“平和ボケ”のお部屋

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人権擁護法案今週山場凸協力乞

投稿者: greentea2003h15 投稿日時: 2005/07/14 07:13 投稿番号: [11040 / 17759]
(コピペです).

古賀の裏工作からも見てとれるように
通常審議のリミットとなる今週は
また山場となりそうです。
何度目かの山場となりますが、
今回も凸にご協力を。半島批判を
人権侵害などといわれる世の中だけは
ごめんこうむりたい。

ターゲットは総務会だ!!

【総務会】
(会長代理)
笹川   堯 議員   info@e-sasagawa.com    03-3508-7526    03-3502-8865
(副会長)
尾身   幸次議員info@omi.or.jp03-3508-705603-3508-3856
高村   正彦議員03-3508-711303-3502-5044
中馬   弘毅議員chuma-koki@k8.dion.ne.jp03-3508-710003-3593-7126
野田   毅議員g03476@shugiin.go.jp03-3508-741503-3501-7538
萩山   教厳議員03-3508-727803-3593-7103
増田   敏男議員03-3508-7256
真鍋   賢二議員k_manabe@d2.dion.ne.jp03-3508-871603-3502-7107
魚住   汎英議員hirohide_uozumi@sangiin.go.jp   03-3508-820103-5512-2201
石崎   岳議員ishi@gakunet.com03-3508-7207
石原   伸晃議員nobuteru@nobuteru.or.jp03-3508-7904
小里   貞利議員sadatoshi@ozato.info03-3508-7247
小野   晋也議員YIU08528@nifty.com03-3508-704303-3506-8782
亀井   静香議員info@kamei-shizuka.net03-3508-7145
亀井   善之議員info@y-kamei.com03-3508-761103-3502-5263
竹本   直一議員g02707@shugiin.go.jp03-3508-744903-3597-2804
津島   雄二議員info@tsushimaweb.jp03-3508-790903-3502-8870
中山   太郎議員ootn-nn@mbe.sphere.ne.jp03-3508-724603-3580-0066
永岡   洋治議員n-yoji@pp.iij4u.or.jp03-3508-727403-3508-3724
藤井   孝男議員g03902@shugiin.go.jp03-3508-708503-3508-8585
保利   耕輔議員g04060@shugiin.go.jp03-3508-731103-5251-7130
三ツ林   隆志議員ss9t-mtby@asahi-net.or.jp03-3508-701903-3504-3026
村井   仁議員muraizin@post.gr.jp03-3508-790803-3502-5191
保岡   興治議員g04640@shugiin.go.jp03-3508-741103-3506-8728
市川   一朗議員ichiro_ichikawa@sangiin.go.jp03-3508-830803-5512-2308
小野   清子議員kiyoko_ono1@sangiin.go.jp03-3508-833003-5512-2330
陣内   孝雄議員takao_jinnouchi@sangiin.go.jp03-3508-863803-3593-9536
田村   公平議員kohei_tamura@sangiin.go.jp03-3508-834003-5512-2340
西田   吉宏議員yoshihiro_nishida@sangiin.go.jp03-3508-8512
松村   龍二議員info@ryuji-m.net03-3508-8304

投稿者: shamisengai
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019565&tid=4z9q&sid=552019565&mid=14314

Re >国際盲従

投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/07/14 04:58 投稿番号: [11039 / 17759]
>当時の中共の要人、周恩来なんぞに会って
握手すると
大概の日本人わイチコロぢゃったな。
陸士出の右翼まで「眼がピカッと光って
ただものでわない」なんぞと言ふ始末よ。
__________________________________

目がピカッと光ったぐらいで「ただものではない」とびびってしまうとは、陸士出の右翼って、そんな程度のなさけないやつなのですかな。

昭和天皇が非常に権力を振るったと、一部に言い伝えられているのは、お説のような、事情があったためですな。

どうしよう・・・

投稿者: kamikazetokkoutai1969 投稿日時: 2005/07/13 22:55 投稿番号: [11038 / 17759]
http://sky-moon.info/kuma_blog_20050422/
http://sky-moon.info/kuma_blog_20050424/

>天皇の権力

投稿者: yoursong319 投稿日時: 2005/07/13 21:08 投稿番号: [11037 / 17759]
明治の末期から大正、昭和に至る日本国上層部の
いろんな動きをもっと知りたいと思ってました。
二谷さん、ウンホーさん、木爺さまのやりとりを見てると、
ひさしぶりに「掲示板ていいなあ!」って思います。
勉強になります、ありがとう〜☆

>国際盲従

投稿者: Ryojin_boku 投稿日時: 2005/07/13 20:59 投稿番号: [11036 / 17759]
なんで中共シンパになんぞなるのだと
今の時代の人わ思ふだろおが、
当時の中共の要人、周恩来なんぞに会って
握手すると
大概の日本人わイチコロぢゃったな。
陸士出の右翼まで「眼がピカッと光って
ただものでわない」なんぞと言ふ始末よ。
そりわ、ただものでわないわさ。

同様の現象わ昭和天皇についても
あったな。
信じられないぢゃろおが、
彼が威を発するとすごいらしいぞ。
ワシャ現場をみちょらんがね。
ふむ

ワシわ近頃、大使館にも呼ばれぬし
大事にされぬので媚中派おやめようかと思ったりせる。

ふむ

捻じれた関係

投稿者: nita2 投稿日時: 2005/07/13 19:38 投稿番号: [11035 / 17759]
>明治憲法では、国を統治し、神聖にして侵すべからざるものは「天皇の名」であって、天皇の地位にある人物は、
>でくの坊であるべきなのである。

仰る通りで、天皇は国体護持のご本尊のようなもので、為政者と考えられてはいなかったようですね。
天皇は参拝し敬意を払うものだけど、国の大儀は政府や軍が行う実務だからご本尊の口出しは許さないってところでしょう。
だから、逆鱗に触れれば「お天道様に顔向け出来ない」って宗教的な反応は示しますが、それにより政策が変更されることはついぞなかった。
そこら辺の捻じれた関係について分かりやすい投稿がありますので、下記に引用します。

「forever_omegatribeさんの投稿↓から一部誤植を訂正し孫引き引用」

『   陸軍大臣からは、陛下の思っておいでになった通り、武力行使の問題を奏上して御許しを願ったので、陛下から「関係大臣との連絡はどうか」御下問になったところ、陸軍大臣は、「外務大臣も海軍大臣も賛成致しました」と奉答した。陛下の方でも、外務大臣も海軍大臣も・・・武力行使には絶対反対だということを既に御承知であったところへもってきて、陸軍大臣が「両大臣とも賛成でございます」と申し上げたので、陛下は、これはまた自分を騙すのかと思し召されたらしく、多少御興奮の面持ちで、「元来陸軍のやり方はけしからん。満州事変の柳条湖の場合といい、今回の事件の最初の盧溝橋のやり方といい、中央の命令には全く服しないで、ただ出先の独断で、朕の軍隊としてはあるまじき卑劣な方法を用いるような事もしばしばある。まことにけしからん話である。このたびそのようなことがあってはならん」ということえおたしなめられた。そうして陸軍大臣に向かって「今後、朕の命令なくしては一兵だも動かすことはならん」と非常に語気強く仰せられたので、陸軍大臣は恐懼惜く所も知らず退出した。
  陸軍大臣は帰って来て、「自分はとても再び陛下のお顔を見上げることはできない。ぜひ辞めたい」というようなことを言っていた。参謀総長宮も「陸軍の長老としてこれでは陛下に対して輔弼の責を任じえない。ぜひ辞めたい」ということをお申出になった。

