南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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無駄とは知りつつ

投稿者: mimim232002 投稿日時: 2005/07/24 21:28 投稿番号: [6719 / 41162]
真面目に議論するのであれば、「争点整理」でもやった上でじゃあないと、無理なんですよねー。
つまり

1)まず、双方にとって争いのない事実を確認する。以後、その事実をベースにして議論する。
2)争点を絞る。
議論の目的について確認。
その目的のために、明らかにすべき点(争点)について確認。
そして、その争点だけについて議論する。

訴訟手続きなんかは、このようにして進めるんです。まず共通の土俵を作る。そうしないと、争点が次々に湧いてきて、いつまでたっても終わらない。(オウム麻原の審理は、弁護人がこれを(おそらく意図的に)拒否して争点を拡散させていることが、長期化の原因。)

で、ネットじゃね。
そんなの無理なんで、「出口が見えない論争」になるのも当然かと(^^;)

あと、相手の人が持ち出した侍従長の発言云々とかなんて、「伝聞証拠」なんですよねー。伝聞証拠は排除されないとまずいという感覚のない人と議論しても、それは無意味とも思えるんですが。

差し出口失礼しますた。

>「老婆斬殺」を考える

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/07/24 21:02 投稿番号: [6718 / 41162]
ソ連軍がベルリンを攻め落としたのち、>ドイツ人女性は皆レイプされたと云われているが、抗議に行った老婆はいなかった。もし行ったとしたら、入り口で番兵に蹴り殺されただろう。

>ドイツ人女性は皆レイプされた

「皆」ではなく「多数のベルリンの女性」でしょう。

>抗議に行った老婆はいなかった。

よく知ってますね。

>南京を攻め落とした日本軍は、老婆が抗議に行く気を起こすほど、やさしく見える軍隊だった。

これも思い込みが強いのじゃないか。

>老婆は部隊の営門で追っ払われもせず、ちゃんと部隊長に会うことがでた。

「営門」があったとすればのことでしょうが。

占領軍というより、小津が属したのは、中隊だったようだから、200人前後の部隊。進軍中の野営だったかもしれない。まあ、衛兵のようなものはいたでしょうが。

とにかく、あなたのは主観的な思い込み(独り決め)が強いようで、私にはあまり説得力がありません。

「老婆斬殺」を考える

投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/07/24 13:28 投稿番号: [6717 / 41162]
占領軍の處へ、老婆が抗議に行く勇気があったのは、占領軍がこわい外貌を呈していなかったからだろう。

ソ連軍がベルリンを攻め落としたのち、ドイツ人女性は皆レイプされたと云われているが、抗議に行った老婆はいなかった。もし行ったとしたら、入り口で番兵に蹴り殺されただろう。

南京を攻め落とした日本軍は、老婆が抗議に行く気を起こすほど、やさしく見える軍隊だった。老婆は部隊の営門で追っ払われもせず、ちゃんと部隊長に会うことができた。

部隊長は、部下の者が老婆を通したことをとがめなかった。老婆が抗議するのを聞いてやり、部下を全部集めて、一人一人に質問した。世にも稀なる公平な占領軍だ。世界の歴史に空前絶後かもしれない。

部隊長が調べた結果、この部隊には犯人がいないことがわかり、老婆も納得してうなずいた。

これほど冷静で物わかりのよい部隊長が、抜き打ちに老婆の首を刎ねとばした・・・フィクションとしてなら上出来だ。

>小津のゆめ

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/07/24 12:16 投稿番号: [6716 / 41162]
>では、やっぱり、小津がその頃に見た夢を書き留めておいたのでは?

あなたが自分の夢を投稿しているように。

>出口の見えない論争

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/24 11:24 投稿番号: [6715 / 41162]
すみません。

私としては、出来るだけ分かり易い投稿をするように心掛けているつもりなのですが、相手が本題とは関係ない些細な部分にイチャモンを付けて来るものですから、どうしてもマニアックな詳細について応戦するしかありません。

結局、結論は、殆ど変わらないのですけどね。


ここでのja2047君との論争の中には、以前に軍事カテで大きな結論が出ていることのぶり返しもありました。

結論が変わらないのに、どうして細かい部分を捕らえてイチャモンを付けて来るのか理解に苦しみます。

いずれにせよ、ご迷惑をお掛けしていることに関しては、本当に申し訳ないと思っています。




>このトピは二人のためのトピになってしまいましたね。

そう言えば、最近は、yominokuni56も出て来なくなってしまいましたね・・・

十分あり得るベイツの国民政府顧問説

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/24 11:10 投稿番号: [6714 / 41162]
>掲載紙不明で、そもそも新聞記事の切り抜きであるかどうかも確証がなく、
>誰の責任で書かれたかも不明の文章にか?

南京大虐殺事件そのものが、犠牲者数不明(南京の人口は増加)、犠牲者も加害者も特定できない、事件の9年後に浮上したデタラメ事件だ。



>だとすると、掲載紙不明、身元不明の新聞記者氏は、なんでそんな重大な
>秘密をバラしてしまったのだろうかね。
>いや、それ以前に、なんでそんな重大な秘密を知っていたんだろうかね。

そんなことの詳細まで一々知らん。
非常に親しい間柄だったのではないかな。
その切り抜きは、南京陥落直後のものだったと思う。
ベイツの宣伝工作活動は、南京陥落当時からダーディンなどに行われていたが、本格化するのはその後だ。
南京陥落当時は、それほど本格的に南京大虐殺の宣伝工作をする予定はなかったが、その後に方針が変わり、ベイツが顧問であることも秘密にするようにしたのかもしれない。



>「戦争とはなにか」のことだと思うが、校了間際での書き加えだったため、
>中国語版の出版には間に合わなかった。
なぜだか判るね?
>紅卍字会の埋葬が進んで、死者の数が把握されてきたのが3月下旬から
>4月以降のことだからだよ。


あ、そう。
しかし、埋葬数が四万体近いからと言って、4万人虐殺というのは、戦死者数などを考慮しない悪質な宣伝だね。
いずれにせよ、当時、ベイツの4万人虐殺説は、事情を知る者には相手にされないトンデモ説だった。



中華民国の公式文書
「4万人殺害説」削除
南京事件ベイツ・メモ

南京事件(昭和12年12月―13年初め)で「4万人が殺された」とする南京在住の米国人宣教師、ベイツ博士のメモが当時の中華民国の公式文書「チャイニーズ・イヤーブック   1938―39」に収録された際、「4万人殺害」のくだりが削除されていたことが東中野修道・亜細亜大教授の研究で分かった。この「4万人説」が消されたことが後に、「20万」「30万」といった誇大な犠牲者が一人歩きする一因になったとみられる。

  チャイニーズ・イヤーブックは、前政府外交部顧問(当時)の徐淑希・燕京大教授が委員長を務めていた中華民国の国際問題委員会の公式資料から作成された、いわば中華民国の公式見解。徐氏は、満州事変の国際連盟調査団中国代表処専門委員も務めた。
  ベイツ博士のメモは「日本軍が不法に処刑した」という中国人の話をもとに1938年1月25日に書かれたもので、「非武装の4万人近い人間が南京城内や城壁近くで殺された。3割は兵士でなかった」という内容。
  このベイツ・メモは、中国・上海のオーストラリア人ジャーナリスト、ティンパーリー氏のもとへ送られ、ティンパーリー氏が同年7月に出版した「戦争とは何か」の第3章に盛り込まれた。
  しかし、東中野教授が調べたところ、チャイニーズ・イヤーブックはベイツ・メモを収録する際、その核心部分である「4万人殺害説」を削除したほか、「3千体が大量処刑のあと積み重ねられたり並べられたりしたまま放置されていると埋葬グループは報告している」という記述も削除していた。
  また、同じころ出された徐氏の編著「日本人の戦争行為」「要約・日本人の戦争行為」「南京安全地帯の記録」の3冊にも、ベイツ・メモが再録されながら、「4万人説」が削除されていることが分かった。
  南京事件については、東京裁判認定の「20万」、戦後中国が発表した「30万」という誇大な犠牲者数が教科書などで独り歩きしているが、東中野教授は「ベイツ博士の4万人虐殺説も水増しの疑いが強いが、その4万人虐殺説でさえ公式記録から削除され、一度も追認されなかった。
  『南京虐殺』は4等、5等史料によって成り立っていることがはっきりした」としている。
  東中野教授はこの発見を含め、南京事件当時の外国語文献を比較検証した研究成果を『「南京虐殺」の徹底検証』という本にまとめ、近く展転社から出版する。

産経新聞1998年7月29日




>>1938年に4万人虐殺、1946年に市民1万2千人と言うが、ベイツ自身が目撃した殺害事件が0件で、安全区委員会の公式文書の殺害犠牲者が出鱈目を含めてもたったの約50人だった。
>>そして、1938年と1946年に国民党政府から2回勲章を受けた。

>国民政府の勲章って、顧問に就任しないと貰えないという規則でもあるのか?

