたらないから殺意はないと主張するのであろう♪

>遺体鑑定からは、【強い殺意は感じられない】とされている。

  ww

  「強い殺意は感じられない」とする表現は、
  「強い殺意を感じる」を否定するにすぎず、
  「平均的な殺意」「弱い殺意」を否定する表現にはあたらない。

>殺意があれば、手っ取り早く【両手で扼殺】するでしょうね。

  ww

  死に至る加害行為である頸部の圧迫を相手が死に至る前にやめていない。

  つまり、死に至る加害行為を継続しており、
  死に至る加害行為の継続を容認しているのであるから「殺意有り」と認定されるのである。

>万が一殺意があったとしても、【永山基準・・4にん殺害で死刑】という
>今までの判例から【はるかに逸脱した判決】です。

  ww

  「4にん殺害で死刑」などとは、永山判決には記されていない。

  http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=a1hjbfoba5dca51a1ia4na4aait20&sid=1143582&mid=15680

【昭和56(あ)1505】
  結局、死刑制度を存置する現行法制の下では、
  犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、
  その罪責が誠に重大あつて、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、
  死刑の選択も許されるものといわなければならない。

>【死刑は犯罪抑止】の役には立っていない。

  役に立っていますよ。

  処刑された者の再犯率0%♪

捕鯨新局面。 苦境に立つ豪環境相。

投稿者: keikoukankan 投稿日時: 2008/07/02 02:54 投稿番号: [15724 / 17759]
現地では野党に口だけと馬鹿にされ、ヘッドラインを飾っている。
一方、主張と行動の不一致が甚だしく、ネットでも批判が続出。
IWCで強硬な主張を繰り出すまではよかったが、日本の官僚の強烈な一撃に、赤っ恥をかくはめになったオーストラリア。
現地世論の行方に注目。

Peter Garrett, Hypocrite at IWC
http://www.youtube.com/watch?v=pX-SQrdyXhc

捏造された【事件の態様】

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/07/02 01:03 投稿番号: [15723 / 17759]
少年が【赤ちゃんを床にたたきつけ、更にヒモで首を力一杯絞める】などと、

検察の主張するこの態様は、【遺体鑑定】と合致しない。


メディアも一緒になって【遺体鑑定と合致しないこの態様】などから、

少年を【凶悪な人間】と決めつけ、【死刑、死刑】と一方的な報道だった。


ちょっと考えればわかる事だが【床に叩きつけられた赤ちゃんが、はいはい

】するはずがない。


このはいはいした赤ちゃんを、殺す為に【ヒモで締めた】と主張する・・。



>>その【遺体鑑定とは合致しない、検察の主張する殺害方法によって】、
>>【殺意が肯定され】てしまっています。

  >検察が主張しているのは、扼死ですから、
  被害者の頸部を圧迫しているのが、片手で行われようが、両手で行われようが、関係ありません。
  加害者が腕で、被害者の頸部を圧迫して、被害者が死に至った場合でも扼死です。


両手で力一杯、指が白くなるまで締め続けた・・と言う検察の主張と、

【遺体鑑定・・右手の逆手で押さえてしまった】と、明らかに

【殺意】と言う点で違う。


殺意がなければ【死刑求刑】はない。。






  >「故意」と「過失」を判別できない者には、
  「故殺」と「過失致死」の判別を論じる資格はありません。


遺体鑑定からは、【強い殺意は感じられない】とされている。

殺意があれば、手っ取り早く【両手で扼殺】するでしょうね。



  >つまり、「両手で力一杯首を絞める」は要件ではない。

声を出さないようにしていたら、死んでしまった・・という事が推測される。




>>「少年が殺意を持って二人を殺した」

  >妥当な主張だと思いますが。


万が一殺意があったとしても、【永山基準・・4にん殺害で死刑】という

今までの判例から【はるかに逸脱した判決】です。

更に、長崎市長選でも【候補者一人を銃撃した男が死刑求刑】されている。


世界では、【死刑廃止国が多数】ですが、

これから日本は、【死刑大国】と世界中から注目されるでしょうね。

【死神大臣の鳩山】も有名になったし。

    

なぜ、世界の大多数の国が死刑廃止しているのに、日本は【処刑を急ぎ、

死刑判決連発】するのだろうか。


池田小事件、土浦8人殺傷事件、秋葉原事件・・・


犯人達は【死刑覚悟、と言うか処刑してもらいたい人間】であって、


【死刑は犯罪抑止】の役には立っていない。






根本的に間違っています。

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2008/06/29 09:44 投稿番号: [15722 / 17759]
>その【遺体鑑定とは合致しない、検察の主張する殺害方法によって】、
>【殺意が肯定され】てしまっています。

  検察が主張しているのは、扼死ですから、
  被害者の頸部を圧迫しているのが、片手で行われようが、両手で行われようが、関係ありません。
  加害者が腕で、被害者の頸部を圧迫して、被害者が死に至った場合でも扼死です。

  被害者の頸部と加害者の手、もしくは、被害者の頸部と加害者の腕の接触が伴う為、
  加害状態を認識可能とされます。

  よって、害を加える可能性の予見を必要としません。

  扼殺は、加害行為を継続しなければ相手を死に至らしめる事ができませんから、
  扼殺とは、加害行為を容認して継続して、相手を死に至らしめたことを意味します。


  「故意」と「過失」を判別できない者には、
  「故殺」と「過失致死」の判別を論じる資格はありません。
___________________________________

>殺意があるなら、検察の主張どおり、【両手で力一杯首を絞める】でしょう。

  ↑が間違いである。

  力一杯絞めなくても、頸部圧迫の継続によって死に至るのであるから、
  「頸部圧迫   ⊃   両手で力一杯首を絞める」であり、
  「両手で力一杯首を絞める」
    ↓
  「頸部圧迫」
    ↓
  「死に至るまで継続」
    ↓
  「被害者死亡」
    ↓
  「殺意あり」

  となっているにすぎず、

  「両手で力一杯首を絞める」という事実がなくても、

  「頸部圧迫」
    ↓
  「死に至るまで継続」
    ↓
  「被害者死亡」
    ↓
  「殺意あり」

  となり、殺意は認められる。

  つまり、「両手で力一杯首を絞める」は要件ではない。
___________________________________

>「少年が殺意を持って二人を殺した」

  妥当な主張だと思いますが。
___________________________________

>【遺体鑑定書】などは、殆ど報道されずじまいでした。

  報道したとしても同じでしょう。
  遺体鑑定書は、「扼死」であることを示していますから。
___________________________________
    
>このキャスターは、事件の記録を読んでいるのだろうか?