『西園寺公と政局』7巻50〜52頁

(井上清著「天皇の戦争責任」69〜70頁)』

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835563&tid=a1xbdwc0ad9qbaddc0ohhka1dna1ya4rbcua 41bbdfa4aa4ha4a6&sid=1835563&mid=6502

ちなみに、井上清さんは日共と対立し国際盲従と謗られ、やがては文革賛美者として集中砲火を浴びながらも一貫して中共擁護の姿勢を崩さず、中国社会科学院名誉博士、北京大学名誉教授にまで登りつめた人でした。
爺さんなんかの甘栗左翼の星だったらしいです。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835368&tid=cf9qa4rc053na4kmfd2ra47a4dea47a4ga4a 6&sid=1835368&mid=14309

本当にすみません。

投稿者: kotori730 投稿日時: 2005/07/13 16:06 投稿番号: [11034 / 17759]
>今日の障害者の件についてもそうですけど、ら致被害者の問題にしても、「国民を蔑ろにして愚弄するのもいい加減にしろ!!」とか言いたいですね?


拉致問題はほとんど手詰まり・・・・ですね。どういう解決があるのかと思うと私はもう何にも言えなくなってしまいます。

オリンピックはオリンピックでしか(私が)見ないような競技もあってそれはそれで楽しいのですが   バカみたいにお金を使ってつかの間、世界の平和みたいな絵空事を大勢で錯覚する時間?みたいな思いからも逃れられません。オリンピック招致の為だけにかけられるお金もすごいものですね。オリンピックが開催できる国なんて限られているわけですよね。


>国立だか国分寺だかのお店まで見に行けば会えるのかと真剣に考えたほどです。別にファンとかじゃないけど、有名人を見てみたいという、私のミーハーさの所以なのですが・・・(^_^;)


百恵さんって言えば「国立」ですよね?何かのお店をやってらっしゃるんですか?
ミーハーと言えば   うちの子の通う学校にも有名人のご父兄が何人かいらっしゃるのですが   その一人に昔   アイドルだった方がいらして   運動会の時   わざわざ夫は近くまで見に行ってがっかりして戻ってきました。あささんも思い出の中にしまっておいたほうがいいのかも?

西尾氏

投稿者: kotori730 投稿日時: 2005/07/13 15:27 投稿番号: [11033 / 17759]
私はすかさず、「日清戦争から110年も経て私は歴史を善悪正邪にとらわれずに見るなら、日露戦争で日本が中国の領土をロシアから保全したことは紛れもない。つづく戦争で日本はイギリス、フランス、オランダをアジアから追い払ったので、おかげで中国の領土はロシアとイギリスによって南北に分割されないですんだのだ。」と語った。

中略

「敗けると分かっている不合理な開戦を批判した人は戦後ごまんといるわけですが、合理不合理を言うなら、いいですか、日露戦争だって戦えなかったはずです」と言った。この語も削られている。これは大切な私の発語で、削ってほしくはなかった。


http://nitiroku-nishio.jp/blog/


つまり歴史は勝者の理屈で作られるって事でしょ。日露戦争では勝って第二次世界大戦では負けたって事よ。

あ〜〜〜ビックリした・・。

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2005/07/13 00:46 投稿番号: [11032 / 17759]
もう小鳥さんに私の弱み握られたかと思いました(^_^;)

>同窓なのは清志郎と友和だったのね。

そうです、最近スーツ会社「青山?」の宣伝に出ているあの人です。
ある人に聴いたんですが、その「彼らの」高校の美術の先生は、先生としても、非常に人格者でその界隈では非常に有名な方だったそうです。


しかし、「百恵ちゃん」をご覧になったなんてうらやましいというか、凄いです!!

私なんか、国立だか国分寺だかのお店まで見に行けば会えるのかと真剣に考えたほどです。別にファンとかじゃないけど、有名人を見てみたいという、私のミーハーさの所以なのですが・・・(^_^;)


>野球はベストのメンバーが出ていないのとドーピングが理由らしいですよ。

それが最大のようですねえ?
あと、サッカーや、ゴルフ界もそうらしいですが、試合のある時期のプロの出場の開催は、非常に難しくて、必ずしもオリンピックで世界のNO,1の試合が展開されるわけではないという、オリンピックのプライドというか、悔しさみたいなものもあるそうですね?


しかし、聴いた話で以前書きましたが、アメリカのドーピング問題は、近年徐々に改善されつつあるようで、その時には、バスケットのドリームチームのように最強メンバー出場になるという話でしたが、しかし、最近の最強メンバーが、アメリカ国籍のある選手達で作られて、皆が納得するのかどうかは、ちょっと疑問ですよね?


>矯正にしても学費にしても外国人にも適用されるってすごいですね。

今日の障害者の件についてもそうですけど、ら致被害者の問題にしても、「国民を蔑ろにして愚弄するのもいい加減にしろ!!」とか言いたいですね?

明治憲法における天皇の権力

投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/07/13 00:14 投稿番号: [11031 / 17759]
わしは台湾人であって、二次大戦前は日本の法律によれば、日本の国籍を持つ者であった。そして日本以外の国の国籍は確かに持っていなかった。それだから明治憲法は一応読んだ。伊藤博文著「憲法義解」によって読んだのだから、伊藤博文の「義解」の部分も読んだ。

それを読んで受けた印象は、憲法本文や伊藤博文の義解は、天皇の尊厳を傷つけないように、非常に巧妙に言いまわしているが、実際は天皇の地位に在る人物には何の権限も与えていないということである。

明治憲法の第一条に「日本国は天皇が統治する」という意味のことが書いてあるけれども、それ以後の各条項を読めば、実際は「日本国は天皇の名において統治される」のであることがわかる。

このトピにおけるlatter-autumn殿のメッセージ11006、11007、11008では、昭和天皇は非常に大きな権力を一身に集めた人物だと主張しているが、昭和天皇が国務大臣を罷免した例があったのだろうか。ないんじゃないかな。総理大臣が国務大臣にしようとして選んだ人物を、不適当として反対した例なら、たしかに一つはある。「東條総理が××大臣として選んだ人物は、不適当と思ったから、その理由をを東條に話したところ、東條は聞き入れて、別の人をえらんだ」と晩年の天皇が語っている。緊急勅令は、天皇の名において発せられるが、次の議会で承認されなければ、政府はその勅令を廃止すべしという条項がついている。また勅令を以て法律を変更するを得ずという条項もある。

2.26で事件を起こした少壮軍人を、天皇が逮捕せよと命じたのは、そのとき総理大臣が襲われて死亡したことになっていて、国の方針を決定する権限のある人物がいなかったからである。このときに天皇が引っ込んでいたら、無責任である。そして彼らを逮捕せよという天皇の命令は、国の法治体制を維持する上からは、正しい命令であった。事件を起こした少壮軍人たちは、すでに殺人犯になったのである。彼らを逮捕して審判しなければ、殺人犯免罪の前例ができてしまう。