そんなことは言っていないが、他の安全区国際委員会メンバーは、そのタイミングで国民政府から勲章を貰っていないだろ?

つまらないイチャモンはもうやめて!

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/24 10:30 投稿番号: [6713 / 41162]
>タイトルからして間違っている。

だからさー、どうでも良いくだらないことにイチャモン付けるなよ。
問題は、国際安全委員会の公式文書が信頼できるかどうかだろ。



>で、その板倉由明氏は民間人の犠牲者が49人だと言ってるかというと
>そんなことはない。

俺とは関係ないだろ。



>田中氏の引用する「福田回想」は、福田氏に直に確認したものではなく、
>他で掲載された福田インタビューを下に、田中氏の創作を加えて記述した
>ものだ、そのまま信用しない方がよい。
http://www.geocities.jp/yu77799/hukuda1.html


長々と書いてあるのを読んだけど、福田氏の主旨に大きな違いはないだろ?

そのHPこそ、
―――――――――――――――――――
>読む本は選ぶべきだし、自分の都合の良いことが書かれているから
>信用するのではなく、せめてウソが書いてないかぐらいは確認して
>もらいたいものだ。
>この場合、資料集と比較するまでもなく、明らかにおかしなことを
>書いてるのだからね。
#6708(投稿者:ja2047)
―――――――――――――――――――
の「読む本」を「読むHP」に代えて農協くん自身に言い聞かせるべきHPだ。

そのHPには、「『NYタイムズ   1月3日記事   安全区の敗残兵による攪乱工作』の情報の出所が明らかに日本側だ」という旨の出鱈目が載っているよね。



>以上から、福田証言は検証がなされなかったことの証拠にはならない。

じゃあ、安全区国際委員会が検証したかと言ったら、やっぱり検証していないだろ?!
被害者がどこの誰か名前も分からないし、特定も出来ない。
勿論、犯人(加害者)だって、全然、特定されていない。
ごく稀に、夏淑琴事件のような被害者の名前が明記されている報告はあるが、ツッコミどころ満載であり、出鱈目報告の可能性が極めて高い。



>「又安全地帯の委員会の報告のみによりまして、強姦事件は八千と見積もつたのであります」
>「見積もった」のであって、「報告が八千件あった」とは言っていないし、
>ましてや「抗議文を八千件出した」と言っているわけではない。
>この八千件なり二万件なりが妥当な数字であるかどうかは別に置いて、
>抗議文緒件数との間で矛盾はしていないのじゃあないかな?


One month after the occupation, Mr. Rabe, the chairman of the International Committee, reported to the German authorities that he and his colleagues believed that not less than twenty thousand cases of rape had occurred. A little earlier I estimated, very much more cautiously and on the basis of the safety zone reports alone, some eight thousand cases.

The Tokyo War Crimes Trial, pp.2633-2634

“on the basis of the safety zone reports alone”「安全区国際委員会の報告のみを基にして」、どのように8千件の強姦が見積もられたか、誰にも不明であることは間違いない。
誰でも理解に苦しむ筈だ。
普通の人間なら、「8千件なんて口からデマカセのいい加減な数字だ」と思う筈だ。

結局、どんなに些細な所にイチャモンを付けようが、本題である「安全区国際委員会メンバーの日記や手紙や証言の信頼性」は非常に低いと言わざるを得ないのだ。

農協くん、いい加減にウザイよ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/24 09:59 投稿番号: [6712 / 41162]
>でりちゃんは、最初このような文章を出典を書かずに引用した。

あれは、asdll58さんとのやり取りの中、#6514で既に出典を紹介していたわけ。



>この部分、引用文中にもちゃんと書かれているのに、「証拠の中で
>強姦事件二万件について触れているものはない」と書ける神経が
>私には理解できない。

ラーベの「一月十四日付上海総領事宛電報」そのものが東京裁判に提出された証拠の中になかったことを述べたのだと解釈したが。



>強姦が八千件とか二万件とかいう推定がどの程度実状に合っているかは
>私にも判らない。

そう。
8千件とか2万件とかいう数字が、どうして出てくるのか誰にも不明なことが最大の問題なのだよ。
そして、それこそが「安全区国際委員会の連中は信頼できるか?」という本題の結論に直結するんだよ。



>読む本は選ぶべきだし、・・・

余計なお世話だよ。
安全区国際委員会の連中の日記や手紙や証言は信頼できるかどうかを少しでも解り易く伝えようとしただけだよ。
本題の結論に大した影響がない部分に横からイチャモンを付けるのはやめてくれ!

ウザイ!
いい加減に消えろ!

出口の見えない論争

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/07/24 09:13 投稿番号: [6711 / 41162]
このトピは二人のためのトピになってしまいましたね。

詳細な検証は、専門家に任せてはどうでしょう。
あなたがた以外の人は、おそらくこの論争にはついていけないと思います。
あまりにも詳しすぎることと、投稿の回数の多さに圧倒されます。

私たちは、現在発表されている学者の諸説を比較するくらいの知識しか持ち合わせていません。
せいぜいホームページの発表を参考にするくらいです。

素人同然の大多数のなかで、専門家でもわからないようなことを議論されてもねえ。

必要不可欠の知識はどれくらいなのかが知りたいだけで
専門家になりたいわけではないので
あまりにも詳しいところでの論争は避けるべきだと思います。

夏休み でりさま教室 6)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/24 06:25 投稿番号: [6710 / 41162]
>イエール大学で発見された新聞記事の切り抜きの写真説明に、「国民政府顧問のマイナー・サール・ベイツ博士(写真)は、・・・」と紹介されていれば根拠としては十分だよ。

掲載紙不明で、そもそも新聞記事の切り抜きであるかどうかも確証がなく、
誰の責任で書かれたかも不明の文章にか?


>いちいち全部に国民党顧問とベイツが紹介されていたら誰も苦労しないし、殆どの人がベイツを敬虔な宣教師で中立的な証言者だと思っていたからこそ、ベイツは大活躍出来たんだろ。

ほほ、でりちゃんとしては、ベイツが国民政府の顧問であることは、
当時ほとんどの人が知らなかったと思っているわけだね?

>ベイツは国民党政府から2回勲章を受けたと晩年に書かれた自筆の履歴書も見つかっている。

つまり、その履歴書(私は見ていない)には、国民政府の顧問を務めたとは
書いていないわけだ。
秘密の身分だったのかな?
だとすると、掲載紙不明、身元不明の新聞記者氏は、なんでそんな重大な
秘密をバラしてしまったのだろうかね。
いや、それ以前に、なんでそんな重大な秘密を知っていたんだろうかね。

でりちゃん、自分で言ってて、おかしいとは思わないのかね?


>しかも、1938年の4万人虐殺説は、当時の日本人や支那人なら誰でも嘘だと分かるために、支那語訳版からは外し、英語版のみに載せた。

「戦争とはなにか」のことだと思うが、校了間際での書き加えだったため、
中国語版の出版には間に合わなかった。
なぜだか判るね?
紅卍字会の埋葬が進んで、死者の数が把握されてきたのが3月下旬から
4月以降のことだからだよ。
「戦争とはなにか」は、英文の原稿から中国語に訳されたものだから、
間に翻訳作業が入る。
刊行時点では英文版のみに追加、補訂が入り、中文版にはそれが間に
合わなかった。
4万という数字が中国語版に載っていないのは事実だが、「削除された」
というのは根拠のない妄想だ。
これは、東中野氏もちゃんと把握していて、
『「南京虐殺」の徹底検証』(展開社)では
「三月二十三日現在、記録上は四万体近い埋葬数であった。
そこでベイツは最終原稿の段階で、「四万人近い人間」の埋葬と書き込んだのであろう。」
(『「南京虐殺」の徹底検証』   P330 )
と、書いている。
出版間際での追加だと言うことは東中野センセちゃんと理解しているのに、
「削除された」などという矛盾したことを平気で主張するとこが痛いね。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/3924/article/warmeans.html


>そして、1938年と1946年に国民党政府から2回勲章を受けた。

国民政府の勲章って、顧問に就任しないと貰えないという規則でもあるのか?
難民保護への感謝として叙勲されるのは何の不思議もないと思うぞ。
http://www.geocities.jp/yu77799/bates1.html


夏休み でりさま教室 5)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/24 06:18 投稿番号: [6709 / 41162]
>>まず、実際の件数>被害届だと言うことは納得してもらえると思う。
>>さらに、被害届>抗議文という事実がある。