  笑っちゃうよね。

  同様の論理では、弁護側は少年法や【昭和56(あ)1505】を読んでいるのだろうか?

  となる。

Re: ww あちらで・・・・メディア

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/06/29 00:11 投稿番号: [15721 / 17759]
>>加害者は被害者の上に馬乗りになり、両手親指を喉仏付近にあて、扼殺したとされているが、
>>死体にはそのような痕跡はない。

>>更に同様の姿勢で左手が下、右手をその上にのせて全体重をかけて、首を絞め続け窒息死
>>させたというが、そのような死体所見になっていない。


  >関係ありません。
  殺害方法を否定しているにすぎません。


いいえ、大いに関係あり。

その【遺体鑑定とは合致しない、検察の主張する殺害方法によって】、

【殺意が肯定され】てしまっています。




>>このように扼頚の手段方法は種々あるが、被害者の死体所見に最も合致した状況を考える
>>と、加害者は右手を逆手にして、口封じのための行動をとったが、抵抗にあい、手がずれて、首を
>>押さえる結果となって死亡させた考えるのが、最も死体所見に合致した状況である。



  >↑から、首を押さえたことが死因とされていますので、
  被害者が死に至るまで首を押さえ続けたことが殺意があると認定される根拠となります。



殺意があるなら、検察の主張どおり、【両手で力一杯首を絞める】でしょう。

検察は【殺意を認定させる為、事実とは違う方法を捏造】したのです。



>>したがって、殺意をもって両手で前頸部を圧迫したような定型的扼死の死体所見になっていない。

  >首を押さえたことが死因であると鑑定されていますから、
  両手で前頸部を圧迫する方法である必要はありません。


検察の主張は【事実と大いに異なる】。



>>印鑑と印影は常に一致するものである。事件も同様で、捜査状況や供述内容(印鑑)と死体
>>所見(印影)は一致しなければならない。


  >一致させたところで、
  死因となった首を押さえる行為を認識し、継続して被害者を死に至らしめているのであるから、
  殺意は認められる


検察は、【少年が殺意を持って二人を殺した、殊更赤ちゃんを床に叩きつけたが死なずにはいはいしてきたので、紐を巻いて絞殺した凶悪な少年】

と【死刑を課すしかない】と思わせるように【事実を捏造した】。



大変悪質な検察(裁判も遺体鑑定を殆ど無視)ですが、

メディアは、元検察の弁護士などを多用し、検察・遺族の主張を一方的に繰り返し報道しました。

【遺体鑑定書】などは、殆ど報道されずじまいでした。


★光市母子殺人事件とマスコミ報道2

  今日は、光市母子殺人事件の差戻審で被告人質問があったため、各テレビ局もかなりの時間を使って報道していたようである。

  私は残業で帰りが遅くなり、夜遅くのニュースしか見れなかったのだが、あるニュースキャスターが、

  「この被告人は被害者の頸を両手で締め、赤ちゃんを何度もたたきつけている。殺意がないはずがない。」

  などと述べていた。

  しかし、この事件では、検察官でさえ「何度もたたきつけた」などと主張していないし、裁判所の判決も「何度もたたきつけた」と認定していない。

  私は聞いていてびっくりしてしまった。

  このキャスターは、事件の記録を読んでいるのだろうか?

  弁護団は赤ちゃんの後頭部に打撲傷、頭蓋骨骨折等の重大な損傷がないことから、「たたきつけ行為」の存在を否定しているのである。

  また、「両手で締めた」という点についても、弁護団は遺体の所見や鑑定書と一致しないと主張しているのである。

  そのことをご存じなのだろうか?・・

http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_8f3b.html


私も女性キャスターが【この弁護団は、死刑廃止運動のためにこの事件を利用している】と言うような事を言っているのを耳にしました。

弁護団には、死刑存置論者もいるのに。

訂正

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2008/06/22 01:21 投稿番号: [15720 / 17759]
「絞殺」→「扼殺」

ww あちらで回答済みですな。

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2008/06/21 21:03 投稿番号: [15719 / 17759]
  (http:)//messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019567&tid=bpa5a4a5ia5afipno9tbbh&sid=552019567&mid=112809

>法医学鑑定 2008/ 6/20 2:16 [ No.112809 / 112818 ]

投稿者 :
t_ohtaguro_2



>加害者は被害者の上に馬乗りになり、両手親指を喉仏付近にあて、扼殺したとされているが、
>死体にはそのような痕跡はない。

>更に同様の姿勢で左手が下、右手をその上にのせて全体重をかけて、首を絞め続け窒息死
>させたというが、そのような死体所見になっていない。

  関係ありません。
  殺害方法を否定しているにすぎません。

>加害者は被害者の背後から、左腕を首に回し、肘関節を屈曲させて絞めつけ、気絶させたが、

  ↑は、
  脳への酸素供給を阻害することにより気絶させることができることを理解していることを意味します。

>間もなく抵抗されたので、仰臥位に押し倒し、被害者の上に重なるように覆い被さり、左右の手で
>被害者の両腕を広げるようにして床に押さえつけた。

  ↑も加害行為にあたります。
 
>大声を上げたので右手を逆手にして口を封ずるために、顎付近を押さえた。

  顎を押さえても気道は狭くなり、呼吸を阻害します。

>そのとき加害者の左上肢は、被害者の右上肢を床に押さえ込んでいた。このような状況下で
>被害者は死亡してしまった。

  ↑被害者が死に至るまで加害行為を継続しているのは明らかです。

>このように扼頚の手段方法は種々あるが、被害者の死体所見に最も合致した状況を考える
>と、加害者は右手を逆手にして、口封じのための行動をとったが、抵抗にあい、手がずれて、首を
>押さえる結果となって死亡させた考えるのが、最も死体所見に合致した状況である。