少壮軍人の思惑(わしの投稿10876)を見ると、彼らは天皇の地位にあった人物をでくの坊としか思っていない。じつはそれが明治の真義なのである。明治憲法では、国を統治し、神聖にして侵すべからざるものは「天皇の名」であって、天皇の地位にある人物は、でくの坊であるべきなのである。

戦後の日本憲法は、台湾人には関係がないから、わしは読んだことがない。

統帥権

投稿者: nita2 投稿日時: 2005/07/12 19:15 投稿番号: [11030 / 17759]
掻い摘んで、戦争に至るシステムの元凶とされる統帥権の成立について私の見解述べさせていた

だきます。

まずは、維新の後、征韓論を巡って最終的には明治10年の西南戦争に至る、内乱やテロが活発

化します。

この取り締まりに大久保は軍、警察、裁判をもってあたったので、薩摩閥がこれらを動かす権利

を掌握してしまいました。

これに対して、長州閥は陸軍参謀局を設置して山形が局長となり、陸軍の軍令部門を掌握し対抗

します。

その後、薩摩は西南戦争で勢力を弱め、政権も陸軍も徐々に長州閥に掌握されていきます。

そして明治14年、国会の開設を決めるのですが、これを受けて土佐の板垣退助が自由党を結成

します。

自由党は主権在民を唱え、たちまち全国に広がり、一大勢力となり、また各地で急進派が事件を

起こし官憲と衝突します。ここに薩長閥対政党の対立図式が生まれた訳です。

そんな状況の中、長州閥の権力を維持するために常に軍権掌握の中枢である陸軍参謀局は掌握し

ておく必要が生じましたので、天皇の直下におき、政府、議会から不可侵のものとした訳です。

そして、明治22年の憲法には統帥権が盛り込まれます。

さて、時を経て薩長閥が支配する軍部も陸士出身の新世代が中心世代になっていくと当然の如く

薩長閥からの権力奪取に向かいます。

そして結成されたのが、二葉会、一夕会、桜会などの新世代のグループです。

彼らに足りなかったものは武勲だけでしたから満州事変でそれを得ると軍内部の権力はおのずと

彼らに移っていきます。

そして、2.26事件で軍の内部抗争が一掃されると政権掌握に向かいました。

立ちはだかるのは、大正デモクラシーを演出した明治最後の元勲、西園寺公望です。

西園寺は満州事変の時点では既に軍の軍の新世代に抗しようが無いことを認識しており、天皇の

満州事変追求を諌めた人でもありますが、近衛をたて一応は軍の全権掌握に対抗します。

その西園寺も昭和15年11月に亡くなり、軍の暴走を諌められる者もいなくなります。

≫ 『法』は基準であって『正義』ではない

投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2005/07/12 17:47 投稿番号: [11029 / 17759]
>法が正義と関係なくなってしまうと、いかめしい顔をして座っている、
>裁判官や判事や検察官や弁護士は、困るのでは?
>彼らの権威が失われると思うけれど…?

  『法』という『基準』に基づき、
  『公正/公平/正当』な判決をくだす事が彼らの正義でしょ♪

  『公正/公平/正当』が『正義』ではあっても、

  『正義』は『公正/公平/正当』とは限らない。

≫立証や反証できる奴の思考には欠陥

投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2005/07/12 17:35 投稿番号: [11028 / 17759]
>最高位に置くべきものは、「理」ではなく「愛」だと思ってるのよね♪

  最高位は『真理』だよ♪

>「神は愛なり」という教えの方が「好き」なのですよ。

  『法則(一定の条件のもとで、必ず成立する事物相互の関係)』が『神』ですよ♪

  法則に背こうとするものに『強制力』をもって『修正』しようとする。

>「理」は「愛」に仕えなければいかんのだよ。
>(アホだと思っている? 笑   まぁ、そうかもしれないな)

  『愛』とは、『利他主義』に基づいた意志だよ♪

  『理』は、『利己』も『利他』も含む。

あささん、ごめん

投稿者: kotori730 投稿日時: 2005/07/12 17:25 投稿番号: [11027 / 17759]
私の早トチリでしたね・・・・同窓なのは清志郎と友和だったのね。

テレビの話

投稿者: kotori730 投稿日時: 2005/07/12 16:51 投稿番号: [11026 / 17759]
初めてあの西尾幹二氏を見た。ぜった〜い人の話はきかないオヤジ、時々いるね?そんな感じの人だった。こんな人の作る教科書はうちの子供には遠慮申し上げたい・・・・と思った。

ついでに国会で注目(?)された城内実氏も見た。隣にいた好きではない、はっきり言えば大嫌いな山本一太がマトモに見えたよ・・・初めて!安倍さんの子分なんだから仕方ないか・・・・。

あささんの秘密?

投稿者: kotori730 投稿日時: 2005/07/12 16:36 投稿番号: [11025 / 17759]
>前々から北京以降の野球の存在が危ういようなことが言われていたようですけど、もし、予算の関係だとすれば残念ですよね?


野球はベストのメンバーが出ていないのとドーピングが理由らしいですよ。


あささんの高校わかりました〜。夫婦でCMに出れば1億、ぐらいのオファーは何度もあったと思うけど出ないからすごいですよね・・・・・芸能人の方は引退してもいろいろ事情がおありのようでカムバックなさる方が多いけど   彼女は賢い、そしてご主人も。引退が決まった頃だったかな・・・東プリのホリプロのパーティかなんかでお目にかかったことがあります(一方的に)   テレビで見るより小柄ででもすごいオーラがありました。たぶん一番お綺麗だった時ですね。


そうそう矯正の話ですけどドイツは保険で全額カバーされるそうです。友人はドイツにいるあいだにやっちゃえって感じで子供の歯列矯正を始めましたね。ドイツの経済は大変らしいけど矯正にしても学費にしても外国人にも適用されるってすごいですね。

>一部の政治家などに戦争責任を転嫁

投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2005/07/12 16:25 投稿番号: [11024 / 17759]
  一部の政治家などに戦争責任を転嫁し、一般国民の責任を回避した上で、

  押しつけたはずの政治家などの責任をも否定し、

  『全く責任は無い』という方向に持っていきたいだけかと。

≫≫何を根拠にアメリカの対外政策を批判

投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2005/07/12 16:18 投稿番号: [11023 / 17759]
>国連憲章の第2条に違反するで十分では?

  第2条に『民主』が関係していますか?

  加盟国の主権平等の原則は、君主主権の加盟国に対しても平等ですが♪

>侵略の定義

  これも、『民主』というよりは、

  『自由の定義・権利行使の限界』に基づくものですね♪

≫ 政体がどのようなものであったか関係ないなら、
≫フセイン政権のままで良かったって事じゃん♪

>その通りだよ。


≫イスラム原理主義でも、独裁政権でも、
≫イラク国民自身の選択に任せるんだよね?

>その通り。
>他国の侵略をしたり、著しい人権侵害をしない限り自由だよね。

  ↑って、『主権在民』であれば、
  どのような政体が選ばれても『民主』という私の主張を認めたという事では?