>そうとは限らない。
>実際に事件がなくても、被害届や抗議文を出すことは有り得る。

それはでりちゃんの「邪推」に過ぎないのだから、可能性をうんぬんするなら、
せめて根拠を挙げるべきだろうね。


>安全区国際委員会の日軍犯罪統計
  殺人 49件
  傷害 44件
  強姦 361件   ◇多数3件   ◇数名6件
  連行 390件   ◇多数1件   ◇数名2件
  掠奪その他 170件

タイトルからして間違っている。
安全区委員会が、そのようなものを「統計」として出した事実はない。
それは、板倉由明氏が『続「南京大虐殺」の数字的研究』)』
(『ゼンボウ』昭和59年10月号)   で集計したもので、安全区委員会の
統計ではない。    ウソはいけない。

で、その板倉由明氏は民間人の犠牲者が49人だと言ってるかというと
そんなことはない。
板倉氏の推定では民間人の死者は「一万五千ないし一万六千」、そのう
ち「不法殺害」を「五千から八千」としている。


>日本政府の高官に、南京で暴行があったのは事実であると記している者がいるのは当然と言えるでしょう。三ヶ月で殺人49件、強姦360件というとかなりの大事件です。では実際の状況がどうだったのか、当時南京にいた福田氏の回想を見てみましょう。
『南京事件の総括』P171   田中正明著   展転社

田中氏の引用する「福田回想」は、福田氏に直に確認したものではなく、
他で掲載された福田インタビューを下に、田中氏の創作を加えて記述した
ものだ、そのまま信用しない方がよい。
http://www.geocities.jp/yu77799/hukuda1.html

たとえば、田中版にはこうあるが、
「『いまどこどこで日本の兵隊が十五、六の女の子を輪姦している』。あるいは『太平路何号で日本軍が集団でおし入り物をかっぱらっている』等々。その訴えをマギー神父とかフイッチなど三、四人が、ぼくの目の前で、どんどんタイプしているのだ。
  『ちょっと待ってくれ。君たちは検証もせずにそれをタイプして抗議されても困る』と幾度も注意した。時には彼らをつれて強姦や掠奪の現場に駆けつけて見ると、何もない。住んでいる者もいない。そんな形跡もない。そういうこともいくどかあった。」
普通に考えて、「いま強姦が起きている」、「いま掠奪が起きている」
という報告が入れば、とりあえずやめさせるために飛び出していくのが
普通であって、タイプなど打っている場合ではない。
この記述は毎日新聞版にもあるものだが、不自然に過ぎる。
現に安全区側の記録では、こういうときは現場に急行したことになって
いる。
また、このタイプは一次情報の記録としてなされたものであって、これが
そのまま抗議文として提出されることはあり得ない。
一次情報の記録から、抗議文作成までの間に、実況検分や聞き取りが
行われなかった証拠にはならない。

また、「行ってみたら何もなかった例」として出てくるのは、
「アメリカの副領事館から私に抗議があった」件だが、これは安全区委員会
からの通報ではない。

以上から、福田証言は検証がなされなかったことの証拠にはならない。


>【安全地帯の委員会の報告のみで8,000件】という証言が実際の報告数と矛盾することの説明を求めたのに頓珍漢なことを言って誤魔化してはいけない

ほほう、これはトンチンカンなのかね?
「というわけで、「一部です」と書かれた文書に含まれる数と、全体の数の推定が
相違するのは別におかしなことじゃあない。
たとえば「交通事故」や「労災事故」の事例集の件数を数えても、全体の規模は
判らないし、
覚醒剤や麻薬で逮捕される人間の数と、警察が推計する薬物常習者全体の数
に開きがあっても、統計がインチキだと疑うバカはいない。
そう言うことだ。」

もうひとついえば、言葉を創作してしまってはいけない。
ベイツはこう言っている
「又安全地帯の委員会の報告のみによりまして、強姦事件は八千と見積もつたのであります」
「見積もった」のであって、「報告が八千件あった」とは言っていないし、
ましてや「抗議文を八千件出した」と言っているわけではない。
この八千件なり二万件なりが妥当な数字であるかどうかは別に置いて、
抗議文緒件数との間で矛盾はしていないのじゃあないかな?

夏休み でりさま教室 4)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/24 06:17 投稿番号: [6708 / 41162]
>>そうか、「再審南京大虐殺」の記述」が虚偽であることは理解したので、
>>話を他に振ろうというわけだね。

>全然。


そうか、納得していないのか    ε = (- -;)
では、もう一度繰り返そう。

でりちゃんは、最初このような文章を出典を書かずに引用した。
――delli―――――――――――――――
東京裁判に提出された証拠の中で強姦事件二万件について触れているものはない。
強姦の被害者二万人についてならば、「日本軍当局はその部隊に対して明らかに命令権を失った如く、部隊は占領後数週間に亘り市術を掠奪し、約二万の婦女子を犯した」とするラーベの「一月十四日付上海総領事宛電報」が存在する。もっとも同じ東京裁判で証言台に立ったペイツは自分自身が強姦事件を目撃したことはないと証言しつつ、このラーベ説を否定し、「安全地帯の委員会の報告のみによりまして、強姦事件は八千」と述べた。
―――――――――――――――――――

これに対して私が挙げたのが実際のベイツ証言だ
――ja――――――――――――――――
私は現に強姦している現場を見て、そして其の兵隊の五回に亙る強姦の現場を通り合わせました。[中略]
占領後一箇月にして国際委員会委員長『ラーベ』氏及び其の同僚は『ドイツ』官憲に対して、少なくとも二万人の強姦事件があつたことを信じて居ると報告しました、それより少し前私はもつとずつと内輪に見積もりまして、又安全地帯の委員会の報告のみによりまして、強姦事件は八千と見積もつたのであります、[中略]
二つの事件、此の事件は私は其の事件で殆ど生命を失ったので非常にはっきり覚えて居りますが、二つの場合では、大学構内で、斯う云ふ強姦事件に日本軍将校までが参加したのであります。
(東京裁判速記録第三十六号   昭和二十一年七月二十九日    原文はカナ)
―――――――――――――――――――

見てのとおり
1.ペイツは自分自身が強姦事件を目撃したことはないと証言しつつ
2.このラーベ説を否定し
いずれも、ベイツ証言の実際の内容と異なる。
さらに言えば
3.東京裁判に提出された証拠の中で強姦事件二万件について触れているものはない。
も、間違いだ。
法廷証三二九号で、ラーベの1938年1月14日付の上海総領事宛の
報告書が提出されており、こう書かれている。
「日本軍当局は其の部隊に対して明らかに命令権を失った如く、部隊は占領後数週間に互り、市街を掠奪し、約二万の婦女を冒し、数千の無辜の市民(其の中には発電所の四十三名の従業者を含む)を残虐なる方法に依って殺害し(機関銃火による大量殺人は人道的処刑の中に数えらる)、亦外国人居住区に侵入することを躊躇せず、六十戸の独逸人住居のうち、約四十戸は多少に拘わらず掠奪され、四戸は完全に焼却された。」

この部分、引用文中にもちゃんと書かれているのに、「証拠の中で
強姦事件二万件について触れているものはない」と書ける神経が
私には理解できない。
でりちゃんの引用した文章は、実際の法廷証拠を全く無視している
だけではなく、自分自身の記述とさえ矛盾しているわけだ。

読んでて不思議には思わなかったのか?


>もともと本題は「当時安全区の面倒を見ていたベイツなどの西洋人の日記や手紙や証言などが信頼できるかどうか」ということ。

それはそれで検証されてしかるべきことだ。
強姦が八千件とか二万件とかいう推定がどの程度実状に合っているかは
私にも判らない。

しかし、それを検証するために引用する文章が、事実と相違して
いるだけではなく、その文章の中で既に前後矛盾していたのでは
全く説得力がない。

読む本は選ぶべきだし、自分の都合の良いことが書かれているから
信用するのではなく、せめてウソが書いてないかぐらいは確認して
もらいたいものだ。
この場合、資料集と比較するまでもなく、明らかにおかしなことを
書いてるのだからね。


小津のゆめ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/23 22:42 投稿番号: [6707 / 41162]
>当時の軍紀があなたの言うようなものだったとしたら、小津にとって老婆斬殺は、あなたや私が考える以上に非常識、荒唐無稽なことだったでしょうから、デタラメになってしまうのですね。

では、やっぱり、小津がその頃に見た夢を書き留めておいたのでは?


>そうかもしれませんね。老婆斬殺の隊長名、部隊名、部隊員など調べればわかるのじゃないでしょうか。

殆ど期待できないと思いますが、もし分かったら、その後に続きを議論しましょう。

>民間人のみの犠牲者数

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/23 22:33 投稿番号: [6706 / 41162]
>戦闘行動中ではあるが、戦闘行為の範疇に入らない軍紀を逸脱した
>民間人殺害や、軍事行動以外での不軍紀行為による民間人殺害は
>頻発したと考えています。


キミが考えているのは勝手だが、それこそ何の根拠もないよね。




>民間人の犠牲者数は城内で数千〜一万前後、


犠牲者が誰だったか述べることが出来るの?
犠牲者の名前を挙げるのがベストだが、無理ならせめて特定できるように示して下さい。

また、1万人も虐殺されたのに、どうして人口が増えたの?