  ↑から、首を押さえたことが死因とされていますので、
  被害者が死に至るまで首を押さえ続けたことが殺意があると認定される根拠となります。

>したがって、殺意をもって両手で前頸部を圧迫したような定型的扼死の死体所見になっていない。

  首を押さえたことが死因であると鑑定されていますから、
  両手で前頸部を圧迫する方法である必要はありません。

>印鑑と印影は常に一致するものである。事件も同様で、捜査状況や供述内容(印鑑)と死体
>所見(印影)は一致しなければならない。

  一致させたところで、
  死因となった首を押さえる行為を認識し、継続して被害者を死に至らしめているのであるから、
  殺意は認められる。  

返信


これは メッセージ 112801 spica_022 さんに対する返信です
__________________________________

  本件は絞殺であり、被害者の頸部を圧迫することにより脳への酸素供給を阻害し死に至らしめたものである。

  原因は、「脳への酸素供給を阻害する行為」であるから、
  「脳への酸素供給を阻害する行為」が、両手で行われたか片手で行われたかは問題とはならない。

  上記行為を被害者が死に至る前にやめていれば傷害となり、
  やめた後に死に至ったのであれば傷害致死を適用する余地もあるが、
  死に至るまで継続しているのであるから、
  被害者が死に至った原因は、上記行為の被害者が死に至るまで継続したことにある。

  よって、傷害致死は適用されない。

Re: ww・・・イラクトピでスピカさんが既出

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/06/20 00:18 投稿番号: [15718 / 17759]
  >明確な殺意?

  >よって、外観から推定するに留まります。


ですから【殺意を持って両手で扼殺という定型的なものではない】と鑑定されている。



  >mother-fucker って事ですか♪

父親から母子共々暴力を受け、庇いあって生き、

何度も自殺未遂した母親から【あんたの子供を生もうか】等と言われた事がある程、普通の関係ではなかった。


★このことは、甲9号証の鑑定書に、
   「例えば加害者が左手を被害者の右方に向けてあてがい、強く圧迫したために生起されたもの
  として、特別矛盾はない」(10頁)
  として、右手か左手かについて、また逆手か順手かについて誤認があるものの、

第1審判決及び
原判決が認定するような「両手」ではなく「片手」による扼頸であるとしていることにも裏付けられて
いるのである。


(5)   被告人に殺意があったか否かについて
   被告人は、現在、「口封じをしようとしていて死亡させてしまったものであって、殺意はなかった」
(資料3)と述べている。


このことは、今になって言い出したことではなく、既に、第1審の第4回公判
で、
   「問:あなたのその時(首を絞めたとき)の心理状態、頭の中はどんな感じですか。

    答:最初は考える力はありましたが、やっぱりすごく抵抗されるし、大声を出されるので頭の中
   が真っ白になるというか、何も考えられないというか、とにかく声だけを止めようというようなこと
   しか考えられなくなって、声を止めるにはどうしようかなという感じも、その時には冷静に判断が
   できなくて、首を絞める羽目になりました。」(質問115)


   と、大声を出されるのを止めようとしただけであって、結果として、首を絞める羽目になってしま
ったものであって、殺害する目的は無かったと供述しているのである。


  しかも、本件の真相は、既に述べたとおり、口封じをしようとしたものであって、決して殺害しようと
したものではなく、しかも手がずれて結果として扼頸になってしまったものであって扼頸を意図した
ものでもなく、しかも、その扼頸行為は、右手逆手1本による扼頸にとどまり、


扼殺行為とは程遠い
ものであって、そこに殺意を認めることはできないのである(もし被告人に殺意があったとしたら、
当然に、最初から、端的に、両手でしかも順手で扼頸しているはずである)。


  よって、被告人に、殺意が無かったことは明白である。
  この点についても、上野正彦医師作成の鑑定書(資料1)に
  「本件は、殺意をもって、両手で前頚部を圧迫したような定型的扼死の所見にはなっていない。」
  (4頁)


  「頚部の内部所見も定型的扼死の所見を呈していない。」(5頁)


  「殺意をもって両手で前頚部を圧迫したような定型的扼死の死体所見になってない。」(5頁)


  と指摘されているとおり、法医学的な見地からも、本件の扼頸行為に殺意を認めることは困難な
のである。


(6)   小括
   以上の通り、被告人には殺意はなく、本件行為は傷害致死にとどまる。

しかるに第1審判決及
び原判決は、誤って事実を認定し、本件が殺人に該当するとしており、それが著しく正義に反する
事実誤認であることは明白である。

http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/hikari-hojuu1.htm



★鑑定書   山口光市母子殺害事件


*鑑定書より結論部分だけ紹介します。


・・


(6)印鑑と印影は常に一致するものである。事件も同様で、捜査状況や供述内容(印鑑)と死体
所見(印影)は一致しなければならない。


  ところが、【本件は不一致のまま、この事実誤認を検討することなく、今日まで経過してきた。】


  事実に基づいた正しい捜査、鑑定がなされた上で、公正な判断が下されるべきである。・・

鑑定人   医師・医学博士・元東京都観察医務院長   上野正彦

http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/column10-kantei.htm

ww

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2008/06/16 01:55 投稿番号: [15717 / 17759]
  明確な殺意?