≫≫≫フランス人権宣言

投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2005/07/12 15:47 投稿番号: [11022 / 17759]
>この歴史はたくさんの内容を含んでいることはよく分かる。
>そのことを多少とも知っていれば、
>安易に人に「知らないんだ♪」なんて言えるものだろうかと思ったね。

  『知っているだけ』であれば、
  ちょっとした違いで別のものと認識するから、
  『たくさんの内容』と認識するが、

  『理解している』ならば、
  種分けし、グループごとに認識するから、
  『知っているだけ』の者よりは、『少ない』と認識する。

>93年の憲法がもっとも革命的で、君主を排除し、共和制を謳っているのだと思うが…。

  ジャコバン憲法
  http://www5a.biglobe.ne.jp/~french/event/shi.html#jacobins

  1793年の憲法とも言われる幻の憲法
  1793年6月24日に山岳派の支配する国民公会で可決されたので、山岳派憲法とも言われる。
  人民主権、立法府議員の直接普通選挙、
  法律案に対する人民の異議申立て件などの民主的な規定を持ち、
  基本的人権(平等・自由・安全・所有など)を保証している。
  この憲法は平和の回復まで実施が延期され、テルミドールの反動ののち、
  1795年の憲法が採択されたので、

  【結   局   は   実   施   さ   れ   な   か   っ   た。】

>ルイ16世の処刑と93年憲法の採択と公布までが、
>一瀉千里の過渡期なのだと思う。

  ほれ♪

  http://www5a.biglobe.ne.jp/~french/table/table.html

>シャルル十世は、そうではなかったのではないか?
> この君主は、「王権神授説」の立場をとったようではないか?

  しかし、絶対君主になるだけの力が無く、制限君主に甘んじていますよね?
 
>フランス革命は、すばらしい歴史だけれど、
>だからと言って、なんでもかんでも神聖化する必要もないでしょう。

  神聖化?

  してませんが♪

  異なる国の制度比較よりも、同じ国の制度比較の方が、
  他の要素で違ってくる事が少ないから、より参考となるんですが♪

>反動派のみならず、革命派や民主主義者たちによっても、
>問題な虐殺行為が行なわれている。
>これは覆い隠せぬ歴史的事実だ。
>これらのすべてを「民主主義」の名の元に弁護する必要もないのでは?

  私は最初から、『虐殺行為』と『民主主義』の関係を否定していますが♪

  『虐殺行為』は『人権』と関係があるのであって、
  『民主主義』とは関係ありません♪

>人類のその後の歴史的経験は、民主主義の内容を進歩させてきたのでは?

  民主主義は進歩していませんよ♪

  逆に退化しているかもしれない。

  議員を選ぶのに、
  『地元への利益誘導』などという『特殊意志』に基づくようではねぇ〜♪

>日本人は

投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/07/12 03:40 投稿番号: [11021 / 17759]
こんばんは、ボーグルちゃん。


> なぜドイツ人のように一部の政治家などに戦争責任を転嫁しないのでしょうか?
> 天使のように美しい心を持ってるからでしょうか?


ドイツ人のほうが、頭がいいというだけの話なのでは?

「美しい心」というより、「潔さがない」とか、
「いつまでも妄執にとらわれている」とでも表現すべきでは?

たったこれだけの投稿するのに

投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/07/12 03:35 投稿番号: [11020 / 17759]
ずい分精力を使ってしまった。


ちょっと大事な用事ができたので、


今後もレスは遅くなるだろうし、


十分な対応ができないかもしれないことを、


あらかじめ断っておきます。



これは「逃げ」あるいは「敗北宣言」ではないかととられても、

やむをえないかもしれませんね。

多忙につき、特に反論・弁解はしません。

>社会契約論

投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/07/12 03:30 投稿番号: [11019 / 17759]
ルソーの「社会契約論」までは、すみませんが、力及びません。
(昔、読もうと思って、最初の方で挫折してしまった記憶がある)

ところで、こんな話になった、そもそもの発端に戻るが、
正義と法が関係ないなんて話は、直感的に誤っているという思いは
私は今も変わらないね。

法が正義と関係なくなってしまうと、いかめしい顔をして座っている、
裁判官や判事や検察官や弁護士は、困るのでは?
彼らの権威が失われると思うけれど…?


msg10906
> 『法』は基準であって『正義』ではない♪

↑君の発言。

>立証や反証できる奴の思考には欠陥

投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/07/12 03:28 投稿番号: [11018 / 17759]
>> 『理』とか『客観的評価』といったものを最上とする思考って、
>> どこか欠陥を感じるんだよね。
>
> 『理』、つまり、
> 相手に、『もっともだ♪』と思わせようとする思考に欠陥を感じると?
>
> また、
> 『客観的評価』、つまり、
> 『主観により非合理的要因が設定されている事』を立証し、
> この要因を排除し、合理的要因に置き換えるという思考に欠陥を感じると?
>
> 君の思考に欠陥があるから、
> 『立証』や『反証』に欠陥を感じてるんで内科医♪


君に対して、有効な反論とはならないかもしれないが、
最高位に置くべきものは、「理」ではなく「愛」だと思ってるのよね♪
「神は愛なり」という教えの方が「好き」なのですよ。

「理」は「愛」に仕えなければいかんのだよ。
(アホだと思っている? 笑   まぁ、そうかもしれないな)


ギリシアのこじき学派は、「我々は、理性を持たなければならない、
さもなければ、首吊り縄を持たなければならない」と言ったそうだが、
その言い分は、もっともだと思わないでもないけれど。

ラファエルロの丸い枠の中の「小椅子の聖母子」像のほうが
私の場合、納得するのだよ。

日本人は

投稿者: bogl2002 投稿日時: 2005/07/12 03:22 投稿番号: [11017 / 17759]
なぜドイツ人のように一部の政治家などに戦争責任を転嫁しないのでしょうか?
天使のように美しい心を持ってるからでしょうか?

>≫何を根拠にアメリカの対外政策を批判

投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/07/12 03:21 投稿番号: [11016 / 17759]
>> 「アメリカの対外政策への批判」とは、いろいろあるが、現在は主に、イ
>> ラクへの武力行使と武力による占領への批判のことでしょう。
>
>> だとすると、
>> 我々が、アメリカのイラクに対する武力行使および占領に反対するのは、
>> それが不当な戦争であり、侵略であるからなのだと認識している。
>
>   ぷっ♪
>
>   『不当』『侵略』と認識するに至った根拠が全く示されていない。


国連憲章の第2条に違反するで十分では?
自衛権の行使以外の武力行使では、安保理の承認を得なければならないが、
アメリカは、イラクに対する武力行使に当たって、安保理の承認を得る事は
できなかった。

国連憲章

http://www.issue.net/~sun/doc/charterj.html


侵略の定義

1974年12月14日の国連総会決議3314

http://www1.umn.edu/humanrts/japanese/JGAres3314.html


> 政体がどのようなものであったか関係ないなら、
> フセイン政権のままで良かったって事じゃん♪

その通りだよ。


> イスラム原理主義でも、独裁政権でも、
> イラク国民自身の選択に任せるんだよね?