>農村部を含めて数万と言うところでしょう。


日本軍が南京に到着する前に、支那軍の清野作戦で城外半径16Kmは焼き払われていたのだが。




>まあとりあえず、100人以下ということはない。
>警察官や公共機関職員の殺害だけで100人ではとてもきかないよ。


通州事件で日本人居留民200人以上を大虐殺したのは、保安隊(警察官)だった。
前日まで親日的だった保安隊でも、無辜の民間日本人を200人以上大虐殺したのだから、国民政府の首都南京の警察官など到底信用できない。

現実に、南京においても、元南京保安隊長のワンシンロンとその部下3人だって、金陵大学で武器を隠し持っていて、通報されて捕まったのだよ。

さらに、巡警をしていた呉堯邦ら11人は、日本人を装い偽造した通訳の腕章をつけて掠奪・暴行などを行っていた。
―――――――――――――――――――
大阪朝日新聞   1938.2.17付
皇軍の名を騙り   南京で掠奪暴行    不逞支那人一味捕る
【同盟南京二月十六日発】
皇軍の南京入城以来わが将兵が種々の暴行を行つてゐるとの事実無根の誣説(ぶせつ)が一部外国に伝わつてゐるので在南京憲兵隊ではその出所を究明すべく苦心探査中のところこのほど漸くその根源を突き止めることが出来た。
右は皇軍の名を騙って掠奪暴行至らざるなき悪事を南京の避難地域で働いてゐた憎むべき支那人一味であるが憲兵隊の活躍で一網打尽に逮捕された。
この不逞極まる支那人はかつて京城において洋服仕立を営業、日本語に巧みな呉堯邦(二十八才)以下十一名で皇軍入城後日本人を装ひわが通訳の腕章を偽造してこれをつけ、南京玉■村五〇号、上海路十四号、幹河路一〇六号の三ヶ所を根城に皇軍の目を眩ましては南京区内に跳梁し強盗の被害は総額五万元、暴行にいたつては無数で襲はれた無辜の支那人らはいづれも一味を日本人と信じきつてゐたため発覚が遅れたものであるが憲兵隊の山本政雄軍曹、村辺繁一通訳の活躍で検挙を見たものである。
一味は主魁呉堯邦のほか・・・の十名でいづれも皇軍の入城まで巡警を務めてゐた。
―――――――――――――――――――


そもそも、その100人以上の警察官や公共機関職員が殺されたかどうかハッキリしてるの?

まあ、いずれにせよ、当時の支那にマトモな警察官や役人など存在せず、どう頑張っても「無辜の市民」とは言えないのだけどね。

ベイツは国民政府の顧問で勲章受ける

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/23 22:11 投稿番号: [6705 / 41162]
>何で面倒くさくなるか解るよな?
>根拠のきわめて薄いことを事実と断定することは、私は好まないからだ。


ハァ?
「南京事件の擦り付け工作を開始したのは日本側が先で、『NYタイムズ   1月3日記事   安全区の敗残兵による攪乱工作』の情報の出所が明らかに日本側だ」とか言った奴がよく言うよ。

イエール大学で発見された新聞記事の切り抜きの写真説明に、「国民政府顧問のマイナー・サール・ベイツ博士(写真)は、・・・」と紹介されていれば根拠としては十分だよ。




>何度も言うように、ベイツが国民党顧問だという根拠は、イェール神学校
>文書館の厚さ3フィートに登るエスター・モーテンセン文書から発見された、
>掲載紙不明、日付不明の新聞記事の切り抜きと推定される正体不明の
>切り抜き一枚だけ。


いちいち全部に国民党顧問とベイツが紹介されていたら誰も苦労しないし、殆どの人がベイツを敬虔な宣教師で中立的な証言者だと思っていたからこそ、ベイツは大活躍出来たんだろ。




>「ベイツが国民政府の顧問だったことは、ほぼ間違いないが、」というでりちゃんの
>信念は揺るがないのだろうが、資料的にはきわめて裏付けが薄く、可能性が薄い
>ということだ。


キミの信念である「南京事件の擦り付け工作を開始したのは日本側が先で、『NYタイムズ   1月3日記事   安全区の敗残兵による攪乱工作』の情報の出所が明らかに日本側だ」というのは、資料的にはゼロ。




>ベイツが国民党顧問であるという仮説に比べれば、合理的な推測というものだ   (^^


擦り付け工作のキミの仮説と違って資料はあるし合理的だ。

まず、ベイツが目撃した日本軍による市民虐殺は0人だ。
次に、安全区委員会の抗議文書の殺害犠牲者は検証しない出鱈目ばかりだが、それでもたった約50人だ。

ベイツは国民党政府から2回勲章を受けたと晩年に書かれた自筆の履歴書も見つかっている。
1回目は著書で初めて4万人虐殺を主張した1938年で、2回目は東京裁判で市民1万2000人虐殺を主張した1946年だ。

しかも、1938年の4万人虐殺説は、当時の日本人や支那人なら誰でも嘘だと分かるために、支那語訳版からは外し、英語版のみに載せた。

―――――――――――――――――――
  しかし四万人説は事情通には明白な嘘と分る。国民党中央宣伝部は、それを載せるのはまずいと思った。そこで四万人虐殺説は、実情を知る日本人や中国人の見る漢訳版から外し、南京の実情に疎い遠く離れた欧米向の英語版のみ載せた。それにベイツが同意したのである。
解釈はどうであれ、国民党中央宣伝部が南京の殺人や虐殺を認めていなかったことは事実である。それにもかかわらず人々が読むとき、確かに、「殺人」や「虐殺」を認識させられた。これこそ国民党中央宣伝部国際宣伝処が目指した「プロパガンダ」であった。

ところが「宣伝」が「宣伝」のままで終わればよかったが、戦争の進展とともに、宣伝のなかに紛れ込まされていた四万人説を、世界は事実として受け取っていく。
曽虚白の言うように、国民党中央宣伝部はまさに「宣伝の目的を達した」のであるが、「宣伝」が思わぬ方向に進んだことにたいし曽虚白の心のうちはどうだったであろうか。冒頭で「曽虚白はどうしてこのような内幕を暴露したのか」という疑問を述べたが、曽虚白は良心の呵責を覚えて、「宣伝」の内幕を吐露したのではないか。
ともあれ大虐殺派が南京虐殺は「リアルタイムで世界から非難を浴びた」と決まって持ち出す根拠の新聞報道も、「戦争とは何か」も、もう持ち出せなくなった。また中間派などが根拠にしている処刑も、新たな資料を提示しない限り、不法とは言えなくなった。
全ては宣伝から始った。世界は、特に日本人こそは、その「宣伝」の正体を心して見ない限り、その「宣伝」に永遠に毒されていくだけである」

『正論』2002年4月号   より抜粋
―――――――――――――――――――

1938年に4万人虐殺、1946年に市民1万2千人と言うが、ベイツ自身が目撃した殺害事件が0件で、安全区委員会の公式文書の殺害犠牲者が出鱈目を含めてもたったの約50人だった。

そして、1938年と1946年に国民党政府から2回勲章を受けた。


ベイツの国民党顧問説は、擦り付け工作のキミの仮説と違って十分に合理的なのだ。

とんでもベイツのデマカセ証言

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/23 21:16 投稿番号: [6704 / 41162]
>でりちゃんが言いたいの、次のどっちなんだろうね。
>・・・


正確には、どっちでもないが、2は多少該当している。
【ベイツが強姦されている女達から日本兵を引き退けた】という話は、普通の人はそう簡単に信じられないと思う。
東京裁判におけるベイツのその証言が事実であるかどうかを検証することによって、本題である「当時安全区の面倒を見ていた西洋人の日記や手紙や証言が信頼できるかどうか」を確かめようとしたんだよ。




>まず1.
>ざっと見たところでは、どれがベイツ証言に相当するそのものズバリだか
>判らなかった。

やはり、ないんだろ。



>ベイツ博士が四時五分ころ、現場に到着して兵士に近づくと、兵士は脅すように銃剣を振り回し、ふてぶてしい態度で「女が欲しいのだ」と言った。だが、ベイツ博士は兵士を説得してそこを立ち去らせた。


ベイツが英語で説得したのか支那語で説得したのか知らないけど面白い話だ。
安全区委員会の報告って、こんな不思議な話ばかりだ。




>安全区委員会文書に残存する抗議文書は安全区委員会が作成した
>抗議文書の全点ではない。
>文書は今日少なくとも470件まで存在したと推定されるが、現在確認
>出来るのはドイツ大使館保管分を合わせても415件だけだ。
>残り55件の中や、現存しないベイツの提出分の中に、そのものズバリが
>あるのかどうかは判らない。