  本来、内心は本人が表示しなければ他者は知り得ず、
  内心を知り得ない為、表示と一致しているかを他者は確認し得ません。

  よって、外観から推定するに留まります。

  外観から適切な推定を行う事のできない者にとっては「不明確」と認識し得ますし、
  明確であると認めたくない者ならば尚更です。


  現実は単純明快です。

  どのような方法であれ、
  脳への酸素供給を阻害し続けた結果として被害者は死に至り、
  検察側の主張する方法でも、弁護側の主張する方法でも、
  加害者は被害者の脳への酸素供給を阻害する部分に直接接触している。

  よって、加害行為を認識した上で、被害者が死に至るまで加害行為を継続しているのであるから、
  故意により被害者を死に至らしめたと認められるのであって、過失とは認められない。

>【大声を出されてパニックに陥った元少年は、口を押さえ、手がずれて首を押さえ続けてしまった・・・】
>と言っています。

  主張する権利はありますな♪
  認められるかは別問題だがね。

  声を出される原因は容疑者側にあり、
  責任能力を失った原因が責任能力を失う前の加害者にある場合、
  責任能力を失った後の結果は、責任能力を失う前の加害者の行為の結果にすぎず、
  加害者は責任能力を失った後の結果を含む、責任能力を失う前の加害者の行為の結果に対し、
  責任を負う事になります。

  よって、加害者がパニックに陥ろうが責任は負う。

>レイプとは違うと言いたかったのでしょう。
>彼女に母親を投影していたそうですから。

  mother-fucker って事ですか♪

Re: >間違って殺してしまった

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/06/16 00:14 投稿番号: [15716 / 17759]
>既に回答済みです。

  >窒息死は、一定時間、脳への酸素供給を阻害しなければなりません。

  間違って殺してしまったとされる典型は、

  「相手にケガを負わせる目的で突き飛ばしたら、転倒した際に打ち所が悪くて死亡した。」

  のような場合。

  >上記の例に於ける加害行為「突き飛ばす」は、
  「突き飛ばす」という行為により死亡するのではなく、
  突き飛ばされた先に原因が存在し死亡するのである。

  突き飛ばされた先に死亡する原因がなければ、突き飛ばしても死亡しない為、
  突き飛ばした行為と死亡との間には因果関係は成立しない。




大声を止めようとして口を押さえたらずれて、首を押さえ続けてしまった・・というもの。


明確な殺意があれば、【検察の主張どおり、両手で絞殺】するでしょうが、

【遺体鑑定書】によれば、両手で・・の痕跡は無く。

しかも検察の主張する【幼児を頭から叩き落し、それでもはいはいして大声で泣いているので、首にヒモを巻いて両手で力一杯締めた】などという痕跡も無い。


いかに検察の主張がいい加減なものか・・それを司法は事実と認定しているのですから。

更にメディアは【こういった検察の主張をそのまま受け入れ、凶悪少年】のレッテル貼りに躍起となり・・・【死刑の大合唱】。


  >しかし、
  絞殺は、「脳への酸素供給の阻害行為の継続」と「死亡」との間に因果関係が成立する。


【大声を出されてパニックに陥った元少年は、口を押さえ、手がずれて首を押さえ続けてしまった・・・】と言っています。



  >「脳への酸素供給の阻害行為の継続」が成立していれば、「両手で絞殺」である必要はない。


それが【死に結びつくかどうか、精神年齢12歳といわれる元少年・・しかもパニックに陥った者に判断が付いたかどうか】。



>>自分はレイプと表現せず、エッチな行為と話し、

  >レイプではないエッチとは、和姦(男女の合意の上での姦通)という意味になりますが?



レイプとは違うと言いたかったのでしょう。

彼女に母親を投影していたそうですから。




>間違って殺してしまった

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2008/06/09 21:21 投稿番号: [15715 / 17759]
  既に回答済みです。

  窒息死は、一定時間、脳への酸素供給を阻害しなければなりません。

  間違って殺してしまったとされる典型は、

  「相手にケガを負わせる目的で突き飛ばしたら、転倒した際に打ち所が悪くて死亡した。」

  のような場合。

  上記の例に於ける加害行為「突き飛ばす」は、
  「突き飛ばす」という行為により死亡するのではなく、
  突き飛ばされた先に原因が存在し死亡するのである。

  突き飛ばされた先に死亡する原因がなければ、突き飛ばしても死亡しない為、
  突き飛ばした行為と死亡との間には因果関係は成立しない。

  しかし、
  絞殺は、「脳への酸素供給の阻害行為の継続」と「死亡」との間に因果関係が成立する。

  「脳への酸素供給の阻害行為の継続」が成立していれば、「両手で絞殺」である必要はない。




>自分はレイプと表現せず、エッチな行為と話し、

  レイプではないエッチとは、和姦(男女の合意の上での姦通)という意味になりますが?

判決後の少年の語った「さびしい」

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/06/09 00:41 投稿番号: [15714 / 17759]
【創6月号】光市母子殺害裁判・・綿井健陽