その通り。他国の侵略をしたり、著しい人権侵害をしない限り自由だよね。

>≫≫フランス人権宣言

投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/07/12 03:19 投稿番号: [11015 / 17759]
フランス革命について、2〜3冊ほど、入門書程度のものに目を通し、ネット
上の親切な解説にも急ぎ目を通したよ。それで思ったことだけれど、「フラン
ス革命以降の推移」を説明できないことに対して、「なんだ♪説明できないん
だ♪」(msg10877)なんて嘲弄されるいわれはないと思ったね。

通史を急ぎ斜め読みしただけだけれど、それでも、この歴史はたくさんの内容
を含んでいることはよく分かる。そのことを多少とも知っていれば、安易に人
に「知らないんだ♪」なんて言えるものだろうかと思ったね。

ようやく1848年の2月革命と6月蜂起までの通史に目を通したところで、パリコ
ミューンには、まだ到っていない。


>> フランス革命初期の状態、すなわち革命が勃発し、
>> “憲法制定国民議会”が人権宣言を採択してから後(1789年8月29日)、
>> “国民公会”が王政の廃止を決議するまで(1792年9月21日)の間の
>> “立憲君主制”と、ナポレオンが皇帝の地位に就いた(1804年12月2日)後
>> の“立憲君主制”とでは、異なるのではないの?
>
> 異なると思うのなら、『どう違うか』を君が述べるべきではないのかね?

91年憲法、93年憲法、95年憲法が、それぞれどう異なるかというのは、実を言
うと、まだよく分からない。手元の資料では、条文までは書かれていないし…。
ただ、93年の憲法がもっとも革命的で、君主を排除し、共和制を謳っているの
だと思うが…。


> 『過渡期』を根拠とするのであれば、
> どの様な状態になれば『完結』した事になるのかを定義していなければなら
> ない。
>
> ビッグバンの完結を『宇宙空間が膨張から縮小へと転じた瞬間』とするなら、
> 現時点の宇宙も、過渡期になる♪

よう知らんけれど、「ビッグバン宇宙論」では、130億年前後の昔に、宇宙が
誕生したと言っている訳だけれど、その130億年の我らが宇宙の歴史のうち、
学者が問題にしているのは、一番最初の1秒間に何が起こったかということだ
とか聞いたのだが…? (2秒後以後のことはそれに比べると、あまり重要で
はないらしい…)

フランス革命における「過渡期」とは、「共和制」が実現するまでと考えてい
いのではないだろうか? ルイ16世の処刑と93年憲法の採択と公布までが、一
瀉千里の過渡期なのだと思う。


>> フランス革命後のフランスは、何度も政治的激動に晒されており、
>> 王政になったり、共和制になったりしている。
>> それにもかかわらず、常に「主権在民」の原則は変わらず、
>> 憲法は大筋において変わらなかった、
>> と君は主張するわけでしょう?
>
>> この点に関して、私は意見を述べることを保留します。
>
>   ぷっ♪
>   重要な部分は保留ですか?

ナポレオン1世は、主権在民を認めていたようだけれど、シャルル十世は、そ
うではなかったのではないか? この君主は、「王権神授説」の立場をとった
ようではないか? 戴冠式は、古式ゆかしく執り行われ、大司教に平伏して王
冠をかぶせてもらっている。ルイ十八世がどうだったのかは、ちょっと分から
ない。ペリー公暗殺以後急速に反動化したようだが…。


> 『民主主義/人権』を理解する上で、
> フランスより参考になる国なんてあるんですかねぇ〜?

フランス革命は、すばらしい歴史だけれど、だからと言って、
なんでもかんでも神聖化する必要もないでしょう。

反動派のみならず、革命派や民主主義者たちによっても、
問題な虐殺行為が行なわれている。これは覆い隠せぬ歴史的事実だ。
これらのすべてを「民主主義」の名の元に弁護する必要もないのでは?

また、人類のその後の歴史的経験は、民主主義の内容を進歩させてきたのでは?

誇張された天皇

投稿者: b598056 投稿日時: 2005/07/11 23:18 投稿番号: [11014 / 17759]
戦時中の連合国側の風刺画で、昭和天皇がヒトラーやムッソリーニと同列に扱われていました。

天皇の持つ軍の統帥権は、近代的な軍隊を作り上げる際にカリスマ性を必要とした山県有朋が取り入れたと聞きました。

「nita2」さんの解説を読む限りでは、政府や軍の決定を承認するだけの存在であったとも受け取れます。

東京裁判の際、(米ソの駆け引きにより)昭和天皇の戦争責任が有耶無耶にされてしまい、当のご本人も亡くなってしまっている以上、裁く機会も永久に失われてしまいました。

今更、模擬裁判などを開くのは、政治的なパフォーマンスでしかないと思います。
(死者を墓から掘り出して辱めるような真似は日本人としてしたくないですし・・・。)

天皇の責任云々よりも、戦争に至るまでの日本の政治・軍などのシステムのほうに問題があったと思います。
(そちらのほうにこそ、歴史研究の価値があるような気がします。)

> 「日本の立憲君主制」

投稿者: nita2 投稿日時: 2005/07/11 21:59 投稿番号: [11013 / 17759]
>議会の立法権は、天皇の統治権に協賛するためのものであり、天皇に協賛しないという可能性は
>初めから排除されていた。
>天皇は、議会を通過した法案を枢密院に却下させることもできたし、議会の立法権と無関係に勅
>令を出すこともできた。

明治期の主権者は天皇だから協賛するのは当然のことでしょう。
国民主権の現在、国民に背く立法が不可能なのと同じことですよ。
枢密院が却下するというのは意味不明です。枢密院は天皇に上奏する立場でしょう?
また、越権はありましたが内閣の施政に対する干渉は禁じられていましたよ。
後、天皇の勅令は議会閉会時の緊急非難措置であり、後に議会が覆すことが出来ました。


>天皇は国務大臣を自由に任免できたし、天皇の意に沿わない者は排除された。
>国務大臣が天皇を拘束したことは全くなかった。

明治期において、国務=薩長閥、議会=政党を区分し、薩長閥が実権を握り続ける為のシステムだったんですよ。
もともと天皇の意に添う為のシステムではないし、常に元老や国務大臣が天皇を拘束していたんです。
さて、張作霖爆殺で煮え切らない田中義一を叱責しても、田中が辞職しただけで結局うやむやで終わりましたよね。
で、その後、田中の辞職は宮中の陰謀だという説が乱れ飛びました。
いかに天皇の干渉が異例なものだったかは、それでも分かると思いますが、天皇はそれに懲りて意見が合わなくても輔弼に従うようにしたと言っています。
事実、近衛は右寄りだからと嫌い、宇垣を指しては「ああいう人は総理になるべきでない」と言ってますが、二人とも総理になってますね。


>軍令を出すのも天皇であり、天皇が承認しなければ軍は何もできない。
>満州事変では、昭和天皇は侵攻作戦をほとんど事後承認して戦火を拡大させ、関東軍の暴走による
>軍紀違反を咎めなかった(2.26事件の軍紀違反に対する姿勢とは全く違っていた)。

陣中の命令も軍令ですから軍令の殆どは天皇の承認を得ずに発令されます。
南京攻撃のような大きな軍令でも天皇には、南京を攻撃することも考慮していますと伝えただけで承認を得ずに発令されています。
2.26事件を見ても天皇の勅命は徹底的に無視されて、無断で軍令が発せられています。
たとえば、香椎は勝手に叛乱部隊に占拠地域の警備を命じ、食料まで提供しています。
つまり、一時的にせよ独断で叛乱部隊を官軍にしているんですよ。
満州事変も同じことで勅命は待機であったのを勝手に侵攻していきましたね。
どちらも統帥権が干犯されたということですし、当時天皇が如何に軽んじられていたかよく分かるでしょう?
でありながら、天皇の事後承認(具体的に何を指すのかは分からない)が戦火を拡大させたというのは無理がありますね。

何れにせよ、軍令は軍政ではないので、交戦法に違反しない限り戦争責任は問えません。
さて、当時の憲法に基づいた天皇の行為は、現在の基準に合わなくても何ら不正なものではありません。
天皇がその制度を用いてどのように戦争に関与し責任を負うべきなのかが問題なんでしょう?

