>横:理論より現状
投稿者: stefanie_nadeshiko 投稿日時: 2005/07/10 18:01 投稿番号: [11003 / 17759]
真摯なご意見ありがとうございます。
確かに私は当初から、やや挑発的なスタイルでこの議論を始めました。
しかし、それは決して「盗聴」「盗撮」を容認したり、その行為者を弁護することに同調する主旨ではないことは、初期段階から述べてきたとおりです。
また私自身、女性のひとりとしてこのような卑劣な行為を許すことが出来ない気持ちを強く抱いているということもすでに申し上げてきました。
私がここで問題提起をしたかったのは、そういうことではなくて、法といえども人間の所産である以上、我々の社会の営みを完璧に網羅するものではなく、時として法がそのまま適用できないようなケースも世の中に存在する、そしてそれは往々にして私たちの日常的感覚からは乖離したものになるということです。
今回の盗撮問題は、法の不備が存在するという点を考察するうえで、まさにふさわしい素材と考えたので、あくまでもひとつの例として取り上げたに過ぎません。
これに関する私の意見・見解については、すでにさんざん書き込みを行なってきましたので、もう繰り返しませんが、おそらく激しい反論や中傷を受けるであろうこと、そしてすべての方にご納得いただけるような形で終わることはないであろうということは、投稿前から十分に想定していました。
私としてはそれらの反対意見をすべて排除することが目的ではなく、ここで法というものの不完全性を提起した上で、国際間の武力紛争という、このトピにふさわしい次の論題に入ることを意図していました。
(その本命の論題については、もうすでに書き込みを始めさせていただいております。)
あなたが私の発言について「今の法律上では犯罪ではない。ゆえに取り締まれない、という印象を受けました」としたら、私の表現力の未熟さによるものであり、たいへん遺憾に思います。
けれども「すり替え」を行なったというご指摘については、正直心外の思いを禁じえません。
(これらに関する私の意図は10995で再整理したとおりですが、ご理解いただけないとしたらやむを得ません。)
一方、「その行為者に対し、優位になるような『言論(または法)解釈』を誘導している時点で、共犯者と見なせる」というご意見には私も条件付きで共感できる部分があります。
卑近な例を挙げれば、オウム真理教や宅間守のような極悪非道の犯罪者にもちゃんと弁護士がつき、単なる情状酌量の減刑ではなく、堂々と無罪を主張するようなケースに、そのような思いを強くしました。
しかもこれらの場合は、彼らの行為を裁く法がきちんと存在しているにも拘らずです。
これに対して今回私が取り上げたのは、あくまでも法が存在しない事例です(存在するかしないかの段階で、すでに見解が相違していますが、私はあくまでもしないと考えます)。
このような場合については、どのように考えるべきなのか?
いたずらに感情や日常感覚に流されず、現実の理論に基づいた考察を行なうべきであるということは再三述べてきたとおりで、この点については次の論題の中で順次私の意見を明らかにしていきたいと思います。
いずれにせよ私自身、盗撮問題の議論にあまりに深入りしすぎ、周囲のみなさまにご迷惑やご不快感を与えしたことを、この場をお借りして深くお詫び申し上げます。
私の主張はすでに十分に述べ終わったと思っていますし、また前述のとおり、反対意見の排除が目的でないので、この件についてはもう書き込みを致しません。
最後に誤解のないよう申し上げておきますが、盗撮にせよ武力紛争にせよ、私が「法の欠缺」を論じる真意は、「法がないから裁くことは出来ない、裁かなくてよい」で終わらせるということではなく、「法がないとしたら、その社会の秩序を維持するためには何をなすべきか」ということをみなさんと議論することにあります。
それを通じて、戦争のない平和な世界を実現するためにいま必要とされることを私なりに考えていきたいと思っています。
みなさまと同様、俗事に忙殺される毎日ですので、定期的な書き込みは難しいと思いますが、自分でテーマを立てた以上、次の論題についても最後まで責任をもって投稿をさせていただきたいと思います。
若年ゆえ未熟な点も多いと思いますが、ご意見やお気づきの点がおありでしたら、またご指摘下さい(メールでも結構です)。