全部が現存せず、言い訳が出来てラッキーだったな。




>第一、相当するものがあっても、東京裁判のベーツ証言自体が、あまり
>具体的ではないので、特定は不可能だろう。


これは、どうかな。
逆にベイツのデマカセ証言の根拠になると思う。
もしも、抗議文書が作成されていれば、証言の際に「その事件については、抗議文書を作成して日本側にも伝えておりますが・・・」というような証言になった筈だよ。
そのような証言ではなかったということは、それ程の目撃・体験をしておきながら、ベイツは抗議文書を作成しなかったということだよ。
つまり、東京裁判におけるベイツの【強姦されている女達から日本兵を引き退けた】という証言は、口からデマカセだった可能性が極めて高い。




>次に2.
>ベイツに限らず、外国人が強姦を実力阻止した報告があるかどうか。


【ベイツが強姦されている女達から日本兵を引き退けた】事件とは、全く別の事件だね。
また、「安全地帯の委員会の報告のみによりまして、強姦事件は八千と見積もったのであります」という証言の裏付けにもならない。

本題はベイツら安全区委員の信頼性

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/23 20:50 投稿番号: [6703 / 41162]
>そうか、「再審南京大虐殺」の記述」が虚偽であることは理解したので、
>話を他に振ろうというわけだね。


全然。
もともと本題は「当時安全区の面倒を見ていたベイツなどの西洋人の日記や手紙や証言などが信頼できるかどうか」ということ。
それについて議論していたら、キミが一部分に対して横レスして来たわけ。




>まず、実際の件数>被害届だと言うことは納得してもらえると思う。
>さらに、被害届>抗議文という事実がある。


そうとは限らない。
実際に事件がなくても、被害届や抗議文を出すことは有り得る。


安全区国際委員会の日軍犯罪統計

  殺人 49件

  傷害 44件

  強姦 361件   ◇多数3件   ◇数名6件

  連行 390件   ◇多数1件   ◇数名2件

  掠奪その他 170件


これらの犯罪は国際委員会に報告されたものですが、検証されたものではありません。現場の確認がされていない事件もかなり含まれています。中国軍によるかく乱工作として、日本軍が犯罪を行っていると宣伝されたと考えるとつじつまが合います。こういった事件の相当数は検証されず、日本大使館に報告され、外務省ルートで日本政府に届けられました。それが下の統計です。

  日本政府の高官に、南京で暴行があったのは事実であると記している者がいるのは当然と言えるでしょう。三ヶ月で殺人49件、強姦360件というとかなりの大事件です。では実際の状況がどうだったのか、当時南京にいた福田氏の回想を見てみましょう。


『南京事件の総括』P171   田中正明著   展転社

  こうした要望や告発の日本側窓口は、当時外交官補の福田篤秦氏である。福田氏はのちに吉田首相の秘書官をつとめ、代議士となり、防衛庁長官、行政管理庁長官、郵政大臣を歴任した信望のある政治家で、筆者とも昵懇の間柄である(東京千代田区在住)。福田氏は当時を回顧してこう語っている。

  「当時ぼくは役目がら毎日のように、外人が組織した国際委員会の事務所へ出かけた。出かけてみると、中国の青年が次から次へと駆け込んでくる。
  『いまどこどこで日本の兵隊が十五、六の女の子を輪姦している』。あるいは『太平路何号で日本軍が集団でおし入り物をかっぱらっている』等々。その訴えをマギー神父とかフイッチなど三、四人が、ぼくの目の前で、どんどんタイプしているのだ。
  『ちょっと待ってくれ。君たちは検証もせずにそれをタイプして抗議されても困る』と幾度も注意した。時には彼らをつれて強姦や掠奪の現場に駆けつけて見ると、何もない。住んでいる者もいない。そんな形跡もない。そういうこともいくどかあった。
  ある朝、アメリカの副領事館から私に抗議があった。『下関にある米国所有の木材を、日本軍がトラックで盗み出しているという情報が入った。何とかしてくれ』という。それはいかん、君も立ち会え!というので、司令部に電話して、本郷(忠夫)参謀にも同行をお願いし、副領事と三人で、雪の降る中を下関へ駆けつけた。朝の九時頃である。現場についてみると、人の子一人もおらず、倉庫は鍵がかかっており、盗難の形跡もない。『困るね、こういうことでは!』とぼくもきびしく注意したが、とにかく、こんな訴えが、連日山のように来た。

http://www.geocities.jp/nankin1937jp/page054.html




>抗議文書にははっきりそう書かれている。
>「以下はわれわれが念入りに点検する時間があった特例にすぎない。
>もっと多くの事件が委員会職員に報告されている。」
>(1937年12月16日提出   第八号文書)


これは嘘で、念入りに点検などしていない。




>「ベイツ博士が自分が確認した事件については別に整理しておりますので、
>それらはこれまでどおり、ここには含まれていません。」
>(1937年12月21日提出   第十一号文書)
>とあるように、ベイツは金陵大学の非常時委員会の委員長であったので、
>大学内の事件は安全区委員会と別にまとめて日本大使館に提出していた。
>この総件数がいくらになるのか、安全区委員会の抗議文書との重複が全く
>なかったのか、今となっては資料が残ってないので、知ることが出来ない。


東京裁判でのベイツの証言は、「それより少し前私はずっと内輪に見積もりまして、又安全地帯の委員会の報告のみによりまして、強姦事件は八千と見積もったのであります。」だった。

【安全地帯の委員会の報告のみで8,000件】という証言が実際の報告数と矛盾することの説明を求めたのに頓珍漢なことを言って誤魔化してはいけない

wkwdb654さんへ

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/07/23 19:04 投稿番号: [6702 / 41162]
いえ。

解答を下さっただけでも、感謝しています。

過去のことは、おっしゃるように、研究者等の方の問題のみに転化してゆく。これが一番です。

我々は、平和と人権について、過去から今後をどうしたら良いのかを学ぶことが一番重要だと思います。

ただ、過去の問題を現在の問題として転化し、現在の相手のイメージを損なってまで、それを己の利益に使おうとする勢力が台頭しているものが日本もいますし、世界にもいます。それを危惧しているだけです。

>世界とて「60年前」の価値観のまま日本を見ているわけでは無いと自信を持ちましょう。

そうですね。

解答はないものと思っていましたので、感謝の念に耐えません。重ねて、お礼を申し上げます。

yousunwaiさんへ

投稿者: wkwdb654 投稿日時: 2005/07/23 18:15 投稿番号: [6701 / 41162]
以前、世論がどんどん日本に不利に流れていっているとの憂慮を述べておられましたね。

日本人としてもっともな愛国心からくるものであり、出来れば完全に流されることは避けたいとの思い、よく理解できます。

最後に「何かよい対案はありますか」との問いはあまりにも重く、自分はあれから色んなことを考えさせられました。

嬉しい兆候を一つ。

外務省が各国大使館に「不必要に日本を貶める、不利となる報道を行う機関に対して厳しく抗議するように」という通達を出しました。

それ以降、実際に歴史問題や東アジア外交における歪んだ価値観に基ずく報道には、素早く抗議の対応がなされているようです。

また、上記の問題に関しては中韓に進展を阻む因子ありとの報道が増えたようです。

世界とて「60年前」の価値観のまま日本を見ているわけでは無いと自信を持ちましょう。

戦後60年の平和外交と国際貢献は、「常任理事入り」への十分な根拠となる、誇るべき実績です。

主題ずれな投稿になりましたことご容赦ください。

南京事件

投稿者: yama2965 投稿日時: 2005/07/23 17:43 投稿番号: [6700 / 41162]
についての記述が城山三郎著「落日燃ゆ」新潮社版203ページにあり、

松井石根司令官が「部下が大変なことをやったようだ」との言葉が載っています。

ボクは反日ではないけれど、戦争犯罪行為が何もなかったとの意見には賛成しません。

>デタラメとは言っていません

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/07/23 16:14 投稿番号: [6699 / 41162]
>ウンホーさんも私も創作とは言いましたが、デタラメとは言っていませんよ。

私のいう意味の「創作」だとすると、軍紀のなんたるかを現場で知っていた小津、そして軍紀についても火野葦平や批評家を批判している小津、の「創作」とするには無理があると言っているのです。

当時の軍紀があなたの言うようなものだったとしたら、小津にとって老婆斬殺は、あなたや私が考える以上に非常識、荒唐無稽なことだったでしょうから、デタラメになってしまうのですね。

>『撮影についてのノート』(76頁〜105頁)全体の中でやたら浮いており、その他の部分とは全く違う様相を呈しているからです。

私は、反対に他の部分のスタイル(語り口)と同一と感じましたが。事件そのものは、他の事柄よりちょっと異常ではありますが。

>余ほどのことがない限り、そのままでしょう。

そうかもしれませんね。老婆斬殺の隊長名、部隊名、部隊員など調べればわかるのじゃないでしょうか。そこからさらに詳しいことがわかるかもしれません。そのような過程で決定的な証拠もでてくるかもしれません。百人斬りみたいに小津は名誉棄損で訴えられるかもしれませんね。もう死んじゃってるから訴えようがないでしょうが。

民間人のみの犠牲者数

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/23 13:27 投稿番号: [6698 / 41162]
>では、南京で、「日本軍による無辜の民間人虐殺がなかった」ことは認めるのですね?