>2.26事件

投稿者: nita2 投稿日時: 2005/07/11 21:56 投稿番号: [11012 / 17759]
>真崎は「参謀会議」など開催できない。

御免、参謀会議じゃなくて軍事参議官会議。

>真崎ら軍事参議官の会議は、省部の決定に有力な影響を及ぼさなかった。

影響も何も荒木と真崎は軍事参議官会議の席上、「陸軍大臣告示」を纏め川島陸相の承認を受けたのです。
ちなみにこの会議は天皇の諮問がないので本来は開けない会議だし、後の告示も天皇に無断で行ったもの。
だから、天皇が何の危機感を持たなかったとは到底、考えられないんですよ。


>かつて本庄の部下で本庄に恩義を感じていた石原莞爾は、叛乱部隊に加担していた
>本庄の娘婿であった山口一太郎を何とか助けようと、表で荒木や真崎らと対決する
>素振りを見せながら裏で工作を行い鎮圧を遅らせた。)

石原には伝説が多いし、それに伴って逆説も多いですね。
だから特に反論はしませんが、一般には香椎に懇願する山口一太郎にかまわず石原が鎮圧を布告させたってことになってますね。
まあ、石原がどうあれ荒木、真崎、川島に対抗して参謀本部が鎮圧に動いたということは否定できないと思います。
で、石原と共に鎮圧の立役者とされる杉山参謀次長も軍事参議官会議に出て当初は荒木、真崎に丸め込まれています。
そんな状況で石原以外の誰が鎮圧に動き成し遂げさせたというのですか?


>「国家社会主義的な革新」は、北一輝ら一部の民間右翼の主張である。
>統制派が民間右翼に警戒的であったのに対して皇道派は民間右翼に親和的であったが、
>荒木や真崎がそのような「革新」の思想的リーダーシップを発揮していた訳ではない。

上層部の思想は違っていたという論旨に対して、上層部も思想を共有していたと言ったのであって誰も思想的なリーダーシップを発揮したとは言ってませんよ。
で、荒木はその思想から国家社会主義的な革新を具現する為政者と目されていたのであって、北一輝も西田税も2.26事件の5年前の十月事件の時点では既に首班として荒木を想定していたんですよ。

>さよう、近衛は皇道派よりであったが、近衛も特に反財閥的な姿勢ではなかった。
>皇道派の上層部と下っ端では、結局同床異夢だったのである。
>2.26事件後の陸軍部内の実権には、皇道派も近衛も全く触れることができなかった。

実権も何も、2.26事件以後、皇道派は荒木、真崎、香椎は予備役編入、小畑は退役といった具合で、事件の最中に寝返った山下奉文は左遷されただけだったけど他はほとんどが追放されたんですよ。
で、2.26事件後、軍権は一時縮小するけれどすぐに盛り返し政権を巡る争いなっていくんですよ。
先ず、寺内、梅津、杉山の新統制派が、広田を辞職に追い込み、宇垣の首班指名を導きますが、石原に潰され実現しません。
で、石原主導で林内閣が成立しますが、今度は梅津により石原派の入閣は阻止されます。
で、その次が近衛内閣で荒木は復権します。また、適いませんでしたが、近衛は2.26事件や血盟団事件などの受刑者に恩赦を与えようともします。
また、近衛は北一輝に傾倒していましたし、三井の団琢磨や井上準之助を暗殺した血盟団と深く係わっていて、出所後の井上日召を自分の別荘に住まわせていました。血盟団も北一輝の日本改造法案大綱をテーゼにしていたグループです。

「希望とは何か」東大がプロジェクト発足

投稿者: yoursong319 投稿日時: 2005/07/11 20:48 投稿番号: [11011 / 17759]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050709-00000406-yom-soci

とくにコメントはありませんが、
まあ、アンケート調査結果だけでない何かを期待しまする。

フランス革命に関する本を

投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/07/11 03:11 投稿番号: [11010 / 17759]
2冊ほど読んだ。

いずれも、教養書に属するもので、それほど難しいものではない。

しかし、これだけで精力を使い果たしてしまった。


つまり、宿題は、先送りです。すみません。


1789年から1815年頃までの通史に一応目を通した。
1830年、1848年、1872年の革命についても目を通す必要があるのだが、
短い時間では、ちょっと無理かもしれないなあ。




久しい以前に「フランス革命期の女たち(上・下)」というのを
読んだ記憶がある。確か、岩波新書だったと思う。

デュ・バリー夫人やシャルロット・コルデやマリー・アントワネットなど
いずれも印象深い人たちだった。
すぐに名前が思い出せないが、女性過激派あるいは革命家もとても
印象的だった。


パリ・コミューンに関する本も何か読んだ記憶があるのだが、
皆忘れてしまった。(悲)




フランス革命が起こった要因の一つに、財政の破綻がある。
ルイ16世と側近たちは、これをなんとか立て直そうとするが、
味方である筈の、貴族が激しい抵抗を示し、王も貴族も墓穴を掘る。

日本も似たところはある。国家財政は、かなりひどい。
建て直しの目処は全然立っていない。

フランスでは、革命が起こったが、日本ではどうなるんだろう?
民族の真価が問われるが、金と鉛の差が出るかもしれないな。



ナポレオンは、スペインを甘く見た。
スペイン民衆の激しい抵抗に遭い、それが、彼の人生のケチのつき始めだった。


小泉は、明らかに、イラクの民衆やアラブ人民を甘く見ている。
アメリカの武力の前に、あっという間に潰されると思っているのだろう。

小泉とナポレオンでは、もちろん比較にならないが…。

アメリカの尻馬に乗って、イラクやアラブの人たちの犠牲のうえに、
甘い汁のおこぼれに授かろうとする浅ましく卑小な姿…。

それが国際政治だって? なんの理念もなく、桁数の少ない算盤をはじくぐらいしか
能のない、四流政治家だというだけのことだと思うけれどね。

彼を知らず己を知らざれば

投稿者: latter_autumn 投稿日時: 2005/07/10 21:12 投稿番号: [11009 / 17759]
>智将山本五十六であったからこそあの時点の開戦を決意したのだろう。

