死刑の現場とは
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/07/30 00:08 投稿番号: [15733 / 17759]
★死刑廃止問題を論じてきたが、実際に手を下すのは死刑執行人(刑務官)だ。私達は「死刑はやむを得ない」といっておけば、それだけでなんだか正義が実現されたような気にもなり、場合によっては仇討ちを助けたかのような安心感を得るかも知れない。
しかし、死刑が執行された場合、最初の犯罪も残酷なら、死刑という次の死も残酷だということはないのだろうか。
死によって得られるものが本当にあるのか。実際に死刑を執行する刑務官はどう思っているのか。
「死刑執行人の苦悩」(大塚公子:創出版)は衝撃的な本だった。
・・
◆ 死刑執行とは
・・死刑囚は地下室の床から30センチくらいのところで宙吊りになってぐるぐると回転する。大小便を失禁し振りまかれるのを防ぐために、地下にいる刑務官は死刑囚を抱きとめる。
死刑囚は窒息から来る激しいけいれんをおこし、両手両足がばらばらに動く。吸うことのかなわなくなった空気を求めるように胸部が激しくふくれ、またしぼむ。
やがて頭をがくっと折り、眼球が飛び出し、鼻血が噴き出すこともある。
心臓停止まで14分半ほど。決して即死ではない。
通常午前10時に執行が行われ、執行した刑務官はその日は終わり。手当を6000円ほど(1970年頃)もらい、風呂で汚れをおとして帰る。
・・
◆ 刑務官にとって
初めての死刑執行のあと、ある刑務官は自転車のハンドルを握ろうと思ってもそれがさっき死刑囚にかけたロープのような気がして自転車にも乗れなかったという。
ではやがて慣れるのか?それがそうではないらしい。
何度やっても何度やってもその分だけ自分の人生にのしかかって来るという。
初めてやったときに思ったことは「もう自分の人生はない」。そして、何度もやってそれを振り返っていう。
「死刑のおかげで、誇りなど探しても見つからない、汚れた人生になりました」。
自分に元気な子供が生まれたことを聞いたある刑務官は大声を上げて泣く。
「こんな仕事をしているんだからまともな子を授かるわけがない。どんな子供が生まれても自分の因果だから仕方がない、しかし子供に何かあったら、子供には何の責任もないのに申し訳ない」という気持ちになったという。
冷静に考えればたたりなんてあるわけがない。しかし多くの刑務官がそういう思いに苦しめられる。
またある刑務官は、夜、何度も目を覚ます。
夢枕に死刑囚が立つこともある。家族もいつもお父さんを心配する。何故こんな人生を送らなければならないのか。
刑務官がそう感じるのは、一体なぜか、それは死刑囚を知るとわかる、と著者の大塚さんはいう。
◆ 死刑囚の姿
どの死刑囚も生い立った境遇を思うとかわいそうで身につまされずにいられない。根っからの悪人はいないと本当に考えるのは刑務官たちである。
・・
あるとき雪の中を来てくれた住職にある死刑囚は、「俺の為に、俺みたいなやつのために、先生、来てくれたのか」と涙をあふれさせた。住職が「おまえのために来たんじゃない。
私はおまえに会いたくて私のほうから来たんだよ」というと、「おれ、こんなに親切にされたのは生まれて初めてだよ」、とその死刑囚はいつまでもいつまでも泣きつづけたという。
彼はそれからというもの、住職の薦めでひたすら魂を磨くことに専念し、仏画も覚えて、最後には住職に「私にも及びがつかないほどの高みに上がった」と言わしめ、「お迎え」が来たときは手錠の両手を合唱し、「極楽への道案内に感謝いたします」と死んでいったという。・・
◆ 拘置所長
・・
彼にとっては、死刑囚は宗教に帰依し、苦悩から解放され永遠を目指す境地に至った及びもつかない崇高な境地に至った人間が多く、「こんないいやつをどうして生かしていてはいけないんだといつも悩みました。苦しかったですよ」。
・・
彼は死刑について「人間としてこんなに恥ずかしい制度はないと思う」という。
・・
【死刑廃止演説で名高いフランスの法務大臣ロベール=バダンデールの演説の最後の言葉が、いまずしりと心に響く。
明日、みなさんのおかげで、夜明け方のフランスの刑務所の黒い天蓋の下で人目をしのんでこっそり執行される、私たちの共通の恥である死刑が無くなるのです。明日、私たちの司法の血塗られたページがめくられるのです。】