☆   判決後の少年の語った「さびしい」との言葉

・・判決後に弁護人と拘置所で接見した少年は静かに泣いていたと言う。
そして「さびしい」と言った。
・・彼の「さびしさ」は今に始まった事ではない。・・

小学校の頃から父親の家庭内暴力にさらされていた。
そこ頃学校でもいじめに遭っていたが、先生に伝えると更にいじめられるので話せなかったという。

父親からは平手打ちや殴る、蹴るの暴力を母親とともに受けていた。

そして母親と彼とは「共依存関係」のもとで暮らしてゆく。
二人の関係はまるで男女の対のようになった。

ところがそんな最愛の母親は彼が中学一年生のときに自宅で首をつって自殺する。
母の遺体を彼は間近で見た。その前にも何度も自殺未遂をしていた。

母親が先に死んだことで彼は裏切られたと思い、そして父親が殺したのではないかと言う疑いも持った。

母の死後彼は生きる価値が見出せなくなり、自らも自殺を何度も考えたと言う。・・

父親は再婚し・・事件が起きる3ヶ月前には異母弟が生まれている。
彼は家庭での自分の居場所が段々なくなっていった。・・

旧第一審の弁護人は、父親の知り合いであり、父親は事実関係を争わず早く裁判を終わらせるように弁護人に要請していた。

旧二審の弁護人は、彼に対する【保護者】のような立場となって、幼い彼には耐え切れないと判断して、事実関係を殆ど彼に確認しようとしなかった。

事件から5年が経ったころ、彼はようやく教戒師と拘置所で出会い、自らの罪を告白する。

そして最高裁からの新弁護人になって、ようやく彼の弁護活動が保障されるようになった。・・



☆ 元少年と親しかったAさんの話

私は今年2月、元少年が毎日のように一緒に遊んでいたAさん(当時18歳)に会った。

・・事件当日にどんな事を話していたのかを聞いた。・・

元少年の逮捕後「事件に関与している」と警察から執拗に疑われたAさんは、

【当時の警察の取り調べに対して激しい怒りを今も禁じえない】。

【話を聞くというよりも、とにかく話を決め付けてくるんですよ】と言う。

「お前は性経験があるのか。」と警察官は聞いてくる。
いきなり「お前がやったんだろう」と言ってくる。
何のことか話が分からないAさんだったが、今度は「あいつはどんな女の趣味なんだ。どんなアダルトビデオが好きなんだ」と彼のことを聞いてくる。
事情を知らないAさんは、「知らない」と言い続けた。


今から2年前、彼ら二人は事件後七年ぶりに再会した。

それはアクリル製の透明ガラスをはさんで、わずか20分ほどの再会だった。

アクリル板越しにAさんに元少年は「迷惑をかけてごめん」とずっと頭を下げながら繰り返し謝り続けたという。


Aさんは今でも少し悔やんでいる。
その日いつものように彼とテレビゲームをして一緒に家でずっと遊んでいたら・・。
あの時、強引にでも一緒に引き連れてラジコンの部品を買いに行っていたら・・。

・・・事件当時18歳になったばかりの彼に対して、大人の側が彼の話を真摯に聞こうともせず、
最初から反省や悔悟だけを彼に求め、

事件の実行行為や動機の事実を解明しようともせずに、

大人の側の論理や思考で決め付けた。

彼の生い立ちや人格にあったその「術」を与えようともせず、

司法は最後に「術」が無くなったという。

それは大人の側の責任放棄ではないのか。・・(4月22日   判決直後の広島にて)


******


【永山基準】と呼ばれる、今まで【判例とされた基準】をはるかに超えてまで

なぜ【被害者二人、しかも加害者は18歳1ヶ月の少年(殆ど未成年とかわりない)・・しかも不遇な生い立ちによって精神的発達が遅滞している少年】

になぜ【死刑】を求刑するのか。


最近では【長崎市長選の市長候補を銃撃した犯人】にも【死刑】。


こちらは【被害者一人でも死刑】となっている。


政治的主張が違って銃弾を打ち込んだのではない、仕事にあぶれたヤクザ?

の仕業なのだが、ここでも重罰化の流れに沿った判決で

日本では、何でもかんでも【死刑】にすれば、解決らしい。



事件の背後を探られる事がそんなに怖いのか

・・・国にとっての不利益になると言う短絡的な思惑としか思えない。

Re: 全く無意味である。

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/06/09 00:29 投稿番号: [15713 / 17759]
  >脳に対する酸素の供給が阻害されることにより気絶し、更に阻害し続けることにより死亡するのであるから、
  口を押さえ続けて窒息死させても、首を押さえ続けて窒息死させても、
  判決には何ら影響を及ぼすことはない。


そうですか?

間違って殺してしまった・・・明確な殺意は認められない殺害方法です。

遺体鑑定では検察の言う【両手で絞殺】なら、【首の両側に指の跡】があるはずですが、それらは見当たりませんし、

【赤ん坊を床にたたきつけた】跡も見当たりません。






★4》被告人の新供述の信用性および第1審判決の事実認定に対する弁護人の主張について

(1)被告人が当審公判で旧供述を翻して新供述をするに至った理由などとして述べるところは、
以下のとおり要約できる。


  (ア)検察官の取り調べで、被害者とセックスしたことを、自分はレイプと表現せず、エッチな行為
と話し、レイプであると決めつける検察官と言い争いになった。
  レイプ目的がなかったとあまりにも言い張るのであれば、死刑という公算が高まる、生きて償い
なさいと言われて、検察官が作成した供述調書に署名した。


  また、供述調書に不服などがあれば、後で供述調書を作成してもらえると約束した。その約束が
あったので、殺すつもりや強姦するつもりがあったという供述調書の作成に応じた。


  捜査官に押しつけられたり誘導されたりして、捜査段階の供述調書が作成された。



  (イ)第1審で真実を話すことができなかった。人をあやめてしまっている事実や姦淫している事
実は、自分自身がしたことでもあり、殺害や強姦の態様などが裁判の結果に影響するという認識
は全くなかった。


  また、弁護人との事前打ち合わせが十分でなかった。弁護人に対し、強姦するつもりはなかった
と話したが、通常この事件は無期懲役だから、死刑になるようなリスクがある争い方はしない方が
いいと言われた。


  弁護人に対し、殺すつもりがなかったと言うことができなかった。姦淫した理由が性欲を満たすた
めと述べたのは、生き返らせようと思って姦淫したと言うと、ばかにされると思ったからである。


  (ウ)差し戻し前控訴審の弁護人に対し、犯行態様や計画性などが、第1審判決で書かれている
事実とは違う、強姦するつもりはなかったというところを、どうにかしてもらえないかということを伝
えた。


  (エ)平成16年2月から教戒を受けるようになり、教戒師に対し事件の真相を話した。

そして、平
成18年2月に安田弁護士らと初めて接見した際、事件のことを自分の口から教えて欲しいと言わ
れ、被害者に甘えたいという衝動から抱きついでしまったこと、殺すつもりも強姦するつもりもなか
ったこと、右片手で押さえたことなどを話し、被害児にひもを巻いたことは覚えていないことなどを
話した。