対米開戦を決意したのは、昭和天皇と、海軍では嶋田繁太郎海相と永野修身軍令部総長である。
山本五十六ではない。

真珠湾奇襲作戦を発案したのは、山本であるが。

>そこで、苦肉の策として漸減邀撃作戦を作り出す。
>今日、多くの歴史家がこの作戦をあまりに馬鹿馬鹿しいと批判するが・・・
>他にどんな手立てがあったと言うのだろう。

もちろん「戦争しない」手立てである。

山本や井上成美らは、「アメリカ相手に勝算はない、ゆえに対米開戦すべきでない」と考えていた。
しかし、嶋田や永野は「絶対に勝つとは言えないが、今なら十分勝算はある」と考えていた。
昭和天皇は後者に賛成したが、まさに馬鹿馬鹿しい判断であった。

>米国のやり方も間違っていた
>本来、二方面作戦はやってはならない戦争だ
>欧州でドイツと戦うのならば
>太平洋で戦争をすべきでは無かった。

ドイツはイギリスが片付いていないのにソ連を攻撃したし、日本は中国が片付いていないのにアメリカを攻撃した。
枢軸国の方が、敢えて多正面作戦を仕掛けたのである。
日米開戦後も、先にドイツがアメリカに宣戦したのである。

枢軸国と連合国の国力差を直視すれば、戦う前から勝敗は明らかであった。

日米開戦前夜

投稿者: latter_autumn 投稿日時: 2005/07/10 20:38 投稿番号: [11008 / 17759]
>天皇は軍を抑える精一杯の努力をしていたと思う。
>ABCD包囲網が敷かれ、ハルノートを突きつけられた当時、はっきり開戦
>に反対した中枢メンバーは若槻くらい

ハルノート以前に、1941年11月5日の御前会議で対米開戦は事実上決定していた。
昭和天皇は、既に開戦を承認していたのである。

>天皇は異例の「白紙還元の御諚」で10月に開戦するという9月の御前会議
>の決定を無効にして見直しを求めた。

対米開戦を避けるなら、首脳部人事を刷新して避戦論者を集め、中国とアジアへの侵略を止めてアメリカ等と和解すればよかった。
しかし昭和天皇は、開戦論者を集め、侵略の継続を選択した。

>皇族内閣を主張していた東條は「この御諚がなければ大命を受けなかった」
>と自ら言っているように「白紙還元の御諚」を錦の御旗に軍を諌めること
>が出来ると考えたからこそ首相指名を受け、外交交渉に開戦回避の最後の
>望みを託した

その「外交交渉」とは、要するに
「中国への日本軍の駐兵権を承認させ、日中戦争を日本の勝ちの形で決着させる」
ことであった。
アメリカや中国がこれを呑まない(交渉は絶望的)ことは、ハルノートを待つまでもなく、ほとんど判っていたのである。
昭和天皇は、
「もし皇族(東久邇宮)首相で開戦することになれば、皇族が開戦責任を負う形になってしまうのでよくない」
という責任転嫁・トカゲの尻尾切り的思惑から、東條を首相にしたのである。

>東條と近衛が無能ゆえに第一の戦犯であることは間違いないと思う。
>天皇の間違いは忠臣東條の無能を見抜けなかったこと。

近衛や東條を起用した昭和天皇も、無能であり、本来戦犯に指名されるべきであった。

「日本の立憲君主制」

投稿者: latter_autumn 投稿日時: 2005/07/10 20:34 投稿番号: [11007 / 17759]
>日本の立憲君主制については立法権は議会にあったし、

議会の立法権は、天皇の統治権に協賛するためのものであり、天皇に協賛しないという可能性は初めから排除されていた。
天皇は、議会を通過した法案を枢密院に却下させることもできたし、議会の立法権と無関係に勅令を出すこともできた。

>行政は国務大臣が天皇を輔弼するというのが当時の憲法の規定であり、
>それが天皇をも拘束しているから「立憲君主制」なんですよ。

天皇は国務大臣を自由に任免できたし、天皇の意に沿わない者は排除された。
国務大臣が天皇を拘束したことは全くなかった。

>戦争は軍政であり、国務ですから統帥権の干犯にあたらない。
>そこで、謀略により突発的な武力衝突を演出することで、軍令をもって
>戦線を拡大していったんです。それが軍の暴走なんですが、突発的な武力
>衝突で事前に天皇の裁可を仰ぐことは有り得ませんよね。

軍令を出すのも天皇であり、天皇が承認しなければ軍は何もできない。
満州事変では、昭和天皇は侵攻作戦をほとんど事後承認して戦火を拡大させ、関東軍の暴走による軍紀違反を咎めなかった(2.26事件の軍紀違反に対する姿勢とは全く違っていた)。

一連の侵略戦争を承認し指導した昭和天皇には、最高かつ最も重大な戦争責任がある。

2.26事件

投稿者: latter_autumn 投稿日時: 2005/07/10 20:29 投稿番号: [11006 / 17759]
>首謀者は真崎です。叛乱将校の決起の後は真崎が参謀会議をまとめて荒木
>を担いで維新を回転させる手はずだったってことです。

真崎は「参謀会議」など開催できない。
陸軍省の会議は、川島義之陸相や古庄幹郎次官の所掌。
参謀本部の会議は、閑院宮載仁親王総長や杉山元次長の所掌。
この4人とも襲撃されず無傷だったのから、真崎や荒木の「仕切る」余地はなかった。
(事件当時4人の中で皇道派よりだったのは、川島陸相だけ。)
真崎ら軍事参議官の会議は、省部の決定に有力な影響を及ぼさなかった。

>決起の後、先ず真崎が川島陸相を天皇に差し向けて青年将校の要求を伝え
>ようとしたんですけど適わず、逆に鎮圧を命じられます。荒木、真崎の
>策謀によりその勅命は無視され、叛乱将校を是認するかの陸軍大臣告示が
>出され、皇道派による戒厳令の施行となる。

川島陸相の他、香椎浩平戒厳軍司令官や本庄繁侍従武官長らも叛乱部隊に同情的だった。
(かつて本庄の部下で本庄に恩義を感じていた石原莞爾は、叛乱部隊に加担していた本庄の娘婿であった山口一太郎を何とか助けようと、表で荒木や真崎らと対決する素振りを見せながら裏で工作を行い鎮圧を遅らせた。)

しかし計画が昭和天皇の賛同を得られず失敗したのに、誰も昭和天皇を無理矢理拘束したりすることはできなかった。

>皇道派は荒木の国家社会主義的な革新に賛同した人達の集まりだから必然
>的に反財閥、反腐敗の色合いが濃かった。

「国家社会主義的な革新」は、北一輝ら一部の民間右翼の主張である。
統制派が民間右翼に警戒的であったのに対して皇道派は民間右翼に親和的であったが、荒木や真崎がそのような「革新」の思想的リーダーシップを発揮していた訳ではない。
実際荒木は陸相にまでなったが、反財閥的な姿勢を貫くことはなかった。
(実際、皇国国策基本要綱は採択されずに廃案となったが、荒木は抵抗しなかった。)

