“平和ボケ”のお部屋

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日米開戦前夜

投稿者: latter_autumn 投稿日時: 2005/07/10 20:38 投稿番号: [11008 / 17759]
>天皇は軍を抑える精一杯の努力をしていたと思う。
>ABCD包囲網が敷かれ、ハルノートを突きつけられた当時、はっきり開戦
>に反対した中枢メンバーは若槻くらい

ハルノート以前に、1941年11月5日の御前会議で対米開戦は事実上決定していた。
昭和天皇は、既に開戦を承認していたのである。

>天皇は異例の「白紙還元の御諚」で10月に開戦するという9月の御前会議
>の決定を無効にして見直しを求めた。

対米開戦を避けるなら、首脳部人事を刷新して避戦論者を集め、中国とアジアへの侵略を止めてアメリカ等と和解すればよかった。
しかし昭和天皇は、開戦論者を集め、侵略の継続を選択した。

>皇族内閣を主張していた東條は「この御諚がなければ大命を受けなかった」
>と自ら言っているように「白紙還元の御諚」を錦の御旗に軍を諌めること
>が出来ると考えたからこそ首相指名を受け、外交交渉に開戦回避の最後の
>望みを託した

その「外交交渉」とは、要するに
「中国への日本軍の駐兵権を承認させ、日中戦争を日本の勝ちの形で決着させる」
ことであった。
アメリカや中国がこれを呑まない(交渉は絶望的)ことは、ハルノートを待つまでもなく、ほとんど判っていたのである。
昭和天皇は、
「もし皇族(東久邇宮)首相で開戦することになれば、皇族が開戦責任を負う形になってしまうのでよくない」
という責任転嫁・トカゲの尻尾切り的思惑から、東條を首相にしたのである。

>東條と近衛が無能ゆえに第一の戦犯であることは間違いないと思う。
>天皇の間違いは忠臣東條の無能を見抜けなかったこと。

近衛や東條を起用した昭和天皇も、無能であり、本来戦犯に指名されるべきであった。
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