  自分の供述調書を差し入れてもらい、事件記録を初めて読んで、あまりにも自分を見てもらえて
いないことに憤りを覚えた。そして、細かい経過を思いだして紙に書き表し、勘違いや見落としを修
正して上申書を作成した。


http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/modoshi-2008,4.htm

Re: パラオは第二の日の丸国家

投稿者: mynameis13hosea7 投稿日時: 2008/06/04 19:11 投稿番号: [15712 / 17759]
     話にならない内容である、、このような、反日を、でっち上げてまで、書いているから、、コリアンや、在日は、日本人から嫌われるのだ。

パラオの国旗の丸は、少し左にずれていて、丸を真ん中にしていないでしょ。    何でか知ってる?    調べなよ、。



   テレビで、パラオ人がいっていたよ、ダイブ前だけど。

   「日本の国旗に遠慮しました。    私達パラオ人は、日本人を尊敬して(大東亜戦争当事の)、、日本の国旗に煮たものを、パラオの国旗にしましたが、、真ん中に丸を持ってくるのは、日本人に対して失礼かもしれないので、、パラオ人の意思によって、、少し、中心からずらしたのです」

    こう言っていました、。

風の又来るぞゥさん 大変です!!

投稿者: mayfeir_lady_in_london 投稿日時: 2008/06/04 19:00 投稿番号: [15711 / 17759]
太田黒さんが貴女の古巣『イラクトピ』でボコボコにされてます。

助けに行ってあげて下さい!!

.

Re: 運子の元素,うーこ、と読んでください

投稿者: mynameis13hosea7 投稿日時: 2008/06/02 01:28 投稿番号: [15709 / 17759]
   運子=、ウ〜シ、もしくは、うーこ、、と読んでください。


  「悪と戦う事を嫌がる善人は、偽善者だ」「悪と戦わない善人は、似非善人である」

運子の元素,

投稿者: mynameis13hosea7 投稿日時: 2008/06/02 01:25 投稿番号: [15708 / 17759]


全く無意味である。

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2008/06/01 10:54 投稿番号: [15707 / 17759]
>口を押さえたつもりが手がずれて首を押さえ続けて殺してしまった

  被害者に対する加害行為「絞殺」に於ける接触部分は「触覚」および「視覚」により認識できる。

  よって、
  「首を押さえ続ける」という行為は、押さえている部分を認識した上で継続している加害行為である。

  「大声を止める」という目的は、被害者の死亡によっても果たされる。

  被害者を死亡、もしくは、気絶させることなく、大声を止め続けるには口を押さえ続けなければならず、
  口を押さえることをやめた時点で大声を出される為、被害者を死亡させるか気絶させる必要がある。

  脳に対する酸素の供給が阻害されることにより気絶し、更に阻害し続けることにより死亡するのであるから、
  口を押さえ続けて窒息死させても、首を押さえ続けて窒息死させても、
  判決には何ら影響を及ぼすことはない。

遺体鑑定書

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/06/01 00:41 投稿番号: [15706 / 17759]
>一定時間、加害行為を継続し続けなければならない。

  >殺害方法が「両手で力一杯クビを締めた」という事実である必要はない。


いいえ、【殺意を持って両手で全体重をかけて首を絞めた】のと

【大声を止めようとして、口を押さえたつもりが手がずれて首を押さえ続けて殺してしまった】のでは大違いです。


しかも子供の遺体鑑定でも、【検察の主張】は素人が考えても納得いきません。

体を叩きつけたのなら、【即死】か動けなくなります。




★鑑定書   山口光市母子殺害事件


*鑑定書より結論部分だけ紹介します。



MA氏の死亡事案について
結論
(1)加害者は被害者の上に馬乗りになり、両手親指を喉仏付近にあて、扼殺したとされているが、
死体にはそのような痕跡はない。


(2)更に同様の姿勢で左手が下、右手をその上にのせて全体重をかけて、首を絞め続け窒息死
させたというが、そのような死体所見になっていない。


(3)加害者は被害者の背後から、左腕を首に回し、肘関節を屈曲させて絞めつけ、気絶させたが、
間もなく抵抗されたので、仰臥位に押し倒し、被害者の上に重なるように覆い被さり、左右の手で
被害者の両腕を広げるようにして床に押さえつけた。


  大声を上げたので右手を逆手にして口を封ずるために、顎付近を押さえた。
  そのとき加害者の左上肢は、被害者の右上肢を床に押さえ込んでいた。このような状況下で
被害者は死亡してしまった。


(4)このように扼頚の手段方法は種々あるが、


【被害者の死体所見に最も合致した状況を考えると、】

【加害者は右手を逆手にして、口封じのための行動をとったが、抵抗にあい、手がずれて、首を押さえる結果となって死亡させた考えるのが、最も死体所見に合致した状況である。】



  つまり、種々ある扼頚の中で前掲(3)の供述と死体所見が一番適合しているので、この状況が
真実に近いと思われる。


(5)したがって、【殺意をもって両手で前頸部を圧迫したような定型的扼死の死体所見になっていない。】



(6)印鑑と印影は常に一致するものである。事件も同様で、捜査状況や供述内容(印鑑)と死体所見(印影)は一致しなければならない。


  ところが、【本件は不一致のまま、この事実誤認を検討することなく、】今日まで経過してきた。

  事実に基づいた正しい捜査、鑑定がなされた上で、公正な判断が下されるべきである。



MUちゃんの死亡事案について
結論

(1)加害者は、頭上の高さから、被害者(幼児)を叩きつけたとされているが、もしそうであるならば、


死の危険を伴うが、【直ぐに大声で泣き出したというので、低い位置からの落下であったと思われる。】



(2)それでも泣き止まないので、

【両手で首を絞めたとされているが、それを裏付ける痕跡はない。】



(3)更に、被害者の首に紐を2重に巻き、力一杯引っ張ったというが、

【索溝の表皮剥脱は弱いので、そのような強い外力が作用したとは思えない。】



(4)とくに、被害者は11ヶ月の幼児であるから、紐で強く首を絞めなくても、死に至るであろうし、

【絞殺時に紐を蝶々結びにするという行為に強い殺意は感じられない。】


2006年4月27日

鑑定人   医師・医学博士・元東京都観察医務院長   上野正彦

http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/column10-kantei.htm

Re: 光市事件・・父親が依頼した弁護人

投稿者: inudemokurae 投稿日時: 2008/05/31 19:42 投稿番号: [15705 / 17759]
>大人の側の責任放棄    「術」を与えず、探さず
フリージャーナリスト・綿井健陽