日本軍が民間人殺害を目的にして軍事行動を起こしたことは
なかったと考えていますが、
これは、「日本人による無辜の民間人虐殺がなかった」では
ありません。

戦闘行動中ではあるが、戦闘行為の範疇に入らない軍紀を逸脱した
民間人殺害や、軍事行動以外での不軍紀行為による民間人殺害は
頻発したと考えています。
民間人の犠牲者数は城内で数千〜一万前後、
農村部を含めて数万と言うところでしょう。
中国の言うような数十万の虐殺なら、民間人だけで何十万もの犠牲が
出たはずだが、これはなかったのではないかと思います。






まあとりあえず、100人以下ということはない。
警察官や公共機関職員の殺害だけで100人ではとてもきかないよ。

夏休み でりさま教室 3)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/23 09:53 投稿番号: [6697 / 41162]
>ベイツが国民政府の顧問だったことは、ほぼ間違いないが、そう言うとムキになって来て面倒臭いから、わざわざ『』を付けて『疑惑』にしてやっただけだよ。

何で面倒くさくなるか解るよな?
根拠のきわめて薄いことを事実と断定することは、私は好まないからだ。

ベイツが国民党顧問であればベイツ証言の信憑性がゼロになるわけでも
なければ、国民党顧問でなければ100%信用できるというものでもない。
ないが、事実というものは、これとは別に明確にされなくては行けない。
何度も言うように、ベイツが国民党顧問だという根拠は、イェール神学校
文書館の厚さ3フィートに登るエスター・モーテンセン文書から発見された、
掲載紙不明、日付不明の新聞記事の切り抜きと推定される正体不明の
切り抜き一枚だけ。
http://www.library.yale.edu/div/colgpers.htm#M
持ち主と推定される金陵大学教員だったエスター・モーテンセンは南京陥落
時点で重慶に滞在しているので、切り抜きの新聞?は重慶で手に入れたの
だろうね。   掲載紙は不明だ。
切り抜きはEsther Tappert Moetensen 関係文書   Box 7. File 120
“Writings of Miner Searle Bates 1936-1938”から発見された。
http://webtext.library.yale.edu/xml2html/divinity.021.con.html#series2

同じ文書館に所蔵されているベイツ関係文書は総厚さ55フィートで、モーテン
セン文書の20倍近い分量がある。
http://webtext.library.yale.edu/xml2html/divinity.010.nav.html

つまり、東中野氏発見した   「掲載元不明、報告者不明、日付不明、保管者不明の、
新聞の切り抜きと思われる小片」   の、ベイツ国民党顧問裏付け資料は、その20倍の
分量があるベイツ自身に関する資料からは発見されなかったということだよ。

「ベイツが国民政府の顧問だったことは、ほぼ間違いないが、」というでりちゃんの
信念は揺るがないのだろうが、資料的にはきわめて裏付けが薄く、可能性が薄い
ということだ。


>「南京事件の擦り付け工作を開始したのは日本側が先で、『NYタイムズ   1月3日記事   安全区の敗残兵による攪乱工作』の情報の出所が明らかに日本側だ」とか言った奴がよく言うよ。

ベイツが国民党顧問であるという仮説に比べれば、合理的な推測というものだ   (^^





夏休み でりさま教室 2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/23 09:52 投稿番号: [6696 / 41162]
>それと、例の【ベイツが強姦されている女達から日本兵を引き退けた】と言う話は、当然、安全地帯の委員会の報告に載っている筈だよね。
まさか、そのような事件をベイツが報告していない筈がない。
その時のベイツの様子を詳しく知りたいので、その報告を見せて頂けませんでしょうか?

「再審南京大虐殺」の記述」が虚偽であることは理解したので、
話を他に振ろうとしているということで回答させてもらう。

でりちゃんが言いたいの、次のどっちなんだろうね。

1.とにかくベイツ証言には虚偽が含まれているという当初の言明を
引用文が虚偽であることが判明したことで破綻させたくないので、
ベイツが法廷で宣誓証言したこと以外の裏付けを求めている。
2.安全区での暴行多発そのものを否定したいので、宣教師などの
外国人が実際にその場に居合わせて暴行を阻止したというような
事実が虚構だと言いたい。

まず1.
ざっと見たところでは、どれがベイツ証言に相当するそのものズバリだか
判らなかった。
ベイツ自身の係わった類似の事例はある。
第四六七件   三月一九日午後三時半から四時の間、金陵大学語学学校の難民キャンプで、日本兵一名が一九歳の難民の少女を強姦した。ベイツ博士が四時五分ころ、現場に到着して兵士に近づくと、兵士は脅すように銃剣を振り回し、ふてぶてしい態度で「女が欲しいのだ」と言った。だが、ベイツ博士は兵士を説得してそこを立ち去らせた。兵士に酔っている様子はなかった。(ベイツ)

安全区委員会文書に残存する抗議文書は安全区委員会が作成した
抗議文書の全点ではない。
文書は今日少なくとも470件まで存在したと推定されるが、現在確認
出来るのはドイツ大使館保管分を合わせても415件だけだ。
残り55件の中や、現存しないベイツの提出分の中に、そのものズバリが
あるのかどうかは判らない。
第一、相当するものがあっても、東京裁判のベーツ証言自体が、あまり
具体的ではないので、特定は不可能だろう。


次に2.
ベイツに限らず、外国人が強姦を実力阻止した報告があるかどうか。

有名なアリソン殴打事件というのがある、ラーベ日記にも出てくる。
1月24日の夜に日本兵が金陵大学から難民女性を連れ去り強姦した、
リッグスとベイツがその女性から連れて行かれた場所を聞き出し、
リッグスとアメリカ大使館のアリソン書記官が日本領事館員を伴って
現場の建物に踏み込んだ所、首謀者の中尉は女性を引き込んでいる
最中であり、リッグスとアリソンはその場から追い出すために衛兵から
殴られたというのである。

これが、安全区委員側の一方的な言い分かというとそうではなく、
日本側でも事実であることを確認している。

飯沼守日記   一月二十六日
本夕本郷少佐より報告を受く。米人経営の農具店に二十四日夜十一時頃日本兵来り、留守居を銃剣にて脅し女二人を連行強姦の上二時間程して帰れり、依て訴へに依り強姦されたと言ふ家を確かめたるところ天野中隊長及兵十数名宿泊せる所なるを以て、其家屋内を調査せんとしたるに米人二名亦入らんとし、天野は兵を武装集合せしめ逆に米人を殴打し追い出せり。其知らせに依り本郷参謀現場に到り、中隊長の部屋に入らんとしたるも容易に入れす、隣室には支那女三、四名在り強て天野の部屋に入れは女と同衾しありしものの如く、女も寝台より出て来れりと、依て中隊長を訊問したるに中隊長は其権限を以て交る交る女を連れ来り金を与へて兵にも姦淫せしめ居れりとのこと。
(「南京戦史資料集1」P184)
http://www.geocities.jp/yu77799/higasinakano1210.html

安全区委員達が体を張って強姦を阻止しようとした記録は多数あり、
一部は日本側でも事実であることを確認している。

ベイツが法廷で宣誓の上供述したことが、虚偽であると疑う理由は
ない。


夏休み でりさま教室 1)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/23 09:51 投稿番号: [6695 / 41162]
>>断片的な事実から真相を確信してしまうでりちゃんと違って、
>>ベイツは知的な誠実さを持っていたから、断言できないのじゃあないかな。

>ベイツは、断片的な事実からでも、常に、犯人は日本兵だと断定するけどね。

難民25万程の居住する町に、ひとまず7万ほどの日本兵が流入し、
城壁の外にはさらに10万以上の日本兵が存在するのが、12月中旬の
南京市の状況だ。
軍服を着た集団が白昼堂々と悪さをすれば、日本兵であることを疑えと
いうのが無理だよ。


>>>ベイツが述べていたことは、安全区国際委員会で活動している最中においても、東京裁判においても、支離滅裂だ。
>>そうとは言えないと思うな。
>>東中野センセお得意の意味不明の難癖というやつだよ。
>キミのそのコメントが意味不明。

ここの流れで言えば、でりちゃんが、
―――――――――――――――――――
東京裁判に提出された証拠の中で強姦事件二万件について触れているものはない。
もっとも同じ東京裁判で証言台に立ったペイツは自分自身が強姦事件を目撃したことはないと証言しつつ、このラーベ説を否定し、
―――――――――――――――――――
という、明らかな虚偽を書いた、「再審南京大虐殺」の記述を引用したことに始まる。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=6633

これは東中野氏の著述ではないのだから、「意味不明」と言われるのは
無理もないかな。


>ベイツは、東京裁判で、「それより少し前私はずっと内輪に見積もりまして、又安全地帯の委員会の報告のみによりまして、強姦事件は八千と見積もったのであります。」と証言しているが、安全区委員会が記録した「被害届」に記された強姦事件(未遂を含む)は361件(61件)だった。
これについて説明してくれないかな?