http://luxemburg.exblog.jp/4219915
しかし、死刑が執行された場合、最初の犯罪も残酷なら、死刑という次の死も残酷だということはないのだろうか。
死によって得られるものが本当にあるのか。実際に死刑を執行する刑務官はどう思っているのか。
「死刑執行人の苦悩」(大塚公子:創出版)は衝撃的な本だった。
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◆ 死刑執行とは
・・死刑囚は地下室の床から30センチくらいのところで宙吊りになってぐるぐると回転する。大小便を失禁し振りまかれるのを防ぐために、地下にいる刑務官は死刑囚を抱きとめる。
死刑囚は窒息から来る激しいけいれんをおこし、両手両足がばらばらに動く。吸うことのかなわなくなった空気を求めるように胸部が激しくふくれ、またしぼむ。
やがて頭をがくっと折り、眼球が飛び出し、鼻血が噴き出すこともある。
心臓停止まで14分半ほど。決して即死ではない。
通常午前10時に執行が行われ、執行した刑務官はその日は終わり。手当を6000円ほど(1970年頃)もらい、風呂で汚れをおとして帰る。
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◆ 刑務官にとって
初めての死刑執行のあと、ある刑務官は自転車のハンドルを握ろうと思ってもそれがさっき死刑囚にかけたロープのような気がして自転車にも乗れなかったという。
ではやがて慣れるのか?それがそうではないらしい。
何度やっても何度やってもその分だけ自分の人生にのしかかって来るという。
初めてやったときに思ったことは「もう自分の人生はない」。そして、何度もやってそれを振り返っていう。
「死刑のおかげで、誇りなど探しても見つからない、汚れた人生になりました」。
自分に元気な子供が生まれたことを聞いたある刑務官は大声を上げて泣く。
「こんな仕事をしているんだからまともな子を授かるわけがない。どんな子供が生まれても自分の因果だから仕方がない、しかし子供に何かあったら、子供には何の責任もないのに申し訳ない」という気持ちになったという。
冷静に考えればたたりなんてあるわけがない。しかし多くの刑務官がそういう思いに苦しめられる。
またある刑務官は、夜、何度も目を覚ます。
夢枕に死刑囚が立つこともある。家族もいつもお父さんを心配する。何故こんな人生を送らなければならないのか。
刑務官がそう感じるのは、一体なぜか、それは死刑囚を知るとわかる、と著者の大塚さんはいう。
◆ 死刑囚の姿
どの死刑囚も生い立った境遇を思うとかわいそうで身につまされずにいられない。根っからの悪人はいないと本当に考えるのは刑務官たちである。
・・
あるとき雪の中を来てくれた住職にある死刑囚は、「俺の為に、俺みたいなやつのために、先生、来てくれたのか」と涙をあふれさせた。住職が「おまえのために来たんじゃない。
私はおまえに会いたくて私のほうから来たんだよ」というと、「おれ、こんなに親切にされたのは生まれて初めてだよ」、とその死刑囚はいつまでもいつまでも泣きつづけたという。
彼はそれからというもの、住職の薦めでひたすら魂を磨くことに専念し、仏画も覚えて、最後には住職に「私にも及びがつかないほどの高みに上がった」と言わしめ、「お迎え」が来たときは手錠の両手を合唱し、「極楽への道案内に感謝いたします」と死んでいったという。・・
◆ 拘置所長
・・
彼にとっては、死刑囚は宗教に帰依し、苦悩から解放され永遠を目指す境地に至った及びもつかない崇高な境地に至った人間が多く、「こんないいやつをどうして生かしていてはいけないんだといつも悩みました。苦しかったですよ」。
・・
彼は死刑について「人間としてこんなに恥ずかしい制度はないと思う」という。
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【死刑廃止演説で名高いフランスの法務大臣ロベール=バダンデールの演説の最後の言葉が、いまずしりと心に響く。
明日、みなさんのおかげで、夜明け方のフランスの刑務所の黒い天蓋の下で人目をしのんでこっそり執行される、私たちの共通の恥である死刑が無くなるのです。明日、私たちの司法の血塗られたページがめくられるのです。】
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