http://www.j-cast.com/2008/05/04019798.html

こんな嘘つき野郎のブログなんか引用したところで説得力は無いし
シラケるだけだよ。

無理だね。

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2008/05/31 08:42 投稿番号: [15704 / 17759]
  絞殺は、気管、もしくは、頸動脈を圧迫することにより、
  結果的に、脳への酸素供給を阻むことにより死亡させるのであるから、
  一定時間、加害行為を継続し続けなければならない。

  殺害方法が「両手で力一杯クビを締めた」という事実である必要はない。

  死亡するに至るまで、脳への酸素供給を阻む行為を継続していることが
  「犯意がある」であると判断される根拠である。

  絞殺による加害状態を殴打による加害状態に置き換えるならば、
  首を絞めた瞬間は、一発目を殴った瞬間にあたる。
  突発的に殺意が生じ、加害行為による接触の直後、殺意が消滅しているのであれば、
  加害行為を停止し、被害者の救助措置を執らなければならない。

  絞殺は加害行為を被害者が死に至るまでの時間、継続する必要がある。
  つまり、被害者が死亡するまで加害行為を継続し続けるのであるから、
  殴打に置き換えた場合、死亡するまで殴打し続けているのと同じである。

Re: ww

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/05/31 02:02 投稿番号: [15703 / 17759]
>殺意は内心だから否認しただけでは根拠にならないんだよねぇ〜。


上野鑑定医によると【口をふさいでいた手が滑って、結果的にクビを逆手で締めてしまった】という事だが、

今回の広島高裁は

検察の言う【両手で力一杯クビを締めた、赤ちゃんを床にたたきつけたが、

泣き止まずはいはいしてきたので、ヒモで絞殺した】と言う検察の言い分そのまま認定。


続きは明日

ww

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2008/05/26 02:45 投稿番号: [15702 / 17759]
  殺意は内心だから否認しただけでは根拠にならないんだよねぇ〜。

  犯行時点の内心に関して、
  真実を供述している場合と虚偽の供述をしている場合が考えられるが、
  通常は、刑を軽くしたいが為に殺意があっても否認するものであると考えられている。

  よって、殺意を否認しても鵜呑みにすることはありえない。
  犯行状況に照らし合わせて判断される。

  逆に、刑を重くしたいが為に殺意がなくても殺意を認めるものであるとは考えられていないから、
  殺意を認めた場合には鵜呑みにすることがある。

精神年齢12歳の少年に対する取調べ

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/05/25 00:51 投稿番号: [15701 / 17759]
★・・・

被告人が殺意を否認し、それに沿った鑑定書もあるばかりか、逮捕直後の取調べ、少年鑑別所や家庭裁判所においても、殺意の否認を示唆するような発言をしていたのです。


そうであれば、もし、差し戻し控訴審において、これらの事実を無視した刑事弁護をしていたのであれば、誠実義務に違反することは明白でした。


広島高裁は、被告人が殺意を否認している書面を読んでいるはずなのに、

「熱心な弁護をきっかけにせっかく芽生えた反省の気持ちが薄らいだ」として、誠実義務を事実上、否定するのです。



裁判所は「最高裁の弁論期日が入り、死刑を回避するために虚偽の供述をした」としていますが、


「被告人が初めて新供述を語ったのは、期日が入る2年前、教誨(きょうかい)師に対してだった」(朝日新聞)のです。


そして、【被告人は、逮捕直後の取調べ、少年鑑別所や家庭裁判所で、殺意の否認を示唆するような発言をしていたのです


(捜査官は、「被害者が死亡しているのに何を言うか」と一喝されてしまい、被告人は殺人と傷害致死とで罪に違いがあると知らなかったこともあって、


殺害の故意についての発言を止めてしまいました。


現代人文社編集部編『光市事件裁判を考える』151頁)。




少年事件での捜査では、少年は、大人たち(取り調べを担当した警察官・検察官)の思い込みや威迫に影響されやすく、


少年の自白調書の信用性の判断は慎重さが必要です。


そんなことも無視し、

広島高裁は、差戻し控訴審での被告人の供述に対しては、客観的証拠(=「新供述は期日が入る2年前、教誨師に語った」という事実のこと。4月26日追記。)に反してでも否定しているのです。



そのため、弁護団は次のように批判しています。

「主任弁護人の安田好弘弁護士は「専ら捜査段階の供述に信用性を置き、客観的証拠や(鑑定などの)専門的知識による供述の見直しが行われることは一切なかった」と判決を批判。」(朝日新聞)


「「客観的事実に基づかない極めて不当な判決」。……安田好弘主任弁護人は「捜査段階の自白に信用性を置き、その後の供述は、過去に自白をしていないとの理由だけで排斥した。


証拠の評価法が基本的に間違い」と強調。


死刑回避を図ったとする指摘には「被告は自分のやったことを正確に、有利不利を問わずに話した。被告の態度と心を見誤った」とした。


  井上明彦弁護士は「こんな不合理な判決を出す裁判所がある限り、被告は争うことができない。

事実を争っただけで反省の気持ちがないと断じられ、死刑になってしまう」と涙ぐんだ。」


(中国新聞'08/4/23「弁護団「極めて不当」   新供述不認定   激しく抗議」)


http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-1066.html

ww

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2008/05/19 01:28 投稿番号: [15700 / 17759]
>父親が頼んだ私選弁護人

  関係ありませんね。
  被告本人が尋問された際に、被告自ら主張出来るのですから。

>父親は被害者遺族からの告訴も受けており、

  へぇ〜、被害者家族が父親に刑事責任がある可能性を提示して告訴したんですか?