>近衛文麿は皇道派ですよ。

さよう、近衛は皇道派よりであったが、近衛も特に反財閥的な姿勢ではなかった。
皇道派の上層部と下っ端では、結局同床異夢だったのである。

2.26事件後の陸軍部内の実権には、皇道派も近衛も全く触れることができなかった。

あはは

投稿者: latter_autumn 投稿日時: 2005/07/10 20:24 投稿番号: [11005 / 17759]
>上級審である最高裁判所の判断は、当該事件について下級審裁判所を拘束
>することはあっても、下級審の判決が他の事件を法律的に拘束することは
>ない

君は「当該事件」の意味が解っていないね。

同一の事件を、地裁、高裁、最高裁で処理する場合は、上位の裁判所の判断が最終的に有効だよ。
別々の事件では、そういう訳ではない、各々の事件の上級審が各々有効だよ。
つまり、最判昭45.1.29の判決は、その事件には確かに適用されるけど、他の事件にも同様に適用されるとは限らない。
実際、反対の解釈の学説が主流になってくれば、以後の判決も変わってくるのだよ。

>強制猥褻罪が適用されるのは「猥褻行為」ではなく、「猥褻意図を持って
>行なわれた行為」ということになる
>目的が報復・侮辱・虐待等であれば、強制猥褻罪に問われることはあり
>ません
>猥褻意図を持って行なわれたのでなければ、猥褻行為とはならない、すな
>わち「別件」である

↑君の書いたこの解釈は、もはや時代遅れ、今同様の事件が起こっても通用しない。

>同じ強制猥褻という別の事件で、下級審裁判所が最高裁判所の判断と異なる
>判断をすることはしょっちゅうあることで

君の10928には、そんなこと全然書いとらんちゅーか、「最高裁判例が黄門様の印籠、時代を超えた普遍的な基準」みたいに書いてたがね。

>最高裁の判例は微動だにしないのよね〜。

「最高裁判例が、時代を超えた普遍的な基準」とは限らんのだよ。

>何とこの人にとっては「逮捕イコール有罪判決」なのだそうです!!

君の挙げた事件の話だろ。
深夜の防犯巡回中だった警官が、盗撮の現行犯を押さえて、犯人のビデオカメラが証拠だった訳だ。
ならば、公共の場所での卑猥行為を禁じた条例違反の犯罪であることは、明白ではないか。

>基本中の基本の法知識すら身につけていない
>無知蒙昧ぶりを露呈

それは君自身のこと。

そもそも、「政教分離」という

投稿者: fufufusan 投稿日時: 2005/07/10 18:10 投稿番号: [11004 / 17759]
基本に反することを、

小泉さんはやってるのさ。

憲法に違反してるわけね。

君〜

わかってる?

>横:理論より現状

投稿者: stefanie_nadeshiko 投稿日時: 2005/07/10 18:01 投稿番号: [11003 / 17759]
真摯なご意見ありがとうございます。

確かに私は当初から、やや挑発的なスタイルでこの議論を始めました。
しかし、それは決して「盗聴」「盗撮」を容認したり、その行為者を弁護することに同調する主旨ではないことは、初期段階から述べてきたとおりです。
また私自身、女性のひとりとしてこのような卑劣な行為を許すことが出来ない気持ちを強く抱いているということもすでに申し上げてきました。

私がここで問題提起をしたかったのは、そういうことではなくて、法といえども人間の所産である以上、我々の社会の営みを完璧に網羅するものではなく、時として法がそのまま適用できないようなケースも世の中に存在する、そしてそれは往々にして私たちの日常的感覚からは乖離したものになるということです。
今回の盗撮問題は、法の不備が存在するという点を考察するうえで、まさにふさわしい素材と考えたので、あくまでもひとつの例として取り上げたに過ぎません。

これに関する私の意見・見解については、すでにさんざん書き込みを行なってきましたので、もう繰り返しませんが、おそらく激しい反論や中傷を受けるであろうこと、そしてすべての方にご納得いただけるような形で終わることはないであろうということは、投稿前から十分に想定していました。
私としてはそれらの反対意見をすべて排除することが目的ではなく、ここで法というものの不完全性を提起した上で、国際間の武力紛争という、このトピにふさわしい次の論題に入ることを意図していました。
(その本命の論題については、もうすでに書き込みを始めさせていただいております。)

あなたが私の発言について「今の法律上では犯罪ではない。ゆえに取り締まれない、という印象を受けました」としたら、私の表現力の未熟さによるものであり、たいへん遺憾に思います。
けれども「すり替え」を行なったというご指摘については、正直心外の思いを禁じえません。
(これらに関する私の意図は10995で再整理したとおりですが、ご理解いただけないとしたらやむを得ません。)




一方、「その行為者に対し、優位になるような『言論(または法)解釈』を誘導している時点で、共犯者と見なせる」というご意見には私も条件付きで共感できる部分があります。
卑近な例を挙げれば、オウム真理教や宅間守のような極悪非道の犯罪者にもちゃんと弁護士がつき、単なる情状酌量の減刑ではなく、堂々と無罪を主張するようなケースに、そのような思いを強くしました。
しかもこれらの場合は、彼らの行為を裁く法がきちんと存在しているにも拘らずです。

これに対して今回私が取り上げたのは、あくまでも法が存在しない事例です(存在するかしないかの段階で、すでに見解が相違していますが、私はあくまでもしないと考えます)。
このような場合については、どのように考えるべきなのか?
いたずらに感情や日常感覚に流されず、現実の理論に基づいた考察を行なうべきであるということは再三述べてきたとおりで、この点については次の論題の中で順次私の意見を明らかにしていきたいと思います。

いずれにせよ私自身、盗撮問題の議論にあまりに深入りしすぎ、周囲のみなさまにご迷惑やご不快感を与えしたことを、この場をお借りして深くお詫び申し上げます。
私の主張はすでに十分に述べ終わったと思っていますし、また前述のとおり、反対意見の排除が目的でないので、この件についてはもう書き込みを致しません。

最後に誤解のないよう申し上げておきますが、盗撮にせよ武力紛争にせよ、私が「法の欠缺」を論じる真意は、「法がないから裁くことは出来ない、裁かなくてよい」で終わらせるということではなく、「法がないとしたら、その社会の秩序を維持するためには何をなすべきか」ということをみなさんと議論することにあります。
それを通じて、戦争のない平和な世界を実現するためにいま必要とされることを私なりに考えていきたいと思っています。
みなさまと同様、俗事に忙殺される毎日ですので、定期的な書き込みは難しいと思いますが、自分でテーマを立てた以上、次の論題についても最後まで責任をもって投稿をさせていただきたいと思います。

若年ゆえ未熟な点も多いと思いますが、ご意見やお気づきの点がおありでしたら、またご指摘下さい(メールでも結構です)。

平和ポケじゃない、この60年誇りを持つべき

投稿者: wss829200370 投稿日時: 2005/07/10 17:45 投稿番号: [11002 / 17759]
憲法のお陰で、世界に尊敬されるなのに、平和ポケという不満が出たら、危ないよ、再び軍備?

>最近の世論調査から

投稿者: nikochandaiou2008 投稿日時: 2005/07/10 17:29 投稿番号: [11001 / 17759]
>国民の声をも無視する小泉さん・・・


日本は憲法で個人の信教活動の自由が保障されてます。
周囲の意見で個人の宗教活動を規制しようと言う世論はファシズム(全体主義)的ですね。
マスコミ規制も、世論により可能なのでしょうか?
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