そうか、「再審南京大虐殺」の記述」が虚偽であることは理解したので、
話を他に振ろうというわけだね。

まず、実際の件数>被害届だと言うことは納得してもらえると思う。
さらに、被害届>抗議文という事実がある。
委員会は、聞き及んだ被害をすべて抗議文として発行したわけじゃない。
抗議文書にははっきりそう書かれている。
「以下はわれわれが念入りに点検する時間があった特例にすぎない。
もっと多くの事件が委員会職員に報告されている。」
(1937年12月16日提出   第八号文書)
さらに、
「ベイツ博士が自分が確認した事件については別に整理しておりますので、
それらはこれまでどおり、ここには含まれていません。」
(1937年12月21日提出   第十一号文書)
とあるように、ベイツは金陵大学の非常時委員会の委員長であったので、
大学内の事件は安全区委員会と別にまとめて日本大使館に提出していた。
この総件数がいくらになるのか、安全区委員会の抗議文書との重複が全く
なかったのか、今となっては資料が残ってないので、知ることが出来ない。

というわけで、「一部です」と書かれた文書に含まれる数と、全体の数の推定が
相違するのは別におかしなことじゃあない。
たとえば「交通事故」や「労災事故」の事例集の件数を数えても、全体の規模は
判らないし、覚醒剤や麻薬で逮捕される人間の数と、警察が推計する薬物常習
者全体の数に開きがあっても、統計がインチキだと疑うバカはいない。
そう言うことだ。


「探求の道」

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/22 23:06 投稿番号: [6694 / 41162]
>互いに教科書で学んだだけ、で終わることなく「探求の道」を歩んでいることを、認め合いたいものですね。

そのとおりですね。
教科書だけではなく、テレビや新聞などのマスコミ、教師や学者や政治家なども、誤りや嘘を頻繁に発信します。
「探求の道」を歩み、教科書だろうがマスコミだろうが学者だろうが政治家だろうが、間違いがあれば間違いだと主張することが大事だと思います。

デタラメとは言っていません

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/22 22:59 投稿番号: [6693 / 41162]
ウンホーさんも私も創作とは言いましたが、デタラメとは言っていませんよ。

創作以外に考えられることとして、小津は見た夢を書き留めておいたんじゃないかと、最近ふと思ったりしました。
#6210で既に述べたように、老婆を斬り捨てた部隊長やそれを見ていた部隊全員の様子が、『撮影についてのノート』(76頁〜105頁)全体の中でやたら浮いており、その他の部分とは全く違う様相を呈しているからです。

小津の『撮影についてのノート』に書かれていた日付も場所も登場人物の氏名も判明しない出来事なので、これ以上議論しても事実かどうかの結論は出ないでしょう。
私も#6210で述べたこと以上のことは、もうそれ程多く説明できません。

#6131の春風亭柳昇の「与太郎戦記」を読んだ人物やウンホーさんや私などは創作だと思っているが、アスダルさんや映画史研究家の田中真澄などは事実だと思っている。
余ほどのことがない限り、そのままでしょう。

真意理解しました

投稿者: r_r_go324 投稿日時: 2005/07/22 17:37 投稿番号: [6692 / 41162]
自分は歴史の研究を日常としているわけでもない、興味をもった対象に関する書籍を読んでいるというだけの「素人」です。

この二つの「論題」については「ただ学究の方々による究明結果を待つ」だけで良しとしています。

なぜなら余りにも大量の資料が「有であった」「無であった」両方において存在し過ぎるのです。

対してどちらが真実かという判断は、学者でもない今の自分には下し得ないのです。

結局は「自分はこう思う」という個人的嗜好や見解に流れてしまい、それが「真実」かと言われれば「現在では不明」としか答えるほか無く・・・・。

互いに教科書で学んだだけ、で終わることなく「探求の道」を歩んでいることを、認め合いたいものですね。

軍紀

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/07/22 17:29 投稿番号: [6691 / 41162]
日本軍の軍紀は世界一厳正だった
赤堀   光雄

(前略)
黄文雄氏の言によれば、事実は全く正反対で、日本軍はいつでもどこでも軍律厳しく、しかも人間性豊かであった。それに対して中国軍は残忍極まりない武装集団で、今なお彼らは自国民に対する飽くなき収奪と虐殺を繰り返している。それは中国四千年の動乱の歴史の連続であり、伝統ともいうべき不幸な現実である。

日本軍は日清戦争(1904〜1905)以来大東亜戦争(1941〜1945)に至るまで、変わることなく軍紀厳正であった。中国民衆にとって、いつ襲って来るかわからない自国の暴徒の如き武装集団に比べ、軍紀厳正な日本軍を信じ熱烈歓迎す
http://www.senyu-ren.jp/SEN-YU/00104.HTM

どうかな。こんなのもある

「日本軍の軍紀」ー憲兵の認識

当時、「憲兵」は、「日本軍の不軍紀行動」を取り締まる立場にありました。それだけに現地の実態にも詳しかったようで、当時中国に派遣されていた憲兵たちの回想録等を見ると、「日本軍の不軍紀行動」に触れ たものを散見します。
http://www.geocities.jp/yu77799/nicchuusensou/kenpei.html

>>横レス >>>小津(老婆斬殺)

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/07/22 16:24 投稿番号: [6690 / 41162]
大家:おいそりゃどこの話だ。日本に虎なんているわけないだろう。

熊五郎:ええ、いるわけあねえんですが、どこをどう紛れこんできやがったんだか、いやがったんですよ。

アスダル:おいそりゃどこの話だ、小津は軍紀を知らないわけはないだろう。

コーヒーさん、ウンホーさん:ええ、知らねえわけあねえんですが、どこをどう勘違いしたか、老婆斬殺なんてえデタラメをいいやがったんですよ。

創作(フィクション)でもデタラメは許されない。

戦場と日常(銃後)はちがうと小津は言う。われわれ日常の感覚(銃後の「安易」、「常識」)を単純に戦場にあてはめられるかどうか。

小津はそのこと(銃後の「安易」)を批判していた。

軍紀がネックになるが、現場の軍紀を「知悉」していたのは、われわれ(コーヒーさんウンホーさん、アスダル等)ではなく小津。

常識(銃後):老婆が納得したのになぜ斬殺したか。
戦場:人間は悪魔にもなる。

隊長の行為は、非常識、理不尽、無用、なぐさみ、残酷?そのどれでもある?戦場は「悪魔」を引き出す?

軍紀がネックになるが、リアルタイムの軍紀を「知悉」していたのは、われわれ(コーヒーさんウンホーさん、アスダル等)ではなく小津。

では、論点を絞って。

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/21 22:35 投稿番号: [6689 / 41162]
>もともと、「南京事件」、「南京大虐殺」というのは、捕虜の大量殺害と
>民間人への大暴行の話のわけで、


へ?

では、南京で、「日本軍による無辜の民間人虐殺がなかった」ことは認めるのですね?

>>みなさんへ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/21 22:30 投稿番号: [6688 / 41162]
>せめて呼びかけるなら、「論点を絞って互いの情報を検証しあいましょう」といのが専門外の範疇でしょう。


そのつもりだったんですけどね。
私は、出来るだけ、「南京で日本軍が虐殺した無辜の市民」に論点を絞って議論しないかと呼びかけたつもりでした。

ちなみに、r_r_go324さんは、日本軍が南京で無辜の市民を何人虐殺したと考えていますか?
また、その「資料」あるいは「証拠」は何ですか?

私は0人だと思っています。
でも、誰にも見られず証拠も残さずに虐殺した完全犯罪が少しはあったかもしれないので、掲示板では「0人〜数人」と述べています。

akanbei_21cさん (合法な投降兵殺害

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/21 22:15 投稿番号: [6687 / 41162]
>南京の場合、日本兵捕虜の収容所があったのでしょうか?