確かに私は当初から、やや挑発的なスタイルでこの議論を始めました。
しかし、それは決して「盗聴」「盗撮」を容認したり、その行為者を弁護することに同調する主旨ではないことは、初期段階から述べてきたとおりです。
また私自身、女性のひとりとしてこのような卑劣な行為を許すことが出来ない気持ちを強く抱いているということもすでに申し上げてきました。
私がここで問題提起をしたかったのは、そういうことではなくて、法といえども人間の所産である以上、我々の社会の営みを完璧に網羅するものではなく、時として法がそのまま適用できないようなケースも世の中に存在する、そしてそれは往々にして私たちの日常的感覚からは乖離したものになるということです。
今回の盗撮問題は、法の不備が存在するという点を考察するうえで、まさにふさわしい素材と考えたので、あくまでもひとつの例として取り上げたに過ぎません。
これに関する私の意見・見解については、すでにさんざん書き込みを行なってきましたので、もう繰り返しませんが、おそらく激しい反論や中傷を受けるであろうこと、そしてすべての方にご納得いただけるような形で終わることはないであろうということは、投稿前から十分に想定していました。
私としてはそれらの反対意見をすべて排除することが目的ではなく、ここで法というものの不完全性を提起した上で、国際間の武力紛争という、このトピにふさわしい次の論題に入ることを意図していました。
(その本命の論題については、もうすでに書き込みを始めさせていただいております。)
あなたが私の発言について「今の法律上では犯罪ではない。ゆえに取り締まれない、という印象を受けました」としたら、私の表現力の未熟さによるものであり、たいへん遺憾に思います。
けれども「すり替え」を行なったというご指摘については、正直心外の思いを禁じえません。
(これらに関する私の意図は10995で再整理したとおりですが、ご理解いただけないとしたらやむを得ません。)
一方、「その行為者に対し、優位になるような『言論(または法)解釈』を誘導している時点で、共犯者と見なせる」というご意見には私も条件付きで共感できる部分があります。
卑近な例を挙げれば、オウム真理教や宅間守のような極悪非道の犯罪者にもちゃんと弁護士がつき、単なる情状酌量の減刑ではなく、堂々と無罪を主張するようなケースに、そのような思いを強くしました。
しかもこれらの場合は、彼らの行為を裁く法がきちんと存在しているにも拘らずです。
これに対して今回私が取り上げたのは、あくまでも法が存在しない事例です(存在するかしないかの段階で、すでに見解が相違していますが、私はあくまでもしないと考えます)。
このような場合については、どのように考えるべきなのか?
いたずらに感情や日常感覚に流されず、現実の理論に基づいた考察を行なうべきであるということは再三述べてきたとおりで、この点については次の論題の中で順次私の意見を明らかにしていきたいと思います。
いずれにせよ私自身、盗撮問題の議論にあまりに深入りしすぎ、周囲のみなさまにご迷惑やご不快感を与えしたことを、この場をお借りして深くお詫び申し上げます。
私の主張はすでに十分に述べ終わったと思っていますし、また前述のとおり、反対意見の排除が目的でないので、この件についてはもう書き込みを致しません。
最後に誤解のないよう申し上げておきますが、盗撮にせよ武力紛争にせよ、私が「法の欠缺」を論じる真意は、「法がないから裁くことは出来ない、裁かなくてよい」で終わらせるということではなく、「法がないとしたら、その社会の秩序を維持するためには何をなすべきか」ということをみなさんと議論することにあります。
それを通じて、戦争のない平和な世界を実現するためにいま必要とされることを私なりに考えていきたいと思っています。
みなさまと同様、俗事に忙殺される毎日ですので、定期的な書き込みは難しいと思いますが、自分でテーマを立てた以上、次の論題についても最後まで責任をもって投稿をさせていただきたいと思います。
若年ゆえ未熟な点も多いと思いますが、ご意見やお気づきの点がおありでしたら、またご指摘下さい(メールでも結構です)。
これは メッセージ 10997 (luna_sea_com さん)への返信です.
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