  被害者家族から損害賠償請求の訴えの提起が行われ、
  法定代理人親権者としての参加したのではないんですかぁ〜。

>それ以前に出会った教誨師には同じようなことを話している。

  全く意味がありません。
  重要なのは、刑事訴訟に於いて主張したか否かですから。

>何度も自殺したいと思った。

  内心は表示されない限りわかりませんからねぇ〜。

>死にきれなかったけど。

  死んでいないということが表れている事実ですからねぇ〜。

>僕がやったことは少年事件なのに、少年として扱われていない。

  18歳以上20未満として扱われていますな。

>僕は人間の道を外れたことをしでかしたから、
>人間として扱ってもらえないことも仕方ないけど

  人間として扱われていますな。
  人間でなければ、刑事訴訟の対象となることなく、既に殺処分されているかもね。

確かでしょう?

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2008/05/19 00:46 投稿番号: [15699 / 17759]
  「国等にも重大な問題があるか否か」が争われた事実があり、
  且つ、判決もしくは、和解により「国等にも重大な問題があった」と確定したとでも?

>(事実を認めていない)ことは

投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2008/05/19 00:43 投稿番号: [15698 / 17759]
  判決文に対する反論をするのであれば、刑事訴訟中に於いて用いられた資料を提示してくださいね。

光市事件・・父親が依頼した弁護人

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/05/19 00:31 投稿番号: [15697 / 17759]
★・・それから今回の判決文の中には、

旧2審の弁護人が国選弁護人になって(00年)から、最高裁での弁論の期日(06年3月)が指定されるまでの間に296回もの接見をしている。


旧2審の弁護人がそれほどの回数の接見を被告人と重ねて、さらに「親代わり」として、衣服や現金の差し入れを行っている。

そんな立場の人になぜ、「新供述」を話せなかったのかが不自然だという。



そもそもまず、【彼の一審の弁護人は家庭内暴力を受けた父親が頼んだ私選弁護人でありました。】


父親は被害者遺族からの告訴も受けており、

【事実関係を争わず、なるべく早く裁判を終わらせるように当時の弁護人に要請していました。】



彼の弁護人ではなく、父親の方の弁護人であったといえるでしょう。


2審の弁護人は、絶縁状態となっていた父親の親代わりのような存在であったことは本人も法廷で確かに述べています。



しかし、この「親代わり」というところがポイントです。


弁護人ではなかった。当時の弁護人は幼い彼に事実関係を聞くのは困難と思っていた。


【また2審のときの裁判の争点は彼が友人に出した手紙の内容がほとんどであり、事件の実行行為や動機に関する事実関係を彼に接見で聞く必要もほとんどない。】


敬虔なキリスト教徒である元少年に対して、接見では一緒に賛美歌を歌ったりしたという。


父親が子供の様子を見る、顔を見るような感覚での接見だったと思われます。


したがってそれぞれの接見時間が極めて短い(弁護人接見の時間は基本的に無制限にもかかわらず)。



そして彼は最高裁の弁論が始まる06年2月、新しい弁護人と出会う。


彼が「新供述」を話す経緯は先週の「AERA」『現代の肖像」に書いたのでそちらを読んでほしい(私の原稿料に加算されるわけではないので、まあ買ってください)。http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=9366


【「新供述」は弁護人には初めて話すことであっても、それ以前に出会った教誨師には同じようなことを話している。】


これも重要なポイントです。

事件直後の鑑別所の調査・記録などにも、「新供述」と同じような表現が出てくる。



果たして「旧供述」と「新供述」はまったく別のものなのか?



我々が普段経験するような会社の上司・同僚関係、家の中の家族関係、友人関係を考えてみても、たくさん会っているから、いつも会っているから何でも告白・相談するのであろうか。

・・親や家族だから逆に話せない、いつも会っている同僚や友人だから逆に話せないことだって数多い。家庭内暴力や学校・職場でのいじめなどはまさにそうではないか。



人間はそう簡単に何でも話すことはできない。話すことができる環境や相手とは、それまでの時間・間柄・関係では決まらないこともある。


ましてや彼は2人の人間を殺害しているわけである。どうやって人間を殺害したのか、そのときどんなことを考えていたのかを思い出すこと自体が苦しい。


それは今でも同じで、「思い出したくない事実」である。その苦しいことに対して、彼に一つ一つを聞き出す人がいなかった、そして彼が一つ一つ話すことができる相手がそれまでいなかったとしても不思議ではない。・・



2008-05-02 02:47
 
ネット上で記者会見

【共同通信から全国の加盟新聞社に配信】2008年04月23日
緊急識者評論「母子殺害死刑判決」(下)


大人の側の責任放棄    「術」を与えず、探さず  

フリージャーナリスト・綿井健陽  



  「何度も自殺したいと思った。死にきれなかったけど。僕がやったことは少年事件なのに、少年として扱われていない。


また、大人なのかというと、大人としても扱われていない。僕は人間の道を外れたことをしでかしたから、人間として扱ってもらえないことも仕方ないけど」


  「光市母子殺害事件」で死刑判決を受けた「事件当時十八歳の元少年」は今年三月一日、拘置所での接見に訪れた弁護人に対してこう答えた。(本文冒頭より)

http://watai.blog.so-net.ne.jp/

Re: >国にとってはこのような人間は疎まし

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/05/18 23:13 投稿番号: [15696 / 17759]
>危害を加えられたことを理由に落ち度のない者を害することを正当化しようとする態度が問題視されるのは当然である。



しかし、国等にも重大な問題があることは確かでしょう。


彼を処刑だけすれば済む問題ではない。
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