日本軍の支那兵捕虜の収容所はありましたが、支那軍の日本兵捕虜の収容所は、聞いたことがありません。
おそらく、なかったのでしょう。




>攻撃側でも斥候や威力偵察後の撤退などで、捕虜はでます。
>もし、殺傷されていれば報復は合法ですね。


捕らえられた日本兵は、生きたまま焼かれたり、手足を立ち木に縛られたまま身に数弾を受けて惨殺されたりしました。

―――――――――――――――――――
「南京にて」

12月13日、光華門城壁を占領   城壁付近で彼我不明の焼死体を発見、まだかすかに息をしていた。
これを見た大隊長芳賀少佐は激怒し犯人捜しを命じた。私の部下に犯人はいなかった。
検死の結果、焼死体は日本兵と判明。捕虜となった日本兵が、生きたまま焼かれたようだ。
第九師団・山砲第九連隊・第七中隊長   大内義秀氏(要約)

12月13日、南京の南方の城門から入ると、彼我の戦死体が転々と散在していた。
その中に、一人の日本兵が手足を立ち木に縛られたまま、身に数弾を受けて死んでいた。
一見して、捕虜となった日本兵が支那軍によって虐殺されたと感じ、縄を切って降ろした。
第三師団・野砲兵第五連隊・第一大隊観測班長   大杉浩氏
―――――――――――――――――――

したがって、日本軍による報復は合法です。



日本兵捕虜(投降兵)の扱いについては、8日前に#6510で類似の問題提起がありました。
その際、私が#6519で、ja君が#6529で回答しました。
(その他、#6534、#6511)

少しでも、参考になれば幸いです。




また、私はあまり詳しくないのですが、たとえ支那の正規兵であっても、
―――――――――――――――――――
1.交戦資格を認められる為には指揮官の存在が必須である。
2.降伏の意思決定は指揮官の専断事項であり指揮官に従属している兵士が個別に降伏を表明しても敵軍にそれを受容する義務は無い。
3.指揮官の存在しない兵士は交戦資格が無いから降伏の表明によって捕虜となる権利は無い。
―――――――――――――――――――
という解釈があるようです。


いずれにせよ、日本軍による投降兵殺害が合法であったという結論は揺るぎません。

>横レス >>>小津(老婆斬殺)

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/21 22:01 投稿番号: [6686 / 41162]
>そして老婆を帰らせるのが、普通の成り行きだと思う。
>老婆を切り捨てたら、すくなくとも死骸の後始末という面倒な仕事が残る。老婆斬殺はどうしても創作っぽい。


そうなんですよね。

何か、無理矢理、「ハイ・リスク、ノー・リターン」に追い込んでいるだけだと思うんですよね。

キミも、少しは成長しろよ

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/21 21:52 投稿番号: [6685 / 41162]
>この時期の日本兵は正式装備にすら事欠いて、中国人から取り上げた衣服を
>付けていたという写真がいくつか残っているけどね。
>そのことを言っているのではないかな。


そうかもしれないね。




>断片的な事実から真相を確信してしまうでりちゃんと違って、
>ベイツは知的な誠実さを持っていたから、断言できないのじゃあないかな。


ベイツは、断片的な事実からでも、常に、犯人は日本兵だと断定するけどね。




>>ベイツが述べていたことは、安全区国際委員会で活動している最中においても、東京裁判においても、支離滅裂だ。

>そうとは言えないと思うな。
>東中野センセお得意の意味不明の難癖というやつだよ。


キミのそのコメントが意味不明。

ベイツは、東京裁判で、「それより少し前私はずっと内輪に見積もりまして、又安全地帯の委員会の報告のみによりまして、強姦事件は八千と見積もったのであります。」と証言しているが、安全区委員会が記録した「被害届」に記された強姦事件(未遂を含む)は361件(61件)だった。
これについて説明してくれないかな?

それと、例の【ベイツが強姦されている女達から日本兵を引き退けた】と言う話は、当然、安全地帯の委員会の報告に載っている筈だよね。
まさか、そのような事件をベイツが報告していない筈がない。
その時のベイツの様子を詳しく知りたいので、その報告を見せて頂けませんでしょうか?




>>まあ、それだけはなく、国民政府の顧問だった『疑惑』もあるしね。

>おおー、正論というのは繰り返し主張しておくものだね。




ベイツが国民政府の顧問だったことは、ほぼ間違いないが、そう言うとムキになって来て面倒臭いから、わざわざ『』を付けて『疑惑』にしてやっただけだよ。

「南京事件の擦り付け工作を開始したのは日本側が先で、『NYタイムズ   1月3日記事   安全区の敗残兵による攪乱工作』の情報の出所が明らかに日本側だ」とか言った奴がよく言うよ。

でりちゃん、成長したね

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/21 20:44 投稿番号: [6684 / 41162]
>アリソン宛のベイツの手紙を読むと、やはり、【詳細は分からないが、支那人の布靴を履き、一部は支那服を着た日本の憲兵たちが一人の少女を連れ去った】という旨だね。

この時期の日本兵は正式装備にすら事欠いて、中国人から取り上げた衣服を
付けていたという写真がいくつか残っているけどね。
そのことを言っているのではないかな。
http://t-t-japan.com/bbs2/data/imgbord/file/asa1102.jpg
http://t-t-japan.com/bbs2/c-board.cgi?cmd=one;no=67;id=imgbord#67

西田優上等兵   陣中日記
第16師団   第30旅団   歩兵第33連隊
12月14日
十一時三十分入城、広場において我小隊は敗残兵三七〇名、兵器多数監視、敗残兵を身体検査して後手とし道路に坐らす。【我は敗残兵中よりジャケツを取って着る。】面 白いことこのうへなし、自動車、オートバイ等も多数捕獲す。各自乗りまはせり、八時頃小銃中隊に申し送り、昨夜の宿に帰る。敗残兵は皆手榴弾にて一室に入れ殺す
秦郁彦『南京事件』P120-121


>また、他の事件についても、【完全な事実をつかむことは困難】だと述べている。

断片的な事実から真相を確信してしまうでりちゃんと違って、
ベイツは知的な誠実さを持っていたから、断言できないのじゃあないかな。

>ベイツが述べていたことは、安全区国際委員会で活動している最中においても、東京裁判においても、支離滅裂だ。

そうとは言えないと思うな。
東中野センセお得意の意味不明の難癖というやつだよ。


>まあ、それだけはなく、国民政府の顧問だった『疑惑』もあるしね。

おおー、正論というのは繰り返し主張しておくものだね。
>>>ベイツは蒋介石の顧問で1938年と46年に勲章を貰っている国際宣伝処の関係者だ。
と、言ってたのが
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4obbvbcb&sid=1835559&mid=6899

>>その話には根拠がない
と繰り返し教えて上げた結果。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4obbvbcb&sid=1835559&mid=6927

>国民政府の顧問だった『疑惑』もあるしね。

まで、認識が変わってきたわけだ。

不確実な、出所不明の資料を根拠に   「確信」   しちゃいけないよ   d(^^

>みなさんへ

投稿者: r_r_go324 投稿日時: 2005/07/21 15:57 投稿番号: [6683 / 41162]
呼びかけの意図がいまひとつはっきりしないのだが。

「南京大虐殺を正々堂々と証明する方」と軽々しく募られても、学究界の専門家達が今真相究明に取り組んでいる最中の「問題」であるとの認識はお持ちなのだろうか。

素人が現存の書籍や賛否両論多々あるサイト情報の幾つかをかじっただけで、「これで有証明」「いや無証明」と、結論付けられるものではないでしょう。

資料や書籍にしても「全てが真実」とは決して言えず、「検証に値せず」という「論外」のものもまだ消えずに残っていたりします。

せめて呼びかけるなら、「論点を絞って互いの情報を検証しあいましょう」といのが専門外の範疇でしょう。

deliciousicecoffeeさん

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2005/07/21 15:17 投稿番号: [6682 / 41162]
>投降兵の助命は、次の場合に拒否しても差し支えない。
>第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に対して、
>第二は、敵の戦争法規違反に対する報復として、


南京の場合、日本兵捕虜の収容所があったのでしょうか?
攻撃側でも斥候や威力偵察後の撤退などで、捕虜はでます。
もし、殺傷されていれば報復は合法ですね。

横レス >>>小津(老婆斬殺)

投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/07/21 14:18 投稿番号: [6681 / 41162]
部隊全員を集合させて、一人一人全員に聞き終わった後、老婆に「この部隊には御覧の通りいない」と言い聞かせ、老婆がうなづいた・・・・

そして老婆を帰らせるのが、普通の成り行きだと思う。

老婆を切り捨てたら、すくなくとも死骸の後始末という面倒な仕事が残る。老婆斬殺はどうしても創作っぽい。

田中正明氏は、大学教員!

投稿者: not_parpurin 投稿日時: 2005/07/21 13:12 投稿番号: [6680 / 41162]
これ↓

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835217&tid=ka12z7pa4ka4da4a4a4f65a4a8a4f&sid=1835217&mid=6768



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